猫屋敷リフォームプロジェクト

■ショートシナリオ


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月08日〜03月13日

リプレイ公開日:2007年03月16日

●オープニング

「ねえボールス様、ラー君に任せといて大丈夫だったのかなあ?」
 依頼の後始末をどうにか終わらせ帰途に就くボールスに、肩に乗ったルルが話しかける。
 彼女にとってはボールス以外は「様」を付けるべき対象ではないらしく、ラーンスでさえ「君」呼ばわりだ‥‥しかも略してるし。
「あいつら、ちゃんと処分してくれたと思う?」
「さあ‥‥どうでしょうね」
 答えるボールスの口調は、望み薄、とでも言いたげだった。
 しかし、どちらにしてもあの場にラーンスがいた以上、部下達の処分は監督責任のある彼に任せるより他にない。
「でもさ、あんな連中を野放しにしといたラー君にだって責任あると思わない?」
「だからほら、これは戻って来たらきっちり送り付けますよ」
 そう言って、ボールスは賠償金の請求書をちらつかせた。
 金で片が付くとは思わないが、何もないよりはマシだろう。
「彼は多分‥‥騎士の中にも非道な行いをする者がいるという事が想像出来ないのでしょうね。私以上に純粋培養ですから、騎士は皆、絵に描いたように高潔で公正で、悪事とは無縁の存在だと‥‥そう考えていても不思議ではありませんよ」
 昔、自分がそう考えていたように。
 しかしボールスの場合は、人は身分や家柄で測れるものではない事を、国を追われた時に嫌というほど思い知らされていた。
「んー、まあ確かに妖精に育てられた、なんて噂もあるくらいだし、浮世離れしてるのも仕方ないかな〜とは思うけどー。でも、もうちょっと世の中のコト見えてても良いんじゃない? いいかげん良いトシなんだからさぁ」
 と、ルルは辛辣に言い放つ。
「でも、彼はそれで良いんだと思いますよ」
 ひとつの国に二人の王はいらない。
 いや、いてもらっては困る。
『う〜ん、そうかなぁ〜。あたしに言わせれば、アー君もダメダメだと思うけど〜』
 流石にその発言は拙いと思ったのか、ルルはテレパシーに切り替えた。
 同行した冒険者達は先に帰らせたので、誰かに聞かれる心配はないのだが、それでも念には念を。
『まあ、どっちもどっちって感じ?』
 アー君とは誰の事か、ここは敢えて突っ込まない方が懸命だろう。
 問題発言は聞き流すに限る。
『でもさあ、無事にお花を取り戻せたとして、ラー君ちゃんと戻って来るかな?』
『‥‥戻らなければ、今度こそ本当にぶん殴ってやりますよ』
 まあ、ほぼ確実に返り討ちに遭うだろうが。


 その後、諸々の報告を済ませ、各地に散った部下達を呼び戻して全員に休暇を命じ、溜まった雑務を片付け、その他様々な業務をこなして漸く自宅へ戻った彼が見たものは‥‥。
 いや、見なかったもの、と言った方が正しいか。
 それは寝室に飾ってあった、妻フェリシアの肖像画。
「申し訳ございませんっ!!」
 老執事が、ボールスが何事かを言うより早く深々と頭を下げる。
「この執事めの、一生の不覚っ! ほんの僅か油断した隙に、あの小悪魔どもがこの部屋に乱入致しましてっ! 事もあろうに奥方様の肖像に傷をっ!!!」
「‥‥ああ‥‥何だ、そんな事ですか」
 執事の切羽詰まった形相に、何事かと身構えたボールスは拍子抜けしたように微笑んだ。
「そんな事ですとっ!? 王子っ! そんな事とは何ですか、そんな事とはっ!?」
 大事な肖像画にカギザキが出来たというのに、その淡泊な反応は何事か。
「でも、修理すれば済む事でしょう?」
「ま、まあ‥‥確かに、今、修理には出しております。しかし‥‥っ!」
「子猫達も遊び盛りですからね。物が壊れるのは当たり前ですよ」
「しかしっ!」
 食い下がる執事を制してボールスは首を振った。
 壊されて困るような物なら、きちんとしまっておけば良い。
「でも、あの子達が思い切り遊べるような環境は、作ってあげた方が良いかもしれませんね」
 と、ボールスは執事に向かってニッコリと微笑んだ。
「爺、お小遣い下さい」
「まさか‥‥また、ですかな?」
 屋敷の改造を口実に、冒険者達を呼ぼうと言うのだ。
「ついでにロランも呼んで‥‥ああ、エルも連れて来て貰おうかな」
「‥‥王子」
 良いのか、そんなにユルんで。
「大丈夫ですよ、私もずっと家にいますし、往復はロランが付いていれば安心だし‥‥それに、彼にもたまには休んで貰わないと」
 まあ、奴は休みなど貰わなくても勝手に好き放題しているのだが。
「では、私はギルドに頼んで来ますね。ルルはロランに言伝をお願いします」


