タンブリッジウェルズへ
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月01日〜01月06日
リプレイ公開日:2007年01月08日
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●オープニング
賑やかに過ごした聖夜も終わり、まだそのままに残されているツリーの飾りも、今は寂しげに見える。
ボールスは朝食を終えて遊びに出ようとした息子を呼び止めて、なかなか言い出せずにいた一言を告げた。
「‥‥エル、父さまは約束を守りましたよ。今度はエルが守る番ですね」
「‥‥うん‥‥」
父親の言葉に、エルディンは渋々ながらも頷く。
聖夜祭のパーティーが終わったら、自領の城へ帰ること。
それが、親子の間で交わされた約束だった。
「向こうのお友達も、きっとエルに会いたがっていますよ。それにほら、くまさんと一緒なら寂しくないでしょう?」
「‥‥‥‥‥‥」
エルは、両腕に抱えたくまのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
聖夜祭のパーティーでプレゼントされて以来、エルはそれを片時も離さず持ち歩いている。
「‥‥ごめんね、エル」
ボールスは下を向いた息子のふわふわ頭をそっと撫でる。
出来ればこのまま、手許に置きたい。
片時も離れたくはなかった。
だが、自分には仕事もあり、また、何者かに狙われて‥‥自分だけならまだしも、息子までが標的にされているらしい。
ここでは守れない。
自領の城ならば、守りも固く、信頼出来る部下もいた。
「ロランおじちゃん、エルは大好きでしょう? きっと、たくさん遊んでくれますよ」
ロラン・フロベール。
ボールスの乳母の息子、つまり乳兄弟だ。
現在は彼の従者を努めており、留守中には領主としての職務を代行する、最も信頼する部下の一人。
彼に任せれば安心だ。
「とーさま、すぐにかえってくゆ? おしよまで、いっしょにいくよね?」
どちらも、否だ。
「‥‥かーさまは?」
「お願いしてみましょう。お兄さんや、お姉さん達にも」
ボールスが円卓の騎士となった時、王から領地として授かったのが、キャメロットの南にあるタンブリッジウェルズという土地だった。
周囲には農地や牧草地が広がり、のんびりとした土地柄ではあったが、南部の港から伸びる街道の通り道でもあり、街の中心部はそれなりの賑わいを見せていた。
そしてここは、南部からの侵攻を受けた時の、最後の砦でもある。
イギリスの南にあるのは、彼の出身地、ノルマン。
その盾となるべく命じられたのは、信頼の証か、それとも、試されているのか。
「‥‥王子、よろしいですかな?」
物思いに沈むボールスに、執事が遠慮がちに声をかける。
今や大勢の騎士が集い、不穏な動きを見せているという喜びの砦‥‥その周囲を探らせていた部下の一人が戻ってきていた。
「今、行きます」
いずれにせよ、自分はただ出来る限りの事をするだけだ。
ボールスは立ち上がり、執務室へ向かった。
●リプレイ本文
「えと、はじめまして、えうじんです! さんさいです!」
ぺこり。
出発準備が進められる中、先に馬車に乗り込んだエルは、前の座席にちょこんと座ったシフール、メアリー・ペドリング(eb3630)に向かって丁寧に挨拶する。
「これはこれは‥‥お行儀の良い子だ」
メアリーは普段は余り見せた事がない優しい笑顔で答えた。
「エルディン殿は、シフールが珍しくはないのかな?」
「うん、あのね、りゅゆがいつもとーさまといっしょだよ」
‥‥ルル、です。
「とってもおしゃべりなの。とーさまのこいびとなんだって。ねえかーさま、こいびとってなに?」
エルは隣に座ったかーさまことクリステル・シャルダン(eb3862)を見上げる。
「‥‥とても、大切な人‥‥でしょうか」
クリスは暫く考え、僅かに頬を染めながら答えた。
「じゃあ、えうもかーさまのこいびと?」
「ええ、勿論ですわ」
エルはその答えに大満足の様子で、にっこりと微笑んだ。
微妙に問題発言のような気もするが、相手は子供だ、気にすまい。
「すみません、この子も一緒に乗せて貰って良いでしょうか?」
シルヴィア・クロスロード(eb3671)が窓から顔を覗かせ、狐のクィンを抱き上げて見せた。
