【黙示録】光を求めて

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:13 G 14 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月22日〜06月01日

リプレイ公開日:2009年06月02日

●オープニング

「お願いします、船を貸して下さい!」
 入り江を見下ろす高台に建てられた小さな家の中。
 酒のシミがあちこちに浮き出た汚いテーブルに両手を付いて、ウォルフリード・マクファーレンは体を直角に折り曲げた。
 目の前に座っているのはイルカ団のお頭、いや、船長だ。
「ま、そいつは構わねえが‥‥坊主、何でお前が? あの兄ちゃんはどうした?」
 強面の船長にじっと見据えられ、ウォルは思わず一歩後ずさる。
 ガタン、と椅子が音を立てた。
「あの、それは‥‥色々事情があって」
「ふん‥‥まあ、座れ」
 船長は節くれだった手をひらひらと振り、ウォルを座らせる。
「まずは話を聞こうじゃねえか‥‥何があった?」


 それは、数日前の事‥‥
「ウォル、どうだった?」
 師匠の隠遁先から戻ったウォルに、出迎えた七神蒼汰(ea7244)が心配そうに声をかけた。
 しかし、返って来た返事は‥‥
「相変わらずだよ」
「‥‥そうか」
 蒼汰の上司であり、ウォルの師匠である円卓の騎士ボールス・ド・ガニスは、もう長い間森の中の隠れ家での隠遁生活を続けていた。
 表向きの理由は、自分はデビルに狙われる身であり、姿を晒すと周囲の者まで危険に巻き込む可能性があるから、だった。
 いや、確かにそれも事実なのだが‥‥それよりも。
「やっぱりまだ、他人と関わるのが怖いみたいだ」
 自分は疫病神だ。関わった者に必ず不幸をもたらすと‥‥そう思い込んでいる。
「‥‥無理もないけどな‥‥」
 蒼汰が溜息をついた。
 大切な弟を目の前で奪われたのだ‥‥しかも、自分のせいで。
 自分のせいだと、本人はそう思っていた。
「違う‥‥ボールス卿のせいじゃないってのに‥‥っ」
 ――ガンッ!
 悔しそうに、脇の壁を叩く。
「オレもそう思う‥‥確かに、ライオネル卿が動けないままだったら、リヴァイアサンに連れて行かれたのは師匠の方だった。でも、それは偶然の結果で‥‥」
 誰も、ボールスのミスだとは思っていない。
 ましてや、彼の方がいなくなれば良かったなどとは。
 いや、他の誰がそう考えたとしても、自分達二人は絶対にそんな事は思わない。
 なのに‥‥
「全部自分がぶち壊したと思ってるんだ。冒険者達が頑張ってくれたのに、それを自分が台無しにしたって」
 だから、彼等とは会わせる顔がない。
 動けない‥‥一歩も。
 今まで彼が最善だと信じて努力してきた事は、悉く失敗し‥‥裏目に出ていた。
 もう、たくさんだ。
 悪い事しか起きないなら、動かない方が良い。
 何もしない方がマシだ。
 自分が消えてなくなれば、誰も傷付けずに済む。
「‥‥駄目だ、それじゃ‥‥!」
 もう一度、蒼汰が壁を叩いた。
「ボールス卿は疫病神なんかじゃない! 畜生、俺が会いに行けるなら思いっきりぶん殴ってやるのに‥‥っ!」
 だが、今の彼は補佐役の蒼汰にさえ会う事を拒んでいた。
 問題なく会えるのは一緒にいる息子のエルと、連絡係を務めるルルの二人だけ。
 ウォルにさえ、余程重要な用件でない限りは会おうとしなかった。
「仕事はちゃんと向こうでやってるけど‥‥人には会いたくないみたい」
 きっと、傷が深すぎるのだ。
 未来に希望が持てなくなった時‥‥人は孤独の縁に沈む。
 差し延べられた手さえ見えないほどの、深い闇に。
「やっぱり‥‥待つしかないんだよね」
 ウォルが小さく溜息をついた。
 自分も病を得て、もう死ぬしかないのだと思っていた時‥‥差し延べられる手に気付けなかった。
 気付いても、鬱陶しいとしか思えなかった。
「でも、あの時皆がそれで諦めて‥‥あのままほっとかれたとしたら、オレはここにいなかった。しつこく手を伸ばして来る奴がいたから‥‥今、オレは生きてるんだ」
 だから、今度は自分が手を伸ばす番だ。
 いくら拒否されても、絶対に諦めない。
「‥‥そうだな」
 蒼汰が頷く。
「だったら、俺は‥‥」
 何が出来るだろう。
 このままでは駄目な事はわかっている。
 今のままでは、例え上司が立ち直ったとしても‥‥またすぐに闇の底へ叩き帰す結果になりかねない。
「ライオネル卿がリヴァイアサンに囚われてもう二ヶ月余りが過ぎた‥‥未だ行方は判らない。こんな状態で戻って来いなんて‥‥言えないよな」
 何か‥‥何かしないと‥‥。
 少しでも情報を集めて、彼が落ち着いて動けるようになった頃には全ての準備が整う様に。
「‥‥誰も動かないなら‥‥俺が行く」
「‥‥行くって‥‥どこに?」
「決まってる、ライオネル卿の行方を‥‥リヴァイアサンの居所を探しにだ」
「でも、手掛かりも何もないのに‥‥」
「だから、その手掛かりを見つけに行くんだよ」
 何かが見つかるかもしれないし、何も見つからないかもしれない。
 だが‥‥もう、ただ仕事だけして待っているのも我慢の限界だ。
「‥‥ウォル、お前も一緒に来るか?」
 その誘いに、ウォルが二つ返事で応じた事は言うまでもない。