「‥‥えーと、では、室内の猫仕様リフォームと、子猫達の遊び相手‥‥後は何をしても自由、と。費用は実費請求で良いですか?」
「はい、請求して頂ければ執事が払いますので」
 受付係の問いに子供のような笑顔で答えるボールスの手には、早速いくつかの引っ掻き傷が出来ていた。
 よく見れば、鼻の頭にも赤い線が引かれている。
 回避には自信のある彼も子猫の素早さには敵わないようだ。
「後は‥‥ああ、そうだ、子猫達はまだ抵抗力が弱いので、外には出さないようにお願いします。風邪をひくと厄介ですからね」
「しかし、良いんですか?」
 受付係は何やら心配そうにボールスを見る。
「‥‥何が、でしょうか?」
「いや、その、円卓の方々は皆さんいつも忙しそうに見えますし‥‥それに、暇な時でも訓練とか鍛錬とか、敵の襲撃に備えて待機していたり、とか‥‥」
 まあ、多分それが一般的な円卓の騎士に対する見方なのだろう。
 そして恐らく、それが正解なのだ‥‥一般的には。
 しかし、何事にも例外は付き物。
「しっかり働く為にも、遊ぶ時間は必要ですよ」
 目の前の円卓の騎士は、呑気に笑っていた。
「それに、次の仕事が終わったら城に帰りますので、依頼を出すのも当面はこれが最後になるでしょうし」
 当分、キャメロットに戻る予定はない。
 城への顔出しは定期的に行われるが、それもほんの2〜3日滞在する程度。
 冒険者を呼んで本格的に遊べるような機会は、そうそうないだろう。
「向こうから依頼を出すのも手間ですし、流石にあまり遊んでばかりでも爺に叱られますからね」
 遊んでばかりいるという自覚はあるらしい。
「では、よろしくお願いします」
 ボールスは丁寧に頭を下げると冒険者ギルドを後にした。
 猫達の好物でも買って帰ろうか、などと考えながら‥‥。

●今回の参加者

 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3412 ディアナ・シャンティーネ(29歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb3450 デメトリオス・パライオロゴス(33歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 eb3671 シルヴィア・クロスロード(32歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb7208 陰守 森写歩朗(28歳・♂・レンジャー・人間・ジャパン)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb9943 ロッド・エルメロイ(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

