徒花は闇に咲く

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月28日〜08月02日

リプレイ公開日:2008年08月05日

●オープニング

「‥‥ジュリオ‥‥何故‥‥っ」
 血溜まりの中に膝をつき、男は片手を伸ばした。
 目の前に立っている、血まみれのナイフを持った人影に向かって。
「何故、こんな‥‥」
「‥‥あんたには、死んでもわからないだろうな。‥‥兄さん」
 ジュリオと呼ばれた人影は、目の前で消えようとしている命を見下ろし、うっすらと笑みを浮かべた。

 それは、兄弟が久しぶりに夕食を共にした時の事。
「久しぶりに帰ったんだ、今日は泊まって行くだろう?」
「うん、兄さん」
 兄フェリオの問いかけに、弟は嬉しそうに微笑み、兄弟は連れだって席を離れた。
「お前が剣術の勉強の為にこの家を出て行った時から、あの部屋はそのままにしてあるんだ。お前がいつ帰って来ても良いようにね」
「‥‥やっぱり今度も、僕が音を上げて‥‥途中で逃げ帰ると、そう思ってたの?」
 弟は部屋へ向かう廊下の途中で足を止め、兄の背を見つめた。
「そんな筈ないだろう? 俺はいつだってお前を信じてるし、今度だって‥‥今度こそ最後までやりとげると信じてるさ。でも、たまには休暇も必要だし、帰る場所が‥‥」
 笑顔で振り向いた兄の目に、何か光るものが映った。次の瞬間‥‥
 ――ドスッ!!
 ナイフの鋭い刃先が、兄の胸に深々と突き刺さる。
 そして、彼の意識は途絶えた。


 その数日後。
 ギルドに現れた青年は暗い表情で用件を切り出した。
「‥‥弟を‥‥私の双子の弟を捕らえて欲しい」
「弟さんを、ですか?」
 受付係の問いに、青年は苦しげに答えた。
「弟は‥‥どうやら悪の道に染まってしまったらしい。一体、何が悪かったのか‥‥っ」
 二人は、代々続く騎士の家系。小さいながらも領地の管理を任されている由緒ある家柄だった。
 兄は文武両道に長け、どこから見ても非の打ち所のない騎士。
 そして弟は‥‥兄に良い所を全て取られた残り滓、出がらしのみそっかす、などと周囲から陰口をたたかれていた。
「そんな事はない。弟にも、良い所は沢山あるのだ。ただ弟に与えられた才能は、騎士として、人の上に立つ者として、家を継ぐには向いていなかったというだけの事。だが‥‥」
 弟は騎士になりたかった様だ。騎士として兄弟肩を並べ、共に戦いたかった。共に賞賛を浴びたかった。
「弟は随分無理をしていたのだと思う。今まで何人もの師匠に付き、剣を習って来た。だが、いずれも長続きせず‥‥自分が上達しないのは師匠の指導に問題があるのだと、文句ばかり。今度こそ、良い師匠に巡り会えたと、私も弟も喜んでいたのだ。なのに‥‥」
 やはり、剣の腕は少しも上達しなかった様だ。
 そして彼は、いつの頃からか社会の裏で生きる者達と付き合う様になっていた。
「まさか、そんな事になっていようとはな‥‥今度こそは真面目に訓練して、多少なりとも腕を上げて帰って来るだろうと思っていたのだが‥‥」
 そして先日、弟は兄の命を狙った。殺すつもりだったに違いない。
「だが、生憎と私は丈夫に出来ている様でね」
 兄が血溜まりに倒れ込んだのを見て、もう助からないと判断したのだろう。弟はその場からゆっくりと立ち去った。
 だが、辛うじて息のあるうちに兄は教会へ運ばれ、九死に一生を得たのだ。
「その、混乱の最中‥‥それに乗じて盗賊が屋敷に侵入したらしい。弟の仲間、だろう」
 兄は「仲間」という言葉を苦々しげに吐き出す。
「彼等を捕らえる為に騎士団を動かせば、弟も共に捕らわれ、罪に問われるだろう。だが‥‥弟が私を刺した現場は誰も見ていない。今ならまだ‥‥他の犯罪に手を染める前なら、私の一存で何とかなる」
「何とかって‥‥どうするつもりですか?」
 受付係が尋ねた。
「確かに他に犯罪歴がなければ、内輪揉めという事で公的な処分は免れるかもしれませんが‥‥」
 他に何もしていないという保証はない。ましてや、既に盗賊団の仲間になっているなら‥‥
「わかっている。もしそうなら、官憲の手に委ねるつもりだ。だが、その前に‥‥訊いてみたいのだ。何故、あんな事をしたのか‥‥」
 周囲から何を言われようと、たった一人の弟として幼い頃から大切に守り、庇い、愛してきた。
 その弟が、何故自分を憎むのか、何故刃を向けたのか‥‥それが、どうしてもわからない。
『‥‥あんたには、死んでもわからないだろうな‥‥』
 気を失う寸前に聞こえたその言葉が、耳の奥でいつまでも谺していた。