「‥‥なるほどねぇ‥‥」
 船長はお世辞にも綺麗に洗ってあるとは言い難い盃を、音を立ててテーブルに置いた。
「ま、確かにあの直後は目も当てられねえ有様だったが‥‥俺らに約束の酒を奢る段にゃ、特に変わった様子もなかったんでな‥‥」
 立ち直りの早い奴だと思ったのだが。
「うん、今も‥‥知らない人が見たら全然なんともないと思われるだろうね」
 表面上は、何の問題も見えはしない。
 穏やかで物腰が柔らかく、そしていつも微笑みを絶やさない‥‥普段通りのボールス・ド・ガニスだ。
「でも‥‥違うんだよ、全然。前とは‥‥」
「‥‥ま、それなりの年月を人間やってりゃ、色々とあるもんさ」
 船長は汚い盃に酒を注ぎ足す。
「わかった、船を出す件は了解だ。いつでも頼って良いぜ? ただし、条件がある‥‥」
「また、お酒?」
「ああ、そうだ‥‥と、言いてぇ所だがな‥‥今度は違う」
 こっちからも頼みがある、と船長は言った。
「怪物退治だ」
 リヴァイアサンが姿を隠したからと言って、海からモンスターがいなくなった訳ではないのだ。
「あれは‥‥船魔っつったか。水で出来たみてぇな船に乗った小男の悪魔でな‥‥通りかかった船を片っ端から沈めにかかる。ま、そいつだけでも厄介なんだが‥‥」
 その周囲には小男を守る様に、亡霊の壁が出来ているのだ。
「船幽霊って奴、か。大して強くはねえが、数が多いのが厄介でな。ま、小男を倒せばいなくなるんだろうが‥‥」
 とりあえずは、その退治を。
「そいつが俺らの報酬代わりだ。浚われた兄ちゃんだか弟だか、そいつを探すにも手掛かりもねえんだろ?」
「‥‥うん」
「だったら悪魔の匂いのする所に行ってみるのも悪くねえ‥‥」
「そうだね。わかった‥‥仲間集めたら、また来るよ」
 ウォルは丁寧に頭を下げて、その場を辞した。


