【魔王来襲】救出、そして‥‥
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:11 G 94 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月31日〜09月06日
リプレイ公開日:2009年09月14日
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●オープニング
「あー、もう! 掃除の邪魔だってば! どいて!」
専属家政夫の声に、潜伏中の円卓騎士は椅子の上に上がって体を縮める。
「ったく、ほんと生活力ねえよなー。手伝おうって気があるだけ、師匠の方がまだマシだぜ‥‥」
ぶつぶつぶつ。
「まあ、大抵はネコの手でも借りた方がマシって結果になるんだけど」
家政夫は固く絞った雑巾で手早く足元の床を拭いていく。
日中は窓を開ける事を禁じられているため、埃が舞う掃き掃除は出来ないのだ。
鎧戸を締め切った家の中で、昼間から蝋燭の明かりだけを頼りにする生活が、もう何日続いているだろう。
「‥‥でさ、いつまでココにいるわけ? オレ、いいかげん帰りたいんだけど」
「そのうち、迎えが来るだろう。お前を引き止めるつもりはない」
巻き込んでしまったのは不可抗力だ。
あの時、放置すればこの少年はデビルに殺されていただろう。
そして今も、ひとりで帰すのは危険すぎた。
「あんたは? 戻る気‥‥ないの?」
返事はなかった。
「その剣、どうするつもり?」
それでも、返事はない。
今、目の前にいるこの男は‥‥一体誰なんだろう。
伸び放題の無精髭に、手入れもされずに縺れた金髪。目の下にはくっきりと隈が出来ていた。
これがイギリスが誇る最強の、騎士の中の騎士、か。
「何があったかは知らないけどさ」
家政夫は部屋の隅に置かれている宝剣を見やる。
これを持ち出す事は、出来るだろうか‥‥
「‥‥オレの師匠も、死んじゃいそうなくらい落ち込んだり、誰とも顔を合わせない様な時もあったけど‥‥でも、ちゃんと戻って来た。あんたもそうだって、信じてるからな。‥‥裏切るなよ?」
‥‥やはり、返事はなかった。
その頃、猫屋敷。
「‥‥周囲の見張りはデビルが5〜6体‥‥しかも下級ばかり、ですか」
ラーンスの隠れ家を調査していた部下の報告を聞き、ボールスは腑に落ちない様子で呟いた。
彼を逃がさない様にと見張りを付けているなら、下級デビルには荷が重すぎる。
「ウォルは、ラーンスが何かを待ってるみたいだって言ってたけど‥‥やっぱあいつ、デビルとグルなんじゃない?」
案内役を兼ねて部下達と共に現場を訪れていたルルが言った。
「逃げないってわかってれば、そんなにスゴイ見張りとか置かなくて良いし」
「或いは‥‥調査の網にかからない様な場所に、とんでもないものが潜んでいるか、ですね」
とにかく、行ってみるしかない。
こちらが動けば、向こうも否応なく動く事になる。
ラーンスの狙いが何なのか、本当にデビルと繋がりがあるのか、それもはっきりするだろう。
「あんたが素直に吐いてくれれば、もうちょっとマシな対策立てられるのよ」
ルルが一緒に話を聞いていた居候、メリンダ・エルフィンストーンをじろりと睨んだ。
「いいかげんスッパリ白状しなさいよ、いつまでボールス様に甘えてるつもり!?」
「‥‥ルル」
やめろ、とボールスが首を振る。
「だぁって‥‥!」
「‥‥いいえ、あの‥‥」
ルルの抗議とメリンダの声が重なった。
「お話し‥‥します」
真っ直ぐな視線がボールスを捉える。
「最初に‥‥ウォルフリードさんにラーンス卿の離宮への手引きをお願いしたのは、私‥‥です」
僅かに視線を逸らし、メリンダは続けた。
