高く、遠く side-B
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月25日〜11月30日
リプレイ公開日:2008年12月17日
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●オープニング
冬の色を見せ始めた午後の陽射しを受け、銀色の鎧が輝きを放つ。
頭の先から足の先まで全身を金属の鎧で覆ったその人物が誰であるのか、それは左手に持った盾に描かれた紋章を見ればわかる。
青と黒に塗り分けられた左右にそれぞれ、銀の十字架と剣を持った猟犬が配置されているそれは、円卓の騎士ボールス・ド・ガニスのものだ。
ボールスは今、部下の騎士達を相手にした戦闘訓練の最中だった。
前後左右から襲い来る騎士達の攻撃を盾で受け流し、剣で受け、返し、或いは足でその動きを止め‥‥余裕があれば避けた所で同士討ちを誘う。
それを最低限の動きで‥‥もう、何時間続けているだろうか。
「‥‥交代して下さい」
3人のチームで挑んで来る彼等の動きが鈍ったのを見て、ボールスが言った。
それを受けて、待機していた別の部下達がのろのろと立ち上がる。
「どうしました? もう充分に休んだでしょう?」
だが交代を促すボールスに、部下のひとりは首を振った。
「ボールス卿、もう無理です‥‥! 我々も限界ですし‥‥」
朝から休む事もなく、たった一人で相手をし続けているボールスは、とうに限界を超えている筈だ。
「これはもう、訓練ではありません。ただの自殺行為です!」
だが、ボールスは耳を貸さなかった。
「この程度で膝を付く様では、円卓の騎士を名乗る資格はありません」
人並み以上の事が当たり前に出来る程度では、目指す高みには届かない。
望んだ事を全て現実のものとする為には、更なる高みへ登りつめる事が必要なのだ。
「誰でも良い、動ける者は?」
ボールスは兜の隙間から部下達の様子を窺う。
だが、誰もが疲労困憊した様子でその場に座り込み、動く気力もない様だった。
「‥‥やはり、部下達では無理か‥‥」
近くの川で汗を流しながら、ボールスは独り呟いた。
もっと強い相手が欲しい。
自分にまだ眠っている力があるなら、それを引き出し、更なる高みへと登る為に。
「‥‥師匠」
聞き覚えのある声に振り向くと、タオルと着替えを抱えたウォルが立っていた。
「なんで急に、こんな事始めたの?」
ウォルは心配そうな様子でボールスを見ている。
「前は、そんなに強くなんなくても良いって言ってたじゃん。自分の護りたいものだけちゃんと護れれば、あとは負けても構わないって」
「‥‥それは、今でも変わりませんよ」
「じゃあ何? 護りたいものが増えたとか?」
「いいえ」
ウォルが差し出したタオルを受け取りながら、ボールスは言った。
「自分の手が届く限り、力が及ぶ限り‥‥身内だろうと赤の他人だろうと、全てを護りたい‥‥その思いは今も同じです。そして、その為の力なら、もうここにあります」
ボールスは冷たい水に濡れたままの拳を握り、それをじっと見つめている。
「じゃあ、もう充分じゃないか。それ以上強くなったって、出来る事は同じだろ? それに‥‥いくら強くなったって、一人で出来る事には限界があるって、師匠も言ってるじゃん」
「それでも‥‥欲しいんですよ」
「なんで?」
ウォルが投げた問いに対するボールスの答えは、意外なものだった。
それは‥‥
「‥‥有名に、なりたいから」
その、暫く後。
「‥‥師匠‥‥なに考えてんだよぉ‥‥」
冒険者ギルドのカウンターに、力なく突っ伏したウォルの姿があった。
「有名になりたいなんて、何だよその俗物感バリバリな台詞! らしくないっつーか、弟子としてナサケナイっつーか‥‥てか、今でも充分有名じゃん!」
