雪に咲く紅

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月18日〜01月25日

リプレイ公開日:2007年01月27日

●オープニング

 雪原に、紅い花が咲いていた。
 点々と、鮮やかに散ったそれは、やがて降り続く雪に覆われ、そしてまた紅い花を咲かせる。
「行け! 俺がこいつを引き付けているうちに!」
 父親の言葉に、少年は走った。
 深く積もった雪に足をとられ、転びながら、夢中で走った。
 背後で、鋭い叫び声が聞こえた気がする。
 それでも、少年は振り返らなかった。

「雪原に‥‥白い、魔物がいるんだ」
 倒れ込むようにギルドに駆け込んだ少年の片袖には乾いた血がこびりついていた。
「父さんと二人で、村を出てきた。でも、父さんは‥‥」
 彼等の村は、街道から奥へ入る小さな道だけが外界との接点だった。
 だが、雪が降り始めた頃から、その道が通る雪原に白い魔物が出るようになった。
 魔物はそこを通る者を見境なく襲い、食らう。
「‥‥母さんが病気なんだ。でも、俺の村に医者はいないし、隣村から呼んで来たくても途中で魔物に襲われる。薬草の蓄えも底をついて‥‥だから、あいつを退治してくれ!」
 それだけ言うと、少年は気を失った。

「あれ? こんな所に村なんてあったかな‥‥?」
 地図で場所を確認していた受付係が首を傾げる。
「ああ、それな、去年だか一昨年に新しく出来たみたいだぜ?」
 相変わらず依頼にも出ずに、そのくせ暇さえあれば冷やかしに来ている一見ベテラン風の新米冒険者が言う。
「ちょっと前までは森が広がってたんだが、それを切り開いて開拓村みたいなモンを作ったらしい」
「へえ、物知りですね」
「まあな、あちこち出入りしてるもんで、耳だけは肥えてるって寸法さ」
 新米オヤジは、がはは、と笑う。
「そう言や、その森には守り神がいたって話を聞いた事があるな」
「守り神?」
「ああ、白くてでっかい鷹だか鷲だか、そんな奴だ。実際森を守ってたかどうかは定かじゃねえが、その森に棲んでた事は確からしい。森がなくなった今じゃ、どこでどうしてるのか知らねえが‥‥」
「‥‥白い、魔物‥‥」
 受付係が、ふと思いついたように呟く。
「まさか、ね」

●今回の参加者

 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2756 桐生 和臣(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3173 橘 木香(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3630 メアリー・ペドリング(23歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb5549 イレクトラ・マグニフィセント(46歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

アルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)/ ヨミ・ジョーパル(eb3712

●リプレイ本文

「うぅ‥‥さむいーねむいー‥‥」
 橘木香(eb3173)は今日も絶好調にマイペースだった。
「こんなに寒いと寝れないのですよー」
 歩きながら居眠りしようと考えたらしいが、足元は雪。
 そして、空からも降りしきる雪。
「この雪の中で白い鳥を探す、か‥‥。目にも、かなり負担がかかりそうだな」
 メアリー・ペドリング(eb3630)は灰色の空を見上げた。
 白く大きな魔物という情報から、恐らく相手はホワイトイーグルだろうと思われる。
「しかし、万が一、相手が白くて大きい‥‥熊だったりすると対処方法が変わってきますよね」
 と、馬の由夏の手綱を引いた桐生和臣(eb2756)が言う。
 しかしその考えは、彼が牽く馬の背に乗った少年に否定された。
「あいつは空から襲ってくるんだ。逃げるのに必死で、誰もちゃんと姿は見てないけど‥‥」
 それにこの季節、熊は冬眠中だ。
「‥‥気を付けて。もう少しで、あいつの縄張りだから‥‥」

