想いを、届けに。

■イベントシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月29日〜12月29日

リプレイ公開日:2009年01月10日

●オープニング

 温泉の村、フォンテ。
 その広場に植えられた大きな樅の木は、村の子供達の手によるお化粧の真っ最中だった。
 その中には、先日この村にやって来た少女、アデルの姿もある。
 もう、随分この村に‥‥そして、人の中に居る事に馴染んで来た様だ。
「‥‥ここは、無事の様ですね」
 いつもと変わらない村の様子に、円卓の騎士ボールス・ド・ガニスは安堵の溜息をつく。
「あ、ぼーやだ!」
 その姿を目ざとく見付け、子供達が駆け寄って来た。
 彼を「ぼーや」と呼ぶのは、エルフの里の長イスファーハの孫娘、ブランウェン‥‥ブランだ。
「ぼーやが一人で来るなんて珍しいね。どうしたの?」
 このところ村に顔を見せに来るのは、大抵は弟子の方だった。
「んー、あのチビさんでも良いんだけどさ、でもやっぱり、この村の基礎を作ってくれたのはぼーやだから。遠慮しないで遊びに来てくれると嬉しいんだけどな。お母さんとおばーちゃん、仲直りさせてくれたのもぼーやだし」
 ブランは嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「あのね、今年の聖夜祭は、おばーちゃんが遊びに来てくれるんだって」
 森に住むエルフ達が外の世界に出て来る事は滅多にない。
 しかも、彼等の長ともなれば尚更。
 その彼女が、娘や孫の住む村とは言え、人間やハーフエルフ、その他雑多な種族が住みついたこの村に自ら足を運ぶというのは結構な「事件」だ。
 勿論、事件と言っても悪い意味ではない。
「ちょっとずつだけど、ちゃんと良くなってるから‥‥だから、がんばろーね!」
 ブランはボールスの腕に手を添え、その服をぎゅっと握った。
 真剣な表情で相手の目を覗き込む。
「ちゃんと前に進んでるから‥‥大丈夫だから、ね?」
「‥‥わかっています‥‥大丈夫」
「そう? なんか元気ないけど」
「少し、疲れているだけですよ」
 その言葉に疑わしそうな表情を浮かべながらも、ブランは手を離した。
「じゃあ、うちで休んでく? お母さんのお茶、美味しくて元気が出るの、知ってるでしょ?」
「‥‥そうしようかな」
 丁度、彼女に話しておきたい事もあったし‥‥。


「‥‥デビルが‥‥あの森にも?」
 ハーブティーを淹れる、イウェリッド‥‥リドの手が止まる。
「母さんや、村の仲間は‥‥?」
「大丈夫、皆無事ですよ」
 その答えに、リドは小さく安堵の溜息をついた。
「‥‥そうよね。あなたがここに居て、その報告をしてるんだもの、無事に決まってるわ。手助け、してくれたんでしょ?」
「あの村には、デビルに対する備えは殆どありませんでしたからね」
 森のエルフには、通常のモンスターが相手なら充分に自衛が出来るだけの戦力がある。
 だが、デビルの襲撃は予想外の出来事だった。
「とりあえず全て片付けましたが‥‥」
 いつまた、どこからともなく現れるかわからない。
「彼等には装備を貸出しましたから、余程厄介なものが出て来ない限りは大丈夫でしょう。もしもの時は私に連絡するようにとも言ってありますし」
「頼もしいわね」
「‥‥他に、取り柄もありませんから‥‥」
 そう卑下する事もないと思うのだが‥‥どうもこの人、ネガティヴスパイラルに落ち込んでるらしい。
「この村の周囲にも、警戒に当たる者を配置しておきますので‥‥今日は、それを伝えに。ただ、村人を無闇に怖がらせてもいけませんから」
「わかったわ。私と、後は腕に覚えのある者が知ってれば良いって事ね?」
「何かあれば、城からも救援を出しますので」
 なるべくなら、村人達に気付かれる前に倒してしまいたい所だが。
「‥‥ま、それは良いとして」
 リドはお茶のカップをボールスの目の前に置いた。
「ねえ、あれはどうするの?」
「あれ?」
「教会の刻印。あなたが土台の石に刻みたいなんて言うから‥‥」
 作りかけの教会の床は、その下に人が出入り出来るだけのスペースを残して既に殆ど完成していた。
「‥‥すみません、機会がなくて‥‥あれはもう、塞いで下さい。刻印は壁に刻めば良い事ですし。リドさん達も、ずっと待っているのでしょう?」
「そりゃ、そうだけど。でも、あなた達が最初って決まってるんだから」
 それには答えず、ボールスは暫くじっと窓の外を見つめていた。
 そして‥‥
「私一人でも、構いませんか?」
 床下を塞ぐ前に、その石に刻みたい言葉があった。
 恐らく、建物を取り壊す時まで誰の目にも触れないであろう、その場所に‥‥