「ラーンス卿が‥‥円卓に戻る事を切望していると聞いて、それで‥‥何かお役に立てる事はないかと‥‥」
騎士を目指す者なら誰でも一度は憧れるであろう、騎士の中の騎士。
メリンダも例外ではなかったらしい。
「でも、私には王妃様の警護という大切な仕事がありますし‥‥ですから、どなたかに手引きを‥‥ウォルフリードさんなら、ボールス様を通じて面識もあるかと‥‥協力してくれるだろうと、そう、思って」
結局、断られてしまったが。
「でも、これだけは誓って言えます。確かに私はラーンス卿に協力しました。でも、デビルの手引きまでした覚えはありません。パーシ卿に斬りつけたのは、ラーンス卿を援護しなければと‥‥まさか、あの方がデビルと共に逃亡を図るなんて‥‥」
メリンダは顔を上げ、琥珀色の瞳でボールスを見つめた。
「信じて‥‥下さいますか?」
色合いの似た瞳がそれを受け止める。
ボールスは静かに微笑み、小さく頷いた。
「ちょ‥‥何でそう簡単に信じちゃうワケ!?」
ルルが頭から湯気を吹いた。
「そんなの嘘に決まってるじゃない! どう見たってコイツはクロよクロ!」
「‥‥証拠は?」
「そんなの‥‥女の勘よ! それに、ちゃんと見てたし! ‥‥ちょっと、暗くて遠かった、けど」
「確かに、ルルの位置からは全てが見えたかもしれませんね。でも‥‥何故そんな事をしたのか、心の中までは見えないでしょう?」
ボールスは相変わらず静かな微笑みを浮かべていた。
「ありがとう‥‥ございます」
メリンダは安堵の溜息を漏らす。
強張っていた肩の線が、いくぶん和らいだ様に見えた。
「‥‥ボールス様。私もご一緒させて下さい。ウォルフリードさんを巻き込んでしまったのは、私の責任です。ですから‥‥」
「力を貸して頂けるなら、是非」
ボールスには、その申し出を断る理由はなかった。
「あー、もう! 背中からバッサリ斬られたって知らないんだから!」
ルルが再び湯気を吹く。
だが、その時‥‥
開け放たれた窓から注ぐ陽の光が、何かに遮られる様にふと陰る。
次の瞬間、稲妻が空を裂く音が響いた。
人々の悲鳴が王城の方から波の様に押し寄せて来る。
「あれは‥‥!?」
庭へ飛び出し、彼方を見上げたボールスの目に飛び込んで来たのは、漆黒のドラゴンの姿だった。
その周囲には、空を埋め尽くすかの如き異形の群れ。
「デビル‥‥か」
この王都を直接狙って来たというのか。
ボールスは久しく手にしていなかった剣を取った。
力に力で対抗すれば、必ず犠牲が出る。
だが、強大な力はそれを上回る力によって、いずれは必ず捩じ伏せられる。
そして捩じ伏せられた力は更なる力を求め‥‥堂々巡りだ。
それで事を収めたとして、本当に平和が訪れるのか。
新たな禍根を生むだけではないのか‥‥
ボールスは戦いの中でそんな疑問を感じ、何か他の道はないだろうかと探していた。
力で捩じ伏せる以外の道を。
だが‥‥
「今は、戦うしかない‥‥か」
あの巨大な黒いドラゴンと、町に溢れるデビルの群れ。
倒さなければ、どれほどの犠牲が出るか‥‥
「メリンダさん」
ボールスは傍らで空を見上げる王宮騎士に言った。
「ウォルを、お願いします。手練の冒険者達を手配しておきますので」
自分が今、この町を離れる訳にはいかない。
例え彼等にどんな危機が迫っていたとしても‥‥
「くれぐれも気を付けて下さい。ラーンスの手元には今、エクスカリバーがあります」
もし彼がデビルと通じているなら、その情報は既に伝わっている筈だ。
そして、このタイミングでの王都への襲撃。
無関係とは考えにくい。
「‥‥わかりました。ボールス様も、お気をつけて」
メリンダの言葉に小さく頷くと、ボールスは部下達を連れて市街地へと飛び出して行った。