陰守 清十郎(eb7708

●リプレイ本文

「ほら、ここである!」
 ボールスを誘って買い出しに出掛けたリデト・ユリースト(ea5913)は、甘い香りの漂う店先に飛んで行き、連れに手招きした。
「ここのお菓子はどれも絶品であるよ。今回はお客が多いから、おやつはたくさん必要であるな!」
 リデトは自分では持ちきれない程あれもこれもと買い求めるが、勿論荷物持ちは連れの仕事‥‥そして財布を提供するのも。
「甘いものは子供も喜ぶであるから、エルの分も買うである。それから‥‥子猫や犬猫の好きそうな食べ物も買うである!」
 リデトはボールスをあちこちのお勧めショップに連れ回すが、別段馬に蹴られたりする事もなかったようだ。
「‥‥ところで‥‥ボールス殿はバレンタインに彼女に何かあげたであるか?」
 彼女ってどういう意味だろう、などという疑問さえ持たずに、ボールスは素直に答えた。
「いや、あげてはいませんが‥‥頂いてしまいました。そのお返しをどうしようかと、考えている所なのですが‥‥」
「まだ用意してないであるか?」
「‥‥何が良いでしょうね?」
「私に訊かないで欲しいである」
 リデトもこの手の話は苦手らしい。
「でも、私なら美味しいお菓子なんかが良いと思うである。お勧めであるよ?」
「そうですね‥‥ちょっと、挑戦してみようかな」
 クッキー程度ならお抱えの料理人に習えば作れない事もないだろう‥‥と、思う。
 ただし、まともな物が出来るまでに大量の材料を無駄にするだろう予感はするが。
 ‥‥その時。
 ――ゴロンゴロン、ガラン、ゴン!
 通りの向こうから丸太が転がるような音が響いてきた。
 馬の背に積んだ木材が荷崩れを起こしたらしい。
「あれは‥‥彼女達であるな」
 リフォーム材料の買い出しに出掛けた一団だ。
「大丈夫ですか?」
 散乱した木材を拾い集めるリースフィア・エルスリード(eb2745)を手伝いながら、ボールスが声をかける。
「すみません、ちょっと積み過ぎたみたい‥‥あ、大丈夫です、自分で何とかしますから!」
 確かに軽々と重い木材を拾い上げる彼女に、助けは必要なさそうに見える。
 しかし、現場に居合わせた以上は手伝わない訳にもいかないだろう。
「いいえ、本当に大丈夫ですから! それに、馬に蹴られて死にたくはありませんし」
 まあ、確かに荷運び用の馬はこちらに尻を向けているが‥‥って、そういう意味じゃないから。
「すみません、少し買いすぎたでしょうか‥‥ご予算は大丈夫でしょうか?」
 心配そうにサクラ・フリューゲル(eb8317)が訊ねる。
 費用は後で執事に請求が行く事になっていた。
「でも、それだけ必要なのでしょう?」
 この人には多分、金の事は訊くだけ無駄。
「それで、何を作って頂けるのですか?」
「キャットタワーと、それからブランコをを作ろうと思いますの」
 クリステル・シャルダン(eb3862)が答える。
 意外にも彼女は木工技能を持っていた‥‥と言うか技能があるのは彼女ひとりだった。
「技能はありませんが力仕事なら任せて下さい」
 ただし、と、シルヴィア・クロスロード(eb3671)は心の中で付け加える。
 クリステルさんの手伝いは誰かさんにお任せしますけど。

 馬の背に木材を満載して家に帰り着いた一行を出迎えたのは、まるごとごーれむを着た本物ゴーレムのテツを従えた陰守森写歩朗(eb7208)だった。
「お帰りなさい。ボールス卿、またお世話になります」
 いや、お世話になるのはボールスの方だってば。
 森写歩朗は今回も家の中の細々とした事を手伝ってくれるようだ。
「それからこれ‥‥お土産です」
 と、ベルモットとどぶろくを差し出す。
「おっ、気配り上手だな、ニンジャの兄ちゃん!」
 いつの間にか現れたボールスの従者、城から呼び寄せられた大男のロランが森写歩朗の肩をバシバシと叩く。
「おい、後で一緒に飲もうぜ。どうもあのクソ真面目な野郎と一緒じゃ飲んだ気がしねえからな!」
 相変わらず言いたい放題だ。
「ボールス卿、こんにちは!」
 その後ろからデメトリオス・パライオロゴス(eb3450)が顔を出した。
 早速猫達と遊んでいたのだろう、後ろに隠したその手には特製猫じゃらしが握られている。
「ええと、再びお招き頂きありがとうございました。この度もよろしくお願いします」
 丁寧にお辞儀をし、真面目に挨拶するデメトリオスだったが、視線と心は背後からちょっかいを出す猫達に釘付け。
「いつも通りで構いませんよ」
 そんな様子にボールスは目を細める。
「それに、こちらは手も足りていそうですし‥‥」
 最後まで言い終わらないうちに、デメトリオスはクルリと踵を返した。
「じゃあ、おいらは猫達が仕事の邪魔をしないように相手してるね!」
 猫じゃらしを振りながら奥の部屋に走り去るデメトリオスの後を、色とりどりの猫達が追いかけて行った。
 その彼と入れ替わるようにおずおずと顔を出したのは、2頭のわんこを従えたエスナ・ウォルター(eb0752)。
「‥‥あ、あの‥‥ボールス様、初めまして」
 初対面の相手に緊張しているのか、頬を染めてカチカチに固まっている。
「えと、あの‥‥わ、私も工作とか得意じゃないので‥‥猫さん達の遊び相手をさせて頂きますね。あの、猫さん達は、犬‥‥大丈夫でしょうか?」
 勿論、問題はない。
 何しろ子猫が犬(しかもオス)に育てられるような環境なのだから。

