【Evil Shadow】ひとときの休息

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月07日〜10月10日

リプレイ公開日:2006年10月16日

●オープニング

「すみません、受付はこちらでよろしいでしょうか?」
 静かに扉を開けて入ってきた青年に、受付係は笑顔で応対する。
「ええ、こちらで承ります。お困り事ですか?」
「いや、困り事という訳ではないのですが‥‥」
 青年はちょっと首を傾げて困ったような顔になる。
「そういった事でないとお願い出来ないのでしょうか?」
「いやいや、冒険者ギルドでは手強いモンスター退治から掃除洗濯ペットの世話まで、どんな事でもお引き受け致しますよ」
「そうですか、よかった‥‥では、お茶会にお呼びするお客様を募って頂けますか?」
「お茶会ですね、かしこまりました。ええと、失礼ですが念の為‥‥どういった趣旨の?」
「実は先日、冒険者の皆様に大変お世話になりまして、そのお礼がしたいと思ったものですから」
 以前にも何かを依頼した事があるらしい。だが、受付係には目の前の青年に見覚えはなかった。いや、どこかで見た事があるような気もするが‥‥?
 そんな受付係の心の内を感じ取ったのか、青年は居住まいを正し、軽く頭を垂れた。
「これは失礼。申し遅れました、私はボールス・ド・ガニスと申します」
「ボー‥‥ル、ス‥‥卿!?」
 受付係は頓狂な声を上げた。
 目の前にいるのは、どこにでもいるような、ごく普通の‥‥どちらかと言えば地味な部類に入る青年だった。円卓の騎士と言えば豪華絢爛才色兼備、常人とは違ったオーラを身に纏っているものと思っていたのだが。
「こっ、これはっ、失礼致しましたっ! ボールス卿ご自身のお越しとは存じませんで‥‥っ!」
 冷や汗をかきながらピョコピョコと頭を下げる受付係を前に、ボールスは穏やかに微笑んでいた。
「構いませんよ、こちらこそ先日は手紙で失礼致しました。それに、近頃は目立った働きもしていませんし、知らなくて当然です。それどころか、先の戦いでは何のお役にも立てず‥‥」
 だからせめて、国の危機を救った英雄達の労をねぎらいたい。豪華なパーティーではないが、ひとときの安らぎと楽しい時間を提供したいと思ったのだ。
「冒険者の皆さんにはこれから先も何かとお世話になるでしょう。私もこれを機に皆さんの事をよく知っておきたいし、皆さんも私の事や、この国の事について聞きたい事があれば‥‥答えられる範囲でお答えしたいと思っています」
「そ、そうですか‥‥で、では、あの、こちらの書類に‥‥」
 漸く落ち着きを取り戻しつつある受付係から羊皮紙とペンを受け取ると、ボールスは必要事項を記入しはじめた。
「‥‥おや、その傷は‥‥?」
 ペンを走らせる彼の手許を見た受付係は、その手に残る小さな傷に目を留めた。
 確か、卿はつい先日までデビルと戦っていた筈だが‥‥その時の傷にしては可愛らしすぎる。
「ああ、これは‥‥」
 ボールスは苦笑いと共に答えた。
「ネコです」
「‥‥ネコ‥‥?」
「ええ、10匹ほど、同居していますので‥‥ほら、見えないところも傷だらけですよ」
 と、嬉しそうに袖をまくって見せる。
「あとは犬が7頭ほど、庭を走り回っていますが‥‥」
「はあ」
「ですから、犬やネコが苦手な方には申し訳ありませんが、そうでなければどなたにも楽しんで頂けると思います」
 ボールスは屋敷までの簡単な地図を書き加えると、楽しみにしています、と言い残してギルドを後にした。
 その後ろ姿を暫く呆然と眺めていた受付係は、丁寧な字で書かれた依頼書に目を落とすと、感心したように溜め息混じりに呟いた。
「‥‥円卓の騎士にも‥‥色々な人がいるものですねえ‥‥」

