【ラーンス依頼流出】呪縛
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:10人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月14日〜01月19日
リプレイ公開日:2007年01月21日
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●オープニング
●止まらぬ流れの中で
「ラーンス様!」
深い森の中を捜索していた騎士は、見つけ出した円卓の騎士を呼んだ。ラーンス・ロットは振り向くと共に深い溜息を吐く。
「またか‥‥いくら私を連れ戻そうとしても無駄です」
「連れ戻す? 私どもはラーンス様と志を同じくする者です。探しておりました。同志はラーンス様の砦に集まっております」
「砦だと!? 志を同じく?」
端整な風貌に驚愕の色を浮かべて青い瞳を見開いた。
騎士の話に因ると、アーサー王の一方的なラーンスへの疑いに憤りを覚えた者達が、喜びの砦に集まっているという。
喜びの砦とは、アーサー王がラーンスの功績に褒美として与えた小さな城である。この所在は王宮騎士でも限られた者しか知らないのだ。
状況が分らぬままでは取り返しのつかない事になりかねない。ラーンスは喜びの砦へ向かった。
――これほどの騎士達が私の為に‥‥なんと軽率な事をしたのだ‥‥。
自分の為に集まった騎士の想いは正直嬉しかった。しかし、それ以上にラーンスの心を痛めつける。
もう彼らを引き戻す事は容易ではないだろう。
「ラーンス様、ご命令を! どんな過酷な戦となろうとも我々は立ち向かいましょう」
――戦だと? 王と戦うというのか?
ラーンスは血気に逸る騎士達に瞳を流すと、背中を向けて窓から覗く冬の景色を見渡す。
「‥‥これから厳しい冬が訪れる。先ずは物資が必要でしょう。キャメロットで食料を補給して砦に蓄えるのです。いいですね、正統な物資補給を頼みます」
篭城して機会を窺う。そう判断した騎士が殆どであろう事に、ラーンスは悟られぬように安堵の息を洩らした――――。
「アーサー王、最近エチゴヤの食料が大量に買い占められていると話を聞きました。何やら旅人らしいのですが、保存食の数が尋常ではないと」
円卓の騎士の告げた報告に因ると、数日前から保存食や道具が大量に買われたらしい。勿論、商売として繁盛した訳であり、エチゴヤのスキンヘッドも艶やかに輝いていたとの事だ。
「‥‥王、もしやと思いますが、ラーンス卿の許に下った騎士達が物資を蓄えているのでは‥‥」
「あの男は篭城するつもりか‥‥」
苦渋の思いに眉を戦慄かせるアーサー王。瞳はどこか哀しげな色を浮かべていた。そんな中、円卓の騎士が口を開く。
「冒険者の働きで大半は連れ戻しましたが、先に動いた騎士の数も少なくありません。篭城するからには戦の準備を進めていると考えるのは不自然ではないでしょう」
――戦か‥‥本気なのか。出来るなら戦いたくはないが‥‥。
「ならば物資補給を阻止するのだ! 大量に買い占めた者から物資を奪い、可能なら捕らえよ!」
難しい命令だった。先ずはラーンスの許に下った騎士か確かめる必要があるだろう。全く無関係な村人や旅人が聖夜祭の準備で買う可能性も否定できない。保存食というのが微妙だが‥‥。
それにこれは正しい行いなのか? 否、そもそも王を裏切ったのだから非はラーンス派にある。王国に戦を仕掛けるべく準備を整えるとするなら、未然に防ぐのは正当な行いと言えなくもない。
「それともう一つ」
王は暫し考えた後、再び口を開く。
「ラーンスに割り振っていた依頼を冒険者ギルドに委任する」
ラーンスほどにもなると、ギルドを仲介せず直に解決すべく依頼が任される場合もある。リストは円卓の騎士により管理されていた。これらの依頼をギルドに委任する事で、ラーンス派の糧を失わせ、資金難に陥らせる訳である。
――なぜ戻って来ないラーンスよ。おまえの信念とは何だ? なぜ話せぬ‥‥。
聖夜祭の中、王国の揺れは終わりを迎えていなかった――――。
「ああ、ボールス卿、丁度良かった!」
仕事帰り、ふらりとギルドに立ち寄った円卓の騎士ボールス・ド・ガニスに、糸目の受付係が声をかける。
「実は、ある筋から流れてきた依頼があるんですが‥‥」