「‥‥で、何て刻んだの?」
 暫く後、暗い床下から出て来たボールスにリドが尋ねた。
 だが、返って来たのは意外な返事。
「私が死んだら、この床下に埋葬して下さい。答えは、その時に」
 刻んだのは、自分の墓碑銘とも言える内容だった。
 いや、遺言と言った方が良いだろうか。
「ちょっと、縁起でもない事言わないでよ!」
 だが、地獄の門から強力なデビル達が溢れ出している今、それは全く現実味のない戯言とは言い切れなかった。
 もしもの事が、ないとは言えない。
「せめて、聖夜祭の期間だけでも穏やかに過ごせれば良いのですが‥‥」


 しかし、現実はそんなささやかな望みを抱く事さえ許さなかった。

「‥‥おうちでせーやさい、しないの?」
 城に戻ったボールスに、ツリーの飾りに使うオーナメントを入れた箱を大事そうに抱えたエルが訊ねた。
「ちゃんと、いつもと同じように家でもやりますよ」
 ボールスはその頭を優しく撫でる。
「でも‥‥今年は少し、変わった事をしてみませんか?」
「かわったこと?」
「そう、ツリーを持って、お出掛けするんです」
 勿論、例年と同じ様に、この城と猫屋敷でも無礼講のパーティは開催する。
 だが、それとは別に‥‥
 ボールスは津波で被害を受けたメルドンの事が気になっていた。
 あの町の人々は、聖夜祭を楽しむ余裕などないのではないか。
 それに、あの災害で家族を失った人々‥‥特に子供達には、まだまだ救いの手が必要な筈だ。
 嫌な事や苦しい事、厳しい現実を一時でも忘れ、少しでも穏やかな気持ちで新たな年を迎えて欲しいから。
「ほら、キャメロットのお家の庭に、樅の木が二本あるでしょう?」
 大きな‥‥いつもツリーに使われる木と、その隣にある小さな木。
「あの小さな方を、メルドンの子供達にプレゼントしたいのですが‥‥エル、あげても良いですか?」
「うん、いーよ」
 エルはこくんと頷いた。
「えっと、しゃーわせのおすそわけ、だねっ」
 だが、その時。
 近在の村に、またしてもデビルの一団が現れたとの報が入った。
「‥‥とーさま、おしごと?」
 ボールスは、黙って頷く。
「エル‥‥ごめんね。飾り付け、手伝えなくて‥‥」
「ううん、いいよ。とーさま、おしごとだいじだもんね」
「‥‥エル‥‥」
 聞き分けが良いのは助かる。
 が、良すぎるのも何かと不安だ。
 まだまだ、我儘を言いたい年頃だろうに‥‥。
「エル、すぐに戻るから‥‥それまで」
「うん、いいこでまってるよ」
「‥‥良い子に、しなくて良いから。父さまを困らせて‥‥泣くせるくらい、うんと我儘言って良いから」
 ボールスは目を丸くして自分を見つめる息子を、ぎゅっと抱き締めた。
「じゃあ、行って来ます。後の事は‥‥皆に頼んでおきますから、ね?」
 やはり、自分ではこの子を‥‥いや、他の誰も‥‥幸せにする事は出来ないのかもしれない。
 これが終わったら、エルの実の父親、ロランを探しに行こうか‥‥
 そんな事を考えながら、ボールスは城を後にした。

