酔いどれ戦士

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:8人

サポート参加人数:7人

冒険期間:10月11日〜10月16日

リプレイ公開日:2006年10月19日

●オープニング

 小さな村の小さな宿に、だいぶ前から男がひとり泊まっていた。
 男は宿の一階にある酒場の片隅で、昼間から酒を飲んではクダを巻く日々を送っていた。
 そして今日も‥‥。

「坊主、酒だ! これっぽっちじゃ飲んだ気がしねえ、どんどん持って来い!」
 男は空になったカップを音を立ててテーブルの上に置くいた。
 だが、家業を手伝って客の世話をしている少年は、その要求をつっぱねた。
「ダメだよ! お医者さんにも言われたじゃないか、これ以上飲んだら命にかかわるって!」
 男はつい先日も酒場で血を吐いたばかりだった。
「ふん、俺の体だ、どうなろうとお前の知ったこっちゃねえ」
「でも‥‥!」
 男は懐から金袋を取り出すと、少年の前に無造作に投げる。
「足りなきゃ、俺の部屋に取りに来い。金ならいくらでもあるんだ」
「お金の問題じゃないよ! 死んじゃったら‥‥お酒だって飲めなくなっちゃうんだよ!?」
「だからよ、生きてる間に飲ませろや、どうせ先はねえんだ」
「そんな事ない!」
 見れば、少年は目に涙を溜めている。
 男は酒臭い溜息をついて天井を仰いだ。
「坊主、お前何だってそんなに俺に肩入れするんだ? 見ての通り、俺はロクデナシだぜ? この金だって、綺麗な仕事で稼いだモンじゃねえ」
 少年は、他に泊まり客もいないこの小さな宿屋で、ここ数ヶ月ずっとこの男の世話をしてきた。
 確かに飲んだくれのろくでなしで、子供の手本になるような人物ではない。だが、それだけではない何かが、この男にはある‥‥少年にはそう感じられた。或いは、早くに亡くした父親の面影を見ていたのか。
「‥‥しょうがねえな‥‥」
 男は諦めたようにカップを伏せると、おどけたように両手を上げて見せた。
「負けたよ、坊主」
 少年は嬉しそうに顔を綻ばせた。
 その時、突然家の外が騒がしくなった。
 何事かと飛び出した二人の目に飛び込んできたのは‥‥。

「医者だ! 先生を呼べ!」
「おい、大丈夫か!?」
 人垣の中に、血塗れで横たわる青年が二人。一人はさほど大怪我をしている様子ではなかったが‥‥。
「‥‥どけ」
 男が人垣を割って入り、怪我人の前に跪く。
「お、おい、あんた! 何する気だ!?」
 それには答えず、男は怪我人が首にかけていた十字架を握りしめ、呪文を唱え始めた。
 男の体が淡く白い光に包まれ、怪我人は瀕死の状態から辛うじて抜け出す。
「‥‥これで、少しは保つだろう」
「あんた、魔法が使えるのか!?」
 驚いた村人の問いに、男は自嘲的な笑みを浮かべ、ぼそりと呟いた。
「昔は、真っ当な騎士を目指した事もあったな‥‥」
 男は座ったまま、傷の浅いほうの青年に問いかけた。
「で? どうした? クマにでもやられたのか?」
「‥‥オークだ」
「オーク? あの豚野郎どもか?」
「ああ、いつもこの季節には山をウロついてる‥‥オレたちも気を付けてはいたんだが‥‥」
「ぼくの父さんも、そいつらにやられたんだ」
 背後で少年の声がした。
「あいつら、山に入る人間を襲って楽しんでるんだ」
「わかってて、何で山に入る?」
「だって‥‥」
 山の恵に頼らなければ、まともに冬を越せないという事か。
「ふ‥‥ん」

