●リプレイ本文
町の広場の一角に、小さな魔界が出来上がろうとしていた。
「少しでも子供達の思い出作りに頑張ります」
妙道院孔宣(ec5511)がにっこりと微笑んだ。そして愛編荒串明日(ec6720)と手分けをしながら木材を切り分け、魔王様の玉座や柱、それに現世との境界を示す柵をこしらえて行く。玉座の周囲に巡らされた柵はちび勇者達の安全を守る為のものだ。
細部の仕上げはマロース・フィリオネル(ec3138)の担当だった。絵画道具一式を使って、それらしい色を塗り、装飾を施す。
ムーンシャドウの魔法が使える状況ならば、その柵は術者の誘導路ともなる筈だったが、生憎今夜の月の出は真夜中過ぎ。イベント自体は日が暮れてから行われる手筈だったが、流石に子供達を夜中まで遊ばせておく訳にはいかない。
「そこは何か別の手段を講じる事にしましょうか‥‥」
魔王様最終形態を演じる宿奈芳純(eb5475)が会場の様子を見ながら呟く。
「夜ですし、隠れ場所と照明を工夫すれば何とかなると思いますよ」
ヴァラス・シャイア(ec5470)が言った。後はイリュージョンで誤摩化せば大丈夫だろう。魔王と勇者達の待機場所を決め、お互いの場所が見えない様に工夫を凝らす。
勇者達の先導役であるヴァラスは、同じ先導役マロースと共にその二点間の道順を頭に入れ、安全を確認する。
会場や沿道の掃除は元馬祖(ec4154)と荒串明日が分担し、荒串明日は更に「魔王様はこちら」と書かれた道標を設置して行く。
「では私は魔王に召喚される魔物となって、存分に子供達を怖がらせましょう」
それが終わると、荒串明日はいそいそと舞台裏に消える。神聖黒の使い手は、こういう時に重宝だ――何しろミミクリーを使えば変装もメイクも必要ないのだから。
そして――夜。
今宵の魔王は一味違う。
「ねえ、どうだった? どうだった?」
「すっげえよ! すっげえ‥‥すごかった!」
「え、なになに? 何がそんなすっげぇの!?」
待機中の子供が、最初の「公演」から戻った子供を捕まえて情報をせがむ。しかし‥‥
「それは、順番が来てからのお楽しみです」
ついつい口を滑らせてしまいそうな子供達に、マロースが片目を瞑ってみせた。
「聞いてしまったら、楽しみが減ってしまいますから、ね?」
ネタバレは、禁止。
「では、魔王を退治し終わった勇者様はこちらへ」
ヴァラスが手招きし、おやつの乾餅「江戸」を配る。
「お菓子でも食べながら待っていましょう」
その間に、マロースは新たな勇者達へ皮兜とマント、そして檜の棒を加工してそれらしく見せた勇者の剣を貸し出す。加工を担当したのは、物陰に潜んで出番を待つ魔王様その2、孔宣だ。
「これは魔王を倒す為の武器です。魔法の言葉を唱えれば武器が発動し魔王を攻撃します。その言葉を教えますね」
それは魔法の言葉であると同時に、子供達にイリュージョンによる幻覚を送り込む芳純への合図でもある。
「武器を突き出し、次の言葉を叫んで下さい。『リベル』と叫べば武器から光の球が、『ボルト』と叫べば雷の球が、『フレア』と叫べば炎の球が出ます。また『シールド』と叫べば敵の攻撃を防ぐ事ができます」
どきどきどき。子供達は口々に呪文を唱え、剣を振り回しながら、本番に備える。
「では、準備も整った様ですので‥‥行きましょうか」
今回、浚われ役の子供はいない。前回その子に出番がなかった事を報告書で読んだ馬祖の提案により、4人一組で復活した魔王を倒すシナリオに変更されたのだ。
その馬祖は、復活を遂げた魔王その1として子供達を待ち構えるとして玉座にでん、と‥‥いや、ちょこんと、座っている。
まるごとお化けに身を包み、マロースに変装を手伝って貰って、多少はそれっぽい雰囲気を醸し出してはいるが‥‥何しろ、体が小さい。
でも良いのだ、これで。今度の魔王様は一味違うのだから。最初はまだ、小手調べ。勇者達を油断させるのだ。
『よくぞ来た‥‥』
マロースに先導されてやって来た勇者達に向かって、精一杯怖そうな声を出す。しかし。
「なんだよ、ちっせぇ魔王だなー」
思いっきり不満そうな、勇者その1。
『‥‥む。わが名はグートゥ。かつて諸君ら勇者に敗れたものの、魔王様をその身に宿し復活を遂げた‥‥』
だから、小さくても良いのだ。お楽しみはこれからなんだから、文句言うんじゃない。
『さあ勇者諸君。全力を尽くし、私を楽しませよ』
戦闘開始だ。
「ふん、あんなチビ魔王こわくねーぞ!」
勇者達は一斉に、手にした勇者の剣で殴りかかる。‥‥って、ちょっと、筋書き違うよ魔法はどうした!