「一時の勝利に酔いしれる愚か者達よ、覚えておくがいい。我が名はアスタロト。偉大なる地獄の支配者、ルシファー様に永遠の忠誠を誓いし者」
上空から静かな声が降り注ぐ。
阿鼻叫喚の渦に呑まれる事もなく、その声、そしてその名は、人々の鼓膜にはっきりと刻み付けられた。
●リプレイ本文
闇の中に、打ち捨てられた家々の影がぼんやりと浮かぶ。
そこはデュランダル・アウローラ(ea8820)とサクラ・フリューゲル(eb8317)にとっては始めて訪れる場所だ。
しかし他の四人にとってはこれで二度目‥‥そして、訪れるのはこれでもう最後にしたい場所。
「さて、王都の方が厄介なことなっているが、こちらも負けずに厄介な状況だな」
アリオス・エルスリード(ea0439)が声を潜めて呟く。
王国最強といわれる騎士の手に人質と宝剣。 さらにそれを監視していると思われる最低で中位のデビル。その全てを、この人数で何とかしなければならないのだ。
しかも、そのうちの一人は敵に通じている疑いがある。
「人数は仕方ないだろうな。城にデビルが直接乗り込んで来る様な事態になってるんだ」
七神蒼汰(ea7244)にとっても、デビルに蹂躙される町を後にするのは後ろ髪を引かれる思いだっただろう。
だが、自分達が守るべきものはここにある。
「随分時間をかけてしまいました‥‥流石に、ウォルのことだけを言っていられない状況ですが、それでも救出はなしませんと」
シャロン・シェフィールド(ec4984)が集落の外れにひっそりと佇む一件の廃屋を見据える。
閉ざされた窓には明かりの漏れる隙間もなく、見た限りでは中に人がいるとはとても思えなかった。
「ウォル‥‥」
サクラが、手にしたピンク色のリボンをぎゅっと握り締める。
「大丈夫、ウォルくんは元気にしてるのだわ」
その彼とテレパシーで会話を交わしていたヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)が声をかけた。
ただ、問題はある。
ひとつは裏口には厳重に鍵がかけられている事。そしてもうひとつは、空に月の姿がない事だった。
今は月が改まったばかりで、月齢も若い。この時期の月は昼間の空に白く浮かんでいるのみで、夜の闇を照らす事はないのだ。
これでは窓を開けたとしてもムーンシャドウは使えない。
「鍵の方は俺が何とかする」
隠密行動の得意なアリオスが言った。
「初めの作戦通り、正面組がラーンスの注意を引き付けている隙に忍び込めば良い」
そう口で言うほど簡単には行かないだろうが、奇策が使えない以上は正攻法で挑むしかない。
「では、もう一度作戦を確認しておく」
デュランダルが闇の中に目を凝らす。
「まず正面組と隠密組に別れる。正面組がウォルを、隠密組が剣の奪還を担当する」
正面組は隠れることなく小屋に接近し、見張りの悪魔と戦闘を開始。
「 おそらくその戦闘を知ってもラーンス卿は出てこないだろう。 悪魔を倒した後、彼にウォルの返還を要求する」
その間、隠密組はウォルとテレパシーで連絡を取り、内部の状況と剣の位置を把握しつつ小屋へ忍び寄る。
ウォルには出来るだけラーンスの注意を引き付けてもらいつつ、正面組は奪還交渉や真意を問いただすなどして時間を稼ぐのだ。
「ラーンス卿はウォルを返したがっている。ウォルの奪還自体は難しくないだろう。隠密組はウォルの奪還に合わせて剣を奪取、撤退する。両者の奪還が成れば、急いで合流‥‥と、上手く行けば良いのだがな」
だが、この依頼で最も重要になるのは二つを奪還した後だろう。
ラーンスの手から剣が離れれば、間違いなく敵の大物が動く。
「ラーンス卿が備えていた存在を引きずり出して、それを倒す。 それなくしてこの依頼の完遂はならないだろう」