 ‥‥どうやら、良い死に場所を見付けたらしいぜ‥‥。

 翌朝、荷物を宿に残したまま、男は姿を消した。
 彼の荷物にあった布で巻かれた細長い物と、酒場の小さな酒樽と共に‥‥。

「お願い、ビリーを助けて!」
 少年は事態を知って集まった大人達に懇願する。
「きっとオーク退治に行ったんだ! 一人じゃ無理だよ! 殺されちゃう!」
 いつの間にか村に居着いてしまった男を迷惑に思っていた村人達だったが、だからと言って自分達の為に危険に飛び込んだ男を見捨てる事は流石に出来ない。
 だが、村にはモンスターと戦える者など一人もいなかった。
「誰か、急いで助けを呼んで来るのじゃ!」
 村長の命令に、一人の若者が馬を走らせた‥‥。

●今回の参加者

 ea3667 白銀 剣次郎(65歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7842 マリー・プラウム(21歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 ea9508 ブレイン・レオフォード(32歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb1878 ベルティアナ・シェフィールド(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3310 藤村 凪(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3412 ディアナ・シャンティーネ(29歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

風霧 健武(ea0403)/ ベルセザリア・シェフィールド(ea1540)/ ジュエル・ハンター(ea3690)/ 真宮寺 美春(ea6753)/ 日高 瑞雲(eb5295)/ ディルク・ベーレンドルフ(eb5834)/ クァイ・エーフォメンス(eb7692

●リプレイ本文

「そろそろ、馬はきついかしら?」
 ベルティアナ・シェフィールド(eb1878)が後ろに乗せた少年に手を貸し、馬から下ろす。
 一行が山に入って数分、道と呼べるようなものは、そこで途切れていた。
「ジムくん、と言ったわね。ここから先はあなたに案内してもらうけど、約束して、決してはぐれない事。それに、戦闘になれば下がって誰かの傍を離れない事。良いわね?」
 ベルティアナの言葉に、少年は真剣な眼差しで頷き、木立の中へと足を踏み入れた。
 その頭上からマリー・プラウム(ea7842)が前方の安全を確認しながら進む。
 殿を努める白銀剣次郎(ea3667)は、後続の為に木の枝に目印の白い布きれを結び付けていった。更に念を入れ、小石を拾って矢印の形に地面に置いていく。

 道なき道を進む事、暫し。
 前方から漂ってくる金臭い匂いにブレイン・レオフォード(ea9508)が気付く。
「この匂い‥‥血か?」
 その言葉に、少年が弾かれたように走り出した。
「まさか‥‥ビリー!?」
「あ、おい! 一人で行くな! 危ないぞ!」
 先程の約束を忘れ、少年は夢中で走る。そして、その先に‥‥。
「ビリー!!」
 大きな木の根元に寄りかかるように、ビリーが座り込んでいた。
 そのすぐ側に、大きな血溜まりが出来ている。
「‥‥ビリー‥‥?」
 少年は、その場に立ち尽くす。
「血を吐いたのか‥‥おい、生きてるか?」
 ブレインが肩を軽く揺するが、反応がない。だが、息はあるようだ。
「‥‥怪我をされている訳ではないので、効くかどうかはわかりませんが‥‥」
 言いつつ、ディアナ・シャンティーネ(eb3412)はリカバーをかける。
 それと共にかけられたグットラックの効果か、ビリーはうっすらと目を開けた。
 何か言おうとして激しく咳き込み、血の混じった唾を吐き出す。
「‥‥何だ‥‥あんたら‥‥?」
 ようやく出た声は、かすれて聞き取りにくい。
「貴方の戦いを助けて欲しいと依頼があったのでやってきました。しかし‥‥」
 メグレズ・ファウンテン(eb5451)がビリーの前に跪く。だが、目の前の相手は、とても戦える状態ではなかった。
「‥‥依頼‥‥? 俺はそんなモン、頼んだ覚えは‥‥」
「頼んだのは、この子よ」
 ベルティアナが言い、少年の背中を押す。
 ビリーはその時初めて、少年がそこにいる事に気付いたらしい。
「坊主‥‥!? お前、何だってこんな所に‥‥」
「ばかぁっ!!」
 ビリーに説教をする暇も与えず、少年はその首根っこにしがみついた。
「ビリーのバカ! 死んじゃったかと思ったじゃないか! バカ! バカバカバカバカ!!!」
「‥‥おい、そうバカバカ言うなよ。ほれ、離れろ、服が汚れちまうぞ」
 だが、少年は離れない。
 仕方なくそのままの姿勢で、ビリーは冒険者達を見上げた。
「で、何だ、その依頼ってのは?」
 白銀が足元に転がった小さな酒樽を拾い上げ、振ってみる。中身は全く減っていないようだ。
「幾らなんでも、一人でオーク退治とは無理にも程があるわい。思う所があるだろうが、先ずはオークを退治して生き延びることだな」
 その言葉に、ビリーは鼻で笑った。
「生き延びる? このザマぁ見りゃわかんだろ、俺には時間がねえんだ。それに、多少命を延ばしたところで、何があるわけでもねえ。豚と刺し違えるのが、俺には似合いさ」
「その有様では、それすら無理ですわ!」
 ベルティアナが容赦なく言い放つ。
「それに、あなたの首にしがみついているその子の事はどうお思いですの? 一人で死に場所を求める方を、私如きが止める理由はありません‥‥が、残された人が居るのでしたら話は別ですわ」
「そうよ、あなたの命はそんなに安くはないわよ。だって、必要としてくれる人がいるんだもん」
 マリーの言葉に、ビリーは溜め息をつき、少年の髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。
「こいつは何か勘違いしてやがるのさ。俺はただのロクデナシだってのに‥‥」
「そんな事ないっ!」
 少年は目を真っ赤に腫らして懸命に抗議した。
「‥‥やれやれ‥‥」
 やはり、この少年には勝てないようだ。
 ビリーは、オーク退治を冒険者に任せる事に、渋々ながらも同意した。