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3179 ユイス・アーヴァイン(40歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3412 ディアナ・シャンティーネ(29歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb3450 デメトリオス・パライオロゴス(33歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

アラン・ハリファックス(ea4295)/ カノ・ジヨ(ea6912)/ アレーナ・オレアリス(eb3532)/ アナトール・オイエ(eb6094

●リプレイ本文

「ようこそ、いらっしゃいました」
 ゆったりとした長衣を纏ったボールスが、玄関先で客人達を出迎える。
「は、 初めまして、ガニス卿」
 システィーナ・ヴィント(ea7435)が緊張した面持ちで騎士の礼をとる。
「ケンブリッジの学生で白の神聖騎士として勉強中の システィーナ・ヴィントと申します。本日はお招き有難うございました。 この子は相棒の火のフェアリーのピュールです。 本日はよろしくお願いします!」
「しますー」
 緊張のせいか、どことなく棒読み口調になっているシスティーナの語尾を捉え、肩に乗せた妖精が繰り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。さあ、こちらへどうぞ」
 ボールスは一同を奥の客間に促し、挨拶だけで帰ろうとしていた二人の客人にも声をかけた。
「折角ここまでいらしたのですから、もし他にご予定がなければご一緒に如何ですか?」

「ようやくゆっくりできる感じですね〜。はてさてまぁまぁ、どんなコ達がいるんでしょ〜?」
 ユイス・アーヴァイン(ea3179)は、まだ見ぬ犬猫達との出会いに胸を躍らせながら足取りも軽く廊下を行く。
 だが、廊下を歩く間にも何か動物がいる気配は感じられず、庭にもそれらしき姿は見えなかった。
 客間にも、誰もいない。
「こちらにはペット達が沢山いると聞いて楽しみにして参りましたのですが‥‥皆さんはどちらにいらっしゃるのでしょう?」
 クリステル・シャルダン(eb3862)が首を傾げ、独り言のように呟く。
 それを聞きつけたボールスが答えた。
「皆さん動物がお好きかどうか、わからなかったものですから‥‥。でも」
 と、一行の連れているペットの顔ぶれを見てクスクスと笑う。
「皆さん大丈夫そう‥‥と言うより、お茶会よりもペットと遊ぶ方を楽しみにいらっしゃったのでしょうか?」
「そっ、そんな事ありません!」
 デメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が、少々ムキになって否定するが、それはちょっぴり図星だったせいかもしれない。
「‥‥あなたは、この間の‥‥」
「あ、はい。あの、この前の依頼では、あの子を傷つける形になってしまって‥‥すみませんでした」
「謝る事はありませんよ。あなた方がいなければ、もっと酷い事になっていたでしょう。本当に助かりました」
 そう言うと、ボールスは奥のドアに手をかけた。
「では、うちの子達を皆さんにご紹介しましょうか」
 カチャ、と、僅かにドアが開く。
 同時に、色とりどりの毛玉が待ってましたとばかりに押し寄せて来た。
 と、その後ろから小さな男の子が‥‥。
「‥‥エル? どうして‥‥ずっと、そこに?」
 男の子はボールスの長衣にしがみつくと、そこから顔を覗かせた。
「うん、えう、ずっとここ。とーさま、おきゃくさん?」
 どうやら、気付かずに犬猫と一緒に閉じ込めてしまったらしい。
「息子さん‥‥か?」
 狐のヤミを侍らせたマナウス・ドラッケン(ea0021)が尋ねる。
「ご結婚‥‥されているのですか?」
 と、ディアナ・シャンティーネ(eb3412)。
「ええ、まあ‥‥」
 ボールスは照れたように笑う。
「息子のエルディンです。エル、御挨拶は?」
「えうじんです! さんさいです!」
 元気に答えるが、まだよく舌が回らないらしい。
「とーさま、えうもいっしょにあそんでいい?」
「‥‥遊んでいる訳では‥‥」
 とは言うものの、犬猫まみれになって床に転がっているような者がいるこの光景を前にして、そのセリフには説得力がなさすぎる。
 ボールスは一同の顔を見渡す。どうやらOKのようだ。
「‥‥良い子にしているのですよ?」
「はーいっ!」
 エルは元気に答えると、マナウス目がけて駆け寄って行った。
「きつねさん、さわってもいいですか? あっ! ちっちゃいきつねさんー!」
 隣にぴったりくっついている、シェリル・シンクレア(ea7263)が連れている子狐に目を輝かせる。動物好きは遺伝のようだ。

