【北海の悪夢】友が為、拓く道
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:14 G 11 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:07月05日〜07月13日
リプレイ公開日:2008年07月15日
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●オープニング
円卓の騎士ボールス・ド・ガニスの実弟ライオネルは、兄と同じ円卓の騎士として主に海上の警備を担当していた。
その彼がキャメロットの王宮に持ち帰った情報。それは‥‥
「ゴーストシップ‥‥か」
並び立つ円卓の騎士、そして王の前でライオネルははい、と頭を下げた。
「しかも船団です。イギリスとノルマンを繋ぐ海峡にゴーストシップの船団が現れました。海を通る船が何隻も襲われており、被害も甚大です。我が力及ばず‥‥」
俯くライオネルを制し王は報告を続けさせる。
「船は四隻から五隻。いずれも中に多くのアンデッドが乗っておりました。先だってパーシ卿が遭遇したゴーストシップと同種のものと思われます」
死せる生きた船。それが五隻と息を呑む騎士達にさらにライオネルは追い討ちをかける。
「しかも、その中の一隻にはボスと思われる存在が乗っているようです。救出した船の船長によると部下や仲間の何人か、そして自分も囚われた、と‥‥」
『汝らに残された選択肢は二つのみだ。我が部下となりこの船団の一員となるか、それとも海の藻屑となるか‥‥』
身なりは海賊の船長のように整った姿をしている。だが爛れた手が、腐った顔が生きて動いて喋っている。
その恐怖は彼に確信させた。
この取引を受ければ、確実に死よりも恐ろしい目に合う‥‥と。
「うわああっ!」
決死の思いで手を振り払い、船から海へと飛び込んだ。
ライオネルの船が来なければ彼も死んでいただろう。
囚われた仲間たちは一人も戻らない。
「頼む! 仲間達を救ってやってくれ!」
涙ながらに船長は告げたと言う。もう、彼らは『生きて』はいないだろうが‥‥。
同じ海に生きる者として彼の気持ちはライオネルにも良く解った。
王に、兄に、そして国を動かす円卓の騎士達にだから、彼は訴える。
「王! どうかアンデッド船団の討伐にご命令を! 奴らを放置してはイギリスのみならずノルマンとの交易にも影響は免れません! 何より海の平和が!」
その願いに王は答えた。
「対応はお前達に任せよう。冒険者と協力して事に当たるがいい」
と。
作戦にあたって真っ先に名乗りを上げたのはパーシ・ヴァル。彼には先に船団の一部と思われる幽霊船と戦った経験‥‥いや、因縁があった。
その時は一隻だったが、今度は集団をなして現れ、その旗艦にはボスらしき存在がいると言う。名乗りを上げずにいられるものか。
「まさか、敵の旗艦に自ら乗り込むつもりですか、パーシ卿?」
同僚の決意に満ちた横顔に、ボールスが声をかける。
「幽霊船に乗り込むという事は、怪物の腹の中に入り込むのも同然だと言われたのは貴方自身だと聞いていますが」
その言葉に、パーシは微笑みながら頷く。
「ああ。だが、俺はあえて乗り込みたい。ゴーストシップを操るという敵を、イギリスの脅威を、この目で確かめたいんだ」
「まったく、貴方らしい言い草ですね」
ボールスは可笑しそうにクスクスと笑った。
「何が可笑しい? 俺は本気だ‥‥挑んだ以上は必ず倒す。心配しなくても大丈夫だ。流石に一人で行くつもりも無いからな。冒険者達の力を借りるつもりだ」
「わかっていますよ。でも‥‥抜け駆けはいけませんね。相手も船団を組んで現れるという事ですから、目的の船に辿り着く前に潰されてしまいますよ?」
その言葉に、パーシは「何をするつもりだ?」と言いたげに相手を見る。
「私達‥‥私とライオネルで道を作ります。貴方達をボスの乗る船まで無傷で進める為に。ですから‥‥どうぞご存分に」
ボールスはやんちゃな少年を見るようにパーシを見、そして微笑んだ。
「お前達‥‥」
「行ってらっしゃい。骨は拾って差し上げますから‥‥ああ、ただし海には落ちないで下さいね」
海の藻屑になってしまっては、いくら超越魔法でも蘇生は出来ないから‥‥と、ボールスは冗談とも本気ともつかない口調で言い、同僚の肩を軽く叩いた。
数刻後。
ボールスとライオネルの兄弟は、珍しく二人揃って王宮の門をくぐり、往来へ出た。同じ円卓の騎士とは言え、兄は領地の管理や国内での仕事を受け持ち、片や弟は殆ど一年中を海の上で過ごしている。普段は公の席以外では、顔を合わせる事も滅多になかった。
しかし王宮から一歩外へ出れば、そこからはプライベートな空間。ライオネルはふと足を止め、前を歩く兄の背に向かって叫んだ。
「‥‥兄者あぁぁぁっ!」
そして、丸太の様な両腕を拡げ‥‥
――すかっ!
