ジューンブライド? それがどうした!
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:06月09日〜06月12日
リプレイ公開日:2009年06月19日
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●オープニング
●ケース1 31歳 男性
「畜生、ふざけやがってあの女ぁ!」
――どがしゃーん!
男は酒場の卓を盛大にひっくり返した。
『やだ、本気にしてたの? バッカみたい、あははは!』
それが、男のプロポーズに対する返事だった。
『ちょ〜っと優しくしてあげた位でそんなに舞い上がっちゃうなんて、あんたどれだけ女に飢えてるのって話よね〜』
残されたのは、人を馬鹿にした様な高笑いと真っ赤な薔薇の花束。
‥‥確かに、飢えてはいる。この歳まで浮いた話のひとつもなかったのだから。
だからこそ、舞い上がってしまったのだ‥‥これぞ運命の女性だと。
それなのに、嗚呼それなのに、それなのに。
「‥‥騙された‥‥っ!」
「はいはい、それはわかったから」
拳を震わせる男の背に、女将の冷たい視線が突き刺さる。
「それ、綺麗に片付けてね。それと、壊れた物は弁償よろしく」
「は、はい、すみませんっ!」
この男、実は意外に生真面目だったりする。
だがしかし、女に言われるままにあれこれと貢ぎすぎた為、彼の懐には空っ風が吹き荒んでいた。
そして貢ぎ物の宝石やアクセサリーで身を飾り、彼女は今月結婚する。
男の知らない、誰かと。
●ケース2 25歳 女性
「そうよ、またよ‥‥また妹の方が先に片付いたのよ、何か文句ある!?」
――どんっ!
女は空になった盃をテーブルに打ち付けた。
彼女は所謂「売れ残り」‥‥まあ、年増と呼ばれる程の年齢ではないのだが。
5人姉妹の長女である彼女は、これまでずっと妹達が嫁いで行く姿を見送って来た。
そして今度は、末の妹が結婚するのだ。
「まだ、15歳なのに‥‥」
妹達と比べて、自分が何か劣っているとは思えない。
容姿も似たり寄ったり、とりたてて長所と呼べる所もなければ、欠点もない。
ごく普通の娘達が、5人。
「なのに、どうして私だけ‥‥」
孫の顔を見る時の、両親の嬉しそうな顔。
妹達が実家に遊びに来る時、自分はただの家政婦でしかない‥‥
「理不尽よ。世の中間違ってる!」
自分だって幸せになる権利はある筈だ。
いや、自分こそ幸せにならなければならないのだ。
女は再び酒をあおる。
これで何杯目か‥‥もう覚えてはいなかった。
●ケース3 47歳 男性
「女房の奴が、出て行きやがったんだよ‥‥」
――ごとり。
男は静かに盃を置いた。
「子供二人、連れてな」
三十路をとうに過ぎてから、娘の様な年齢の女性を妻に迎えた。
連れ添って10年になる。
今まで特に問題はなかった筈だ。いや、喧嘩ひとつした事がなかった。
それが今朝、突然‥‥
「実家へ帰らせて頂きます、と来たもんだ」
最初は何を言われたのか全く理解出来なかった。
昨日までは夫婦円満家内安全商売繁盛、三拍子揃った理想的な家庭だったのに。
「原因? 思い当たるフシ? ねえよ、そんなもん‥‥」
こんなつまらない男だとは思わなかった‥‥妻は去り際、そう言い残した。
「そりゃ、確かに俺は仕事しか能がねえ男さ」
だが、それは最初からわかっていた筈だ。
なのに、何を今更‥‥
「わからねえ‥‥さっっっぱり、わからねえ‥‥」
男は盃に満たした酒に映り、ゆらゆらと揺れる自分の顔を見つめる。
「俺がつまらねえ男だってんなら‥‥ひとつ、面白い事でもしてやるか‥‥」
●そして‥‥
「その3人が、意気投合しちゃったんですよ」
冒険者ギルドのカウンターで、若い男が溜息をついた。
「最初は同類相哀れむと言うか、お互いに傷を舐めあうと言うか‥‥まあ、酔っぱらいが集まると、よくあるじゃないですか、そういうの」
愚痴を言ったりぼやいたり、わめいたり、怒鳴り散らしたり‥‥
「‥‥で、気が付いたら‥‥何やら相談が纏まってたんですよ。教会を襲撃するって」
何故そんな事になったのか、その場にいた彼にもよくわからない。
「本気で犯罪に手を染める気じゃ、ないと思うんですけど‥‥」
