●リプレイ本文
「‥‥たまの休みなんですから、もう少し寝かせて下さいよ‥‥」
既に朝とは言えないその時刻、円卓の騎士は体を丸め、布団を頭の上まで引っ張り上げる。
二度寝をしようとする彼の代わりに、一緒に寝ていた猫達が転がり出てきた。
「もう、ボールス様ったらなに疲れたオヤジみたいなコト言ってるのよっ!」
主人を起こしに来たルルはそう言って窓を開け放った。
「もうお客さん来てるんだってば!」
「‥‥お客さん‥‥?」
布団の中から、眠そうな声。
「聞いてませんよ、そんな事‥‥」
「うん、言ってないし。だってサプライズだもん」
ボールスは渋々起き上がると、眩しそうに窓の外を見た。
庭では、昨夜降り積もった雪が陽の光に輝いている。
その雪野原を、てけてけと横切る白黒の奇妙な生き物‥‥。
「‥‥い、今のは‥‥?」
錯覚かと目をこするボールスに向かって、窓から誰かが飛び込んできた。
「ボールス卿、お早うなんである。やっと起きたであるか?」
リデト・ユリースト(ea5913)だ。
「あの子はコウテイペンギンのマールムなんである」
リデトは外で遊んでいる奇妙な生き物を紹介した。
「ペンギン‥‥あれが‥‥!」
興味を引かれたらしく、ボールスは薄着のまま窓から身を乗り出した。
「ペット達を連れて、新年の挨拶ついでに皆で遊びに来たである。ボールス卿もちゃんと着替えて、庭に出て来るである。その格好では風邪をひくであるよ?」
庭は、珍獣博覧会場と化していた。
「塗坊は、この間酒場で見ましたよ。この子には落書きはないんですね」
ボールスは塗坊のおこしの裏(多分)に回って、ペタペタと軽く叩いている。
「この子にも顔があると想像すれば、なかなか可愛いですよね」
妖怪も守備範囲、と。
「じゃあ、こんなんはどうや?」
シーン・オーサカ(ea3777)が、ふわふわした雪の塊のようなものを見せる。
「いやー、シァヴェルって冷たいからこの季節は戯れるんにもレジストコールドが手放せへんわ‥‥あんまし長い間掴んだりしてても溶けへんかと心配やしなぁ」
うっかり下に落とすと、雪と区別が付かなくなりそうだ。
「この子は、どんな風に育つんですか?」
「いや〜、それがウチにもさっぱりでな。ウチもどんな風に育てるべきか試行錯誤しとるわ」
その時、塗坊の後ろからペンギンがひょっこりと顔を出した。
「うわあ、ペンギンなんて初めてです‥‥あの、マールムさん、触っても良いですか?」
ボールスはペンギンの前に膝を折って話しかけている。
その様子に、グリフォンのシルフェに乗って空から舞い降りたシルヴィア・クロスロード(eb3671)は思わずクスクスと笑いを漏らした。
「流石に親子ですね」
彼の息子エルディンも、シルヴィアの狐を見た時に全く同じ反応を示していた。
「この子にも、乗ってみますか?」
「空を飛ぶのは、気持ちが良いでしょうね」
ボールスは嬉しそうにシルフェを眺めて言う。
「でも、今度どこか郊外で‥‥思い切り飛べる時まで我慢しておきますよ」
今は、触るだけ。
それでも充分楽しそうだ。
そこへ、ペガサス‥‥ではなく、まるごとぺがさすを着せられたスモールアイアンゴーレム、テツを従えた陰守森写歩朗(eb7208)がやって来た。
「また、お世話になります。ボールス卿、朝食がまだのようですね?」
その通り。
食事そっちのけで庭に出て来たのだから。
「簡単な食事を作ってきました。これなら、ペット達と遊びながらでも食べられると思いますよ」
テツが差し出したトレイの上には、つまんで食べられるような簡単な食事が乗っていた。
「ありがとうございます、美味しそうですね」
ボールスはそう言って手を出しかけるが、ふとその手が止まる。
「‥‥あ、すみません、お客様にそんな事まで‥‥!」
「良いんですよ、好きでやってる事ですから」
森写歩朗は笑顔で答えた。
「前回お手伝いに来た時には未熟でしたからね。前回の分も頑張りますよ」
しかし、ボールスは食事よりも珍獣、らしい。
食事そっちのけで、テツの後ろに隠れていた、ずんぐりとしたぬいぐるみのような生き物に興味津々。
「この子は?」
森写歩朗はその珍獣、玉(ぎょく)をボールスに預け、テツにトレイを持ったままそこでテーブル代わりをするように命じると、家事の手伝いに室内へと戻って行った。
「にゃ〜ん」
すりすり。
ボールスの足元に、風変わりな猫がすり寄ってくる。
額に宝石が填ったその猫は、ボールスを見上げて可愛らしく首を傾げる。
「ジュエリーキャットですね。名前は‥‥」
猫の前にしゃがみ込み、飼い主に尋ねようとしたその時、傍らの地面に手裏剣が突き刺さった。