「あ‥‥兄者‥‥何故逃げるっ!? 何故俺の抱擁を受けてはくれんのだっ!? 久しぶりの再会、兄者は嬉しくないのかっ!?」
いや、嬉しいけどね。でも、暑苦しい筋肉ダルマに抱き締められて喜ぶ趣味はないから。って言うかマトモに受けたらきっと死ぬ。
「レオン、あなたも相変わらず元気そうですね」
抱擁を受ける代わりに、ボールスはもしゃもしゃの金髪頭を無造作に撫でた‥‥昔よくそうしたように。ただ、幼かった昔とは違い、その頭は自分よりも少し上の位置にあったが。
「おお、兄者も変わらんな‥‥いや、少し‥‥何と言うか、雰囲気が砕けたか?」
「そうですか?」
「ああ、だいぶ人間が丸くなったぞ」
弟は豪快に笑いながら、兄の背をバシバシと何度も叩いた。
見た目も中身もまるで似た所のない兄弟は、肩を並べて町を歩く。作戦開始までの僅かな時間、こうして二人で過ごすのも悪くない。
「レオン、宿は?」
「いつものように、兄者の所に寄せて貰って良いか?」
こういう場合に泊めてくれるような相手はいないのかと少々心配になりつつ、ボールスは微笑んだ。
「ええ、爺もきっと喜びますよ」
そして後日、ギルドに提出されたボールスからの依頼は‥‥
「‥‥これ、かなり厳しくありませんか?」
受付係は依頼書から顔を上げ、それを差し出した相手の顔をまじまじと見る。
「敵は全部で五隻の船団です。私達が引き受けるのは、向かって右の二隻‥‥左側は弟のライオネルが引き受けてくれます」
一隻の船にはアンデッドが20体ほど乗り組んでいる。更に、それを乗せた船自体もアンデッドだった。
「それを二隻も、殆ど同時に相手にするなんていくら何でも‥‥!」
「しかし、私達が囮となって敵の目を引き付けなければ、パーシ卿達を後方に控える敵の旗艦に無傷で送り込む事は不可能でしょう。彼等に道を作る為に、退く訳にはいかないのです」
ボールスは微かに微笑みながら穏やかな口調で言った。漲る決意や迸る情熱とは一見無縁なようにも見えるが、彼の場合はそれを表に出す事が滅多にないというだけの事。加えて実は一度決めたらテコでも動かない頑固者である事は、付き合いのある者なら誰でも身に染みてわかっていた。
「‥‥無事に、戻って下さいね」
諦めたように吐き出したその言葉に、ボールスは屈託のない笑顔を返す。
「勿論です。他の船に乗る者も含めて、味方の誰ひとりとして失わせはしません」
その為に、母船には救護班を用意してある。海に落ちた者の救助や、治療。その為の人員も割かなければならないが、全員が無事に帰る為には絶対に必要な措置だ。
先に頼んでおいたヴェパールの件は、イルカ団と冒険者達が上手くやってくれるだろう。自分達はそれを信じ、そして共に往く仲間を信じて全力で臨めば良い。
「平和な海を、そして平和な世界を遺す為に‥‥」
ボールスはそう呟くと、胸元で揺れる十字架を握り締めた。
●リプレイ本文
その日、空はどこまでも晴れ渡っていた。
「風も良い具合に吹いてるさね。無事に帰るまでこの天気が続く様に、海の神様にでも祈っておこうか」
出港を間近に控えた船の甲板で空の様子や風の具合を確認すると、イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)は船長室へと入って行く。
「詳しい事は当日の天候と風向き次第だが、とりあえず計画の概略を説明しておくよ」
今回の任務では主に操船指示と状況の見極めを担当する事になったイレクトラは、卓上に広げられた簡単な海図を指差した。船長と操舵手がその動きをじっと見つめる中、港から沖へとその指が線を描く。
「海域は大体この辺り‥‥敵船の配置はこうなってるらしいね」
手前から奥に、逆V字型。一番奥がボスの船だ。
「あたしらの担当は、右手前の二隻だ。この船にはまず、真ん中から真っ直ぐV字の奥に突っ込んで貰う。そのままボスに体当たりすると見せかけて右に旋回、そのまま右の二隻と分断しようって腹さね」
ボスを狙う船はその後ろに隠れて進み、こちらが道を空けた時点で敵に向かって突っ込む形になるだろう。
「さて、上手く行くと良いんだけどね‥‥」
イレクトラは打ち合わせを終えると、再び甲板へ出た。