「剣の奪還組は、出来ればデビル除けの道具も一緒に持ち出せたら楽かもしれないな」
そう言った後、蒼汰は仲間達の背後に控えていたメリンダに固い口調で声をかけた。
「おまいさんを信じたボールス卿の心を踏みにじるようなマネをしたら俺は容赦しない、覚えておくんだな」
返事はない。僅かな星明かりの中では表情も見えなかった。
「‥‥ルル」
声を潜め、蒼汰は小さなシフールを呼ぶ。
『何?』
密談の気配を感じたのか、テレパシーで返事が返って来た。
『人質にされない様、メリンダ嬢に簡単に捕まらない位置でそれとなく見張っててくれ』
『わかった、任せといて!』
だが、声は聞こえず姿も良く見えずとも、気配は伝わる。
「‥‥まだ、信頼しては頂けないのでしょうか」
下を向きぽつりと呟いたメリンダに、シャロンが言った。
「信用を取り戻したいならば、ただ力を尽くすしかありません。貴方の思いがどこにあれ‥‥事ここに至って、私達への協力より己が判断を優先されるようならば、それがただデビルに利用されただけであれ、貴方を信じる理由はなくなります」
シャロンはそっとメリンダの背後に回り込む。
狙撃手ならば、その位置取りはごく自然のものだ。しかしシャロンには背後からメリンダの挙動を監視するという目論見もあった。
「行きましょう。今は言葉ではなく行動で示す時です」
メリンダも、そして自分達も。
冒険者達は二手に分かれ、廃屋との距離を静かに縮めていった。
「ラーンス卿も騎士の中の騎士とまで呼ばれた男だ。その行いは悪を成すためのものではあるまい」
言いつつ、デュランダルが剣を抜き放つ。
「しかし手加減はしない。従者の救出と宝剣の奪還は俺達に課せられた義務だ」
それに応える様に、黒い影が四方の闇から姿を現した。
この場所を見張っていたデビル達だろう。
だが、何れも下級。数で劣るとは言え、経験を積んだ冒険者達の敵ではなかった。
「準備運動にもならん」
などと、悪役めいた台詞を口にするデュランダル。
だが実際にその通りなのだ。この先に待ち受けるものに比べれば、下級デビルなど目を瞑っても倒せる。
いや、彼は実際にその目を閉じていた。
戦闘の際に流れる血を視界に入れない為に身に付けた戦法「心眼」は、このような闇の中での戦いに於いても有効だった。
「さて、これが何処まで通じるものか‥‥」
少し、楽しみでもある‥‥などと言っては不謹慎だろうか。
外の敵を簡単に片付けると、蒼汰が廃屋のドアを叩いた。
「我が名は七神蒼汰、ボールス卿の補佐役を拝命する騎士。ラーンス卿に、お目通りを願いたい‥‥って、こんな感じで良いのか?」
最後の所はドアの向こうには聞こえない様に、小声でこっそりと。
「我が同僚にして弟分ウォルフリード・マクファーレンの身柄、及び聖剣エクスカリバーの返還をお願いに上がり‥‥っ」
「なーに気取ってんだよ、そーたのくせに!」
勢い良く開かれたドアの向こうから現れたのは‥‥
「ウォル‥‥!」
「よぉ、サクラ。久しぶりっ」
まるで散歩の途中で旧友にでも出くわした様な気軽さで、細身の少年が片手を上げる。
もう一方の手に持った蝋燭の明かりに照らされた幼さの残る顔には疲労の色もない様に見えた。
「ウォル、お前‥‥お気楽すぎるだろーが」
安堵と驚きと、そして喜びと。色々な感情が綯い交ぜになって声も出ない様子のサクラに代わって、蒼汰が溜息と共に言葉を吐き出す。
「俺達がどれだけ心配したと思ってんだ‥‥」
「ああ、ワリワリ。つか、オレだって不安だったんだぞ!」
ウォルはわざとらしく頬を膨らませて見せる。
だが、このまま見捨てられる筈がない事は言われるまでもなくわかっていた。
「‥‥ラーンス様」
