潜入、乙女道!
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■イベントシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:14人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月01日〜10月01日
リプレイ公開日:2009年10月15日
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●オープニング
悪魔が去ったキャメロットの町。
王宮騎士や冒険者達の尽力により壊滅的な被害は免れたものの、その爪痕は町の至る所に刻まれている。
城下に広がる住宅街の一角も、至る所で建物が壊れ、瓦礫が散乱していた。
「痛い‥‥苦しい‥‥」
「助けて‥‥!」
あちこちから、助けを呼ぶ声が聞こえる。そして、声にならない叫びもまた。
「もう少しですから‥‥頑張って」
瓦礫をどかし手を差し延べるのは、半端に伸びた真っ直ぐな黒髪を後ろで縛った、余り力仕事には向かない様に見える青年。
‥‥と、その耳にいかにも品のない、頭の悪そうな罵声が飛び込んで来た。
「‥‥そこの小僧!」
見れば、彼とそう変わらぬ年齢の男が崩れた建材に足を挟まれている。
「なにモタモタしてんだノロマ! こっちだ、早くしろ! 足が痛ぇんだよ、見てわかんねえのか!?」
「‥‥あなたこそ、見てわかりませんか?」
男はただ身動きが取れないだけで、命の危険はない。
だが、ここには一刻を争う要救助者が大勢いるのだ。
「今はこのご夫人が先です。順番に助けますから、そう少し‥‥」
「ざけんな、ど阿呆! んな老い先短けぇババアなんざ放っとけってんだよ!」
瓦礫の下から老婆を助け上げたその背に、再び罵声が浴びせられる。
‥‥さて、どうするか。
こんな所で権威を振りかざすのは好きではないが‥‥
「苦情は後ほど、屋敷で伺いましょう」
「‥‥あぁ!?」
「猫屋敷と言えば、この辺りの人なら誰でも知っています」
「猫‥‥屋敷?」
「私の名はボールス・ド・ガニス。円卓の騎士です」
円卓の騎士。そう聞いた途端に男の顔が青ざめたのは、挟まれた足が痛み始めたせいではないだろう。
ああいうタイプは、権力に弱い。
弱者にしか、その拳を振り上げる事が出来ない小心者。本音を言えば、救出などせずに放っておきたい。
(「‥‥まあ、そんな訳にもいきませんけど、ね」)
苦笑混じりの溜息を吐き出し、ボールスは部下達と共に黙々と作業を続けた。
「あの‥‥お疲れ様です」
やがて作業も一段落し、短い休憩に入った時。
若い女性の遠慮がちな声と共に、ボールスの目の前に冷たいお茶が差し出された。
「‥‥ありがとう」
一礼と共にそれを受け取ると、十字架を身に帯びた女性は僅かに頬を赤らめた。
‥‥どこかで、見覚えがある。
「あの‥‥療養所の、シスター‥‥です。ウォル君が入院していた‥‥」
「‥‥ああ」
思い出した。数年前まで重い病気を患っていた、弟子のウォルフリード・マクファーレンが世話になっていた施設の看護士だ。
あれから、ウォルは勿論、自分も何度か施設を訪ねた事があるが‥‥さて、名前は何だったか。
「あなたの所は、無事でしたか?」
「はい、お蔭様で‥‥ですから、私も何かお手伝いが出来ればと」
ボールスの問いに、簡単な治癒魔法程度なら自分にも使えるから、と少し恥ずかしそうに微笑む。
「ボールス様に比べたら、私に出来る事なんて、本当に僅かしかありませんけど‥‥でも」
彼女は意を決した様に体の前で拳を握り、言った。
「私、応援してますからっ!」
「‥‥はい?」
何の事だろう。誰かに応援される様な理由など、あっただろうか。
「一番大きいの、買いましたからっ! だから、大丈夫ですっ!」
ますます、わからない。
「あの‥‥すみません。何の事ですか?」
「え‥‥ご存知ないんですか? 今、乙女道界隈で一番人気のアイテム!」
更に、訳がわからなくなった。乙女道とは‥‥何だ?
