●リプレイ本文
キャメロットの町はハロウィンの色に染まっていた。
町のあちこちで魔女やゴースト、コウモリなどを模したな飾りが風に揺れている。きっと当日の夜はそれらの飾りがカブのランタンに照らされ、恐ろしげな影を作るのだろう。
だが、まだまだ準備は始まったばかり。広場に近いその商店街も飾り付けやお菓子、或いは仮装の為の衣装や小道具を買い求める人々でごった返していた。
「これなら、余り目立たずに済みそうですね」
人混みの中で、ボールスはクリステル・シャルダン(eb3862)に微笑みかける。しっかりと繋いだ手は、二人が種族を超えた恋人同士である証。キャメロットの町をそうして歩くのは、実はこれが初めてだった‥‥人目のない夜中と、以前の芝居での事を除けば。
世間の目は彼等の様な存在に対して寛容とは言い難い。だが、それでも‥‥最初の一歩を踏み出さなければ、何も変わらないから。
「行きましょう、か」
その言葉に、クリスは頬を染めながら嬉しそうに微笑む。
まずはタンブリッジウェルズでは手に入り難い、ジャパンからの輸入食材を買いに。それから衣装や布地、飾り付けなど‥‥後は、小さな鈴を大量に。
「えーと、まずはこれを切っといてくれって頼まれてたんだよな」
七神蒼汰(ea7244)は城の中庭で揺れる大きな笹の葉を見上げた。
その飾り付けを外し、手に持って丁度良いサイズの小枝に分けて行く。が、元の笹が大きいだけに、小枝は見る見る山の様に積み上がって行った。
内輪だけでなく、近所の子供達にも充分に行き渡る数が作れそうだ‥‥鈴の数さえ足りれば、だが。
「これ、七夕とかいうお祭りの飾りだっけ?」
「ああ、ジャパンの伝統行事だな」
デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)の問いに、蒼汰が答える。
「本来なら7月7日に行われるもんなんだが」
「どんな感じになるんだろう。わくわくするなあ」
「ふむ、その二つを共に混ぜる趣旨も良く解らないであるが‥‥『過程や方法など、どうでもよいのだぁ』と昔の聖人も言ってたのだ」
ふははははは! と、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)の悪人笑いか響く。
「‥‥む、違ったであるかな〜?」
「ハロウィンはもう馴染みですが、ジャパンのイベントを混ぜるとなると未経験で面白そうですね」
また違った楽しみ方が出来そうだと、シャロン・シェフィールド(ec4984)が楽しそうに微笑んだ。
「それに‥‥ボールス卿の誕生日も期間内なのですよね?」
「ああ、前の日だな」
「そちらも何とかしたいところですね‥‥」
「ん、まあ‥‥パーティは勿論やるつもりだけどな」
記憶も戻り、一連のゴタゴタも無事に収まった事だし、と蒼汰。
「パーティーの準備は誕生日祝いからハロウィンまで流用できるでしょうから、少し気の早い準備と思わせればあまり気にせずとも良いでしょうか」
「ああ、そこは大丈夫だ。俺がしっかり引き止めておくからな」
そして、少し遅れてやって来た誕生日の主役は、荷物を降ろす間もあらばこそ。補佐役に腕を引っ張られ、執務室に監禁されてしまった。
「あの、ちょ‥‥蒼汰さんっ!?」
「ダメですよ、仕事が溜まってるんでしょう? 準備は俺達に任せて、ボールス卿は仕事仕事!」
「あの、でも‥‥っ」
「全てはハロウィンパーティをゆっくり楽しむ為です! さっさと片付けてスッキリした方が良いじゃないですか!」
「それは、そうですけど‥‥っ」
