魅惑のタンブリッジウェルズ 二泊三日の旅
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月04日〜02月07日
リプレイ公開日:2007年02月08日
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●オープニング
「‥‥今のところ、これといった動きはないようです」
部下からの報告に、ボールスは頷く。
砦に籠もったラーンスと、彼に従う騎士達。
賊と化した者については、冒険者達の協力を得て首謀者を捕らえ、動きも沈静化した。
とは言え、物資が不要になった訳ではない。
寧ろこれまで以上に困窮している筈だ。
取り返しのつかない事になる前に、何とか打開策を見い出したかった。
しかし、今の所これといった策は見付からず、期も熟したとは言えない。
ただ時だけが無為に過ぎて行く。
彼に出来るのは、せいぜい先日被害にあった地域周辺で警戒に当たる事くらいだ。
ボールスは報告を終え、下がろうとする部下を呼び止めた。
「ああ、オード、あなたはこのまま2〜3日休んで下さい。代わりに私が行きますから」
オードと呼ばれた青年は驚いた様子で振り返る。
「行くって‥‥現場に、ですか?」
「そうですが‥‥いけませんか? こちらの仕事も片付きましたし」
「片付いたんですか? じゃあ今、暇なんですね?」
オードは有無を言わせぬ口調で主人に詰め寄った。
「だったら、ボールス様こそ休んで下さいっ!」
「‥‥いや、私はちゃんと休んでいますよ? ほら、この間の珍獣博覧会‥‥」
「あれはもう3週間以上も前の事です!」
「‥‥でも、仕事の合間に息抜きもしていますし‥‥」
「それは知ってます。この間も可愛い女性と楽しそうに歩いていたと、ばっちり噂になってますから」
「‥‥だから、あれは芝居だと‥‥」
誰が流した、そんな噂。
「とにかく!」
オードは書類が山積みにされた執務机を思い切り叩いた。
「休んで下さい。良いですね?」
これでは、どちらが部下だかわからない。
「エル君にも、一度も会いに行ってないんでしょう?」
散歩に行く時間があるなら、息子に会いに行く時間くらい作り出せない筈がない。
だが、別れ際に泣かれるのが辛くて、どうにも腰が重いのだそうだ。
「この先、いつ城に戻れるかわからないんですからね? あんまり会わずにいると、おじさん誰って言われちゃいますよ?」
オジサンハヤメテクダサイ。
「じゃあ、決まりですね。明日から3日間、タンブリッジウェルズ旅行という事で手配しておきますから!」
「いや、3日は拙‥‥」
「大丈夫です! もし何かあったらルルに飛んで貰いますから。って事で、ルルは俺が借りて行きますね。邪魔者がいない所で、ゆっくり楽しんで来て下さい!」
何をだ。
「ああ、勿論ひとりで行けなんて言いませんよ。ちゃんとお目付役も雇いますから」
でないと、何だかんだと理由を付けて結局仕事に戻って来そうだし。
「料金は、俺が自腹切りますから!」
‥‥ボールス卿、良い部下をお持ちのようで‥‥。
結局、ろくに口を挟む暇もなく、部下によって3日間の強制休養が決められてしまった。
良いのか?
‥‥まあ、良いか。
●リプレイ本文
「良いですか、ボールス卿?」
腰に手を当てたシルヴィア・クロスロード(eb3671)が、有無を言わせぬ口調で円卓の騎士に詰め寄る。
「今回は犬も猫も迷子も事件も、その他何であろうと拾わせませんよ?」
「‥‥大丈夫です、拾いません‥‥それに、これ以上は入りませんから」
と、ボールスは自分の懐を指差す。
そこからは、子犬が2匹、顔を覗かせていた。
片方は自分の犬、もう一匹はアルディス・エルレイル(ea2913)の愛犬ノヴァ。
「二人とも、喧嘩しないで下さいね?」
言いながら、片手で懐を押さえつつ、ボールスはケルピーに飛び乗った。
勿論、それはルーウィン・ルクレール(ea1364)所有のグライア‥‥いつもいつも、遠慮なくお借りして申し訳ないとは思いつつ、厚意に甘え続けて早何度目か。
「では、急ぐである。早く着けば、それだけ長く滞在出来るである」
リデト・ユリースト(ea5913)はそう言うと、フライングブルームに乗って先頭に待機するシルヴィアの隣に馬を進めた。
シルヴィアのスピードとリデトの視力、双方を生かして、少しでも早く「危険」を察知し、排除する為の布陣だ。
勿論、最後尾ではメグレズ・ファウンテン(eb5451)が目を光らせていた。
「何故でしょう? 道中いろいろ厄介事が待ち構えているような気がしてならないんですが‥‥」
と、溜め息をつきながら。
だが、幸いにして、道中にはさしたる障害も誘惑も待ち構えてはいなかった。