「お疲れさん」
 その様子だと上手く行った様だなと、城に戻ったウォルの肩を出迎えた蒼汰が軽く叩く。
「お前さん一人で行かせて大丈夫かと心配だったが‥‥大きくなったなぁ、ウォル」
 ぐりぐりぐり。
「そう思うなら撫でるなっ!」
 そうやって怒る所は相変わらずだが。
「しかしウォル、大丈夫か?」
「何が?」
「船‥‥弱いんだろ? 確かもう二度と絶対に乗らないって‥‥」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
 困っている人を助けるのは騎士として当然‥‥
「いや、人として当然の事だ。オレは師匠にそう教わった」
「‥‥そうだな」
 ――ぽむ。
「じゃ、行くか」
 北の海へ、光を探しに‥‥。

●今回の参加者

 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 ec1783 空木 怜(37歳・♂・クレリック・人間・ジャパン)
 ec3565 リリス・シャイターン(34歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

シエラ・クライン(ea0071)/ ウィンディオ・プレイン(ea3153)/ サクラ・フリューゲル(eb8317

●リプレイ本文

「イルカ団のみんな、船を出して貰って感謝する」
 出港準備が一段落した所で、七神蒼汰(ea7244)は暫しの休憩に入った強面の集団に頭を下げた。
「コレは俺からの個人的な礼なんで、受け取ってくれ」
「おう、気が利くじゃねえか小僧」
 こっそり渡された袖の下‥‥ではなく、手土産の酒に、船長は泣く子も黙る様な凄絶な笑みを浮かべて蒼汰の背を叩いた。
「報酬の前払いとして、貰っとくぜ?」
 今度の航海では報酬を支払うべきはデビル退治を頼んだ彼等ではないのかと、そんな気もするが‥‥まあ良い。
「それとウォル」
 船出を前に緊張した様子のウォルに、蒼汰は対デビル戦用便利アイテムの数々を手渡した。
「‥‥ありがと」
 道具の力には頼らないなどと、意地を張っている場合ではない。
 足手纏いにならない為にも、それは必要なものだった。
「そうだ、船酔いしない様にコレもやるよ。無くすなよ?」
「うん‥‥借りとく」
 身に付けていれば絶対に船酔いしないと言われるお守りを受け取り、ウォルはそれをポケットに突っ込む。
 しかし、それでもまだ不安なのか‥‥出発前にシエラ・クラインから受け取ったペパーミントの葉を一枚、口の中に放り込んだ。
「‥‥まずっ」
 まあ、それだけを食べて美味いものではないだろうが‥‥船酔いの予防になるかどうかはともかく、頭は冴えた気がする。
「‥‥歯痒いのは、オレも同じだけどさ」
 強くなりたい。せめて‥‥一人前に。
「オレはまだ、騎士様なんかじゃない‥‥」
 出がけにお守りの口付けを貰った額が、また疼いた。