荷物の積込みも、冒険者達の乗船も終え、桟橋に残っているのは三人の騎士のみ‥‥船に背を向け、並んで立っているのはボールス・ド・ガニスとパーシ・ヴァルの様だ。そこへ歩み寄って来る、まるでライオンの様なもしゃもしゃの髪をした見慣れない騎士はボールスの弟、ライオネル・ド・ガニスだろう。
「兄者、出発準備、完了したぞ」
各船の状況を確認したライオネルの言葉に、ボールスが頷く。
「では、そろそろ行きましょうか」
多くを語る必要はない。それぞれがやるべき事は、既に決まっていた。
「頼りにしているぞ。後ろは任せた」
パーシはボールスの背を軽く叩き、次いでライオネルに目を向ける。
「必ずボスは俺達が倒す。だから、退路を守ってくれ」
「お任せ下さい、必ずや我等兄弟が!」
自信たっぷりに答えるライオネルに、すれ違いざま軽く片手を上げると、パーシは自分を待つ仲間達の船に乗り込んだ。
それを見届けると、兄弟は黙ったまま互いの拳を付き合わせ、不敵な笑みを浮かべる。
負けられない。この海に囲まれた島国が、今や二人の祖国なのだから。
ボールスは船の舳先に立つと、真っ直ぐに水平線の彼方を指差す。
「出港!」
大きくはないが、不思議と良く通る声が港に響いた。
「まあ、こんなものか」
アラン・ハリファックス(ea4295)は母船の甲板にずらりと並んだ空樽二つをロープでしっかりと結び、即席の救命具に仕立てていく。一度作った事があるだけに、手慣れたものだ。
「しかし、この数‥‥一体何個積み込んだんだ?」
母船の甲板は殆どが樽に占領されていた。これだけの数を縛り上げるのは少々骨だが、どうせ目的地に着くまでは他にする事もないのだ。
「どれか一つくらい中身が入っていても良さそうなものだがな」
まあ、中身の方は仕事が片付いた後で請求してみるか‥‥などと考えながら手を動かしていたその時。
「手伝いましょうか?」
ロープの束を背負ったボールスだ。どうやら彼も暇を持て余しているらしい。
「‥‥嬢とは、ご一緒ではないので?」
確か彼女、クリステル・シャルダン(eb3862)もこの母船に乗っている筈だが、と尋ねるアランに、ボールスは苦笑いを浮かべながら背負ったロープをどさりと下ろす。
「弟子に取られてしまいましたよ」
「‥‥弟子?」
「ああ、アラン殿は知らないんだっけ?」
やはり暇を持て余していたのか、二人の姿を見付けた七神蒼汰(ea7244)が足早に歩み寄り、アランの問いに答えた。
「船に乗る時にやたら生意気でやかましい、小さいのがいただろ? 去年の秋ボールス卿に弟子入りしたんだ。名前はウォル」
「ほう」
「その子が酷い船酔いでな、付き添ってやってるって訳だ」
蒼汰は真っ青な顔でのたうち回るウォルの様子を思い出し、クスクスと笑う。
「慣れるまではキツいだろうなぁ」
「あの子にも早いうちから色々な経験をさせておきたいと思ったのですが‥‥」
あの様子だと船も海も嫌いになってしまいそうだと、ボールスは苦笑混じりの溜息を漏らした。
「うぷ、おぅぇっぷ、んぐ、ぎ、ぐえぇぇ〜〜〜っ!!」
ウォルは枕元に置かれた桶に顔を突っ込み、胃袋の中身を吐こうとするが、もう何も、胃液さえも出て来ない。出発前にマイ・グリンから手渡された弁当も、何と言うか‥‥まあ、勿体ない事になってしまっていた。
「ち、ちくひょぉお‥‥、殺せ! いっそ殺せ! 殺してくれえぇぇっ!」
服を引き裂かんばかりに握り締め、ベッドの上‥‥いや、床の上までも転げ回り、のたうち回る。
「こ、この船か、オレの心臓か‥‥どっちでも良い、誰か止めろォォ〜〜〜ッ!」
‥‥そんなうるさい病人が漸く静まったのは、夜もすっかり更けた頃。
「あんなに酷い船酔いは初めて見ましたよ‥‥お疲れ様」
もう傍に付いている必要もないだろうと甲板に上がって来たクリスを、誰かが呼び止めた。‥‥いや、誰かって、そんな事をするのは一人しかいないが。
「ボールス様‥‥?」
待っていてくれたのだろうかと目で問いかけるクリスに、ボールスは少し照れた様に微笑みながら手を差し出した。
「今夜は星が綺麗ですよ‥‥ほら」
差し出された手をとり、見上げた空には満天の星。天の川が水平線の彼方に流れ込む様子まで、はっきりと見てとれた。
「そう言えば、今夜は七夕でしたわね」
