あしたの向こうへ、一歩ずつ

■イベントシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月21日

リプレイ公開日:2010年02月18日

●オープニング

 いろんな事が、あった。
 良い事と、そうじゃない事。
 出来た事と、出来なかった事。
 手に入れたものと‥‥失った、もの。

 まだ、これから‥‥この先に何が待つのか、わからない。
 伸ばした手で掴むのは、何だろう。
 少し怖くもあり、楽しみでもある――未来。


「一緒に、見に行こうな、エル」
「‥‥なにを?」
「未来」
 見上げた青い瞳に目を合わせ、ウォルフリード・マクファーレンはにこりと微笑む。
「オレはずっと、一緒にいるから。お前やお前の父さんを、助けていくからさ」
 ――そう、オレはどこにも行かない。
 ウォルにとって、師匠ボールス・ド・ガニスの一人息子エルディンは今や弟の様な存在だった。
 いや、一人息子ではない――ボールスの家族はいつの間にか3人に増えていた。一人はこの子、エル。そして一歳半になったコーネリア‥‥コニー。もう一人は昨年末に猫屋敷の門前に捨てられていた男の赤ん坊だ。
 コニーの母親ティナは、半年前に師匠の保護下を離れた――つまり、出て行ったのだ。娘を置いて。身軽になって人生をやり直したい‥‥とか言っていたが、今頃どこでどうしているのやら。
 捨て子はまだ臍の緒が付いたままの状態で門の前に置かれていた。捨てた理由は‥‥なんとなく、わかる気がする。その子は、ハーフエルフだったから。
 半月の間、その子の母親や家族を探したが‥‥結局、何の手掛かりも得られなかった。その為、銀色の髪に赤い瞳のその子はアルフェンと名付けられ、ガニス家の一員として迎えられる事になったのだ。
 ボールスもエルも、家族が増えた事を素直に喜んでいた。確かに、全員血の繋がりがない、ちょっと普通とは言い難い家族ではあるが‥‥そんな事は関係ない。
 ‥‥執事は「犬猫の子じゃあるまいし」だの、「孤児院でも始めるつもりか」だのと文句を言っていたが‥‥それでも、ボールス親子が能天気に喜ぶ姿を見て、目尻が下がるのを隠し切れない様子だった。


 そんな訳で、今日はその子‥‥アルフェンが正式に家族の一員になった事を知らせる、お披露目のパーティが開かれる事になっていた。
「ウォル、ぼくもパーティの準備、手伝うからね?」
「お、流石はお兄ちゃんだな」
 エルも6歳になった。もう赤ん坊ではない。母親が恋しいとも、言わなくなった。
「神さま、ちゃんとぼくのお願い、覚えててくれたんだね」
「‥‥そう言えば、弟が欲しいってずっと言ってたよな、お前」
 その弟が一緒に遊べるような歳になる頃には、エルはもう大人になっているだろうけれど。
「じゃ、大事な弟のお披露目会だ。頑張ろうな?」
 ウォルはそう言うと、エルの金色の頭をくしゃくしゃに掻き混ぜた。


「‥‥奇妙な縁だな‥‥」
 その頃、ボールスは新しく増えたベビーベッドで寝息をたてる、耳の尖った赤ん坊の寝顔を見つめていた。
 愛した女性の息子と、自分を敵と見る男の娘。そして、赤の他人。
 その3人が今、自分の子供として‥‥家族として、ここに居る。不思議で、奇妙な縁。
「‥‥この子が成人するのを見届けるまで、死ぬ訳にはいかないな‥‥」
 最初はエルが大人になるまでと、そう思っていたのに。いつのまにか目標が延びてしまった。
「長生き、しなくちゃ」
 全員を、幸せにする為に。出来るかどうかは‥‥わからない、けれど。
 しかし、この「家族」が上手くいくなら、きっと。
「あしたの向こうは、明るい‥‥かな」
 ボールスは小さく微笑むと、赤ん坊の銀色の髪にそっと指を触れた。

●今回の参加者

ルシフェル・クライム(ea0673)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ ウィンディオ・プレイン(ea3153)/ マイ・グリン(ea5380)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)/ ラルフィリア・ラドリィ(eb5357)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ サクラ・フリューゲル(eb8317)/ ヒルケイプ・リーツ(ec1007

