うそつき。

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月19日〜11月24日

リプレイ公開日:2006年11月27日

●オープニング

 星の綺麗な夜だった。
 一組のらぶらぶかっぷるが小川のほとりでぴったりと寄り添い、談笑していた。
「そうさ、俺は強いんだぜ? そう、冒険者達が束になっても敵わない恐ろしいモンスターだって、俺なら一撃さ!」
 男が鼻の下を伸ばしながら言う。
 彼の貧弱な体つきを見れば、それが真っ赤なウソである事は容易にわかりそうなものだが‥‥恋は盲目。
「まあ、ではアーサー王陛下から円卓の一員にとお誘い頂くのも夢ではございませんわね?」
 女は瞳を輝かせ、真っ直ぐに男を見つめる。
「夢どころか、実際にお誘いを頂いたのさ!」
「まあ、本当ですの!?」
「でも、丁重にお断り申し上げたよ。俺が剣を捧げるのは、この世でただひとり‥‥君だけさ」
「ああ、ロバート様‥‥っ!」
「マリアンヌ!」
 ‥‥‥‥‥‥阿呆らし。
 それを見ていたのが人間ならば、そう評してさっさと立ち去るか、あるいはそれに続くであろう行為をじっくりと鑑賞するか‥‥。
 だが、彼等の背後に潜む大きな影がとった行動は、そのどちらでもなかった。

「た、助けてくれ!」
 翌朝、振り乱した髪から血を滴らせ、真っ青な顔をした男が息も絶え絶えにギルドに飛び込んで来た。
 恐らく自分が受けた傷も省みず、夜通し馬を走らせてきたのだろう。
「か、彼女が、モンスターに、浚われたんだ!」
 そう、仲睦まじい彼等の様子を窺っていたのはモンスターだった。
「で、でっかいヤツで、と、とにかくでっかくて、あ、頭にツノが‥‥っ」
「ツノ‥‥ですか。まあ、とにかく座って下さい」
 受付係は男を手近な椅子に座らせ、水を手渡した。
 男はそれを一気に飲み干し、大きな溜め息をつく。
 多少人心地がついたところで、受付係は男に尋ねた。
「‥‥そのモンスター、牛の頭をしていませんでしたか?」
「‥‥牛‥‥?」
 男は星明かりに照らされて一瞬だけ見えた相手の姿を懸命に思い浮かべる。
「‥‥いや‥‥おっそろしい顔だったが‥‥牛ではなかった、と、思う。それが、何か‥‥?」
「ああ、いえ‥‥別に。では、恐らくオーグラあたりでしょうね」
「‥‥おーぐら‥‥?」
「人喰鬼です。好んで人肉を食べるそうで‥‥」
 落ち着き払って事務的に言う受付係に、男は真っ青な顔を紫色にして掴みかかった。
「貴様、さっさと人を集めろ! もし‥‥もしマリアンヌに何かあったら‥‥貴様を殺してやる! 貴様だけじゃない、役立たずの冒険者ども、皆殺し‥‥っ」
 そこまで言って、男はふと何かに思い至ったように、受付係の襟元を掴んでいた手を離した。
「いや‥‥それは、まずい」
 男の視線が宙に彷徨う。
「俺が、行かなければ‥‥俺が助けなければウソがバレてしまう! 彼女にウソツキだと思われたら、もうオシマイだ! ああ、でも、俺はまだ死にたくない‥‥! し、しかし、マリアンヌを見殺しにするわけには‥‥っ!」
 男は天井を仰ぐと、がっくりと膝をついた。
「俺は‥‥どうしたら良いんだあぁぁぁっ!!!」


「‥‥ぐふっ」
 オーグラは上機嫌だった。
 血色が良く、美味そうな人間。肉付きは今ひとつだが、このひらひらふわふわしたキレイな皮は、きっとカノジョも気に入ってくれるだろう。
 オーグラは気絶したままのマリアンヌを巣の中へ置くと、カノジョを呼びに出かけた。
 素敵なプレゼントと共に、プロポーズを敢行すべく‥‥。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

