【北海の港町】盾を求めて どこまでも
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 94 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月19日〜07月27日
リプレイ公開日:2008年07月29日
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●オープニング
「今度は大丈夫! 今度は絶対、取り逃がしたりしないよ!」
またしてもギルドに現れた、浅慮と軽薄を絵に描いたような中年貴族は言った。
先日彼が依頼した、クリスタルタートルの甲羅狩り。その依頼は残念ながら人数が足りずに流れてしまったが、しかし彼は諦めなかった。
「今度は砂浜に現れたんだよ! どうだい、砂浜なら奴の動きは鈍い。どうやったって逃げられっこないさ。僕一人でだって、仕留められる位だ!」
だったら、一人でやれば‥‥と言いたくなる気持ちを抑え、受付係は言った。
「はあ、それで‥‥どこの浜に?」
「ここから‥‥そう、歩いて4日位かな。メルドンって港町の近くにある砂浜らしい。そこの沖にね、もう何日も前からそいつが姿を現してるらしいんだ」
地元の漁師によると、どうやらカメは砂浜に卵を産みに来たらしい。その浜には、時折そうしてウミガメが産卵に来る事があるらしいが、流石に蒼い甲羅を持ったカメ、は珍しいという事で噂になったらしい。
「それでね、奴の行方を血眼で探していた僕の耳にも入ったという訳さ」
道楽貴族のトッチャンボウヤは得意気に鼻を鳴らした。
‥‥いや、別にアンタの手柄でも何でもないと思うんだけど。
「ああ、あの陽の光に煌めく水面の様な、深い森の中に佇む湖の様な、汚れを知らぬ透明な青! ‥‥いや、僕も実物は見た事ないんだけどね」
おい。
想像だけで陶酔しとるのか、このオッサンは。
「その透き通るように青く煌めく甲羅で盾を作るのが僕の長年の夢だった‥‥とは、この前も言ったよね?」
聞いた。素晴らしい武器や防具の数々を集めて飾るのが趣味だと。
「勿論、そんなスバラシイ物を独り占めするつもりはないさ。この前と同じ様に、鼈甲細工の職人は呼んである。甲羅が余ったら何でも好きな物を作って構わないよ。‥‥ああ、ただし気難しい職人だからね、女性用のブローチか髪留め、そのどちらかしか作らないって言われたけど」
勿論、加工代はこのオッサン持ちだ。この大変な時にしょうもない道楽に付き合ってやるのだから、その位のご褒美は貰っても構わないだろう。
「まあ、今回は楽な仕事だよ。奴が卵を産んでいる最中にでも、寄ってたかって袋叩きにすれば良いんだから‥‥ああ、ただし甲羅は傷付けないようにね」
道楽貴族はニコヤカに微笑む。
しかし‥‥
(「口で言うほど、簡単な依頼ではないかもしれないな‥‥」)
と、受付係は心の中で呟いた。
確かに、仕留めるのは難しくないだろう。相手は陸の上では殆ど何も出来ないのだから。
しかし、だからこそ‥‥却って難しいかもしれない。モンスターとは言え、無抵抗な相手を、しかも産卵の最中に襲って殺すなど、抵抗のある者も多いだろう。
それに、産み落とされた卵はどうするのか。そのままにしておけば、いずれは海に帰り、モンスターが増える事になる。そのままにはしておけないが、かといって‥‥
「じゃあ、僕は一足先に行って、現場を見張ってるからね。今度こそ、よろしく頼むよ!」
受付係の心中など知る由もない道楽貴族は、嬉しそうに手を振りながらギルドを後にした。
●リプレイ本文
「亀って、光があると警戒して陸にあがってこないって聞いたけど‥‥本当かしら?」
闇に包まれた浜辺でチョコ・フォンス(ea5866)が仲間達に尋ねた。
「野性の生き物ならただでさえ光には敏感でしょうし、ましてや事が産卵ですから、普段以上に警戒心が強くなっているかもしれませんね」
「そっか‥‥じゃあ、これは消しておくわね。今のうちに目を慣らしておいた方が良さそうだし」
ヒルケイプ・リーツ(ec1007)の答えに、チョコは手に持っていたランタンの火を落とす。たちまち、辺りは自分の足元さえ見えない程の暗闇に包まれた。
「暫くしたら月も昇るだろう。それに、僅かな光でも青い甲羅に反射してよく見えるだろうさ」
ましてや巨大な亀だ。見落とし様がないだろうと、リ・ル(ea3888)が苦笑いを浮かべる。
