形見の十字架

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月10日〜12月15日

リプレイ公開日:2006年12月18日

●オープニング

「あ〜、やっと起きた〜!」
 ボールス専属の伝令を努めるシフールのルルちゃんことルーファ・ルーフェンは、2日ぶりに目を覚ました主人の頭上をクルクルと飛び回った。
「‥‥そんなに、寝ていましたか?」
 ベッドに座ったまま緊張感のない大アクビをしながら、ボールスはルルに訊ねた。
 屋敷に戻って、訊ねてきた冒険者に借りていたケルピーを返した事までは覚えている。
 だが、その後の記憶は‥‥。
「無理もないけどね。だってあの連中、ボールス様に食事も摂らせてくれなかったんでしょ? おまけに腕まで折るなんて、ほんっとサイテー!」
 その最低な騎士達は、火事のどさくさに紛れて逃げてしまった。
 冒険者に聞いた所では、どうやら彼等の背後に煽動者がいるらしいが、そちらの消息も不明のままだった。
 危険が去ったわけではない。
 いつ何が起きてもおかしくない、張りつめた状況が続いていた。
「でも、ボールス様が寝てる間は何も起きなかったよ」
「そうですか‥‥部下達にも礼を言わなければなりませんね」
 ボールスは立ち上がると、いつもの服に着替えた。
「‥‥あれ‥‥?」
 その姿を見て、ルルは何か不自然なものを感じる。
 何かが足りない‥‥。
「あ、十字架!」
 ボールスがいつも首から下げていた、十字架のペンダントがなくなっていた。
「ええ、武器と一緒に、奪われました」
「そんな! だってあれ、大事な‥‥」
 亡くなった妻の形見。
 自称ボールスのコイビトであるルルにとっては、彼の妻フェリシアは言わば恋敵。
 だが、大事な人の大事な物が無くなったと聞いては黙っていられない。
「‥‥ごめん! あたし、全然気付かなくって‥‥あの時気付いてれば探して取ってきたのに!」
「良いんですよ、無くなってしまったものは仕方がありません」
 ボールスはいつものように、穏やかに微笑む。
 だが、そんな顔をされたら余計に罪悪感が募るというものだ。
「あたし、取ってくる!」
 窓から飛び出そうとするルルを、ボールスは止めた。
「物は所詮、ただの物です。そんなものがなくても、フェリスはちゃんと、ここにいますから」
 ボールスは自分の胸に手を当てた。
 ルルとしては、それも何だか悔しいが‥‥。
「さて、皆さんに御挨拶してきましょうか。色々と調べたい事もありますし‥‥行きますよ、ルル」

 主が去った後、ルルはひとり部屋に残り、壁に掛けられた肖像画を見つめていた。
 そこに描かれた人物の胸に光る十字架。
 それは、つい先日までボールスと共にあった。
「‥‥ダメ。絶対、ダメ!」
 ルルは、何やら決意を固めた。

「ボールス様ったら、絶対無理しちゃってるに決まってるのよ!」
 冒険者ギルドのカウンターに座り込み、ルルは拳を振り上げる。
「だって、あれがないと魔法も使えないのよ? なのに、新しいのを付けようとしないなんて、未練タラタラの証拠じゃない!」
「はあ、そうですねえ‥‥」
 受付係は、小さなシフールの大迫力に相変わらず圧倒されまくっていた。
「だからね、探して来てほしいの。絶対、焼けちゃったあの屋敷のどこかにある筈だから!」
「おや、ルルさんは行かないんですか?」
「それがね、ボールス様ったら『我々が今守るべきは、この国と、人々の未来です。個人的な、過ぎた日々の思い出ではありません』なんてカッコイイ事言っちゃってさ、ほら、あたしも一応部下なワケだし、勝手な行動は許しませんって‥‥」
「はあ、なるほど‥‥」
「だから、あたしがここに来た事もナイショね。地図は書いとくから‥‥絶対、絶対見付けて来てね! 絶対だからね!」