この仕事がなければ、今頃は息子と三人でこの星空を見上げていたのだろうが‥‥無事に戻れば埋め合わせも出来るだろう。
しかし、前夜のうちにははっきりと見えていた天の川は、やがて夜半を過ぎた頃から次第にぼんやりと霞み始め‥‥空が白み始める頃には、辺りはすっかり厚い雲に覆われていた。
その雲の下、曖昧に揺らぐ水平線の上に現れた五つの影。
「なるほど、お待ちかねって訳かい」
舳先に立ったクリムゾン・コスタクルス(ea3075)がニヤリと口の端を歪める。
今回の仕事は、左右の二隻‥‥つまり自分達が囮になって、後方に控える一隻を無事に敵の最奥まで進ませる事。
「あたいは目立ちたがりやな性分だけど、脇役でもきっちり仕事をこなせれば最高だね」
「パーシ卿達に、ボスの船を攻略して頂くべく、全力を尽くそう」
メアリー・ペドリング(eb3630)が見晴らしの良いマストの上から戦場全体を見渡して呟く。
「その為の行動であれば、貧乏籤などではない。明日への道を開拓する重要な役どころだ‥‥縁の下の力持ちとなる事を目指そう」
今回は、北海の安全を取り戻す為の第一歩にしかならないかもしれない。だが、そうして少しでも多くの魑魅魍魎を倒す事で、多少なりとも海の往来が安全になるならば。
「囮、ですか‥‥。影として働くとは、私にとっては何とも名誉な事ですね‥‥」
大宗院透(ea0050)にとっては、それこそが本分らしい。
やがて、帆を畳み錨を降ろした母船から二頭のペガサスが舞い上がる。それを合図に、前を行く三隻の船は帆を一杯に張り、敵の船団へと突撃を開始した。
飛び立ったペガサスの一頭はグリフォンを引き連れ、そのまま一番手前に位置する敵船へと向かって行く。そしてもう一頭は右舷を行く味方の船の背後に隠れる様にして進む、パーシ達の乗る船の上空で大きく円を描いた。
「気をつけてな‥‥武運を」
上空ですれ違った、同じくペガサスに乗る少女騎士にそう声をかけると、蒼汰は眼下の船に向かって叫んだ。
「御武運を!」
聞こえていなくても構わない。蒼汰はそのまま、先を行く仲間の後を追って敵陣のただ中へ突っ込んで行った。
「‥‥幽霊船‥‥か。いかにもって感じだよなあ」
上空を飛びながら、蒼汰は敵の様子を子細に観察する。ボロボロの帆に、千切れて垂れ下がったロープ。船体のあちこちに大きな穴が開いている。が、それでも沈まないのは、やはりこれが尋常ならざる力によって動く「生きた死の船」である故だろう。
そして、やはり所々に穴の開いた甲板の上では、水に濡れた死体達が恨めしげにこちらを見上げ‥‥
「やっぱり、向かって来るか」
見れば、アランを乗せたグリフォンや、らぶらぶな上司達を乗せたペガサスの周囲にも、死者達が群がり始めていた。
蒼汰は刀に取りつけたレミエラに念を込め、ペガサスの御雷丸にレジストデビルを頼む。出発前にルーウィン・ルクレール(ea1364)にかけて貰ったオーラパワーの効果はもうすぐ切れそうだったが‥‥効果が切れる度に、いちいち戻る訳にもいかない。途中で切れたら、その時はその時。自前のオーラエリベイションも使えば十二分に戦える筈だ。
「アラン殿、ボールス卿、加勢します!」
「上空支援か。助かる」
蒼汰の声に応えたアランは群がるアンデッド達を振り切る様に一気に高度を下げる。
「黴の生えた死にゆく船‥‥死にぞこないには相応しかろう」
不敵な笑みを浮かべながら腰の刀を抜き放ち、アランは幽霊船の甲板に飛び降りた。
――ザンッ!
飛び降りたその勢いを乗せ、手近な敵を一刀の下に斬り伏せる。
だが、それは頭から血とも海水ともつかない体液を盛大に噴き出しながらも、平然とその場に立っていた。
「‥‥可愛げのない。せめて悲鳴のひとつでも上げたらどうだ?」
ずぶ濡れの幽霊は、返事の代わりに鋭い爪の付いた両腕をゆらりと上げ‥‥
――ブンッ!
当たりはしない。だが既に周り中を囲まれた状態では、どう避けても敵の眼前に背中を晒す事になる。
「ボールス卿は‥‥!?」
その時、アランの背を狙っていた一体が、上空から飛んで来た白い光に包まれた。それを追う様に、更には殆ど同時に反対方向からも真空の刃が襲いかかり、二つの刃が敵の体の上で交差する。ホーリーと、ソニックブーム。そして‥‥
――ズダァン!
――ビチャッ!