多分、その場のノリとか勢いとか‥‥そういった類の力が働いたのだろう。
「でも、本気じゃなくても‥‥拙いですよね」
気持ちはわかるけど。
「多分、ほんのちょっと悪戯とか、嫌がらせとか、そんな程度だと思うんですけど、でも‥‥拙いですよね」
気持ちはわかるけど。
「幸せそうなカップルに生卵でも投げ付けてやりたくなる気持ちはわかるけど、でも‥‥拙いですよね」
気持ちはわかるけど。
「教会を襲撃して結婚式をぶち壊そうなんて‥‥」
気持ちは‥‥わかる、けど。
わかるけど‥‥
‥‥うん、わかる。
「ジューンブライドなんて、クソ食らえ‥‥だ」
若い男は、ぼそりと呟く。
どうやらこの男も、恋愛関係で何かがあったらしい。
「やっぱり、僕もやる!」
そう叫ぶと、若い男はくるりを踵を返して走り出した。
「あ、ちょっと‥‥!」
受付係の制止には全く耳を貸さず、仲間の計画を阻止する筈だった男はそのまま通りへ飛び出して行った。
「‥‥まさか‥‥今日、これから実行しようというのでは‥‥?」
受付係は周囲の冒険者達に呼び掛けた。
「誰か‥‥あの男を止めて下さい!」
ついでに、他の仲間達も。
報酬は捕まえた本人達に払わせるとしよう‥‥
●リプレイ本文
「止めて下さいっ!」
ギルドの奥から受付係の叫びが聞こえた。
「と、止めるって‥‥ええと、どうしよう!?」
たった今、目の前を走り抜けて行った男の背をバジル・レジスター(ec6406)は目で追う。
受付係との会話は何となく聞いていたが‥‥
「‥‥待って! 僕も卵投げるっ!」
とりあえず、そういう事にしておけば仲間だと思って立ち止まってくれるだろうか。
しかし‥‥
「ああ、ダメダメ。子供は真似しちゃいけないよ。さあ、お家へ帰り?」
立ち止まった男はバジルの姿を見て、その頭を撫でた。
「僕、子供じゃないよ!」
15歳は立派な大人‥‥だと思う。多分。
それに話を聞いた限り、彼等がやろうとしている事はどう考えても「子供の悪戯」だ。
「ああ、ごめんなさい」
相手がパラだと知り、男は態度を変えた。
「じゃあ、君も何か心に響くものがあったんですね、同志!」
「ど、同志‥‥?」
確かにバジルにも恋人はいないし、気持ちは分からないでもないけれど。
「じゃあ、行こうか!」
――がしっ!
男はバジルの腕をしっかりと掴み、走り出した。
「最初の標的はあの教会だ!」
「え? ええっ!?」
引きずられる様に走るバジルの目に、教会の白い建物が飛び込んで来た。
前の広場には、式を終えて教会から出て来る新郎新婦を待ち構える群衆と‥‥背中に何やらどす黒いオーラを背負った数人の男女。
「やっぱり戻って来たな」
そう言ってニヤリと笑ったのは、悪い女に引っかかり尻の毛まで根こそぎ引っこ抜かれたフラレ男だ。
「ここだけは、絶対に外せないからな‥‥坊主、お前も遠慮する事はないぞ。顔面に向けて思いっきり投げつけてやれ!」
男はそう言って、バジルの手に卵を押し付けた。
どうやらここは、彼を振った女が結婚式を挙げている、まさにその会場らしい。
(「ぼ‥‥僕、共犯者!?」)
巻き込まれたバジルがオロオロしていた、その時‥‥
「分かります。よぉぉぉく分かりますよ」
ギルドの店内で、緋村櫻(ec4935)は深〜い溜息と共に何度も頷く。
「けれど見ず知らずの他人の幸せを妬んではいけないのです。気持ちは分かりますがそれが道理というものらしいのです」
らしい、と言っているあたりに本音がちらりと見えた気もするが。
そして目の前でイチャつくジルベールとラヴィに向けた視線が、ものすごーく冷たい気もするが。
「‥‥あの人達には、卵くらい投げたっていいと思います」
今ここに卵を用意して来なかった事が悔やまれる。
「とにかく‥‥私達も追いかけてみましょ」
リュシエンナ・シュスト(ec5115)が言った。
追跡はギルドの外にいた兄、ラルフェンに任せてある。先程のバジルとのやりとりも、テレパシーリングを使って把握していた。
「今すぐ決行するつもりみたいだから急がないと」
「なんや、酒場で聞き込みしてから思うたんやけど‥‥そない暇あらへんか」
ならば仲間のふりをして情報を聞き出すのもアリかと、ヨーコ・オールビー(ec4989)。
「で、連中どこに向かっとるんや?」
「この近くの教会みたい。この子が案内してくれるわ」