ボールスは全く反応しない。
と言うか、目の前の猫以外は眼中にない様子で頭を撫でている。
「いけまんせんね‥‥。円卓の騎士がこれでは、主を守るという任務を全うできませんよ‥‥」
猫の飼い主、大宗院透(ea0050)が、冷ややかとも取れる態度で言う。
「それに、あなたは自分の息子さえ信用できないようでしたら、幾多の部下を導く者として失格です‥‥。これがすべて人を欺いて演じているのであれば、尊敬に値しますが‥‥」
「私はただ、ちょっと寂しいだけですよ」
猫を脅かさないように、ゆっくりと立ち上がりながらボールスは言った。
「‥‥寂しい‥‥?」
「おかしいですか? でも、誰かを愛おしいと思い、それが失われれば悲しく、辛く、そして寂しい‥‥そんな弱い心が、人を強くする事もあるのですよ。それに、私は相手が誰であろうと、欺くような事はしたくありません。それで誰も付いて来ないようなら、私はその程度の者だという事です」
ボールスは手裏剣を拾い上げ、自分の懐にしまい込んだ。
「物騒な物は預からせて頂きますよ」
透に背を向けて立ち去ろうとした時、何やら場違いな物がボールスの目に映った。
ユイス・アーヴァイン(ea3179)が、雪の上に置いたちゃぶ台に、自分の携帯品を並べている。
「あの‥‥ユイスさん、それは、何を?」
「そこの不埒な方を、ちゃぶ台で沈めて差し上げようと思ったのですけれど〜」
ユイスはクスクスと笑いながら、の〜んびり答える。
「私の力ではちょっと持ち上げるのが大変ですので〜、せめてひっくり返してみようかと〜」
不思議な人だ。
「いやいや、やめて下さい。あの子も当てるつもりはなかったのでしょうし‥‥」
振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
透も、猫も。
流石は忍者、逃げ足が早い。
「そうですか〜、それは残念です〜。ところでボールス卿、ちょっとお願いがあるんですけれど〜」
ユイスは足元にまとわりついていた子犬を抱き上げ、ボールスに差し出した。
「この子、宜しければ引き取って頂けないでしょうか〜?」
ユイスは、これから長旅に出るらしい。
こんな小さな子はとても連れては行けないだろう。
「餞別として、受け取っておきましょう。その代わり、旅から戻っても返しませんよ?」
「ありがとうございます〜。ぁ〜、 大きくなれば毛の手触りは、ボールス卿好みになるかと思いますよ〜」
こうして、幼いセッターがボールスさんちの犬軍団に加わった。
「名前は‥‥そうですね、セティでどうでしょう?」
セッターだから、という事らしい。
「‥‥ねえねえ、うちの子も見て下さいよー!」
向こうでグラン・ルフェ(eb6596)が手を振っている。
「ほらほら、ヒポカンプスのうみくんは、なんと言っても下半身がイルカなのです! ふわもこも良いのですが、ここは更にマニアックに、ヒンヤリツルツルな肌触りのペットの醍醐味を味わって頂きたくっ!」
グランは、今は普通の馬のような姿に変身しているうみくんの臀部に頬ずりしながら蘊蓄を垂れ流す。
「皮膚はいつも湿っていてシットリツルツル♪ 指で擦るとキュッキュッっと音がするんですよ、ねっ!? ああ、うみくんの本来の姿を是非っ! ボールス様に見て頂きたかったのに! でも、この姿も魅力的でしょう?」
以前はこの庭にも大きな池があったのだが、子供が落ちては大変と埋めてしまったのだ。
「それにほらっ! ウォーホースのくろべえは、ボールス様のお好みより普通の子すぎるかもしれませんが、なかなかどうして、黒々艶々光沢を放つ臀部には、一晩中頬ずりしても飽きるということはありませんっ! どうです? ボールス様も触ってみませんかっ!?」
そして、怒濤の勢いで蘊蓄を垂れ流したグランは、他の人が連れてきたペット達に頬ずりし倒すべく、ヒーリングポーションを握り締めて旅立った。
「‥‥こら、ちと待てい‥‥わしはモンスターでもペットでもないぞ!」
河童の龍さんのお皿にも頬ずりしようとしたらしい‥‥。
そんな彼の旅立ちを生暖かく見守ったボールスに、シルヴィアが決闘‥‥じゃない、手合わせを申し込んできた。
「前回は避けられてばかりでしたから、せめて一撃なりとも!」
シルヴィアは気合いも充分に打ちかかって来るが、やっぱり当たらない。
それどころか、相手はかわし、受け流すばかりで、全く攻撃に転じる気配がなかった。
これではカウンターも狙えない。
「何故‥‥攻撃して来ないのですか!?」
間髪を入れず打ちかかりながら発したシルヴィアの問いに、ボールスは平然と答えた。
「疲れますから」
何?