●リプレイ本文

「ここに来るのも、久しぶりだな」
 デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)は猫屋敷の玄関先に立ち、呟く。
 暫く訪れる事のなかったその場所。そして、また暫く‥‥訪れる事のないだろう場所。
「気づいたら、長い間ボールスさんの所に出向くこともなくなっちゃってたし」
 旅立ちの前に、もう一度。
 デメトリオスは勢い良くドアを開ける。
「こんにちは、遊びに来たよ!」
 今日は円卓の騎士ボールス・ド・ガニスの、いつの間にか増えた家族のお披露目パーティだ。
 猫屋敷には彼やその弟子ウォルフリード・マクファーレンに所縁のある客達が次々と訪れていた。
 中にはデメトリオスの様に久しぶりに訪れる者も多い。
「お久しぶりにお邪魔させて頂きますね」
 ヒルケイプ・リーツ(ec1007)も、そのひとりだ。
 この前ここに気たのは、いつの事だったろう。家の様子は記憶にあるものと殆ど変わらない。ただ、違うのは――
 数多い部屋のひとつが、子供用‥‥いや、赤ん坊の為のものに改装されている事。
 小さなベッドに寝かされているのは、ハーフエルフの男の子。今日はこの子、アルフェンのお披露目パーティではあるが、主役はまだ生まれて間もない為に人の多い場所に出す事は出来ない。
 訪問客は皆、この部屋で挨拶を済ませる事になっていた。
「アルフェンちゃん、抱かせて貰っても構いませんか?」
「うん。いいけど‥‥きをつけてね。まだ、くびカクカクするから」
 訊ねたヒルケに、子守役のお兄ちゃんエルディンが答える。くびカクカクというのは‥‥まだ首が据わっていないという意味らしい。
 許可を貰って、ヒルケは小さな身体をそっと抱き上げる。ほんの少し、ミルクの匂いがした。
 自分も、近いうちに‥‥こんな小さな生命をこの腕に抱く事になるのだろうか――
「ありがとうございました。‥‥じゃあ、私は会場の飾り付けのお手伝いをしてきますね」
 ヒルケと入れ替わる様に、ふらりと入って来たのはヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)。
「う〜、王宮の祝賀会にてはしゃぎすぎたのだ‥‥」
 二日酔い、らしい。
「今日はここでのんびりするであるかな」
 しかし、何はなくともまずは新顔にご挨拶。
「はてさて、ガニス家の新しい家族であるか!」
 危なっかしい足取りで近付いたヴラドはベッドを覗き込む。
「男やもめなのに子孫繁栄とはこれいかに」
「お、こと、やも‥‥なに?」
「ん? それはであるな‥‥」
 ――すぱーん!
 エルに訊ねられ、素直に答えようとしたヴラドの後頭部にハリセンが炸裂した。
「余計な事は、教えなくて良いですから」
 にこにこ。背後にボールスが立っている。
 そしてヴラドは‥‥撃沈していた。
「‥‥あれ? そんなに強く叩いたつもりは‥‥」
「あのね、ふつつかよい? なんだって」
「‥‥なるほど」
 それは、響く筈だ。
 小さく笑みを漏らすと、ボールスは頭を抱えたヴラドを肩に担ぎ上げた。水でもぶっかければ酔いも冷めるだろう‥‥って、そんな乱暴な。
「あー、何だか久しぶりに聞いたな、あの音」
 七神蒼汰(ea7244)は開けっ放しのドアの前でその後ろ姿を見送り、懐かしそうに微笑んだ。
 もう随分長いこと、聞いていなかった気がする。元通りになって来た‥‥という事だろうか。
(「これなら、話しても大丈夫か‥‥いや、大丈夫じゃなくても‥‥言わない訳には、いかない、よなあ‥‥」)
 ぐるぐるぐる。
 何やらボールスに話があるらしい蒼汰。
 しかし、時間が経ったとは言え「あんな事」があった後だから――と躊躇っていた。
「ま、それはそうと‥‥アルフェン、よろしくな」
 部屋に入って来ると、すやすやと寝ている赤ん坊に声をかける。アルフェンは大勢の人に見られ、触られ、抱き上げられても平然と眠り続けていた。
「将来、大物になるかも、な」
 くすり。
「エルもコニーも大分大きくなったなぁ‥‥って、あれ?」
 二人を抱き上げようとした蒼汰だが。
「エル、コニーは?」
 一歳半を過ぎたばかりの妹は、隣のベッドで昼寝をしていた筈‥‥なのだが。
「え‥‥あっ!」
 いない。いつの間に‥‥どこへ行ったのだろう。ついこの間歩き始めたばかりだというのに、コニーはもう勝手に一人で歩き回るようになっていた。
「そーちゃ、さがしてっ!」
 お兄ちゃん、大慌て。
「ドア、開けっ放しだったからな。エルはここにいろよ?」
 ぽふんと金色の頭に手を置き、蒼汰は部屋の外に出る。そう遠くまでは行かない筈だが‥‥