リュシエンナの足元で一頭の犬が尻尾を振っている。追跡を頼んだ兄の飼い犬だ。
主人の臭いを追って走り出した犬の後に続き、冒険者達は華やいだ雰囲気に包まれた町の中へ飛び出して行った。
そして、教会前。
「ちょおぉっと待ったあぁ! 話は聞いたでぇ!」
生卵を手に新郎新婦(主に花嫁)の出現を今か今かと待ち構える一団の前に、ヨーコが立ちはだかった。
「何だお前!? 俺達を止めに来たのか!?」
ひとりの男が、手にした卵を投げつけようと身構える。
「‥‥ちゃう! ちゃうて! ちょい待ちぃな、せっかちやな‥‥」
ヨーコはぶんぶんと首を振り、ついでに手を振って卵を制した。
「そこの兄さんの話、小耳に挟んだんや。なんや面白そうやん? みんなでやれば怖くない、うちらも是非混ぜたって♪」
「私も‥‥ううん、私の事じゃないんだけど」
ヨーコの後ろからリュシエンナが顔を出す。
「兄様の縁談が相手の身勝手でご破算になっちゃったの。‥‥お陰で兄様は食事も喉を通らずに見る影もなく痩せ細り、今では自分で動く事も出来ない体に‥‥!」
そこにいますけどね、兄様。しかもピンピンしてますが。
しかし今のリュシエンナは傷付き凹む兄の代わりに復讐に燃える妹。
話に説得力と信憑性を持たせる為には多少の嘘も必要なのだ。
「同志よ! 亡き兄上の分まで心置きなく思う存分力一杯に投げてくれ!」
どさり。
卵を籠ごと渡されてしまった。
「いえ、あの、亡くなった訳では‥‥」
しかし、それがどんな方向であれ盛り上がっちゃった人というのは、とかく勘違いと思い込みが激しく、そして人の話をきちんと聞かないものだ。
「もうすぐ、悪魔の様な女が洗われる。遠慮は要らない、白いドレスを黄色に染め上げてやるのだっ!」
相手の男はどこからともなく、生卵を満載した籠をもうひとつ取り出した。
「心配しなくて良い、卵は沢山あるからなっ!」
共犯者、二名追加?
「あの、それで‥‥計画はどうなってるのかしら?」
「せや、どの順番でどの教会を襲うんか、うちらにも教えて欲しいわ」
リュシエンナとヨーコが訊ねる。しかし答えは‥‥
「そんなものはないっ!」
だった。
どうやら最初の標的以外に特に決まった順番はない様だ。
要するに行き当たりばったり、出たとこ勝負。
「‥‥やっぱり、最初に狙われるのはあの女の所、か」
少し離れた場所から仲間と共に様子を伺っていた伏見鎮葉(ec5421)が、苦笑いを漏らす。
聞いた限りでは、特定の「結婚式カップル」に恨み抱いてるのはあの男だけの様だった。
ならば、意気投合し相哀れんだ仲間達が最初にそこを狙うのは自然な流れだろう。
「‥‥ま、最初の1発2発は防げなくても仕方ない、よね」
清々しくも爽やかな笑顔が満面に広がる。
「でも、間に合ってしまったからには阻止しないと‥‥いけない様な気がしますね」
櫻が残念そうに言った。
「卵はきゃっち出来ればいいのですけれど‥‥花嫁衣装が汚れては可哀想でしょうから」
などとは、これっぽっちも思っていないのだが‥‥そこはそれ、建前という奴だ。
だが本音はどうあれ、一応「襲撃を阻止する」という名目で依頼を受けた以上は、仕事はきっちりこなす。
まあ、多少の「あくしでんと」は不可抗力としても。
「そうだな、思い出は綺麗な方が良い」
そんな櫻の本音を知ってか知らずか、ゲエン・グライスティッグ(ec6335)が言った。
「結婚式は一生の中でも特に大切な思い出に成り得る。それが一時の気の迷いで台無しになったら、台無しにした側、された側双方が嫌な思いをすることに成るだろう」
‥‥いや、若いのに人間出来てるねえ。
「しかし、どうするかのぅ‥‥傷口を広げるのも酷じゃし、穏便に収拾したいのじゃが」
ニノン・サジュマン(ec5845)が首を捻る。
「犯人同士で『合同こんぱ』でもやらせてみればどうじゃろうな」
ニノンは自分の思い付きが気に入った様子で、うんうんと頷く。
「グループ内で新しい恋が芽生えれば言うことなしじゃ。幸せな者は他人を妬んだりせぬからのぅ」
‥‥その時、固く閉ざされていた教会の扉が開いた。
「待ってたぜ‥‥!」
フラレ男が卵を掴んだ手を振り上げる。
「あー‥‥まあ、待ちなって」
その腕を鎮葉が背後から掴んだ。
「話は聞かせて貰ったよ。でもまあ‥‥」