本来ラーンスに任せる筈だった依頼。
だが、彼の資金源を断つ為に、その依頼群を他の騎士に回そうというその策に、ボールスは賛同しかねていた。
「申し訳ありませんが、私は遠慮します。ただでさえ略奪が横行しているというのに、これ以上彼等を追い詰めたら何が起きるかわかりませんからね‥‥せめて正当なルートは残しておかないと」
「いや、でも、事は急を要するんですよ」
受付係は食い下がった。
「とある村に、人形に取り憑いたレイスがいまして‥‥それが近隣の子供を浚っては殺している、と」
「‥‥子供を?」
思った通り、ボールスは食いついてきた。
「詳しく聞かせて下さい」
とある村に、妻を失った男がいた。
男は亡き妻を想う余り、妻にそっくりな人形を作らせ、共に暮らしていた。
やがてそこには魂が宿り、人形は動き出した。
表情もなく、関節をぎくしゃくと動かす、マリオネットのような人形。
だが、男はそれを妻として愛した。
近隣の村から子供を浚っては妻に与え、妻はただそれを抱き、赤子のようにあやす。
やがて食べ物も与えられずに弱った子供は屋敷の地下に埋められ、男はまた新しい子供を探しに行く‥‥。
「‥‥人形に取り憑いたレイスは、死んだ彼の妻らしいんです」
受付係が状況を説明する。
「彼女は生前、子宝に恵まれず、病で死ぬまで子供が欲しいと言い続けていたそうです。そして、レイスと化し、記憶も人格も殆ど消えてしまった中で、その思いだけが強く残っているらしく‥‥」
「‥‥それで、子供を‥‥」
ボールスは地図に示されたその一点を見つめていた。
徒歩で2日といったところか。
急げば明日には着く。
「‥‥他に、情報は?」
「それが、依頼を受けてレイスを退治しに行った冒険者が一人も帰って来ないんです。恐らく、既に死亡しているものと‥‥」
たかがレイス相手に、冒険者がそこまで追い詰められるとは思えない。
確かに、物体に憑依するレイスは珍しいものではあるが‥‥。
「ああ、それから、村人の話では、男は館の中に毒蛇を飼っているとか‥‥何でも、男はそいつらを自在に操る事が出来るそうです」
「‥‥彼等は、それにやられた可能性もありますね。他には?」
その問いに、受付係は首を振った。
「わかりました。ここで待っていても埒があきません。私は先に行きます。後は頼みましたよ」
そう言うと、ボールスは受付係の制止も聞かずに飛び出して行ってしまった。
「‥‥行っちゃったよ‥‥」
無茶しなきゃ良いけど。
しそうだよなあ。
するんだろうなあ、やっぱり。
円卓の騎士というのは、総じてそんな人種らしい。
「‥‥紹介、しなきゃ良かったかな」
受付係はカウンターにもたれかかり、溜め息をついた。
翌日。
ボールスは村人に話を聞いて回っていた。
「ありゃあ、気味の悪い館でなあ、何しろ木偶人形が動き回ってやがるんだ」
「あの幽霊は人形だけじゃねえ、他の色んな物や、人間にも取り憑けるんだ。あっという間に器を替えるんでな、どこにいるかさっぱりわからねえ」
「それだけじゃねえ、奴は乗り移った人間に攻撃出来るんだ。子供に取り憑かれてみな、あんた攻撃出来るかい? 手も足も出ないでいるうちに、毒蛇にかまれてサヨナラだ」
何にでも憑依し、その対象に攻撃さえ出来るレイスと、毒蛇。
さて、どう戦ったものか。
ボールスは村外れに佇む屋敷をじっと見つめていた。
●リプレイ本文
「‥‥それで、帰ってこなかった冒険者の得物と、腕前は?」
集合場所と定めた冒険者ギルドで、マナウス・ドラッケン(ea0021)は待ち時間の間にも情報収集に余念がない。
「レベルは中堅といったところですね。相手がレイスだけという事だったので、それで充分だろうと‥‥」
受付係が答える。
得物については詳しい事はわからないようだ。
「その程度なら何とかなる‥‥かね。いや、最悪、レイスの器として使われかねんから」
そうしている間にも、依頼を受けた冒険者達が集まってくる。
「えぇと〜 お守りの依頼だとか何だとか聞いたんですけれど〜」
と、トボけた事を言いながら最後に入って来たのはユイス・アーヴァイン(ea3179)。
いつもながら、のんびりマイペースな上に、依頼の内容を何か勘違いしているような、していないような。
「ん〜、でも、ある意味確かにお守りを含む依頼のような気が〜」
誰のお守り?