どちらが年長なのか、そしてどちらが上司なのか。力関係が明らかに逆転している様な気がしてならないのだが。
しかし彼の場合はこれくらいで良いのだ。
いや、こうでなければ落ち着かない‥‥主に周囲が。
「さーて、出来るだけ多くの書類処理を前倒しで進めときますよ? 俺も一緒にやりますから」
「あ、おいらも手伝わせて貰って良いかな?」
デメトリオスが言った。
誕生日をゆっくり祝える状況を作る為、収支の合計計算をしておいたり、現実性があるかどうかの意見を付けたり‥‥補佐役の人達がやりやすくなる様に。
「おいらも仕事のやり方は覚えてるもん、少しは役に立てると思うよ?」
「あ、ありがとうございます。助かります‥‥けど‥‥」
監禁状態に置かれる事が余程気に入らない様だ。
「あー、もう! 誰かさんの差し入れくらいは許してあげますからっ!」
蒼汰に言われ、ボールスは漸く書類の山と向き合う気になったらしい。
‥‥まったく、この人は‥‥。
「じゃ、オレはカブのランタン作っとこうかな」
ウォルが言った。
「あれ、庭じゅうに置くから結構な数が要るんだよな‥‥って事で、サクラも手伝え」
「はい♪」
命令口調で言われたにも関わらず、嬉しそうに返事をしたサクラ・フリューゲル(eb8317)の髪にはサクラ色のリボンが揺れていた。
「んー、ウチはお茶の支度から始めよーかな」
藤村凪(eb3310)がぽやんと呟く。
「人数分の湯呑みと、使う前に茶器の手入れもせんとー。お茶は、緑茶と紅茶どっちがええやろ?」
紅茶は以前教わってから、旦那さんにも淹れてやっており‥‥好評を博しているらしい。
「ふむ、お茶菓子ならほれ、この通り‥‥色々持って来たであるぞ?」
ヴラドが桜まんじゅうやももだんごを並べて見せる。賞味期限は‥‥きっと大丈夫。カビ生えてないし。
「ほな、両方の準備しとこか」
そう言えば紅茶の淹れ方を教わったティナはどうしているだろうか。
「‥‥後でお誘いしてみよかー」
「ええ、お誘いが無理なら、お菓子だけでも」
クリスも彼女の事は気になっていた様だ。
「ほな、そん時は一緒に行こかー♪」
そして、ハロウィンの前日。
本来ならばパーティもパレードも翌日に行われるものだが‥‥翌日のパーティは例年の通り、城の庭を一般にも開放して行われる無礼講だ。
「‥‥内輪だけで楽しむなら、寧ろ今日のうちに済ませてしまった方が良いかもしれませんね‥‥」
朝から料理の準備をしながら、マイ・グリン(ea5380)が言った。
今日のメニューは「おでん」‥‥らしきもの。芋がら縄に染み込んだ味噌でスープを作り、そこに様々な食材を入れて煮込んでみる。ランタンを作る為にくり抜いたカブの中身やゆで卵、肉や野菜は串に刺して‥‥
さて、どんなものが出来上がるのだろうか。
そして厨房の一角ではクリスが大きな誕生日ケーキを作っていた。
その様子を傍らでじっと見つめていたエルを、シャロンが手招きする。
「エルディン君、ちょっと」
「なーに? あのね、えるはえるでいーよ?」
「では‥‥エル君。お父様の誕生日パーティの準備をお手伝いして頂けませんか?」
「おてつだい? うん、える、おてつだいする!」
何をすれば良いのかと首を傾げるエルに、シャロンは大きな白い布を見せた。
「ここに字を書いて頂けますか? 大きく‥‥『誕生日おめでとう』と」
「じ‥‥える、かけない」
少しは読めるが、書く方はまだまだだった。
「大丈夫、お教えしますから。ね?」
何か形あるものが出来上がれば達成感に繋がるだろうし、記念に残す事も出来る。
「‥‥お父様へのプレゼントにしても良いかもしれませんね」
