●リプレイ本文
どんな命にも限りはある。例え永劫に近いような、気の遠くなる生命だとしても ‥‥
「でも、この木はどうなんだろうね」
リース・フォード(ec4979)は春の色に染まった世界にただそれだけ、冬の色を残した桜の木を見上げる。
本当に枯れてしまったのだろうか。
「詳しく調べてみるね。診断はおいらに任せてよ」
植物学者のデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が、低い位置にある枝に手を伸ばした。
「これ、花芽かな‥‥」
枝には今年花を咲かせる筈だった小さな芽が無数に付いている。
しかし、それは指で軽く触れただけでぽろりと落ちてしまった。
「冬の、芽が出来る時期までは元気だったんだね。でも今は‥‥」
どうだろう。
根が生きているなら、適切な処置をすれば来年の春にはまた花を咲かせる事もあるだろうが‥‥
「状況次第で今まで咲かせなかった桜が花を咲かせることもあるからね」
とにかく、出来るだけの事をやってみよう。
「ねえ、一緒にやらない?」
デメトリオスは傍らで心配そうに見守る依頼人、エリク・ハーソンに声をかけた。
「私が‥‥ですか?」
「うん。エルフなんだし、それなりの知識はあるでしょ? おいら達も手伝うけど、全部人任せにしちゃダメだよ」
一緒に一つ事を行うことで新たな自分を見つけてほしいと、そう願っての提案だ。
「(きっと、もう一度何かを行うきっかけが欲しいだけなんだろうな)」
人生の再スタートを切りたいと‥‥無意識にでも、そう感じているのではないだろうか。
「でも、私などが手を出して良いのでしょうか。下手な事をして、取り返しのつかない事になっては‥‥」
「大丈夫、おいらがちゃんと見てるからさ」
「そうそう、それに‥‥もしかしたら桜も寂しいのかもね」
ライム・ミントリーフ(ea2158)が言った。
「だって、咲かなくなったら手も掛けて貰えないなんて。それって、咲かないなら価値が無いって言ってるのと同じだと思うの。それじゃ桜だって気の毒じゃない?」
「‥‥価値がない、とは‥‥」
ただ、花が見たいだけだ。
いや‥‥本当は見たくないのかもしれない。
独りで見るのは‥‥寂しく、辛いから。
「桜の精も哀しいのです」
「‥‥え?」
齋部玲瓏(ec4507)の言葉に、エリクは俯いていた顔を上げた。
「桜に話しかけてあげていらっしゃいますか? 人と同じで、ものには全て生命が宿ります。そして、心も」
だから、哀しいのだ。
「今、共に居られるエリクさまが哀しみ、桜に笑いかけてくださらないことが」
「‥‥ならば‥‥この木を駄目にしたのは、私‥‥ですね」
「まだ、そうと決まった訳ではありません」
玲瓏は小さく首を振り‥‥静かに微笑んだ。
「私の故郷には桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿という言葉がございます。桜は病気になり易く切り口から腐り易いが、正しく世話してあげると、その分見事に咲かせてくれると家の庭師が話していました」
だからきっと、この桜も蘇る。
万が一、手遅れだったとしても‥‥心に花を咲かせる事は出来るだろう。
冬の心から春の心に。
花を咲かせる為に手を施し尽すことが、彼の気持ちを溶かすきっかけなれば‥‥
「じゃあ、始めようか」
デメトリオスがエリクの顔を見上げ、にっこりと微笑む。
仕事が終わって帰る頃には、笑顔が返って来る様になっていれば良いな‥‥と、そう思いながら。
「まずは害虫や害獣の線から当たってみましょうか」
ざっと見たところ、食べるものもない枯れ木には虫も付いてはいない様だが‥‥念のため。
「オーリ、お願い。そういうの得意でしょ?」
ライムに言われ、一羽の梟が枯れ枝に留まる。
「見つけたら食べちゃって良いわよ」
‥‥とは言うものの。
「何もいないみたい。うーん、他に効果がありそうなのは‥‥」
聖水なんて、どうだろうか。
「取り敢えず、困った時の神頼みは基本よね」
小さな壺の蓋を開け、上空から振りかけてみる。
「奇跡が起きて一気に満開とか‥‥無理、かしら」
「そう言えば、私の故郷には灰を振りまいて枯れ木に花を咲かせた翁の伝説がありますね」
