【北海の悪夢】生き残った者達
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 3 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月15日〜07月21日
リプレイ公開日:2008年07月23日
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●オープニング
「‥‥ダメだ。やっぱりダメだ‥‥っ!」
結婚式の朝、男は綺麗に着飾った花嫁を見て、喉の奥から絞り出す様な、苦しげな声で言った。
「あいつらをそのままにして、俺だけ幸せになるなんて‥‥いや、このままじゃ俺は幸せになんかなれない。お前を幸せにする事も出来ない!」
男は先日、漂流する生きた島から無事に助け出された船員の一人。しっかりと握り締めていた指輪を想い人に渡し、今日は念願の結婚式。なのに‥‥
彼は家を飛び出し、そのまま戻らなかった。家にも、花嫁が待つ教会にも。
その代わり、彼が向かったのは冒険者ギルドだった。
「‥‥俺を‥‥俺達を助け出してくれた事には感謝してる。いや、感謝してもしきれない位だ。だが‥‥」
嵐の海に投げ出され、そのまま行方がわからなくなってしまった仲間達。
島に向かって泳ぐ途中で力尽きた者達。
彼等7人の声が、顔が、頭から消えない。
「助けてくれと‥‥どうして自分達を見捨てたんだと、あいつらが呼んでるんだ。だから、俺は行かなくちゃ‥‥」
彼等が沈んだ海へ。
行ってどうするのか、どうすれば彼等が‥‥そして自分達が救われるのか、それはわからない。
わからなくても、じっとしていられなかった。
生き残った者として、犠牲になった者達に何が出来るのか、それを探す為に。
そして、生き残った事を悔やみ、罪悪感に駆られ、死んでいった者達の影に怯えていたのは彼だけではなかった。
生還した9人、殆ど全員が何かしらの悩みを抱え、苦しんでいた。
命があった事、それは誰にとっても嬉しく喜ばしい事の筈なのに。紛れもなく幸運な事に違いないのに。
当初はただ助かった喜びだけに浸っていられたものを、時が経つにつれて、蘇ってきた恐怖と無念。
それが今や、幸運にも生き残った彼等を押し潰そうとしていた‥‥。
●リプレイ本文
船内には暗く重たい空気が漂っていた。
ただひたすら海を見つめ続ける者、船室に閉じ籠もったきり動かない者、そして海に出ても尚、酒に逃げる者‥‥
そんな彼等の様子を、冒険者達は遠巻きに見守っていた。
「この方々は、自分達だけが生き残ってしまった事に罪を感じているのですね。それは、友人を思い遣る心の表れでも有るのですが‥‥」
ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が呟く。
「でも、海に沈んでいった人達の分も幸せに生きてあげないと、余計に死んだ人達が悲しむんじゃないかな?」
それに答えたのはデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)だった。
「第一、失礼じゃない? 死んだ人が恨みのみしか思ってないって思い込むのって。当人は、恨みになんか思ってないかも知れないのに、勝手にそうだと決め付けて」
「‥‥恨み‥‥なのだろうか?」
二人の会話を聞いて、レイア・アローネ(eb8106)は首を傾げた。
「違うの? 恨まれてると思ってるから苦しいんじゃない?」
「確かに罪悪感はあるだろう。だが‥‥彼等は救えなかっただけだ。殺した訳ではない。上手く言えないが‥‥」
自分を殺した者を恨む事はあっても、救えなかった者を恨み、その幸福を妬む事などあるのだろうか?