「ラティ、カカオもおいで」
 猫達に囲まれ、少し緊張の解けたエスナは2頭の愛犬を足元に座らせ言い聞かせる。
「近頃あんまり遊ばせてあげてないもんね。思いっきり遊んで良いけど‥‥喧嘩しちゃ、だめだよ?」
 お利口なラティはふさふさな尻尾をぶんっと振ると、仲間達と一緒に追いかけっこを始めた。
 一方マイペースなカカオは、近寄ってきた謎の小さな物体‥‥子猫に興味津々。
 ふんふんと鼻先で匂いを嗅いで‥‥ぺしっ!
「カカオ、だめ!」
 エスナが止めようとするが、時既に遅し‥‥カカオは子猫の頭を前足で叩いていた。
 先日の仕事で披露して以来、その前足ツッコミが癖になってしまったらしい。
 力は入れないので痛くはないだろうが、いきなりやられた方はビックリだ。
「みゃっ!」
 細い爪で鼻先を引っ掻かれた。
 だが、カカオは気にしない‥‥楽しそうにぺしぺしやっている。
 やがて子猫もそれが遊びだと気付いたのか、負けじと小さな前足を振りかざす。
 ――ぺしぺし、ぱしっ!
 ――ぺんぺん!
「‥‥楽しい? ふたりとも‥‥」

