白い鳥、舞い降りる里

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月17日〜12月22日

リプレイ公開日:2006年12月25日

●オープニング

 キャメロット郊外に佇む小さな家の小さな窓から、老夫婦が冬枯れの風景を眺めていた。
「‥‥冬だねえ、お婆さん」
「‥‥冬ですねえ、お爺さん」
 夫唱婦随。
 の〜んびりと、時が過ぎていく。
「‥‥あの里の湖には、今年も白鳥がたくさん来ているかねえ」
「‥‥来ているでしょうねえ」
 町に出て商売をする為に若い頃に離れて以来、一度も帰った事がない二人の故郷。
 そこにある湖には、毎年湖面が見えなくなるほどの白鳥の群が訪れていた。
「‥‥召される前に、もう一度見てみたいねえ」
「‥‥そうですねえ‥‥」

 数日後、ひとりの中年男性が冒険者ギルドを訪れた。
「ちょっと、護衛を頼みたいんだが‥‥」
 キャメロットから馬車で2日ほどの湖を、父母に見せてやりたい。
 だが、寒さが厳しい折でもあるし、何しろ二人とも高齢だ。
「道中の危険もあるだろうし、二人の体調も心配なんでな。俺や家内でも付いてってやれりゃ良いんだが、ここんとこ仕事が忙しくてね」
 それに、たまには家族と離れて二人きりの旅を楽しませてやりたい。
 護衛や身の回りの世話を頼むにも、仕事で雇った赤の他人ならそれほど気兼ねしなくて済むだろう。
「わかりました。何か特に気を付けるような事は?」
 受付係の問いに、男は暫く考えてから言った。
「そうだな‥‥親父は元気だが、お袋は足腰が弱ってるんで、あんまり歩かせたくない。ああ、馬車はこっちで用意するが‥‥後は、そうだな‥‥」
 湖へ行くには森の中を通る必要があるが、そこではゴロツキやモンスターが出るかもしれず、急に襲われると驚いてポックリ、なんて事になりかねない。
「なるほど、心臓に悪い事は厳禁、と‥‥。休憩も多めに取った方が良さそうですね」
 受付係が注意書きを書き込む。
「まあ、何もこの寒いのにわざわざ‥‥とも思うんだがね、どうしても白鳥が見たいって言うもんで‥‥申し訳ないが、頼むよ」

●今回の参加者

 eb5549 イレクトラ・マグニフィセント(46歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb7636 ラーイ・カナン(23歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb8240 ソフィア・スィテリアード(29歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb8942 柊 静夜(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb9675 エルナード・ステルフィア(35歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb9760 華 月下(29歳・♂・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)/ サスケ・ヒノモリ(eb8646

●リプレイ本文

「まあまあ、すまないねえ、あらあら、ほんとにまあ」
 馬車に乗り込む際、段差で足が上がらず困っていたお婆さんを、エルナード・ステルフィア(eb9675)が抱き上げ、座席に座らせてやる。
「すまんのお、わしももう、そんな力は出せなくなってしもうて‥‥」
 お爺さんも、恐縮しながらも嬉しそうだ。
「頼りにしとりますので、よろしくお願いしますのう、皆様がた」
 成り行きでそのまま馬車に同乗する事になったエルナードは、黙って頷く。
 おしゃべりは余り得意ではないが、幸いお婆さんは話し好きのようだ。黙って聞き役に徹するだけでも満足して貰えるだろう。
「さて、そろそろ行こうか?」
 御者を努めるラーイ・カナン(eb7636)が、仲間に声をかける。
 イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)から馬の提供を受けて二頭立てになった馬車は、ゆっくりと動き出した。
 馬車の前を守るべく、陰守森写歩朗(eb7208)、シュネー・エーデルハイト(eb8175)、柊静夜(eb8942)の3人が先行する。
 少し離れてソフィア・スィテリアード(eb8240)と華月下(eb9760)が馬車の左右に、イレクトラは戦闘馬に乗り後方の警戒に当たる。
「故郷は遠くから偲ぶものとも申しますが、訪ねる旅もまたよいものです」
 前衛で周囲を警戒しながら、静夜が隣で馬の手綱を引きながら歩くシュネーに話しかける。
「道中も含め楽しい思い出になって頂けると良いですね」
「‥‥そうね」
 答えはそっけないが、シュネーも同じ気持ちだった。
 出来るだけ老夫婦には負担をかけず、和やかな雰囲気で旅をして貰いたい。
 その思いは、この旅に参加した全員が抱いているだろう。
 遙か上空を、巨大な、美しい獣が旋回していた。