「ええと、女の子に人気のお店が集まる通りの通称です。そこにある一軒のお店が、円卓グッズの専門店で‥‥今、一番人気なんですよ、『ボールスさま厄招き人形』!!」
厄‥‥招き? そんなものを、招いてどうすると言うのか。
「ボールス様は何かと不運を引き寄せる体質なんでしょう?」
いや、そういう訳でも‥‥ある、か。
「だから、その不幸を人形に肩代わりさせるんですよ。人形が売れれば売れるほど、ボールス様は幸せになれるんですっ!」
いや、そんな馬鹿な‥‥とりあえず気持ちは嬉しい、気もするが。
「それに、可愛いんですよ、とっても! ふわふわもふもふで、思わず抱き締めたくなっちゃうんです!」
シスター、舞い上がってます。
「つぶらな瞳で、頭にはネコミミも付いてて‥‥勿論シッポも! こんな可愛い不幸なら、いくらでもドンと来いです!」
だから、とシスターは続ける。
「ボールス様はもう大丈夫です! 思う存分、好きな事を頑張って下さい! もし、それで何か不幸な事が起きても、私達の人形が受け止めて、はぎゅーっとしてポイしますからっ!!」
「あ‥‥ありが‥‥とう」
ここはやはり、礼を言っておくべきなのだろう。
説明を聞いても、やっぱりまだ良く判らないのではあったが。
数日後。
ラーンスの元で家政婦と化していた弟子も無事に戻り、平穏とまでは言わないが、それなりの日常が戻った頃。
「師匠、アレ‥‥いつまで置いとくの?」
ウォルが訪ねた。アレとは勿論、メリンダ・エルフィンストーンの事だ。
「もうさ、置いとく意味ないと思うんだけど‥‥なんで? 惚れた?」
その言葉に、ミもフタもない失笑が返る。
「まあ、本人がもう少しここに居たいと言うのですから‥‥」
とりあえず、追い出す理由はない。
置いておく理由も、ないと言えばないのだが‥‥
「それより、ラーンスの所から戻って以来、様子がおかしいのが気になりますね」
「ああ‥‥なんか、何も出来なかったのが悔しいとか言ってたけど?」
ウォルの救出時、ろくな働きが出来ず‥‥汚名を雪ぐ事も、剣を取り戻す事さえ出来なかった事が悔やまれるのだろう。
いや、悔やんでいると言うよりも‥‥部屋に閉じ籠り、僅かな物音にも敏感に反応して青ざめる様は‥‥怯えている、と言った方が適しているだろうか。
怯えているのだとしたら、一体‥‥何に対して?
メリンダは何も言わない。
未だに信頼されていない、とは思いたくないが‥‥
「‥‥気分転換でも、した方が良いのかな」
ボールスが呟く。
この屋敷で身柄を預かって以来、メリンダ女が何処かに出掛けた事はない‥‥少なくとも、彼の知る限りでは。
「ウォル、どこか‥‥女の人が喜ぶ様な場所を知りませんか?」
「デートスポット?」
「‥‥殴られたいですか?」
にこやかに訊ねるボールスに、ウォルは冷や汗を浮かべながらぶんぶんと首を振る。
「そんなの、オレに訊かれても‥‥」
わからない、と答えようとしたウォルの脳裏に、ひとつの地名が浮かぶ。
「‥‥乙女道‥‥とか」
その名前を聞いて、ボールスはあのシスターを思い出す。
後で、ウォルに名前を聞いておこう。
「女の人なら‥‥喜ぶんじゃないかな、多分。そう、ルルが言ってた」
なるほど、情報源はあの子か。
「でも、オレも行ってみたい!」
「‥‥え?」
「あの人形欲しい!」
「ええ!?」
「でもさ、ルルが言うには‥‥あそこ、女じゃないと入れないんだって」
「そう、なんですか?」
かといって、未だ保護観察中であるメリンダを一人で行かせる訳にはいかない。
いや、そうでなくても‥‥今は誰かが一緒にいてやった方が良いだろう。
「仕方ありませんね‥‥」
どこか別の場所をと、ボールスが言いかけたその時。
頭上から楽しそうな声が降って来る。
「女装すれば良いじゃない!」
「――ルル?」
しかし振り仰いだそこには、もう誰の姿も見えなかった‥‥
●リプレイ本文
乙女道、それは夢見るオトメ達の聖域。
いかなる者も、いかなる手段をもってしても、彼女達のユメミルチカラ、所謂「妄想」を止める事は出来ない――例え、悪魔であっても。
アスタロトによる突然の首都襲撃でさえ、その直下にあるこの界隈に何の影響も与える事は出来なかったのだ。
それはきっと、この町に溢れ漲る「オトメパワー」のせいであると、誰もが信じて疑わなかった、らしい。
勿論、乙女道は開かれた場所だ。自称乙女でも、心は乙女でも、その存在を楽しむ気持ちさえあれば年齢性別を問わず受け入れ、引きずり込む。
しかしここには、ひとりのイタズラ娘にまんまと騙された男達がいた――。
「教え子が観光したいと言うので来てみましたが‥‥」
猫屋敷の居間に案内された室川太一郎(eb2304)が、巫女装束一式を手に途方に暮れた様子で小柄なシフールの少女を見る。
「何故、女装なのでしょうか‥‥それに、衣装はこれしか持っていませんし、あの、何より女装は気が引けるんですが‥‥」
「先生、諦めましょう。そういう決まりだというなら従う他にないでしょ?」
そう言って太一郎の肩を軽く叩いた一式猛(eb3463)は既に準備万端、貴婦人の如き出立ちを整えていた。
「俺は隠密万能があるから変装も声色もそれなりにできて少女だって誤魔化せるけど、いや、誤摩化せますわ」