上空から降って来たボールスの足元で、既に何だかわからなくなったモノが形を失い、潰れていた。
「お待たせしました」
「ボールス卿‥‥なかなか派手なご登場ですな」
地味なフリしやがって、と心の中で秘かに舌打ちをしつつ、アランの中で何かが燃え上がる。
(「‥‥負けん‥‥っ!」)
そんな心の声が聞こえたのか、ボールスは敵の体ごと甲板を貫いた剣を引き抜くと、アランに背を向けた。
「背中は任せました。見せて頂きますよ、その腕前の程を」
「‥‥ふ、傭兵冥利に尽きます」
貧乏クジ? とんでもない。
「俺としては当たりくじです。さて‥‥」
背中合わせに武器を構える二人の周囲に、亡者達がわらわらと集まって来る。
「雑魚が鮫に群れるか、面白い。お前らの存在そのものを食い潰してやる!」
一方、もう一隻の幽霊船に向かった船の上では、残った者達が集中攻撃に向けての準備を始めていた。
「船なのにアンデッドですか‥‥。ポルターガイストの一種かも知れませんけど、ちょっと珍しいですね」
目前に迫った幽霊船を興味深そうに観察しながら、シエラ・クライン(ea0071)は自らのモンスター知識に新たな1ページを書き加える。そうしている間にも、幽霊船の底に開いた大きな穴からは人の姿をしたアンデッド達が次々に湧いて来る。
「襲撃を受ける事を察したのでしょうか。でも、幽霊船が召還している、という訳ではない様ですね」
その船がまだ負の生命を得る前に乗り組んでいた、船員達の成れの果て‥‥かもしれない。
「シエラ殿、すまぬがブレスセンサーで生存者の確認を行っては貰えぬだろうか?」
メアリーに声をかけられ、シエラの意識は現実に引き戻される。
「私のバイブレーションセンサーでは、どうも具合が悪い様なのだ」
揺れる船の中で、人の鼓動や動く時の微かな振動を掴むのは難しい。だが、ブレスセンサーならば‥‥幽霊船の中で呼吸するものがあるとすれば、それは生存者に他ならない。
「わかりました、調べてみましょう」
シエラはペットに積んだ荷物からバックパックに移しておいた巻物を取り出し、読み上げる。だが‥‥
どちらの船にも、反応はなかった。
「そうであるか‥‥恩に着る。手を煩わせてすまなかった」
メアリーはシエラの返事を聞くと、背後に控えた透を振り返る。
「聞いての通りだが‥‥大宗院殿。貴殿はどうされる?」
船内を捜索しても無駄足に終わる可能性が高い。
「そうですね、それなら‥‥」
可能性のないものに拘り、執着するのは合理的ではない、と言おうとした時。
「あたいは‥‥助けたいね。たとえもう生きちゃいないにしても、さ」
クリムゾンが言った。
「まだあいつらの仲間になってないなら、遺体だけでも連れて帰ってやりたいし‥‥」
それが無理なら遺品だけでも、と考えるのは甘いか。
「ああ、悪りィ。ガラにもないこと言っちまったね。第一、あたいはあんたのフォローにゃ回れないし‥‥」
「よろしければ、私がお供をしましょうか?」
「――おぉっ!?」
背後からぬうっと現れた壁‥‥いや、メグレズ・ファウンテン(eb5451)の姿に、クリムゾンは思わず後ずさる。
「船内に入られるなら、私が道を開いて差し上げます。生存の可能性がないなら、多少の荒技でも問題はないでしょうし」
ぢゃきん、と大槍を構え、メグレズは微笑んだ。
‥‥どうする‥‥?
冒険者達は顔を見合わせた。さほど大きくもない船だ。ましてや自分達の役目は敵の目を出来るだけ引き付けておく事‥‥迅速に敵を倒す事ではない。その程度の手間ならば‥‥
「では、予定通りに‥‥メグレズさんには護衛をお願いします‥‥」
本当は護衛など必要ないのだが、と思いつつ、透は表情も変えずにに頷いた。だが、今回は敵の腹の中に入るのだ。いくら隠密行動が得意な忍者とは言え、単独行動は危険すぎる。
「突入するなら、必要になるでしょう」
ルーウィンが二人にオーラパワーをかけた。
「勿論、私も船には乗り込みますが‥‥基本的に前衛タイプですからね」
更に、シエラによってフレイムエリベイションを付与され、突入組の強化は完了。
「それじゃ、そろそろ本番と行こうかね。少々荒っぽい操船になるからね、放り出されない様に注意しておくれよ?」
イレクトラがタイミングを見計らい、操舵手に向かって指示を出す。
「そうだ、このまま真っ直ぐ‥‥」
二隻の幽霊船の脇を通り過ぎ、目の前にボスの船が迫って来る。
「まだだ、ギリギリまで引き付けて‥‥今だ、面舵一杯! 右へ回り込め!」
急に速度を落とした船は体当たり寸前で船首を右に逸らす。その途端、船体が大きく片側へ傾いた。やがてバランスを取り戻した船はスピードを上げ、先程脇を通過した幽霊船の背後から迫る。
――ドオォン!
それは、殆ど体当たりと言って良かった。二隻の船は船縁を擦り合わせ、ギシギシと音を立てる。
「まずは一番手を取らせて頂こうか」
幽霊船の甲板上にわらわらと集まって来る死者達に向けて、メアリーはグラビティーキャノンを放った。
「今だ、飛び移れ!」
死者達が衝撃で倒れ、道が出来た所に透とルーウィン、そしてシエラに手を添えたメグレズが飛び移った。
「これで少しは持つでしょうが‥‥」
その場に残るシエラの周囲にホーリーフィールドを張り、メグレズが言った。
「危ないと思ったら、すぐ海に飛び込んで下さい。樽に掴まっていれば救護班の方が拾い上げてくれます」
後衛が敵の船に乗り込むなど殆ど自殺行為だが、既に遠く距離を置いた味方の船からでは魔法が届かないのだから仕方がない。かといって、この海域では水深が深すぎてフライングブルームが使えない事は、既に透が確認していた。
空を飛べる魔獣でも借りておけば良かったか‥‥だが、上手く飼い主以外の言う事を聞いてくれるだろうか?
