祝福の鐘は、響くことなく
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月03日〜07月08日
リプレイ公開日:2009年07月15日
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●オープニング
――勘違いしないで、あなたはただの客よ。
――愛してるですって? 馬鹿みたい‥‥本気で言ってるの?
‥‥何故、あんな事を言ってしまったのだろう‥‥
違う。本当は‥‥
でも、もう届かない。
あの人は、手も声も、想いさえ届かない所へ行ってしまった‥‥
「‥‥護衛を、お願いしたいのです」
黒い喪服に身を包んだ若い女性は、そう言って丁寧に頭を下げた。
目的地はキャメロットから徒歩で2日ほどの距離にある村。
その地方一帯を治める領主の館だった。
「‥‥その、敷地内にあるお墓に‥‥お参りがしたいのです」
その墓に眠るのは、エドガー・B・ガルウッド‥‥現領主の一人息子だった。
「敷地内には、入れて頂けないかもしれません。その場合は‥‥外からでも構いませんので」
「‥‥入れて貰えないというのは‥‥?」
何故だろう、と訊ねた受付係に、女性は目を伏せて答えた。
「彼は‥‥私が殺したのです」
それは1ヶ月ほど前の事。
ジューンブライドの季節を目前にしたある日、彼‥‥エドガーは彼女に想いを告げた。
単刀直入に、ただ一言「結婚して欲しい」と。
嬉しかった。天にも昇る心地とは、まさにこんな事を言うのだろうと‥‥その時は思った。
しかし‥‥
相手は由緒ある家柄の貴族。しかもその一人息子だ。
そして自分は‥‥
釣り合わない。釣り合う筈もない。
この自分が貴族の一員になるなど、許されない事。
だから、言ったのだ。心にもない事を‥‥
そして、その数日後。
彼の友人だと名乗る男性が店を訪ね、告げた。
エドガーが‥‥亡くなったと。
お前のせいだと‥‥
「‥‥村へ向かう街道には、途中に難所があるそうです。一方が森で、もう片方は切り立った崖になっているとか‥‥」
その崖下で、彼は発見された。
愛馬と共に、変わり果てた姿となって‥‥
事故か自殺か、それはわからない。
片側の森には凶暴な野生動物や、上位のオーガなどの手強いモンスターも多いと聞く。
更には近頃ではデビルの姿も見かける様になったらしい。
駆け抜けてしまえばそうした存在に襲われる可能性は低いが、気落ちしていたなら愛馬を駆る速度も鈍っていた事だろう。
そこが危険な場所である事さえ気付かずにいたのかもしれない。
或いは、雨でも降っていれば崖崩れに巻き込まれた可能性も。
「現場を見たいと‥‥その思いもあります。見ても、何もわからないかもしれないし‥‥例え事故でも、私が殺した事に変わりはありませんが」
直接手を下した訳ではない。
だが、彼は‥‥恐らく怒りや悲しみ、そして絶望を抱えたままで亡くなったのだろう。
「それに‥‥私が断らなければ、彼はそのままキャメロットに留まっていた筈です。‥‥式の、準備の為に‥‥」
そうすれば、あのタイミングで、あの道を通る事はなかった。
事故だろうと、モンスターに襲われたのであろうと、その悲劇は避ける事が出来た筈なのだ。
葬式には、呼ばれなかった。
当然の事だ。
だが、せめて‥‥墓石に対してでも良い。
伝えたい。
本当の想いを‥‥
●リプレイ本文
その場所へ辿り着くまでの道中、一行はまるで葬列の様に静かに進んでいた。
黒い喪服に身を包んだ依頼人の女性は、元馬祖(ec4154)が提供した空飛ぶ絨毯に乗るという希有な体験にも心が晴れる様子はなく、普段よりも高い目線からの景色を楽しむ余裕もない様だった。
(「相手を思いやった結果、そのようなことになってしまったというのは痛ましいですね。せめてお慰めできればよいのですが‥‥」)
「‥‥疲れませんか? 怖くは‥‥ないでしょうか」
ミルファ・エルネージュ(ec4467)が時折声をかけるが、彼女は心ここに在らずといった調子で頷くだけ。
「そうですか‥‥では、何かご入用のものがありましたら申し付けてくださいね」
