【海魔の咆哮】その身に刻む罪
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月13日〜06月18日
リプレイ公開日:2009年06月23日
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●オープニング
彼が生まれた時、母は悲しみに暮れ、父は怒りに身を震わせたと言う。
両親ともに黄金の髪に蒼い瞳。
その間に生まれた子が、黒い髪に茶色の瞳を持っていたら‥‥不義を疑われても当然だろう。
彼は生まれたその日のうちに乳母の手に預けられ、二度と母の手に抱かれる事はなかった。
実際は一族の中でただひとり漆黒の髪を持った、早世した祖父の血を濃く受け継いだだけの事だったのだが‥‥
そして二年後。
両親の間に新たな命が生まれた。
金髪に、蒼い瞳‥‥父親に似た、元気な男の子だった。
「(私は、生まれて来るべきではなかったのかもしれない‥‥)」
久しぶりに戻った猫屋敷。
膝に乗った猫を静かに撫でながら、、ボールス・ド・ガニスは過ぎ去った日々を思い返していた。
二度と戻る事のない、戻りたいとも思わない、幼い頃の思い出。
彼にとっては厳しいだけの存在だった父と、時折遠くから姿を見る事しか許されなかった母。
そして‥‥二人の愛情を一身に受けて幸福な幼年時代を送っていた弟。
彼は、王子ではあっても‥‥彼等の「家族」ではなかった。
将来、王となる為の教育を詰め込まれ、用意された道をただ従順に歩くだけの道具。
その役割を彼は黙って受け入れ、望まれるままに、望まれた以上の結果を出して来た。
しかし、それでも‥‥
彼の努力は報われなかった。
表向きには、彼は嫡男として認められ、不義の子であるという疑いは晴れたものの‥‥
王宮の内部には、弟ライオネルを後継者として推す声が強かった。
ボールス派と、ライオネル派。家臣達は真っ二つに別れ、結束が乱れた。
‥‥そこを、敵対勢力に付け込まれたのだ。
城に火が放たれ、父は彼の目の前で命を落とした。
母も時を同じくして亡くなったと、後で聞かされた。
そして、自分達兄弟を逃がす為に何人の家臣が犠牲になったのか‥‥それは今もわからない。
「(私が、生まれて来なければ‥‥)」
せめて、この髪が弟の様な黄金色をしていたなら。
家臣達の間に争いの種を蒔く事もなかっただろう。
あの国は、今も平和に‥‥少なくとも、多くの犠牲を出さずに済んだ事だけは確かだ。
それに、弟も‥‥
あのまま、幸福な暮らしを続けていられただろうに。
兄弟仲は、悪くなかった。
いや‥‥良かったと言って良いだろう。
弟は兄を慕い、兄も必死で弟を守ろうとした。
しかし‥‥
「(‥‥レオン)」
ボールスは机の上に置かれた一通の手紙に目を落とした。
差出人は、パーシ・ヴァル。
そこには行方不明となっている弟、ライオネルの消息が書かれていた。
「(また、守れなかった‥‥)」
子供の頃、弟の手を引いて森の中を彷徨っていた時‥‥羽根をもがれたシフールの少女を助けた事があった。
少女を襲っていたのは群れからはぐれたのだろうか、狼が一頭。
たったそれだけでも、当時の彼等にとっては強敵だった。
ボールスは少し離れた場所で隠れて待っているようにと言い聞かせ、弟の手を離した。
だが、暫く後‥‥何とか敵を退けて戻った時。
そこにはただ、いくつかの足跡――大人と、子供のもの――が、残されているだけだった。
数年後、彼等は無事に再会を果たした。
しかし、弟はその時の事を何も話そうとはしない。
今でも‥‥その話になると彼は決まって目を逸らし、無理にでも話題を変えようとする。
「(きっと‥‥恨んでいるのだろうな。実の弟よりも、見知らぬ相手を助けた私を)」
今にして思えば、弟を連れ去ったのは人の売買を生業とする様な連中だったのだろう。
あの頃の弟は、本当に‥‥天使の様に可愛いかったから。
恐らく、秘かに後をつけ、弟がひとりになる機会を窺っていたのだ。