●今回の参加者

ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ アルディス・エルレイル(ea2913)/ ウィンディオ・プレイン(ea3153)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ ミルファ・エルネージュ(ec4467)/ シャロン・シェフィールド(ec4984)/ 伏見 鎮葉(ec5421

●リプレイ本文

 猫屋敷の庭に聳える大きな樅の木は、すっかりクリスマスツリーとしての衣替えを終えていた。
 後はもう、毎年お馴染みの無礼講パーティが始まるのを待つばかり。
 だが今年は、そのパーティに屋敷の主一家は参加しない。
「メルドンで聖夜祭とは、ボールス様らしいですわね‥‥」
「だよなー。こんな時くらい自分達だけで楽しめば良いのにさ」
 サクラ・フリューゲル(eb8317)の言葉に、ウォルは小さく肩を竦める。
 メルドンで起きた悲劇を防ぐ事はおろか、その復興にさえ殆ど手を貸す事が出来なかった‥‥それが余程悔やまれたのだろう。
「ウォルはお留守番‥‥なんかじゃないですよね?」
「ああ、こっちや城の方は手も足りてるし、師匠の一番弟子としちゃ手伝わない訳にいかないだろ?」
 いかにも「仕方なく」と聞こえる物言いだが、ウォルとて今も何かと不自由な生活を強いられているだろう彼等の為に何かしたいと思う気持ちは同じだった。
「で、あれ‥‥どうやって運ぶ?」
 ウォルは、元は大きなツリーの隣で窮屈そうにしていた、小さな樅の木を見る。
 それは丁寧に掘り起こされ、根巻きの状態にされていた。
 普通、ツリーには切り出された木を使うものだ。
 しかし植物を大切にする森のエルフとも親交の深いボールスには、ツリーを毎年の様に使い捨てにする事は出来なかった。
「向こうで、ちゃんと根付くと良いけど」
「大丈夫、おいらが知識を提供して手伝うよ」
 デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が言った。
「笹と竹の区別がつかなくても、曲がりなりにも植物学者だからね」
 もしかして‥‥何か根に持ってる?
「あれは荷馬車で運べば良いだろ。戦闘馬2頭も居れば重量的にはなんとかなるかな?」
 七神蒼汰(ea7244)が、すっかり準備を整えて出発を待っているエルの頭をぽふんと叩く。
「エルは俺と一緒にこいつに乗って行こう、な?」
「‥‥おそら、とばないの?」
 戦闘馬の黒龍丸ではご不満らしい。
 冒険者と一緒という事は、ペガサスやグリフォンに乗れる‥‥そう思っていた様だ。
「あー、ごめんな。お空の旅は、また今度な。それに‥‥」
 と、蒼汰は呟く様に言って、ふわふわの金髪頭を撫でた。
「‥‥俺でごめんな」
「なんで?」
「いや‥‥まあ、色々」
「あのね、える、しゃーわせだよ?」
「‥‥え?」
「しゃーわせはね、あげてもへらないんだって、とーさまがゆってた」
 誰かに分け与えても減らないもの。
 それどころか、分ければ分けるほど増えていくもの。
 だから自分も皆に幸せを分けてあげるのだ‥‥そう、エルは言った。
「そしたら、える、もっとしゃーわせになれるから。だから、へーきだよ?」
 会いたい人も、きっと別のどこかで別の誰かに幸せを分け与えているのだろう。
 幸せを、増やす為に。
「そう‥‥か。‥‥そうだな、きっと」
 蒼汰はもう一度、その頭をくしゃくしゃと撫でる。
「じゃ、行くか」
 パーティー用の食料や、ツリーの飾り、その他諸々も一緒に乗せて、荷馬車はゆっくりと猫屋敷を後にした。