それはきっと、この場にはいない人。
「では、私は先に行きます‥‥」
ユイスの登場で場が一気に和んだ中、大宗院透(ea0050)はそう言うと、フライングブルームを取り出した。
「潜入には情報収集は重要なファクターです‥‥。危ない様なら、すぐに知らせに戻りますので‥‥」
「気を付けてねぇん、行ってらっしゃ〜い」
まるで自分は部外者のような、母親‥‥にはとても見えないエリー・エル(ea5970)の言葉に送られ、透はひとり先行した。
「では、私達も行きましょうか」
シエラ・クライン(ea0071)仲間に声をかける。
「どなたか、移動手段がない方はいらっしゃいますか?」
全員、問題ないようだ。
「私の荷物はメグレズさんの馬に乗せて貰うである。ついでに私と、ルルも‥‥」
リデト・ユリースト(ea5913)は一緒に肩に乗せて貰えるように頼もうと周囲を見渡すが、先程までそこにいた小さなシフールの姿は見えなかった。
「おかしいであるな、どこへ行ったであるか?」
「‥‥この間は、私に乗せてほしいと言っていましたが‥‥?」
と、ルーウィン・ルクレール(ea1364)。
「もしかしてぇ、透にくっついてったのかしらぁ? ほら、愛する人には一刻も早く会いたいっていうのぉ?」
まあ、わかる気もする。
どちらにしろ、探している時間はない。
「御武運を、お祈りしていますよ」
受付係に見送られ、一行はギルドを後にした。
その同じ頃。
問題の屋敷は昼間だというのに窓の鎧戸が全て閉ざされ、廃屋のように静まり返っていた。
屋敷の真ん中にある煙突から盛んに立ち上る煙がなければ、この家に人が住んでいるなどとは誰も思わないだろう。
と、その煙突の真下あたりにある窓が、カタンと開かれた。
「――何をしている!?」
中から男の怒声が響く。
「あ、す、すこし、くうき、いれ、かえ‥‥」
もうひとつ、弱くかすれた、たどたどしい声。
「余計な事はするな! お前は言われた事だけをやっていれば良いのだ!」
――ドン!
突き飛ばされたような、音と衝撃。
窓は、ほんの僅か開かれただけで、再びピシャリと閉ざされてしまった。
だが、男は気付いていなかった。
その僅かな間に、何かが起きた事に。
そして、人形に羽交い締めにされた子供の頬に、生気が戻った事にも。
「‥‥これで、ひとまずは安心‥‥かな」
窓の下に座り込み、ボールスは小さく溜め息をついた。
何故か、ひどく疲れているように見える。
そこへ、強烈なテレパシーが飛び込んできた。
『あたしを置いてくなんて、ボールス様の、ばかあぁぁっっ!!!』
どかーんっ!