助けを求める声は、ボールスの耳には届かなかった。
兄に見捨てられたと、彼はそう感じた事だろう。
‥‥そして今も、あの時と同じ様に‥‥
今、彼はデビル達の先頭に立っているという。
恐らく魂を抜かれ、操られているのだろう。
或いは憑依されているのか、それとも他のデビルの変身か。
デビルの変身だとしたら‥‥レオンはまだ、切り札として何処かに拘束されている可能性もある。
だが、パーシの手紙にある様に、相手がこちらを舐めてかかっているなら‥‥
「(レオンは、本物だ)」
憑依にしても、魂を抜かれているにしても。
「(魂を抜かれているなら、リヴァイアサンを倒し、それを取り戻せば‥‥元に戻る筈だ)」
しかし今の自分にあのデビルと対峙し、勝てる力があるとは思えない。
あったとしても‥‥自分が動けば、きっとまた何か悪い事が起きる。
あのデビル以上のものを、悪夢と呼ぶ事さえ生温い様な何かを、呼び覚ましてしまうかもしれない。
だが、円卓の騎士である以上は、この危機に際して全く動かないという訳にも行かなかった。
そして‥‥守りたいものや、守るべきものも‥‥変わらずにある。
ならば、出来る事はただひとつ。
「(仲間達が彼の魂を取り戻すまで、その攻撃をこの身に受け続ける事‥‥)」
いっそ彼の手にかかり、殺されても良い。
自分がその人生を狂わせた最初の犠牲者、それが彼‥‥ライオネル・ド・ガニスなのだから。
消えてしまえば、もう誰にも‥‥迷惑をかける事もない。
自らの幸福を求める事など、この疫病神に許される筈もないのだ。
ボールスは首にかけていた十字架を外した。
そして、腰に帯びたホーリーシンボルの付いた短剣も外す。
長剣は、元より帯びていなかった。
ただ、ひとつだけ‥‥息子に貰ったお守りを、懐に忍ばせる。
攻撃をするつもりはない。
そして、自らの傷を治療するつもりも。
ただ、黙って彼の刃を受け続ける‥‥それが、せめてもの償い。
弱く、臆病で、不甲斐ない自分には、そんな罰が相応しい。
ボールスは膝の猫を下ろすと静かに立ち上がり、椅子の背に掛けてあったマントを羽織る。
それは彼の髪と同じ、全ての光を呑み込む様な闇の色をしていた。
●リプレイ本文
夜が明ける。
これが、最後の一日。
この海で待ち受ける悪魔よりも、遥かにタチの悪い存在。
関わった者を、不幸にする事しか出来ない疫病神。
それが、今日限りで消える‥‥筈だった。
消えてしまっても構わないと、そう思っていた。
だが世の中は何事につけ、望んだ通りには動かないもの。
彼、ボールス・ド・ガニスの周囲には12の目が光っていた。
「‥‥ボールス卿」
甲板に姿を表した彼の姿を、七神蒼汰(ea7244)は上から下までじっくりと眺め‥‥そして溜息をついた。
「軽装は何時もの事だけど、武器も持ってないなんて‥‥死ぬ気ですか!?」
「‥‥さあ」
仮面の様に貼付けた笑顔の下から、他人事の様な返事が返る。
「そりゃ、弟を攻撃したくないのは判るけど‥‥でも!」
この人の事だ、実の弟に対しても何か負い目を感じているのかもしれないが‥‥
「アンタ逆に弟に兄殺しをさせたいんですか!? 自分が死ねばもう誰にも迷惑掛けないとでも思ってるんだろうけど、そんなのただの自己満足だ! 残される者の事も考えろよっ!!」
一気にまくしたて、蒼汰は荒い息を吐きながら相手の顔を見る。
だが、ボールスの表情には何の変化も現れてはいなかった。
「俺の話‥‥ちゃんと聞いてたのか!?」
「ええ、聞いていましたよ」
敬語が吹っ飛び、掴みかからんばかりの勢いで迫る蒼汰の剣幕にも、動じた様子はない。
「でも‥‥どうせすぐに、忘れられます」
「忘れるわけないだろっ!?」
しかし、それが現実だ。忘れたくないと思っていても、その存在は日々、記憶から薄れて行く。
そして忘れたい記憶ばかりが澱の様に溜まり、心の奥底にこびり付く‥‥
「‥‥なあ、ボールス卿」
静かに口を挟んだのはリ・ル(ea3888)だ。