「え‥‥メルドンで、聖夜祭?」
 キャメロットの市内にある小さな孤児院を訪ね、一緒に来ないかと誘いをかけたウィンディオ・プレイン(ea3153)の言葉に、エストは思わず首を傾げた。
 メルドンという名の町が、先頃の津波で大きな被害を受けた事は知っている。
 だが、それは遠くの町の出来事として、エストには‥‥そして相棒のチャドにとっても、現実味は乏しかった。
「そうかもしれん。だが‥‥騎士を目指す者として、災害の復興現場を見ることは良い経験になるのではないか?」
 人助けも、騎士の大切な仕事のひとつだ。
 それに、他人事だからと関心を持たずにいる事は騎士道に悖る。
「はい‥‥そう、ですね」
 エストは頷く。
 本当にこのまま騎士を目指すのか、目指しても良いのか‥‥迷ってはいたが。
「じゃあ、支度して来ます」
 その荷物の中に、あの大きな剣はなかった。
「‥‥置いて行くのか?」
 ウィンディオの問いに、エストは黙って頷く。
「‥‥そうか」
 今は色々と考え、悩み、そして迷うのも良いだろう。
 メルドンの訪問が、彼にとって良い刺激になれば良いのだが。


「やっほ〜、初めまして、ボクは竪琴弾きのアルディスだよ」
 仲間達がメルドンへと急ぐ中、ひとり先行したアルディス・エルレイル(ea2913)は、パーティ会場予定地である孤児院を尋ねていた。
「こっちがゴルンノヴァ、ノヴァって呼んでね。この子はヴォルフィード、ヴォルだよ。皆、仲良くしてね♪」
 相棒の犬達を紹介し、そして本題に移る。
「ええと、ここにツリーが運ばれて来る事は知ってると思うけど‥‥」
 それに関しては事前に話を通してあった筈だ。
 パーティやミサを開く事も伝えてある。
「それだけじゃなくて、皆で聖歌隊を組もうかって話が出てるんだ。それで町の人達の心を少しでも慰められないかなって」
「それなら、この子達もご協力出来ますわ」
 孤児院を管理するシスターは言った。
 大切なものを失い、自らも怪我を負い、そして心にも傷を負った子供達。
 彼等にまず必要なのは、たっぷりの暖かい食事と、暖かいベッド。
 だが、今はもうその段階は過ぎている。
 次に必要なのは、大切なものが抜け落ちてしまった心の隙間を埋める事だった。
「音楽って、良いよね。きっと、町の人達も喜んでくれるよ。伴奏はボクにまーかせて♪」
 アルディスは七色のオカリナを取り出し、陽気な音楽を奏で始めた。
「あ、その歌知ってるー!」
 たちまち、子供達が集まって来た。
 皆が良く知っている歌を、リズムも音程もメチャクチャに、だが楽しそうに歌う。
「‥‥聖歌の練習は‥‥皆が来てからで良いか♪」
 まずは彼等と仲良くなる事だ、うん。


「ペガサスでの運搬案もあったけど‥‥」
 孤児院の庭に樅の木が移植される様子を眺めながら、伏見鎮葉(ec5421)が言った。
「やっぱり荷車で運んで正解だったみたいね」
 メルドンの町に入った辺りから、樅の木を乗せた荷車は大勢の町の人に囲まれ、ここに着くまでの道中はちょっとしたパレードの様になっていた。
 皆、それだけ楽しみにしていたのだろう。
 それに、これなら地元の人にも移植を手伝って貰える。
「手伝って達成感がある方が、現地の人も祝おうっていう気になるでしょ」
「聖夜祭を迎えたと言っても、世相はなかなか祭りに酔える状況でもありませんが‥‥」
 と、シャロン・シェフィールド(ec4984)が各地で頻発する様々な地面に思いを馳せる。
「しかし、大人が不安に揺れていては孤児院の子供達も安心して楽しめないですね」
「そうそう。このメルドンも‥‥ここで起こったことを思えば、あまりはしゃぎすぎも良くないような気がするんだけど、ね」
 しかし、気を使いすぎると盛り下がってしまうかもしれない。
 それに、どんな状況だろうと、生きている事に感謝し、それを楽しむのは悪い事ではない筈だ。
「頑張りましょう」
 頑張る‥‥というのも少し違う気はするが。
「では、私も向こうで聖歌隊の練習に参加して来ますね」
 シャロンは庭の一角に集まった子供達の輪に入る。
 教師役は出来ないので、と、子供達と一緒に教わる方へ。
「あれは、私には手伝えることも無い気が‥‥」
 見物に回ろう‥‥鎮葉はそう決めた。
 食べて飲んで、素直にパーティを楽しむ。
 率先して楽しむ事も、きっと仕事のうち。