 その頃、町外れにある盗賊団のアジトでは‥‥
「おい、出がらし。てめぇ、しくじりやがったな?」
 兄が生きているという噂を聞きつけ、盗賊団の一人が弟‥‥ジュリオの首を締め上げた。
「そ、そんな‥‥僕はちゃんと! は、離して、苦しい!」
 床にどさりと投げ出され、ジュリオは咳き込みながら男を見上げた。
「い、生きてるって‥‥どうして!?」
「知るかよ。どうせ最後まできっちり止め刺さなかったんだろ? ったく、ツメが甘ぇんだよ。だから出がらしだってんだ、てめぇは! それとも‥‥刺せなかった、ってか?」
「違う! あんな奴に、情けをかけたりするもんか! 僕は‥‥っ」
 兄さえいなければ‥‥ずっと、そう思っていた。兄さえいなければ、比べられる事もない。馬鹿にされる事もない。いつでも自分が一番でいられる。
 家を継ぎたいとは思わない。地位も名声も興味はない。ただ、兄の存在が邪魔で、鬱陶しいだけ。
 それに‥‥
「あいつはいつも、僕を見下して優越感に浸ってるんだ。殺してやる‥‥今度こそ!」
 ジュリオはナイフを手に、盗賊達のアジトを飛び出して行った。

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb0062 ケイン・クロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3246 セフィード・ウェバー(59歳・♂・クレリック・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文

「‥‥喧嘩‥‥?」
 屋敷の居間に集まった冒険者達。その彼等が出した結論を聞き、依頼人フェリオはどうにも腑に落ちないという表情を見せた。
「ええ。話がしたいならば、まずは喧嘩です」
 セフィード・ウェバー(ec3246)が言った。
「上辺だけの話し合いでは互いの本音など引き出せる筈もありません。こじれた仲を改善するには第三者の仲介人が入った上で、お互いが言いたいことを全部吐き出す事が必要ではないでしょうか?」
「しかし、喧嘩になってしまっては話どころではないだろう?」
「そうかもしれません。でも‥‥喧嘩になる程にお互いが本音をぶつけ合い、罵り合って、それ位の熱さと勢いがなければ相手の心には届かないのではありませんか?」
「だが‥‥」
 ただでさえ関係がこじれているものを、本音などぶつければ余計に拙い事になりそうだと、フェリオは俯く。
「‥‥フェリオ殿。貴方がたは、本気で兄弟喧嘩をした事がおありか?」
 一条院壬紗姫(eb2018)問いに、フェリオはすぐさま首を振った。
「とんでもない、私はいつでも弟の事を‥‥」
「‥‥大切に守って、庇って、愛してきたと仰りましたね。しかし、そう言われ続けたジュリオ殿のお気持ちを考えた事がおありか?」
「当然だ。弟の気持ちを考えたからこそ!」
「でも、それはきっと‥‥ジュリオ殿のお心には届いていない」
「そう‥‥なのだろうな。だから、あんな事になったのだろう。だが‥‥」
 フェリオは疲れた様子で椅子の背にもたれかかり、天井を仰いだ。
「わからない。何故、届かなかったのか‥‥どう考えてもわからないのだ」
「‥‥恐らく、貴方には一生わからないと思います」
 マイ・グリン(ea5380)が言った。
「‥‥それが容易く出来る人に、出来ない人の気持ちは。‥‥百聞は一見に如かずと言う言葉があるそうですけど、多分見る事が出来ても分からないと思います。‥‥林檎を食べた事が無い人に、その味を説明しようがないのと同じですね」
 だが理由はどうあれ‥‥ジュリオの動機が怨恨なら、殺害に失敗した事を知れば再び襲って来るだろう。
「‥‥わざと警備を手薄にして、侵入を容易にしておく事を提案します。‥‥使用人なども遠ざけて貰った方が良いでしょう‥‥ご用は、私が代わりに」
「じゃあ俺は、闇討ちに備えて侵入を知らせる罠を仕掛けておきますね」
 グラン・ルフェ(eb6596)が言った。侵入者には気付かれず、しかし仲間やフェリオにはそれとわかる様な物を。
「勿論、それと併行して弟さんの足取りや賊のアジトも探しますから」