「ライオネル卿って、悪魔に乗っ取られた状態であんたを殺して、悪魔から解放されたあとでそれを喜ぶような人間なのかい?」
ボールスのやり方を見ていると、相当ロクでもない人間に思える。
「俺が会った限りじゃとてもそんな下劣な人間には思えなかったけれど、一番近いあんたがそう考えるならそうなんだろうな」
「‥‥わかりません」
「わからない? あんたが? 実の弟なんだろ?」
「それでも‥‥」
ボールスは静かに首を振った。
誰よりも深く理解しているつもりが結局はただの思い込みだったり、自分の理想を押し付けているだけだったり‥‥そんな事はよくある話だ。
「じゃあ、あんたが悪魔に乗っ取られた弟に殺されて喜ぶような奴は、あんたが大切だと思う奴の中にあと何人いるんだい?」
「さあ‥‥案外、多いかもしれませんね」
‥‥重症だ。
今の彼には人に対する信頼感が欠如していた。
それは恐らく、自分自身への信頼が失われている事が大きな原因なのだろうが‥‥
「自分を信じる事が出来ない者に、他人を信じる事など出来ない‥‥か」
「確か、卿とは以前にお話ししましたよね」
シエラ・クライン(ea0071)が言った。
失いたくないと望んだ全てを守る。その願いは誰しも同じだろうと、話した事があった。
「確かに些か厄介な状況にはなっていますけど‥‥、私はまだ諦めていませんし、この機会に足掻けるだけ足掻いてみようかと」
「‥‥そうですか。でも私は‥‥もう、疲れました」
伸ばした手は誰にも届かず、掴んだと思ったものは指先からすり抜け‥‥
今はもう、立っているのがやっとだった。
「‥‥わかりましたよ」
蒼汰が特大の溜息を漏らす。
「ボールス卿がそれで満足するんなら、攻撃を甘んじて受けるトコまでは百歩譲って見逃します。でも、これは身に付けていて下さい」
力なく下ろされた腕を取り、その手に呪符を押し付けた。
万一の時には持ち主の代わりに塵となって消えるその呪符さえ身に付けていれば、最悪の事態は免れる筈だ。
「良いですね。絶対‥‥持ってて下さいよ!?」
しっかりと念を押す。念を押してさえ尚、不安は残るが‥‥
押し問答をしている時間は、もうない。
ゴーストシップは目の前に迫っていた。
「飛刃、散華!」
幽霊船に横付けされた船の甲板から、メグレズ・ファウンテン(eb5451)が渾身の一撃を飛ばす。
空を裂く刃の一閃に、群がる雑魚デビルはなす術もなく霧散していった。
「ライオネル卿の元まで道を拓きます」
メグレズは真っ先に敵船へと飛び移る。
彼女の鉄壁の装甲は、ちょっとやそっとの攻撃では‥‥いや、ちょっとやそっとでなくてもビクともしなかった。
その後ろに、フレイムエリベイションにウォーターウォーク、レジストデビル、持てる限りの魔法で強化した仲間達が続く。
敵陣の真ん中、メグレズが周囲の敵を吹っ飛ばした空間で、アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)がホーリーフィールドの魔法を唱えた。
両手に杖を持ち、そればかりか背中にも杖を背負った格好のシエラがその中心でソロモンの護符を燃やし、結界を張る。
「師匠には後先考えて行動しろ、失敗した時に後がない事はやるなと散々叩き込まれましたけど‥‥それでも身体は勝手に動きますし、保険が役に立つと良いのですけど」
保険とは背中に負った杖の事だ。レジストマジックの魔法を封じたそれは、いざという時の切り札。最悪の場合でも、身体を張って割り込む覚悟だった。
「妙刃、破軍!」
メグレズがソードボンバーで吹き飛ばした雑魚デビルの背後に、彼がいた。
「‥‥レオン」
がっしりとした体つきに、海の男らしく日焼けした肌。金色に波打つ頭髪の影から覗く青い目。
目の前に立つ兄とは似ても似つかない。
だが彼等は正真正銘、血を分けた兄弟だった。
「ライオネル卿‥‥オーラセンサーには引っかからなかったな」
ペガサスで上空を飛びながら、蒼汰が呟く。
センサーの「良く知る人物」という条件に当てはまらなかったのかもしれない。
或いは、デビルの変身か‥‥?
