【Evil Shadow】ぼくのともだち
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月27日〜10月02日
リプレイ公開日:2006年10月04日
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●オープニング
「出てけ!」
村外れに佇む騎士の一団に向かって、少年は石を投げた。
それは、中心に立つ男の傷ひとつない銀の鎧にぶつかり、軽い音を立てる。
「小僧、何という事を‥‥!」
傍らの従者と思しき男がいきり立つのを、石をぶつけられた当人が軽く手を上げて制した。
「仕方がありません、悪いのはこちらなのですから‥‥」
少年の足元で、大きな黒猫が勝ち誇ったように「にゃあ」と鳴いた。
その日、円卓の騎士がひとりボールス・ド・ガニスは、手勢を連れてイギリスの各地に現れては消えるモルゴースと思しき影を追っていた。本人の動きを捉える事は出来なかったが、その使い魔であるコウモリの翼を持つ黒豹の姿をしたデビルの情報を掴み、ここまで追ってきたのだった。
ボールスは一度はそのデビルに手傷を負わせ、あと一撃で止めをさせるところまで追い詰めたのだが‥‥黒猫に姿を変えたデビルに対し、一瞬とは言え躊躇いが生まれたその隙に逃げられてしまったのだ。
「例えその正体がデビルだとしても、大事な友達を傷付けた私を許せない気持ちはよくわかります」
黒猫は普段、夜の間だけ本来の姿に戻り、昼間は少年の家でごく普通の飼い猫として暮らし、正体を知られる事なく一家に可愛がられていたようだ。
せめてあの時、躊躇せずに一撃を加えていれば、少年もその家族も、巻き込まずに済んだだろう。猫の事も、帰らないのは気まぐれな生き物にはよくある事だと諦められたかもしれない。
「しかしボールス様」
物思いに沈む主人を、年かさの従者が現実に引き戻す。
「あのデビルを放っておくわけにはいきませんぞ」
「勿論、そうです。しかし‥‥」
猫を引き渡すように説得しようにも、少年は彼の言う事になど耳を貸さない。かといって無理強いもしたくない。
「‥‥彼等に助力を乞う事は出来ないでしょうか‥‥」
かくして、キャメロットの冒険者ギルドに一通の書簡が届けられた。
「‥‥ボールス・ド・ガニス‥‥ガニス卿!?」
差出人の名を見た受付係が頓狂な声を上げる。円卓の騎士の名をを聞いて、たちまちカウンターの周囲に人だかりが出来た。
「ガニス卿が、何だって!?」
「ええと‥‥猫に化けたデビルを引き渡すように、飼い主の少年を説得してほしいそうです。それがが無理なら、少年に気付かれないように猫を村の外に連れ出してくれれば、始末はご自分で付けると‥‥」
「こっそり連れ出す‥‥か。しかしそれじゃ、ガニス卿が悪者になっちまわねえか?」
この状況で猫がいなくなれば、少年は当然ガニス卿が犯人だと思うだろう。円卓の騎士が庶民の恨みを買うのは、さすがにまずい気がする。さりとて、他に良い案は思いつかなかった。
受付係が腕組みをしながら、独り言のように呟いた。
「‥‥そいつの正体を目の前で暴けば‥‥納得はしなくても、理解はしてくれるかも‥‥」
●リプレイ本文
「何かご用ですかな?」
訪問者の知らせを受けて戸口に出てきた村長の前に立っていたのは、旅人風の装いをした二人の若者だった。
「こんにちは、僕はキャメロットからの旅の者で、レイジュといいます。次の旅の準備をここでしたいと思うので、しばらく滞在させてもらえますか?」
レイジュ・カザミ(ea0448)は愛猫2匹を肩に乗せたまま、ペコリと頭を下げた。
「お‥‥」
いつものように、おいら、と言いかけて、デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)は慌てて言い直す。
「僕はデメトリオス、ケンブリッジから珍しい植物を探しに来た学者です。この近くの森で採集をする間、宿をお願いしたいのですが」
村長は、旅の途中で知り合って意気投合したという二人の説明に納得したようだ。
「そうですか、まあ、何のおもてなしも出来ませんが、どうぞお上がり下さい」
家の中に招き入れられた二人は、柱の影からこちらを覗いている小さな人影に気が付いた。その足元には、大きな黒猫。
「こんにちは、君も猫が好きなの?」