墨をたっぷり含ませた筆をしっかりと握り締め、エルは緊張の面持ちで頷く。
布に書くならインクよりも墨の方が滲みにくいし長持ちすると教えてくれたのは蒼汰だ。
シャロンが書いたお手本を真剣に見つめながら、エルは大きな字でひとつひとつ丁寧に書いていく。
「できた!」
両手や、何故か顔まで墨で汚しながら出来上がった力作。
お手本を見ながら何故そんな字になるのか、大人にはとても真似の出来ないそれは、一目でエルの手になるものとわかるだろう。
「お父様もきっと喜んで下さいますよ?」
「うん!」
そこへ出来県ケーキを運んで来たクリスを見付け、エルは汚れた手と顔のまま飛び付いた。
「かーさま、みて! えるがかいたの!」
「まあ‥‥とても上手に書けてるわ。エル、よく頑張ったわね」
本当はそれを解読するのに暫く時間がかかったのだが‥‥それはそれとして。
クリスはエルを思い切り抱き締め、大袈裟な程に褒めちぎった。
「よく見える所に飾って貰いましょうね。その間に‥‥ほら、これ」
エルの小さな両手をとり、掌を上に向けさせる。
「綺麗にして来ましょう、ね?」
今日のパーティ会場は小さな‥‥とは言っても全員が余裕で入れる大きさはある食堂。横断幕は部屋に入ってすぐ目に飛び込む様に、その正面に飾られた。
周囲には色とりどりの布で作った花飾りやリボン。更には七夕飾りやカブのランタンまで、もう何のパーティなのかわからない飾り付けが施され‥‥
さて、そろそろ主役を呼びに行く頃合いだ。
「ほら、もう少しなんですから‥‥頑張って片付けましょうよ、ね?」
蒼汰が上司の後頭部をハリセンでぺしぺしと叩く。
「他は俺達でも何とかなりますけど、これだけはボールス卿に見て貰わないと進まないんですから」
示された書類は、見れば期限まではまだ随分ありそうな書類だが‥‥
「これは、無理ですよ」
書面をざっと眺めて、ボールスはペンを置いた。
「期限が長いものは、それなりの理由があるのですから。例えばこれは現地での調査に時間を要するものですし、経過を見て判断すべきものもあります」
いや、それはわかっているのだ、その書類をそこに置いた本人も。
しかし‥‥今すぐに出来る仕事は既に片付いてしまった。他にはもうそれ位しか、ボールスを机に縛り付けておけるネタがないのだ。
「では、もう良いですよね?」
「いや‥‥ちょっと待った。待って下さい、まだ何か‥‥探せばある筈‥‥っ!」
「そんなに必死に探さなくても‥‥」
慌てる補佐役に、ボールスはくすくすと楽しそうな笑みを漏らす。
「それに、そろそろお迎えが来る頃ですし?」
「‥‥え?」
丁度その時。
ノックの音が聞こえた。
「ほら、ね?」
「あ‥‥ボールスさん、もしかして知ってたの?」
デメトリオスの言葉に、ボールスは首を振る。知っていた訳ではないが‥‥
「多分そんな事ではないかと‥‥去年もそうでしたから、ね。でも、ありがとう。お陰で仕事も捗りましたし」
わかってはいても、気を遣って貰った事は素直に嬉しい。
「では、行きましょうか」
今年はどんなパーティになるのだろう。どんなに簡単なものでも良い。ただ、自分の為に皆が考え、動いてくれる‥‥それだけで充分だった。
それだけで充分、だったのに。
「お誕生日、おめでとうございますね」
部屋に足を踏み入れた途端、サクラからそう声がかかる。
そして、正面には‥‥「誕生日おめでとう」の横断幕。
「あれは‥‥」
ボールスはなかなかに判読の難しい横断幕から、その下に立って期待の眼差しで自分を見つめる息子に視線を落とす。
「エル?」
