【北海の悪夢】狙った獲物は逃がさねえ!

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月30日〜07月07日

リプレイ公開日:2008年07月09日

●オープニング

「畜生、あと少しだったんだが‥‥!」
 海の悪魔ヴェパールを取り逃がし、嵐に襲われながらも何とか無事に戻ったイルカ団と冒険者達。
 船長は悔しそうに同じ事を何度も呟きながら、桟橋に繋がれた船体の損傷を丁寧に見て回っていた。
「奴の手の内さえわかりゃ、俺達が負ける筈はねえんだ。いや、あれは俺達の獲物だ。逃がしゃしねえ‥‥!」
 船体には修理が必要なほどのダメージはない。出ようと思えばすぐにでも海に出られる。
 しかし、異変のせいで海に出ようとする船が少ないお陰で、船の護衛というイルカ団本来の仕事には、このところさっぱりお呼びがかからない。先日の船の修理代もバカにならない金額だった。
 つまるところ‥‥金がないのだ。冒険者達を雇う金が。
「かといって、俺らだけじゃ歯が立たねえのはわかってるからな‥‥」
 いかにして金の工面をするか、船長が腕組みをしながら思い悩んでいたその時。
「おかしらーっ!」
 背後で少年の呼び声が聞こえた。
「船長と呼べ! ‥‥何だ?」
「おか‥‥船長、お客さんっス!」
 慌てた様子で桟橋に走り込んできたピッチが、陸を指差して言った。
「えーと、ナントカの騎士で、ナントカって人が‥‥オレらに仕事頼みたいって! アジトで待ってるっス!」
「アジトじゃねえ、事務所だ! それに、何だそのナントカってのは!? 伝言の役に立ってねえだろうが!」
「だってオレ‥‥苦手なんスよ、海にかんけーないこと覚えんの」
「‥‥まあ良い、行きゃあわかる事だ‥‥」
 こいつも海の上では役に立つ優秀な部下なんだがと心の中で溜息をつきつつ、船長はアジト‥‥いや、港を見下ろす高台に立つ事務所へと向かった。