 その頃――パーティの飾り付けに追われる食堂では。
「‥‥‥‥」
 じぃいーーーーー。
 淡い栗色の髪を小さなツインテールに結んだ女の子が、薄い碧色の瞳でルシフェル・クライム(ea0673)を見上げていた。
「‥‥あー、その‥‥こ、こんにち、は?」
 準備を手伝う手を止めて、ルシフェルはその前に腰を屈める。
 誰だろう、この子は。その面影には、どことなく見覚えがある様な気もするが‥‥
「‥‥名前は、何というのだろうか」
 丁寧に、訊ねてみる。だが、流石にまだ自分の名を言う事は出来ない様だ。
「あれ、コニー? 何してんだ、こんなトコで?」
 声と共に、ひょいっと抱き上げたのは‥‥
「ウォルフリード殿‥‥か」
 ルシフェルは思わず目を丸くし、久しぶりに会うその姿に見入る。
「あ、こんにちは。久しぶり‥‥って、だからウォルで良いってば」
 照れくさそうな苦笑いを浮かべたウォルは、以前共に戦ったときよりもだいぶ背が伸びていた。
「そうそう、この子‥‥覚えてるかな。ティナの子」
 ガニス家の養女、正式名コーネリア・ド・ガニス。だが、通常は母親が付けた名、コニーで通っている。
「フォルティナ殿の――いや、フォルティナではなく、ティナ殿の子か」
 どうりで見覚えがある筈だ。
「会うのは初めてだっけ?」
「ふむ、そうだな。初対面ということになるか」
 ルシフェルはしみじみと呟く。
「‥‥お腹の中にいた子がここまで育つのだな‥‥時が過ぎるのは一瞬であるな。ウォル殿も随分成長している。若人はこうでなくてはな」
 成長したのは外見だけではなさそうだと、ルシフェルは目を細めた。
「‥‥ルシフェルって、いくつだっけ」
 ――はっ!
 言われて、ルシフェルは苦笑いを浮かべる。
「このようなことばかり言っていては年寄りと言われてしまうか‥‥」
「まだ若いじゃん。つか、師匠より年下‥‥だったよな?」
 その筈、だが。
「私は‥‥そんなに老けて見えるのだろうか」
「や、そういう訳じゃないけど、うん。きっと師匠がおかしいんだ」
 この間も、どこかのお嬢さんに「自分より下だと思った」と驚かれたらしい。
「因みにその人、25歳」
「‥‥それは‥‥どうなのだろうか‥‥」
「なんかそのうち、オレの方が老けて見られそうな気がする」
 いや、流石にそれは‥‥
「――ずるいの!!!!」
「へ?」
 突然の大声に、ウォルは振り返り‥‥見下ろす。
「‥‥ラル?」
 涙目で見上げているのは、ラルフィリア・ラドリィ(eb5357)――ウォルの妹分だ。
「なんだ、久しぶりじゃん‥‥って、お前、縮んだ?」
 あ、それは――禁句。
「うぉる兄、ずるいのっ!!!!」
 ラルは再び繰り返す。
「何が‥‥」
「自分だけおっきくなって、ずるいのっ!」
 なんだ、そんな事か。ウォルは頬を膨らませたラルの頭をくしゃくしゃ。
「大きい人なら、ほら」
 まだ上がいると、ウォルはちょうど部屋に入って来たメグレズ・ファウンテン(eb5451)を見た。
「こんにちは、ウォルさん。はじめまして、コニーさん」
 エルとアルフェンには、もう挨拶を済ませてきた。
「そうですね、背の高さだけなら私が一番ですので‥‥また、高い所の飾り付けでもお手伝いしましょうか」
「あ、別にデカいだけって言ってる訳じゃないぜ?」
 慌てて付け加えたウォルに、メグレズは「わかっています」と微笑む。
「‥‥うん。でも確かに、高い所に手が届くのは便利だよな」
 厨房の棚にも、簡単に手が届く。
「っつー事でさ。料理、するんだろ? オレ手伝うから」
 ウォルは先程着いたばかりのサクラ・フリューゲル(eb8317)に声をかけた。
「‥‥はい。よろしくお願いしますわね」
 嬉しそうに頷いたサクラに、ウォルは重ねて訊ねる。
「で、何作るんだ? お菓子はマイが作ってるから‥‥それ以外のもの、頼みたいんだけど」
 お菓子担当のマイ・グリン(ea5380)は、客間のひとつを占領して巨大なお菓子の家を建設中だった。
「何でも‥‥ウォルは、何か食べたいもの‥‥ありますか?」
「オレは別に何でも。‥‥そうだな、ちょっと買い物でも行って、材料見ながら決めるか」
「え‥‥」
 意外な申し出。料理の材料なら大抵のものは揃っている筈だが‥‥まあ、要するにデートだ、デート。
「ほら、行くぜ?」
 今ひとつ状況が呑み込めていない様子のサクラの手をとって、ウォルはさっさと歩き出す。
「お前、ぽやっとしてんだから‥‥手でも繋いでなきゃはぐれるだろ!」
 ‥‥まあ、そういう事にしておこうか。
「じゃあ、ボクがとめてるからみんな頑張って準備して?」
 によによと見送りつつ、ラルはそこかしこで人の足にまとわりつき、準備の邪魔をしている猫達に突撃。幸せそうに、もふもふのお腹に顔を埋めた。
「この時期もっふもふなの‥‥♪」
 それは皆の手伝いというよりも、ただ自分がわんこ&にゃんこと遊びたいだけの様な気もするが。
「では、その間に」
 わんにゃん阻止効果の程は定かではないが、とにかく飾り付けを済ませてしまおうとヒルケ。
「ええと、テーブルクロスは‥‥ないのでしょうか」
 何も掛けられていない殺風景なテーブルを見る。
「白いクロスでも掛ければ、それだけで明るい感じに‥‥」
 だが、探しに行こうとした所をラルが止めた。
「あぶないの。にゃんこ乗って、ひっぱるの」
「‥‥ああ、それで‥‥」
 ヒルケはぽんと手を打った。
 確かに、料理や何やら色々乗った所に爪を引っかけ、引っ張られたら‥‥ちゃぶ台返し並の大惨事だ。
「では、私はテーブルにお花でも飾りましょうか」
 ヒルケは造花の花束をアレンジして飾る。この時期、生の花を手に入れるのは困難だった。