 後刻、街の怪しげな場所では‥‥
「弟が悪い仲間に捕まっちゃってね。この近隣で活動してる盗賊団に身を寄せてるみたいだから探してるんだけど‥‥何か知らないかな?」
 ケイン・クロード(eb0062)は、わざとらしく派手に聞き込みを続けていた。
 勿論、賊のアジトを探すのが一番の目的だが、こうして派手に聞き回っていれば下っ端の襲撃があるのではないかとの期待もあった。同行したグランと共に撃退出来る数なら捕まえて尋問し、情報を引き出せれば儲け物。
 だが‥‥
「やっぱり、考えが甘かったかな」
 一向に襲撃される気配はない。
 それに、何回目かの聞き込みで、金を握らせた男から紹介された「事情通」‥‥その彼から聞いた情報は信用出来るのだろうか?
「わざと俺達に情報を流している‥‥そんな印象でしたね」
 と、グラン。
「うん‥‥上手く行きすぎって感じだよね。罠、かな?」
 情報が正しいとしても、二手に分けられるほどこちらの戦力は多くない。
「アジトを襲撃してる最中にフェリオさんが襲われたら本末転倒だし‥‥まあ、弟さんが単独で襲って来るなら、私達の護衛なんて必要なさそうだけど」
 だが、それでは話し合いにはならないだろう。恐らく、どちらかが死んで終わる。
「とにかく、一度戻って皆に報告しないと」

「‥‥その、アジトの場所が正しければ‥‥」
 二人の報告を受けて、セフィードが言った。
「そこに手紙を出してみるのはどうでしょうか。襲撃を待つのではなく、こちらから呼び出すのです」
 闇討ちを謀るのではなく、呼び出しに応じて出て来る様なら、ジュリオの心にもまだ話し合いに応じる余地はあるという事だろう。
 それにもし手紙が届くなら、アジトの情報が正しいという確証にも繋がる。
 だが、それを実行に移す間もなく‥‥
 ――チリン
 小さな鈴が、侵入者の気配を知らせた。