●今回の参加者

 ea0665 アルテリア・リシア(29歳・♀・陰陽師・エルフ・イスパニア王国)
 ea7244 七神 蒼汰(26歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb1293 山本 修一郎(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3087 ローガン・カーティス(22歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5818 乱 雪華(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb6094 アナトール・オイエ(33歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

朱 鈴麗(eb5463

●リプレイ本文

「うわ、ひどいニオイ」
 火事で焼け落ちた屋敷の跡を前に、アルテリア・リシア(ea0665)は鼻の頭に皺を寄せる。
 辺りには木や石、レンガ、金属など、色々な物が焼けた、火事場独特の臭気が漂っていた。
「亡き奥方の形見の十字架か‥‥見つけてあげなくちゃな」
 七神蒼汰(ea7244)の言葉にローガン・カーティス(eb3087)が頷く。
「騎士として国民のことを考えてくれるのは嬉しいが、個人として大切な物も犠牲にしてほしくない‥‥それに、『絶対』と約束したからには必ず見つけ出さなければな」
 ローガンはこっそり見送りに来て何度も念を押したルルの、必死な表情を思い出す。
「うん、それが失われるってことは、まるで奥さんを2度失うようなものだもの。それは、辛いわよねえ」
 失くした本人は、物は物、などと強がりを言っているようだが‥‥。
 アルは自称太陽の娘らしく、仲間達に元気に声をかけた。
「じゃ、頑張って探しましょうか!」
 ‥‥とは言え。
 この季節、夜の訪れは早い。まだ午後も回ったばかりだと言うのに、辺りには黄昏が迫っていた。
「暗い中の作業で見落としがあるといけないし、明日にしませんか? それに、寒いですし」
 と、山本修一郎(eb1293)。
 防寒着を着ていても、剥き出しの顔には冷気が痛い。
 それに、まだ到着していない仲間もいた。
「‥‥この辺りに、怪しい奴はいないようなのだね」
 ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)がブレスセンサーで確認する。
 待ち伏せなどはないようだ。
「ここで野営をしても大丈夫そうなのだね」
 ウィルは4人用のテントを二つ、持ってきていた。男女4人ずつで丁度良い。
「そうね、天気も大丈夫そうだし、明日出来る事は明日にしましょ♪」
 アルがウェザーフォーノリッヂと風読みで天気を予想する。
「では、温かいスープを作りますわ。 寒いときには暖かい物がほしくなりますものね」
 クリステル・シャルダン(eb3862)がその脇で道具を広げ、湯を沸かし始めた。
「お口に合えば良いのですけれど」