 一方、によによと見送られたウォルは、庭を突っ切り門を出ようとした所を誰かに呼び止められた。
「ウォルフリード、勝負だ!」
「‥‥あ?」
 声の主はシフールの騎士見習い、チャド・チェリオス。
 師匠であるウィンディオ・プレイン(ea3153)に伴われ、親友のエストと共にこの猫屋敷を訪ねていたのだ。
 三人は今、庭の一角を借りて剣の訓練をしている最中だった。何もこんな所に来てまでやらなくても良さそうな気はするが、それは置いといて。
「勝負だよ、勝負!」
「悪いけどオレ、そういうの好きじゃないから」
 勝ち負けなんか、どうでもいい。
「武器を取る事だけが戦いじゃないし、相手を打ち負かす事だけが強さじゃない。オレは師匠にそう教わった。お前の師匠は、何て言ってるか知らないけど」
「ふん、負け惜しみって奴だな。弱い奴は皆そうやって逃げるんだ。やっぱりお前も、お前の師匠も腰抜けだな」
 だが、ウォルは相手にしない。サクラの手を引いて歩き出す。
「おい、待てってば腰抜け! オレと勝負‥‥っ」
「チャド・チェリオス!」
 ‥‥とうとう、師匠のカミナリが落ちた。
「いい加減にしなさい、そんな状態で立派な騎士を目指せると思っているのか?」
「だって、こいつ‥‥!」
 チャドは相変わらず子供っぽさが抜けない様だ。
 いや、シフールは心身共に、成長に倍の時間がかかる。チャドは実際、まだ子供だった。
「‥‥なんか、さ。あいつを置き去りにしてるみたいで、少し寂しいけど‥‥」
 仕方ないよね、とエストが小さく微笑む。
 その彼も、今では背にした剣がそう不釣り合いでもなくなる程に背が伸び、肩幅も広くなっている。
「後で、少し手合わせしない? 勝負じゃなくてさ」
「ああ、それなら良いぜ」
 軽く拳を合わせると、ウォルは門を出て行った。
「‥‥ちぇっ、何だよ‥‥腰抜け! 腑抜け! 剣より女の方が良いなんて、信じらんねえ!」
 チャドはまだむくれている。
「女性を守りエスコートするのも立派な騎士の務め‥‥」
 などと言っても、子供にはまだ理解出来ないかと、溜息をつくウィンディオ先生。10歳くらいの男の子にとっては、女は敵。女とイチャつく奴も敵。
「‥‥まあ、そのうちにわかる時が‥‥」
 来ると、良いのだが。
「――そうだ、エスト。母上の事なのだが‥‥」
「‥‥はい」
 ウィンディオが切り出したその言葉に、エストは僅かに表情を強張らせる。
 死んだと思われていた母。それが実は行きていると聞かされたのは‥‥もう、だいぶ前の事になる。
「すまないな、約束したのに‥‥何しろ彼女は神出鬼没な上、なかなか決心が付かないと見える」
「いいえ、良いんです。‥‥ありがとう、ございます」
 エスト自身も、彼女に会いたいのか、会いたくないのか‥‥自分でもまだ、よくわからなかった。