「‥‥で、あんたかい? 俺達に仕事を頼みたいってのは?」
 その声に、相手の男はゆったりとした動作で立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「初めまして、船長のダニエル・エヴァンズさんですね?」
「‥‥あぁ?」
 船長は暫し考え込み‥‥それが自分の本名である事を思い出すまでに、たっぷり10秒はかかっただろうか。
「あー、そう言や、そんな名前だったな、俺ぁ‥‥で、あんたは?」
「申し遅れました。私の名はボールス・ド・ガニス、このイギリスで円卓の末席を担う栄誉に浴する事をお許し頂いております」
 相手の柔らかい物腰と馬鹿丁寧な物言いに面食らいながら、船長は言葉を返す。
「あー‥‥まあ、何だか知らねえが、つまりはお偉いさんって事だな? で、そのお偉いさんが海賊上がりの俺達に何の用だ?」
「率直に申しますと‥‥海の悪魔、ヴェパールを退治して頂きたいのです」
 彼等が悪魔と戦い、惜しくも取り逃がした事は冒険者ギルドを通して上層部の耳にも入っていた。
「‥‥そりゃ、奴は因縁の相手だ。頼まれなくても退治はするがな‥‥なんだってわざわざ、あんたが頼みに来るんだ?」
「実は、近いうちに円卓の騎士数名が船団を率いて、敵の幽霊船団を殲滅する為の大規模な作戦行動に出る予定があるのです」
 その幽霊船団が、一連の異変の元凶のひとつである事は間違いない。それを潰す事が出来れば、北海は多少なりとも平穏を取り戻すだろう‥‥全ての災厄がなくなるとまでは言えないし、楽観も出来ないが。
「ヴェパールは嵐を起こす事を得意とする悪魔です。作戦の展開中に天候が荒れるような事になれば‥‥」
「なるほど、そいつはぞっとしねえな」
 船長はニヤリと笑う。
「つまりは、一戦交えてる最中に嵐なんぞに巻き込まれちゃタマランから、その大元を退治して、あんたらの作戦を援護しろって事だな?」
「はい。言わば裏工作の様なものですし、成功したからといって表立って活躍を賞賛されるような事もないかもしれません。ですが、作戦を成功に導くためには、あなた方の協力が不可欠なのです。どうか、お力をお貸し頂けないでしょうか?」
「おいおい、俺達をナメて貰っちゃ困るな」
 船長はニヤリと口元を歪める。
「こちとら海の平和を守る男達だ、見返りや賞賛なんざ、はなから望んじゃいねえ。‥‥ただ、まあ‥‥先立つモンは必要だがな」
 つまり、資金の提供くらいは受けられるのだろうな、と、そういう事だ。
「大丈夫です。失礼かとは思いましたが、当座に必要な分は用意してありますので」
 ボールスの視線を受けて、ヨーが重そうな皮の袋を持ち上げてにっこりと笑って見せる。
「お頭、ほら! すげーっスよ!」
「足りなければ、どうぞご遠慮なく仰って下さい」
「‥‥なるほど、なかなか話のわかる兄ちゃんだ。そういう事なら、存分に暴れさせて貰おうか」
 船長はガハハと笑うと、その大きくて無骨な手でボールスの背を思い切り叩いた。
 ――どんっ!!
 だが‥‥余り頑丈そうには見えない、と言うよりも一撃で部屋の隅まで吹っ飛ばされそうだと思ったその相手は、微動だにせず‥‥
「では、よろしくお願いしますね」
 にっこりと微笑んで右手を差し出した。
「あ、ああ‥‥おう、任されたぜ」
 船長は予想外の展開に面食らいながらも、差し出された手を握り返し、恐ろしい形相で微笑んだ‥‥いや、本人は精一杯愛想良く微笑んでいるつもりなのだが。
「あのクソ悪魔は俺達がきっちりカタを付ける。安心して行って来な!」


「‥‥とは言うものの、なあ」
 ボールスが帰った後、船長は遠く海の彼方を見つめながら呟いた。
「一度襲撃を受けた同じ場所に、いつまでも留まっているとは思えねえ。‥‥まあ、あの辺りは奴にとっちゃ格好の餌場である事には間違いねえんだが‥‥」
 あの岩礁地帯は幻影を見せて船を呼び込むにも、嵐を起こして遭難させるにも都合の良い場所だ。あの一帯から離れる可能性は低そうだが‥‥
「俺達が足場に出来るような島や、大きな岩でのんびり昼寝してやがるなんてェ都合の良い事は、もうねえだろうな」
 だが困難が増したとは言え、こちらには前回の戦いで得た経験や情報がある。それを生かす事が出来れば、二度と取り逃がす事はない筈だ。
「いや、逃がす訳にはいかねえ‥‥二度も同じヘマをやらかしたとあっちゃ、俺達イルカ団の名折れだ」
 奴の最大の武器は、嵐。だが、流石に瞬時に天候が変わる訳でもない。嵐を起こされる前‥‥それが無理でも本格的に拙い事になる前に、本体を倒せれば良いのだ。
「奴の動きを封じられりゃ、そう厳しい相手でもねえんだろうが‥‥まあ、冒険者の連中に任せるしかねえか」
 その代わり、船の扱いに関する注文ならどんな無茶でも応じられる。
「悪魔め、首を洗って待ってやがれ‥‥!」
 船長は今もそれが身を潜めているであろう遙か遠い海を睨み付けた。

●今回の参加者

 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3451 ジェラルディン・ムーア(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)

●サポート参加者

桜葉 紫苑(eb2282)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ 九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文