 ‥‥暫く後。
「あ、とーさまー!」
 ボールスの到着に、蒼汰の肩の上からエルが手を振る。
 二人は地元の子供達に混じって、庭の真ん中に植えられた小さな樅の木に飾り付けをしている最中だった。
「お疲れ様です。移植は‥‥無事に済んだ様ですね」
「ええと‥‥ボールス卿、そちらは?」
 デビルとの戦いに赴いていた筈だが、と蒼汰。
「何とか、片付きました。でも、多分またすぐに出掛ける事になると思いますが」
「じゃあ、今のうちに‥‥エル、交代だ」
 蒼汰は肩車をしていたエルの小さな体をひょいと持ち上げると、ボールスの肩へ移動させた。
「エル、子供の特権だ。父さまに一杯我が侭聞いて貰えよ?」
「える、わがままゆわないよ? いいこだもん」
「我が侭言う方が、良い子の時だってあるんだぞ?」
「えー?」
 わけがわからない、と、エルは首を傾げる。
 そこへ、見慣れない冒険者がひとり、ゆっくりと近付いて来た。
「‥‥初めまして。水のウィザード、ミルファ・エルネージュ(ec4467)です。よろしく御願いします」
 初対面の相手に少し緊張した面持ちで、ゲルマン語で丁寧にそう言ったミルファに、ボールスも騎士の礼を取ろうとするが‥‥
 息子を肩車したままでは、どうにも格好が付かない。
 その姿が可愛いと思われたのだろうか‥‥親と子のどちらが、というのは置くとして――ミルファはほんの少し頬と、そして緊張の糸を緩めた。
「何かお手伝いできる事があればと参加させていただきました。でも‥‥」
 イギリス語が、わからない。
「大丈夫、ゲルマン語ならわかる人も多いですし、もし不自由なら私が通訳しますから」
 それに、とボールスは続ける。
「子供が相手なら、言葉は必要ありませんよ」
 伝えよう、伝えたいという思いがあるなら、身振り手振りでも案外通じるものだ。
 それに、相手が子供の場合は下手な先入観がない為か、より通じやすい様に思う。
「ね、エル?」
「うん!」
「じゃあ、お姉さんに遊んで貰いましょうか」
 ボールスは、息子を肩から降ろす。
 父親の母語であるゲルマン語は殆どわからないが、度胸と人懐こさは折り紙付きだ。
「おねーちゃ、あそぼ!」
 にこにこにこ‥‥
「では、ボールス卿はこちらで」
 エルを解放したボールスの腕を、誰かが強引に引っ張る。
「シャロンさん‥‥?」
「ぼんやりしている暇はありませんよ? パーティの準備に、それに聖歌隊の練習も」
 何か色々考えすぎて、また思考が袋小路に入っているような気がすると、シャロンは気を遣っている様だ。
 あちこち引っ張り回して忙しくさせておけば、余計な事を考えすぎてドツボに填る事もないだろう。
 それに‥‥役に立った、必要とされたという実感を感じて貰えれば、と。
「いや、でも、あの‥‥歌は、ちょっと」
 ‥‥多分、抵抗しても無駄、だと思うけど。

