●リプレイ本文
「あー、ごほげほっ、ようこそ、おいで頂きぐぇほがげっ」
「はいはい執事殿無理しない‥‥」
ヨタヨタフラフラしながらも、律儀に出迎える老執事の背をさすりながら、ディディエ・ベルナール(eb8703)は寝室へ連れて行く。
「い、いや、仕事の采配はこのわしがほげへっ」
「卿の為にもここは体を治すのが優先ですよ。いつまでも私達なんぞに坊ちゃまのお世話を任せては、おけないのではないですかね?」
表情はニコニコと穏やかだが、やる事は結構容赦ない。ディディエは抵抗する執事をベッドにねじ伏せ、布団をかけた上からサイコキネシスで押さえつける。
流石の執事も、そこまでされては大人しく従うしかなかった。
「‥‥あの爺を手玉に取るとは‥‥すごいですね、ええと‥‥」
一連の出来事を呆然と見つめていたボールスが声をかける。
「ディディエと申します。多少、薬草の知識がありますので、お役に立てればと」
冒険者達は口々に自己紹介を始める。
中でも、黒装束に黒子頭巾と、異彩を放っているのが、陰守森写歩朗(eb7208)だった。
「陰守と申します」
森写歩朗はボールスに調理道具やその他諸々、必要な物の在処を訊ねるが、この家の主人は箒の保管場所さえ知らないようだった。
「では、執事さんに場所を‥‥いや、あまり聞かない方が良いな」
最後の方は独り言だ。
「家政婦さんたちの作業着があるのなら、お借りしたいのですが‥‥何か制服のような物があれば、お客さんが来た時とかに、粗相がないと思いますし」
聞いても無駄かもしれないと思いつつ、カシム・ヴォルフィード(ea0424)が訊ねる。
「特別な物はありませんが‥‥服が汚れて困るようなら、何かお貸ししますよ。ただ、若い女性用のものは‥‥」
言いかけて、ボールスは相手の『ああ、やっぱり』と言いたそうな表情に気付く。
「‥‥‥‥‥‥‥‥あ」
暫く顔と胸の辺りを見比べて、漸く気付いたらしい。
「す、すみません!」
「いえ、慣れてますから‥‥」
カシムは力なく微笑んだ。
「じゃあ、僕はエル君と動物の世話をしますね。ええと、エル君は‥‥?」
いた。柱の影から様子を窺っている。
「‥‥エル、そこにいたのですか。こちらに来て、皆さんに御挨拶なさい」
「はーいっ!」
エルディンは元気に走ってきて‥‥びたんっ!
転んだ。
「ふぇえ‥‥っ」
あ、泣く。
そこへクリステル・シャルダン(eb3862)が駆け寄り、優しく抱き上げた。
「ほら、痛くない、痛くない‥‥」
頭から床に激突したのだろう、真っ赤になったおデコをさすりながら、リカバーをかける。
「ね?」
「‥‥‥‥‥‥」
エルは返事をしない。その代わり、クリステルの首にぎゅっとしがみついた。
「エル、ご迷惑ですよ。離れなさい」
ボールスが息子を引き剥がそうとするが、クリステルは微笑んで首を振った。
「いいえ、構いませんわ」
「‥‥ふむふむ、エルディン君は金髪美人さんがお好き、と」
ヴェニー・ブリッド(eb5868)が呟く。
「もしかして、お父様もそうだったりして?」
ヴェニーは、仕事にかこつけてボールスの秘密を探ろうと、やる気満々だった。
「円卓の騎士様のメイドができるなんて、すっごく嬉しいな」
台所は、二人の少女の独壇場だった。
「私は家政婦じゃなくってメイドだから!」
と、ティズ・ティン(ea7694)は何故かガチガチの鎧姿で主張する。
家政婦とメイドの違いが今ひとつよくわからないボールスだったが、下手に口を挟まない方が無難だと判断した。