 その、暫く前。
 ギルドに集まった冒険者達は、依頼人が奥で支度を済ませる間にそれぞれの意見を述べる。
「白い鷲が本当に森を護ってたんだとしたら、森を失った報復に、通る人を襲ったりしてる‥‥のかもしれないね」
 と、シャンピニオン・エウレカ(ea7984)。
「もしや開拓の際に仲間、卵や雛を殺される場面を目撃したのではないかしら〜?」
 ポーレット・モラン(ea9589)も、魔物が人を襲うようになったのは人間のせいではないかと考えていた。
「冬場で餌自体が減ってるのもあるだろうけど‥‥ああ、来たわね」
 カイト・マクミラン(eb7721)は、イレクトラ・マグニフィセント(eb5549)に借りたワイルドシャツの上に防寒着を着込んだ少年を見やる。
「魔物退治にはね、あんたの力が必要なの。 手を貸してくれるわね?」
 少年は無言で頷いた。
「怪我はどう? ちゃんと治ってる?」
 その問いに、まだ少し痛むと答えた少年に、シャンピニオンはリカバーをかける。
「あ‥‥ありがとう。冒険者って、何でも出来るんだね‥‥」
「何でもって訳じゃないけど」
 と、シャンピニオン。
「これだけいれば、一通りの事は出来ると思うよ。だから、安心して任せて」
「アタシちゃんは〜、ママさんや他の村人さんの為に〜街の薬草店で病気やケガに効く薬草を一通り〜塩も併せて買って来たの〜」
 ポーレットが少年に包みを手渡す。
「あの、よかったらこれも‥‥どうぞ」
 エスナ・ウォルター(eb0752)も、少年の為に保存食を余分に用意していた。
「あ、でも、俺‥‥そんなにお金持ってないし‥‥」
「お金貰おうなんて思ってないわよ。皆の好意なんだから、遠慮なく貰っときなさいよ。あ、あたしのコレは貸すだけよ?」
 カイトはそう言いながら、パラのマントを手渡した。

 そして‥‥。
 少年の村が近付いてきた。
 ポーレットとメアリーが交代で上空に舞い上がり敵の姿を探すが、まだその影は見えない。
 だが、魔物はいつも前触れもなく現れるという。
 向こうからは既に発見されているのかもしれない。
 一行は、なるべく切り株の少ない開けた場所を選んで歩みを止めた。
「あの、もし良かったら、安全のためにアイスコフィンをかけたいのですが‥‥」
 エスナが少年に尋ねる。
「アイスコフィン?」
「氷の中に閉じ込める魔法‥‥です。体に害はありませんが‥‥でも、戦いを見届けたいというなら、私達が身を挺してでも護ります」
 少年は迷っていた。
 足手まといになるなら、凍らされていたほうが良い。
 自分を守る為に誰かが犠牲になるのは‥‥。
「貴殿にとっては自分の村の存亡を賭けた戦いだ。見届けたいなら遠慮はいらない。‥‥いや、是非見届けて貰いたい」
「マントの使い方は、さっき説明した通りよ。見てるなら、そこの切り株の影に隠れて、マントを被って」
 メアリーとカイトに言われ、少年は決意を固めた。
「俺‥‥見た事を、ちゃんと‥‥村の皆に伝えなきゃ‥‥」
 少年が姿を隠した事を確認して、エスナとカイトがその場所を守るように立つ。
 イレクトラは荷物から投網を取り出し、いつでも投げられるように構えた。
「‥‥なかなか、出て来ませんね。これで注意を引けるでしょうか?」
 和臣はそう言うと横笛を取り出し、雉の鳴き声を模した曲を吹き鳴らし始めた。
 雪の降り積もる音さえ聞こえない静寂に包まれた世界に、笛の音が響く。
「‥‥あ〜、雪が雪じゃなくて羽毛だったらあったかいのに‥‥」
 抜き身の刀を下げたまま寝ぼけた事を言う木香の頭上に、お望み通りに羽毛が舞い降りる。
「あーでも、羽毛より砂糖のほうが甘くていいかも?」
 と、舞い降りた羽毛を手に上空を見上げたそこには‥‥
 ――バサバサバサッ!
 突然舞い降りた白い鷲を、木香は間一髪で避ける。
 鷲はそのまま、まだ笛を吹いている和臣に向かって行った。
 そこへ、イレクトラが投網を投げる。
 だが、突然の出現に慌てたのか、網は上手く広がらない。
 それでも一部は翼にかかり、ほんの僅かの間、鷲は雪の上に降り立った。
 そこを狙って和臣がオーラホールドを、カイトがスリープを狙う。
 オーラホールドが決まれば、相手の動きは制限を受ける筈だが‥‥白い鷲は魔法に抵抗した。
 眠りに落ちる様子もなく、飛び立とうとする所へ、上空から押しつぶすようにメアリーのグラビティーキャノンが決まった。
 だが、その衝撃で周囲の雪が舞い上がり、煙幕のように鷲の姿を覆い隠す。
 その煙幕が晴れた時、そこに鷲の姿はなかった。
「――しまった!」
「――どこへ行った!?」
 鷲は上空にいた。
 もう一度網をかけてみるか?
 だが、地面に落ちて絡み合った網をほどく暇はない。
 イレクトラは弓に矢をつがえ、狙いを定める。
 幸い、的は大きいが、その代わり視界が悪い。
 1本、2本‥‥当たらない。
 シャンピニオンもコアギュレイトで動きを押さえようとするが、まだまだ余力充分な魔物の動きを止める事は出来なかった。
 ただでさえ、飛行する敵に対しては飛び道具以外は分が悪い所に、この足場の悪さ。
 攻撃しようにも、避けようにも、思うように動けない。
 何とか、翼の片方でも撃ち抜ければ‥‥
 3本目の矢をつがえた時、鷲がイレクトラ目掛けて突っ込んで来た。
 木香がその間に割って入ろうとしたが、雪に足をとられて思うように動けない。
 イレクトラはあえてそれを避けず、真っ正面から狙いを定める。
「これなら、当たるさね?」
 ――バシュッ!
「ギャアアァァッ!」
 右の翼から、羽毛が飛び散った。
 その声に、少年がマントの下から顔を出す。
「大丈夫、です。私たちが絶対に護りますから‥‥アイスブリザード!!」
 エスナが起こした魔法の吹雪に巻かれ、鷲は更に羽毛を散らす。
 和臣が、その乱れた翼を狙ってオーラショットを放った。
 離れて様子を見ていたポーレットもホーリーで援護、鷲は苦しげに翼をバタつかせながら、冒険者達から離れた場所に、落ちるように着地した。
「待って、足場が悪すぎるわ。魔物が元気なうちは、あんまり近付かないほうが‥‥」
 遠くからムーンアローでチクチクとダメージを与えようとするカイトの言葉を聞いているのかいないのか、木香は黙々と、落ちた白い塊に向かって突き進む。
 何度も転んだり、深みにはまったりするのは装備している鬼神ノ小柄のせいだろうか。
「先程は攻撃をし損ねましたからねぃ‥‥今度は、逃がしません‥‥」
 ――さくっ。
 シャンピニオンのコアギュレイトに抵抗しきれず、身動きが取れなくなった魔物に刀を突き刺した。