デメトリオスの問いに、少年はぷいと横を向く。
「ランド、お客様に御挨拶はどうした?」
父親の声に、ランドと呼ばれた少年は返事の代わりに鼻を鳴らして言った。
「何が客だよ、うちは宿屋じゃないんだからな!」
そのまま、黒猫を従えて奥へ消えてしまった。
難しいお年頃のようだ。
その日、少年が彼等の前に姿を現す事はなかった。
翌日、早朝に摘んできた薬草を広げ、デメトリオスは広場で即席の薬草講座を開いていた。
「へえ〜、近くの森でも探せば色々あるもんだねえ」
村人達が感心してその講義に聞き入る中、手持ち無沙汰のレイジュは黒猫を従えた少年の姿を探した。
‥‥いた。物陰からこちらを見ている。どうやら、見知らぬ人間に興味はあるようだ。
レイジュは、少年には気付かなかったフリをして立ち上がると、わざと大きな声で独り言を言ってみる。
「さて、と。僕はどこかで買い出しでもしてこようかな。近くに保存食とか売ってる所があれば良いんだけどなあ」
「‥‥ないよ」
案の定、返事が返ってきた。
「え、ないの? 困ったなあ‥‥じゃあ、ここの人達は買い物とかどうしてるの?」
「‥‥時々、行商が来るから」
「そっか。‥‥ねえ、自己紹介まだだったよね? 僕はレイジュ、猫が大好きなんだ」
「見りゃわかるよ」
にべもない。
「そうだね。ええと‥‥こっちのキジトラが女の子のミミ、ぶちが男の子のヘリオドールだよ」
レイジュは足元に座った猫達を紹介する。
「君の猫は何ていうの?」
「‥‥グリード」
「グリードか。カッコイイ名前だね、その子にピッタリだよ」
「そうさ、グリードはカッコイイんだ」
猫を褒められて気を良くした少年は、少しずつ打ち解けてきたようだ。
「グリードは犬より強いんだぜ! 他の猫だって、こいつを怖がって近付かないんだ」
確かに、ミミもヘリオドールも、黒猫には近付こうとしない。動物特有の感覚で何か異質なものを感じ取っているのだろうか。
「ねえ、おいらも入れてよ」
いつの間に薬草講座を終えたのか、デメトリオスが自分の猫を連れて来た。
「この子達はイドラとキトラだよ。一緒に遊ぼう?」
デメトリオスは先が猫じゃらしのように穂になった草を何本か出し、猫達の目の前で振って見せる。たちまち4匹の猫が飛びかかってきた。
だが、肝心の黒猫は見向きもしない。
「グリードはそんな子供っぽい事しないよ」
それでも、彼等は少年の心を掴む事には成功したようだ。少年は客人の猫に向かって猫じゃらしを振り、楽しそうに遊んでいた。
その日の午後遅く、村にまた一人の旅人が訪れた。
事前にボールス達のいる拠点で仲間と合流し、村の様子や先に潜入した者の首尾などの情報を仕入れたデュラン・ハイアット(ea0042)だ。
「おや、近頃は旅のお方が多いですな」
そう言いつつも、村長は快く迎え入れる。相変わらず黒猫と共に柱の影から見ていた少年も、今度は何も言わなかった。
「‥‥大きな猫だな」
呟くデュランに、黒猫はオマエノショウタイハワカッテイルゾとでも言うように、一声鳴いた。
翌日、レイジュとデメトリオスが少年と遊んでいる隙に、デュランは村長に用件を切り出した。
「‥‥実は、内密に相談したい事があるのだが‥‥この近くにそのような話が出来る場所はあるだろうか?」
そして夜も更け、皆が寝静まった頃、集会所の地下に冒険者達の姿があった。
扉の付近ではルース・エヴァンジェリス(ea7981)が周囲を警戒している。今のところ誰かが出歩いている気配もなく、デビルの存在を示す石の中の蝶にも反応はなかった。
「私達は円卓の騎士の依頼を受けて、御子息の心を護る為にやって来た冒険者だ」
デュランの言葉に、村長は不安げに一同を見やる。
「息子の‥‥心? 息子が何か‥‥」
「‥‥まずは、これを読んでほしい」
リ・ル(ea3888)がボールスから預かった手紙を村長に手渡した。
それに目を落とした村長の顔色が変わる。
「‥‥デビル‥‥ですと‥‥? あの、黒猫が‥‥?」
「残念だが、その通りだ」
リルは続けた。
「そこにも書いてあると思うが、他の村人に迂闊に話すと、息子さんが迫害される恐れがある。デビルを匿うなんて許される事じゃないからな。‥‥だが、知らずにやった事だ。叱らないでやってほしい」
村長は手紙を握り潰した。
「デビルだと‥‥? わしは何故、気付かなかった‥‥!」