「うわあ、きえーなわんこ!」
エルの目が輝く。
狐を見るのは初めてのようだ。
「ねえ、さわってもいい?」
エルは飼い主ではなく、狐に訊ねる。
前の座席に行儀良く座ったクィンは、まあ仕方ないな、という風に尻尾を振った。
「うわあ、ふかふか!」
抱いていたクマのぬいぐるみをクリスに預け、エルは狐を抱きしめる。
「では、そろそろ出発しましょうか」
馬車の脇を守るべく、位置に付こうとしたシルヴィアだったが、何かを思い出したように再び窓から顔を覗かせた。
「賢いエルディン君、一つだけ約束して下さい」
「なに?」
「馬車から身を乗り出さない事! 落っこちたら大変ですから‥‥ね?」
「うん、ださない! えう、かしこいもん!」
エルは上機嫌で返事をし、見送りに出た使用人達に手を振る。
「じゃあね、ばいば〜い」
父親は既に出掛けてしまっていたが、エル的にはかーさまさえ側にいれば問題はないようだった。
「では、安全な街道と言うお話ですが、気を抜きすぎない程度に楽しんで行きましょう」
馬車はゆっくりと動き出した。
街道の旅は順調に進んでいた。
歩くような速度でゆっくりと進む馬車を、急ぎ足や馬に乗った旅人が次々と追い越して行く。
その度に、両脇を守るシルヴィアと七神蒼汰(ea7244)は警戒するが‥‥。
「取り越し苦労、か」
ほっと息をついて、蒼汰は腰の剣に添えた手を離す。
時折、指輪に刻まれた蝶の姿を確認するが、そちらも今のところ動きはない。
「しかし、親と子が離れて暮らさないとならないとは気の毒にな」
かく言う本人は、帰省の折に派手な大喧嘩をやらかして来たらしいが。
「そう言えば、七神殿は例の男を見た事があるのですね」
シルヴィアが訊ねる。
「ああ、遠くて顔はよく見えなかったが‥‥」
エルを狙っているらしい、黒い馬に乗った大男。
確信はないが、何か人間離れした雰囲気を漂わせていた。
再び遭遇する事があれば、わかる筈だ。
だが、街道の旅は何事もなく過ぎ、一行は途中の小さな宿場町に宿をとった。
エルは夕食を終えるとすぐに眠ってしまった。
蒼汰が連れてきた赤い光の明滅は、幼い子供には催眠術のような効果があるらしい。
そして真夜中。
「‥‥エルさん、起きましょうね。ほら、お手洗いに行かないと‥‥」
クリスがぐっすり寝ているエルをそっと揺り起こす。
夜中に一度起こしてトイレに連れて行かないと、翌朝ベッドが洪水になってしまうのだ。
エルも、この洪水対策は日課になっているのだろう、ぐずる事もなく素直に起きだして来た。
「寒いから、これを着ましょうね」
上着を肩にかけられ、蝋燭を手にしたクリスに手を引かれて歩く。
その後ろから蒼汰が続いた。
メアリーの発案で、ダミーとして取った隣の部屋からも蝋燭の灯りが漏れていた。
そちらの部屋でも万一に備えてメアリーとシルヴィアが警戒している筈だ。
「うう、寒っ!」
宿のトイレは外にあった。
用を済ませる間、見張りに立っていた蒼汰は思わず身震いをする。
と、その時。
背後で何かが動く気配がした。
「‥‥おいおい、用心棒がいるなんて、聞いてねえぞ?」
声と共に現れたのは、いかにも裏街道を歩き続けてきたといった風情のチンピラだった。
「ガキは、そこか?」
チンピラは傍らの小屋に視線を投げた。
小屋の中で、クリスはエルを背中に庇いホーリーフィールドで包み込んだ。
「かーさま、どしたの?」
エルが背中にしがみつく。
「大丈夫、すぐに終わりますからね」
クリスはエルに微笑みかけると、ホーリーライトで外の闇を照らした。
聖なる光に照らされたチンピラは、全部で5人。
ろくな武装もしていないが、油断は出来ない。
「ガキを浚ってくりゃ褒美が出るんでね。悪いが、頂くぜ?」
「誰の差し金だ!?」
この場に例の男はいないようだが‥‥
「知らねえな。良い子はさっさとネンネしときな!」
チンピラ達が一斉に飛びかかってきた。
だが。
「悪い子も、寝る時間だな」
上空から放たれたメアリーのグラビティーキャノンを食らい、無様にひっくり返る。
「何の騒ぎですか?」
起き上がってきたチンピラに、邪魔なゴミでも払うようにシルヴィアがスマッシュを見舞った。
「いや、ちょいと馬鹿野郎どもが、な」
言いながら、蒼汰も剣を振るう。
所詮はチンピラ、経験を積んだ冒険者の敵ではない。