その間に呼吸を整えたサクラが、目の前の相手に飛び付きたい衝動を堪えて奥の暗がりに呼びかける。
「お話したいのですが出てきては頂けませんか?」
敵意がないという証拠に、武器はペガサスの背に預けてある。
「おっさんなら、そこに居るぜ」
ウォルは蝋燭の明かりを部屋の奥へ向けた。
「入れよ、玄関先で立ち話ってのもナンだろ?」
柔らかな光が部屋の奥へ投げかけられる。
そこに浮かび上がったのは、紛れもなく円卓の騎士ラーンス・ロットの姿。
「間違い、ないか?」
蒼汰に小声で訊ねられ、サクラは頷いた。
疲れ果て、やつれた様子で‥‥無精髭が伸び放題ではあったが、記憶に残る本人に相違ない。
少なくとも、その外見だけは。
「‥‥ウォルを返していただきに参りました」
そう告げたサクラの言葉にただ視線を返した騎士の両手には、鞘に納めた聖剣がしっかりと握られていた。
その頃、アリオスとムージョは裏口に回っていた。
アリオスがドアにかけられた鍵を外す間、ムージョはテレパシーで室内の様子を探る。
『拙いのだわ。宝剣はラーンスさんがしっかり抱え込んでるみたいなのだわ』
『それでは手が出せない‥‥力ずくで奪うしかないのか』
ラーンスに気取られないよう、念話で話しかけたムージョにアリオスが答える。
しかし、力で敵う相手なのだろうか。ただでさえイギリス最強と謳われた騎士が、今は王の剣を手にしているのだ。
『ラーンスさんがどう出るかは、まだわからないのだわ』
自らも剣と共に投降するつもりなのか、それとも‥‥?
『とにかく、鍵は開けておく』
事態がどう転んでも良い様にと、アリオスは周囲の様子に気を配りつつ作業を続ける。
(「それにしても、どうにも腑に落ちないのだわ」)
中との交信を保ちながら、ムージョは先程の事を思い出して首を傾げた。
今回の事は王妃に憑いていた二本角の大悪魔が絡んでいるのではないかと、そう考えてメリンダの記憶を探ってみたが、それらしい痕跡はなかった。
(「あの悪魔が今度はメリンダちゃんに憑いて利用しているのだとばかり思っていたのだわ。でも、そうでないとすると‥‥?」)
出発間際に王都がデビルの襲撃を受けたが、その狙いは聖剣の奪取か、或いは蒼汰の言う様に聖剣が不在である事を見抜かれ、そこに付け込まれたのか。
(「聖剣の奪取を狙っているなら、ラーンスさんから奪うのは難しそうなのだわ」)
だからメリンダを操り、自分達を利用しようと目論んでいるのではないかと、そう考えていたのだが。
デビルが取り憑いているのはラーンスの方なのか。
それとも‥‥彼自らの意思で?
(「これは、ちゃんと本人に訊いてみる必要があるのだわ」)
ムージョは廃屋の中で行われている会話へと、意識を集中させた。
「ラーンス卿、円卓の座にキチンと復帰したいのであれば、この様な事をしていては到底無理だと御自身も判っておられるハズだ」
蒼汰が詰め寄る。
最初の畏まった口調は言葉を重ねるに連れて影を潜め、それに従って声のトーンも次第に低くなっていった。
「正直、これ以上ボールス卿への風当たりを強くして欲しくないんだよ。早急に戻って陛下に弁明して頂きたい所だな」
それでも、ラーンスの中で何かが動いた様子はない。
一体、何を考えているのか。
「――ふざけるのもいいかげんにしろよ。この王国の危機にアンタは何をして居るんだ!」
声を荒げる蒼汰を、シャロンが手で制した。
「ラーンス卿。貴方様は以前、再び騎士としてこの国に尽くしたい、しかし王に合わす顔がなかった、と仰いましたね。それが事実で、デビルに利用されただけとして‥‥」
シャロンは相手を真っ直ぐに見つめて言った。