「これが重箱というものですか」
 ボールスは、ユリアル・カートライト(ea1249)が持参した四段重ねの四角い器をしげしげと眺める。
「細工や模様がとても美しいですね」
「ジャパンで手に入れた物なのですが、洋菓子を盛っても不思議と似合いますよね。こうしてコンパクトに重ねられるのも、イギリスの器にはない特徴ですよね」
 言いながら、バラした重箱をひとつずつ皆の前に置く。
 客間ではテーブルと椅子が片付けられ、皆思い思いの場所にクッションを置き、動物達と戯れていた。
「あ、あのっ! き‥‥卿は騎士として毎日どんな鍛錬をしてますかっ!?」
 システィーナが唐突に切り出す。ボールスと話す時はどうしても緊張してしまうようだ。
 主人に注意されて姿勢を正す、妖精の慌てた様子に目を細めながら、ボールスが答える。
「そうですね、毎朝犬達と一緒に庭を走り回っていますよ。足腰を鍛えるのは基本ですからね。それに、猫達には瞬発力を鍛えてもらっています。あの素早さにはどうしても敵いませんが」
 言われてみれば、ボールスの手には新しいひっかき傷が増えていた。
「円卓の騎士として、普段のお務めにはどのようなものがあるのですか?」
 と、ディアナ。
「騎士によって様々ですね。定期的に城に集う以外は、宰相や文官として国を支える役目を担う者もあれば、騎士道に従い平穏な国となるように弱き者を助け、冒険の旅を続ける者もいます」
「では、ボールス卿ご自身は‥‥?」
 ディアナはデスクワークのようなものを想像していたらしい。だが、目の前のボールスの手は文官のものではない。紛れもなく、剣を握り続けて来た戦士の手だった。
「私は小さな土地で領主の真似事をさせて頂いています。今は逗留が長引きそうなので、この別邸に家族ぐるみで移って来ていますが」
「長引きそう‥‥と言うのは、やはりこの間の事件が?」
 ユリアルの問いに、ボールスの眉が僅かに緊張する。
「ええ、まだ万事解決という訳にはいきませんからね」
「それに、ラーンス様について、とっても気になる噂が流れていますけれど‥‥」
「我が従兄殿は噂の宝庫ですからね。根も葉もない物から、いかにももっともらしい物まで‥‥でも、どんな噂が流れようと、私は彼を信じていますよ。彼はこの国で最も素晴らしい騎士であり、我が一族の誇りです」
「‥‥お二人は子供の頃から仲が良かったのですか? その頃のお話など、伺ってみたいものですが‥‥」
「実は、私も知らないのですよ」
 ボールスは笑って答えた。
「私は少年の頃に祖国を失い、従兄殿を頼ってこの国に渡って来ました。その時既に、彼は騎士として並ぶ者のない存在でしたから‥‥噂では湖の妖精に育てられたと言われていますが、本当の所は私にもわかりません。色々と謎が多い所が、余計に人を惹き付けるのかもしれませんね」
「そうそう、学生だけじゃなく女性の憧れの的でもありますよね」
 システィーナがが言うと、シェリルも身を乗り出す。
「恋愛話ですか〜? 大変興味がありますね〜♪」
「奥さんとはいつどこで知り合ったの? お見合い? 恋愛?」
 デメトリオスが興味津々で訊いてくる。
 その問いに、ボールスの目には何故か哀しそうな表情が浮かぶ。
「‥‥まだ駆け出しの騎士だった頃に、冒険の途中で出会いました。この子と同じ、金色の髪が印象的で‥‥」
 膝に乗せた息子の柔らかい髪を撫でる。
「ボールス卿、爬虫類はお好きですか〜?」
 突然、ユイスが掌に乗せた小さなヘビをボールスの目の前に付き出した。さりげなく話題を変えたつもりらしい。
「い、いや‥‥好き‥‥と言う訳には‥‥」
 腰が引けている。
「でも、昔は猫も苦手だったのですよ」
 意外な事を言う。
「妻が猫好きだったもので、一緒に世話をしているうちに、このように‥‥。ですから、爬虫類もお付き合いしてみれば可愛く思えて来るかもしれませんね」
「これだけ沢山いると、名前を考えるのが大変でしたでしょう? 実は私も何匹か飼っているのですけれど、 毎回名前をつけるのに困ってしまいますの」
 クリステルが膝に乗せた真っ白い子猫を撫でながら尋ねる。
「我が家では猫は花や木の名前で統一しています。妻がそうしていたものですから‥‥。犬は、その子の顔を見て浮かんできたもの、でしょうか。そうすると、まるで生まれる前からその名前だったように、不思議としっくり来るんですよ」
 妻の事となると過去形になるのが気になりつつ、ディアナが尋ねた。
「卿の円卓の騎士としての華々しい武勇伝をお伺いしたいのですが」
「華々しい‥‥?」
 ボールスは腕組みをして考え込む。
「華のある話は従兄殿の領分ですね。私のほうは、これといって‥‥」
 ない事はないだろう。が、自慢話は性に合わないらしい。