「ウォル。お久しぶりですわ」
「‥‥え、そうだっけ?」
 並んで歩きながら、サクラはウォルの横顔を眩しそうに見上げる。
 最後に会ったのが戦場だったせいか、何となくそんな気分だった。それに‥‥
「背、伸びたんですね」
「うん、まあな。これで、並んで歩いても少しはサマになるだろ?」
 まあ、まだどう見ても弟だけどな‥‥と、呟いたのは心の中。
「ところでさ、さっき‥‥挨拶の時、言ってたじゃん」
「え‥‥何を?」
「歌姫を志す吟遊詩人って。‥‥目指してんのか?」
「‥‥ええ」
「初耳」
「そう‥‥でしたか?」
「うん」
 そんな他愛もない事を話しながら、市場をぶらぶら。

 その頃、「立入禁止」と書かれた張り紙が出された客間のひとつでは、特大お菓子の家が出来上がりつつあった。
 いつか作ろう作ろうと思いつつ、これまで機を逸してきた。しかし、今これを作らずして、一体いつ作るのか。
 何事も思い立ったが吉日、作りたいという衝動が沸き起こったその時こそが好機。
「‥‥でも、これはまだ‥‥第一歩です」
 出来上がりつつあるその家を満足げに眺め、マイはひとり呟いた。
 今はまだ、一片が2メートルほど。高さも自分の背丈程しかない。しかし、いつかは‥‥
「‥‥本物の、家を」
 その昔、本当にあると信じていたそれを、現実のものにする。
 それが目下の目標のひとつだった。

 やがて招待客も全員顔を揃え、準備もすっかり整った頃。
「よぉ、ヴラド。二日酔いだって?」
 別室に寝かされていたヴラドのもとに、ウォルがひょっこりと顔を出す。
 ヴラドはどうやら頭から水をぶっかけられる事は免れたらしいが‥‥まだ、頭がずきずきと痛んだ。
「薬、貰って来たぜ‥‥植物学者から」
「‥‥これを飲めば二日酔いが治るのであるか?」
 本当ならば有難いが‥‥デメトリオスが調合したそれは、何と言うか、その‥‥
「これを飲むくらいなら、頭痛を我慢した方がマシ‥‥という気がするのであるが」
「贅沢言うなよ」
 良薬は口に苦し。さあ、ぐぐっと。
「――うぐ」
「‥‥どう? 効いた?」
 いや、そんなに早く効果が現れる筈はないが‥‥余りの不味さに、頭痛も尻尾を巻いて逃げて行った気がする。
 ともあれ、後できちんと礼を言っておかねば。
「いや、しかし‥‥ウォル君も結構大きくなってきたのだな。どれ、どの位の実力がついたか試してみるであるか‥‥な」
 ふらり。
「はいはい、後でな」
 よろけた所をしっかり捕まえ、パーティ会場へ連行。
「ほら、もう始まっちまうぜ?」