透のフライングブルームにくっついてきたそのままの勢いで、ルルがボールス目掛けて体当たりをかました。
「うっ‥‥!」
ボールスは一声うめくと、その場に倒れ込んだ。
「え? うそ? そんな強力だった? ええー!?」
「ルル‥‥私を、殺す気ですか‥‥?」
いくら何でも、シフールの体当たりでそんなダメージを受ける筈がない。
だが、ボールスの状態はどう見ても重傷、もしくは瀕死クラス。
「一体、何を‥‥?」
箒から降りた透が訊ねる。
「ギブライフを、ちょっと」
ギブライフ。
それは、リカバーとは違い射程が長いのが魅力の回復魔法。
だが、自分の生命力を分け与える為、相手が回復した分だけ自分がダメージを受けるという、ハイリスクな魔法だった。
そんなものを使う人がいるとは‥‥。
「だったら、さっさとリカバーで治せば良いじゃない!」
「それが‥‥」
MPが底をついているらしい。
他にも何か、やらかしたようだ。
「他の方が着くのは、早くても夕刻でしょう。私はそれまで、眠らせて貰いますよ」
そう言うと、ボールスはマントにくるまり寝息をたて始めた‥‥。
「屋敷の間取りは、中央に広間がひとつ。他の部屋は使われていないようです」
全員が顔を揃えた所で、すっかり回復したボールスが手持ちの情報を整理する。
「広さは? とりあえず、突入時は二手に分かれようかと思うんだが」
リ・ル(ea3888)が訊ねた。
「戦うには5〜6人が限度でしょうね。情報が確かなら、蛇もここにいる筈です‥‥他の部屋では寒くて身動きがとれないでしょうから」
暖房設備があるのは、その部屋だけのようだ。
「‥‥では、どう致しましょうか。ここに来るまでに、班分けを考えておいたのですが‥‥」
セレナ・ザーン(ea9951)が計画を説明する。
「突入時には、これで良いと思いますね。出入り口を塞いでおけば、逃亡も防げますし‥‥その後、広間へは蛇対策に自信のある方のみ、入って頂いた方が良いでしょう」
まずは、広間で蛇を排除し、子供の安全を確保する。
レイスや男には、その後でいくらでも対処の仕様があった。
「では‥‥どうしますか? 皆さんお疲れの様なら朝まで待ちますが?」
「いや、疲れてはいないが‥‥どうなんだろう、昼間のほうが少なくとも不利にはならないと思うんだが」
リルの言葉に、シエラが訊ねた。
「レイスや蛇は、夜行性なのでしょうか?」
「特に時間帯が関係するような事はない筈であるが‥‥明るさの問題であるか?」
と、リデト。
「それなら‥‥あの家は昼間も窓を閉め切っていましたので、昼なら特に明るいという事もないと思います‥‥」
透は、どうする、と言うようにボールスを見た。
幸い、ランタンも何人かが用意している。
明かりに困る事はなさそうだった。
「子供が捕まっているんならぁ、早く行かなくちゃ!」
エリーの一言で、彼等の心は決まった。
「こんばんはであるー! シフール便のお届けなんであるー!」
リデトが大声で呼ばわる。
ドンドン!
傍らではメグレズ・ファウンテン(eb5451)が力任せにドアを叩いていた。
「誰もいないであるかー? 出てくるまで帰らないであるよー?」
ドンドンドン!
部屋の中では、男が晩酌を楽しんでいる最中だった。
暖炉の炎に照らされた、人形の髪――死んだ妻の髪を植え付けたものだ――を撫でながら‥‥。
ドンドンドンドン!
だが、無粋な物音がその至福の時をかき乱す。
「‥‥オルソン! 何をしている! さっさと追い払え!」
男は使用人を呼ぶが、返事がない。
呼び声とドアを叩く音はますます大きくなった。
「‥‥くっ、あの役立たずめが‥‥っ!」
男は渋々立ち上がると、玄関先に立った。
「うるさい! 手紙など、そこに置いて行け!」
「そうはいかないのである。受け取りのサインが必要なのである!」
本当にそうかは知らないが、男はそれを信じた。
「‥‥オルソンめ、後でたっぷりと鞭をくれてやる‥‥!」
男はそう言いながら、ドアを開けた。
と、その目の前に現れたのは‥‥
「貴殿の死者への妄執に付き合う気はない。ここで大人しくしていて貰おう」