「うん! えるがかいたの! えっとね、しゃろんさんに、おしえてもらったんだよ!」
「そうですか‥‥シャロンさん、ありがとうございます」
ボールスはシャロンに軽く会釈をすると、息子の元へ歩み寄り、その頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ありがとう、エル。とても上手に書けていますよ?」
「えへへ〜、とーさま、かーさまとおんなじことゆってるー」
「え?」
そうなのか、と目で問いかけたボールスに、クリスが頷く。
「だって、本当にそう思ったんですもの。誰に聞いても、きっと同じ事を言うわよ?」
「そお?」
嬉しそうににっこりと笑って、エルはボールスの服の裾を引っ張った。
「あのね、あれ、えるとしゃろんさんから、ぷれぜんとだよ?」
「ええ、何も用意出来ませんで申し訳ないのですが‥‥エルディン君のお手伝いがそれ、ということで」
「いいえ、ありがとうございます」
シャロンの言葉に嬉しそうに目を細め‥‥そして小声で付け加えた。
「あんな字は、今しか書けませんから、ね」
確かに、幼児独特の絵や字は大きくなってからでは真似する事さえ難しいだろう。
「ねえ、かーさまは? かーさまのぷれぜんと、なに?」
エルに言われてクリスは綺麗に折り畳んだ青い布を差し出す。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。え‥‥と、これは?」
広げてみたそれは、背の部分に白い糸で十字架と剣を持った猟犬の姿‥‥ボールスの紋章と、そしてイニシャルが織り込まれたマントだった。隅の方には目立たない様に、幸運を祈る言葉と四つ葉のクローバーが刺繍されている。
丁寧に織られたそれはとても軽くて手触りが良かった。
「大変‥‥だったでしょう?」
また無理をしたのではないかと顔を覗き込んだボールスに、クリスは小さく首を振って見せた。
「今年は随分早くから準備していましたから。あの、長さは大丈夫だと思うのですけれど‥‥」
早速身に付けたマントの襞を整えながら、クリスの頬は何故か次第に赤く染まっていく。
「‥‥どうしたんですか?」
「あ、あの‥‥」
問われて、耳元で囁いたのは‥‥
「‥‥こう、ですか?」
はぎゅっ!
「‥‥!!」
つまりは、そうして抱き締められた時の頭の位置から身長を割り出したらしい。
お陰で長さはぴったり。
「セーターとか編む時にもさ、それで測れば採寸いらないんじゃね?」
ウォルに茶化され、クリスの頬はますます上気する‥‥が、ボールスは腕を緩めなかった。
それどころか。
「あ、そうですね。じゃあ聖夜祭のプレゼントはそれが良いかな」
などと、ちゃっかり催促している始末。
「プレゼントは今貰ったばかりでしょう!?」
すぱーん!
欲張りな上司に蒼汰のハリセンが飛んだ。
「俺からは、これです」
差し出されたのはダークブラウンクローク。その渋い焦げ茶色の重厚なコートは、落ち着いた青い色で織られたマントとよく似合う。
そしてもうひとつ、似合うだろうという理由でデメトリオスから手渡されたものは‥‥
「‥‥私に、ですか?」
ふりふりエプロン。
「いや、あの‥‥」
似合う、の?
そう言えばエプロンの解説には「新妻の必須アイテム」とか何とか書かれていた様な気もするが。
これは後で彼女に渡せという事か、それとも本当に‥‥
「私、に?」
そのやりとりを見ていた凪が、突然ぽんと手を打った。
「あ〜、さよかー。ハロウィンは明日やのに、何で一日前にパーティするんやろ思うたら‥‥ボールスさんの誕生日やねんなー」