「大丈夫です。フォローはしますから」
死者達からシエラを守るように、ルーウィンが立ち塞がる。味方の船からの援護射撃も始まった様だ。上空からはメアリーの援護もある。
大丈夫。シエラはそう確信すると、せめて背中くらいは守れる位置に立とうと、折れかかった太いマストに身を寄せた。それとて、相手が霊体なら気休めにもならないが‥‥今の所、実体を持った敵ばかりの様だ。
「消耗が大きいので、そう何度も続けるわけには行きませんけど‥‥。今は手数優先ですね」
高速詠唱のグラビティーキャノンを魔力の尽きるまで。
それぞれが配置に付いた事を確認すると、メグレズは船室に通じるドアに向かって大槍を振りかざした。
「飛槍、剽狼!」
――ドガアァン!!
ドアや、ましてや鍵を開けるなど、そんな面倒な事はしない。邪魔な物は壊すのみだ。
「では、とりあえず端から見て行きますので‥‥」
――ドゴオォン! ズガアァン!
メグレズが船室のドアを叩き壊すその音は、少し離れた味方の船までも届いていた。
「あれ‥‥拙いんじゃないか?」
甲板に群がる死者達に向けて、一度に二本、三本と矢を放ちながら、クリムゾンが言った。
「ああ、先に船の方が沈んじまいそうだね‥‥」
船の指揮を一時中断し、攻撃に参加していたイレクトラも同感だと頷く。
「これは、救護班を呼んでおいた方が良いかもしれないね」
周囲には樽が浮かんでいるが、船が沈む際に出来る渦にでもに巻かれたら、空樽程度では救命の役には立たないだろう。だが、グリフォンを従え空樽を運ぶクリスには、こちらの声は届きそうもない。
「メアリー殿!」
呼ばれて、メアリーは攻撃の手を休め、味方の船へと舞い戻る。
「すまないが、伝令を頼まれてくれないかね?」
「‥‥承知した」
「はい、すぐに参ります」
メアリーから伝言を聞いたクリスは空樽の最後のひとつをライオネル達の乗る船の近くに落とすと、右翼側の戦場へと急いだ。
後方に控える母船にはウォルが一人で残っているが‥‥船に吊してある魔除けの風鐸が自然の風で鳴っている限り、その結界の中にアンデッドは入れない筈だ。有効範囲が多少範狭いのが難点だが、母船の他にも標的は多い。知能の低いアンデッドなら、きっと目の前の敵だけに集中し、遠く離れた母船に気付く事もないだろう。
ただ、船酔いが治ったばかりで体調が優れないウォルが心配ではあったが。
『大丈夫だよ、ここを守るのがオレの仕事なんだから。心配すんなって!』
出発の時、目の下にクマを作り、げっそりとやつれながらも、そう言って強がっていた姿が目に浮かぶ。特に緊張はしていない‥‥と言うか、船酔いのお陰で緊張も何も吹き飛んでしまった様だった。
『つーかさ、オレの事より師匠の心配した方が良くね?』
確かにそうかもしれないが‥‥
ボールスが囮として敵船に乗り込む時に渡そうと思っていた銀の指輪は今、クリスの手元にあった。
そこに付けたレミエラに祈りを捧げ、アンデッドの動きを鈍らせる結界を作ったのだが‥‥
『ありがとう。でもそれは、あなたが持っていて下さい。救助の為に、アンデッドの群れに飛び込む必要があるかもしれませんから』
そんな状況でも、クリスは躊躇なく飛び込んで行くだろう。ボールスもそれを止めるつもりはない。だが、危険は少しでも減らしておきたかった。
ボールスは雑魚アンデッドごときに遅れをとるつもりはないし、同様のレミエラは共に戦うアランが身に付けていた筈だ。
『それに‥‥』
ボールスは一旦受け取ったそれをクリスの指に填め、軽く唇を重ねた。
『私にはこの方が効きますから』
「――船が沈むぞ!」
誰かの声で、クリスは現実に引き戻される。
眼下に目をやると、静かに沈み始めた船の甲板ではまだ、仲間達が戦っていた。
――ピィーーーッ!