メグレズはコアギュレイトの呪文を唱えた。
だが、男はその呪縛を払い除け、踵を返すと廊下の奥へと消える。
『ごめん! 突入は成功だけど、あいつ逃げちゃった!』
ルルがテレパシーで裏口の仲間に伝えた。
『‥‥了解です‥‥では、こちらも行きます‥‥』
透から返事が返って来る。
裏口は、協力者であるこの家の使用人オルソンが開けておいてくれたようだ。
だが、本人は姿を見せなかった。
「巻き込んでも拙いからな、その方が良いだろう」
マナウスはユイスから借りた道返の石を発動させ、仲間と共に屋敷の奥へ向かった。
広間に通じるドアは、閉ざされていた。
「はてさてまぁまぁ〜、何が何処に潜んでいるやら〜?」
言いながら、ユイスが再びブレスセンサーを試みる。
「やっぱりここに逃げ込んだみたいですね〜。男の反応と〜、それから蛇は〜、あら〜? 見事にバラけていますね〜」
部屋の奥と、手前に2ヶ所、それらしき反応がある。
「でも、とりあえずドアを開けた途端にガブリ、はなさそうですけど〜」
「気を付けて下さい‥‥罠があるかもしれません‥‥」
透の言葉に、対蛇毒サバイバル組は慎重にドアを開けると、広間に侵入する。
「ぁ〜、ボールス卿、無茶はダメですよ〜?」
廊下に残ったユイスは、何故か彼にだけそう念を押した。
広間は、暖かかった。
余りの暖かさに気分が悪くなる程に。
だが、その暖かさ以上に冒険者達の気分を悪くさせるものが、そこにあった。
暖炉の前にある、綺麗なドレスを着て長い髪を背中に垂らした女‥‥の、ようなもの。
男はその隣に座り、人形の肩を抱き寄せている。
昼間、人形の腕に抱かれて死んだように眠っていた子供は、その足元に座っていた。
だが、目の焦点がどことなく怪しい。
既にレイスは子供に取り憑いていた。
「何度来ても同じだ。リリアを殺そうとする奴は、何度でも地獄へ送ってやる‥‥!」
妻の名はリリアというらしい。
だが、殺すも何も、彼女は既に死んでいる。
「ねえ、もうやめよう?」
エリーが普段とは違った口調でレイスに訴えかけた。
「子供には罪はないよ。子供がいない寂しさと子供を取られた悲しさ、どっちも辛いんだから、こんなことやめようよ」
だが、レイス‥‥いや、リリアは聞いているのかいないのか、全く反応を示さない。
「あなたの気持ちは分かるけど、子供はあなたの道具じゃないの。例え、自分のお腹を痛めた子供じゃなくてもちゃんと子供を愛してあげて!」
「愛しているさ、彼女なりのやり方で、な」
男が言った。
「そして俺も、彼女を愛している。他人に何と言われようが、誰にも邪魔はさせない。俺の幸せな家庭を、壊させはしない!」
「幸せな家庭?」
メグレズが前に進み出る。
「子供は暖かい母の腕の中に戻るのが自然だ。この部屋は確かに暖かい‥‥だが、ここには幸せなど、欠片もない!」
もう一歩踏み出そうとした、その時。
――バリバリバリッ!
床に仕掛けられたライトニングトラップが発動した。
同時に、鎌首を持ち上げた蛇が襲いかかる!
「‥‥!」
メグレズは動けない。
その目の前に、ぶっとい藁人形のような腕が突き出された。
それはロープを何重にも巻き付けた、リルの腕。
蛇はそこへ食らいつき‥‥
「どうだ、これなら牙も通るまい?」
リルは蛇を食いつかせたままの腕を誇らしげに上げる。
そして、手近な壁に蛇ごと叩き付けた!
――グチャッ!
「あと2匹」
ニヤリ。
「そこ!」
扉の影から様子を窺っていた透が、エリーに飛びかかろうとした蛇に手裏剣を投げる。
それは僅かに外れたが、近くにいたルーウィンの剣に両断された。
「回避は苦手なようですね。確かに、駆け出しの冒険者には脅威かもしれませんが‥‥」
経験を積み、装備も整った彼等にとっては、毒にさえ気を付ければどうという事もない。
残りの1匹も、噛まれる前にセレナが片付けた。
「‥‥なるほど、この前の連中とは違うという事か」
しかし、男はそれでも余裕の笑みを浮かべていた。
「だが、お前達にこれ以上の事は出来まい? リリアを攻撃してみろ、この子供の命はないぞ?」
通常のレイスには、憑依した対象‥‥つまり、その器を攻撃する事は出来ない。