 会場に溢れているのは沢山の人と、犬と、猫、それに様々な動物達。笑顔と、笑い声――そして料理にお菓子。
 主役のアルフェンは別室ですやすやお休み中だが、もうひとりの主役コニーはボールスの膝の上。そしてエルはその隣で、嬉しそうにお兄ちゃんぶりを発揮していた。
「コニー、どれ食べる? これ? おいしい?」
「おしー♪」
 その様子を見て、ルシフェルは何やらほんのりと頬を染める。
「‥‥こう、家族を見ていると‥‥私も子を授かりたくなってくるな」
 思い浮かべたのは妻の面影か。
「子供と動物は良いですよねー」
 膝に乗せたコニーに頬ずりしつつ、親馬鹿騎士が相好を崩す。人も犬猫も一緒か、こいつは。
「いくら増えても構いませんよ、ね」
「そうそう、もしかしたらまた増えるかもしれないし」
 ウォルが横から口を挟んだ。
「オレがいた療養所に、置き去りにされた子がいてさ‥‥もう、10歳くらいになるんだけど」
 もしかしたら、その子も引き取る事になるかもしれない。
 まったく、人が好いと言うか何と言うか。
「‥‥取り零されたもの達に手を差し延べて、救い続けるのが‥‥私に与えられた役目なのかな、と‥‥近頃、そう思うようになってきたんですよ」
 救えなかったものは、多いけれど。それでも――
 膝に抱いた子の父親とも、自分を狙うデビルとさえ、出来ることなら‥‥手を携えていきたい。
 誰に何と言われ、どんな非難を浴びようとも。
「この国もひとまず落ち着いた様ですし‥‥ね」
「何にしても、ガニス家は将来楽しみであるなぁ」
 子供の数だけ未来があると、ヴラドが微笑む。
「‥‥何と言うか‥‥ボールス様らしい、ですね」
 くすくす。釣られる様に、ヒルケも笑みを零した。
「家族が増えて更に賑やかになりますし、ボールス様もまたふらふらと記憶喪失になったらいけませんよー?」
「ふらふら‥‥って」
 ボールスは苦笑いを浮かべる。
「大丈夫、ですよ。‥‥ありがとう」
 忘れたい事は、色々あるが――痛みを伴う記憶も、いずれは自然に忘れ去り、消えていくのだろう。
 傷痕は、残っても。
「皆さんは、これからどうされるおつもりですか?」
「おいらは、故郷のビザンツのトラキアの森に帰るよ」
 デメトリオスが応えた。
「商売のコツもわかった気がするし、いろんなことも学べたと思うから」
 そして、ビザンツ商人の一人として生計を立てる。
「今度イギリスに来る時は、冒険者じゃなくて商人でありたいな」
「そうですか‥‥頑張って下さいね」
 ボールスは微笑み、ついでに一言。
「でも、そうか。今度からは仕事を溜め込んでも‥‥当てには出来ないんですねぇ」
 ――すぱんっ!
「溜め込む前に片付けて下さい、そういうモノはっ!」
 その溜め込んだ仕事はどうせ自分に回って来るのだろう、と蒼汰。
「‥‥はーい‥‥」
 しゅん。
 そんなお馴染みの光景を、デメトリオスは目の奥に刻み付けようとするかの様に、じっと見つめていた。
 沢山お喋りをして、猫達とじゃれあって――その全てを覚えておきたい。
 お別れの前に。この楽しかった記憶を胸に、これから頑張る為に。
「私は‥‥しばらくはジャパンでの戦乱を終わらせる事と、戦後復興に携わるつもりです」
 メグレズはまだ暫く、戦いの日々が続く様だ。
「余り無理はしないで下さいね。あなたの壁は、まさに鉄壁ですから‥‥大丈夫だとは思いますが」
 その壁には何度も世話になり、助けて貰った。
「はい、ご心配には及びません」
 言いながら、メグレズはせっせと手を動かしている。次々と出来上がるのは、木彫りの人形やオモチャ達だった。
「しかしちょっと見ない間に皆様ずいぶん成長されましたね。驚きました」
 子供の成長は早いものだ。
「今後もご家族が増える様ですから、お部屋の増築が必要でしたら承りますよ」
「ありがとう。‥‥そうですね、部屋の数は足りていますが‥‥もう少ししたら、屋敷全体の改造が必要になるかもしれません」
 子供達と、もしかしたら家族になるかもしれない子の為に、家じゅうの段差をなくし、手すりを付けて‥‥
「ジャパンから戻ったら、お願い出来ますか?」
 それは暗に、無事に戻って来いという事か。
「わかりました」
 メグレズは頷き、再び意識を手元に集中させる。
「さあ、次は何を作りましょうか‥‥?」
「ところで、かく言うボールスどのは今後どうされるのであるかな?」
 ヴラドの問いに、ボールスは少し曖昧な笑みを浮かべた。
 行方不明になっている親友を捜しに行きたい。そして、出来れば‥‥故郷に帰りたい。しかし――