戦闘はあっという間に決着が付いた。
「‥‥まあ、こんなものだろうな‥‥」
暗闇の中から聞き覚えのある声がした。
「余興は楽しんで貰えたかな、冒険者諸君?」
‥‥奴だ。
「どこにいる!? 出てこい!」
蒼汰が叫ぶが、声の主はそれに従うつもりはないようだ。
「‥‥もう、邪魔はせん。今回は、な。せいぜい、旅の続きを楽しんでおくが良い‥‥」
そう言い残して、蹄の音と共に気配は消えた。
翌朝、捕らえたチンピラ達を官憲に引渡し、一行は再び街道を進む。
「あの者達には近隣の皆さんも困っていたようですね」
シルヴィアが聞いた所によると、近頃は似たようなチンピラ集団による暴行や盗難事件が急激に増えているという。
それも、国が揺らいでいるせいだろうか。
「早く平和が訪れ、心配事がなくなればよいのであるが」
メアリーがエルの寝顔を見て溜め息をつく。
「そうなれば、この子も親元から離される事もないだろうに」
クリスが一緒にいたせいで恐怖はなかったようだが、あの騒ぎですっかり目を覚ましてしまったエルは、明け方まで元気にはしゃぎ周り、お陰で大人達は少々寝不足だった。
「しかし、お陰で宿代がタダになりましたぞ」
馬車の手綱を取る執事が上機嫌で言う。
賊を捕らえたお手柄に対するご褒美‥‥の割にはショボい報酬だが、宿の経営も何かと厳しいのだろう。
そして、あの男が言った通りそれからは特に何事もなく、一行は目的の城に無事辿り着いた。
一面の畑と牧草地に、冬枯れの森。
その中に佇む石造りの城は、さほど大きくはない。
だが、要塞を兼ねたものらしく、周囲に巡らされた深い堀には水が湛えられていた。
その堀を超え、一行は開かれた城門に向かって馬車を進める。
「あー、実は‥‥これから皆様方が会う事になります、ロランについてなのですがな」
城門を潜ったところで、執事が何やら言いにくそうに切り出した。
「その‥‥とても失礼な男でございまして。口は悪い、手は早い、性格は粗暴にして乱雑‥‥」
「誰がガサツ魔人だ、ジジイ」
噂をすれば影。
筋骨逞しい、ジャイアントかと見紛うばかりの大男が、城の中からぬぅっと現れた。
その体格を見て、冒険者達は一瞬身構える‥‥だが、例の男とは違うようだ。
「坊主はちっとも大きくならねえな、オイ」
そう言うと、ロランはエルのふわふわ頭を乱暴に掻き回した。
「あー‥‥、このような、人物でございまして」
何から何まで、ボールスとは正反対。
だが、ロランは粗暴な見かけと言動とは裏腹に、頭が切れ、信頼も置ける男だった。
だからこそ、ボールスも彼に留守を任せているのだが‥‥。
「さて、歓迎するぜ。好きなだけ休んでってくれ」
ロランはそう言うと、豪快に笑った。
それから2日、エルは4人に城じゅうを案内して回った。
植物園に迷路、中庭の一角には天然の温泉が湧き出る泉があった。
「あのね、こえ、のめうんだよ。のむとおなかがげんきになうの。かおあやうと、びじんになうんだって」
タンブリッジウェルズは、飲む温泉――飲泉で有名な場所でもある。
万病に効く、かどうかはわからないが、とにかく健康に良いという事で、わざわざ遠くから保養に訪れる人もいる程だ。
毎日少しずつ続けると効果的らしいが、仕事の期限は目前に迫っていた。
「元気でな」
蒼汰がエルの頭をぽふっと撫でる。
「なーに、また何時でも会えるさ」
その言葉に、楽しい時の終わりを悟ったらしい。
エルは突然、大声で泣き始めた。
「やだー! いっちゃやだーっ! えうもかえう、おうちかえうー!」
泣きじゃくるエルの前に膝をつき、クリスは優しく抱きしめた。
「近いうちにきっと会いにきますわ」
「あした? あしたくゆ?」
「‥‥明日は無理ですが‥‥約束します。だからそんなに泣かないで?」
だが、エルは一向に泣きやまない。
それどころか、ますますひどく、呼吸困難になりそうな勢いで泣き喚いている。
ぎゅっと抱きしめたクマのぬいぐるみが涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
しかし、帰らない訳にも、一緒に連れて帰る訳にもいかない。
ここにいれば安全だと言ったボールスの言葉を信じよう。
泣き疲れて眠ってしまったエルを残し、冒険者達は後ろ髪を引かれる思いで城を後にした。