『‥‥ふ、チビ勇者のくせに生意気な‥‥。だが、この私には剣など効かぬ!』
ほんとは痛いけど。でも、痛くない。痛がっちゃ、だめ。
「皆さん、下がって下さい。魔法の言葉を!」
勇者達を集め、念の為にホーリーフィールドを展開したマロースが助け舟。どちらかと言うと、助けたのは魔王様っぽい、けれど。
「あ、そうか! よし、えーと‥‥ベルト!」
勇者様、それ呪文違うよ! 違うけど‥‥なんか発動しちゃったよ魔法!
演出担当の芳純が聞き間違えたのか、それとも多少のイレギュラーもOKと寛大な対処をしたのだろうか。
ともかく、呪文と同時に派手な雷の球が魔王様を直撃する映像が、イリュージョンの魔法によって子供達の脳内に送り込まれる。
『――なに?』
ちょっと遅れて、魔王様がダメージを受ける、真似。演技下手とか、言わない。
「おお、すげぇっ!?」
勇者様達は大喜びだ。
「他のも試してみようぜ! えぇと‥‥フレア!」
――ゴオッ!
火の球が飛ぶ。リベルと叫べば光の球が剣の先から迸る。勿論全てイリュージョンによる演出だが、勇者達はそんな事は知らない。素直にすごいすごいと大喜びだ。
『ぐぉ! ‥‥こ、こしゃくな‥‥っ』
魔王様は天に向かって両手を掲げた。召還のポーズだ。
『暗き空よ。我を加護せよ』
途端、黒く巨大な影が勇者達の頭上すれすれを飛び、魔王様を守る様に舞い降りた。禿鷲の様な姿をしたそれは大きく口を開け――紫色の炎のブレスを吐いた!
勿論、それもイリュージョンだ。そして怪物の正体はミミクリーで化けた荒串明日。ついでにモデルとなったアクババは炎なんか吐かない。でも良いのだ、楽しければ。ノリだ、ノリ。
「え、えと、えと‥‥し、しししーるどぉっ!!」
勇者のひとりが咄嗟に叫ぶ。たちまち光の防壁が現れ、そこに当たった炎は四方に分散し、渦を巻いて消えた。
「おお、すげぇっ!」
きらきらきら。勇者達の目が、イリュージョンで見せられた光の洪水よりも輝いている。
『ならば、これはどうだ‥‥深き地よ。我を加護せよ』
その言葉と共に、召還モンスターは泥の様なクレイジェルに姿を変えて地面を這う。そして、勇者達の目の前で――
『グアァァァッ!』
3つの頭を持つ地獄の番犬、ケルベロスに姿を変えた! しかも、頭だけが泥の中から伸び上がって、ぞろりと牙の生え揃った真っ赤な口を開けているのだ。
「きゃあぁぁぁっ!!!」
そりゃ、怖いよね。勇者達の足元がほわ〜んと暖かくなった。なんか、香ばしい香りもする。‥‥誰かが、ちびったらしい。
「くそ、よくも弟を泣かせやがったなっ!!」
――ばこーん!
お兄ちゃん勇者の一撃がケルベロスの頭をぶっ叩いた! ああ、何と麗しき兄弟愛‥‥かと思えば。
「洗濯すんの、オレなんだからなっ!」
――がこーん!
そんな裏事情も、あったりするらしい。
頭を思いきり叩かれたケルベロスは再びクレイジェルに姿を変え、すごすごと魔王様の元へ帰って行く。
『く‥‥っ、我が手下も歯が立たぬとは‥‥良かろう、遊びは終わりだ‥‥』
魔王様は両腕を広げ、天を仰ぐ。
『我に‥‥チ・カ・ラ・ヲ‥‥!』
かりそめの姿を脱ぎ捨てた魔王様は、巨大化した!
交代シーンは芳純のイリュージョンで適当に誤摩化しつつ、現れた巨大魔王様はその巨体を更に誇示するかの如くゆっくりと跳躍し、勇者達の前に現れた。
――ずしぃぃん!