猛は服装に合わせて言葉遣いもお嬢様風に変えてみる。
「でも太一郎先生は無理ですわよね?」
「そうです、無理ですよ」
「ですから」
猛は意味ありげな笑みを浮かべ、じっと太一郎を見つめる。
「ルルさん、先生に禁断の指輪を」
貸してやってくれ、などという生易しいお願いではない。
「無理やりハメちゃって下さいませ」
「いや、ちょっと‥‥それだけは勘弁して下さい。なんですか、その目は‥‥」
「ですから、乙女道は男子禁制なんですのよ、先生?」
「乙女道? なんですか、それは‥‥俺にそんな趣味は」
先生、ごく普通のキャメロット観光だと思っていたらしい。
「待ちなさい、猛。ルルさんと一緒になって俺をからかうの止めてよして触らないで女装だけでも嫌なのになんで女性化しなきゃあああああぁ」
猫屋敷に、茶色い悲鳴が轟いた。
さあ、これで大丈夫。何が大丈夫なのかと言いたそうな目で見ている先生は思った通りの美人さんだし。
(「乙女道‥‥なんて甘美な響きなのら。先生と一緒に観光なのら!」)
きっと秘密の花園があるに違いない。猛も女性の神秘とやらが知りたいお年頃だった。
「にゃふふ」
‥‥まあ、世の中には知らないままでいた方が幸せな事も、多いんだけど、ね。
そして、居間の片隅には屋敷の主を中心とした集団が出来上がっていた。
「こんにちは、お久しぶりですの」
自分によく似た小さなちま人形を両手で差し出し、ユキ・ヤツシロ(ea9342)がそれと一緒にぺこりと頭を下げる。
「この子はちまユキです、よろしくお願いしますの」
「えっと、ボールス様もウォルおにーちゃんもメリンダおねーちゃんもルルおねーちゃんも初めましてなの☆」
その背後からひょっこり顔を出したのは、ラティアナ・グレイヴァード(ec4311)。
「ティーはラティアナって言うの。ラティって呼んで欲しいなの」
「僕はこの子の兄で、お目付役として付いて来ました」
その傍らで、ラディアス・グレイヴァード(ec4310)が苦笑混じりに頭を下げる。
「ボールス卿方は初めましてですよね、ラディと呼んで下さい。あの‥‥妹が迷惑かけない様に、ちゃんと見張ってますから」
「ティー、めーわくなんてかけないの!」
大丈夫、買い物しすぎて動けなくなった時の為に、荷物持ちの下僕は手配済みだ。
「ま、そうでなくても‥‥どうせウォルやルルに捕まっただろうけどな」
下僕にされてしまった七神蒼汰(ea7244)が、お目付役と顔を見合わせ小さく溜息をつく。
「‥‥でも女装は‥‥流石にちょっと」
「それは、そうだが‥‥ボールス卿やウォルもするみたいだし、覚悟決めるしかないだろ?」
蒼汰に言われ、ラディはちらりと屋敷の主人を盗み見た。
「あの、それで‥‥」
目の前の二人を見るサクラ・フリューゲル(eb8317)の目は、心なしか泳いでいた。
「ボールス様、ウォル。本当にするんですの?」
何を、とは‥‥言わない、言えない、言いたくない。
「するのでしたらお化粧くらいはお手伝いしますけど‥‥」
内心とても複雑ではあるが、やらねばならぬとあらば覚悟を決める。サクラの腕には何着かのドレスがしっかりと抱えられていた。
「女装だと思わなきゃ、別になんともねーじゃん」
半ばヤケクソの様に、ウォルがその手から一枚の白いドレスをひったくった。
「最初に指輪使っとけば、女装じゃくて‥‥何て言うか、普通のカッコだろ?」
そしてルルから借りた指輪を無造作に嵌める。
そこに現れたのは、ショートカットの活発そうな女の子だった。
可愛い、などと言ったら怒られるだろうか。
「うゆ? おにーちゃんがおねーちゃんになっちゃった!」
頓狂な声を上げるラティの目の前で、次々と姿を変えて行く男達。
「ディーと蒼汰おにーちゃんもおねーちゃん?」
「ラティ、その簪、貸してくれないか?」
「うん、良いよ。蒼汰おに‥‥おねーちゃん」
浴衣姿の蒼汰に言われ、ラティは持っていた蒼い宝石で出来た簪を手渡した。
纏めた髪にそれを挿した蒼汰の姿は、ここには居ない筈の双子の妹と入れ替わったのかと錯覚を起こす程に瓜二つだった。
一方のラディはクレリックが着る様なローブを羽織り、これまた妹とそっくり‥‥という訳にはいかないが、やはり面差しは似ている。
そして、姉妹の様に見えるペアが、もう一組。
「あ、そうそう! 最初に見た時、誰かに似てると思ったんだ!」
ウォルがメリンダを指差す。その「誰か」とは、隣で物静かに微笑む黒髪の美女。
二人共まっすぐな黒髪に、色合いの似た瞳――そう、女装させた時のボールスに、何となく印象が似ていたのだ。
ましてや今は女装ではなく、指輪のおかげで完璧に女性そのもの。
「なんか、姉妹みたいだよな」
「では、お二人は姉妹で‥‥ウォルは親戚のお嬢さん、私は皆様のお世話係という事で、メイドとしてお付きしましょうか」
女装がばれないよう色々気を使うだろうから、とサクラ。
「ふははははは! それならば、余はボールスどのの格好をするのだ!」
ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が、お馴染みの高笑いを響かせた。
でも、何故?