「さて、猫屋敷化とは言っても円卓の騎士の館ですから、完全に猫仕様というわけにもいかないでしょうね」
 本人はそれでも良いかもしれないが、職業柄この家には来客も多いだろう。
 犬猫屋敷である事は今更隠し様もないが、それなりに体裁を保てるような部屋のデザインを、と、リースフィアは考える。
「猫は登るのが案外好きであるから、丸太に昇る足場をつけたモノとか作るのはどうであるか? キャットタワーを作るなら網とかつけるのも良いかもである。それに勿論、爪砥ぎ板は必要であるな」
 猫達の相手は、気が優しくて暢気な愛犬おにぎりに任せたリデトが思いつく端からからアイデアを並べる。
 ただ、そのアイデアを現実のものにする技術は持ち合わせていないようだが。
「小物になりますが、私はボールを作ろうと思います」
 ロッド・エルメロイ(eb9943)が言った。
「中に重りを入れて、重心をずらせば面白い動きになりますので、猫達も喜ぶのではないかと‥‥後はやはり爪研ぎ板でしょうか」
「私もそれを作ろうと思って‥‥実はほら」
 と、森写歩朗が設計図を見せた。
 そこには水平の物から、垂直、斜めに角度の付いた物など、様々な爪研ぎを組み合わせたアスレチックのような物が描かれていた。
「技術がないので、この通りに出来るかどうかはわかりませんけど‥‥でも、これがあれば肖像画に傷を付けられる事も少なくなるのではないかと‥‥」
「修理の効かない品もあるでしょうし、大切な品のある部屋の入り口に子猫達が入れ無いように柵を付けるのはどうでしょうか?」
 クリスが言うが、どうやらこの家にはあまり大事な物は置かれていないらしい。
「体裁を保つという事なら、客間の入口に付けて頂いた方が良いかもしれませんね。そこだけ、犬猫は立入禁止にしますから」
 現状、彼等はどこでも出入り自由、当然客間のソファも毛だらけで毎日の掃除が大変だった。
「それなら、お前の部屋にも付けた方が良いんじゃねえか?」
 神出鬼没のツッコミ大王、ロランがのっそりと顔を出す。
「猫が書類の上からどかないだの、遊んでくれとうるさくて仕事にならないだの、何かに付けちゃ〜猫のせいにして仕事をサボりやがるからな、こいつは」
 だが、仕事の合間に猫の寝顔を眺めたり、頼まれもしないのに撫でくり回した挙げ句に引っ掻かれたりするのは、猫好きにとっては何物にも代え難い至福の時なのだ‥‥例えそれで仕事が捗らず、睡眠時間が削られる事になろうとも。
 かくして、制作物の大枠が決まり、後は実際の制作。
「あの、どなたか手伝っていただけますでしょうか? 工作技能はあるのですけれど、力に自信が無いものですから‥‥」
 クリスの言葉に、周囲の殆どの視線が一点に集中した。
 視線を浴びた円卓の騎士は頭をかきながら前に出る。
「‥‥まあ、動かないように押さえる位なら手伝えますが‥‥余り役には立ちませんよ?」
 良いんです、それで。この場合は、多分きっと。
 まあ、実際二人では少々無理があるので、サクラにも手伝って貰ったのだが。

 次の日も、冒険者達は各自の担当に別れて仕事に励んでいた。
「ロラン殿も此方に来られているとは驚きました。休暇ですか?」
 庭でのブランコ作りの手伝いを買って出たロランに、手を動かしながらシルヴィアが語りかける。
「ふん、休暇‥‥ね」
 ロランは唇の端を歪める。
「あいつがタダで休暇なんぞくれると思うか?」
「違うのですか? そう言えば‥‥ルルさんの姿も見えませんね」
「あいつはシフ使いも荒いからな」
 ルルは何か仕事を与えられて、どこかへ出掛けているらしい。
「もっとも、あれは仕事が楽しくて仕方ねえらしいが‥‥ほれ、出来たぞ」
 木の枝に結び付けたロープを2、3度引っ張ってみる。
「乗ってみな。あんたが乗って落ちなきゃ、熊が乗っても大丈夫だ」
 ――ばこーん!
 シルヴィアは、ブランコを目一杯引くと、それを相手の顔面目掛けて思い切りブン投げた‥‥。

「そろそろお茶にしませんか?」
 ディアナ・シャンティーネ(eb3412)が仲間達に声をかけ、食堂でお茶の準備をしていたその時。
「‥‥ロランさん、その顔は‥‥?」
 食堂に入って来たロランの顔面には四角い形の真っ赤な痣が出来ていた。
 何があったかは何となくわかる気がするが、とりあえず怪我人を放ってはおけないだろう。
 ディアナはリカバーを唱えた。
「お、気が利くな。ありがとよ」
「いいえ、聖母様に仕える者として当然の事をしたまでです」
「ふ〜ん、聖母様ねえ‥‥」
 ロランはそういう事には余り熱心ではないらしい。
「しかし不公平だよなあ、何でこう、あいつの周りにはキレイドコロばっかり集まって来やがんだ?」
「私は別に、卿が目当てで来ている訳ではありませんが」
 ディアナが微笑みながら、だが明らかに迷惑そうに言う。
「あの、誤解のないように申し上げておきますが‥‥卿のことは初めから眼中にありませんから。いい人ですけど、そこまでです」
「‥‥ふん、いいひと、ね」
 ロランは鼻で笑った。
「ええ、まだロランさんの方が見所ありますけど、その気は無いですから安心して下さいね」
「安心しろ、俺もあんたは趣味じゃねえ。目下の所、銀色の子狐ちゃんに夢中だからな」
 冗談なのか、本気なのか‥‥?
 そして、お茶の準備の続きに取りかかろうと背を向けた相手に聞こえないように、小声で呟いた。
「ただの良い人に、円卓の騎士は務まらねえぜ。ま、どうでもいいけどよ」