「しょうがねぇよ。家族同然にかわいがってたんだろ? 気づかなくて当然さ」
クリムゾン・コスタクルス(ea3075)が慰めるが、殆ど効果はなかった。
「息子は‥‥あの子は大丈夫なんですか!? デビルに‥‥取り殺されたりはせんのですか!?」
「まあ、あのデビルにはそんな能力はねぇみてぇだな。正体を現すのも、戦う時だけみてぇだし‥‥今のところ、今まで通り危険はねえって事さ」
「だから、早まった行動は慎んでほしい。御子息ばかりか、村全体に危害が及ぶ事にもなりかねない‥‥ここはひとつ我々冒険者に任せて頂きたいのだが」
デュランの言葉に、村長はまだ不安を拭い切れない様子だったが、自分がどうにか出来る相手ではない事だけは理解したようだ。
「‥‥わかりました。皆さんにお任せします。どうか、どうか息子を‥‥!」
‥‥そして‥‥‥‥。
「ちくしょう、騙したな!? うそつき!!」
村から離れた森の中の広場で、膝をついた少年は腕の中に黒猫をしっかり抱え込んでいた。
騙したんじゃない‥‥だが、抜き身の剣を構えた冒険者を前にしたこの状況でそんな事を言っても、少年の心には届かないだろう。
この期に及んでまだ猫のふりをしているデビルに向かって、ルースは剣の切っ先を突きつける。
「あくまで正体は現さず、坊やの想いを最後まで利用するつもりなのでしょう? でも、残念だけどその手は通用しないわ」
言いざま、ルースは少年ごと黒猫を切り裂く勢いで大きく踏み込む。
「シャアァァァッ!」
少年の腕の中で黒猫の毛が逆立つ。
黒猫は少年を蹴り飛ばしてルースに飛びかかった。
――ドシュ!
誰が放ったのか、一本の矢がその体を貫き、黒猫の体はルースに届く前にどさりと地面に落ちた。
「グリード! グリードぉ!」
駆け寄ろうとする少年を、レイジュが後ろからしっかりと抱き止める。
「落ち着いて! これから起こる出来事を、良く見るんだ!」
「うるさい、放せ! 裏切り者!!」
だが、その少年の目の前で、黒猫は姿を変え始めた。
コウモリの翼を持つ、大きな黒豹へ‥‥。
「‥‥グリー‥‥ド‥‥?」
少年の呼びかけに、黒豹はクックッと笑った。
「小僧、良ク見テオクガイイ。俺ガでびるダトイウダケデ、ヨッテタカッテ殺ソウトスル、醜イ人間ドモノ姿ヲナ‥‥」
かすれた声で少年に語りかける。
「俺ハ、悪イ事ナド何モシテイナイノニ」
「何もしていないだと!?」
リルが叫ぶ。
「お前はこの子の心を弄んだ。この子を騙して猫のふりをしていた‥‥それだけで充分だ!」
「オマエラガチョッカイヲ出サナケレバ、コイツハ一生騙サレタママダッタ。ソレハソレデ幸セナ事デハナイノカ?」
「黙れ!」
「リル、こんなヤツとは話すだけムダだ。さっさと殺っちまおうぜ」
クリムゾンが携えた弓を剣に持ち替えたその時。
「‥‥皆さんは下がって下さい。これは私の仕事です」
ボールスが背後の木立から姿を現し、静かに剣を抜いた。
「‥‥本当に、申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに、あの子の心を傷付け、皆さんにもご迷惑を‥‥」
全てが終わった時、ボールスは冒険者達を前に深々と頭を下げた。
それを遮り、ルースは微笑んだ。
「構いませんよ、憎まれ役も担える自由な存在なのが私達冒険者ですから」
「ありがとうございます。‥‥それで、あの子の様子は?」
少年は父親に付き添われ、既に村へ戻っていた。
「うん‥‥目の前で死体が消える所を見てたし」
デメトリオスは円卓の騎士を前にしても普段と変わらない口調で答えた。
「あれがデビルだって事は理解してくれたと思うけど‥‥」
「まあ、今すぐにどうこうってのは無理だろうけどな」
クリムゾンに至っては、相手が相手なら殺されかねない口のきき方だ。
「親父さんにもちゃんと頼んどいたからな。自分の息子の事だ、悪いようにはしねぇだろ?」
「そうですか‥‥私のほうでも何か考えておきましょう。また皆さんのお力をお借りする事になるかもしれませんが、その時には宜しくお願いします」
だが、こちらも動じない。気にする風でもなかった。
「では、戻りましょうか。キャメロットもどうなっているか気掛かりですし‥‥」
去り際、村の方を振り返り、リルが叫んだ。
「俺は何度か猫の格好をした悪魔と戦ったが、それでも猫が好きだ! 」