「近頃キャメロットの人心を惑わす乙女道! 何度となく我らを陥れてきたアレに、とうとうボールスどのも動かれるとあらば!」
いや、乙女道最深部に潜入するために変装するのはわかるけど。
「禁断の指輪は効果時間に難があるのであろう? ならばそれは、正体がばれそうになった時だけに使えば良いのである! とっさに女に化ければ制限時間はクリアできるのだ!」
‥‥なるほど?
「そして次の一手。『男に変装した女』に変装すれば男っぽくても問題あるまい」
確かに、そうした仮装を楽しむファンは多い、らしい。
そしてヴラドはボールスに服を借り、黒髪のカツラを被り‥‥ポケットにはいざという時の為に禁断の指輪。
「ふははははは! いざ、出陣なのだ!」
「女性の喜ぶ乙女道とは何なのでしょう」
齋部玲瓏(ec4507)は、通りの店先に並んだ品々を物珍しそうに眺めていた。
通りの両側に立ち並ぶ店の多くは、普通の女の子が普通に喜びそうな、ごく一般的な可愛らしい雑貨や小物などを扱っている。
だが、それらの店とは明らかに雰囲気が違う、一歩足を踏み入れたらもう元の世界には戻れなくなりそうな、そんな怪しげな雰囲気を漂わせた店も少なくなかった。
一般的には貴重なものとされる書物の類も、そこでは当たり前の様に売られている‥‥ただし、正気の沙汰とは思えない様な値段が付けられてはいたが。
識字率が高いとは言えないこの国で、それを読む事の出来る女性は限られている。ましてや、買う事の出来る経済力を持つ女性など殆どいないだろう。
その為、それら乙女の為に書かれた本の多くは貸本として、主に裏通りにある怪しげな茶屋に置かれていた。
そこで人気の出た本は、専属の吟遊詩人によって「ここでしか聞けない話」として店内で語られる事になるのだ。
「これが噂に聞く、円卓の騎士の‥‥ごにょ」
アーシャ・イクティノス(eb6702)が、タイトルからしてヤバそうな本の数々を手に取る。
ふんだんに盛り込まれた美麗な挿絵に描かれた人物達は、美化されすぎて誰が誰やらさっぱりわからないが、その道の「通」にはわかる‥‥と言うか、それこそが醍醐味であるらしい。
「え、これは逆のほうが‥‥、え〜、こんな(ごにょごにょ)あり〜?」
「‥‥(ごにょ)もいけるし、うん、好みかも」
うふ、うふふふ腐‥‥と、店内から不気味な含み笑いが漏れる。
そしてニノン・サジュマン(ec5845)もまた、それを一心腐乱‥‥いや、不乱に読み耽っていた。
「一体、何が書かれているのですか?」
ふと、二人の乙女の背後から声がかかる。
「――ぼっ‥‥っ!?」
ご本人さま、登場。
さあぁっと、二人の顔から血の気の引く音が聞こえた。
「だ、ダメです! 関係者は閲覧禁止ですからっ!!」
「関係者‥‥?」
首を傾げる貴婦人の背を、二人の貴腐人がぐいと出口に押しやる。
「それがこの世界の暗黙の了解、いや、マナーなのじゃ!」
「そうです、マナーで、ルールで、掟なんですっ!」
‥‥そういうもの、らしい。
一方、表通りでは。
「‥‥まったく、どうして俺がこんな格好を‥‥」
ぶつぶつぶつ。
太一郎は巫女姿がよほど気に入らないのか、それとも予想以上の美女に変身してしまった事の照れ隠しなのか、猛と並んで歩きながら盛んに文句を垂れていた。
「巫女の格好した先生も素敵ですわ。ほら、先生。言葉遣いもちゃんとしなきゃ、ね?」
うふふ、と可愛らしく微笑んだ猛を、太一郎はじろりと睨む。
「‥‥観光に来たんじゃないんですか? この英国でこんな格好したら目立ちすぎますよ、勘弁して下さい‥‥」
そう言いつつも、内心ではまんざらでもなかったり、する?