 そのお茶の席で、ロッドが薄い木の板を何枚か並べて、こんな提案をした。
「絵合わせカードを作ろうと思うのですが、どなたか絵を描いて頂けないでしょうか?」
 子供‥‥エルディンを遊ばせる為にトランプを買って来ようかと考えていたロッドだったが、かなり高価な物だし、大抵の貴族は既に持っていた‥‥勿論、ボールスも。
 それに、3歳の子供には普通のトランプは難しすぎるだろう。
 そこで考えたのが、この絵合わせカードだった。
「絵や記号の描かれたカードを2枚ずつ作って、同じ絵柄を揃えたり‥‥そうだ、文字と絵を組み合わせて、字を覚える教材にしても良いかもしれません」
「それなら‥‥絵はディアナさんが得意でしたよね?」
 ボールスに言われ、ディアナが頷く。
 聖夜祭に贈られた彼女の絵は、ちゃんと居間の壁に飾られていた。
「でも、皆で描いた方が楽しくありませんか?」
「それもそうであるな。へたくそでも良いである」
「えうもかくー!」
 相変わらずクリスにべったりのエルが張り切って手を上げた。
 彼の描く絵は、犬も猫もとーさまも、皆同じようにしか見えないのだが。

「よし、これで大丈夫かな‥‥」
 森写歩朗は木枠にロープをしっかりと巻き付けた爪研ぎを所定の位置に填め込む。
 釘を一本も使わず、寄せ木細工のようにして作ったそれは、素人が作ったにしては上出来だった。
「後はここにマタタビをこすり付ければ‥‥」
 匂いを嗅ぎつけて、猫達があっという間に集まってきた。
 猫達はマタタビの匂いが付いた爪研ぎに頭をこすりつけ、体をくねらせる。
 ちっとも爪は研いでくれないが‥‥まあ、そのうち使ってくれるだろう。
 一方のロッド考案重り入りボールもなかなか好評だったが‥‥こちらは時々人間が転がしてやらないと、すぐに飽きて見向きもしなくなってしまうのが難点かもしれない。
 手の空いたロッドは庭の草や木の枝などを総動員してまた別のオモチャを作り、猫の生態を観察しながら遊びつつ、改良を加えて行く。
「あの、ちょっと教えて貰っても良いでしょうか?」
 猫とは遊び慣れないのか、今ひとつ受けが悪いサクラに遊び方を教えつつ、ロッドも充分に楽しんでいるようだ。
「ほーら、とってこーい!」
 シルヴィアの投げたボールを子猫‥‥だけではなく、大人の猫も必死に追いかける。
 だが、大人は追いかけてちょっと転がし、そのままボールを置き去りにしてしまうが、子猫の何匹かはそれをくわえて持ってきた。
 そして、差し出した手の上に唾液まみれのボールを落とす。
「犬っぽいという事でしたけど‥‥本当ですわね」
 クリスが鈴入りのボールを投げると、そこにも猫が群がった。