「それはまあ、円卓の騎士ですから、ねえ」
有名な事には違いない、と受付係。
しかし、その中では余り知名度が高い部類ではない事も確かだった。
「おまけに、今度闘技場に出てみようか、なんて言い出すしさ‥‥勝負事とか興味ないって言ってたくせに」
「何か知名度が大きく関係する様な計画でもあるのでは?」
「そう‥‥なのかな‥‥」
だと良いけど、とウォルは小さく溜息をつく。
「それで、今日の用事は?」
受付係に促され、ウォルは漸く用件を思い出した様だ。
「ああ‥‥師匠がさ、訓練の相手が欲しいって」
アタックチームの依頼は先程終えた。今度はサポートチームの募集だ。
「でも、サポートって言っても‥‥師匠、自分のサポートはしなくて良いってゆーか、手を出すなって言ってんだよな」
ウォルは溜息をついた。
「手助けは、相手チームの冒険者達に対してだけで良いって。自分の怪我は自分で治すからって‥‥」
「まあ、神聖騎士ですから、そこは問題ないかもしれませんが」
書類に記入された人数を見て、受付係が尋ねた。
「しかし、こちらも6人程の募集ですか? サポートだけなら2人もいれば充分な気がしますが」
「あ、だから残りは‥‥奇襲とか遊撃とか、伏兵として募集するんだって」
アタックチームとは別に、独自に行動する少人数のチーム。
冒険者達とボールス、どちらの味方をしても構わない。
ただし、どちらの味方かは開始時点では双方に秘密にされ、途中で寝返る事も、もしくは双方に対して敵対行動を取る事も出来る。
「よーするに、ひっかき回す役って事かな」
それから‥‥と、ウォル。
「ハードルを上げる為に、誰かが人質役になったりとか、そういうのもアリだって」
人質に限らず、誰か一人護る相手を決め、その人に絶対に怪我をさせない事を条件に加えたりする事も可能だ。
「怪我させたらアウトとか、ね」
もしそうした策を使うなら、その部分だけはアタックチームとの打ち合わせが必要になるだろうが。
「ま、面倒ならそこはナシでも良いけどさ」
後はメンバー間の話し合いに任せたと言って、ウォルはギルドを後にした。
●リプレイ本文
「さあて、円卓の騎士とお手合わせか‥‥」
河原を見下ろす木立の陰に隠れ、トゥルエノ・ラシーロ(ec0246)が呟く。
「円卓の騎士相手には、一度負けてるのよね。でもあれから私も強くなったわ」
それに、今回の相手は円卓の中ではそう強い訳ではないと噂に聞く、ボールス・ド・ガニス。
勝ち目はありそうだ。
「でも、試練を自ら求めるのはいい事だけど、急にやり始めるとはどうしちゃったのかな?」
デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が首を傾げた。
どうも、普段のボールスからは余り考えられない行動に思える。
「確かに、またまたな〜にを考えてるやら腹の底の読めぬ男であるな」
だが、これは好機だとヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)。
見物ついでに引っ掻き回す気満々だ。
「昔の英雄も言ってたのだ、『倒してしまっても構わんのだろう?』と」
何処の英雄かは知らないが‥‥まあ、そんな事はどうでも良い。
「どれ、ひとつ開会宣言でもするのだ」
と、大きく深呼吸。
「ふは‥‥」
はははは〜、と、いつもの様に高らかな悪役笑いを響かせようとした途端、ヴラドは仲間達からその口を塞がれた。
「ダメだってば、大声出しちゃ!」
ウォルが「しいーっ!」と唇に手を当てる。
「今回の訓練は実戦を想定して、という事ですから」
と、サクラ・フリューゲル(eb8317)。
ボールスには誰が敵で誰が味方か、それどころか人数もメンバー構成も教えられていない。
ただ、時間と場所が告げられているだけだった。