クリスは合図の笛を鳴らすと、アンデッドの群れに囲まれながら間断なく魔法を撃ち続けるシエラの元へ急いだ。
「効いているのか、いないのか‥‥」
シエラは自分に向かって降りてくるペガサスの姿を視界の隅で捉えながら呟いた。
先程から何度魔法を唱えただろう。だが敵は、魔法の余波で体勢を崩しはするものの、すぐに何事もなかった様に起き上がり、近付いて来る。しかも飛んでいる者達には、その僅かな足止め効果さえ望めなかった。
シエラの周囲に、動かなくなったブルーマンの姿はひとつもない。せめて軽傷でも与えているなら、もうそろそろ倒れる者が出ても良い筈だが‥‥
「初級程度では無傷か‥‥せいぜいカスリ傷程度という事でしょうか‥‥?」
「シエラさん、乗って下さい、早く!」
上空から聞こえた叫びに、シエラは弾かれた様にその場を離れる。迫り来る死体達に置き土産とばかりに七徳の桜花弁を投げ付けると、ペガサスの背にしがみついた。
「本当は彼女の為のとっておきなのですけど‥‥」
彼女とは、あの吸血鬼の事だろうか。
もう一人、甲板に残ったルーウィンをグリフォンが拾い上げた直後、幽霊船はゆっくりと、自らが作り出した渦の中に消えて行った。
その少し前。
「やはり、船に乗っていた人達は既に、あのブルーマンとか言う幽霊になってしまった様ですね‥‥」
殆ど全ての船室を調べ終えた透が言った。残るは目の前にある、このドアの向こうだけ。何か発見があるかもしれないという期待はとうに捨てていたが、ここまで来たからには調べずに引き返す訳にもいかなかった。
「では‥‥飛槍、剽狼!」
メグレズの何度目かの大技が炸裂したその時‥‥突然、辺りの空気が変わった。
肩にのしかかる様な、重苦しい感じが取れたとでも言おうか。
「まさか‥‥」
――ギシ、ミシミシ‥‥がくん!
足元が揺れた。
それまでも、幽霊船が腹の中に入り込んだ異物を吐き出そうと船体を揺らしたり、備え付けの備品で攻撃を仕掛けて来る事はあった。しかし、今のこれは‥‥
「いつの間にか、船の耐久力を超えて攻撃をしてしまった様です‥‥」
冷静に言う透の足元に海水が拡がり、それはあっという間に膝丈を超える。
「私は微塵隠れがありますから、大丈夫ですが‥‥」
しかしメグレズはそうは行かない。
今やただの沈みかけたボロ船と化した幽霊船の階段を、急激に深さを増す海水に追われる様にしてメグレズは駆け上がる。
「飛槍、水月!」
甲板に出たその姿を見付けて群がる死者達を吹き飛ばすと、メグレズは迷わず海へ飛び込んだ。
「取り舵だ、船を寄せろ! メグレズ殿を回収する!」
イレクトラは操舵手に命じ、船は沈みかけた幽霊船に向かって進む。すると、今度は行き場を失った死者達が船を目指して集まって来た。
「相手がアンデッドじゃなければ、あたいの美貌でいっくらでも引き付けることができるのにねぇ‥‥おや?」
射撃の手を止め、クリムゾンは集まって来た死者達に笑いかける。
「アンデッドのくせに、あたいの魅力がわかるってのかい? 嬉しいじゃないか」
でもね‥‥と、クリムゾンは弓を置き、傍らの手摺りにくくりつけておいた月桂樹の木剣に持ち替えた。
「それであたいらの行動を阻止できると思ったら‥‥大間違いだよ!!」
――ドカッ!
気合いと共に、木剣を叩き込む。
「あたしらは仲間を迎えに来ただけさ。あんたらはお呼びじゃないって事さね!」
イレクトラも破邪の剣に持ち替えて応戦した。
二人の手に余る獲物には、微塵隠れで難を逃れた透の矢が突き刺さる。
その間に空樽に掴まったメグレズを拾い上げると、船は渦を避け、もう一隻の幽霊船に船首を向けた。
「向こうは沈んだ様ですね」
笛の音を聞いて、ボールスが顔を上げた。その背後でアランもまた、空を見上げる。
「随分遅かった‥‥と言うべきですかな?」
彼等の足元には、動きをやめた死者達が折り重なっていた。それでも尚、取り囲む死者の群は少しも減った様には感じられない。倒しても倒しても、新たに何処かから湧いてくる様だった。
しかも、どんなに斬られても苦痛を感じない彼等は決して引く事なく、動きを止める事もなく執拗に迫って来る。その為、迎え撃つ側も常に足場を変え、移動しなければ追い詰められてしまうのだが‥‥
「しかしあの二人、まるで後ろに目が付いてるみたいだな」
背中合わせに剣を振るう二人を見て、上空の蒼汰が感心した様に溜息を漏らした。
互いの動きを見ている訳でもないのに、常に一定の距離を保ちながら動いている。そして、もう随分斬り捨てた筈なのに二人とも殆ど息を乱していなかった。
「おっと、俺も感心してる場合じゃないか」
蒼汰はしつこくまとわりついて来る死者達を巧みにかわしながら、二人の死角になりそうな位置にいる敵を狙って上空からソニックブームを放つ。
やがて残りの仲間達も合流し、甲板の上は俄に活気づいた。
「加勢します」
ありったけの魔法で自らを強化したルーウィンの周囲には、早速何体かの死者達が群がって来る。