「‥‥やりがいのある仕事ですよね。‥‥腕が鳴ります」
マイ・グリン(ea5380)は、ディディエや森写歩朗から受け取った薬草を使い、病人食を作る。
『えー、あたし野菜キライー!』
どこからともなくシフールの少女がフラフラと飛んできて、テレパシーで話しかける。
風邪で声が出ないらしい。
『あ、あたし、ルーファ・ルーフェン。ルルちゃんって呼んでね♪』
「‥‥ルルちゃんさん、ですね。‥‥大丈夫です、わからないように、美味しく作りますから」
マイは手にしたナイフで薬草を手早く刻み、スープを作る。
「‥‥味見、しますか?」
『え〜?』
ルルは鼻の頭に皺を寄せつつ、薬膳スープから漂う美味しそうな匂いに釣られて一口すする。
『お‥‥美味しいーっ! 野菜のくせに、何でこんなに美味しいの!? ねえねえ、どんな魔法使ったの!?』
「‥‥いえ、魔法などでは‥‥」
――負けられない。
ティズは重装備を解き、仲間の為の食事作りに取りかかった。
ロシア料理を作るつもりだったのだが‥‥材料が足りない。
「誰か、買い物に行ってくれないかな〜」
そこへ、ついさっきまでオーガにこき使われ、忙しく働いていたヲーク・シン(ea5984)が狙い澄ましたように現れる。
彼の本来の目的は、仕事で一緒になった女の子とお近づきになる事。
女の子なら、とりあえず年齢は不問らしい。
「はい、ご一緒しましょ‥‥」
「あ、行ってきてくれる? ありがとー!」
メモと買い物かごを渡された。
「お金はボールス様に貰ってね♪」
8人の冒険者やその仲間達の働きで、最初の一日で、暫く放置されていた庭の落ち葉は綺麗に片付けられ、うっすらと埃を被っていた室内もピカピカに磨き上げられていた。
病人の容態もこれ以上悪くなる事はなさそうだ。
「明日からは、少し余裕が出来そうだね。君達とも遊べるかな?」
足元にまとわりつく猫達――自分の猫も含めて総勢11匹――に餌を配りながら、カシムが声をかける。
一方、台所ではクリステルが病人の夜食にと、すりおろし林檎を作っていた。
そのそばで、エルディンが興味深そうに作業を見つめている。
「少し味見をしてみますか?」
「うん!」
「はい、あーん」
大きくあけた口元へスプーンを持っていく。
「美味しい?」
「おいしー!」
「‥‥クリスさん、すみませんね。今日は一日中付きまとっていたようで‥‥」
いつのまにか現れたボールスが、その様子を見て苦笑する。
「ほら、エル。もう寝る時間ですよ?」
ボールスが手を取ろうとしたが、エルディンはそれをはねのけてクリステルにしがみついた。
「やー! かーさまといっしょにねるー!」
「か‥‥!?」
いつの間にか、クリステルはかーさまにされていた。
「構いませんわ。寧ろ大歓迎です」
「い、いや、そうは言っても‥‥!」
その様子を物陰から見つめる家政婦ひとり。
「‥‥怪しいわ‥‥」
なにげに良い雰囲気が出来上がっている。
要・継続観察。
翌朝、誰よりも早く起きだしたボールスが犬達との運動を終えた頃、ティズが勝負を挑んできた。
「ねぇ、今、暇なんで、折角だからちょっと手合わせしてみいんだけど良いかなぁ?」
快く引き受けたボールスが訓練用の剣を渡す。
「じゃあ、遠慮なく!」
ティズは全力で打ちかかって来た。
技術が高い上に、何しろ標的が小さい。やりにくい事この上ないが、円卓の騎士がメイドさんに負ける訳にもいかない。
攻撃はことごとくかわされ、受け止められた。
こうなったら最後の手段!