会話は続かない。
それでも、そんなやりとりを続けるうちに多少は心がほぐれて来たのか、依頼人の女性はぽつりぽつりと自分の胸中を語り出した。
ギルドで話した同じ話を繰り返し、そして‥‥
自分の名がローズである事‥‥しかしそれは店での呼び名であり、本名は「彼」にも告げていなかった事。
「‥‥もし、お墓参りが許されるなら‥‥それも」
彼に告げたい。本当の想いと共に。
「あ‥‥ごめんなさい。身の上話なんかされても、面白くないでしょう?」
「いいえ、私の方こそ‥‥色々と立ち入った事をお伺いして‥‥」
申し訳なさそうに言うミルファに、ローズは首を振った。
「おかげで少しは気持ちの整理もついたみたい。‥‥おかしいわね、普段は私がお客さんにしてあげてる事なのに」
家族や友人には知られたくない、打ち明けられない‥‥しかし、心に溜めておいては苦しくなるばかりの様々な事柄。
聞き役に徹し、相手の心に溜まったそんなあれこれを吐き出させるのも商売のひとつだ。
「そうですね。辛いかもしれませんが、吐き出してしまった方が良い事もあるのでしょう‥‥私で良ければ、いくらでもお聞きしますので」
「ありがとう。でも‥‥そんな事を話せるのって、結局は後腐れのない赤の他人だから、なのよね」
それが商売である限り、彼女達は客の秘密を漏らす事はない。
客との間にあるのは、愛情ではない。それは金で結ばれた、ただの契約‥‥
「‥‥そう、思いたかった。彼が背負っているものは、私には重すぎたから‥‥」
そんな呟きを背後で聞くともなしに聞きながら、ラルフェン・シュスト(ec3546)は馬を進めていた。
(「すれ違いが生んだ不幸 ‥‥ほんの少し取るべき方法を誤っただけかもしれん 。それが永遠の別れを招くなど誰も想像しないだろうに‥‥」)
生きてさえいれば、やり直す機会もあっただろう。
(「不釣合いな身分は承知の上での求婚だったろう 。互いを想うなら共に問題に当り蟠りを解消すべきだった 」)
他人である両者が結婚に臨むとはそういう事なのだろう。
だが、全ては今更どう悔やんでも詮無き事。
今はただ、遺された者がそれぞれに区切りを付け、前を向ける様に力を尽くしたい。
もう間もなく、彼が亡くなったという現場に到着する頃だった。
「‥‥ここ‥‥なのですね」
ローズは崖の端に膝を付き、身を乗り出す様にして下を覗き込んだ。
眼下に生い茂る灌木は所々で枝が折れ、地面には踏み荒らされた様な跡が残っている。
崖から落ちただけなら、あの灌木がクッションとなり少なくとも即死は免れていただろう。
だが、その後に起きただろう事を考えると‥‥即死の方が、良かったのかもしれない。
「余り、思い詰めません様に‥‥」
今にも頭から飛び込んで行きそうな彼女の肩に、ミルファの手がそっと置かれる。
その背を守る様にラルフェンとオグマ・リゴネメティス(ec3793)、そして妙道院孔宣(ec5511)が立ち、背後の森からの奇襲に備えていた。
上空にはラルフェンの鷹、シュトゥルムが舞い、周囲に目を光らせている。
今のところモンスターが現れる気配はなかったが、ここでの滞在が長引けばその気配や臭いを嗅ぎ付けた者達が次々と現れるだろう。
だが、だからといって急いで通り過ぎる訳にもいかない。
「下りてみますか?」
空飛ぶ絨毯を差し出した馬祖の言葉に、女性は黙って頷く。
彼女の気が済むまで‥‥例え危険であるとわかっていても、この場を離れる事は出来なかった。
『充分に警護に尽力するつもりではございますが、危険な場所には違いないですよ?』
出発前、念を押したミルファの言葉にはっきりと頷いた彼女の決意は固い。
ならば、もう何も言わず、ただ‥‥守る。
冒険者達は周囲に対する警戒を一段と強めた。
「やはり、すんなり通しては頂けないのですね。仕方がありません」
馬祖のインフラビジョンとオグマのブレスセンサーに何かが反応した事を聞き、ミルファは身構えた。
更には孔宣のデティクトアンデッドにも反応が返る。
「本当に、ここは危険な場所の様ですね」
孔宣は途中の宿で確保した暖炉の灰を使い、自らの分身をいくつか作り上げた。
「前へ進め」
