クマの親子、ふたたび。

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:10月26日〜10月31日

リプレイ公開日:2006年11月03日

●オープニング

「‥‥いや、ですから、お預かりした費用は全額お返ししますと‥‥」
「金の問題ではないと、何度言えば理解するのかね、キミは? ボクの家には金など腐るほどある‥‥問題は、あのクマが未だに我が家の猟場をうろついているという、その一点のみ!」
 若い男はハンカチを握りしめた拳でカウンターを叩いた。
 男は潔癖性らしく、ギルドにある物には何一つ手を触れたくないないらしい。ドアノブでさえハンカチを当ててから回していた。
 今回は更に手袋も着用しているが‥‥どうせそれも、ギルドを出た途端に道端に投げ捨てるのだろう。
「ですから、ご依頼頂いてもご希望通りに冒険者が集まるわけではないと、先程から申し上げているのです。冒険者にも、それぞれ都合というものが‥‥」
「キミ達の都合など、ボクの知った事かね! 客の要望に応えるのが商売というものだろう!」
「それは、そうかもしれませんが‥‥」
 男は一週間ほど前に、ギルドに熊退治の依頼を出していた。だが、恐らく多分に依頼人本人の人柄のせいであろう、協力しようという冒険者は少なく、熊はいまだに彼の猟場をうろついていた。
 男は手袋を填めた手で、受付係を正面から指差した。
「良いかね、ボクの父上はこのキャメロットの権力者だ。ここで商売をする許可を取り消して貰う事も出来るのだよ?」
 ‥‥流石にそれは出来ないと思うが。権力者と言うのも怪しいものだ。
「人手が足りなければキミ自身が出向いてでも、あのクマを始末するのだ。次はないと思いたまえよ」
 男はカウンターに置かれた金袋からひとつまみの金貨を取り出すと、残りは懐にしまい込み、ギルドを後にした。
 ‥‥結局、金の問題なんじゃないのか‥‥?

「‥‥参ったね‥‥」
 男が去った後、受付係は椅子の背に寄りかかり、天井を仰いだ。
「また例のハンカチ貴族か。相変わらずヤな野郎だな」
 いかにもベテランそうに見える強面のビギナー冒険者が、そんな受付係に声をかけた。
「ああ、あなたですか。‥‥まだ、冒険には出ないのですか?」
「ん、まあ、何だ、俺の力量に合うレベルがなくてな」
 冒険者はガハハ、と笑う。
「結局、集まらなかったんだな、あのクマ退治」
「仕方ありませんよ、こういう事もありますから‥‥ただ、相手が悪かったようですね」
「‥‥そう言や、あの子熊はまだ無事なのか? 罠に落ちてからもうだいぶ経ってるだろ?」
「それが、不思議と元気にしているらしいのですよ。まさか母熊が食べ物を穴に投げてやっているとも思えませんけど‥‥」
「ふ‥‥ん、森の中に、誰かいるのかね?」
「さあ?」
 受付係は前回よりも更に投げやりに、依頼書を掲示板に貼り付けた。
「ところで、あなたもどうです? この金額では退治までは無理ですから、森から移動させる事になると思いますし、あなたも活躍出来るんじゃないですか?」
「い、いや、俺はちょっと、その‥‥熊アレルギーで!」

●今回の参加者

 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3349 カメノフ・セーニン(62歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb7439 グレース・コンウェル(21歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 eb7628 シア・シーシア(23歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb7636 ラーイ・カナン(23歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7708 陰守 清十郎(29歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

小 丹(eb2235)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ 日高 瑞雲(eb5295)/ 陰守 森写歩朗(eb7208

●リプレイ本文

「ふん、漸く仕事をする気になったらしいな、冒険者ども」
 森の入口で、依頼人であるハンカチ貴族が待ち構えていた。
「‥‥ん? 何だ、その大きな荷馬車は?」
 冒険者達が用意してきた荷馬車に目を留める。
 だが、事前の情報で依頼人が待ち構えている事は承知していた。
 シア・シーシア(eb7628)が、涼しい顔で言ってのける。
「思った以上の大仕事になりそうなのでな。これは、熊を運ぶ為に用意した物だ。毛皮を売って報酬の一部とさせて貰う。そちらでは毛皮は不要という事だし、問題はなかろう?」
「ふん、好きにするが良い。モタモタしていると猟期が終わってしまう、さっさと仕事にかかれ」
 依頼人はハエでも払うように冒険者達に向かってハンカチを振ると、そそくさと屋敷へ帰って行った。