日高 瑞雲(eb5295

●リプレイ本文

「あの‥‥お、俺は、どうすれば‥‥?」
 浚われたマリアンヌを救出する為に急ぎ集まった冒険者を前に、依頼人のロバートはまだオロオロしていた。
「あんたは、どうしたいんだ?」
 閃我絶狼(ea3991)が、とりあえず意思を確認する。
 だが、依頼人の答えは煮え切らない。
 そんな様子に、ティズ・ティン(ea7694)が呟く。
「何か、この人うさんくさいんだよね」
 ウソツキで、ヘタレで、優柔不断。目の前の男は、彼女の理想とはかけ離れていた。
「オーグラは本気で強いんであるからして私達も気を抜くと危ないんである。連れてく余裕はないである」
 リデト・ユリースト(ea5913)は、残る事を勧める。
「怖い思いをして帰ってくるマリアンヌ嬢をゆっくり休ませる用意をして待ってるが良いである」
「で、でも、その‥‥」
「貴方が迷っただけ彼女が危険にさらされます。来るなら早く決めて下さい」
 リースフィア・エルスリード(eb2745)がピシャリと言い放つ。
 女性陣は結構容赦ない。
「そうだな、時間との勝負になるやも知れぬ。来るなら、拙者の蒙古馬を貸すが?」
 尾花満(ea5322)が馬の手綱を差し出す。
「あ、いえ、馬は自分のが‥‥でも‥‥」
 痺れを切らした絶狼が怒鳴りつけた。
「なあ、あんた今この状態で一番大事な事って何だ? お前さんのちっぽけな見得やプライドか、違うだろう!!」
「わ、わかってますっ! お、俺だって、自分で助けに行きたい! でも、俺は‥‥足手まといになるのがオチだ‥‥」
「まあ、そうだろうね」
 ティズが辛辣なコメントを挟む。
 だが、余程腹に据えかねるものがあったようだ。絶狼は構わず続けた。
「それでも、かっこ悪く醜く地面を這いずろうが金に物を言わそうが、委細構わずただがむしゃらに自分が出来る事を全力でやり通してみせろよ! それが本当の思いってやつだろうが!?」
「道案内して貰えると、早く到着出来て嬉しいのですが〜」
 シェリル・シンクレア(ea7263)はそう言いつつ、馬上でマナウス・ドラッケン(ea0021)の背中にしがみつく。
「そうすれば助かる可能性も高くなりますけど、でも、無理強いはしませんよ?」
「‥‥わ、わかりました、行きますっ!」
「ええ〜、来るの?」
 ティズはいかにも迷惑そうだ。
「それじゃあ、私と勝負して、勝てたらそれなり強いってことだから来ていいよ」
 そう言って武器を構えるティズの前に、今まで影のようにじっと動かなかった夜枝月奏(ea4319)――今は夜叉と名乗っていた――が立ち塞がり、首を横に振った。
「そうだな、今は時間がない」
 夜叉の意図を察したマナウスが、馬上から声をかける。
「それに、お前‥‥」
 と、ハンマーを突きつけられて固まっている依頼人に向き直る。
「剣を持った事もないんだろう?」
 看破された。
「‥‥せめて、自分の彼女位は守れるように訓練積んどけ。じゃないと愛想つかされるか、本当に目の前で失うことになるぜ?」
「では、急いでお二人がいちゃいちゃ☆していた地点に向かいましょう。案内くらいは、ちゃんとして下さいね」
 シェリルも、なかなかに辛辣だった。

 いちゃいちゃ現場から先、問題のオーグラがどこへ向かったのか‥‥それは依頼人にもわからない。
 だが、モンスターに自らの痕跡を消したり、目立たないように慎重に事を運ぶ知恵がある筈もなく、手がかりは充分だった。
 絶狼の狼、絶っ太に匂いを追わせつつ、足跡を辿る。
 暫く行くと、藪の中に大きな洞窟が口をあけているのが見えた。
 出入り口までは草が踏みしだかれ、獣道ならぬオーグラ道が出来ている。おかげで、視界は開けていた。
「洞窟の周囲には何もいないようであるな」
 上空から偵察していたリデトの報告を受けて、シェリルがブレスセンサーで中の様子を探る。
「‥‥大きいのが、1‥‥2。あと、小さいのがマリアンヌさんですね。まだ、息はしてるみたいです」
「大きいのが‥‥って、何で、2匹いるの!?」
 ティズが予定外の状態に驚きつつ、覚悟を決めて前に出る。
「中じゃ動きにくいし、誘き出したほうが良いよね」
「皆さんで引きつけている間に、私達がこっそり回り込んで助け出しますね」
 シェリルの言う『私達』には、依頼人も入っているようだ。
「お、俺も‥‥で、ですね。わ、わかってます」
 声が震え、額には脂汗が浮かんでいる。
 が、逃げるつもりはないようだ。
「女の前に立てば、守っている様にも見える」
 夜叉が面の下からくぐもった声でそっと耳打ちした。
「戦闘だけは近づくな」