「ですから‥‥余り大声で実況されるのも、どうかと‥‥」
「ううっ」
ヴラドは呻いた。
大声で実況と解説を繰り広げる、それこそが今回の目的だったのに。
「いや‥‥ただの実況ではないのである。そう、大声を上げ、のべつ喋りまくる鬱陶しさ! それもボールスどのを悩ます作戦の内なのである!」
何だか苦しいが‥‥まあ良いか。
そんな訳で。
「ふははははは〜! 本日はお日柄も良く、絶好の円卓狩り日和なのだ! 皆奮って天下一の栄誉を勝ち獲るのだ〜!」
そんな奇妙な開会宣言が出された時、標的は河原の岩に腰を下ろし、のんびりと川の流れを見つめていた。
河原と言っても岩だらけで足場は悪く、しかも幅が狭い。
背後には姿を隠すにはうってつけの森と、対岸には切り立った崖。
そこからは、射程の長い弓矢魔法なら反撃を受ける事もなく一方的に攻撃が出来そうだった。
「お久し振りね、ボールス卿」
そんな敵から丸見えの所に、トゥルエノが近付いていく。
いや、敵か味方か‥‥それは攻撃チームにもわからなかった。
「向こうの仲間から色々と聞いてはいるけれど。今回はよろしく。私、貴方のサポートにつくわ。助っ人よ」
「手助けは必要ないと言った筈ですが‥‥」
「ええ、聞いたわね。でも、私が勝手にやる事だから。構わないでしょう?」
本当の狙いは、攻撃チームのサポート。
だが、相手は円卓の騎士。まともにかかっては、例え白兵超越者三人が束になっても敵わない気がする。
要するに、うるさがられようが何だろうが、しつこくまとわりついてボールスの邪魔をするのがトゥルエノの目的だった。
例えその狙いに気付かれようと、円卓の騎士が剣を向けていない相手に斬りかかる筈がない。
「ならば、味方は守らなければいけませんね」
ボールスは微笑み、胸元の十字架に手を掛けた。
だが‥‥自分とトゥルエノを包むようにかけたホーリーフィールドの魔法は完成しなかった。
という事は。
次の瞬間、トゥルエノの体は見えない糸に絡め取られた様に動かなくなった。
「暫くそこで見物していて下さい」
ボールスは軽く会釈をすると、近付いて来る三人の敵に向かって行った。
「始まりましたね」
サクラが呟く。
「私はすぐ傍まで行ってみるつもりです。ウォルはどうします?」
「ウォルも訓練に参加するのであれば、私かサクラ殿か、どちらかの傍に居た方が良いだろう。どちらにする‥‥とは、聞くまでもないか」
ルシフェル・クライム(ea0673)が尋ねるよりも早く、ウォルはサクラと共に立ち上がった。
「ここにいた方が安全ですよ?」
「わかってる。けど‥‥」
やはり、どうせなら近くで見た方が勉強になる。
「俺がいたら、足手纏いか?」
そう尋ねたウォルに、サクラは微笑みながら首を振った。
「では、参りましょう。いざという時は護って下さいますね、騎士様?」
「え? あ、ああ‥‥あー‥‥無理。絶対」
おい、こういう時は嘘でも「任せろ」とか言っとくもんだよ、ちみっこ。
三対一の攻防が暫く続いた後、その一団にルシフェルが飛び込んで来た。
ボールスの背後に回った騎士の更に背後から奇襲をかける。
まさかボールス以外から攻撃を受けるとは思わなかったのか、不意打ちを食らった相手はスタンアタックで動きを止められた。
だが、ルシフェルの狙いは敵味方に関わりなく、双方を攻撃して戦場を掻き乱す事。
動けなくなった相手を安全な場所まで運び出すと、今度は自分がボールスの背を狙う。
「‥‥ボールス卿は今、こちらに背を向けている。コアギュレイトでも試してみるか‥‥?」
高速詠唱は習得していないし、技量もそう高くはないが、ルシフェルは専門クラスでの発動を選んだ。
「これならば距離を稼げる。気配を悟られぬ為には‥‥」
何度か空振りに終わった後、何とか発動させたその魔法は、しかし‥‥高レベルの神聖騎士には何の効果もなかった。