 午後の日差しが降り注ぐ中、庭に放された犬達が元気に駆け回っていた。
 それを追って皆が外へ出た時、ひとり残ったボールスにマナウスが友人から渡された手紙を見せる。
「これは‥‥?」
 最近起きた、デビルが絡んだ調査の報告書‥‥更なる調査が必要だと書かれていた。
「ありがとうございます、陛下に進言しておきましょう」
「それから‥‥訊きたい事がある。ボールス・ド・ガニスという個人が、守りたいものは何だ?」
 反射的に答えようとするボールスを遮り、マナウスは続ける。
「円卓の騎士としてじゃない、一人の男として問いたい」
 円卓の騎士としてなら、国の平和と安定、仕えるべき王、騎士道‥‥お題目は色々と浮かんで来る。だが、個人として、となると‥‥。
 暫く考えて、ボールスは口を開いた。
「理想は、自分の手が届く限りのもの、でしょうか。自分の力が及ぶなら、この手が届くなら、どんな小さなものでも守りたいと、そう思います。ただ、現実は‥‥この手をすり抜けて行くものが余りに多すぎますが‥‥」
 ボールスの目は、ここにいない誰かを見ているようだった。
「あなたは?」
「俺は‥‥至極単純だ。好きなものを守るのに、理由は要らないだろ? 詰まるところ、誰かの泣き顔を見たくないから、って事だな。 誰かと心地良く在るのが俺の幸福でね。 そういうのを壊すような輩から心地良さを守りたい‥‥ほら、単純だろ?」
 自分の心のままに動ける、冒険者達。彼等を縛るものは何もない。
「単純で揺ぎ無い理由があれば、どんな選択をしても後悔はしないと俺は考えているからな」
 庭では様々なペット達が楽しげに走り回っている。それを追いかける者、猫と一緒にのんびり日向ぼっこを楽しむ者‥‥。
「義父様〜、早く来て下さいです〜♪」
 庭先でシェリルが手を振っていた。