「さてと、この道は左へ行くのが正解のようだね」
 何度目かの交代の後、前衛に回ったイレクトラが、友人のウィルから届けられた地図を見て進路を決める。
「‥‥少し行くと、森の中に入ってしまうようだね」
「では、その手前で休みましょうか。森の中で陽が暮れては大変ですし」
 月下が言い、それをイレクトラが後方に伝える。
 彼が調べたところでも、森はさほど大きくはないようだが、万が一という事もある。
 それに、体力のない老夫婦の為にも早めに休んだほうが良いだろう。
 一行は森の手前に手頃な場所を見付けると、そこにテントを張る事にした。
「すまないねえ、何から何まで手伝ってもらって、ほんとにまあ、よく気の付く子達だよ、ねえ、お爺さん」
「そうだねえ、有り難いねえ、お婆さん」
 馬車の座席に座ったまま、冒険者達の手際の良い作業を見守る二人に、森写歩朗が微笑を返す。
 普段は覆面で隠しているが、今の彼は素顔を晒していた。
「友人に頼んで、食材を色々と調達してきました。後で何か、暖かいものをご馳走しますね」
 ご老人相手の時は、流石に口調も柔らかい。
「あらあらまあ、いいんだよ、そんなに気を使わなくて。食べるものなら、ほれ、あたしがいっぱい持ってきたから。あらあら、でもまああなた、珍しいものを持ってるじゃないの」
 お婆さんが目を付けたのは、抹茶味の保存食。
 イギリスではなかなか手に入らないものだ。
「おお、それは! なんたら言う異国の酒じゃな?」
 お爺さんは酒好きらしく、どぶろくに目を付けた。
「ほれ、代わりにこれはどうじゃ?」
 黄金の蜂蜜酒を差し出す。
「じゃあ、あたしはこれをあげようかねえ。大したものじゃないんだけどね、聖なるパンなんて、食べた事あるかい?」
 森写歩朗、老夫婦にモテモテ。
「では、僕はお婆さんに自慢の一品を教えて貰う事にしましょうか」
 月下の言葉に、お婆さんは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あらまあ、そうかい? 大したもんは出来ないけどねえ。でもあんた、女の子なんだから、僕はおよしなさいな、ねえ?」
「いえ、僕はこう見えても‥‥」
 だが、お婆さんには聞こえなかったようだ。
 それは多分、耳が遠いせいだけではないだろう‥‥年寄りの耳は、どうやら特殊な構造になっているらしい。自分の聞きたい事しか聞こえないという、とても都合の良い構造に。
「仲の良い夫婦だな。一緒にいるこちらまで温かい気持ちになる」
 二人並んで冒険者達と談笑する様子を少し離れた位置から眺めながら、見張りに立っていたラーイが呟く。
「‥‥俺には一生手に入らないものだから羨ましいよ」
 触れあう事だけが絆を深める手段ではない‥‥それは分かっていた。
 だが、手の届かないものに焦がれるのは人の常。
「食事が出来たらしいな。行くか」
 ラーイは足元の子犬と子兎に声をかけると、仲間の輪に向かって歩き出した。
 おっと、その前に。
「この防寒服は脱いだ方が良いだろうな」
 まるごとトナカイさんは温かくてとても良いのだが、それを着たまま人前に出るのは少々憚られる代物だった。

 その夜は、テントの外で目を光らせるシュネーのグリフォン、シュテルンの効果か、何事もなく過ぎた。
 この魔獣、予め危険はないと告げておいたせいか、老夫婦にはウケたのだが――特にお爺さんは珍しもの好きらしく、子供のように目を輝かせていた――何も知らない相手にはさぞ恐ろしく見えた事だろう。
 しかし、森の中の道はグリフォンが通るには狭すぎた。
 上空を飛ぶ姿も、既に葉を落としたとは言え、枝の重なりで見えにくくなっている。
 そして、森は良からぬ事を企む者にとっては格好の隠れ場所だった。
「この音は‥‥剣戟!?」
 最初に異変に気付いたのは森写歩朗だった。
 その声に、同行するラーイと月下も立ち止まり、耳をすます。
 音は、先行している彼等の背後から聞こえていた。
「‥‥まずい、戻れ!」