「流石に、抵抗も高いか」
こうなれば、己の腕のみで勝負するしかない。
残る攻撃陣二人の攻撃の隙間を捉え、フェイントを交えながら斬りかかる。
だが、三人がきちんと連携を取ってさえ効果的な一撃を入れられずにいるのだ。
単発の攻撃など通用する筈もなかった。
やがて意識が戻った騎士と、呪縛の解かれたトゥルエノが再び参戦する。
「しかし‥‥ボールス卿はもとより、我々も修羅場を乗り越えてきたのだ、どれ程長丁場となるかわからん‥‥そう思って薬も多めに用意して来たのだが」
回復に専念すべく後ろに下がったルシフェルは呟く。
「攻撃側は、誰も目立った怪我をしておらぬのよな」
勿論多少の怪我はあるが、それはその度にサクラの回復魔法で治療され、攻撃チームは常に万全の体制で戦い続けている。
しかしその一方でボールスは魔力の節約の為か、或いは手数を制限されている故か、行動に支障が出るギリギリの所まで治療をしない。
既にその服は血で汚れ、元の色がわからないまでになっていた。
一撃で受けるダメージこそ軽いものの、既にかなりの累積ダメージを被っている事は確かだ。
「このままボールスさんの魔力が尽きれば、勝負は付きますね‥‥」
物陰に隠れ、攻撃の機会を窺っていた大宗院透(ea0050)が言った。
互いに殺すつもりでと言っていた筈だが、それにしては一向に敵の数が減る様子もない。
ボールスは相変わらず相手の攻撃を避けるばかりで、殆ど反撃に出る事もなかった。
相手の怪我はその殆どが同士討ちによるものだった。
その場を動く事なく、ほんの僅かに重心を変える程度の動きで攻撃をかわし、かと思えば一瞬の動きで相手と体を入れ替え、遠隔攻撃の盾に盾にする。
動き回らないので戦域の移動もなく、従って透が戦場のあちこちに仕掛けた罠は、その殆どが未だに発動の機会さえ与えられていなかった。
仕方なく、透も攻撃に参加する事に決めた。
矢の先に毒でも塗っておこうかとも考えたが、生憎使えそうなスキルは持っていない。
透は周囲の味方に当たらない様、矢の狙いを定めた。
「‥‥こんなの‥‥やだ」
その様子をサクラが張ったホーリーフィールドの中からじっと見ていたウォルが言った。
「こんなの‥‥訓練じゃない。皆して、寄ってたかって師匠を虐めてるだけじゃないか」
「ウォル、でも‥‥これは、そうして欲しいとボールス様が望んだ事ですし」
「でも、オレはやだ!」
言うが早いか、ウォルはサクラの制止も聞かずに飛び出して行った。
「師匠、加勢するぜ! オレだって、師匠の背中守る事くらい‥‥っ!」
出来る、とは思えないが‥‥それでも、黙って見ている事は出来なかった。
「ふむ、これは面白い事になったであるな」
ヴラドがほくそ笑む。
「かの者の戦闘技術では単騎のほうが強かろう。これは『全ての人を守りたい』という誓いを言葉だけでなく証明する機会なのだ」
座り心地よのい椅子にどっかりと座り、のんびりとワインをくゆらせながら実況、解説に勤んでいたヴラドだったが、ここに至って自らも出陣する事に決めた様だ。
「ボールスどのよ、いざ勝負と参らん!」
ウォルがボールスの側に付く事は計算外だったが‥‥
またしても増えた敵と、背中に負った守るべき者。
「ウォル君、ごめんね!」
トゥルエノがウォルに向かって剣を振り下ろす。
「く‥‥ッ」
最初の一撃程度なら、ウォルにも何とか跳ね返す事くらいは出来る。
だが‥‥
「ウォル!」
ボールスは咄嗟に二人の間に割って入り、トゥルエノの剣を弾き返した所でコアギュレイトをかける。
だが、一人の動きを止めたくらいで状況が変わる筈もなかった。
自分が前に出た事で、今度はウォルの背中ががら空きになる。
その隙を、攻撃陣が見逃す筈もなかった。
ウォルを狙って、三方から刃と、更に二本の矢が迫る。