「そうね、5メートルって、でっかいよね。そんな大きな亀なら、産卵シーンの感動も大きいかも?」
「ああ、涙を流すってアレか?」
亀の産卵に興味津々のチョコに、キット・ファゼータ(ea2307)が言った。
「あれはただ、陸に上がって目が乾くとか、そんなんじゃないのか? 俺らだって目にゴミでも入れば涙くらい流すだろ?」
身も蓋もないお答え。
「‥‥獲物に感情移入なんか、してられるか。俺は冒険者で、今はそいつを狩る依頼を受けている‥‥それだけだ。己の行動を正当化させる理由は沢山あるがな」
「流石、クールだな」
そう言い切れる若さが少し羨ましいと、リルは僅かに肩をすくめた。
「俺はどうしても、あれこれと理由を考えちまうが‥‥周辺住民の安全の為、なんてな。正直なところ、俺がこの依頼に参加したのは青鼈甲が欲しいからって、それだけなのに」
「良いんじゃないか? それが冒険者ってもんだろ?」
「まあ‥‥そうだな。俺達は英雄でも聖人君子でもない、か」
そんなやりとりを聞きながら、落ち着かない様子の依頼人が脇に佇むセフィード・ウェバー(ec3246)に小声で囁いた。
「僕は、もう良いだろ? ほら、そこの彼も言ってる通り、これは君達の仕事なんだから、ね?」
「そうは行きません」
一見、温和で人当たりの良さそうに見えるセフィードが、思わぬ厳しい口調で答える。
「甲羅の入手を望んだのは、あなたご自身です。ならば、その命にも責任を持って頂かなくては」
退治に参加しろとは言わない。だが、最後まで見届ける義務はあるだろう。例え正当な代価を支払っていようと、それで命を贖える訳ではないのだ。
「我々には報酬を、そして犠牲となった者には祈りを。それが、あなたが支払うべき代価です」
かくして、依頼人も交えて6人の、交代での見張りが始まった。現地には早く着いたので、時間はたっぷりある。
「この期間中に上手く上陸してくれれば良いのですが‥‥」
何事もなく一夜が明けて、すっかり明るくなった海を見ながらヒルケが言った。
地元の漁師の話だと、この近くを泳いでいるという事なのだが。
「すぐそこに居るって指差されても、海と同化しちゃって何にも見えないのよねぇ」
絵を描くのが得意なだけあって、物を見る事にかけては自信のあるチョコも、海と共に暮らす者には敵わない様だ。
「でも、近くにいる事だけは確かみたいだし、後はきっちり見張るだけね。夜から明け方にかけてが多いらしいけど‥‥結構海から離れて、穴を掘って、卵産んで、砂をかけて隠すのよね」
「生まれる前に海水に浸かると卵がダメになるらしいからな」
漁師の受け売りだが、とキット。
「へえ、だから満潮でも波が来ない、遠い所まで上がって来るのね?」
「ついでに言うと、普通の亀の卵でも人の手で孵化させるのは難しいらしいぞ」
と、ちらりとリルを見る。
「持ち帰って食うつもりなら問題ないだろうが」
「ダメ‥‥か? エチゴヤで引き取って貰えないかと思ったんだが‥‥ドラゴンだってペット化している所だ、大亀くらい大丈夫だろうし」
だが、あの店には余人の伺い知れない、知ってはならない秘密があるらしい。
「関わらない方が無難‥‥か」
やがて夜になり、遅い月が水平線に昇る頃。
「‥‥来ました!」
夜間担当のヒルケが仲間達を起こす。指差した先には、青く淡い光を帯びた小山の様な物体があった。
「お‥‥大きい、わね」
チョコが思わず感嘆の声を上げる。
それは想像していたよりも、遙かに大きく見えた。そして、そんな巨体にも関わらず動きは意外に速い。
「‥‥あの巨体を砂の上で易々と動かす位だ、あのヒレで叩かれたら楽しい事になりそうだな」
と、キット。
「では、打ち合わせ通りに産卵が終わるまで手は出さず、生み終えて体力の落ちたところを狙うという事で」
ヒルケの言葉に、仲間達は亀に気付かれない様、こっそりと海の方へ回り込む。
セフィードとチョコは、漁師から譲り受けた使い古しの網を波打ち際に張り、リルとキットはその手前に落とし穴‥‥いや、いくら砂地とは言え短時間に5メートルの巨体を填め、ひっくり返す程の穴は掘れないが‥‥足止め程度にはなるだろうと溝を掘る。ヒルケはリルの指示で、罠に誘導する様に篝火を設置していった。
やがて亀は無事に産卵を終えたのだろう、来た道を引き返し始めた。
「事件が起きたから狩るのか、起きる前に狩るのかは答えの出ない命題だなぁ。だが‥‥決めた以上は合理的に狩るぞ」