「‥‥真実の姿は、この鏡に」
アデリーナ・ホワイト(ea5635)がミラーオブトルースの魔法を唱える。
そこに映った姿は肉眼で見えるものと同じだった。
「ボールス様、先程のお話の通り‥‥ライオネル様をアイスコフィンで固めさせて頂きます。色々思いはありましょうが、ご了承下さい」
返事はない。ボールスはただ黙って、そこに佇んでいた。
「‥‥あ、にじゃ‥‥」
レオンが、口を開いた。
抜き身の剣を下げた腕がゆっくりと動く。
「お‥‥れを‥‥ころ‥‥せ‥‥」
瞬間、レオンの体が弾かれた様に飛び出した。
刀身が翻り、赤い筋を描く。
大味な攻撃。普段のボールスなら苦もなく避けるだろう。
しかし今の彼は、身動きひとつしない。
「あに‥‥じゃ‥‥っ!」
「レオン‥‥遠慮は‥‥いらない‥‥」
「う‥‥ぐ‥‥っ」
「‥‥こんな時でもなければ‥‥お前は‥‥本音を‥‥」
「う‥‥がああああっ!」
叫びと共に、渾身の力を込めて剣が振り下ろされる。
だが、それは足元の床を粉々に打ち砕いただけだった。
「‥‥レオン‥‥?」
わざと、外したのだろうか。
「‥‥失礼します」
二人の間に、メグレズが割って入る。
レオンに向けてクリエイトハンドの魔法を放った。
何かが、その体から弾き出される。
「なるほど、憑依されてたって訳か」
待ち構えていたリルが、一撃を見舞う。
メグレズの追撃で、それはあっけなく消え失せた。
だが‥‥
『‥‥無粋な連中ね』
がっくりと膝を付いたレオンの背後から、女の声がした。
『折角の兄弟対決に水を差すなんて‥‥興醒めだわ』
現れたのは、人魚の様な姿をしたデビル、ヴェパール。
それは魚の様な下半身でレオンの体を抱え込み、喉元に爪を突き立てていた。
『この子、結局ハズレだったみたいだし、あんた達に殺させるのも面白いかと思ったんだけど‥‥ああ、動かないでね? 動いたらこの爪‥‥刺さっちゃうわよ?』
それは、喉を鳴らして楽しそうに笑う。
ヴェパールの爪には毒がある。そして恐らく‥‥その一撃でレオンの命は尽きるだろう。
彼はデスハートンによって、その生命力の殆どを奪われていた。
『もうすぐ、あんた達の故郷は消える‥‥でも、海の上なら安全よ。一緒に見物しましょうよ‥‥ね?』
くすくすくす。
(「‥‥冗談じゃねえぞ‥‥! ボールス卿もライオネル卿も死なせる訳にはいかない。絶対に守り抜く!」)
相手はペガサスで上空を飛ぶ蒼汰の存在には気付いていない様子だった。
「御雷丸、頼む」
ペガサスの耳に、小声で囁く。
その瞬間、白く輝く球体がヴェパールに向けて飛んだ。
ホーリーの聖なる光がデビルを包む。
その一瞬の隙を、冒険者達は見逃さなかった。
「魂が戻られましたらゆっくりライオネル様とお話し下さいね」
アデリーナがレオンに向けてアイスコフィンの魔法を放った。
ほぼ同時に、アルフレッドがコアギュレイトでヴェパールの動きを封じる。
リルが金鞭でその体を弾き飛ばし、レオンとの距離が開いた所でシエラがファイヤーボムを撃ち込んだ。
「お喋りの時間は終わりです‥‥飛刃、散華!」
メグレズの追撃で、うるさい女デビルは永遠にその口を閉ざした。
残されたのは、膝を付いたままの格好で凍り付いたレオンの姿と、肩口から血を流したまま一連の出来事をただ眺めていただけのボールス。
「さてと、これで思う存分に戦えるな」
レオンの氷像が無事に安全地帯へと運ばれたのを見届け、リルは陣形を整える様に指示を出す。
ボールスの背後に3人の術者、それを背負う様に自分とメグレズが、そして上空にはペガサスを駆る蒼汰。
これでボールスが前衛の役割を果たしてくれれば完璧な布陣となるのだが。
「ボールス卿、これを!」
上空から、蒼汰がホーリーダガーを投げる。
「これで‥‥わかったんじゃないのか? 少なくとも、あんたの弟は信じられる‥‥信じても良いと、俺は思うがな」
リルがボールスの足元に突き刺さったそれを引き抜き、握らせた。
だが‥‥返事はない。ダガーに付けられたホーリーシンボルを得ても尚、彼は自らの怪我を治そうともしなかった。
「ボールス様、人は生まれた運命も、人生も必死で頑張り、少しでも良い未来を願い生きています」
見かねたアルフレッドが、その背にそっと触れる。
「目の前には救うべき人が居り、貴方がするべき事は持てる力の全てで、守るべき者を守る事です。諦める事では有りません」