「とりあえずは、まだ片付いてない問題が山ほどありますから‥‥暫くはこれまで通り、でしょうか」
 誰か代わりの者を見付けない限り、円卓を辞するのは難しい。それに、ボールスにはまだ、その肩書きが必要だった。
「ふむ‥‥さて、どうであろ。ボールスどのやウォル君はテンプルナイトを目指してみるであるか?」
「テンプルナイトって‥‥何だっけ」
 ウォルが首を傾げる。こらこら、目の前にいるだろが。
「神聖魔法ボウなど貴殿らにこそふさわしい気がするのだ。オーラで光るだけの仕事じゃないのだ」
「でも‥‥どうでしょう。私は問題児ですからね」
 くすり、とボールスが笑った。
 デビルを救おうとしたり、教会の在り方に疑問を呈してみたり‥‥そろそろ破門になりそうな気が、しないでもない。
「まあ、それはそれ‥‥もしその気になったらいつでも教皇庁には推挙するし、修行の協力もするのだ」
「ありがとう」
 確かに神聖騎士としての能力はそろそろ頭打ちの感がある。出来れば、何か次の段階に進みたいところではあるが――
「少し、考えてみますね」
「オレはまず、神聖騎士として一人前になってから、だな」
 先は長そうだと思いながら、ウォルが答える。
「‥‥まあ、その‥‥このまま騎士を目指すかどうかも、まだちょっと、わかんないんだけど、さ」
 少年はまだ、自分の可能性を模索中といったところか。
「‥‥ボールス卿」
「はい?」
 蒼汰がやけに真剣な目つきでボールスを見る。
「俺何があっても何処へ行こうともアンタに付いていきますからね‥‥忘れないでくださいよ?」
「‥‥ありがとう。でも、何ですか、急に?」
「え、いや、別に‥‥その」
 そう言えば、蒼汰は先程から何か言いたそうに口を開きかけては閉じ、思い直した様に首を振るという怪しげな挙動を繰り返していた。
「何か、言いたい事でも?」
「あ、あの‥‥は、はい。ちょっと‥‥良いですか?」
 促され、漸く覚悟を決めたらしい。
 蒼汰はボールスの耳元で、何事かを囁いた――が。
「聞こえないな」
 少し冷たく、突き放した様にも聞こえる声。
 やはりまだ時期が悪かったかと、蒼汰は俯き、詫びを入れる。
「あ、あの、すみません。やっぱり、いい、です‥‥」
「声が小さい」
「‥‥は?」
 顔を上げた蒼汰の目に映ったのは、上司の‥‥悪戯っぽい笑顔だった。
「もっと大きな声で、部屋中に聞こえる様に‥‥どうぞ?」
 くすくす。ボールスは立ち上がり、皆の注目を集めるように軽く手を叩いた。
「皆さん、お静かに。私の補佐役から、何やら重大な発表がある様ですから‥‥」
「え、ちょ、ボールス卿っ!?」
「さあ、どうぞ。お客様をお待たせしてはいけませんよ?」
 によによ。
「‥‥っ」
 何の拷問だ、これは。しかし、蒼汰は覚悟を決めた。ひとつ、大きく息を吸い――
「その‥‥お、俺っ、彼女に結婚を申し込みましたっ!!」
 その瞬間、どよめきと‥‥拍手、そして「おめでとう」の声が広がる。
「おめでとう、蒼汰」
「‥‥ボールス、卿‥‥?」
 ――今、呼び捨てにして、くれた?
「何か?」
「あ、いえ、何でも‥‥っ。あ、ありがとう、ございますっ!」
 祝福よりも、そっちの方が嬉しかったりなんか、したりしなかった、り。
「ほう、七神どのもご結婚であるか!」
 ヴラドが「ふはははは!」と、お馴染みの笑い声を響かせた。
「蒼汰さん、おめでとうございます」
 サクラが祝福を述べつつちらりと見たのは、「おめでとう」と言いながら蒼汰の尻を蹴り飛ばしているウォルの姿。
「いいですね‥‥私もいつか‥‥」
 ――はふぅ。
 しかし、目の前で繰り広げられているドタバタを見る限り、その「いつか」は果てしなく遠そうな気もする。
 ――はふぅ。
「いてっ! 何すんだこら!」
「惚気る奴にはお仕置きだ♪」
「お前だって何時かは通る道だっつの! あんなに好いてくれてる子が居るのにもし判ってないんなら、まだまだお子様だ」
 後ろから羽交い締めにして、頭をぐりぐり。
「誰がわかってないなんて言ったよっ!」
「――え?」
 ぴたり、動きが止まる。
「あ‥‥! なし! 今のなしっ! オレは何も言ってないっ!!」
 慌てて首をぶんぶんと振るウォルだが‥‥もう、遅いと思う、よ。
「七神さんおめでとう〜」
 フェアリーと協力し、ラルが蒼汰の頭上から薔薇の花びらの雨を降らせる。残念ながら生ではなく、乾燥させたポプリだが‥‥良い香りが周囲に漂って、却って良かったかもしれない。
「ついでに、うぉる兄もおめでとうなの〜」
「ちょ、何でオレっ!?」
 まあ、この際めでたい事なら何でも良い。