「‥‥とにかく、想像だけで言ってても仕方ない。相手の心から正解を見出さないと‥‥な」
空木怜(ec1783)が言った。
「幸い、9人とも状況の打破には積極的だ。件の海域に自分から行こうとするんだから。後は何が足りないのか、何が欠けているのか。まずは話が聞ける状態にする事だが‥‥」
と、マロース・フィリオネル(ec3138)を見る。
「わかりました、メンタルリカバーを使ってみましょう」
「‥‥亡くなった彼等の事は、私よりも皆様の方が良くご存知ですよね。ならば、彼等が容易く友人を恨んだりする様な方だったかも、皆様はご存知ではないのですか?」
船内の一室に集められた9人に、ジュヌヴィエーヴが静かに語りかける。彼等はマロースのメンタルリカバーで多少は落ち着いた様子だった。
「立場が逆だったなら、貴方達は彼等を恨んだでしょうか?」
「‥‥恨む? 何故‥‥違う、あいつらは、そんな事‥‥!」
「だったら何故、何をそんなに苦しんでるの?」
デメトリオスが言う。
「生き残ったのは悪い事じゃないんだし‥‥その幸運に感謝して生きていかないと、死んでいった人達を悲しませることになっちゃうよ?」
「それは‥‥わかってる。でも‥‥!」
「納得出来ない、か。こういうのは、頭でわかってても‥‥な」
怜は頭の中で考えを巡らせる。
トラウマというものは強烈な記憶のイメージが意識に焼き付いて起こる。簡単なきっかけですぐ鮮明に脳裏にその記憶が蘇る、そういう準備をしてしまってる状態だ。無意識に行ってる事だから意識して変えにくいし、更に罪悪感が伴っている。それが治る事に歯止めをかけてる可能性が高い。ならば、やはり罪悪感をどうにかするのが先決だろう。
「奴等がお前達を恨む様な連中じゃない事はわかってる。それでも苦しいのは何故だ?」
「それは‥‥」
あの時、自分が生き残る事しか頭になかった事。手を貸してやれば、生きて島まで辿り着けた者もいたかもしれないのに。
冒険者達に助けられ、戻った港で無事を喜ぶ者達の影で泣き崩れていた人々の姿。彼等に何か言葉をかけたくても、戻らなかった者達の最期がどんな様子だったか、それさえわからない。
遺体は無理でも、せめて遺した言葉や、形見の品を届ける事が出来たら、少しは楽になれたかもしれない。
「でも、あの時は‥‥本当に、自分の事しか考えてなかった。大切な仲間達だったのに‥‥」
「なるほどな。で‥‥もし死んだのが彼らではなく自分達だったら?」
怜が尋ねた。
「何を思う? 生きる彼らにどうあって欲しい? 自分達をどう思って欲しい?」
「それは‥‥」
「きっと、それが答えだと思う」
もうすぐ彼等の船が沈んだ海域だ。そこで何かをしたいから、彼等は船に乗ったのだろう。だが具体的に何をしたいのか、彼等にもわかってはいなかった‥‥いや、今もわからない様だが。
「私は当事者ではありませんから、『気持ちはわかります』とか『罪悪感を抱えなくていいんです』などとおこがましい事は言えません」
未だに答えの出ない彼等に、マロースが言った。
「けれど、『自分は幸せになってはいけない、不幸であるべきだ』と考える理由を死んでいった方々に押し付けないでほしいんです。貴方がたは、幸せになりたいという、幸せであろうと思う権利があるんです。そして、彼らの事を忘れず、後世に『こういう人たちが確かに生きていた』と伝え、忘れさせない義務があるんです。死者はその人を覚えている人がいる限りその人の中で生き続ける。私から言えるのはそれだけです。あとは貴方がた次第です」
甲板に出た9人の目に、霊剣を手に静かに舞うケイン・クロード(eb0062)の姿が映った。
「鎮魂の舞には程遠いし‥‥音楽があれば、少しは見れたのかもしれないけど。まあ、余興と思って勘弁してくださいね」
少し照れながら、ケインは燕のように緩やかに‥‥そして鋭く舞う。それはレミエラの結界を発動させる為のもの。
やがて‥‥その舞に誘われたかの様に、それが現れた。
現れたのは、船乗りの格好をしたずぶ濡れの死体達。
「まさか‥‥この海域に現れるって事は、まさか‥‥あいつら‥‥か? やっぱり俺達を恨んで‥‥!?」
ふらふらと吸い寄せられる様に、船の周囲を取り巻く幽霊達に近付こうとした9人の前にメグレズ・ファウンテン(eb5451)が立ちはだかった。