「ええ、観光ですわよ? ですから‥‥」
猛はぐいっと太一郎の腕を引き、自分の腕を絡ませた。
「さあ、参りましょう? 先生を弄ぶ‥‥じゃなかった、先生と一緒に観光できてうれしいですわよ」
そのまま、太一郎を引きずる様に歩き出す。
明るく健全な表通りから、禁断の香り漂うアブナイ裏通りまで‥‥全てを見てしまった二人は、それまでの女性に対する認識を改める必要に迫られたとか、なんとか。
「‥‥猛、あなたのせいですからね」
もぐもぐもぐ。
「俺の女性に対する淡い夢を‥‥」
ばくばくばく。
「甘いもので俺を釣ろうなんて百年早いですよ」
あんみつ、おかわり。
異国で食べる故郷の味は、また格別だった。
「乙女道、かあ。女の子には楽しい所みたいね」
いつものズボンをロングスカートに変え、白の長袖ブラウスの上に黒い長袖のガウンを羽織ったディーネ・ノート(ea1542)は、ルザリア・レイバーン(ec1621)と並んで歩いていた。
スカートは余り好きではないが、普段の格好では男の子と間違われる可能性がある。その為の、やむを得ずの選択だった。
「何か旨いもんとかあるかしらね♪」
それにしても、暫く離れているうちにキャメロットの町も随分変わったものだと、ディーネは物珍しそうに辺りを見回す。
「こんな通り、前はなかったわよね‥‥?」
「そうだな、確か‥‥流行りだしたのは、つい最近だったと思う」
落ち着かない様子で隣を歩くルザリアが答える。
「‥‥さっきから気になっているのだが、私の格好は変なのだろうか?」
「ん? なんで?」
深紅のドレスに、同色で揃えた耳飾り。慣れない格好のせいか、周囲の視線が気になって仕方がない様子だ。
「どうも、大勢の人にじろじろと見られている様なのだが‥‥」
「そお?」
すっとぼけた返事に、ルザリアは頬を赤く染めた。
「背が高いからな‥‥似合わないとは思うが」
確かに注目を集めてはいる。
しかしそれは、本人が考えている様な理由からではないのだが‥‥
赤くなったり青くなったり溜息をついてみたり、挙動不審な友人の様子を、ディーネは笑いを堪えつつ楽しそうに観察する。
注目の理由が「とても良く似合うからだ」などという事は、わかっていても言わない。
やがて周囲の視線にも慣れたのか、ルザリアはのんびりと散策を楽しみ始めた。
道の両側に並ぶ店をひとつずつ、ゆっくりじっくり丁寧に観て廻る‥‥が、なかなか財布の紐は緩まない。
所謂、三十四あると言われる乙女技の一つ「見てるだけ」という奴だ。
「‥‥あ」
一軒のアンティークショップの前で立ち止まり、ルザリアは子供の様な満面の笑みを浮かべる。
どうやら、何か気に入った物を見付けた様だ。
「それ、買うの?」
ディーネの問いに、ルザリアは嬉しそうに頷く。
「ほんと、そういうの好きよね」
「そう‥‥だな」
素直な反応に、ディーネの顔にも笑みが零れる。
「じゃ、そろそろ小腹もすいたし、どこかでちょっと軽く食べようか」
この辺りにはまだ、一般向けの店も多い。二人は小綺麗な看板を掲げた小さな店に入って行った。
「ふはは‥‥いや、あはははは」
――なんか、変な人がいる。それは勿論、ボールスの格好をしたヴラドだ。
「余、いや私が円卓の騎士ボールスなの‥‥です」
わざわざ名乗りを上げたその声に、周囲で散策をしていた貴腐人達が怒濤の様に押し寄せて来た。
「え、うそ! 本物!?」
「でも、なんか‥‥ちがくない?」
「えー、本物って、大抵こんなもんだよー」
こんなもん、とはどういう意味だ。
「だって、ほら!」
貴腐人のひとりが、近くの店で買ったばかりの肖像画を掲げる。
そこに描かれているのは‥‥何と言うか、乙女のドリーム全開で美化されまくった、白馬の王子様だった。
「皆が知ってるのって、この顔でしょ? リアルでこんな美形、いるワケないじゃん?」