「なあ‥‥あれホントに円卓の騎士?」
 遠くでそれを眺めていたチャドが、相変わらず馬鹿にした様に鼻を鳴らす。
「また‥‥失礼だってば」
 エストが相棒の無礼を窘めるが、チャドは気にする様子もない。
「良いじゃん、聞こえてねーし」
「‥‥陰口は、騎士道精神に反するぞ」
 背後から、溜息混じりの声がした。
 彼等の師匠、ウィンディオだ。
「陰口じゃないよ。オレ、面と向かって言えるぜ? 言って来ようか?」
「ば‥‥やめろってば!」
 本当にやりかねない勢いのチャドの羽根を、エストがむんずと掴んで引き戻す。
「チャドが知ってる円卓の騎士って、5人くらいじゃないか‥‥知らないのはただの勉強不足だろ?」
 円卓の席は、いくつあると思っているのか。
「えー、でも、勉強しなきゃ名前もわかんないよーなの、この国のシンボルって言えないじゃん!」
 それも、一理ある。
 そして本人にも、その自覚はあるらしい‥‥でなければ、現役の円卓の騎士が「もっと有名になりたい」などと言う筈もないだろう。
「それにあいつ、ガイジンだし」
 ぼそり、と付け加える。
 それを聞いて、ウィンディオは再び溜息を漏らした。
 子供の率直な感想こそ時として真実を突くもの、ではあるが‥‥。
 チャドにはまだまだ、教えなければならない事が山ほどある様だ‥‥騎士道以前の問題として。
「まあ、それはそれとして、だ。‥‥チャド」
「なに、先生?」
「聖夜祭のプレゼントだ」
 手渡されたそれは、シフール用の小さな刀だった。
「針の刀だ。多少弄って軽くしてあるし、多少とはいえ威力も上げてある」
「うわ、ほんどだ軽いー! すげー!」
 チャドは嬉しそうにブンブンと刀を振り回す。
「あ、危ないって! それ、真剣だからっ!」
 エストは思わず師匠の袖を引いた。
「せ‥‥先生、あいつに真剣なんか持たせて良いんですかっ!?」
 ‥‥大丈夫だと、思いたい。
「エスト、君には物でなくてすまないが‥‥」
「‥‥え?」
 チャドの浮かれた様子を暫く苦笑混じりに眺めていたウィンディオは、急に声を落とし、真剣な表情でエストを振り返る。
「君の‥‥母親の事だ」
 その言葉に、エストは思わず胸元の‥‥小さな袋に入れて下げていたペンダントを握り締めた。
「ずっと離れていたのだ、逢うには心の準備が必要だろう‥‥お互いに、な」
「‥‥‥‥」
「だが、近い内に必ず逢う機会を作る。だから、もう暫く辛抱して欲しい」
 エストは、黙っていた。
 頷きもせず、だが、かぶりを振る事もなく。
「‥‥さあ、パーティの準備を手伝って来ようか」
 会場のセッティングや料理の運び役くらいなら自分達にも出来ると、ウィンディオはエストの背を軽く叩いた。


 孤児院の庭に、アルディスの竪琴に合わせた子供達の歌声が響く。
 にわか作りの聖歌隊だが、なかなか様になっている様だ。
 やがて、そのバックコーラスに合わせてサクラとシャロンが歌い出す。
 ――皆さんが来年を元気に過ごせますように――
 そこに、まだボーイソプラノのウォルがハーモニーを重ね‥‥
 ――町の人達の心が少しでも癒されますように――
 更に、遠慮がちなテノールが重なる。
「‥‥師匠‥‥声ちいせーよ」
 ぼそり。ウォルが呟いた。