「よく見て下さい。あの中に、あなた方のお仲間がいますか?」
「‥‥い、いや‥‥」
顔などは崩れて判別が付かない。だが、その服装に見覚えはなかった。
「落ち着け! 彼らは苦しんでいるだけだ! お前達を個人を恨んでいる訳ではない!」
「彼等を動かすのは、皆様への恨み等では有りません! 理不尽な死に対する無念。それが生有る者全てへの憎悪となって彼等を動かすのです」
レイアが叫び、ジュヌヴィエーヴが静かに諭す。
「ならば彼等の生を奪った理不尽に屈せず、己の生を全うする事こそ、彼等の無念を晴らしその仇を討つ事となるのです!」
「さぁ、いつまでもここに縛らせてちゃな」
怜が9人をホーリーフィールドで包み込む。
「どこの誰かは知らないが、解放してやろうぜ。ここではない、どこか。だけどきっとここよりは良いどこかへ!」
「帰ったら、ちゃんと花嫁さんに謝って下さいよ。‥‥そして、二度と心配かけさせないように」
ケインは結婚祝いの祝砲とばかりに、派手な大技をぶちかました。
「師匠を超える為に編み出した零式のバリエーション。未来を拓く為‥‥翔け抜けろ、飛燕!」
刀の先から真空の刃が飛び、更に扇状の衝撃が走る。純粋な破壊力には劣るが、こういうものはハッタリが大事だと師匠に教わったらしい。
確かに知性のある相手なら、今の攻撃で多少は怯んだかもしれない。だが‥‥相手はただ妄念に突き動かされるだけの幽霊。ハッタリは通じなかった。
「‥‥いや、幽霊達には通じなくて良いんだ。幽霊達には、ね」
それに攻撃力なら、このチームには充分備わっている。最初の一発くらいは演出効果を狙っても構わないだろう。
「妙槍、水月! 飛刃、落岩!」
「お前達の無念は皆が忘れない。眠れ――!!」
メグレズが、そしてレイアが9人を守るように剣を振るい、ジュヌヴィエーヴはレジストデビルでそれを援護する。マロースと共にピュアリファイで亡者達を浄化するのも彼女の仕事だ。
「二度と迷わぬように、その魂が無事天に召されますよう‥‥」
デメトリオスも空中からライトニングサンダーボルトを放ち、仲間の攻撃を援護する。
「護衛があって、初めて説得があるよね。言葉だけじゃ納得出来ないだろうし」
やがて静けさが戻った海で、メグレズは死者の思念を探すが‥‥
「この周囲には貴方がたの仰る『死んだ人達の声』というものはありませんでした。すでに魂は主の御許へ向かわれたものと思われます」
「‥‥どうだ、ケリは付いたか?」
レイアが呆然と海を海を見つめる9人に話しかけた。
「いや、無理する事はない。結論から言えば死者は救われない‥‥と言うか、死んだ時点でもう救われているんだ。だから、彼等は恨む事も呪う事もなければ、生者の幸福を願う事もない」
「‥‥?」
「だからこそお前達に出来るのは彼らを忘れないでいてやること。いや、その内忘れてしまってもいい。それでも彼らの生きた証はお前達仲間の存在が確かに証明しているのだから」
彼らの分まで生きろとは言わない。背負うも背負わないも自由だ。何故なら彼らが死んだのは‥‥
「お前達のせいじゃないから。――そう、お前達のせいじゃないんだ」
「貴方がたはただ、生きようと、そう願っただけです。それは生きる者として当たり前の事です」
メグレズはそう一言だけ言うと、後は任せたと言うようにレイアを見、そして一歩下がった。
頷き返し、レイアは続ける。優しく、まるで子供をあやす様に。
「だが、それでも‥‥謝りたいのだろう?」
「‥‥」
「ならば謝ろう。泣いて――いいんだ。彼らの為に」
一杯、また一杯と、盃の酒が海に呑まれて行く。それは9人の男達が亡き友に捧げた別れの盃だった。
それで全てが片付いた訳ではない。全てに納得が行った訳でも。
だが、少しは前に進めた気がする。
「‥‥自分だけ生き残るのは、確かに苦しくて辛い事だけど‥‥」
ケインが呟いた。
「彼等も仲間の想いを継いで、誇りを持って生きて行けると良いな」
死んでしまった人の為にも、彼等自身の為にも‥‥そして何より、今を共に生きる人の為に。
「帰ったらまず最初に、結婚式をすっぽかしたことを土下座して謝らなきゃね」
デメトリオスがクスクスと笑った。