 戦闘態勢を整えた冒険者達は、藪に隠れつつ中の様子を窺える位置までそっと近付く。
 いた。
 入り口付近で2頭が向かい合っている。
 それはまさに、プレゼントの受け渡しが行われる瞬間だった。
「ピィーーーッ!!」
 リースフィアが呼子笛を思い切り吹いて、オーグラ達の注意を引く。
「うが?」
 その瞬間、オーグラの肩口にマナウスの放った矢が突き刺さった。
「うがあッ!」
 どさり、プレゼントが落ちる。
 2頭のオーグラは、恋路を邪魔する不届き者を成敗しようと、洞窟の外に飛び出して来た。
 そこに、マナウスの援護射撃を受けつつ、左右の藪から冒険者達が躍り出る!
 肩に軽傷を受けたオスを、絶狼とリースフィアが前後に挟み込んだ。
 オーグラは手にした棍棒を闇雲に振り回す。
 まともに食らえば重傷クラスだ。攻撃を受け止めた腕が、ビリビリと痺れる。
「さすがはオーグラといったところでしょうか。しかし、この程度はこなせなくてはならないのです!」
 リースフィアは何か心に期するものがあるらしい。
 素早く攻撃を避けつつ、反撃の機会を窺う。
 絶狼も攻撃を盾で受け流し、着実にダメージを加えていった。
 一方、メスの周囲は、夜叉、満、ティズの3人が取り囲む。
 夜叉は巧みに攻撃をかわしながら、足を狙って斬りつける。
 ティズはオーグラに負けじとばかりに、重たいハンマーを振り回す。
 時々味方に当たりそうになるのはご愛敬。
 そこへ、目を狙ったマナウスの矢が命中した。
「ギャアアァァッ!!」
 オーグラは目を押さえ、棍棒をメチャクチャに振り回した。
 既に夜叉の攻撃で足元がおぼつかなくなっている。
 よろめきながら棍棒を振り回すその姿は、踊り狂っているようにも見えた。
「人に仇なした以上、斬らねばならぬ‥‥許せ‥‥」
 哀れとは思うが、仕方がない。
 満は止めの一撃を見舞った。

 一方、仲間が敵を引き付けている間に、救出組は洞窟に潜入した。
「‥‥‥‥‥‥うっ!」
 おーぐらくさい。
 強烈な臭気に目が回りそうになる。
「マリアンヌ嬢は気絶していて正解だったであるな」
 とりあえず急いで洞窟から運び出す。
 戦闘の巻き添えを食わないように、少し離れた場所に彼女を寝かせた。
 シェリルが念のためにライトニングトラップを仕掛ける。
 リデトがリカバーをかけ、擦り傷や打撲は跡形もなく消える。
「後はロバートの仕事であるな」
「は、はい‥‥!」
 ロバートは横たわるマリアンヌの側に跪き、静かに肩を揺する。
「マリアンヌ‥‥もう、大丈夫だ。俺だ、ロバートだ! お、俺が‥‥助けに来たぞ!」
 見つめる二人の視線が白い。
 だが、ロバートは構わず続けた。
「マリアンヌ、目を覚ましてくれ! マリアンヌ!」
「ロバート‥‥様‥‥?」
「ああ、そうだよ! もう大丈夫だ!」
「嬉しい‥‥助けに来て下さったのですね‥‥!」
「あ、ああ‥‥」
 恋人の無事を確認すると、ロバートは立ち上がり、彼女に背を向ける‥‥夜叉に言われた、その通りに。
 だが、その為だけではない。
 今、彼には恋人の顔をまともに見る事が出来なかったのだ。

「うそつきっ!」
 ――パアァン!!!
 ロバートの頬にマリアンヌの平手が炸裂する。
 意を決して真実を打ち明けた彼に対する、それが答えだった。
「やはり‥‥そうなるであるか」
 リデトが、そのハリセン並に素晴らしく響く音に感心しながら言う。
「まあ、嘘をついていたことを謝ったのは評価出来ますけど〜」
 と、シェリル。
「‥‥あー、コホン‥‥」
 満がひとつ咳払いをして、怒りに燃えるマリアンヌの前に立つ。
「ここはひとつ、ここまでついて来た『覚悟』に免じて許してやって貰えぬだろうか? この御仁が己の弱さを知り、恥を忍んで冒険者に助力を乞わねば、今頃二人ともオーグラの腹の中であったろう。その勇気、認める訳には行くまいか?」
「経過はどうあれ、そいつはあんたを助けたぜ。それをどう見るかは自由なんだろうがな」
 絶狼も助け船を出す。
「いえ、良いんです」
 真っ赤に腫れ上がった頬を押さえながら、ロバートが言う。
「こうなる事は‥‥覚悟してましたから。マリアンヌさえ無事なら‥‥もう、いいです」
「良くありませんわ!」
 マリアンヌだ。
「ロバート様には、わたくしを騙した償いをして頂かない事には、わたくしの気が収まりません!」
「‥‥どう、償えば‥‥?」
「今までの嘘が全て本当になるように、努力して頂きます。嘘が嘘でなくなる日まで、わたくしがずっと見張っておりますので、そのお覚悟を」
「‥‥え‥‥? そ、それって、つまり‥‥?」
「野暮な事は聞かぬが花、だな」
 マナウスが肩をすくめ、背を向ける。
「さっさと帰るぞ。他にモンスターが居るかもしれんしな」
「‥‥まあ、ちょっとは見直したかな。ほんのちょっとだけどね」
 ティズが独り言のように付け加えた。
「自分を偽りなく表現できる人の方がかっこいいと思うよ」
 一同は帰り支度を始める。
 そんな中、依頼人に渡そうと用意していた手紙を、夜叉は懐にしまい込んだ。
 これはもう必要ない。
 嘘を本当にする為の第一歩を、彼は踏み出そうとしている。
 伝えたかった事は、既に充分に伝わっていた。
 ――嘘は行動を起こさなければいつまでも嘘――
 それは、自らを偽り夜叉と名乗る彼の、自分への言葉だったのかもしれない。