肩の傷が跡形もなく消える。同時に、痛みも去って行った。
だが‥‥それでも消えない痛みが心の奥底で疼く。
ボールスはまだ、動く事が出来ずにいた。
「とにかく他のチームがリヴァイアサンを倒すまでは辛抱タイムだな」
レオンの身柄を確保しても尚、執拗に攻撃を続けるデビル達をあしらいながら、リルが呟く。
シエラが連発する火魔法にアデリーナの水魔法、群がる敵はアルフレッドのコアギュレイトで纏めて動きを止める。
エボリューションを使われてもニュートラルマジックがあれば、どうという事もなかった。
だが、問題は寧ろその後だ。
向こうの海で暴れる大海蛇よりも何よりも、厄介な強敵が目の前にいた。
今のボールスは何をしでかすか予想もつかない。
全てが終わったとしても、目を離す訳にはいかなかった。
やがて、大気を震わせる断末魔の叫びと共に、戦いは終わりを告げた。
リヴァイアサンとの対決に向かった他のチームからも、テレパシーで勝利の報告が入る。
それを受けて、離れた場所で待機させていた船を呼び寄せた。
「幽霊船を破壊します。皆さんは先に」
メグレズに促され、仲間達は次々に船へと飛び移る。
レオンの氷像は、アデリーナのグリフォンが運んだ。
「ボールス卿、行くぜ?」
リルが促す。だが‥‥相変わらず、ボールスはぴくりとも動かなかった。
「あんた、船と一緒に沈む気か!?」
「‥‥お待ち下さい」
肩を揺さぶる手を、そっと制したのはアデリーナだった。
「‥‥痛みはその人自身にしか分かりません。ですから、わたくしに言える事は何も‥‥」
ただ、とアデリーナは続ける。
「人の生とは短いものです。たとえ長く生きているエルフと言えども、神の領域には辿り着けません。わたくしたちはただ、天から生きよと言われているのだと思いますわ」
「‥‥私には‥‥聞こえません」
ぽつり、とボールスが言った。
寧ろ、お前はもう必要ないと‥‥そう言われている様な気がする。
「レオンに‥‥伝えて下さい。‥‥すまなかった、と‥‥」
――がくり。
ボールスの体が膝から崩れ落ちた。
「――七神!」
リルが補佐役を呼ぶ。
蒼汰がその体を抱え上げ、ペガサスの背に乗せた。
「よし‥‥撤退だ」
仲間達が無事に船へ戻った事を確認すると、殿に付いたメグレズは渾身のバーストアタックを幽霊船に叩き込んだ。
「牙刃、剽狼!」
ミシミシと、船が軋む音がする。或いはそれは、船自身の苦痛の叫びか‥‥
「もう、遠慮する必要はありませんね」
船の甲板から、シエラが特大の火球を放った。
火柱を上げながら、幽霊船は海へ沈む。
これで一連の出来事全てに決着が付いた‥‥筈だった。
「兄者は‥‥何でも自分ひとりで抱え込みすぎなんだ」
魂を取り戻したレオンが呟く。
脇の寝台に身を横たえたボールスは、死んだ様に眠っていた。
「俺はもう、兄者を恨んでなどいない‥‥確かに、最初は‥‥何故助けてくれなかったんだと、そう思ったさ」
だが、自分は兄の事を良く知っている。自分がどれほど愛されているか‥‥それも。
「‥‥俺は兄者が大好きだ。兄者には誰よりも幸せになって欲しいのに‥‥どうして、こうなるんだ?」
レオンは大きな背中を小さく丸めていた。その背が小刻みに震えている。
「兄者だって‥‥俺がそんな奴じゃないって知ってる筈じゃないか! この‥‥馬鹿兄者!」
目を覚ましたら、その疫病神根性を叩き直してやる‥‥レオンはそう言って、兄の手を握り締めた。
「‥‥同感だな」
部屋の外から中の様子を伺っていた蒼汰が溜息を漏らす。
「メンタルリカバーを使えば、目を覚まして頂けるでしょうか?」
「いや‥‥無理だろうな」
アルフレッドの問いに、蒼汰は首を振った。
「心を抉る様な事件が‥‥続きすぎたんだ。ゆっくり休んで貰うしか、回復の方法はない気がするな」
リヴァイサンとの決着は付いた。
これで、心を休められる状況が生まれてくれると良いのだが‥‥状況はそう、楽観出来るものではなかった。
「ボールス卿を狙うデビル、か」
リルの言葉に、蒼汰が頷く。
「確かに‥‥この状態ならば堕とし易いと言えるかもしれません」
メグレズが言った。
「あの海に本命がいるなら、ボールス卿がライオネル卿に痛めつけられて動けなくなった所を狙うだろうと、そう考えていましたが」
痛めつけるなら、心の方が効果的かもしれない。
「何にしても‥‥注意が必要だな」
リルが、補佐役の肩を軽く叩く。
敵の姿は‥‥まだ、見えなかった。