ボールスは自身に迫るヴラドの攻撃をかわし、矢の一本は敢えて自分の身で受け、二撃までは何とかその攻撃を逸らす。
だが‥‥
「間に合わない――!」
ボールスは右手に持った剣を投げ付けると、相手が怯んだ隙にウォルの体を抱え込む。
無防備な背中は、格好の標的だった。
次の瞬間、激痛と共にボールスの意識は急速に薄れ‥‥
「‥‥やはり、私には無理‥‥か‥‥」
暫く後、意識を取り戻したボールスは、その場に座り込んだまま視線を落とし、小さく呟いた。
「ごめん‥‥オレ、オレが余計な事したから‥‥っ!」
真っ赤な目をしたウォルがその前に膝をついていた。
「いや、ウォル君のせいではあるまい。それに‥‥」
と、ヴラドは項垂れたボールスに視線を移す。
「寧ろそれでこそボールスどのと言うべきであろう。そもそも、ただの戦鬼ではボールスどのとは言えまい?」
「‥‥」
「で、何ゆえ有名になりたいであるかな? デビルを表舞台に引っ張り出すために囮にでもなるであるか?」
だが、ボールスは答えない。
「修行に勤しむのはよいことですが、日々の修行に勤しんでいれば問題なのでは‥‥。それに、名声が欲しいなら吟遊詩人に詩ってもらうのがい一番早いです‥‥」
透の言葉にも、反応はなかった。
「やっぱり、自分の存在感を高めることで、イギリスでは本来禁止されている異種族婚強行への前準備とするのかなあ?」
デメトリオスが言った。
「ボールスさんは愛情も深いけど責任感も強いから、自分が失脚することで部下や領民を苦しめるようなことはしたくないだろうからね」
ボールスが失脚する事でタンブリッジウェルズが周りの領地に取り込まれれば、フォンテ村のような存在は潰されるだろう。
「部下達は失業しちゃうだろうし、一般の人々も搾取に苦しむだろうね。だから、ボールスさんを切ることができないと言う程存在感を増し、強さを頼られるような万全の体制を整えてから‥‥」
「‥‥確かに‥‥それもあります」
円卓の騎士である事も、領主の地位も、捨てる訳にはいかない。
ならば、その上で大切な人を幸せにする為にはどうすれば良いか‥‥それを彼なりに考え、出した答えがこれだった。
今の地位と名声、それに影響力を最大限に利用する事。
「‥‥強行するつもりは、ありません。ただ‥‥それが間違った事でも、不幸な結果をもたらすものでもないという事を、多くの人に知って貰いたい。影響力のある者が『幸せな前例』を作る事で、少しでも理解を広げて‥‥同じような立場にいる人達の為に道を作りたい‥‥と」
自分達だけが幸せになれば良いなら、何もかも捨てて逃げてしまえば良い。
それがきっと、一番楽な方法だろう。
だが、そんな事が出来る筈もないし、それで本物の幸福が掴めるとも思えなかった。
「‥‥とにかく、今はゆっくりと疲れを癒す事ですわ」
サクラが言った。
「何か栄養のある物をお作り致しましょう。攻撃チームの皆さんにもご一緒して頂いて‥‥ウォルにもお手伝いをお願い出来ますか?」
「あ‥‥うん。オレ、ほんとにそんな事くらいしか、役に立たないもん‥‥な」
「そんな事ないよ、ウォル君はまだまだ修業の途中なんだし」
がっくりと落ち込んだウォルに、デメトリオスが何かのメモを手渡した。
「これ、さっきの訓練を上から見た様子を記録しておいたんだ。誰がどんな行動をしたか、とか、無駄な動きがなかったか、とか」
ボールスや他のメンバーにとっても重要な情報だろうが‥‥
「特に、ウォル君には参考になると思うよ」
「うん‥‥ありがと」
「この訓練に参加した方達がより高みに上り、来る脅威に対する盾となる‥‥その日が来るのが近いように感じます」
サクラが呟いた。
仰ぎ見た空には一点の曇りもない。
だが、この空の下‥‥何処とも知れない地に暗雲が立ちこめている事、それは事実だった。