「‥‥ごめんなさい、遅くなりました」
 翌日、皆が作業を始めようとした頃、スモールストーンゴーレムのラジャスを伴った乱雪華(eb5818)が漸く到着した。
 ゴーレムは力もあり、役立つ場面も多いのだが‥‥移動に時間がかかるのが難点だ。
「ルルさんのお話では、騎士達は南の入り口付近にいた様ですわ」
 クリステルは空を見上げ、方角の見当を付けた。
「人数が少なければ使う部屋は限られていたでしょうし、その付近においてある可能性は高いと思いますの」
「よし、この辺りだな?」
 腕まくりをして早速ガレキの撤去にかかろうとする蒼汰をローガンが止める。
「この匂い‥‥まだ、下の方で火がくすぶっている場所があるかもしれない」
 流石は火の魔法使い、火事場の現象には詳しいようだ。
 ローガンはインフラビジョンを使い、温度が高い場所を見極める。
「あの辺りはゴーレムに任せたほうが良いだろうな」
 火元と思しき玄関ホールの辺りが、真っ赤に染まって見えた。
「わかりました。では‥‥瓦礫を取り除け」
 雪華はまだ熱を持つ足元の大きな瓦礫を指さし、命じる。
 ラジャスは命令通り、それに手をかけると‥‥
 ――ブンッ!
「うおっとぉ!」
 投げた瓦礫が蒼汰の頭をかすめ、遙か彼方に地響きを立てて落ちる。
 雪華は慌てて命令を取り消そうとするが‥‥一度出した命令は取り消す事が出来ない。
 それを達成するか、1日が経過するまで、ゴーレムは――絆の範囲内で――ひたすら命令を実行し続けるのだ。
 まずい。
 これでは危険すぎて、他の人が作業出来ない。
 しかし、幸いラジャスは足元のひとつを取り除いただけで任務完了と考えたようだ。
 それっきり、次の命令を待つように、じっと動かない。
「‥‥良かったな、全部、なんて命令しなくて」
 冷や汗を浮かべ、引きつった笑いを顔に張り付かせた蒼汰が言う。
「申し訳ありません! お役に立てるかと思ったのですが‥‥」
「いや、良いさ。気持ちはわかるしな」
「重い物は私がフライングブルームで片付けよう」
 ローガンが大きな瓦礫に慎重にロープを結び付け、空飛ぶ箒で持ち上げる。まだ熱を持っている部分は後回しだ。
 そして結局、瓦礫を取り除くのは地道な手作業と相成った。

「しかしまぁ、よくこれだけ金髪美人が揃ったものだ」
 力仕事は男の役割と、大きな瓦礫の撤去を黙々と行うアナトール・オイエ(eb6094)。
 言われてみれば4人の女性、揃いも揃って金髪美人さんだった。
 しかし、彼にはそれを素直に喜べない事情があった。
「狂化することがないよう気をつけないと‥‥」
 異性と触れあうと狂化するとは、厄介な条件だ。
 お陰で、その事情を知った金髪美女集団は彼の周囲には寄りつかない。
 自分の為を思ってくれた行動とは言え‥‥それもやっぱり、何だかちょっと寂しい。

「‥‥ケルピー‥‥もしかして知り合いのでしょうか」
 単調な作業を黙って続けるのは結構しんどいものだ。
 修一郎の口からも独り言が漏れる。
「ケルピー?」
 隣で作業していた蒼汰が訊ねる。
「そう言えば、報告書にあったな。ボールス卿がここから戻る時に借りたと‥‥」
 と、ローガン。
「ええ、それ以来、すっかり気に入ってしまったとか」
 その時の依頼に、修一郎の知り合いも参加していたらしい。

 男性陣が大きな物を片付けた後、金髪美人さん達が丁寧に小さな瓦礫を掻き分け、積もった灰を払いながら丹念に探していく。
「あたしは、祖父母の出身地アルスター王国を見てみたくてここまで来たのだね」
 ここでも、おしゃべりが花盛り。
「本当にささやかでも力になれれば良いと思うのだね」
 ウィルは時折ブレスセンサーで辺りを探りながら作業を続ける。
 今のところ、誰かが近付く様子はなかった。
「無事に残っているといいんですが‥‥」
 傍らに用心棒のゴーレムを立たせ、雪華も埃と煤にまみれながら瓦礫を片付ける。
 いや、彼女だけではない。全員が真っ黒だった。
「洗えば落ちますもの、汚れは気になりませんわ」
 クリスは微笑み、袖をまくり上げた手を灰の中に突っ込む。
「十字架はもちろんとして、他にも何か面白い物が見付かるといいんだけど‥‥」
 アルは途中で手折ってきた木の枝を用い、ダウジングに挑戦する。
 何かがあれば反応する、らしい。