 その日は春の陽射しが降り注ぐ、とても穏やかな一日だった。
 外の日溜まりにいると、ついウトウトと居眠りをしたくなるような‥‥という訳で、この家の主人も葉を落とした木にもたれかかって熟睡していた。
「とーさま、ねてうよ?」
「そうね‥‥起こさないで、そっとしておいてあげましょう?」
 自分がいるとエルを独り占めしてしまうようで申し訳ない‥‥そう思ったクリスはエルを連れてボールスの元を訪れたのだが。
 そう言えば、この休暇中はのんびりすると言いながら、彼の部屋には毎晩遅くまで明かりがついているようだ‥‥大抵は夜中にエルを起こしてトイレに連れて行く、その頃まで。
 ボールスだけではなく、従者のロランも昼間眠そうにしている事から、二人で何か大切な話し合いでもしているのだろうと想像がつく。
 その話の中身も、何となくわかるような気もするが‥‥。
「‥‥エル?」
 先程までブランコで夢中になって遊んでいたエルは、疲れたのだろう、いつの間にか小さな寝息をたてていた。
 その様子を少し離れて、犬達にブラシをかけながら眺めていたエスナは、少し羨ましそうに目を細めた。
 機会があればエルに子守唄を歌ってあげられれば、とは思うが、あの様子では自分が入る余地などなさそうに見える。
「ずっと先、私がお母さんになった時の為に、ちょっと予行演習してみたかったんだけど‥‥ね?」
 そう言って、エスナはブラッシングの終わった犬の頭を撫でた。
「ねえ、あなたのご主人様って、私の幼馴染にちょっと似てるかも。動物や子供達に優しくて、ほんわかしてて‥‥きっと彼も、ボールス様みたいな優しいパパになるんだろうな」
「わふ?」
 何やら妄想モードに突入してひとり赤面するエスナに、わんこが首を傾げた。

 その夕刻、修理に出していた例の猫被害に遭った肖像画が戻って来た。
「あの‥‥もしご迷惑でなければ、フェリシア様の絵を見せていただけませんでしょうか?」
 クリスの申し出に、ボールスは躊躇した。
「でも‥‥良いんですか? フェリスは、その‥‥」
「お会いしてみたいんです‥‥ボールス様の愛された方に」
 そう言われれば、特に断る理由も見当たらない。
 ボールスは肖像画が飾ってある自分の部屋に案内した‥‥勿論、ドアは開け放したままで。
 フェリスは絵の中で時間を止められたまま、以前と変わらぬ微笑みをたたえていた。
「目元がエルとよく似ていますわ‥‥」
 その言葉に、ボールスはクリスを覗き込む。
 どんな表情でこの絵を見ているのか‥‥
「真っ直ぐで澄んだ瞳 きっとお優しい方だったのでしょうね」
 クリスは柔らかな眼差しで絵を見つめていた。
 その表情に、ボールスは何故かほっと溜め息をついた。
「見た目は天使のようでしたが、中身は‥‥まるで戦女神でしたよ」
 ボールスは苦笑しながら言った。
「何しろ初めて会った時に勝負を挑まれて‥‥」
 負けたのが悔しいと付きまとってきた、それが始まりだったらしい。
「ですから、まさか出産時のトラブルで亡くなるとは、夢にも思いませんでした。絶対に自分より長生きすると‥‥」
 暫く黙って肖像画を見つめた後、ボールスは言った。
「‥‥今度、墓参りにでも行きましょうか」
 それは傍らの女性に言ったものか、それとも独り言だったのか‥‥。

 そして猫屋敷の体裁も殆ど整い、家の至る所に爪研ぎやらタワーやらアスレチックやら、天然の木登り用鉢植えなどが揃った最終日。
「あぁ? ヤだよめんどくせー」
 シルヴィアに決闘‥‥いやだから違う、勝負を申し込まれたロランは緊張感のない大欠伸をした。
「俺は眠い‥‥ってーっ!」
 ――ばこんっ!
 いきなり、槍の柄で頭を叩かれた。
「ロラン殿、敵は自分が寝不足だろうと空腹だろうと、容赦なく襲って来るものでしょう?」
「‥‥良い度胸だ、お嬢ちゃん」
 ロランは後頭部をさすりながら、自分の得物を取り出した。
「手加減はしねえぞ?」
「望む所です。それから、お嬢さん扱いは止めてください。私は騎士として貴方に挑んでいます」
 シルヴィアの真剣な眼差しを正面から受け止めて尚、ロランは軽口をやめない。
「そういうセリフは俺に勝ってから言う事だな、子狐ちゃん!」
 言うが早いか、ロランはその巨体からは想像も付かない速さで槍を繰り出して来た。
 シルヴィアはそれを何とか受け止めるが、一撃がとてつもなく重い。
 受けるのが精一杯で、とても反撃の余裕など‥‥だが、一瞬、攻撃の隙が出来る。
 行ける。
 攻撃に転じようとしたその瞬間、クルリと回転させた槍の石突きが、シルヴィアの腹に吸い込まれた。
「‥‥‥‥ッ!!」
「また来な、お嬢ちゃん。いつでも相手になってやるぜ‥‥ただし、空腹でも寝不足でもない時にな」