 こうして時は流れ、人は成長し、老い、来てはまた去って行く。
 時は全て平等に人の上に訪れるが、その流れは人それぞれ。
 ――わかってても、ちょっと辛い‥‥でも、嬉しいこと。
 エルフであるラルは、これからもまだ長い間‥‥沢山の人生を見続ける事になるのだろう。
 ――皆が忘れても、ボクは覚えてるから。沢山沢山、思い出作ろうね‥‥
「ローズティーセットでみんなでお茶のもう♪」
「甘酒の方がお好みなら、こちらに」
 ラルがお茶を配り、メグレズが甘酒を差し出す。
 宴が落ち着いて来たところで、ウィンディオが蒼汰に声をかけた。
「おめでとう。今度プリマスの‥‥私の両親の元へ連れてきなさい、心配しているからな」
「‥‥はい。ありがとう、ございます」
 蒼汰は妙に畏まって礼を言う。
(「でも‥‥今のところ受けて貰える確率、八割くらい、なんだよな‥‥」)
 しかし、公表しちゃったものは仕方ない。頑張るしか、ないのだ。
「私も時々、こちらに遊びに来るとしようか‥‥」
 今度は息子達を連れて。
 そんな彼等の姿を見ながら、ヒルケがぽつりと呟く様に言った。
「‥‥実は私もこの前式を挙げたんです」
「そうだったんですか‥‥おめでとうございます」
 ボールスに言われ、頬をほんのりと染める。
「私もここに負けないくらい賑やかな家庭をあの人と作りますから、その時は皆さんで遊びに来てくださいね?」
 この後、新婚旅行を兼ねた里帰りに行く予定らしい。
「またキャメロットに帰ってきますので!」
「‥‥はい。楽しみにしていますよ。うちにも、時々は遊びに来て下さいね。子供達も、犬や猫達も皆と遊ぶのが大好きですから」
 その子供達は、マイと一緒にお菓子の家を見物している最中だった。
「すげぇな、これ本当に全部、お菓子なんだ‥‥」
 何故かウォルまで見に来ている。
「ねえ、たべてもいい?」
「だめだよ、折角作ったのに‥‥もったいないだろ?」
 手を出そうとするエルを、ウォルが止める、しかし……
「‥‥どうぞ。‥‥料理も、お菓子も‥‥食べて頂く事が本来の目的ですから」
 ただの飾りでは、見るだけで捨ててしまうのでは、それこそもったいない。
 この家も、観賞後は持ち帰ってもらう事も考慮に入れ、数日以内に全て食べきれるようにと作ったものだった。
「じゃ、皆が見てからにしよう、な?」
 他の人達を呼んで来ようと、ウォル。ドアを出て行きかけて、ふと振り返った。
「あ‥‥そうだ。あのさ。この家‥‥まだ、コニーやアルにはわかんないから‥‥また、作ってくれるかな」
 彼等がお菓子の家を楽しめるほど大きくなった時に。
「オレも手伝うからさ。今度はもっとでかいの‥‥な?」
「‥‥はい」

 猫屋敷に、サクラの歌声が流れる。
 祝福の歌を――ボールスの新しい家族と、これから自分の家族を作っていく蒼汰、そして‥‥この場にいる全員の、未来の為に。

 少しずつ、歩いて行こう。
 それぞれのペースで、時には立ち止まったり、引き返したり‥‥回り道をしながらでも良い。
 あしたの向こうへ、一歩ずつ――