 暫く後、後続の二人が到着した。
「遅くなってごめんねー!」
 シャンピニオン・エウレカ(ea7984)が元気に飛んでくる。
「目印、わかりやすかったわ〜、おおきにな〜」
 藤村凪(eb3310)が白銀に礼を言う。
 丁度その時、偵察に行っていたマリーが戻って来た。
「いたいた、この向こうに6匹! まだこっちには気付いてないわ。どうする?」
「この脇に、少し開けた場所があるんだ。そこに誘い込んだらどう?」
 少年はビリーがとりあえず無事だった事に安心したのか、元気いっぱい、やる気満々だ。
 ビリーも、自力で立てる程度には回復していた。
「良いな、そいつで行こう。奴等を誘き出して貰えるか?」
 ブレインがマリーに問う。
「任せといて、森は得意よ!」
 マリーは少年に広場の位置を確認すると、勢い良く飛び出して行った。
「では、こちらも移動するかの。ビリー殿、歩けるか?」
 白銀がビリーに肩を貸す。
「その子を守るのは、ビリーさんに任せたからねっ? オークなんかに負けないでよっ☆」
 シャンピニオンの言葉に、ビリーは口の端を歪ませた。
「おいおい、俺は死にかけの病人だぜ?」
 言いつつ、その手にはしっかりと剣が握られている。‥‥今のところ、その役割は杖代わりではあったが。