「ふはははは! 樅の木が到着し、聖歌隊も揃ったならば次は余の出番であるな!」
 はい、やっと出番が来ました。
 そう、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は高位聖職者なのだ‥‥これでも、一応。
 ‥‥いや、本人が言ってる事だし、一応って。
「という事で聖夜祭ミサ執行なのだ〜」
 ヴラドは出来るだけのおめかしをして、臨時に作られた祭壇の前に立つ。
「え〜、聖夜祭とは本来なんぞや?」
 説教、開始。
「ジーザスの誕生日は昔のことゆえ、実際はよく判らぬ」
 え?
「聖書に書いてないであるし」
 そうなの?
「しかるに今宵、誕生を祝う日となったのは何故か? 見るが良いあの太陽を!」
 もう夜だけど。ま、良いか。
「冬至を越え、徐々に日の長さを取り戻しつつある。あれこそが、闇の世に光をもたらす救世主の暗喩なのである」
 ふむふむ。
「そう、本来聖夜祭とは、ジーザスの到来を待ち望むことすなわち、希望を決して捨てず生き抜くことこそが救いへの道である、という教えの再確認の日なのだ!」
 へえ〜。

 再び、子供達の声が静かに流れ始める。
 犠牲になった人々を悼み、そして未来への希望を繋ぐ歌。
 孤児院の庭から、町を包み、そして海の彼方まで――

 だが、堅苦しいのはここまでだ。
「ミサが終わったらパーティーであるかな? 楽しみなのだ〜」
 楽しみにしていたのはヴラドだけではない‥‥いや、殆どの者にとって、聖夜祭の楽しみと言ったらこれだろう‥‥。
「しゅちにくりんー!」
 ――すぱーん!
 思わずそう叫んだウォルの頭を、蒼汰が黙ってハリセンで叩く。
「相変わらず、だね」
 デメトリオスが呆れた様に笑った。
 だが、師匠ともども気落ちしているよりは、ずっと良い。
「それにしても、すごい料理ですね‥‥」
 量も、種類も‥‥と、ミルファが感心した声を上げる。
「ん、サクラが頑張ったからな。オレも手伝ったけど」
 ウォルが片言のゲルマン語で答えた。
 招待客は大勢居るが、それでも全部食べきれるかどうか。
「残ってしまったら、アイスコフィンで冷凍しておきましょうか」
 肉や魚などは解凍して使えば良いし、他の料理は季節柄数日は保つだろうとミルファ。
「ウィザードって、便利だなー」
 ウォルが言った。
 自前の魔法で火も熾せるし、冷凍保存も解凍も思いのまま。
「なのに‥‥」
 料理が壊滅的な人が多いのは、何故だろう‥‥。

 その夜、メルドンの町にほんのり灯った聖夜の明かりは、いつまでも消える事はなかった。


 そして翌日‥‥

「話には聞いていましたし、今はどのようになっているのかと、気になっていたのですが‥‥」
 メルドンの町を歩きながら、ミルファが呟く。
「ええ、私も最後に‥‥もう一度この目で見ておきたいと思って」
 と、サクラが返す。
 メルドンの今の様子をその目と胸に刻む為に‥‥冒険者達は、町の様子を一通り見てから帰路に就こうと考えていた。
「でも、皆思ったより元気そうだよね」
 この前来た時に出会った少女も、新しい家族――被災地で見付けた子猫達と楽しそうに遊んでいた。
「無理をしても到達できるかどうか、なんて切羽詰りすぎることはないんだよね。勿論、理想の為に試練を潜り抜けるのはいいことだけど、それだけじゃ足元を見失っちゃうよ?」
 デメトリオスが、誰にともなく言う。
「‥‥無理をしても良い事はないと‥‥それは、わかっているつもりです」
 しかし、それでも‥‥と、ボールスは遠く空の彼方を見つめて呟いた。
「性分‥‥なのかな」
 手を伸ばす事は、やめられない。
 諦めたらそこで終わってしまうから。
「‥‥この悲劇が二度とないように、いえ、二度と起こさせません。そうこの地に誓いを立てましょう」
 サクラが言った。
 ミルファが子供達と一緒に孤児院の庭に蒔いた豆や木の実が無事に芽を出し、成長し、花を咲かせ、実を結び‥‥次の世代に場所を譲るまで。
 その生き物として当たり前の営みが、当たり前のままに、ずっと先の未来まで断ち切られる事なく続く様に‥‥。