「雑魚とはいえ油断はできませんね。全力でいきます」
そして魔力を補給したシエラは、手数よりも威力優先の戦法に切り替えた。成功率を上げる為、自らにフレイムエリベイションをかける。
「足止めにさえならないなら、確実に仕留めましょう」
一方、再び微塵隠れで移動した透は、今度は静かに船室を捜索して回る。勿論メグレズも護衛として同行していたが、今回は寄ってくる死者達だけが標的だ。
そして‥‥部屋のひとつで、彼等は遺体を見付けた。
動く気配はない。まだアンデッド化していない、或いは邪気に取り込まれなかった者だろうか。
「‥‥アンデッドの反応はない様です。少なくとも、この方からは」
デティクトアンデットを唱えたメグレズが言った。不死者の反応は到る所から感じるが‥‥
ならば連れ帰り、出来る事なら身許を調べて遺族に引き渡してやろうと、透が手を伸ばす。
「――!!」
突然、それは起き上がった。
「‥‥なりかけ、だったのでしょうか‥‥」
事前に疾走の術をかけておいた透は咄嗟に身を引き、弓を構える。それはもう遺体ではなく、倒すべきモンスターだった。
「飛槍、水月!」
モンスターならば遠慮は要らない。メグレズは手にした槍を思い切り振るった。
結局、捜索では何も見付からなかった。遺体も、遺品らしき物も、何ひとつ。
だが何もない事がわかっただけでも収穫だ。これで心置きなく幽霊船を沈める事が出来る。
「もう遠慮は要らぬという訳だな」
それまでは幽霊船に当てないよう、角度に気を付けて魔法を放っていたメアリーが言い、シエラも死者と幽霊船の両方にダメージが入るマグナブローでの攻撃に切り替えた。
仲間の船からも、幽霊船本体に向けて次々と矢が放たれる。と‥‥
「気を付けて、船が動きます!」
上空からクリスが叫んだ。
それまで殆ど抵抗らしきものをして来なかった幽霊船が、自分を狙う船に目標を定め、動き出す。
「面舵一杯! 全速回避!」
次第に速度を上げ、船の舷側に向かって真っ直ぐに突っ込んでくる幽霊船の動きを見て、イレクトラが指示を出す。だが、相手の動きは予想外に早い。間に合わないかと覚悟を決めたその時‥‥
「幽霊船ごときに、好きにはさせぬ!」
メアリーが上空から回り込み、その舳先を弾く様にグラビティーキャノンを放った。その一撃で僅かに軌道が逸れ、幽霊船はギリギリの所をかすめてすれ違う。
「あたいらの標的は手下の雑魚だけだとでも思ってたのかい? でも、今更気付いても遅いんだよ!」
体当たりをかわされても尚、引き返し、再び突進しようとする幽霊船に向かって、クリムゾンは矢の雨を降らせた。
「何度向かって来ても同じ事だ」
メアリーが再びその軌道を逸らす。
幽霊船が起こした横波で船が煽られたが、それもイレクトラの指示で体勢を立て直し、大事には至らなかった。
しかし‥‥
突進とUターンを繰り返す幽霊船の動きに、甲板上で戦う者達は翻弄されていた。
足場が揺れるだけではない。甲板の板が足元から跳ね上がり、マストに絡みついたロープは鞭の様にしなり、死者達もろとも侵入者を薙ぎ払う。ボロボロの帆布さえも、生き物の様にうねり、冒険者達の体に絡み付いた。更には‥‥
「海中から新手の死者達が来ます!」
クリスの声に、冒険者達は一斉にボールスを見る。
「‥‥撤退しましょう」
雑魚には、幽霊船を片付けた後で対処すれば良い‥‥故意に揺れたり、攻撃を仕掛けて来る事のない、安全な船の上で。
「各自、船に一撃を与えた後に離脱! 蒼汰さんは救助の手伝いを!」
「了解!」
それぞれが持てる最大の攻撃を叩き込み、海へ飛び込む。‥‥まあ、中には飛び込む前に助け出された者もいたりするが。
「‥‥俺は空樽か‥‥」
樽にしがみつき、アランは誰かが見付けてくれるのを待った。背後で幽霊船がゆっくりと沈んで行く。だが、沈没に巻き込まれる恐れはなさそうだった。
「俺には待ってる女がいる。船は港に帰るもんだ」
それは、見送りに来たミューツ・ヴィラテイラの事だろうか。果たして幾つの港があるのか、それは聞くまい‥‥
やがて無数に湧いて来るかに見えた死者達も全て海に還し、ふと沖を見た冒険者達の目に、ボス戦の帆が風に舞う姿が映った。それは、ボスを倒した合図。
「向こうも上手く行ったらしいな」
蒼汰が呟く。
暫く後、海上に最後まで残っていた幽霊船も海の底へと沈んで行く。
「あの『幽霊』船はお世辞でも『優麗』とはいえません‥‥」
透がお馴染みの駄洒落を呟き、それで全てが終わったかに見えた。だが、次の瞬間。
「あれは‥‥?」
彼方で、何か大きく黒い影が動き‥‥消えた。それが起こしたものだろうか、大きな波に船が揺れる。
「何故、最近になって急にこの様な事件が増えたのか、疑問に感じていたが‥‥」
メアリーが呟いた。もしや、あの大きな影が裏で糸を引いているのではないだろうか?
北の海が悪夢から覚めるには、もう暫く時間がかかりそうだった。