●リプレイ本文
緑豊かな農村地帯に、でんと構える大きな館。
「田舎だけあって、土地だけは無駄に広いな‥‥」
呟いたのは叶朔夜(ea6769)だ。心なしか言葉に刺があるのは、冒険者風情に馬の骨と言われてむっとしたから‥‥ではないと本人は主張しているが。
「ふはははははは!! 天下に冠たる冒険者に対し、大それた連中だ腕の程を見せてみろとは、いい度胸なのだ〜」
と、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が高笑いと共に豪語する。
「この世界に知れ渡る英雄を知らぬままとは何気に由々しき事態である!」
‥‥って、もしかして同類? 類友?
「い、いや‥‥べ、べつに余個人が知名度の具合を気にしてるのではないのだ。ただ‥‥」
ヴラドは続ける。
「慈愛神の教えとは天地人の間にあまねく広がらねばならぬものなのだ。教皇庁とはその為に存在するゆえ世界に知られていなければならず、その直下たる余の名声はひとえに余だけのものではなく、教皇庁ひいては慈愛神の信仰の浸透具合に関わる問題なのだ!」
‥‥わかった様な、わからない様な。
「とにかく、まずは我々冒険者が何故広い地域でその名を知られているか、それを説明させて貰うとするか」
アラン・ハリファックス(ea4295)が言った。
「俺達の名をその身に刻むのは、その後でも遅くはなかろう」
‥‥ニヤリ。
屋敷の広間に通された冒険者達は、そこで件の領主と対面した。
「ふむ‥‥まずは剣よりも弁舌でこの私に挑戦しようというのか。良かろう、お前達のしてきた事がどれ程のものか、気の済むまで語るが良い」
だが、冒険者達はローレンスの尊大な態度にも動じない。例え内心ではどう感じてようとも。
「領主は名を上げるのが仕事ではなく、領地をいかに治めるかが仕事ではないのか? 領民の話を聞く限り、その点に於いては充分な仕事をしている様に思えるのだが」
と、朔夜。
「それでも名を上げたいのは何故だ? この土地で領民に慕われるだけでは満足出来ないのか?」
「‥‥まあ、野心があるのは悪い事じゃないが」
アランが口の端を歪める。
「由緒正しい家柄と言うなら、今の体制はさぞかし気に食わん事だろうな?」
「貴様‥‥王の間者か? その様な事を尋ね、私がもし何か不都合な事を漏らしでもしたら、謀反の罪に問うつもりであろう!?」
「残念ながら、俺が仕える主はこの国にはいない」
「何!? 貴様、英国人であろう!?」
「いや、出身は神聖ローマだ。故国ばかりでなく、実力さえあればどこの国でも重用されるのが冒険者というものだ」
尤も、それには主の度量も必要になるが。
「依頼で英国各所‥‥いや、ギルドのある土地ならばどこへでも行く。その先々で活躍すれば、黙っていても名は各地へ広まるという寸法だ。俺は楽団を組んでドーバーの劇場で公演した事もあるし、ジャパンでは藤豊家に召し抱えられた」
だが、お前はどうだとアランは問う。
「領外へ出て名声を得たか? 何かを成したか? それができていなければ、冒険者に当たり散らすなど見当違いも甚だしい」
だが、ローレンスの口から出るのは先祖が遺した功績ばかり。
延々と先祖自慢を続ける彼に滑稽さを感じ、アンドリュー・カールセン(ea5936)が言った。
「それは先祖の話だろう。ローレンス氏の業績ではない。‥‥自分も、今までの実績を並べ立てろと言われれば、いくらでも出て来るが」
他の誰でもない、自分自身が挙げてきた実績が。
「遺跡に封印されていた古代の魔法使いの魂を滅し、森に封印されていた異形の怪物を駆逐し、大天使に仕え、ジャパンでは神皇側について戦争に参加し、功績により扇子を賜った」
アンドリューは更に淡々と続ける。
「マレアガンス卿の反乱については耳にしているだろうが、その時もマレアガンス城へ雷の騎士と共に赴き、卿の遺体を確認した。まだ‥‥他に何か必要なら、いくらでも語れるが 」
「く‥‥っ! 何故、お前達の様な冒険者風情がその様な大事に関われるのだ!?」
ローレンスは固く握った拳をテーブルに叩き付けた。
彼とその騎士団も、その戦いには参加していた。だが、特にこれといった活躍もなく‥‥
「由緒正シキ‥‥ト、イッタデスネ」
それまで人形のようにじーっと‥‥瞬きもせずに、ただひたすら身じろぎせずにじーっとしていた理瞳(eb2488)が口を開いた。
「貴方ハ古イ、先祖カラ受ケ継イダ名声ト血筋ガ自慢デス。冒険者ハ今、自分ガ身ニ着ケタ実力ト経験ガ自慢デス。比ベラレナイ、勝負ナイデス」
先祖が自慢だと言うなら、それでも良い。それは価値観が違うだけで、そこに優劣は付けられない。
求められれば、とある円卓の騎士をねずみのように遁走させたあの武勇譚を語っても良いのだが。
円卓の騎士は彼から見れば新参者。ましてや件の騎士は他国の出身だ。良い印象を与えられるとは思えなかった。
「‥‥貴方ノ歴史ヤ伝統、軽視スル気ナイデス。物差シノ当テ方、間違ウイケナイデス。古イモノニハ古イモノ、今ノモノニハ今ノモノノ価値アルデス」
‥‥良い事を言ってる様な気もするが、変な人に言われても余りピンと来ない‥‥様な気もする。