鎮葉は教会前の広場にいる者全員に聞こえる様な大声で言った。
「いくら騙されて散々貢がされた挙句に罵倒されたからって、そんな女を貰ってやろうなんていう奇特で懐の大きい男まで纏めて不幸にする事は無‥‥」
「だ‥‥騙された‥‥っ!!」
「‥‥え?」
女の声が割って入った。
扉の奥から声の主が現れる‥‥よろよろと、疲れ切った様子で。
「騙されたのよ‥‥! あいつ、私の宝石と全財産を持って‥‥っ!」
女は金切り声を上げ、その場に座り込んだ。
式を挙げる直前に、花婿に逃げられたのだ。最低女には、やはり最低男が似合うらしい。
「は‥‥ははは‥‥はーっはっはっは! ざーまーあーみーろーーーっ!!」
フラレ男は、それだけで溜飲が下がった様だ。
その時、ここではないどこかで教会の鐘が鳴った。
「よし、次に行くぞ!」
声と共に次の目標に向かって走り出す襲撃者達。
「だから、待ちなって!」
「止めてくれるなお嬢さん! 我々は行かねばならんのだ!」
「いや、私もお嬢さんって歳じゃないけどさ」
どっちかってーと焦らなきゃいけない歳ではある、と鎮葉。
しかし、だからといって僻みは良くない。
「ほら、あの女には天罰が下ったみたいだし、もう良いじゃないか」
「俺は良くても、他の奴等の気が済まない!」
「‥‥待つのじゃ、そこな若人」
鎮葉の腕を振り切って行こうとする男の前に、静かに立ち塞がったのはニノンだ。
「辛さを堪えて人の幸せを願ってやれる者を、神は決して見捨てはせん。しかしそれを妬む者に、神が微笑む事はないじゃろう」
ニノンは男の手から卵をそっと取り上げると、それを目の前に差し出した。
「この卵はおぬし自身じゃ。この機会に生まれ変わったつもりで新しい人生を生きればよい」
どうじゃ、とニノンはにっこりと微笑む。
「という事でじゃな‥‥我らは合コンの参加者を探しておるのじゃが。境遇の似た者同士、卵投げ以外の話題で語り合ってみてはどうじゃ?」
「‥‥は?」
なんか、話がいきなり明後日の方向にぶっ飛んだ様な気がするが、気にしない。
その提案に、真っ先に賛同したのはヨーコだった。
「おー、そりゃええな、卵投げるよりもええ計画やと思わへん?」
「ごーこん‥‥?」
それは一体何だろう、とリュシエンナが首を傾げる。
「合コンっちゅうーのは‥‥まあ、パーティみたいなもんや」
「ああ! それなら私、卵でお料理作りますね! 食べ物を粗末にしちゃダメですよ?」
リュシエンナは男が手にしていたもうひとつの籠も強引にむしり取った。
「これだけあれば、卵料理がいっぱい出来るわ。私、香草風味きかせたふんわりチーズオムレツが得意なんですよ。それにキッシュやスープ、スイーツ‥‥」
――ぐぎゅう。
誰かのお腹が鳴った。
何人かが、卵は投げる物ではなく食べる物だと気が付いたらしい。
だが、それでもまだ諦めない者がいた。
「何よ、料理なら私だって得意だわ! 妹達より、ずっと! なのに‥‥っ」
叫んだのは、あの売れ残り‥‥いや、何と言うか、その‥‥彼女。
彼女はまだ、諦めきれないらしい。
その目の前に、バジルからこっそり禁断の指輪を借りて男性の姿になった櫻が進み出た。
「余りおいたが過ぎる様なら‥‥お仕置きをしなくてはいけませんね」
腰の刀に手をかけ、凄みを効かせたつもり‥‥なのだが。
「や‥‥やだ‥‥あ、あはは‥‥」
彼女はぷるぷると肩を震わせ始めた。
「‥‥こ、この子‥‥か‥‥カワイイーーーっ!!」
「なっ‥‥!?」
櫻ちゃん、確かに女にしておくのは勿体ない様なイケメンさんなのだが‥‥いかんせん少しばかり身長が足りない為に「少年」にしか見えなかった。
「ねえ、坊やいくつ? 背伸びがしたいお年頃っていうのかしら。良いわねー」
彼女は笑い転げていた‥‥何がそんなに可笑しいのか、腹を抱え目に涙を浮かべながら。
「あー‥‥なんかもう、ヤサグレてんのがバカらしくなってきちゃった。良いわ、可愛い坊やに免じて‥‥付き合ってあげる」
彼女はしゃがみ込み、櫻の足元に座る黒旋風の頭を遠慮なく撫で回した。
こちらもただの犬だと思われているらしい‥‥本当は狼なのだが。
ともあれ、これで二人目が陥落した。
そして三人目は‥‥
「止めるな! 俺は何かでかい事をしでかして、逃げた女房を見返してやるんだ!」
――どかーん!