と、玲瓏。ただのおとぎ話だが‥‥と続ける前に、バジル・レジスター(ec6406)が敏感に反応した。
「灰をかければ花が咲くんだね!? よし、僕に任せて!」
バジルはあちこちからせっせと雑草を刈り取って来て、それを空き地に山積みにする。
「後は僕の火魔法で‥‥っ! 魔法で‥‥ま、魔法‥‥」
魔法は‥‥使えない。魔法使い、だけど。うん、ちょっとした手違いで。
「大丈夫、こんな事もあろうかとっ!」
バジルはポケットから火打ち石を取り出し、カチカチと火を付ける。
周到な準備と創意工夫があれば、ちょっとした手違いなんてどうって事ないのだ。
ただ‥‥灰をまいても枯れ木に花は咲かないが、普通。
「‥‥ダメ!? ダメなの!?」
「うん‥‥でも、悪くはないと思うよ」
がっくりと項垂れたバジルに、デメトリオスが言った。
「灰には殺菌作用や土を改良する効果があるし」
「じゃ、土に混ぜてみようか」
「そうだね。少し掘り返して空気を入れるついでに、やってみよう」
「わかった、じゃあ、もっと沢山いるよね!」
そして、バジルは山に芝刈りに‥‥じゃなくて、そこらの空き地で雑草刈り。
その一生懸命に頑張る姿を見て、エリクの表情がほんの少し和らいだ。
「ジャパンの伝説‥‥私も、聞いた事があります」
「そう言えば‥‥この桜はどのようにして?」
玲瓏の問いに、エリクは遠い昔の記憶を辿る。
「‥‥一時期、妻はジャパンに住んでいた事があって。これは、その頃の友人達から結婚の記念に贈られたものなんです」
彼女が好きだったから、と。
「当時はこの異国の地に根付くかどうか心配で‥‥」
無事に花を咲かせた時は妻と共に心の底から安堵し、喜んだものだ。
「その頃は、こんな感じだったのかしら」
ライムが綺麗に花を咲かせた桜の盆栽を取り出した。
「隣に置いてみましょうか。張り合って咲いて見せてくれたら良いんだけど」
流石にそれは無理、か。
「うーん‥‥花を咲かせる方法はさっぱりだわ。何かこれって言うのが無くて申し訳無いわね」
だが、彼には元気になって貰いたい。
何か良い手はないものか‥‥
「そうだ、一緒にお花見してみましょうよ。花が咲いてなくても良いじゃない。あたし、重箱やお酒を用意して来たから」
奥さんとの思い出を、色々話して聞かせてくれないだろうか。
「枯れ木に花をは難しくても、思い出話に花を咲かせるのなら簡単でしょ?」
「‥‥そうですね。簡単‥‥」
では、ないかもしれない。今の彼には。
まだ、思い出すのが辛い。
思い出にしてしまったら、本当にいなくなってしまいそうな気がして‥‥
もう手の届かない、遠い過去の存在になってしまいそうで。
「うん、それは‥‥わかる気がするけど」
でも、とライムは続ける。
「花も生命もいつかは散ってしまう儚いものだけれど‥‥精一杯生きた証、形には残らなくても記憶には残るわ」
覚えている人がいる限り、何度でも蘇るものだ。
「本当に幸せだったなら、なくなったからって哀しいものとして仕舞い込んじゃ駄目。思い出すたびに幸せな気持ちにならなくちゃね」
「ええ、それは‥‥」
わかっている、とエリク。
わかってはいても‥‥今はまだ、動けない。
動く気に、なれない。
「‥‥そうだね」
リースが頷く。
「でも‥‥貴方が嘆き悲しみ、笑顔を忘れてしまったら、大切な人が悲しむと思うんだ」
天に召された妻だけでなく、周囲の人も。
「独りで残されたからって、ひとりきりで生きてる訳じゃないし‥‥」
自分達も、ここにいる。
ただ仕事で関わっているだけ、とは思いたくない。
「それに、大切な人は一人じゃない‥‥違うかな? 例えば、その木を贈ってくれた人達とか」
「そうだよ。他にも友達とか、いるんでしょ?」
バジルが言った。
「その人達も、きっと悲しんでるよ? だから、元気出そうよ。お花見、しよう?」
花はなくてもいい。
目には見えなくても、心で咲かせる事が出来る。
「亡くなった奥さんも、もう姿は見えないけど‥‥でも、エリクさんには見えるんじゃない?」
いや、幽霊とかそういった類のものではなく。
「そういうものだって、僕の部族の人が言ってた」
時間が経てば、そう思える様になると。
「あ、でも‥‥僕達はパラだから長生きしても60年位だけど、エルフはもっと長生きだよね。だったら、悲しみももっとずっと深いのかな‥‥」