だが、リリアは無生物にも憑依するという特殊な能力と共に、器への攻撃能力も獲得していた。
例えこちらが子供にはダメージの行かないホーリーやピュアリファイで攻撃をしても、その瞬間にレイスが子供を攻撃する。
生半可な攻撃ではレイスを弾き出すどころか、子供に致命傷を与えかねない。
‥‥だが、ここには生半可じゃない攻撃力の持ち主がいた。
「キャアアッ!」
叫び声を上げた子供の体が、白く光っていた。
「大丈夫、ほら、痛くないでしょ?」
ルルに言われ、痛くも痒くもない事に気付いたらしい。
子供は、きょとんとした顔で自分の光る体を見つめている。
だが、レイスのほうは‥‥
「さっさと出て行かないと、次で終わりですよ?」
ボールスは2度目のホーリーを放つべく、詠唱を始める。
‥‥子供の体から、レイスが抜けた。
レイスは背後の壁をすり抜け、隣の部屋へと逃げる。
そこでは残りの仲間達が待ち構えている筈だ。
子供の憑依さえ解ければ、後はもういたぶり放題。
魔剣を抜き放ったセレナとメグレズが後を追って飛び出して行った。
「や、やめろ! リリアに手を出してみろ‥‥こいつを殺すぞ!」
男は隠し持っていたナイフを子供に突き付け‥‥ようとした。
だがその前に、こんな事もあろうかと準備をしていたルーウィンのオーラショットで吹っ飛ばされる。
「往生際が悪いですね」
ルーウィンは傍らのベッドからシーツをはぎ取ると、それを引き裂き、ロープ代わりに男を縛り上げた。
「やめろ‥‥殺すな! 頼む、リリアを‥‥殺さないでくれ!」
懇願する男に、エリーがさらりと言った。
「だからぁ、もう死んでるんだってばぁ☆」
『みんなー、思う存分暴れて良いよ〜!』
ルルからの連絡を受け子供の解放を知った冒険者達は、その部屋のどこかに隠れたらしいレイスを探す。
既にかなりのダメージを負い、道返の石で行動を制限されているとは言え、油断は禁物。
メグレズがデティクトアンデットで居場所を探るが、その効果はほんの一時で、仲間が攻撃する頃にはレイスは他の器に乗り移っていた。
「手当たり次第に壊してみるであるか?」
その部屋には、まるで物置のように種々雑多な品物が置かれている。
まあ、壊したからといって文句を言われる筋合いでもないだろう。
「では、皆さん下がって下さいまし」
セレナはそう言うと、魔剣を構え破壊力を伴ったスマッシュを次々に放つ。
たちまち、部屋の中は物の壊れる音であふれかえった。
と、その中から弱々しい霧のようなものが湧き出てきた。
それをメグレズがコアギュレイトで押さえ込む。
「一途な思いゆえに死霊化、ね‥‥。あんた、なんか余りに容易すぎないか?」
マナウスが身動きの取れなくなったレイスを見下ろして言う。
「子供の未来を奪うことは、例え神にも許されてなんかいやしない‥‥あんた自身のためにも正しく冥府に帰るべきだ」
言いながら、レイピアを突き刺した。
「お休み、リリア」
「今度こそ、安らかに眠るであるよ」
念には念を、リデトのピュアリファイで、それは完全に消滅する。
「‥‥『レイス』にも『礼す』るべき人はいるのでしょうか‥‥」
シリアスな雰囲気の中、透がぼそりと呟いた。
「もう、大丈夫ですよ」
隣の部屋ではシエラが子供の介抱に当たっていた。
念の為に不惑の三角頭巾を発動させ、傍らの柱に縛り付けられた男に向き直る。
「最愛の妻を失った夫と、子宝に恵まれなかった妻‥‥あなた方に同情はしますけど、だからと言って無関係な子供を犠牲にしていい理由にはなりません。どんな裁きが下されるかはわかりませんけど、犠牲になった子供達の為にも、きちんと罪を償って下さいね」
「ああ‥‥そうだ、地下にも行かなきゃな」
リルが言う。
「気は進まないが、埋められた子供達を掘り起こして‥‥」
「その必要はありませんよ。昼間のうちに親元に帰しましたから」
「‥‥ええっ!?」
ボールスの答えに、リルは目を丸くした。
「だ、だんなさま‥‥だれも、ころして、ない」
奥に続く扉の影から、かすれた声がした。
「お、おれが、しぬまえに、か、かくした」
「‥‥オルソン!?」