ああ、そのボンヤリ具合がとても心地良いです凪さん。
「そやなー。えっとなー‥‥」
凪は暫く何事かを考え‥‥すっと、手にしていた湯呑みを差し出した。
「これ上げるわ」
湯気を立てている緑茶‥‥茶柱付き。
「プレゼント考えてなかったわ。迂闊やなー。堪忍して‥‥」
「いえ、良いんですよ、気にしなくて‥‥と言うより、これで充分です」
楽しそうに笑いながら、ボールスは有難くお茶を頂く。
ええもう、ほんとに。和ませて頂いただけで充分ですから。
「さ、さよかー?」
「あ、そだ。じゃあさ‥‥」
ウォルが例の横断幕を指差す。
「あれ、まだ書くとこいっぱいあるし、あれに皆で寄せ書きしない?」
それなら今からでも間に合うし、全員が参加出来る。それに、良い記念になるだろう。
「では、片付けの時に外しますから、その時に」
ウォルの頭を撫でたくなる衝動をぐっと堪えながら、シャロンが言った。
「そうですわね、まずはパーティを楽しみましょう」
サクラが「おでん」の取り皿を配り、マイが食べ方を説明する。
「‥‥明日の仮装は和風をテーマにするという事ですので、それに因んで‥‥以前に、知人から聞いたジャパンの寒い時期の伝統料理をこちらの材料で再現してみました」
まあ、本物のおでんとは若干異なる様な気もするが、そこは材料の問題もあることだし。
「‥‥大鍋から好きなものを自由に選んで下さい。‥‥味噌で下味は付いていますが‥‥お好みでタレを付けても良いと思います」
「ジャパン風の煮込み料理って事だよね?」
デメトリオスが早速手を出す。
「あ、美味しい!」
その言葉に、マイはほっとした様に僅かに顔を綻ばせた。
「‥‥味噌はこちらのスープと全く違う風味ですから‥‥お口に合わない方もいらっしゃるかもしれませんが」
「確かに変わった風味ではありますが‥‥」
と、シャロン。
「でも、美味しいですよ」
「うん、なんか‥‥懐かしい味だな」
そう言ったのは蒼汰だ。
「おでんって言うより、味噌汁にでっかい具が浮いてるみたいだけど」
「‥‥味噌田楽、というものに似せてみたつもりなのですが」
「んー、それはちょっと違うかな。でも、これはこれで美味いよ」
「そやなー、こーゆーんもええなー」
月道が解放されたら故郷の食材も今より手に入りやすくなるだろうか、と凪。
「ねえ、そう言えばボールスさん、もうすっかり良くなったんだよね?」
ふいに、デメトリオスが尋ねた。
「じゃあ、あの時の事はもう良い思い出って言うか、笑い話にしちゃって良いんだよね?」
「‥‥はい?」
「あんな事とかそんな事とか‥‥色々あったじゃない。それを話のタネにして良いかなって」
「それは‥‥あの、もっと面白い話があると思いますが‥‥ほら、例えば‥‥」
と、ボールスは意味ありげな視線を補佐役に向ける。
――すぱあぁぁん!!
「忘れろーっっ!」
「蒼汰さん、それはダメだよ」
真っ赤な顔で上司の後頭部にハリセンを見舞った蒼汰をに、デメトリオスが真剣な眼差しで見つめる。
「どんなに恥ずかしい事や忘れたいほど嫌な思い出でも、忘れたりしちゃいけないって‥‥おいら達、学んだばっかりじゃない?」
言ってる事は至極まとも。だが、目が笑っている。
「まあ、冗談はさておき‥‥本当、あの時は心配したしね」
「もう良いですよ、その話は‥‥」
ボールスは苦笑いを浮かべながら、居心地が悪そうにもぞもぞと体を動かす。どうやら、あの時の出来事は殆どがしっかりと記憶に残っているらしかった。
そして何故か、ポケットの中をしきりに気にしている様子‥‥
さて、どうしたんだろう‥‥ね?