 その時、上空で警戒していたローガンの鷹、パークが鋭い鳴き声を上げた。
 誰かが近付いてきたようだ。
 見ると、遠くから誰か‥‥馬に乗った人影が静かに近付いてくる。
「‥‥巡回の騎士か、それともただの通りすがりか‥‥?」
 ローガンは念の為、身分証にと王冠のメダルを持参していた。
「おかしいのだね?」
 ウィルが首を捻る。
 つい今し方、ブレスセンサーで調べた時には反応がなかった。
 念の為、もう一度試みる。
 ‥‥今度は反応があった。
 その言葉に、クリスは指に填めた石の中の蝶を見る。
 反応は、ない。
 だが、感知するにはまだ距離が遠すぎるのかもしれない。
 冒険者達は一斉に身構える。
 その動きを見て取った相手は、その場で馬を止めた。
 真っ黒い馬に乗った、黒ずくめの男。背の高さからしてジャイアントのようにも見えるが‥‥。
「貴様が黒幕か!?」
 蒼汰が叫ぶ。
「確か、報告書にもありましたね」
 雪華はオーラシールドを作り出しながら、その内容を思い出していた。
 黒い馬に乗った大男。
「知り合いが見たのは、幻ではなかったようですね」
 修一郎が腰の刀を抜き払う。
 大男は声が届くギリギリの距離から、冒険者達に語りかけた。
「‥‥探し物は‥‥これか?」
 手に持った小さな何かを掲げる。
 陽の光に輝くそれは‥‥
「十字架!?」
 目の良いウィルとアナトールが同時に叫ぶ。
「俺が持っていても仕方がないんでな。他の奴にでもくれてやろうかと思ったが‥‥ほらよ」
 大男は、それを無造作に投げて寄越した。
 手の汚れていないアルがそれを拾い上げ、裏を確認する。
 フェリシアの名前。
 確かにボールスの物だ。
「お前達とは、もう暫く遊んでやろう。せいぜい、足掻くが良い」
 大男はそう言うと馬主を巡らし‥‥ふと思いついたように振り返る。
「‥‥あの騎士には、ガキがいたな。ククク‥‥楽しい事になりそうだ‥‥」
 そして、走り去った。
「――待てっ!」
 蒼汰が飛び出そうとするが、追いつける距離ではない。
「相手の正体が正確にわからない以上、深追いは禁物です」
 修一郎が止めた。
「それに今回の仕事は、失せ物を見付ける事‥‥」
 そして、それは見つかった。
「‥‥そうだな‥‥。他の装備も見つかるかもしれない。もう少し探してみるか」

 かくして、傍目にはガラクタにしか見えない品々と、現れた人物についての報告と共に、形見の十字架はボールスの元へ届けられた。
「‥‥なんと、見付けて下さったと!?」
 老執事が驚きの声を上げる。
「しーっ! ボールス様に聞こえちゃうじゃない!」
 ルルが慌ててその口を塞ぐ。
「秘密でナイショのプレゼントなんだから!」
「ええ、良いプレゼントになると良いですね」
 雪華が微笑む。
「うん、絶対なるよ! 喜ぶに決まってるもん! みんな、ありがとね。ほんっと、ありがと!」
 ルルは冒険者達ひとりひとりに抱きつき、男女構わずキスの雨を降らせる。
 アナトールはそれを避けようとしたが‥‥無駄だった。
 彼の髪は逆立ち、瞳は赤く染まり‥‥そして、出た言葉。
「ルルちゃん、ボールス様に、お姉ちゃん達に心配かけちゃダメって言っといてね!」
 彼は、狂化中の言動が子供っぽくなるのだった。
「‥‥では、ルルさん、お願いしますね」
 クリスが箱に入れ、リボンをかけた十字架を手渡す。
 中には、奪われた時に乱暴にむしり取られたのだろう、切れた鎖と共に、新しいものも入れてあった。
「うん、こっそり枕元に置いとくね」
 発案者がクリスだと言うのが微妙に気に入らないが、アイデアそのものには大賛成だ。
「これ見付けたら、ボールス様泣いちゃうかも!」
 でも、それを見られるのは自分だけ!
 想像しただけで頬が弛んでくるルルちゃんだった。