産卵場所から充分離れた頃を見計らって、リルが左右に設置した篝火に次々と火を点けていく。赤い炎が青い甲羅に反射し、揺れる。亀の周囲だけが昼間の様に明るくなった。
「さあ、行きましょう!」
掛け声と共に、ヒルケは亀の背後から罠に追い込む様に矢を放った。長く苦しめない様にと急所を狙った矢は尾鰭の付け根、柔らかい部分に突き刺さる。
亀が襲撃者に向き直ろうと足を踏み出したその時‥‥グラリとその巨体が揺れた。砂に掘られた溝に足を取られたのだ。
「よし、このままひっくり返して‥‥」
「無理!」
リル以外の全員の声が揃ってしまった。
「‥‥だな、うん」
いくらテコの原理を使っても、丸太と樽、そして人力でそれをひっくり返そうとするのは‥‥スプーンでテーブルを返そうとする様なもの、か。
諦めて丸太を放り出した所に、巨大なヒレが飛んで来る。
「ぶわっ!!」
直撃は辛うじて避けたが‥‥
「うぅ、目が、目があぁ!」
一緒に飛んで来た大量の砂をまともに喰らい、リルさん一時戦線離脱。
「離れてても油断は出来ないか」
キットは回避も念頭に置きながら、遠目の間合いからソニックブームを放つ。
篝火で出来た炎の輪の外から攻撃すれば、こちらの姿は見えないだろうが‥‥闇雲に暴れるだけでも結構な脅威だ。
だが、流石に気力と体力を消耗していたのか、セフィードのコアギュレイトが効いた。
「無用な殺生は好みませんが‥‥」
放置すれば近海の海の幸を食い荒らされる事もあるだろう。
「ごめんね、あんたには恨みは無いけど‥‥」
チョコは甲羅に当てないように気をつけながら、ウインドスラッシュで頭とヒレを狙う。
やがて復帰したリルも参戦し‥‥
「何だか、寄ってたかって弱い者いじめをしてる気分だな」
「‥‥俺は謝ったり悲しんだりしないぞ」
言いながら、キットが止めの一撃を叩き込む。
「好きなだけ恨めばいいさ」
勝負は、意外な程にあっけなく決した。
朝の光が差し始めた砂浜に、祈りの声が静かに流れていた。
多少ぎこちなく、所々で言い淀んだり止まったりするのは、声の主が本職の聖職者ではないせいだろう。
セフィードの指導の元、小一時間に渡って祈りを捧げた依頼人はそっと顔を上げ、指導者の顔色を窺う。
「‥‥そろそろ充分に祈ったと思うのだが‥‥まだ、だろうか?」
「それは私に尋ねる事ではありませんね。あなたが退治された亀に対し、きちんと感謝の気持ちを持って祈りを捧げたのなら、それで充分と言えるでしょう」
「‥‥答えは、自分の中‥‥って事か」
更に暫く、祈りの声は続き‥‥それは漁師達が浜に集まって来るまで、途切れる事はなかった。
「では、漁師の皆さんには解体の手伝いをお願いしましょうか」
ヒルケが言った。
「私たちの都合で狩ったのですから、捨てたりせずに海からの恵みとして無駄にしないようにしたいですし」
「そうですね。人間のエゴで退治したからには、しっかりと食物に加工したり、利用できる物は利用することが供養になるでしょう」
それに、とセフィードは続ける。
「最近の異常な災害であまり漁に出られていないと聞いております。地元の方にも振舞えるように‥‥私自身は食べる気はありませんが」
「そうだな、それでも残ったらどこかで売れば良い。俺も味見程度なら‥‥」
余り乗り気でなさそうなキットに、鉄人シリーズで装備を固めたチョコが言った。
「あら、ちゃんと食べなきゃ供養にならないわよ? セフィードさんも、責任持って供養してあげなきゃ!」
卵も食べてみたいと張り切るチョコに、ヒルケが拳大のぶよぶよと柔らかい卵をひとつ、手渡した。
「では必要な分だけ貰って、残りは元通り埋めておきましょうか」
モンスターが孵るといっても子亀に船を沈める様な事は出来ないだろうし、大きくなるのに何十年、もしかしたら何百年とかかる上にそこまで成長する個体も少ない筈だ。
「そんな命までとる事は無いと思うので‥‥」
「‥‥そうだな、孵すのが難しいなら自然に任せた方が良いか‥‥」
エチゴヤの買い取りが無理なら自分で育ててみたいと思っていたリルも、お持ち帰りは諦めた様だ‥‥それに、チョコも。
「じゃあ、目玉焼きでも作りましょうか」
いくら火を通しても白身が白く固まらないその目玉焼きは、ちょっと不思議な味がした。
そして後日‥‥各自の元へ、それぞれ蒼鼈甲製の希望の品が送られて来た。
そのひとつ、キットが頼んだ髪留めの裏には、小さな文字で「穢れなき魂に幸いを」と刻まれていたという。