その答えは、翌日の夕方明らかになった。
庭の飾り付けや料理の準備を終え、仮装パレードに向かう為に各自が支度を整えている時‥‥
「ええと、これは‥‥どうやって着れば‥‥?」
クリスから和装のセットを手渡されたボールスは首を傾げた。
女性用の着物と違ってそれほど難しい訳ではないのだが、やはり普段着ているものとは色々と勝手が違う。
「あの‥‥手伝って、貰えます、か?」
まあ、流石に肌襦袢くらいは自分で着られる‥‥と言うか、それまで着せて貰うのは色々ヤバいだろうが、他にも襟の位置やら帯の結び方など、わからない事だらけだった。
‥‥そこ、この場合はジャパン出身の補佐役に頼めば良いじゃないかとか、そういう野暮な事は言わない。
「はい、出来ました」
支度を終え、今度は自分の着替えにと部屋を出ようとしたクリスを、ボールスが呼び止めた。
「ちょっと‥‥良いですか?」
ボールスは着替えの間じゅうずっと握っていた右手の拳を開き、そこにあった物をクリスの掌に置いた。
「‥‥!?」
それは、細い銀の指輪だった。
「色々、迷ったのですが‥‥でも、やっぱり‥‥渡しておきたくて」
まだ早い様な気もする。だが‥‥
「‥‥種族が違うという事だけでなく、私と一緒にいると‥‥他にも色々と、苦労をかけたり、辛い思いをさせると思います。本当は、大切な人に‥‥そんな負担はかけたくない。でも、それでも‥‥あなたと共に歩きたいから」
今すぐに、とは言わない。だが、いずれ‥‥決心がついたら。
「それまで、持っていて下さい。それを、身に付けてくれる時まで‥‥私はずっと待っていますから」
出来れば、まだ時間が残されているうちに、とは思うが。
そしてもし、今年の聖夜祭までに答えが出るなら、あの教会で刻印を‥‥
「‥‥あ、あの‥‥」
指輪を手の中に握り締め、クリスは殆ど聞こえない様な声で言った。
「‥‥着替え‥‥を‥‥」
「あ‥‥ごめん」
ボールスは真っ赤に染まった頬に軽く口付けると、クリスの背をそっと押した。
「ふははははは!」
そしてタンブリッジウェルズの町に、またもや響く悪人笑い。
「世間はハロウィンで浮かれ騒ぎ、仮装に精を出しているようであるが、そもそも余は常日頃から仮装を心掛けているゆえ、ことさらに気張る必要も無いであるな」
うん、名もない正義の味方グレート仮面とか。
そして今回、ヴラドは家に転がっていた鎧兜を引っ張り出してきたらしい。
「確か、ジャパンで聞いた話では、勇壮な男の子に育つように、武家の象徴たる鎧兜を飾って祝うとか。エルちゃんにふさわしかろう」
「いや、ヴラド殿。それ端午の節句だから」
同じくジャパンの武将風に着飾った蒼汰がツッコミを入れる‥‥ハリセンではなく、軍配で。
「む? 違ったであるか? 特に7歳5歳3歳の子供には祝福が与えられるとか言ってたであるぞ?」
「それ、七五三や思うわ〜」
和風メイドに挑戦した凪が言った。もっとも、普段から和装が基本の彼女の場合、いつもと違うのは白い前掛けをしている所位か。
「あ。でもでも、髪型はいつもとちゃうねんで?」
髪を束ねて馬の尻尾の様にし、髪を結ぶ紐は色付きの細長い布‥‥って、わざわざ呼び方まで和風にしなくても。
そして、そこには新緑の簪。
「勿論、お盆は標準装備やで♪ とりっく、おあ、お茶、やろかー?」
その脇には、ゴーストの格好をしたデメトリオスがふわふわと漂っていた。
少しでも和風に見える様にと手持ちのゴースト変装道具に手を加え、手には鈴を付けた笹を持ち‥‥
「こうすれば、少しはジャパンのお化けらしく見えるんじゃないかな?」
むー‥‥。
「竹って、他国ではお姫様が中にいると言う伝承もあるみたいだから、お化けとも相性よさそうじゃない?」
竹の中のお姫様とオバケって、何か関係あるのだろうか。
そもそも、彼が手にしているのは竹ではなく笹なのだが‥‥
「え、竹と笹って違うものなの?」