なるほど、それがドリームだという事は、彼女達にもわかっているらしい。
「じゃあ、やっぱり本物?」
「本物なら‥‥」
四方八方から、彼女達の手が伸びて来た。
「触らせてぇぇ!」
なんでも、乙女の手には摩訶不思議な7つのドリームパワーがある、らしい。
そのひとつが、相手の不幸を吸い取り、幸福を分け与えるパワーなのだとか、なんとか。
例の厄招き人形と同じ発想‥‥なのかもしれない。
「世の情勢は混沌としておるが、ここは活気に溢れておるのぅ」
貸本茶屋を思う存分に堪能し、今度は関連グッズを物色していたニノンが、その様子を満足げに見ながら頷く。
「結構なことじゃ。おなごが夢を見られなくなったら世も末――その点、まだキャメロットは大丈夫であろ」
そう、女性が元気な国は、ちょっとやそっとの事では潰れない。
「なるほど、異国情緒の四方山話にお面白そうなところですね」
それにしても、と玲瓏は首を傾げる。そこに並ぶ品々の、一体何がそれほど彼女達を惹き付けるのか、それがわからない。
「英国女性の本性って‥‥メリンダさまは、おわかりになりますか?」
玲瓏は傍らを歩くメリンダに訊ねてみた。
「あの、私にも‥‥よく、わかりませんわ」
そう言いつつも、メリンダの表情は猫屋敷を出る前よりも随分と寛いで見えた。
それは、この場所が「あのアスタロトさえ避けて通った」と噂される聖地だから、だろうか。
メリンダの表情を見て、玲瓏は思い切って心にかかっていた事を切り出してみた。
宴の夜のことがあってからずっと、彼女に会いたい、会って自分の考えを伝えたいと思っていたのだ。
「メリンダさまは、初夏に蜂蜜を戴きにあがったのを覚えていらせられますか?」
その言葉に、メリンダは静かに頷く。
「私のを差し上げようとしましたら‥‥メリンダさまは黙しておくことも、異国の珍味として片付けよう事もできましたのに、王妃さまをお立てになって召し上がりませんでした」
「‥‥そんな事も‥‥ありましたわね」
もう、遠い昔の出来事の様な気がすると、メリンダは小さく微笑んだ。
「私は、メリンダさまの王妃さまへのお気持ちも、あの時偶然お会いした騎士さまへのお気持ちも、他意はなかったと信じております」
「――ありがとう、ございます」
堅い話は、これくらいにしておこう。
二人は人だかりの出来ている店の方に視線を移した。
「これが、例の‥‥厄招き人形ですの?」
サクラが店先にずらりと並ぶ同じ顔をしたぬいぐるみ達を、呆気にとられて見つめている。
「なんでも商いになってしまうのですね」
商魂たくましい事だと苦笑いを浮かべるサクラの目を、座高20センチから60センチまで、大中小のねこみみぼーるす達がつぶらな瞳でじっと見つめ返す。
「かわいいの〜♪」
奥の棚に飾られた大ぼるを、ラティが思いきり抱き締めた。
肌触りの良い生地に上質の綿が詰められたそれは、ふわふわもこもこ。
「えっと、ティーはお土産に大きいの2つと、中くらいの2つ買うの!」
「あれ、自分のは買わないの?」
ラディに問われ、ラティはぶんぶんと首を振った。
「勿論、買うに決まってるの!」
そして、大ぼるに手を伸ばしかけた所で‥‥
「ティー、その前に財布と相談した方が良いと思うけど?」
「え‥‥」
お金は、ない事はない。でも。
「‥‥わかったの。ちゅーぼるさんでガマンするの‥‥」
「じゃあ、僕、いや、私は小さいのをひとつ」
ラディが、ちぃぼるを手に取る。
「えっと、これを買うことによってキャメロットが平和になる‥‥でしたっけ?」
アーシャのその解釈は微妙に間違っている様な気がしないでもないが、この際細かい事は気にしない。
「では、キャメロットの平和の為に、大サイズを!」
良いのだろうか、こんな商売。
「あ、それから‥‥リアルタイプの人形ありませんか、装備や衣装が凝っているの希望〜♪」
出来れば関節が自由に動くものを‥‥え、それは無理?