「今黙って独りで宝剣を守ることが、貴方様なりの責任の取り方なのでしょうか。騎士の誇りを取り戻されたいのならば‥‥もっと、自分に足りない物を、人と手を取り合って補う事を思い出して下さい。ウォルも、その事は忘れず騎士として精進しています。傍で見、感じるところはありませんでしたか?」
思わぬ所で自分の名が出た為か、ウォルが何となく居心地が悪そうに身じろぎをする。
そんな様子を横目で見ながら、サクラが言葉を継いだ。
「‥‥聖剣を持ち出されたのは何故ですか?」
許可を得て展開しようとしたホーリーフィールドは完成しなかった。
だが、周囲にデビルの気配はない。
それはつまり、ラーンスに‥‥敵意ではないにしろ、自分達の存在を拒む意思があるという事だ。
すんなり答えて貰えるとは思えない。しかし、それでも。
「その剣は言わば王権の象徴。‥‥陛下の統治に不満がある、と?」
サクラは指にはめたテレパシーリングを示し、以後の会話が秘密裏に行われる事を示す。
『それとも別に意図があるのですか? 今なら他に聞かれる事もありません。‥‥話していただけませんか? 出来うる限りお力になります』
『‥‥私は‥‥』
弱く、今にも途切れそうな思念が返って来た。
『私は、再び騎士の誇りを取り戻したかった。あの儀式はその為に、もう一度王の騎士であると胸を張って、この国の為に戦う為に必要なものだと。だが、あのような事になってしまったのは‥‥』
『‥‥私達と一緒に、戻りませんか?』
「それが出来るのであれば、とっくに‥‥っ!」
ラーンスの声が静寂を破る。
直後、気拙そうに視線を逸らしたのは声を荒げた故か、それとも念話である事を忘れて声に出してしまった故か。或いは、その内容故かもしれないが‥‥
『‥‥投降するつもりも、剣を手放す気もないという事か』
既に鍵開けの作業を終えたアリオスが、裏口で弓を構える。
力ずくで奪うつもりなら、いつでも突入出来る準備は整っていた。
だが、その時‥‥
「――出迎え、ご苦労」
背後で、男の声がした。
「我が名はアスタロト。聖剣エクスカリバーを貰い受けに来た」
「アスタロト‥‥!?」
王都を襲ったデビルが、そこに居た。
ムージョが室内の仲間達に警告を発したその瞬間。
暗い夜空が一段とその濃さを増し――シャドウドラゴンの黒い翼が廃屋の屋根に舞い降り、押し潰した。
地響きと、耳をつんざく大音声。柱が折れ、壁が崩れ、天井が抜け落ちる。
同時に、夜の闇よりも濃い漆黒の帳が冒険者達の視力を奪う。
更にそれを合図にするかの様に現れたのは、無数のデビル達の姿だった。
難を逃れたアリオスが闇に浮かぶ影に向かって矢を射かけ、ムージョがムーンアローで攻撃を加える。
瓦礫の下から這い出した仲間達も、暗闇を逃れて攻撃に加わった。
だが‥‥
「さっきの‥‥あのデビルは何処だ!?」
シャドゥフィールドが消え去った時、そこには誰もいなかった。
デビルも、ドラゴンも、そしてラーンスの姿も‥‥勿論、聖剣も。
デュランダルの心眼をもってしても、その動きを追いきれなかったのだ。
『ラーンスさん、貴方を嵌めた連中が王国と王妃様を狙っているのだわ。どうか、力を貸して‥‥』
だが、ムージョのテレパシーに答えはない。
彼がデビルと行動を共にしたのか、それとも一人で聖剣を守り、逃げたのか‥‥
「‥‥ウォルが無事だっただけでも、良しとしなければならないのでしょうね」
シャロンが悔しそうに呟く。
「望んだ全てを成すには、まだその為の力も、思いも足りず‥‥情けないことです」
この作戦が決して成功とは言えなかった事は、誰もが承知していた。
勿論サクラも。だが、それでも。
「ウォル‥‥良かった!」
万が一の時に凶刃から護る為にと自分に言い訳をしながら、サクラは少年の細い体をぎゅっと抱き締める。
冒険者達の眼前には、何処へ続くとも知れない道が、ただ真っ直ぐに伸びていた。