 どこまでも続く青い空と、穏やかな海。
 一見平和そのものに見えるこの海のどこかに、悪魔ヴェパールが潜んでいる筈なのだが‥‥
「なに、出現する海域は限定されてるんだ。それに、こっちにはコレがある」
 と、空木怜(ec1783)は龍晶球を取り出し、ケイン・クロード(eb0062)に手渡した。効果時間は短く魔力の消費も大きいが、誰でも使えて探索範囲が広いのが利点だ。魔力を使わないメンバーで使い回していけば良いだろう。
 空にはエスリン・マッカレル(ea9669)の鷹、マッハの目もある。
「常時変身していない限りあの特徴的な姿は他にはいないだろう。しかし‥‥」
 エスリンは前回あのデビルを取り逃がした事を未だに悔やんでいた。
「手が足りなかったとはいえ、討ち切れぬ相手ではなかった筈‥‥不覚」
「手の内は分かっても、ヒトの身にゃ海の上の不自由はどうしようもないからねェ」
 それを聞いて、ベアトリス・マッドロック(ea3041)が小さく肩をすくめる。
「でもま、因縁ってェだけじゃなくて円卓の騎士様に頼まれたお国の一大事の手伝いだ。今度こそきっちり片ァ付けないとね! 」
「ああ、この戦いがこの先の海戦の行方も左右するとあっちゃ、負ける訳には行かないよね」
 兄がやられたお返しも含めて、やってやろうじゃないか、とジェラルディン・ムーア(ea3451)は自らの掌をバチンと拳で叩いた。