運命の神様は基本的に意地悪だが、今回の所は見逃してやる事に決めたようだ。
「ボールス卿とは、同郷になりますわね」
どうやら何も起きそうもないと見て、サクラ・フリューゲル(eb8317)が話しかけてくる。
「サクラさんは、いつ頃こちらに? 私はもう随分昔の事なので‥‥通じますか?」
ボールスは使わなくなって久しい母国語に切り替えて話し始めた。
「ええ、大丈夫、ちゃんと通じますわ」
同郷の上に、同じ神聖騎士であり、流派も同じ。
話題には事欠かないようで、周囲の殆どの者には理解出来ない言語での会話が続く。
「大丈夫だよ、ただの世間話だから」
ボールスの肩に乗ったアルディスが、誰にともなくそう言った。
途中の町で食事を摂り、一行は夕刻、無事目的地に到着した。
「かーさまー!!」
待ち構えていたエルディンが真っ先に飛び付いたのは、クリステル・シャルダン(eb3862)。
「お久しぶりですわ、エル。お変わりありませんでしたか?」
だが、エルははしゃぎすぎて何も耳に入らない。
「あのね、かーさま、えうね、あのねっ、えっとね、えっと‥‥かーさまー!」
もう、嬉しくて自分でも何がしたいのかわからないようだ。
「エル、父さまに挨拶は?」
雪の上に膝をついたクリスの首にしがみつく息子をひっぱがし、ボールスは自分の肩に乗せようとした。
しかし。
「やーっ! かーさまがいいーっ!!」
‥‥嫌われてしまった。
クリスさん、当分解放して貰えないようです。
翌朝、ボールスはルーウィンと二人で遠乗りに出かけていた。
だが、ケルピーで飛ばすボールスに、ルーウィンの軍馬は当然のごとく追いつけない。
もう一頭いれば、二人で思う存分に飛ばせるのだが。
「ここは広いですね‥‥馬を飛ばすには、もってこいです」
漸く追いついたルーウィンが言う。
なだらかな丘と森。
確かにここならケルピーが走ろうが、グリフォンが飛ぼうが、ドラゴンが闊歩してさえ、誰にも見咎められる心配はない。
春になったらまた来よう‥‥などと、何かを企んでいるボールスだった。
「ケルピーに乗るってどんな感じですか?」
城に戻ったボールスに、メグレズが訊ねる。
風になったような気分、らしい。
「ところで、エルさんにこの子を見せても大丈夫でしょうか?」
メグレズは周囲を飛び回るフェアリーをエルに紹介したいらしい。
それにもうひとつ、自分の大きさがエルに怖がられないかが心配だった。
だが、心配は無用。
エルは年齢性別、身分や種族はおろか、生物種さえ問わない父親の博愛っぷりを見事に受け継いでいた。
「わー! おっきいー! たかーい!」
メグレズに肩車をされて大喜びだ。
エルは今日になって漸く、かーさま以外にも訪問者がいる事に気付いたらしい。
冒険者達の間を走り回り、あちこちで可愛がられている。
「キミがエルディンだね? 僕、演奏家のアルディスだよ」
ぽろろ〜ん♪ と、竪琴を鳴らす。
「ねえ、此所に帰ってきたときに一緒に来たジャパン人のお兄ちゃん覚えてる?」
エルは首を傾げて一生懸命思い出そうとしているが、やっぱりかーさましか眼中になかったらしい。
それと、ふわふわのキツネ。
子供の記憶なんて、そんなものだろう。
「このフレイアはね、その時そのお兄ちゃんが連れていた赤い珠から生まれたんだよ♪」
それでも一応言ってみる。
「だよ〜♪」
フレイアが、主人の語尾を真似た。
「こんにちは、エルさん。何をして遊びましょうか?」
サクラの問いに、エルは元気に答える。
「ゆきがっせんー!」
「‥‥ったく、下らねェ」
などと言いつつ、庭に呼び出されたロランは雪玉を作り始める。
「おら、当たると痛ェぞ!」
まだ誰も開始の合図をしないうちに、勝手に始めてしまった。
それを期に、皆が雪玉を投げ始める。
ルールは簡単、先程エルが皆と作った雪だるまの頭に差した小さな旗‥‥それを奪おうと攻める冒険者達を、ボールス達タンブリッジ組が守る。
攻撃側は当てられたらスタート地点まで下がるが、守備側はいくら当たっても旗さえ取られなければ良い。
守備側はボールスとロランが壁になりながら雪玉を投げ、エルがその後ろからちょこちょこと攻撃を仕掛ける。
「ああっやられたー!」
エルの投げた玉に当たる冒険者など居るはずもないが、メグレズは時々わざと当たってやる。
「やったー!」
エルは大喜びだ。
ボールスはそんなエルと、後ろで雪玉を作るクリスに攻撃が当たらないように庇いつつ、自分も適度に攻撃に参加する。
しかし、ロランの方は全く容赦がなく、結果、女性陣からの集中攻撃を浴びるハメに‥‥。
更にはそんな彼の背後に、上空から忍び寄るひとつの影。
急降下したリデトは、両手に持った小さな雪玉をロランの首筋に突っ込んだ!