「デビルの事はデビルが知ってる‥‥まぁ、間違ってはいないだろうけど」
 外海に向けて出港した船の甲板で、空木怜(ec1783)は相棒ブリジットの首筋を撫でながら呟いた。
「骨が折れる方法だよな。とっかかりが何もないよりはいいかもだけど」
「‥‥すまん。当てもないのに、同行を頼んじまって‥‥」
 その脇で相棒に乗せた装備を点検しながら、蒼汰が答える。
「いや、運勝負だけど行動しない事には当り目は引けないし」
 と、怜。
「しかし、この海域のデビルは倒しても倒しても尽きないようだね」
 リリス・シャイターン(ec3565)を乗せた愛騎アリスが甲板に舞い降りる。
 船に乗せた彼等にストレスが溜まらない様にとの蒼汰の提案に従い、偵察を兼ねて周囲を軽く飛んで来たリリスは、ギルドで読んだ過去の報告書を思い返す。
 入れ替わる様に、蒼汰が御雷丸と共に空へ舞い上がった。
「何かあるのか。あるとすれば‥‥」
 その姿を目で追ったリリスは、視線を海上へと向ける。
「例えばゲートか?」
 それなら通りかかる船を執拗に沈めるのも頷ける話ではある。
「自分の領地の入口を知られたくはないだろうからね」
「ゲート、か。この海域‥‥海上に?」
「もしそうなら‥‥落っこちないようにしないとね」
 怜の問いに、リリスは小さく笑みを返す。海中にあったりしたら‥‥さて、どうすれば良いのか。
「高位の水魔法使いでもいないとだめだろうね」
「‥‥人間同士の戦争なら」
 そろそろ小腹が空いた頃だろうと簡単な食事を配りながら、マイ・グリン(ea5380)が言った。
「‥‥戦場との行き来や物資の補給、攻め込まれた際の防衛時の事等を考えて拠点を決め、必要なら要所に砦を置く等して守りを固めますよね」
 それがデビルなら、どうだろうか。
「‥‥物資はともかく、戦場との距離や防衛時の事を考えていて、今回の船魔のようなデビルが砦に対応すると置き換えてみれないでしょうか」
「つまり、船魔が現れる辺りが要所という事であるか」
 と、メアリー・ペドリング(eb3630)。
「デビルが砦なら、本命の要塞はまた別の場所って事になるね」
 リリスが周囲に拡がる果てしない海原をぐるりと見渡す。
「陸の上なら道や土地の起伏、森や川‥‥目印になるものも多いし、砦や本拠地に出来そうな場所も限られて来る。見当も付けやすいんだけどね」
 しかし、海は広い。そして殆ど何の目印もない。ここで探し物をするのは何とも気が遠くなる話だ。
「‥‥サンワードの魔法にも反応はありませんでした」
 スクロールを手にしたベアータ・レジーネス(eb1422)が首を振った。
 ライオネルとリヴァイアサンを指定して調べた結果では、何も得られなかった。
「光の届かない場所‥‥深海にでも潜っているのでしょうか」
「‥‥深海‥‥だとすると、厄介ですね」
 面識のないマイにとって、ライオネルはただボールスの弟であり円卓の騎士の一人というだけであり、その身を案じるほどの近しい存在ではない。
 それよりも、気にかかるのは海の底よりも更に深い所に沈み込んだかに見えるボールスの事だった。
 彼が立ち直るきっかけになる情報を、何かしら掴めればと考えてはいるのだが‥‥
「海の底では、探す事もままならぬな」
 メアリーが言った。
「殺さずに‥‥浚うということは、何らかの邪悪な目的に使われる可能性が高いということでもある」
 円卓の騎士の体を使い、殺人事件などを起こせば‥‥例え操られた上での事であろうと、円卓に対する信頼は地に堕ちるだろう。
「そうなっては、人々への悪影響も出かねぬ故な」
 何でも良い。手掛かりが欲しかった。
「ボールス殿が多大なショックを受けたのは事実であるようであるし、な」
「‥‥反応がありました」
 ベアータが言った。船魔のキーワードに、答えが返って来た様だ。
「こちらに近付いて来ます。もう間もなく接触するかと‥‥」
 その声をヴェントリラキュイの魔法による送話で聞いた蒼汰は、騎上で龍晶球を発動させた。