そして、ずらりと並んだ円卓グッズに瞳を輝かせている乙女がもうひとり。
「円卓グッズに武将グッズ‥‥ええい、大人買いどころか暴れ買いしてやるわ!」
ニノンは既に持参した袋の底が抜ける程に散財しているのだが、それでもまだ足りないらしい。
「ふむ、何か新しい鞄が欲しいのう‥‥」
買い物し過ぎた乙女の為に、そうした物を各店共通で売る様にすれば便利だし、土産にもなる。
目立つ様に「乙女道」と大書してあれば、宣伝にもなって尚更よろしい。
「しかし、もう少し気軽に買える小物も充実させたい所じゃのう」
ニノンは暫し考え、ぽんと手を打つ。
「円卓の騎士の頭文字を刻印したメダルの根付はどうじゃ? 彼らの目の色と同色の小さな鉱石チャームを付ければ‥‥」
同じデザインでペンダントなどにも使い回しが利きそうな所がポイント高い。
「では、わしはそろそろ次の店に向かうとするかの」
まだ買い物を続けるつもりらしい。ニノンは買い求めたおぉぼるを、荷物持ちとして連れて来たユニコーン、ティアマトの背に跨らせた。
「ふ、なかなか凛々可愛いのぅ」
‥‥そのうち、凛々しくて可愛い、白馬に乗ったバージョンも登場するかもしれない‥‥。
「そういや、ウォルも欲しいって言ってたよな? つか、誕生日だっけ」
蒼汰が言った。
「今年は何も用意出来なかったからな‥‥そうだ。購入資金、俺が出してやろうか?」
「え、良いの? じゃ、でっかいの!」
遠慮のカケラもない答えに、蒼汰は苦笑いを漏らす。
が、肝心のぬいぐるみが‥‥ない。
「あれ、もう売り切れか?」
「‥‥あ、今‥‥作ります」
蒼汰の言葉に、店の奥から返事が返る。その声は、何だか聞き覚えがある様な‥‥?
「――マイ? 何してんの、こんなトコで?」
おぉぼるを抱えて姿を現したのは、マイ・グリン(ea5380)だった。
「一緒に来るって言ってたのに、どこ探してもいないから‥‥」
ウォルに問われ、マイは自分でもよくわからない様子で僅かに首を傾げた。
おかしい。
暫く関われない間に色々と有ったらしい、ウォルの顔を見に来ただけ‥‥の、筈だったのに。
気が付けば、店の奥で針仕事に精を出していた。
‥‥乙女道って、何だろう? 厄招き人形って?
「まあ、らしいっつーか、なんつーか‥‥ん?」
手渡されたおぉぼるの短い腕に、小さなぬいぐるみが抱えられている。
「‥‥おまけ、です」
「――って、これ‥‥オレ!?」
奔放に跳ねた茶色の髪に、まん丸い大きな目。
生意気そうな表情を浮かべたそれは、どう見てもウォル人形だ。
「‥‥つい、手が滑りました」
しかし、出来映えには自信がある。
「‥‥ボールス卿には、特大サイズをお作りしましょうか」
それを聞いて、ボールスが目を輝かせる、が。
「待った!」
蒼汰からストップがかかった。
「え、どうして‥‥」
「いくらキュート耐性低くてもコレはダメですよ、意味無いし」
「でも‥‥」
ボールスは捨てられた子犬の様な目で蒼汰を見つめる。
ただでさえその目は反則なのに、今はどこから見ても女性そのもの。
美人にそんな目で見られたら、大抵の男は否とは言えないだろう‥‥例え彼女がいたとしても。
「だ‥‥だめですっ!」
蒼汰、ありったけの気力を総動員。
「その代わり、ユキにちま作成をお願いしてありますから‥‥帰ったら作って貰いましょう、ね?」
かく言う蒼汰も、こっそりと買い求めたちぃぼるを懐に忍ばせているのだが。
「‥‥はい‥‥」
ボールスは、しょんぼりと頷いた。
‥‥そんなに欲しかったのか。って言うか、自分がモデルのぬいぐるみを欲しがるって、どうなんだ。
「ま、確かに原型留めないほどカワイイけどさ」
ウォルが言った。
「オレのこれ、居間に飾っといてやるから。それで良いだろ?」
部下と弟子に宥められ、円卓の美女は漸く諦めた様だ。
「‥‥他に注文は、ありますか?」
マイがメモを手に声をかける。
「あ、私もひとつ。あの、オマケも‥‥付きますわよ、ね?」
サクラの場合、本体とオマケのどちらが本命なのだろうか。
「余、いや、私も買うのだ、です」
「私は2つお願いね」
ヴラドとディーネが言った。
「‥‥夕方までには出来ると思います」
「マイ、お前は? 見て回んなくて良いの?」