「つめってぇえェッ!」
その隙に、旗を目掛けて一直線!
「取ったであるー!」
やるからには勝つと宣言したリデトは、その通りに勝利をもぎ取った。
そこで勝負は終わり‥‥の、筈だったのだが。
「だーーーっ!」
ロランが吠えた。
「何で俺ばっかり!?」
――ベシャッ!
ボールスに雪玉を投げつける。
「ロラン、もう勝負は‥‥」
「やかましい!」
――バシッ!
「そうですか、それなら‥‥」
――ビシャッ!
そこから先は、ルール無用の大乱闘。
「ほ〜ら、雪玉の雨だよ〜!」
アルディスが小さな雪玉を上空からばらまき、後方で雪玉作りに専念していたルーウィンも否応なく巻き込まれた。
男達は雪まみれになって死闘を繰り広げる。
「はい、エルさんは避難していましょうね」
サクラがエルを抱き上げ、安全地帯に隔離した。
まったく、男という生き物は‥‥。
「あ〜、ひでェ目に遭った」
濡れた服を着替え、再び庭に出てきたロランをシルヴィアが呼び止めた。
「ロラン殿、お忙しいとは存じますが、ひとつお手合わせをお願い出来ますでしょうか?」
相手を上から下までじろじろと眺めると、ロランはニヤリと笑った。
「良いぜ。その代わり、俺が勝ったら‥‥俺の女になれ」
「‥‥ええっ!?」
「よ〜し、決まり! 行くぜ!」
ロランは驚きうろたえるシルヴィアの手から練習用の槍をもぎ取ると、相手が構える間も与えずに打ちかかってきた。
「‥‥ッ!?」
気が付けば、目の前数センチに槍の穂先。
「俺の勝ちだな。約束通り‥‥」
「約束など、していませんっ! それにまだ、開始の合図も‥‥!」
必死の面持ちで否定するシルヴィアの様子に、ロランは豪快に笑った。
「冗談だ、お嬢さん。それな、勝負を挑む時は、自分の得意な得物を選ぶもんだぜ。特に、負けらんねえ勝負じゃ、な」
いや、これはただの手合わせ‥‥。
「今度は剣で来な。そん時ゃ本気で相手してやる。ただし、負けたら‥‥」
「負けません!」
彼は、試合などという生温い勝負はお気に召さないようだ。
ならば、次は真剣勝負で!
その後はお茶の時間にリデト持参のアップルパイをご馳走になったり、各自で庭を散策したりと、穏やかな時間が過ぎていった。
エルが漸く遅い昼寝に入った頃、ボールスは付き添っていたクリスを散歩に誘った。
庭園の一角で、ポケットから何かを取り出す。
「あれから色々と考えたのですが‥‥なかなか気の利いたお返しが思いつかなくて」
それは、ボールスの紋章が付いたマント留めだった。
「これは、あなたが私の守護を受けた者であるという、その証です。私には、あなたを全力で守る事位しか出来ないので‥‥」
女性に渡すならマント留めよりブローチだろうが、そこらへんが野暮天の野暮天たる所以。
クリスは両手でそれを包み、祈るように胸の前で合わせた。
「‥‥ボールス様、私は‥‥」
頑張れ。
きっと大丈夫。
「私、ボールス様をお慕いしています」
「‥‥え‥‥‥‥!?」
やっぱり全然気付いてなかった。
ボールスは突然茹で上がり、くるりと後ろを向いた。
暫く後、後ろ向きのままで言う。
「すみません、今はまだ‥‥何も言えません」
自分は人間、相手はエルフ。
それは、この社会では許されていない。
今はまだ、神聖騎士を辞める事も、円卓を去る事も出来ない。
「この国が平和になり、円卓が私を必要としなくなる‥‥その時が来たら、必ずお返事します。それまで‥‥待っていて下さいますか?」
「‥‥お待ちします、いつまでも‥‥」
どこからか、アルディスが奏でるのだろう楽の音が流れていた。