 海上の一角にずぶ濡れの死体が集まり、漂っていた。
 まるで魚群に群れる海鳥の様だ。そして、その中心には水で出来た様な小舟に乗った小男。
「まずは、あそこ迄の道を作るのが先決であるな」
 メアリーが海上へ飛び出し、グラビティーキャノンで群がる亡霊を薙ぎ払った。
 吹き飛ぶ亡霊達‥‥だが、その穴はすぐさま他の亡霊で埋められる。吹き飛んだ者もすぐに起きあがり、再びデビルの周囲を取り囲む。
「何度起き上がって来ようと無駄な事‥‥100回起き上がって来るなら、こちらは101回打ち倒すまで」
「さて‥‥これが正真正銘、私の全力全開だ」
 フレイムエリベイションと明王の経典で自らを強化し、リリスはライトニングサンダーボルトを放つ。
「不浄の魂よ、雷に洗われ天に帰せ!」
 レミエラの効果で扇状に広がったそれは広範囲の敵を巻き込み、炸裂した。
 その直後、水面を掠めて飛ぶペガサスが亡霊達の前を風の如く駆け抜けて行く。風が吹き抜けた後には、胴を横に薙ぎ払われた亡霊達がゆらゆらと蠢いていた。駆け抜けざま、蒼汰が騎上から刀を一閃したのだ。
 しかし相手はいくらダメージを被っても苦痛を感じず、怯む事もないアンデッドだ。胴体が千切れそうな程に深手を負いながらも、彼等は何事もなかった様にそこに居続ける。
「きっちり片を付けない限りは、この壁は破れないって事か」
 まだ、自分が出るのは早い。
 怜はペガサスのブリジットに仲間や自身へのレジストデビルの付与を頼み、ホーリーフィールドで船を包み込む様に言った。
 怪我をした仲間の治療や、前衛を抜けて来た敵への対処も彼女の役目だ。
「そう、またなんだ。頑張れブリジット」
 怜は「またか」という目で自分を見た相棒の首筋をぽんと叩く。
 相棒はコキ使うもの。だって神聖魔法のレベル、自分より高いし。
「お前が居てくれるおかげで、俺は前に出て戦えるんだから‥‥な?」
 などと、おだててみたり。
 実際、ペガサスが3頭もいればクレリック失業の危機にもなりかねない‥‥と言うか‥‥ウォル、必要ないかも?
「じゃあ、頼むな」
 そう言い置いて、怜は履水珠の力を借りて海上へ飛び出す。
 それを援護する様に、背後からマイの放った矢が追い越して行った。それは一度に二体の亡霊に突き刺さり、致命傷を受けた彼等はゆっくりと形を失いつつ海へと崩れ落ちる。
 デビルへの道が、僅かに開いた。
 その隙間を縫う様に、怜はソニックブームを繰り出す。
 同時に、上空からは蒼汰が白の聖水をぶちまけた。殆どダメージを受けた様子はないが、エボリューションを使う相手の事。それを使われる前に少しでもダメージを蓄積させておきたかった。
「リヴァイアサンは何処にいる!?」
 空中から聖水を振りまきながら、蒼汰は訊ねた。
 だが‥‥予想通り、返事はない。
「まあ、そう簡単に教えてくれる筈はないか」
 蒼汰は一旦距離を取り、攻撃の機会を窺う。
 それと入れ替わる様に、ベアータを乗せたウィングドラゴンが高度を下げる。デビルの言魂に影響を受けない距離で、サイレンスの魔法を唱えようというのだ。
 しかし‥‥
「すまぬが、口を封じられては情報を引き出せぬのでな」
 メアリーが止めた。達人以上の使用では成功すれば丸一日何も話せない事になる。
 それ以下の威力なら6分で効果が切れるが‥‥
「どうやら、奴の特殊能力はある程度離れていれば効果はないらしい」
 直接攻撃を行う前衛陣はエリベイションで精神抵抗を上げてある。
「エボリューションの魔法も、これだけの手練が揃っているのだ、使われたところで対処は出来よう」
「わかりました」
 ベアータは魔法をライトニングサンダーボルトに切り替え、上空から邪魔な亡霊達を薙ぎ払う。
 その間を縫って、メアリーは船魔に近付いた。
「貴殿は、リヴァイアサンの後ろ盾があるからこそ、威張っていられるのであろう?」
 上空をひらひらと舞い、相手を小馬鹿にした調子でメアリーは続ける。
「親玉はどうなされた? 貴殿のみで行動ができるとは思えぬ。それとも、見捨てられたのであるか?」
 答えの代わりに、船魔は何かの呪文を唱え始めた。その体が黒く光り、短い腕がメアリーに向かって突き出される。
「(ディストロイ‥‥!)」
 メアリーは咄嗟に身をかわした。
 続いて唱えられた魔法は、エボリューションだった。そして、カオスフィールド。
 表面に漆黒の炎が燃える球の中に座り込んだ小男は、余裕の笑みを浮かべていた‥‥これでもう、手は出せまいとでも言う様に。
 なんとなく、馬鹿にされてる様な気がする。
 しかし、これで当分の間はデビルに手出しは出来ない。
「その間に雑魚を片付けるぞ!」
 蒼汰が叫ぶ。
 際限なく湧いて来る様に思える亡霊も、確実に倒して行けばいつかは打ち止めになる筈だ。
 冒険者達はそれぞれに出来る事を、仲間と協力して確実にこなして行く。
 やがてデビルの結界が切れる頃には、周囲の掃除もあらかた終わっていた。
「さて、ここからが本番だね」
 ペガサスのアリスと共に、リリスは上空から小男に接近し、斬りかかる。チャージングで勢いを付け、体当たりをする様に斬り付けた。
「カス当たりするくらいなら空振りの方が良いね」
 かすっただけでも、その攻撃は次から無効になってしまう。ならば大きく外れた方が有難い。そして、チャージングは当たれば威力が大きいのだ。
 その攻撃と交差する様に、蒼汰のペガサスが急降下する。一撃を与えては上空に離脱し、武器を持ち替えて再び接近。
 二人の攻撃の隙を突いて、怜がソニックブームを放ち、ローリンググラビティーでひっくり返す。
 再びカオスフィールドの魔法を唱える暇さえ与えられず、小男は動きを止めた。
 そこへ怜がコアギュレイトで追い打ちをかける。
「もう一度訊く。リヴァイアサンは何処だ?」
 蒼汰が訊ねた。
 しかし、小男は口の端を歪めて笑うのみ。
「‥‥答える気はなさそうだな」
 怜が肩を竦める。
 ならば情けをかける事もない。情報は勿論欲しいが、最終的にきちんと倒すのが最も重要な事だ。
 蒼汰が手にしたホーリーランスに念を込め、掲げる。白い光がデビルを包んだ。
『‥‥次の‥‥満月。楽しみに、するが‥‥いい‥‥』
「‥‥!?」
 光に呑まれ、消えゆくデビルの口から‥‥そんな言葉が漏れた。