 やがて例の海域にさしかかり、ケインは龍晶球による探索を始めた。
「‥‥今回、ヴェバールを釣り上げるまで、索敵以外出来ないのが辛いところだね」
 と、ボヤきつつ、そして傍らに立って彼方を見張る新妻、エスナ・ウォルター(eb0752)を気にしつつ。二人はつい先日、式を挙げたばかりだった。
 そのエスナは、一人前の魔法使いとして、そしてケインのパートナーとしての腕の見せ所だと張り切っていたが‥‥
(「‥‥うん、ボールス卿の手伝いがしたいってエスナも張り切ってるし、ラティが傍に居るから必要以上にカバーするのは、冒険者としての彼女を信用してないことになるんだけど‥‥」)
 彼女の腕は信用している。フロストウルフのラティも彼女をしっかり守ってくれるだろう。こうして一緒に冒険が出来る事を嬉しくも思う。だがそれでも、心配なものは心配だし、危険な目にも遭わせたくない。
 ‥‥うん、わかるよその複雑な気持ち。
「‥‥いたぞ!」
 だが、その思いはエスリンの叫びに破られた。
 龍晶球にはまだ何の反応もないが、流石は鷹の目。上空から遙か遠くに見えるデビルの姿を捉えた様だ。
「正確な距離はわからんが、方角は‥‥向こうだ」
 エスリンが指した方角には、針山の様な岩礁が所狭しと生えていた。
「さて、イルカの坊主達」
 報告を受けて船員達に指示を出し終わった船長に、ベアトリスが言った。
「居場所によっちゃァこの船の上で奴さんとやり合わにゃならない。入り組んだ海域で、下手すっと嵐の中をね。大丈夫かい?」
「ナメて貰っちゃ困るぜ。俺達を誰だと思ってやがる?」
 ニヤリ、と船長。
「お前等こそ、今度はあの野郎をきっちりブチのめしてくれるんだろうな?」
「ふん、俺達を誰だと思ってる?」
 怜がその言葉をそっくり船長に返した。
「操船は任せたぜ」
「勇敢な男にゃ必ず主のご加護があるからね、頼んだよ!」
 龍晶球の輝きが増し、雀尾嵐淡(ec0843)が手にした石の中の蝶も反応を始める。
「私はヴェパールの魔法解除に全力を注ぎます。その間に皆様の手でヴェパールを退治して下さるようお願いいたします」
「護りと癒しは主に願ってやるから、後の事ァ気にしないで存分に力を尽くしといで! なァに、空木の坊主もいるんだ。一発でおっ死なない限りちゃんと元通りさね」
 ベアトリスは戦いに赴く仲間達にレジストデビルとグットラックをかけると、その背中を大きな手で叩く。
「では、先手を打たせて貰うとしよう」
 エスリンは自らにオーラエリベイションをかけると、愛騎ティターニアで空へと舞い上がった。
「自分は水中での戦闘のほうが得意分野でございますゆえ、水中より参りまする」
 河童の忍者、磯城弥魁厳(eb5249)は音を立てずにスルリと海に潜り、そのまま水中からヴェパールのいる岩礁へと近付いた。
 その岩場は狭く、人が足場に出来る様な広さはない。やはりどうにかして船に上げる以外に直接攻撃を当てる機会はなさそうだった。
「また潜って逃げられると厄介だが‥‥今度はそう上手く逃げられはせんぞ!」
 エスリンはまだ遠い間合いから先制の矢を放つ。だが、やはり攻撃を予想していたのだろうか、放たれた二本の矢はヴェパールの背をかすめると、岩に当たって跳ね返った。
「だが、まだだ!」
 次の矢を番えようとした、その時。
 ――バシャン!
 水音がして、ヴェパールの姿が水中に消える。
「逃がしませぬ‥‥」
 相手が海に逃げた事を察し、魁厳が塵隠れを唱えようとした‥‥が、水中では呪文が唱えられない。仕方なく一度水面から顔を出し、エスナが放ったムーンアローの着弾点でヴェパールの位置を確認する。
「樒流絶招伍式名山内ノ壱、椿!」
 爆発と共に水しぶきが舞い上がり、一瞬にして魁厳の姿が消える。次の瞬間、魁厳はヴェパールにぴったりと張り付いていた。その状態で、手にした小太刀を振りかざす。
「ギャアア!」
 ヴェパールは痛みに身をよじり、しがみついた魁厳を振りほどこうと暴れた。だが、魁厳はヴェパールをしっかりと抱き抱え、離そうとしなかった。流石に、2度目の攻撃は無効化されてしまったが‥‥
「まずは、こいつを喰らって貰おうか」
 体を透明化する余裕もないヴェパールに、ペガサスのブリジットに乗った怜が近付きアグラベイションをかける。動きが鈍った所で更に近付き、今度はローリンググラビティーで海水ごと上空にぶち上げ、次いで落下地点にホーリーフィールドを張る。
 ――ザバアァ!
 海水と一緒に落ちてきたヴェパールは、海上に張られた結界に弾かれ‥‥だが、張り付いていた筈の魁厳の姿がない。釣り上げられる直前に逃れたのだろうか?