「‥‥どうする、殺すか?」
 メアリーは身動きが取れずにいる魔物をじっと見つめる少年に尋ねる。
 少年は黙って頷いた。
「‥‥ごめんね、あなたも犠牲者だったのかもしれないのに‥‥救ってあげられなくて」
 エスナがファイヤーボムの巻物を広げる。
 こんな大きなものを埋葬する穴を掘るには体力を消耗する。
 止めのついでに火葬にしてしまうつもりだった。
「共存の道があるなら、それが一番だと思うけどね‥‥」
 炎を見つめながら、シャンピニオンが呟く。
「坊やちゃん〜白い魔物が憎い〜?」
 ポーレットの問いに、少年は当然だというように頷く。
「でもでも〜家族を失う悲しみや怒りは〜人間だけのものじゃないのよ〜?」
「‥‥こいつにも‥‥家族がいたって事?」
 それはわからないが、その可能性はある。
「俺は‥‥そんなの知らない。バケモノに同情なんかしない!」
「う〜ん、同情とは〜違うと思うけど〜。大事なのは〜死んだものの思いと命の重さを受け止めること〜」
「生物が生きていくためには、何かを犠牲にしなきゃいけないことがあるし、知らずに誰かの大切なものを奪ってしまうことがあるかもしれないの。だから、生きるってことは何かを背負うことでもあると思う‥‥」
 この状況でそれを理解しろと言うのは無理かもしれない。
 だが、ポーレットとシャンピニオンは、少年に伝えておきたかった。
 今はわからなくても良い。
 いつか、思い出してくれれば‥‥。

「父親の遺体は‥‥恐らく春まで雪の下よねぇ」
 少年の耳には入らないように、カイトが小声で呟く。
 ポーレットとエスナが、それぞれの犬に痕跡を追わせたのだが、それらしきものは‥‥ただ、1本のナイフが落ちていただけ。
「‥‥父さんのだ‥‥!」
 恐らく、遺体は跡形もなく魔物か‥‥それとも狼か何かに食べ尽くされてしまったのだろう。
 カイトはナイフが見つかった場所に跪くと、静かに鎮魂の歌を手向けた。