「あーっ!」
ティズは大声を上げてボールスの背後を指差す。
何事かと思わず振り返った所に、渾身の一撃を叩き込んだ。
「スキありぃっ!」
だが。
その剣は、あっさり跳ね飛ばされてしまった。
「あはは、やっぱり強いねー」
「ティズさんも、良い腕ですね。目標は円卓の騎士ですか?」
「ううん、素敵な騎士の奥さんが夢だから!」
ボールスが汗を流して自室へ戻ると、マイがベッドメイクをしている最中だった。
シーツやカバーを片っ端からひっぺがし、これから盛大に洗濯を始めるつもりらしい。
「そんなに頑張らなくても良いんですよ」
朝から晩までクルクルと良く働いてくれるが、少し休んではどうかと言うボールスに、マイに首を振った。
「‥‥好きで選んだ仕事ですから‥‥」
「そうですか。でも、無理はしないで下さいね。暇が出来たら、猫達とも遊んであげて下さい。それとも、犬のほうが好きかな?」
「‥‥え」
「あの可愛い子犬は、あなたのでしょう?」
庭で、カシムが犬を遊ばせている。
投げた木ぎれを追いかけて走る犬達の中に何故かエルディンも混じっていたが、その足元に幼いボーダーコリーがまとわりついていた。
「‥‥あ、はい」
マイは剥がしたシーツ類を腕に抱えると、食事の支度が出来ていると言い残して部屋を出て行った。
「う〜ん‥‥嫌われているのか‥‥にゃ? にゃあ、どう思うにゃ?」
ボールスは取り替えたばかりのシーツの上で気持ちよさそうに伸びている猫に話しかける。
だが、猫は大きなアクビをひとつ、しただけだった。
「ふむふむ、ボールス卿は猫と話す時は妙な猫語になる‥‥と」
家政婦は聞いた。
「あ‥‥聞こえました?」
「ええ、しっかり。でも、そんな事はないと思うわ。って言うか、女の子を口説くのが意外にお上手でいらっしゃるのね」
「私は、別に口説いたつもりは‥‥」
「まあ、流石に若すぎるわね。やっぱりアレかしら、親子して‥‥あら?」
ヴェニーは壁にかかっている肖像画に目を留めた。
ふわふわの金髪に、優しげな笑顔の女性。目元がエルディンにそっくりだった。
「妻のフェリシアです。‥‥そう言えば、確かに少し似ているかもしれませんね‥‥クリスさんに」
ヴェニーも世話を申し出てくれていたのだが、エルディンはクリスにべったりだった。
「無理もないわ。お母様が恋しい年頃ですものね。それで、お父様は?」
ヴェニーの何かを期待するような目つきに、ボールスは苦笑した。
「私は浮気をするつもりはありませんよ」
あら残念。
「いやあ、若いモンが大勢おるげほ、活気があって良い‥‥っくしょーい!」
老執事はのんびり寝ていられない性分なのだろう、退屈して歩き回っては、家じゅうに風邪のタネを撒き散らしていた。
「無理して起きてきてはいけません」
そんな彼を、森写歩朗はベッドに戻そうと頑張る。
「いや、おかげで昨日よりだいぶ良くなっぐほごへっ」
「風邪は治りかけが一番危ないんです。それに、周りにうつすことも考えられますので、おとなしく寝ていて下さい!」
騒ぎを聞きつけ、庭で木の手入れをしていたディディエが駆けつける。
「はいはい執事殿無理しない‥‥」
その脇を、大荷物を抱えたヲークが通り過ぎる。
彼は今日も、独り寂しく買い出しに赴いていたようだ。
「ヲークさんがんばって〜♪」
神出鬼没の家政婦ヴェニーが声援を送るが、余計に侘びしく、物悲しくなるような気がしないでもない。
それでも、『次は薪割りをお願いしますわ』などと言われると、喜んで激しく張り切ってしまうヲークだった‥‥。