「次の、満月‥‥」
 船に戻った冒険者達は、デビルの最期に放った言葉の意味を考えていた。
 満月。そしてリヴァイアサン。連想されるのは、ただひとつ‥‥
「津波‥‥」
 また、あのメルドンの様な悲劇が起きると言うのか。
 今度は‥‥何処に?
 いや、何処が狙われたとしても‥‥阻止しなければ。絶対に。
「この海域の調査もしたいけど」
 この情報を持ち帰るのが先か、と怜。
「そうですね。早く戻って対策を立てなければ‥‥あの悲劇を繰り返さない為にも」
 ベアータが言った。
「ウォル‥‥それで良いか?」
 蒼汰が訊ねる。ライオネルの手掛かりが掴めないまま、帰途に就く事になるが‥‥
「そんな事‥‥言ってる場合じゃないだろ」
 それに今は‥‥悔しく、歯痒かった。何の役にも立てなかった事が。
 しかし、役に立てないなら‥‥せめて我侭で足を引っ張る事だけはしたくなかった。
「早く戻って、皆に報せなきゃ」
「‥‥そうだな」
 それに、リヴァイアサンが動くなら‥‥ライオネルも姿を現すかもしれない。
 その時こそ‥‥
「その時には、ボールス殿にも動いて貰わねばな」
 メアリーが言った。
「七神殿、ボールス殿に伝えてはくれぬか。次は貴殿が行動する番であるゆえ、立ち直っていただきたい‥‥と」
「わかった、伝えるよ」
 伝えても‥‥動けるかどうかはわからないが。
 蒼汰はエルへの土産にとベアータから貰った、どらごんのぬいぐるみをじっと見つめ‥‥話しかけた。
「エルの父さまは疫病神なんかじゃないって‥‥俺達が教えてやる。‥‥な?」

 次の満月まで、あと僅か。
 それまでに体制を整え、今度こそ‥‥リヴァイアサンを倒し、失ったものを取り戻す。

 もう、失敗は許されなかった。