「やっぱりアレであるな、剣を交えて語り合う交流も大事ではないかと思うのだ」
と、ヴラドが誘う。
「良かろう、素人剣法がどこまで出来るか、相手になってやろうではないか!」
「まあ、住所不定(?)だし、定職に就いてないから、色々言われても仕方はないと思うけど‥‥」
ケイン・クロード(eb0062)は苦笑いを浮かべる。
「でも‥‥いくら騎士様相手でも、剣に関して馬鹿にされたら‥‥黙っては居られないね」
近頃ケインは騎士に対してコンプレックスを抱いている、らしい。理由は‥‥奥様が円卓の騎士のファンだから、とか。何とも可愛らしいと言うか、微笑ましいと言うか。
「免許皆伝はならなかったけど、夢想一条院流が傍系の意地‥‥見せてあげます」
その隣に進み出たのはアランだ。
「我は栄えある藤豊家が家臣の1人、アラン・ハリファックス。ローレンス・ヴィクター・ジョンストン、下賤の者と断じるなら、俺に膝をつかせて見せろ!」
そして反対側には‥‥
「ふはははははは!! 我は教皇庁直下テンプルナイト・聖女騎士団所属・ツェペシュ領男爵ヴラド、慈愛神の地上代行者なり!!」
なんかもう、この名乗りを聞いただけで「こいつら普通じゃねえ」とわかりそうなものだが。
ローレンスと配下の騎士団員達にはわからなかったらしい。
「わからなければ、とくと見よ! 奥義カリスマティックオーラ発動!!」
敵対者を威圧するその魔法は、実は戦闘以外に民に祝福を与える感じで使う魔法でもあるらしい。と言うか敵対者も聖なる母を信奉していた場合は殆ど役に立たない、様な。
そんな三人を壁役に、アンドリューは相手が纏った重そうな鎧の隙間を狙ってナイフを投げ、朔夜は騎士達の死角に回り込む様に動き、スタンアタックで無力化を狙う。
「むうぅ、死角を狙うとは卑怯なりぃ!」
「請けた依頼で戦闘になる場合、相手は一癖も二癖もある様な者ばかりだ。正直に正面からぶつかってくる様な者ばかりではない‥‥」
これが、冒険者流の戦い方だと朔夜は言った。実戦に近い形で相手をしたまで、と。
「こちらの土俵で勝負するのだろう?」
正々堂々、とは言えないかもしれない。だが、そのスタイルで今まで生き残り、名声を築き上げてきた誇りが冒険者達にはあった。
「素人剣法と馬鹿にするなら受けてみてください。零式‥‥翔け抜けろ、飛燕!」
ケインは纏まって突撃してくる相手に範囲攻撃を打ち込み、隊列が乱れた所に斬り込んで行く。横からソードボンバーを喰らわせ、一対一に持ち込んだ相手には渾身の一撃を見舞い‥‥なんか容赦ないのは、やっぱり嫉妬パワーの故だろうか?
ヴラドは自らを強化しながらひたすら壁役に徹し、アランはケリを見舞ったり、盾ごとタックルをかましたり‥‥やはり、お上品な戦いとは言えないが、これが冒険者の以下略。
そして、上品だろうが下品だろうが、正規の騎士団が彼等に遅れをとっている事は事実だった。
「‥‥冒険者ぎるどハ実力主義デス。自分自身実力ノアル人ナラ、ドンナニ地位ガ高クテモ、由緒正シキ家柄デモ、冒険者ト関ワルコト恥トハ思ワナイデス」
冒険者の土俵で戦うのなら、代々受け継いだ地位に伴う騎士団ではなく、自分が身に着けた個人の実力で勝負しないとだめだという理由で集団戦を傍観していた瞳が言った。
「ドチラモ、ソレゾレニ良イ所アルデス」
顔を隠してギルドにやってくるのは後ろめたい人、自信のない人で。
「騎士道の点から言えば、勝てば良いというものではないかもしれん。だが、勝たねばならない戦いを、自分達はこうして勝ち抜いて来たのだ」
膝を付いた騎士達に向かって、世界に知れ渡る英雄アンドリューが言った。
「火のない所に煙は立たぬ。功績を積めば名声は自然と付いてくるものだ」
実は彼の生業は泥棒なのだが‥‥まあ、そこは伏せておこうか。訊かれてないし。
「名を上げたいというなら、冒険者に挑戦状を叩き付ける他にやることがある筈だ。キャメロットで己が無名と知った後、何か名を上げる手だてを考えたのか?」
朔夜の問いに、ローレンスは黙って下を向く。
「領地を活性化し、かつ名が広まる様なことを考え実行してみるのも手だろう」
領地の名を広めたいなら何か名産品を作りキャメロットに売り出しても良いし、単純に名を広めたいなら自らの名を冠した競技大会でも開けば良い。
「‥‥‥‥」
ローレンスはどうしても負けを認めたくはない様だが‥‥それでも。
「‥‥お前達も暇ではないのだろう。ここに来る為に、金もかかった筈だ。だから‥‥」
必要経費程度の報酬は支払ってやる、と言った。
「次に相まみえる時には、我が騎士団の強さと正当性を思い知らせてやる‥‥!」
これにて一件落着〜、とは行かない様だが‥‥まあ、彼なりに感じる所はあった様だ。
(「‥‥支配の正当性を持つ者達と、持たざる冒険者。後者の筆頭が前者の不満を煽らん筈がない。 この男の感情、至極納得できるものだ‥‥心しなければな」)
アランが心の中で呟く。
この男はそれなりに冒険者の実力を‥‥渋々ながらも認めた様だが、中にはそれを頑なに拒否する者もいるだろう。いくら力で打ち負かしたとしても、実力を認めさせ、従わせる事の出来ない者が。
そろそろ‥‥そんな相手にも通じる何かが、冒険者にも必要なのかもしれなかった。