「言われなくても急いで行くよ、退治じゃなくて、助けにだけどね」
 去り行く依頼人の背に向かって、聞こえないようにシータ・ラーダシュトラ(eb3389)が呟き、舌を出す。
「そうだな、依頼人のため‥‥というより、熊の親子のためにも手早く終わらせたい」
 ラーイ・カナン(eb7636)の言葉に、大鳥春妃(eb3021)も頷く。
「穴の中に一人ぼっちの子熊様も、その子熊様を思っていても助けに行けない母熊様も、可哀想ですわ。わたくし、子どもはおりませんけれど、もし、自分の身に降りかかったらと思うと‥‥」
「うん、僕も職業柄あんまり大きな事は言えないんだけど‥‥やっぱり、あの依頼人のやり方って好きになれないよ」
 シータの生業は猟師だ。だが、狩りは相手の命を奪う事。だからこそ獲物に対しても尊敬の気持ちを忘れず、対等の立場で知恵や力を比べなければいけない‥‥彼女はそう考える。
「そうですね、生きるために他の生物の命をもらうことは仕方のないことですが‥‥」
 グレース・コンウェル(eb7439)も、親子の愛情を逆手に取る非情な罠を張った依頼人の行動には憤りを感じていた。
「私、熊さんに肩入れしてしまいそうです‥‥」
 荷馬車を借りるついでに町で調達してきた保存食を足りない者に分配し、一行は森の奥へ向かった。

「ふむ、小丹の話によると、餌を与えておるのは子供のようじゃが‥‥」
 子熊が落ちている罠が見える藪の中に身を隠し、毛布にくるまったカメノフ・セーニン(eb3349)が、白い顎髭を撫でながら言う。
「親熊も‥‥見当たりませんね」
 陰守清十郎(eb7708)も、藪の影から身を乗り出す。
 出来れば見つかる前に親熊をスリープで眠らせてしまいたかったのだが、先に子熊の救出を始めるしかなさそうだ。
「じゃあ、僕が穴に入るから、皆で引っ張り上げてね」
 そう言って藪から出ようとしたシータを、ブレスセンサーで周囲を調べていたカメノフが呼び止める。
「む、誰かおるぞ。この大きさは‥‥熊ではなさそうじゃな」
 その時、反対側の藪で何かが動く気配がした。
「ふむ、アレのようじゃな‥‥」
 足元に子狐を従えた小さな人影が藪の中から現れる。ハーフエルフの少年のようだ。細い腕に、木の実や果物などを抱えている。
「‥‥誰だ!?」
 少年は冒険者達の気配に気付き、腰のナイフを抜いて身構えた。
「僕たちは熊を傷つける気はない」
 両手を軽く上げて敵意のない事を示しながら、シアが前に出た。
「そうだよ、僕達、助けに来たんだよ?」
 と、シータ。
「助けに‥‥?」
 まだナイフを構えながら、少年は訝しげに問う。
「本当は、退治しろって言われてるんだけどね」
 シータが片目をつぶってみせる。
「僕たちが仕事を引き受けなくても、依頼人はあきらめそうにないし、次に依頼を引き受けた者は本当に退治するかもしれない。それなら僕たちで依頼を受けて逃がしてやるのが一番良いと思わないか?」
 シアの言葉に、少年はナイフを下ろした。
「ホントに‥‥ホントに助けてくれるの? 僕、一人じゃ何も出来なくて‥‥」
「そんな事はありませんよ。あなたが食べ物を運んでくれているお陰で、子熊さんも元気にしていられたのですから」
 グレースはそう言って、子熊にメンタルリカバーをかけようと穴を覗き込む。
 穴の縁は母熊が掘ったのだろう、土が崩れて大きく広げられている。だが、子熊が不安そうに見上げる穴の底までは到底届かない。身を乗り出して手をいっぱいに伸ばし、ようやく魔法が届く程の深さだった。
「よくもまあ、これだけ掘ったと言うか、掘らせたと言うか‥‥」
 清十郎が呆れ顔で言う。
 そこへ、熊の移住先を探して森の中を調べ歩いていたローガン・カーティス(eb3087)が姿を現した。
「おお、丁度良かったわい、これからウォールホールで穴を広げようと思うんじゃが、景気付けにフレイムエリベイションをかけてくれんかの?」
 炎の力で気合いを入れたカメノフが広げた穴に、腰にロープを巻いたシータが身軽に降りて行く。
 子熊はスリープをかけられて、スヤスヤと寝息をたてていた。
 起こさないようにそっとロープをかけ、自分の背中にくくりつける。
「良いよ、引っ張り上げて!」
 その合図に、ラーイと清十郎がロープを引く。
 あと少し、という所で差し出されたシータの手を取ろうとして、ラーイは慌てて手を引っ込めた。
「済まん、誰か‥‥代わってくれ」
 彼は異性と触れあうと狂化を起こしてしまうのだ。