「長さの問題じゃ、ないと思うな」
リースが言った。
「多分‥‥ね」
「それも‥‥わかります。でも‥‥」
もっと長く、一緒にいたかった。一緒にいられると思っていた。
「‥‥一緒に年を重ねて行けると信じていて失ってしまうのと、始めから同じ時を生きられないと分かっていて、それでも傍にいたいと願うのと‥‥どちらが悲しい事なんだろうね」
‥‥比べられるものではない、か。
リースは小さく、寂しげな笑みを漏らした。
どちらにしても、かけがえのない人を失って尚、続いて行くこの命の長さは辛いだろう。
「正直に言えば俺も自信はないんだ」
大切な人を失った後、まともに生きて行けるとは思えない。
「だから‥‥貴方にどんな言葉をかけたらいいのか分からないんだ。使い古された言葉しか思い付かない」
それでも‥‥
「何かが伝われば、と‥‥思う」
柔らかな風が、剥き出しの枝を優しく撫でて行く。
「‥‥明日」
ぽつり、とエリクが言った。
「昼食はここで食べましょうか」
‥‥花でも、見ながら。
「じゃあ、今日のうちに作業は終わらせておこうね。エリクさんも、しっかり手伝ってよ?」
デメトリオスの言葉に、エリクは頷いた。
小さな微笑みと共に‥‥。
翌日も穏やかな良い天気だった。
花をつけない桜の大木と、その根元にちょこんと置かれた小さな盆栽。
それを取り囲んでの「お花見」と呼ぶには少し寂しい昼食会‥‥
「でも、桜だけがお花じゃないわよね」
ライムの言う通り、よく見れば垣根のエニシダも黄色い花を付け、サンザシも蕾が膨らんでいる。
気付かなかったが、ミモザの木も花を付けていた筈だ。
桜しか見えていなかったエリクの目に、色々なものが見え始めていた。
「‥‥これも、育ててみたらどうかな」
リースが布に包んだ何かを差し出した。
それは野に咲いていた花の種。
「まだ、種を付けてる花は余りなかったけど‥‥」
手は尽くしてみたが、桜はまだ蘇るかどうかわからない。
だから、その代わりに。
「貴方の悲しみも苦しみも、奥方との思い出も、この子達に預けて‥‥この花が咲く頃、少しでも貴方が癒されている事を祈っている」
悲しみに暮れる時は思いきり泣いて良い。けれど生きる気力までは失わないで‥‥
自分もそうなりたい、そうなれるようにしなければ。そう思いつつ、リースは言った。
「貴方の心にも、新しい何かが芽生えて欲しい」
「‥‥ありがとう」
「でも、桜だってまだ諦めるのは早いからね?」
デメトリオスが言った。
「おいらが教えた通りにちゃんと手入れを続ければ、来年は咲く可能性が高いんだから」
目標が出来れば、前へ進む意欲も‥‥未来に目を向ける余裕も出て来るだろう。
「‥‥本当に‥‥咲くのでしょうか」
この木は、生きているのだろうか。
「木肌に触れてみて下さい」
玲瓏が微笑む。
「徐々に木の温もりが伝わってきませんか? 掌に温かさが‥‥」
それが、桜が生きている証。
「桜の冬眠を、春の扉を開いてくださいませ。そして‥‥貴方の心を」
失われた哀しみよりも 共にあったよろこびを心に留めて。
「ねえ、あっちの木にも何か思い出があるんじゃないの?」
近所の人から聞いた情報を元に、バジルが話を振る。
「ああ、あれは‥‥そうですね。あの木は‥‥」
エリクは、話し始めた。
最初はやはり辛そうに‥‥ぽつり、ぽつりと。
だが、聞き上手な玲瓏のお陰だろうか。その舌は次第に滑らかさを増して‥‥
「奥さまは、エリクさまのどこがお好きだったのでしょう?」
そんな問いにも、答えられるようになった。
「‥‥全部、だと‥‥」
「うわ、惚気てるー」
バジルの茶々に、笑い声が花を咲かせる。
その中にはエリクの花もあった。
気持ちの整理を付ける事は、忘れる事ではない。
寧ろ、整理をする事でより深くその存在を心に刻む事も出来るのだ。
「(答えは自らの中にあるもの‥‥)」
玲瓏はエリクの言葉に頷き、繰り返し、受け止め、引き出す。
それで少しでも気持ちの整理と前進の手伝いが出来れば、と。
「別れがあれば出会いもあるものよね」
そんな様子を見ながら、ライムが呟いた。
「あたし達との出会いが、エリクさんに取って良い思い出になりますように‥‥」