「大丈夫、すぐに済みますから、頭を下げてじっとしていて下さい」
 ソフィアは、突然の喧噪に何事かと馬車の外に顔を出そうとする老夫婦にすっぽりと毛布を被せ、視界を覆う。
 馬車は、賊に取り囲まれていた。
 相手がゴブリン程度なら、離れて守る作戦も効果的だっただろう。
 だが、相手は人間。ゴロツキと言えど、サルよりは知恵がある。
 前を守る者達が通り過ぎるのを、気配を殺してじっと待っていたらしく、馬車はあっという間に取り囲まれてしまった。
「引いては頂けませんか?」
 静夜が問うが、相手は問答無用で斬りかかってくる。
「‥‥仕方ありません」
 言いながら、静夜は居合いの構えから刀を抜き放つ。
 賊は、悲鳴を上げて転がった。
 そんな声を、老夫婦には出来れば聞かせたくはなかったのだが‥‥こうなってしまっては仕方がない、まずは二人を守るのが最優先だ。
 賊は‥‥見える限りでは10人程のようだ。
 馬車に残って老夫婦を守るソフィアがプラントコントロールを唱え、賊が近寄らないよう木の枝を操る。
 シュネーも応戦するが、敵の数は遙かに多い。
 ホーリーで援護しようと詠唱を始めたエルナードの無防備な姿に斬りかかろうとした賊の背を、イレクトラが放った矢が貫く。
 その時、先行していた3人が戻ってきた。
「すまない、遅れた!」
 ラーイと森写歩朗が飛び込んでくる。
 月下は馬車に飛び乗ると、老夫婦の周囲にホーリーフィールドを張った。
 3人の援護で多少状況は好転したものの、数の有利は依然として敵側にあった。
「あのぐりふぉんで、追い払えんもんかのう‥‥?」
 毛布の下からお爺さんの声がする。
「‥‥!」
 それを聞いて、ソフィアは咄嗟にグラビティーキャノンを斜め上に放った。
 木々の枝が薙ぎ払われ、上空の視界が開ける。
 それを見たシュネーが意図を察し、グリフォンを呼ぶ。
「シュテルン!」
 その声に、巨大な魔獣が雄叫びを上げ、地響きを立てて舞い降りる。
 そのまま無造作に前足を振ると、手近の賊がその鋭い爪に切り裂かれ、吹っ飛ばされた。
「ば‥‥バケモノっ!!」
 流石にこれは効いたようだ。
 賊達は転がるように森の中へ逃げて行く。
「ほおお、カッコエエのう、婆さんや」
「ほんとにねえ、お爺さん」
 いつのまにか毛布から顔を出していた老夫婦が感嘆の溜め息をつく。
 驚いてポックリどころか、目を輝かせていた。
 このご夫婦、息子が考えるよりも余程胆が座っているらしい。

 ともあれ、少々の誤算はあったものの、一行は無事に森を抜け、その日の夕刻に目的の湖に辿り着いた。
「おお、おお、変わっとらんのう‥‥」
「ええ、ええ、昔のまんまですねえ」
 傾きかけた陽の光に赤く染まった湖面に、無数の白鳥が翼を休めていた。
「思い出すねえ」
「思い出しますねえ」
「わしが婆さんにプロポーズしたのも、丁度こんな夕暮れ時じゃった」
「ええ、そうでしたねえ」
「‥‥幸せな、人生じゃったな」
 しみじみと語る夫の言葉に、妻は笑って答えた。
「まだまだ、これからですよ、お爺さん」

「‥‥こう、ささやかな幸せと言うものは、本当に大切なものさね」
 寄り添う老夫婦の姿を少し離れて見守りながら、イレクトラが呟く。
「これが白鳥‥‥実は僕、見るの初めてなんです」
 月下は目の前に広がる光景に目を奪われていた。
「とっても楽しみにしていたんですよ」
「朝霧に浮かぶ姿もまた格別じゃよ」
 老人が妻の手を引いて、ゆっくりと歩いてくる。
「さて、宿を探すとするかの。勿論、あんた方の分はわしが払うよ」
「小さい村だけど、宿だけは広くて立派なのよ。あら、でも、まだあるのかしら、ねえ?」
 お婆さんは、何だか少し若返ったようだ。
「‥‥あら、雪」
 イギリスの天気は変わりやすい。
 ついさっきまで晴れていた空から、ちらちらと小雪が舞い始めた。
「友人の吟遊詩人が、こんな事を申しておりました」
 宿へ向かう道すがら、静夜が傍らのシュネーに語りかける。
「雪は冬の寒さの中でそれでも人々が助け合い、暖かく暮らしていける事を知っているから冷たいのだと。だから雪はとっても優しいのだそうです‥‥」
 雪は、白鳥の舞う湖面に静かに降り積もる。
 明日の朝、湖はまた違った表情を見せてくれる事だろう‥‥。