「今度こそ失敗はしない!」
 その一点だけに囚われた彼の意識は、屋敷の警備が手薄に過ぎる事に気付かなかった。普段なら兄の部屋に続く扉の前に立っている筈の従者の姿さえ見えず、代わりに珍妙な人形‥‥埴輪が佇んでいる事にも。
 ジュリオは静かに扉を開け、部屋の中を見渡した。見慣れた家具と、見慣れた配置。目を瞑っていても、兄のベッドがどこにあるかはわかる。
 だが、兄はそこにはいなかった。
「‥‥!?」
 ジュリオの目が兄の姿を捉えたのは、ベッドの脇に置かれた椅子。
 彼は何故か、そこにロープで縛り付けられていた。
「‥‥何の真似だ?」
 ジュリオが尋ねる‥‥が、その問いは返事を期待してのものではなかった。
「いや‥‥何でも良い。お前が動けないなら好都合だ!」
 彼はこの状況を「おかしい」と感じる判断力さえ失っていた。
 振り上げたナイフが、無防備な兄の心臓を目掛けて振り下ろされる。
 だが‥‥
「うっ!?」
 その腕は突然、動きを止めた。
 見ると、腕には縄ひょうがしっかりと巻き付いている。
「だ‥‥誰だっ!」
 ジュリオは、それが伸びている暗がりに向かって叫んだ。
「離せっ! 邪魔をするな! 僕はこいつを‥‥!」
「ジュリオさん、落ち着いて下さい」
 巻き付いたロープが弛まないように巻き取りながら、グランが姿を現す。
 そして、仲間達も。
「くそ‥‥っ! 待ち伏せしてやがったのか!?」
 まあ、その可能性は当然考えておくべきなのだが。
「良いさ、殺せよ!」
 自らロープを解いて立ち上がった兄に向かって、ジュリオは叫んだ。
「どうせ僕なんか、邪魔なだけだ‥‥そう思ってたんだろ!? 何も出来ない役立たずの弟なんかいらないって!」
「違う! 俺はそんな事、一度も‥‥!」
 その時、兄弟の間に壬紗姫が割って入った。彼女は小太刀を抜き、それをジュリオに突き付け‥‥
 いや、それが突き付けられたのは、兄‥‥フェリオの方だった。
「何のつもりだ!?」
「‥‥あの子は守られなければ何も出来ない。己の責を果たすことが出来ぬから庇ってもらわなければならない。私だけはあの子をいつだって愛してる、あの子の味方だ‥‥」
 壬紗姫は呪文の様に、その言葉を唱える。それは、かつて自分が周囲から言われ続けていた言葉だろうか。
 訝しげに見つめるフェリオの目を、壬紗姫はしっかりと見据え、刀を引く。そして今度ははっきりと、自分の考えを口にした。
「つまり、他者からの信頼の無さを肯定し、自分が居なければ何も出来ない、そう暗に優位性を示されているように感じる‥‥貴方にその意思が無くとも、そう取られても不思議ではないのではありませんか? 貴方が彼を想う気持ちに偽りはないのでしょう。ですが、大切に守るだけが愛情ではないでしょう?」
「ならば‥‥どうすれば良かったのだ!? 突き放せと!?」
「それは、弟さんに直接聞いてみるのが良いでしょう」
 セフィードが言った。
「心ゆくまで話し合って下さい。拳で語っても構いませんよ。怪我をされても、回復手段はありますから」
 他人、政治、権力、金が絡んでの喧嘩ならともかく、彼等はそうではないだろう。
「縁を切ったという表現がありますが、そう易々と切れるモノではありません。いくら嫌いになり、疎ましく思っていても」
 だが、彼等にその時間は与えられなかった。
「‥‥やはり、来ましたか‥‥」
 マイがダガーを手に身構える。盗賊団が兄弟纏めて口封じに来たのだ。
 しかし、その襲撃は予想済みだ。グランが部屋の隅に走り、天井から下がったロープを引っ張る。
 ――バサーッ!
 賊達の頭上に、投網が降って来た。
 網に絡め取られた者にはセフィードがコアギュレイトをかけ、逃れた者にはマイの愛犬ラビが飛びかかる。
 ケインと壬紗姫の義兄妹も剣を抜いて応戦し‥‥あっという間に決着が付いてしまった。
「あれ‥‥お二人は!?」
 いつの間にかジュリオを捕らえた縄ひょうを手放していた事に気付いたグランが、慌てて周囲を見回す。
「‥‥ここだ」
 フェリオの声がした。その背には‥‥

「‥‥貴方は自分の気持ちが分からないだろうと言いますけど、それなら貴方はお兄さんの気持ちが分かりますか?」
 兄の背に庇われ、震えているジュリオにマイが言った。
「‥‥優越感や体面などと違う、時として自分の命より優先されるほど強い気持ちです」
 それがなければ今、こうして無防備な背を晒す事など出来ないだろう。
「他の道を選ばずに、無理にでも騎士としてお兄さんに近づこうとしたのは‥‥お兄さんが大好きだったから、ですよね?」
 グランが言った。
「その気持ちを‥‥心を、もう一度見つめ直してみませんか? 喧嘩でも、良いですから」
「護る事、愛する事‥‥難しいよね」
 ケインが溜息をつく。
「もしかしたら、上手く行かないのはどっちも一歩通行だから‥‥かな。やっぱり、話し合いは大事だと思うよ」
 わかったつもりになって、相手の気持ちまで勝手に想像し、決めつけてしまう‥‥それが一番、良くないのかもしれない。
「‥‥溝は埋まらないかも知れませんけど、埋めようともしないよりはずっと良いと思います」
 その結果、互いに相容れない事がわかってしまったとしても。

 ‥‥後に、ジュリオが語った盗賊団のアジトは、ケインとグランが得た情報とは全く別の場所にあった‥‥。