命令通り、分身達はローズを守る様に壁を作る仲間達の脇を抜けて前線へ進む。
森から現れたのは、無数のグレムリン。
そして、木の陰では豚鬼や熊鬼達が残り物を漁る掃除屋の様に様子を伺っている。
更に、崖の下には頭に2本の角が生えた大柄な鬼の姿があった。
「オーグラ、か」
ラルフェンが呟く。
デビルとは言えグレムリン程度ならさほどの脅威ではない。
しかし‥‥
「悪戯半分に襲いかかる奴等をやり過ごしても、足止めをされれば鬼達の格好の獲物だ」
崖から落ちれば、更なる脅威が待ち構えている。
相手をせずに、走り抜けるのが一番良いのだろうが‥‥
とにかく、見えている敵だけでも何とかしない事には突破もままならない。
グレムリンの群れに、ミルファのアイスブリザードが襲いかかる。
ほぼ同時に、オグマがスクロールを使ったファイヤーボムを撃ち込んだ。
「デッドライジング!」
炎の威嚇攻撃の後を追う様に、オグマが放つ矢が雨の様に降り注ぐ。
「動くな!」
馬祖が指に嵌めたフォースリングを使うと、豚鬼の一頭が命じられたままその場に立ち尽くした。
「横のモンスターを攻撃しろ」
言われるままに、隣に並ぶ仲間に戦槌の一撃を叩き込む。
彼等にも猿程度の知能はある‥‥仲間に突然攻撃を仕掛けられ、豚鬼達は混乱を来した。
その隙に馬祖は自ら剣を手に斬り込み、弱った者に止めをさしていく。
孔宣の分身に引き寄せられた者達はコアギュレイトで固められ、ホーリーを撃ち込まれた。
「鏡月!」
それでも動きを止めない者にはその攻撃をかわしざま渾身の一撃を叩き込んだ。
その光景を、ローズはじっと見つめていた。
彼もここで、こんな風に‥‥モンスター達に囲まれ、攻撃に晒される恐怖を味わったのだろうか。
そして、崖下に落ちて‥‥
「‥‥っ!」
ローズはその場に蹲り、頭を抱え込んだ。
「もう‥‥やめて‥‥! もう、充分です‥‥皆、逃げて‥‥!」
そう、この人達は今、自分の為に戦っているのだ。
自分が「気の済むまで現場を見たい」などと言ったせいで‥‥
「気は、済んだのか」
ラルフェンが背を向けたまま言った。
「半端な事では納得が行くまい‥‥こいつらを彼の仇として葬り去れば、少しは気も楽になるのではないか?」
彼等が本当に仇であるのか、その事実は置くとして。
どんな形であれ、例え偽りだろうと、それで心が落ち着くなら‥‥彼等に悪役になって貰うのも悪くない。
「いいえ‥‥いいえ!」
だが、ローズは楽な道を選びはしなかった。
「ここで貴女がすべき事は、全て終えたのですか?」
馬祖の問いに、はっきりと頷く。
「わかりました」
どちらにしろ、森から次々と現れる敵を全て相手にしていたのではきりがない。
冒険者達はローズを中心に陣形を組み直すと、じりじりとその場から移動を始めた。
追いすがろうとする者をコアギュレイトで固め、アイスコフィンで凍らせる。
数が減った所を見計らい、一気に走り抜けた。
森と崖が途切れる、その先まで――
辿り着いた村の領主館は大きさこそキャメロットにある貴族の館に引けを取らないが、その造りは無骨で飾り気がない。
いかにも「田舎貴族の館」らしいその屋敷に、冒険者達は足を踏み入れた。
「先日は書簡にて失礼を致しました」
前もって訪問を告げる手紙を出しておいたラルフェンが丁寧に頭を下げた。
出迎えたのは、この土地の領主‥‥エドガーの父その人だった。
「ご子息の御身に降り掛かりました此度のご不幸、ご尊父におかれましてはその胸中、ご悲嘆は如何ばかりかと‥‥」
丁寧に弔意を表し、本題を切り出す。
「ご子息の死の原因‥‥如何お考えだろうか。彼が求婚していたという女性については‥‥?」
疲れた顔をした領主の眉がぴくりと動く。
「あの日エドガー様は、ここにいらっしゃるローズ嬢に求婚されました。彼女は‥‥」
だが、事情を説明しようとしたオグマの前に、ひとりの青年が立ちはだかった。
「お前達、何しに来た!」
その背に領主を庇う様に立った青年は、ローズにあの手紙を寄越したエドガーの友人だった。
「領主様! 何故、こんな奴等を通したのですか! それに、こいつは‥‥!」