おいおい植物学者。
「‥‥あまり詳しくはないのですけど、ジャパンではこのような服を着た方が神事に関わり、弓で厄を払うなどするのだとか」
着物の袖をたすきがけにし、弓を持ったマイは慣れない様子でそろそろと歩いていた。本人としては、神事で弓を射り邪を払う神主か何かのつもりらしい。
「‥‥あれは確か、馬に乗って行うものと聞きましたが」
流鏑馬の事だろうか。
「‥‥それにしても、この下駄は少し怖い履き物ですね、鼻緒が切れなければ良いのですけど」
「縁起でもないこと言わんときー」
凪が言った。
「ジャパンには鼻緒が切れるのは何か良くない事の前触れやゆう言い伝えがあるんやで?」
「‥‥こちらで言うと、黒猫が目の目を横切るのと同じでしょうか」
「あ、そやなー。たまーに、両方いっぺんに切れる事もあるねんけどな」
なんか不安を煽ってますけど。
その後ろには、やはり弓を持った巫女装束のシャロンが続く。
「ハロウィンの趣旨と若干変わりますが‥‥魔を祓うという事に変わりはありませんし、大丈夫でしょう」
軽やか、かつ颯爽と歩くシャロンの後ろからは‥‥
「‥‥お、重いです‥‥」
十二単を着たサクラがゆっくりと歩を進めていた。
季節外れの雛祭り、その雛人形をイメージしたサクラは、普段はポニーテールにしている髪をまっすぐに下ろし、顔の脇で一房だけ編んだ所にサクラ色のリボンを結んでいた。
その姿はまさに人形の様で、道行く人々の目を奪ってはいるのだが‥‥人形とは違い、ただじっと座っている訳にはいかないのがパレードの辛い所だ。
実際に12枚もの重ね着をしているかどうかは定かではないが、幾重にも重なった着物はかなりの重さがあった。
いや、重さだけなら普段の装備とさして変わらないかもしれないが、何しろ動きにくい。
「‥‥荷馬車でも頼んでさ、そこに座ってた方が良かったんじゃね?」
隣を歩くウォルが言った。
しかし動きにくさに関しては、お内裏様たる彼も同様らしく‥‥
「ジャパンの貴族って、いつもこんなの着てんのか? これじゃ何かあった時、動けねーじゃん」
「いえ、これは所謂盛装というもので‥‥あの、やっぱり窮屈だったでしょうか?」
心配そうに尋ねるサクラに、ウォルは例によって「べつに」と素っ気なく答える。
「あ‥‥ごめんなさい。私がそんな衣装を選んだばかりに、窮屈な思いをさせてしまって‥‥」
「だから、べつに何でもないって言ってるじゃん」
それでも、頭上を飛び回る大きなフンドシ、じゃない、一反妖怪のしろちゃんを見て、あれが空飛ぶ絨毯だったら‥‥などと思わなくはないのだが、そこは口に出さないのが男の子。
そして最後尾からはお揃いの梅の花の精が二人、並んで歩いて来る。
振袖姿をリクエストしたのは自分なのに、何故かまともに見られないのは先程の一件故か、それとも‥‥きちんと結い上げられた髪によって露わになった、彼女の白い項の故だろうか。
そんなハロウィンとしては一風変わった行列の間を走り回り、天使姿のエルは沿道の人々にお菓子をねだって歩いていた。
「とりっくぉぁとりーと!」
ここはまだ、ごく普通の掛け声だ。本番はパーティの席で‥‥
――しゃらん。
「とりっくぉぁうぃっしゅ!」
城の前庭に設けられたパーティ会場の一角で、エル天使が手にした鈴付きの笹が揺れる。
最初のターゲットは勿論、大好きなかーさまだ。
「エルがずっと幸せでいます様に」
「え?」
その願いにエルは目を丸くし、こくんと首を傾げた。
「える、いっつもしゃーわせだよ?」
どうも、幸せでなくなる事など考えも及ばないらしい。
「じゃあ、お願いは叶ったわね?」
「うん、えっと、なんじのねがいはかなえられた!」
エルは嬉しそうに、籠に詰めた星形クッキーの袋と、手にした笹の小枝をクリスに手渡す。
「ありがとう、でもこれだけ貰っておくわね」
クリスはクッキーだけを受け取り‥‥それも自身が焼いた物ではあるのだが‥‥笹の方はエルの手に返そうとした。