「ブタさんブタさん、こっちですよぉ〜!」
 マリーはオーク達の頭上をからかうように飛び回る。
「ほ〜ら、こっちこっち! 美味しいお肉もありますよ〜」
 待ち伏せ場所に、イリュージョンでオークが好みそうなお肉のイメージを作り出す。
 オーク達は、涎を垂らしながらドタドタと広場に駆け込んで来た。
「来たぞ!」
 ブレインが武器を構え、ディアナはセーラ神に作戦の成功を祈る。
「戦乙女の戦士として、人に恥じぬ戦いを致しますわ」
 ベルティアナの手に、オーラシールドが現れた。
 広場の端、少年を後ろに庇うビリーを背に、凪が弓を引き絞る。
 ――ビシッ!
 放たれた矢は、吸い込まれるように先頭を走るオークの足に命中した。
 もんどり打って転がる巨体につまずき、更に何頭かが無様に地面に這いつくばる。
 そこへ、冒険者達の攻撃が集中した。
 身動きの出来ない相手に、ブレインがスマッシュEXを叩き込む。
「一匹も逃さず、ここで禍根を断ってしまうぞ。悪さをするお主らが悪いのだからの」
 起き上がってきた者には白銀が豪快に笑いながら、スタンアタックをかけて再び地面に転がす。
 ディアナは自身にグットラックをかけ、オークの抱く悪意を斬るつもりで両手に持った剣を振るう。そう考えるようにしないと戦える気がしないと感じるのは、モンスターと言えど、人間や動物達と同じ生き物‥‥そんな思いがあるからだろうか。
 シャンピニオンは仲間達の間を飛び回り、グットラックを付与して回った後は、ビリー達の側で怪我人が出た時の為に待機していた。
 仲間の攻撃の隙をぬった凪の正確な射撃が、相手の動きを鈍らせる。
「破刀、天昇!」
 独特の掛け声と共に、メグレズのソードボンバーが繰り出され、弱った敵にスマッシュで止めをさす。
 戦いは冒険者が圧倒的に有利だった。
 だが、全滅も間近と思われたその時、痛みに逆上した一頭のオークが、ビリー達に向かって突進を始めた。
「あかん、間に合わへん!」
「ビリーさん!」
 オーク退治に集中する余り、後ろの守りが手薄になっていた――
 手負いのオークはシャンピニオンを吹っ飛ばし、ビリー達に迫る。
 だが、ビリーは落ち着いていた。
「‥‥落ちぶれちゃいるが、俺も騎士のはしくれだ。豚野郎ごときが、ナメてんじゃねえ!」
 怒声と共に、剣が閃く。
 オークは一撃で沈んだ。
 ‥‥しかし、ビリーもまた、がっくりと膝をつくと、その場に倒れ込んだ。

「‥‥何だよ、まだ生きてんのか、俺は‥‥」
 昏睡から目覚めた彼の、それが第一声だった。
 ビリーは見覚えのある部屋の、見覚えのあるベッドに寝かされていた。気を失っている間に冒険者達が運んでくれたらしい。
「なあ、もう少し粘って生きてみても良いんじゃないか?」
 ブレインは目でベッドの脇を指す。そこには、突っ伏して寝ている少年の丸い頭があった。
「おっさんが死んだらその子が悲しむ‥‥その子の笑顔のために生きてみるってのも悪くないかもしれないぜ?」
「この子は、ずっとこうしてビリーさんの看病を続けていたんですよ」
 ディアナが少年の頭を撫でる。
「こうして、身近な誰かとの絆を大切にして生きることだって、ひとつの道だと思うけどな」
 と、シャンピニオン。
「生い先短いのでしたら、残された時間でこの子に戦う術や騎士道の心得などを伝授して、ビリーさんが生きた証を残してみてはいかがかしら?」
 ベルティアナの言葉に、ビリーは鼻を鳴らした。
「生い先短ぇとは、言ってくれるぜ。まあ、確かにそうだが‥‥この坊主に戦いは無理だろ」
「だとしたら尚更、あなたがいなくなれば次に村が危なくなった時、村を救える人はいなくなりますよ。もう少し、村のため、この少年のために生きてみてはいかがですか?」
 メグレズの言葉を、ビリーは傍らの少年の頭を掻き回しながら聞いている。
「‥‥ん‥‥?」
 少年が目を覚ました。
「よォ、坊主」
 少年の目が、まん丸くなる。
「‥‥ビリー! ビリー!」
 ひたすら名前を連呼しながら、満面の笑顔でビリーに抱きついた。
 そんな光景を目を細めて見ながら、白銀はビリーに酒を勧めた。
「人生いたる所へ青山ありだ。どうだ、祝い酒は?」
 ビリーは手を出しかけ‥‥止めた。
「いや、酒は‥‥な」
 そう言うと、口の端を歪めて笑った。
「ったく、こいつにゃ敵わねえよ」
 小さな部屋には、マリーが奏でる楽の音が流れる。
 それは、どこか懐かしい音色だった。