男が口を開いた。
「あなたを助けたいと、協力してくれたんですよ」
この家に小間使いがいる事を聞き、一晩中見張った末に、明け方薪を取りに出た所を掴まえた。
彼が衰弱した子供を死んだと偽り、地下室に匿っていたのだ。
「何故‥‥!?」
「だ、だんなさま、ひとごろし、なる、よくない。だんなさま、ほんとは、いいひと。おれにも、むかし、やさしかった」
彼はその怪異な容貌のせいで幼い頃から虐待を受け、やがて捨てられた。
それを拾ってくれたのが先代の当主‥‥男の父親だった。
「‥‥だからといって、罪を帳消しにする訳にもいかないと思うがね」
部屋には、レイスを追っていた仲間が戻ってきていた。
「あんたの大事な人は、還ったよ」
マナウスの言葉に、男はがっくりと首をうなだれた。
「‥‥幽霊でも何でもいい、俺はただ、リリアに生きていてほしかった‥‥側にいてほしかったんだ!」
その気持ちは、ボールスには痛いほどわかる。
だが。
「たとえ偽りだと解っていても、それを真実だと思い込んでしまうコトは出来ます〜。認めたくないコトであれば、なおさら〜」
ユイスがのんびりと言った。
「でもそれって、とても悲しいコトなんですよね〜」
「‥‥なあ、こいつ、殴っても良いか?」
マナウスが訊ねる。
「それで気が済むなら‥‥どうぞ」
ボールスの答えに、マナウスは拳を振り上げ‥‥やめた。
「まあ、優雅なエルフらしくないやね?」
マナウスは肩をすくめる。
それに多分、こいつを殴りたい思いは、自分よりもボールスの方が強いだろう。
「‥‥オルソンさん、出て来て頂けませんか? ここには、あなたを傷付けるような人はいませんから‥‥」
ボールスが声をかける。
だが、オルソンは姿を現そうとはしなかった。
「おれ、ここで、まってる。だんなさまの、かえり、まってる‥‥」
「‥‥俺程度でラーンス卿を止められたとは思っていないが‥‥」
翌朝、男の屋敷で一夜を過ごした冒険者達が漸く起きだした頃。
日々の鍛錬を欠かさないリルは、全身から立ち上る湯気を朝の光に煌めかせながら、ルーウィンに借りたケルピーのグライアで朝っぱらから一走りしてきたボールスに言った。
「俺が逃がしたせいで、今この国はこんな事になってるんだよな‥‥」
「‥‥あの人は、誰にも止められませんよ。‥‥多分、陛下以外には」
ボールスはグライアの首から手綱を外しながら苦笑した。
「ボールス卿、あの人はこの状況を認識しているのかな? あの人の騎士道って、民衆を犠牲にしても全うしなければならないものなのかな‥‥」
「彼は‥‥浮世離れしていますからね」
妖精に育てられたとの噂もある湖の騎士。
そんな彼の内面は、従弟であるボールスにも正直よくわからない。
「騎士道って、何の為にあるのかな‥‥」
リルは独り言のように呟いて、腰の剣に手をやった。
「なあ、迷っているならこいつで一汗かかないか?」
「迷ってはいませんが‥‥良いでしょう。でも、ちょっと待って下さい」
ボールスは自分の馬に積んだ荷物から短剣を取り出してきた。
「二刀流に剣1本では、流石に厳しいので」
左手の短剣は盾代わりに使うらしい。
「ん? その剣は‥‥銀?」
確か、ボールスはレイスに通用する武器を持っていないと、ルルが言っていた。
それに、昨日ボールスもシエラに借りていたのではなかったか。
そう言えば、あの時に一瞬とまどうような表情を見たような気もする。
「ルルには内緒にして下さいね」
「ああ‥‥なるほど、そういう事か」
考えてみれば、円卓の騎士がデビルやアンデッドに対抗する手段を持たない筈がない。
あれは、ルルの勘違いだったのか‥‥。
ともあれ、任務はひとまず成功裏に終わった。
子供達は元気な姿で親元に帰され、男は然るべき場所で裁きを受けるだろう。
犠牲になった冒険者達の墓は、村人達が建ててくれた。
この国を覆う暗雲を一気に吹き飛ばす妙案は、今のところ見当たらない。
だが、こうして僅かずつでも人々の笑顔を取り戻して行ったなら、いつかは光が見えてくる筈だ。
そう信じて、彼等は帰途に就いた。
子供達と、家族の笑顔に見送られながら‥‥。