「笹は願いを叶えてくれた神様に捧げるものだから、ね?」
「ううん、これはね、おみやげなの。だからあげる!」
――しゃらん。
そう言って笹の小枝を押し付けると、エルの視線は隣のボールスへ。
「とりっくぉぁうぃっしゅ!」
「エルが皆のお願いを無事に叶えられますように」
「なんじのねがいはかなえられた!」
そう叫ぶと、エルは仲間達の間を手当たり次第に回り、次々と笹を鳴らしていく。
「とりっくぉぁうぃっしゅ!」
「ふははははは! 余に願いを言えとな!? ズバリ、世界を我が手に!」
「え?」
「‥‥は無理であるな」
ヴラドはきょとんと見上げるエルの頭を軽く撫でると、言い直した。
「では、『慈愛神5つの誓い』を守るのだ!」
「え? な、なに?」
「一つ、腹ペコのままに勉強せぬ事。一つ、天気のいい日に布団を干す事。一つ、道を歩く時には馬車に気を付ける事。一つ、他人の力を頼りにしない事。一つ、土の上を裸足で走り回って遊ぶ事」
「え? ええ?」
エル、困ってます。
「まあ、良いのだ。細かい事は後でお父上にでも覚えて貰うとして‥‥要は元気で良い子にしていること、なのだ」
――しゃらん。
次は‥‥
「うーん。そやな。何がええやろか、迷うわ〜」
凪はあれこれ迷っている。その間に悪戯をされても構わないつもりだったのだが、エルはじっと‥‥期待の眼差しで見上げていた。
これは、願いを言わない訳にはいかない。
「あー、うん」
ぱん、ぱん。
凪はエルの目の前で柏手を打った。
「ウチが病気一つせんよーにしてください」
‥‥それはまた、難しい事を‥‥。
「うんとね、えっと‥‥」
ほら、また困ってる。
「えっと、じゃあ‥‥えるがほんとのかみさまにおねがいしてあげる!」
「お、それええなー。おおきに♪」
「おいらは‥‥そうだね、イドラとキトラと遊んでくれる?」
デメトリオスの願いはネコ好きのエルを見込んでのものだ。
「おいらも研究や商売で日ごろそれなりに忙しいから、たまには精一杯遊ばせてあげたいしね」
――しゃらん。
エル天使はルーウィン・ルクレール(ea1364)の所にも足を運んだ。
「アーシアとムーンの遊び相手になってもらうかな」
次の願いを叶える為、マイの元に走るエルの後を、2体のフェアリーが追いかける。
「とりっくぉぁうぃっしゅ!」
「‥‥明日、このパーティ会場の片付けをお願いしましょうか」
「うん、わかった。あしたね!」
――しゃらん。
「これからもお父さんの味方でいてあげてください」
「例え何があっても父様のことを信じて、嫌わないであげてください‥‥あれ?」
シャロンと蒼汰の願い事は、奇しくも似通ってしまった。
「えっと、ふたりとも、なんじのねがいはかなえられた!」
そしてサクラお手製のクリームたっぷりプリンに舌鼓を打っていたウォルの願い事は
「オレにイタズラされろ!」
という事で、金色のふわふわ頭に小さなリボンをいっぱい付けられたエルは、最後に‥‥
「サクラおねーちゃのおねがいは?」
「では一緒に歌を歌ってもらえますか?」
ジャパン伝統の七夕の歌を、ゆっくりと教えながら。
「フェアリーのよーちゃんにも鈴を鳴らしてもらって‥‥」
小さな合唱団がパーティに花を添える。
遠くからは軽快なダンス音楽が聞こえていたが、今年はこの格好では流石に踊れそうもない。
(「来年は誘ってもらえるかしら?」)
こっそりとウォルの様子を窺うサクラだったが‥‥彼はまだまだ、色気より食い気。
まあ、そろそろ色気の方も気になりだす頃合いではあるだろうが。
「そうそう、エル君も頑張ったんですし、願いが叶っても良いですよね」
全ての願いを叶えたエルに、シャロンが尋ねた。
「何かお願い事はありますか?」
「んっとね‥‥」
また「弟が欲しい」とでも言うのかと思えば。
「またみんなであそぼーねっ♪」
だった。