冒険者達の後ろで俯き、体を小さくしているローズを指差す。
「‥‥彼女は自分とエドガー様との身分の違いからそれを断りました。それがエドガー様の死んだ理由とお考えでしたら‥‥」
「ああ、そうさ。それ以外に何がある!」
「それなら、貴方がたは彼女が求婚を受け入れたほうがよかったという事になりますが ‥‥身分が違いますから貴方がたも反対されていたでしょう。違いますか?」
「当たり前だ!」
「では‥‥彼女がした事は正しかったという事になりますが」
「何だと‥‥!? 屁理屈を‥‥」
その時、領主の骨張った手が青年の肩に置かれた。
振り向いた青年に、領主は下がれ、と首を振る。
彼にとってその命令は絶対なのか、青年は不満げな様子をしながらも脇へ退いた。
「本当にエドガー様の見初めた相手がエドガー様の死んだ原因なのか、どうかご自分の目で確かめては頂けませんか?」
オグマの言葉にしかし、老人はただ黙って首を振った。
「それは‥‥どういう意味でしょうか」
孔宣が訊ねる。
「‥‥そっとしておいて、くれませんか」
漸く返って来た返事は、溜息と共に吐き出された。
「原因が何だろうと、何をどうしようと‥‥もう、息子は帰りません」
「それは‥‥確かにそうだ」
ラルフェンが言った。
「彼が何ゆえ亡くなったか真実こそ誰にも分からぬし、切欠は確かに彼女の心無い言葉だったかもしれない」
彼を想うが故、己の身分に恥じ花嫁に相応しくないとし、素直に求婚を容れられなかった‥‥その心情は無理からぬ事と思う。
「それでも‥‥彼女の本心からの言葉は、想いは、彼が何より待ち望んだ物の筈。ただ一度、手向けとして彼女が墓前に立つ事をお許し頂ければと」
ラルフェンは領主の前に膝を付いた。
「やめて‥‥おやめ下さい!」
叫んだのは、後ろに控えていたローズだった。
「もう‥‥良いのです。許されない事は、わかっていました。どうか‥‥立って下さい」
だが、ラルフェンは立ち上がろうとしなかった。
膝を付いたまま、視線を床に落とし‥‥待った。
「領主様。どうか‥‥少しでも構いません。彼女をエドガーさんの墓の前に立たせて頂けないでしょうか」
孔宣が言い募る。
「何故‥‥この娘の肩を持つ」
老人の問いに、ラルフェンが答えた。
「肩を持つ訳ではない。ただ‥‥どんな別れであれ区切りをつけねば人はそこに囚われる。彼女ばかりではなく、貴方も‥‥そして、関わった誰もが」
顔を上げ、ちらりと青年を見る。
「恐らく‥‥この件では誰もが自らの責任を問い、己を責めているのではないかと」
無闇に己を責め続けぬよう、小さくともその心に希望の光を灯したい。
「その為に‥‥必要な一歩は何か。貴方にはわかる筈だ」
「‥‥あれも、儂に似て少々見栄っ張りな所がありましてな‥‥」
老人は冒険者達に背を向け、そして小さく呟いた。
「我等はご覧の通りの田舎貴族。領主とは言え収める土地は畑や牧草地ばかり‥‥だが、あれは‥‥まるで都会の一流貴族の様に自分の事を話したのでしょう。そこの娘が怖気付くのも無理はない」
確かに商売女を妻に迎えたとなれば、いかに田舎の事とは言え波風が立たずにはいないだろう。
だが、正直に話していれば‥‥最悪の事態は避けられたのではないか。
「‥‥墓なら、この裏手にあります。元より家の戸締まりにさえ無頓着な田舎、墓場に鍵をかける理由もありません」
それだけ言うと、老人は館の奥へ姿を消した。
まだ不満そうな色の消えない青年を伴って‥‥
館の裏手にある墓地では、馬祖がひとり仲間の到着を待っていた。
交渉が決裂した場合に備え、エドガーの墓の場所はこっそり突き止めてある。
そこに至る迄に領主一家に見咎められずに行けるルートと時間帯も探ってあった。
しかし‥‥
「どうやら必要なかった様ですね」
こちらに向かって静かに歩み寄る仲間達の表情を見ればわかる。
彼女の働きは徒労に終わった訳だが‥‥
「良かった」
自然と、笑みがこぼれる。
仲間達から離れ、ひとり真新しい墓に歩み寄るローズに道を開けた。
彼女が何を語るのか‥‥それを知るのは、墓に眠る彼だけで良い。
赤い夕日に照らされた墓地は、幸福な思い出に浸る場所に相応しい様に思えた。