 一方、その傍らではリースフィアがボールスに挑んでいた。
「自分より強い敵とどう戦うかを模索する機会とさせて頂きます」
 想定は対上級デビルらしい。
「私の戦い方は何の参考にもならないと思いますが‥‥」
 確かに避けてばかりの相手では訓練にならないような気もする。
 そしてボールスはいつも通り、相手の攻撃をひたすら避けていた。
 剣の先が届きそうで届かない、絶妙な間合いを保って動き回る。
「何しろ一撃でも当てられたら終わるような相手が練習台でしたからね」
 嫌でも回避が上手くなる。
 と言うか、避けないと死ぬ。
 そしてボールスは激しく動き回っている様に見えるが、全く息が上がった様子もない。
 寧ろ攻撃側のリースフィアのほうが先にバテそうだった。
 このままでは埒があかない。
 リースフィアは教本どおりの剣捌きから、ゲリラ戦法に切り替えた。
 即ち、体当たり、足蹴り、盾投げ、目潰し‥‥
 だが、相手は寧ろそういった荒っぽい戦い方に慣れている様子だった。
「どこでそんな戦い方を‥‥!?」
「まあ、色々ありましたからね」
 そして相手の付きをかわした瞬間、ボールスはリースフィアの背後に回っていた。
 首筋に当てられた冷たい感触は、左手に持ったダガーだろう。
 付きの瞬間、体を反転させた所までは見えていたのだが。
 一部始終を見ていた筈のサクラに訊いても、そこから先は見えなかったと言う。
「‥‥何をやったんですか?」
 その問いに、ボールスは涼しい顔で微笑んだ。
「騎士の正装をした時は、こんな戦法は取れませんけどね」
 重装備の時はまた、別の戦い方があるようだ。
「‥‥そう簡単に、手の内を明かしては貰えませんか‥‥」

 大人達がチャンバラに興じている間、エルは中庭で動物達と平和に戯れていた。
 中でもシルヴィアが連れてきたキツネ、クィンがお気に入りらしい。
 そこへ、デメトリオスがやって来た。
「エル君、最後にとっておきの場所に連れてってあげようか?」
「とっておき?」
「うん」
 デメトリオスはエルを後ろから抱き抱えると、ふわりと宙に舞った。
「うわあ!」
「怖くない?」
「うん、こあくないー!」
 グレムリンに浚われてボール代わりに空中で投げられてもキャッキャとはしゃいでいたような剛毅な子だ。
 地上2〜3メートルなど「高い」部類には入らないらしい。
「よし、じゃあもっと高く‥‥行くよ!」
 デメトリオスは更に高度を上げた。
 エルは相変わらず喜んでいるが、驚いたのは地上から見上げるクリスと‥‥戦いを終えて様子を見に来たボールスだ。
 勿論、デメトリオスは安全には万全の注意を払っているし、何があっても落とすような事はしない。
 そこはボールスも、経験を積んだ冒険者として信頼している。
 だが、やっぱり‥‥
「シルヴィアさん、シルフェさんを借ります!」
 ボールスはグリフォンに何事かを問うと(多分、乗っても良いかと訊いていたのだろう)その背に飛び乗り、空中へ飛び立つ。
 しかし、心配して慌てふためく父親をよそに、エルは上機嫌で笑っていた‥‥。