走り出そうとした男のデコに、ゲエンのドロップキックが炸裂した。
「んぎゃっ!!」
‥‥まあ、大して痛くはない筈だが‥‥体力1のシフールだし。
しかし、歩みを止める効果はあった様だ。
「他人の幸福を妬んで悪戯を仕掛ける事の、どこが『でかい事』なんだ」
「‥‥うぅ‥‥」
「まだ相手を愛しているなら、要らん事してないで花束でも持って迎えに行け」
厳しいなぁ、正論だけど。そして正論だけに、相手はグウの音も出ない。
「それとも‥‥むしろ良い機会だ。もう一回結婚式でもしてみたらどうだ」
「そ、それは‥‥」
しかし、出て行ったのは妻の方だ。自分が折れる事には‥‥どうも抵抗がある。
「‥‥あのさ」
バジルがそっと口を挟んだ。
「そこで立ち止まってちゃいけないと思うんだ。辛くても無理にでも胸張って前に進んでく、やらなきゃいけないこと、今有ることに精一杯ぶつかって行く事が大事なんじゃない?」
その先で友人や恋人、大切な人が見付かるのではないだろうか。
「そうね。誰かを見返したいなら自分を磨かなくっちゃ。‥‥誰かに戻って欲しい時も‥‥きっと」
リュシエンナが言った。
好きな人の心や一緒に過ごす時間を大切に出来なければ、結婚や贈り物の様な形など意味がない。
「もしかしたら、それを大事にしてなかった‥‥していたつもりでも、奥さんに伝わってなかったんじゃないかしら?」
「‥‥」
暫く考えた後、男は静かに背を向け去って行った。
何処へ行ったのかは‥‥まあ、訊くだけ野暮というものだろう。
「はいはい、あんたらもいい加減諦めなさいって」
聞き分けのない残りの連中を、鎮葉がにっこり笑って羽交い締め。
「じゃ、話し合いでケリつけよか?」
言葉と態度が食い違ってますが、姐さん。
「ま、実際問題、他人の足引っ張るよりも自分の足を前に出す努力の方が建設的ってね。私も人の事はいえないんだけども」
そして意志の弱そうな者にはニノンが色仕掛け。
「そなた‥‥最近悲しいことがあったのじゃな。しかしその憂いがステキじゃ‥‥」
しかし結婚や男女の恋愛に興味はないと公言する彼女に口説かれるのも、また新たな傷を生む要因になりそうな気がするのだが‥‥ま、良いか。
酒場の厨房から、卵料理の良い香りが漂って来る。
「べっ、別にお主らに食べさせてやりたいと思うて作ってるのではないぞ。た、卵が勿体ないからじゃ!」
「素直じゃないね、ニノンさん」
出来た料理を運びながら、バジルがくすくすと笑う。
リュシエンナやゲエンと共に一般の参加者も募った為に、酒場は人で埋め尽くされていた。
「みんな、卵投げる言うてた時より、ずっと前向きでエエ顔しとるで♪ 自信もち!」
ヨーコが竪琴の演奏で花を添える。
前に進むのに一人では無理なら、せめてパートナーを見つける手伝いをしてあげたい。
そんな冒険者達の想いはきっと、いくつかの実を結ぶ事だろう。
酒場に満ちた笑い声が、それを約束している様に思えた。