「自分は体力を温存したまま、相手を疲れさせ、一瞬の隙をついて反撃に出る‥‥」
言いつつ、相手の攻撃を受け止め、体をかわしつつ相手の剣をからめ取る。
「それも立派な戦術ですよ」
振り向いたシルヴィアの眼前に、剣の切っ先が突き付けられた。
「真面目で一途なのは結構ですが、戦いでは余り相手に集中しすぎると、かえって動きが読めなくなりますよ」
ユルく、適当に、頑張りすぎず、チャンスが来たら一撃必殺。
それが彼の得意とする所、らしい。
「皆さん、そろそろお昼にしませんか?」
ずっとキッチンに籠もっていた森写歩朗が、皆を呼びに出て来た。
空は晴れて、陽射しもあるものの、雪の積もった庭での食事は流石に寒い。
中に入れないような大きなペット達を残して、室内に引き上げようとしたその時、誰かが庭に駆け込んできた。
「‥‥クリスさん?」
急いで来たらしく、クリステル・シャルダン(eb3862)は額にうっすらと汗を浮かべている。
「ごめんなさい、遅くなってしまいましたわ」
出迎えたボールスは、突然の訪問に面食らったように訊ねた。
「あの、エルはここには‥‥」
‥‥世間一般では、こういうのを野暮天とか朴念仁とかスットコドッコイとか言うらしい。
クリスはそれを軽く聞き流し、折り畳んだ羊皮紙を手渡した。
「エルさんからの預かり物ですわ」
「‥‥まさか、あそこまで‥‥?」
その問いに、クリスは微笑みながら首を振った。
「偶然近くまで行く用事があったものですから、寄らせて頂きましたの。とてもお元気そうで、お友達と仲良く遊んでいらっしゃいましたわ」
広げた羊皮紙には、何やらぐちゃぐちゃな線の塊が‥‥2つ?
「ボールス様と‥‥」
かーさまの絵、らしい。
「‥‥へったくそ‥‥ですね‥‥」
その、絵らしきものも、クリスの嘘も。
苦笑混じりに言う、その声は、何かが喉の奥に詰まっているように聞こえる。
「ありがとう」
ボールスは羊皮紙を元のように折り畳んで懐に突っ込むと、クリスを抱きしめた。
「おおっ!?」
背後でどよめきが起きる。
彼等を残して先に室内に入った面々が窓辺に張り付いていた。
勿論、ルルも。
「大丈夫や、うちはあんさんの頑張りを応援しとるで?」
シーンの言葉に、ルルはフン、と鼻を鳴らした。
「な、何よ、あんなの、ただの普通の挨拶じゃない。ボールス様は犬や猫にだって毎日やってるわ!」
せっせと働いていたルフェ一族や、手伝いに来た他の面々も加わった、賑やかな昼食。
森写歩朗が料理人と共に腕を振るった数々の料理に、これまた森写歩朗持参のお酒、猫にはマタタビのサービス。
そしてリデト持参のお菓子とシスティーナのアップルパイ。
そこにアウレリアの歌と演奏が加わり、ボールスさんちの客間は真っ昼間から盛り上がっていた。
「この大きい卵やけど、良ければ名付け親になってもらえへんやろか?」
シーンの頼みに、ボールスは大きな灰色のタマゴを抱えてじっと見つめる。
男でも女でも通用しそうな名前。
ネーミングのセンスには期待しないほうが良さそうだが‥‥。
「‥‥ティリエ?」
そんなのが、浮かんだらしい。
隣ではリデトが、そのタマゴから生まれるであろう生き物について、ひとしきり講釈を垂れていた。
そして夜には、流石に真っ昼間には連れて歩けなかったクリスのペット、イーグルドラゴンパピーのファルと幼いモア、ティオが合流し、屋敷はますます賑やかになった。
生憎とボールスはこれ以上休みを取れず、翌日は朝早くから仕事に出てしまったが、主人不在の屋敷の中で、冒険者達は次の日も、その次の日も、庭を走り回るペットと競走したり、溶け残った雪で雪合戦をしたり、子供のようにはしゃぎまわり、羽を伸ばした。
彼等にも、良い骨休みになった事だろう‥‥勿論、ボールスにも。
そんな仲間達の様子を眺めながら、メイド修業中の透は、練りに練った(?)駄洒落を呟いた。
「ジャパンでは『珍獣』は『鎮守』神として祀っている所もあります‥‥」