 子熊を背負ったシータが無事に穴から上がった丁度その時、藪の中でザワザワバキバキと音がした。
 大きな熊が、藪の中からぬうっと姿を現す。
 熊は、ぐったりとした子供が人間に抱きかかえられているのを見て、何か危害を加えられていると思ったようだ。
「グアァァァッ!」
 咆哮を上げて仁王立ちになると、冒険者達に向かって猛ダッシュで襲いかかる。
 その余りの勢いに、真っ正面にいたカメノフは足止めよりも逃げる事を優先させた。
 リトルフライで空中に逃げながら叫ぶ。
「す、スリープスリープ! 早く眠りの魔法じゃ〜!!」
 春妃が急いで魔法を唱える。
 だが、極度に興奮した熊には効果がなく、グレースのコアギュレイトも突破された。
 熊は、子供を抱きかかえたシータに向かって真っ直ぐに突っ込んで行く。シータは咄嗟に盾を構えたが、体当たりを食らえば軽く吹っ飛ばされるのは確実だ。
「く‥‥っ、間に合え!」
 シアと清十郎が同時にスリープを唱える。
 瞬間、熊の足がもつれ‥‥どちらの魔法が効いたのかはわからないが、巨体がその場に倒れ込んだ。
「‥‥何とか、間に合ったな」
 ローガンが落ち着き払って言う。
「子熊の具合はどうだ? 野生動物は見た目元気そうでも、油断は出来ないからな‥‥」
 眠りを妨げないように、体のあちこちをそっと触ってみる。どうやら、異常はなさそうだった。

「依頼人の猟場の境界はここだ」
 熊の親子が寝息をたてる側で地図を広げ、ローガンは調べてきた事を仲間に説明した。
「この外側で、熊が暮らしていけそうな場所を探してきた。植生や動物の分布、他の熊の縄張りなどを考えると‥‥この辺りが良いように思うのだが」
 ローガンが指差したのは、今いる所からはかなり離れた場所だった。
「僕もそこが良いと思う」
 子狐を膝に乗せた少年が言った。
「連れて行くなら僕が案内してあげるよ。でも、荷馬車に乗せて行くつもりなら‥‥丸一日はかかるかな。けっこう遠いよ」
「説得に応じて、ご自分で歩いて行って下さると良いのですが‥‥」
 春妃が心配そうに言う。
「とにかく、やってみましょう」
 グレースは母熊の気持ちが少しでも和らぐようにと、メンタルリカバーをかける。
 眠りから覚めた母熊は、自分の腕の中に子熊がいる事に気付いて多少は落ち着いたようだ。
 だがそれでも、冒険者達の姿を見ると鼻の頭に皺を寄せて唸り声を上げる。何かあれば、いつでも飛びかかれる体勢だった。
「最低なことをしたのも、わたくしどもと同じ『人間』です。ですから、わたくしどものことが信用できないという気持ちもあるでしょう‥‥」
 春妃がテレパシーで熊に語りかける。
 熊は唸り続けていた。
「けれども、そこを曲げて、信じていただきたいのです。この場所からは離れなければなりませんが、そこならばきっと、親子で幸せに暮らせるでしょう。どうか、わたくしどもに付いてきて頂けないでしょうか‥‥?」
 熊は、唸りながらも何かを考えている様子だった。
 だが、突然立ち上がると‥‥
「グオォォォッ!」
 吠えた。
「‥‥仕方がありません‥‥もう一度、眠って頂きましょう‥‥」
 今度の魔法は、さほど抵抗なく受け入れられた。

「さて、まずはどうやって荷台に乗せるかじゃのう」
 人力では持ち上げられそうにない。カメノフのサイコキネシスでも、まず無理だろう。
「これは使えないでしょうか?」
 清十郎が荷物から大凧を取り出す。
 上空は木々に覆われ、移動に使うには無理がありそうだが‥‥木々の隙間から飛ばせば、持ち上げるだけなら出来そうだ。
 眠っている母熊の横に毛布を広げ、その上によいしょと転がす。
 毛布の四隅にロープを結び付け、大凧で引き上げ‥‥何とか、馬車の荷台に乗せる事が出来た。
 そのまま毛布ごと荷台にくくりつけ、子熊を腕の間にそっと置いてやる。
「ほう、なかなかいい毛皮じゃのう」
 カメノフの言葉にシータが口を尖らせた。
「ダメだよ! ‥‥僕も、次に会った時は狩人と獲物って関係になるかもしれないけど‥‥今はダメ!」
「わかっとるよ、ただの鑑定じゃ。来年、再来年の狩りのためなら、今は‥‥のう」
 ラーイが穴を埋め戻し、荷馬車は森の地理に詳しい少年と、地図を手にしたローガンの後についてゆっくりと動き出す。
「まあ、それはそれとして‥‥」
 歩きながら、例によって例のごとく、カメノフは虎視眈々とスカートめくりのチャンスを狙っていた。
「‥‥本当にごめんなさいね。でも、子熊さんを守るためにもここは離れないといけないのです。どうか、新しい土地で元気に過ごせますように‥‥」
 狙われている事も知らずに、グレースは熊の親子の為に祈っていた。