 だが、今はそれを気にしている暇はなかった。ヴェパールが怒濤の攻撃に対処する余裕を失っている今のうちに、出来るだけの事をしておかなくては。
「行くぞ、ティターニア!」
 エスリンが上空から突っ込んで来る。愛騎の爪でヴェパールを引っかけ、そのまま船の甲板に突き飛ばそうというのだが‥‥
 ――バン!
 狙いは外れ、ヴェパールは船の側面に当たって海に落ちる。その衝撃で一瞬ひるんだかに見えたが、すぐさま体勢を立て直して海の底深くに逃れようとした。だが、それを見逃す様なヘマはしない。
「これでも被って、大人しくしてな!」
 船の上からジェラルディンが投網を投げた。
「せぇーの!」
 上手く網にからまったヴェパールを、ケインと協力して甲板に引っ張り上げたジェラルディンは腰の剣を抜き放った。
「流石に、こうなっちゃ手も足も出ないみたいだね? 兄さんの仇をとらせて貰うよ」
 いや、死んでないけどね、兄さん。
 抜き身の件を手に、ジェラルディンはゆっくりとデビルに近付く。
 だが‥‥
「消えた!?」
 性懲りもなく、体を透明にしたのか‥‥いや、それなら網の形でわかる筈だ。念の為にベアトリスが灰を撒いてみたが、それらしき姿はどこにも浮かび上がらない。
「どこだ、どこに消えた!?」
「ラティ、デビルがどこにいるか‥‥」
 エスナが相棒の鼻に頼ろうとしたその時。
「‥‥虫!?」
 何かの虫が、目の前に飛びだした。
「いやあぁぁっ!!」
 ――ゴッ!!
 虫嫌いのエスナは、問答無用で最大出力のアイスブリザードをぶっ放す‥‥と。
 ――ぼとっ。
 目の前に落ちたのは‥‥
「ヴェパール!?」
 デビルの変身はミミクリーとは違い、蠅以上から自身の大きさまで自由自在。小さな虫に変身して網を逃れ、そのまま逃げおおせようと企んだのだろうが、エスナに見付かったのが運の尽きだった。
「‥‥拙い、雲行きが怪しくなってきたぜ」
 空を見上げた船長が言った。
「早いとこ、そいつを始末しちまってくれ。なに、嵐ん中でも乗り切れる自信はあるがな」
 まあ、自信はあっても平穏無事に終わった方が良いに決まっている。
「言われなくても、そのつもりですよ」
 エスナを脅かした罰だとばかりに、ケインはヴェバールを踏みつけ、そのまま剣を突き刺して甲板に繋ぎ止める。
「デビルに情けをかけるほど‥‥お人好しじゃないからね」
 動きを封じられてビチビチとのたうつヴェパールに、嵐淡が手を伸ばした。
「意地でも逃がしませんよ。今度こそ、退治させて頂きます」
 メタボリズムでヴェパールの魔力を空にしようと思ったのだが‥‥流石にそれは抵抗されてしまった。だが、ニュートラルマジックは効いた様だ。
 その背に、エスリンが上空から放った二本のホーリーアローが突き刺さった。例えエボリューションが解除されていなくても、種類の違う矢ならば効果はある。
 その直後、それでも抵抗を試みる相手の爪を盾で受け流し、ジェラルディンが渾身の一撃を叩き込んだ。
「ギャアァァァッ!!!」
 断末魔の悲鳴が静かな海に響き渡る。
「‥‥終わった‥‥か?」
 ヴェパールの体が霧となって消えてゆく。今度は透明になった訳でも、何かに変身した訳でもなさそうだ。
 龍晶球の光も消え、石の中の蝶も動きを止めている。
「退治完了‥‥ですね。ところで‥‥魁厳さんは?」
 嵐淡が周囲を見渡す。
 船から飛び立ったエスリンと怜は既に戻っている。が、魁厳の姿は見えなかった。
「あ‥‥あそこっス!」
 見張りのヨーが大声を上げる。魁厳は岩場のひとつにぐったりともたれかかっていた。

「おい、大丈夫か!?」
 ペガサスを駆って拾い上げた怜が、甲板に寝かせた魁厳に声をかける。
 どうやらヴェパールともみ合った時に、その爪でやられたらしい。だが、まだ致命傷には到っていなかった。
「まずは毒を消さないと治療も出来ないのか。ここはベアトリスの出番だな」
「ああ、任せときな。しっかり願ってやるよ」
 怜から託され、ベアトリスはアンチドートとリカバーを唱える。
「どうにか間に合ったね」
「‥‥かたじけなく存じまする。お陰で助かり申しました」
 他には、ペット達も含めて傷を負った者はいない様だ。
「後はボールス卿達の成功を祈るだけだね」
 暗雲の退いた空を見上げて言ったケインに、怜が応える。
「ああ、この後は天気が良いといいな」
 嵐さえ来なければ、一般の船が沈められる事も少なくなるだろう。
 ただ、元凶を断たなければまた何処からか湧いて来るのだろうが‥‥その時はまた、ぶちのめすだけだ。
 冒険者達を乗せた船はゆっくりと進路を変え、帰路に就く。嵐に追われる事もなくのんびりと船を進められるのは、イルカ団の面々にとっては久しぶりの事だった。