今度の魔王はまるごとしろわしさんの着ぐるみに鬼相の惣面を付け、美術担当のマロースが飾り付けた禍々しい装飾品をゴテゴテと付けている。体の大きさとも相俟って、随分と魔王らしく見える。
真・魔王様は跳んでいる間に足の下をくぐり抜けて背中からムチでしばきたくなる程、ゆっくりとした動作で勇者達に近付いて来た。着地と同時に大きく息を吸い込み、ブレスの用意。それを見た芳純が、吐き出された炎が火の球となって勇者達に襲いかかるイリュージョンを作り出す。
「こんなもん、怖くねーや! シールド!」
勇者のひとりが、もうすっかり慣れた様子で魔法を唱える。たちまち現れた光の壁によって、火球は全て防がれてしまった。
「ショボい魔王だな、さっきの犬の方がぜんぜん怖かったぜ!」
言ってくれるなチビ勇者。
『ならば望み通り、その牙の餌食になるがいい‥‥!』
台詞と共に、地面が蠢く。クレイジェルとなって待機していた荒串明日だ。
『グアァァァッ!』
「ぎゃあぁぁぁっ!!!」
阿鼻叫喚、再び。しかしチビ勇者達も負けてはいない。泣きながらめちゃくちゃに剣を振り回したり、もう剣なんか投げ捨てて素手でポカスカ殴ってみたり。
何だかもう、ただのチャンバラと化している。ってゆーか魔王様タコ殴りされてるし。
『く‥‥っ、ぐぉぉぉ!』
がっくりと片膝を付いた魔王様の叫びは、まんざら芝居だけでもなさそうだ。
『‥‥面白い。真の力を見せる時が来た。うおぉぉぉっ!!』
変身シーンをイリュージョンで送り込みつつ、芳純は孔宣と入れ替わる為に走った。ムーンシャドウの瞬間移動が出来ないのだから、走るより仕方がない。
『はあっはっはっはぁーーーはぁ、はぁ』
高笑いを発しつつ入れ替わった魔王様・最終形態は、ちょっと息が切れていた。でも、頑張る。
『オルコァ!』
叫ぶと同時に、自らイリュージョン。
途端に魔王様の体が赤い結界に包まれた。勇者達の攻撃も――魔法さえも、届かない。魔王様、無敵。そればかりか‥‥
『――行け!』
具体的には直径2mの赤光球が15発、チビ勇者目線では「すっげえのがたっくさん」、魔王様の手から放たれる。その攻撃は何とかシールドで防いだが、攻撃が効かないのでは倒せない。
「ど、どうすんだよぉ!」
勇者、涙目。
そこに颯爽と現れたのは、正義の助っ人ヴァラス。ブロッケンシールドで子供達を守りつつ、助言を与える。
「必殺技を教えましょう。皆で声と武器を揃えて『グレイスクロス』と叫ぶのです」
ひっさつわざ‥‥なんか、かっこいい。勝てそうな気がする。
「よし、行くぞ!」
せーの。
「グレイスクロス!」
勇者達は声を揃え、剣を魔王に向かって突き出した。――勿論、投げ捨てちゃった子にはちゃんと拾ってあげたのだ‥‥サポート役のマロースが。
呪文と共に巨大な十字型の光が現れ、魔王様に向かって一直線に突き進む。その光は赤い結界ごと魔王様を貫いた。
「こ‥‥、この私が‥‥っ!?」
巨体が光に包まれ、呑み込まれ――そして、消える。
まおうを たおした !
「すっげえよ! すっげえ‥‥すごかった!」
そしてまた、同じ光景が繰り返されるのだ――新たな勇者達と、計4回。
魔王様達が忙しいのは勿論、待機中の子供達を交代で預かるマロースとヴァラスも、彼等を飽きさせない様にと空飛ぶ絨毯に乗せてみたり、アッシュエージェンシーで生み出した分身をライトバスターの光の刃で消し去る寸劇を見せてみたりと、忙しい。
4回全てが終わった時には、冒険者達はぐったりと疲労困憊。それでも、まだ‥‥最後の仕上げが残っていた。
「魔王からの伝言です」
魔王に取り憑かれていたが、今はそれが倒されたお陰で正気に戻ったらしいグートゥ‥‥馬祖が言った。
『いつか本当の勇者となる日まで。できぬ事に焦るな。できる事を怠るな』
世界征服を企む魔王様らしからぬ伝言だが‥‥子供達はちゃんとわかっている。その魔王様が、本物ではない事を。
「ありがとう。ねえ、他の魔王も呼んで来てよ。ちゃんとお礼言いたいし!」
「それとね」
勇者達が、にこーっと笑う。
「来年もまた、復活してね!」
魔王退治の物語は完結した。しかし‥‥それを望む声があるならば!
魔王は復活する。いつでもどこでも、何度でも!
ご近所の魔王様は、いつだって夢見る子供達の味方なのだ!
――そして、後日。
子供達ひとりひとりの元に絵が届けられた。魔王退治の様子を描いたそれは、マロースの筆によるもの。
魔王退治の記念にと、孔宣が頼んだものだった。