●リプレイ本文
――ぶおぉ〜ん、ぶお〜〜〜ん!
――どどどどぶひひ〜〜〜ん!
――はいやーひーほーひゅー!
法螺貝と、石畳を揺るがす蹄の音、それに意味不明の叫び声。
暴走ライダーのいつものコース、その一角に冒険者達が身を潜めていた。
「‥‥確かに、これは犯罪だな」
マナウス・ドラッケン(ea0021)が呟く。
「ええ、聞きしに勝る騒音ですね‥‥走りたいという気持ちは、ちょっとはわかりますけど」
ルーウィン・ルクレール(ea1364)も馬を思い切り走らせる事は嫌いではない。
しかし、他人に迷惑をかけているという時点で情けをかける価値はないと判断する。
走りたければ、野でも山でも好きに飛ばせる場所はいくらでもあるだろう。
「安眠を妨げられ続けている住民様達の怒り、痛いほどわかりますね。こんなに酷いとは思いませんでしたよ」
グラン・ルフェ(eb6596)は思わず耳を塞いだ。
「俺も熟睡している時、叩き起こされると誰であれブン殴りたくなりますから! ブン殴りにいきましょう騒音魔!」
とは言え、今夜は走行ルートと被害の程度を確認するための下見、実際のお仕置きは明日の夜だ。
「まあ、生存は保証するがそれ以外は保証しないレベルのダメージは覚悟して貰おうかね」
マナウスの言葉に、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)が微笑む。
「明日の夜が楽しみですね‥‥」
キヨラカな白いエルフの背後から黒いオーラが放出されているように見えるのは気のせいだろうか。
お仕置きが行き過ぎなければ良いが、と、ほんの少し心配になるルーウィンだったが、仲間達の勢いは止まらない。
いや、この際止める必要もないだろう‥‥自業自得なのだから。
翌日の夜、人通りも途絶えた頃を見計らって、グランは暴走ライダー達が必ず通るという道に罠を仕掛けていた。
目立たないように黒く塗ったロープを、馬の頭よりやや高い位置に数本張り巡らせる。
「これなら馬が引っかかる事はないですよね?」
「うん、そやなー、この高さならロクデナシさん達だけ落とせる思うわー」
準備を手伝う藤村凪(eb3310)が、のんびりと言う。
口調はのんびりだが、言ってる事は結構キツイような気もする。
「そろそろ来る頃やねー」
凪は手近な建物の影に隠れ、縄ひょうを手に待ち構える。
グランは路地の一角で、戦闘馬に乗ったまま待機していた。
「‥‥今日に限って他の道を通る‥‥なんて事は、ないですよ、ね?」
と、誰にともなく呟きながら。
「‥‥来たか?」
戦闘馬のフュンフに乗って街中を巡回するマナウスの耳が、例の騒音を捉えた。
「さーて、どこぞのたわけ者に冒険者が動く意味を骨の髄まで教え込んでやりましょーかね?」
何やら楽しげに言うと、彼は馬首を巡らし騒音発生源の後ろに回り込んだ。
「‥‥お、おい、何か‥‥追っかけて来るぞ!?」
最後尾のライダーが気配に気付いて振り返った瞬間、その体は宙に浮いていた。
「な、何だ‥‥ぐわッ!!」
「ぎゃッ!!」
二人、三人。
ライダー達はマナウスが振るう槍にあっけなく叩き落とされる。
マナウスはその体を容赦なく蹄にかけて行った。
「悪いな、だが文句は言えまい?」
まあ、死にはしないだろう。
月明かりに照らされ、邪悪な笑みを浮かべる彼の姿はまさに死に神。
ライダー達は騒ぎたてる事も忘れ、全力で逃げた‥‥行く手に広がる闇に向かって。
「うがッ!」
「ぎゃあッ!」
――ドサッ!
――げしっ!
「ぐおぉっ!」
――ヒヒーン!
――ぱっかーん!
「あちゃ〜、何やものすごい事になっとるみたいやなー」
罠を張った空間には、マナウスのパートナー、月精龍のダズィ・ラスがシャドゥフィールドの魔法をかけていた。
その中で果たして何が起こっているのか‥‥声はすれども姿は見えず。
やがて薄れゆく闇の中に、団子になった馬と人の姿が浮かび上がってきた。
ライダーの何人かが落馬し、地面に転がっている。
だが、大部分は未だに馬の背で頑張っていた。
「く、くそ、罠か!?」
「畜生、汚い真似しやがって!」
落馬した仲間を見捨てて逃げようとする連中に、フィーナが放つ魔法の刃が襲いかかる。
「はい、どんどん行きますよ」
空家の二階から飛んでくるそれは、次々と騎手をなぎ倒し、地面に叩き付ける。
乗り手を失った馬達は興奮して暴れ、逃げ惑った。
「ぎゃああああっ!」
果たして何人が踏まれ、蹴られただろう。
「人の安眠を邪魔するやつは、馬に蹴られてついでに踏まれてしまえばいいのです」
ふふふ‥‥と、怪しげな笑みを浮かべながら、フィーナは馬に当てないように気を付けつつ、しかし乗り手には容赦なく魔法を放ち続けた。
「あら、まだ逃げるおつもりですか?」
――ざしゅっ!