ウォルに問われ、マイは首を振る。散策よりも、店に籠って内職している方が楽しいらしい。
最小は指人形サイズから最大は等身大まで、どんな注文にも応じられる自信があった。
「じゃ、オレ達はもう一回りして来ようぜ‥‥じゃない、来ましょうですかしら?」
「ウォル、そんな無理に女言葉を使わなくても‥‥」
サクラがくすくすと笑う。
「と言うか、普通に男の方を見かける様な気がするのは‥‥気のせいでしょうか?」
気のせいです。
「では、私は先に戻りますから‥‥」
ボールスが言った。どうやら気を利かせたつもりらしい。
仲間達が思い思いの方向へ散って行く。
「それにしても、この余のグッズが無いとは、乙女道もまだまだ甘いであるな」
去り際に、ヴラドがそんな台詞を呟いた。
(「ウォルの誕生日プレゼント‥‥どうしましょう」)
並んで歩きながら、サクラは悩んでいた。
厄招き人形をプレゼントにしようか、とも思ったが‥‥それは先を越されてしまった。
それに、流石に別のものがいいだろう。
(「手袋とか‥‥うーん‥‥」)
何が良いだろう。少し探してみようか。
「どした?」
「‥‥え?」
声をかけられ、サクラはふと我に返った。
「なんか上の空だし。こういうトコ、好きじゃないのか?」
いつの間にか同じ位の高さになったウォルの青い瞳が覗き込んでいる。
「あ、そういう訳では‥‥」
「じゃ、オレと一緒なのがヤなのか?」
ぶんぶんぶん。サクラは思いきり首を振る。
「じゃあ何だよ?」
「あの‥‥プレゼントを‥‥まだ決めてなくて」
「‥‥なーんだ」
そんな事か、とウォルは小さく鼻を鳴らした。
「べつに、いいよ。そんな事よりさ。お前は‥‥」
言いかけた言葉を途中で飲み込む。
「何でもない。行くぜ?」
白いドレス姿のウォルは、先に立ってさっさと歩き出す。
「あ、待って‥‥」
まだ、ちゃんと言ってない。
「ウォル、15歳の誕生日、おめでとうございますわ」
「ん、ありがと。へへっ、もう立派な大人だぜ?」
そう言って鼻をこする仕草は、どう見てもまだまだ子供、だった。
一足先に引き上げて来たボールス達は、猫屋敷で寛いでいた。
居間の隅で、ユキとラディが忙しく手を動かしている。その目の前に、ちぃぼるがちょこんと置かれていた。
「これをモデルに、ちまボルにゃんをお作りしますの。それに、ちまエルにゃんとちまウォルわんも」
「僕は服作りを手伝うんですけど、どんなのが良いですか? ボールス卿は人形とお揃いで良いかな‥‥あと、エルくんとウォルくんのちまも作るんですが」
ラディに訊ねられ、ボールスは小さくなって着られなくなった息子の服を引張り出して来た。
「これと似た感じに、お願い出来ますか? ウォルは‥‥そうですね、誕生日の記念に、騎士の正装でもさせてあげましょうか」
本人にはまだ少し早いだろうが、気分だけでも味わえるかもしれない。
「でも、3つも作るのは大変ではありませんか?」
「大丈夫ですの。すぐ出来ますから、待ってて下さいですの」
ユキは途中まで出来ている素体をいくつか、いつも持ち歩いている。これを元にすれば、そう時間のかかる作業ではなかった。
「はい、出来ましたの」
「こっちは息子さんに、どうぞ」
親子のちまを手に、ボールスのカワイイモノスキーの心は充分に満たされた様だ。
「ありがとう、大切にしますね」
「あと、こっちはウォルくんに‥‥あ、ちょうど帰って来た」
オマケつきのおぉぼるを抱え、サクラと一緒に門をくぐる姿が見えた。
「あ、ティーもプレゼント渡さなきゃなの!」
ラティが荷物から聖十字架を取り出す。まだ魔法の腕が未熟なウォルにとっては、補助効果の付いたそれは重宝するだろう。
「あ、そうか。誕生日‥‥僕は何も用意してなかったな」
ラディは荷物をがさごそ。
「吉備団子‥‥食べるかな」
このまま、お茶会でも開こうか。
暫くぶりに、賑やかな声が猫屋敷に満ちる。その声は夜になっても止む事はなかった。
そしてその頃、乙女道の最新流行スポット執事喫茶では‥‥
「ふ〜、余は満足じゃ〜‥‥なーんてね♪」
アーシャがひとり、戦利品を前に祝杯を上げていた。
今日は宣言通り、めいっぱい遊び倒した。
この充実した一日を糧に、萌えねるぎーを蓄えつつ、雌伏の時を過ごすのだ。
そう、次の戦い‥‥冬の陣の火蓋が切って落とされる、その日まで。