魔法は背中からも襲いかかる。
運良くその攻撃から逃れても、彼等の行く手にはグランの弓が待ち構えていた。
大怪我をさせないように、手綱を握る手や肩を狙う。
それでも振り切って逃げようとする者には、馬で追いかけて射落とした。
「あー、ちょっと待ちーや?」
凪が投げた縄ひょうは上手くライダーの胴に絡みついたが、彼女の力では勢いは止められない。
馬に引きずられそうになって、慌てて手を離した。
「後で返してなー?」
だが、そんな声が届いているのかいないのか、最後に残ったライダー達は必死で馬を走らせる。
しかし、前方には最後の、そして強固な砦が立ちはだかっていた。
「せーのっ!」
掛け声と共に、メグレズ・ファウンテン(eb5451)はライダーに向かって投網を打った。
――どかっ!!!
「‥‥おや?」
網は、上手く広がらなかったようだ‥‥馬と人が纏めて獲れると思ったのだが。
それでも網に付いた重りは充分凶器になる。
広がらなければ、余計に。
思わぬ攻撃にライダーが一人、馬から叩き落とされた。
「あと二人」
メグレズは錦のハリセンを振りかざす。
「ハリセン、天昇!」
――どっぱあぁぁん!!
ソードボンバーの衝撃波に驚き、仁王立ちになった馬から乗り手が振り落とされる。
最後の一人はすれ違いざまに放ったコアギュレイトで固まらせた。
「さて、その状態でどこまで走れるでしょうね?」
硬直した騎手を乗せたまま、馬は暫く走り続け‥‥立ち止まった時、その背には鞍だけが残されていた。
「これ、返して貰うな?」
落馬した男に絡まったままの縄ひょうを解くと、凪は可笑しそうにクスクスと笑った。
「あんな、悪い事っちゅーんは巡り巡って自分に帰って来るもんなんよー? これに懲りたら絶対にしたらあかんで? ええな?」
だが、彼等はまだ懲りていないようだ。
「貴様ら、こんな事してタダで済むと思ってんのか!? 無抵抗な者をいきなり罠にかけるなんて、卑怯だぞ!」
「でも、こうでもしないと止まってくれないでしょう? あなた達が迷惑をかけている事は事実ですしね」
ルーウィンが言うが、彼等は聞く耳を持たないようだ。
「なあ、住民の迷惑だから、むやみな騒音は止めてくれないか? 人家から離れたところで普通に走ればいいじゃないか?」
グランもとりあえず優しく説得を試みるが‥‥
「ここは公道だぞ! わかるか、公の道だ。誰でも自由に使える道なんだぞ? そこで何をしようが、俺達の勝手だろうが!?」
「人に恐怖を与える事、そして周囲を省みない事。それは立派な犯罪だ。公道なら犯罪を犯しても良いという事にはなるまい?」
マナウスが言い、槍を構えた。
「‥‥それに、何をしても勝手だと言うなら、今ここでお前らの首を刎ねるのも俺らの自由って訳だ?」
「何だと!?」
「ここは、公道だぜ?」
確かにそこは、公道のド真ん中。
「何をしても良いんだよな?」
「ふ‥‥ざけるなっ!」
まだ元気のある一団が、冒険者達に襲いかかってきた。
「あー、無駄な抵抗せんとき?」
警告しつつ、凪は木刀で思い切りぶっ叩く。
「どうやら、私と語り合いたい人がいるようですね?」
――ばきべきぼきっ!
拳を鳴らしながらゆらりと近付くメグレズの申し出に無謀にも応えた者達は、愛の鉄拳制裁にことごとく沈められた。
「もっと深く語り合いましょうか?」
――ぼきべきばきっ!
‥‥返事はなかった。
「苦しいですか? 安眠を妨害された人の気持ちが少しは分かりました?」
石畳の上でのたうち回る若者の傍らに座り込み、フィーナはリカバーポーションをちらつかせた。
「ここにポーションがありますけれど、欲しいですか?」
「‥‥‥‥っ!」
若者は手を伸ばそうとするが、もう少しで届く、という所でフィーナはそれをスッと引っ込める。
「しっかり反省したならあげますけど‥‥」
若者は無言でぶんぶんと首を縦に振る。
「もう二度と悪さはしませんね?」
ぶんぶん。
その傍らでは、凪が慣れた手つきで応急手当を施していた。
「若いから鬱憤溜まるのは判るわー。けどな、迷惑はあかんよ?」
「‥‥はい」
冒険者達‥‥とりわけ目の前のおっとりのんびりした優しげな女性にこっぴどくやられたのが堪えたらしい。
ライダー達は皆一様にシュンと下を向いている。
「さて、お仕置きはどうしようか‥‥」
と、グランが面白がるように言った。
「騒音と振動を身をもって味わってもらうために、荷馬車なんかが頻繁に通る橋の真下に括り付けて、ギブするまで放置‥‥というのは?」
ぶんぶんぶんぶんっ!
ライダー達の首が一斉に横に振られる。
「働いて償わせるのが良いのではないでしょうか? 迷惑をかけたのですから、奉仕活動という事で‥‥」
ルーウィンの提案に、凪が頷いた。
「そやな、今まで迷惑かけた分、奉仕活動でゴミ拾いとかしよか?」
確かに、馬が走った後にはゴミ‥‥もとい、大量の落とし物が出る。
その後始末も近隣住民の悩みのタネだった。
「ウチも手伝うから、な? しよ?」
「‥‥はい」
やけに素直になった。
「いやや、可愛いわーこの子達ー」
凪は可笑しそうにコロコロと笑った。