最後のセレナーデ

■ショートシナリオ&プロモート


担当:STANZA

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月05日〜01月10日

リプレイ公開日:2006年01月16日

●オープニング

 ―――指が‥‥指をなくしてしまった‥‥
 ―――もう、弾けない‥‥リュートを‥‥あの曲を‥‥―――

「お願いします、彼を助けて下さい」
 少女はそう言って目を伏せた。
 長い髪を後ろできっちりと束ね、服は全身黒ずくめ。若いのに、まるで未亡人のようだ。
「彼、というのは例の‥‥?」
 受付係の問いに、少女は無言で頷いた。
 近頃この近辺で噂になっている、リュートを弾く幽霊。町外れの墓地に夜な夜な現れ、誰も聞いた事のない美しい曲を奏でると言う。ただ、その曲は最後まで演奏された事はないらしい。いつも途中で途切れ、そして彼はつぶやき、消える。『もう弾けない』と‥‥。
「彼は最後に言っていました。この仕事から帰ったら私に贈り物がある、と。多分それが‥‥その曲が、そうなんでしょう。でも、もう二度と‥‥」
 下を向いたまま、少女は声をつまらせた。
「その方は音楽家だったのですか?」
 少女の頭が横に振れる。
「夢でした。彼の家は猟師で‥‥その日も家族の手伝いで山に入ったんです。そこで‥‥モンスターに襲われて‥‥」
 無言で家に戻った彼の左腕はボロ布のように切り裂かれ、そして、指が何本かなくなっていた。
「きっと、心残りなんだと思います。それに、私も聞きたい‥‥彼が私のために作ってくれた曲を、最後まで‥‥」
「でも、彼には指がない‥‥か」
 受付係は溜め息をひとつ漏らして腕を組んだ。
 生きている人間なら、指をなくして楽器が弾けないというのはわかる。だが相手は幽霊だ。そもそも肉体がないのだから、そのあたりは臨機応変に対応してくれれば良いものを。
「‥‥では‥‥ご依頼は、その、なくした指を探してほしいと‥‥?」
 少女は首を振った。
「もう、何度も探しました。食べられてしまったのかもしれないと思って、あたり一帯のモンスターを根こそぎ退治して、片っ端からお腹を裂いて調べてもらいましたけど、何も見つかりませんでした」
 可愛い顔をして、すごい事をサラリと言ってのける。
「では、どうすれば‥‥?」
 楽譜でも遺されていれば、誰かが代わりに弾く事も出来ただろう。だが、彼には羊皮紙を買う金も、楽譜の知識もなかった。全ては彼と共に土の下‥‥。
 受付係は助けを求めるように、遠巻きに見守る冒険者達に視線を投げた。

●今回の参加者

 ea1350 オフィーリア・ベアトリクス(28歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea4439 ラフィー・ミティック(23歳・♀・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea6999 アルンチムグ・トゥムルバータル(24歳・♀・ナイト・ドワーフ・モンゴル王国)
 ea7869 シノ・クレスフェルト(24歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb2092 シスフィーナ・フォン・リオネル(19歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3653 ケミカ・アクティオ(35歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

 月明かりの下、その夜も墓場の奥からはリュートの調べが静かに流れていた。
 いつもと同じ曲。そして、いつもと同じところで、曲はぷっつりと途切れる。
 ―――だめだ‥‥この先は、もう弾けない‥‥―――
 まだ真新しい墓に寄り添うように立っていた人影が薄れ、闇に飲まれようとしたその時。
「僕が体を貸しましょうか?」
 墓の前には、先程からずっと演奏を聴いていたらしい冒険者の一団が佇んでいた。
 ―――あなた達は‥‥?―――
 体を持たない青年の、耳に聞こえると言うよりも頭に直接響いてくるような不思議な声に、シノ・クレスフェルト(ea7869)が答える。
「あなたの無念を晴らす為のお手伝いが出来ればと思って‥‥」
 ―――ああ‥‥リリーナが‥‥頼んでくれたんですね‥‥―――
「そう、貴方の恋人はね、貴方がいつまでもそーしてるから、ずうっと黒一色の服で哀しみに沈んでるわけよ」
 ケミカ・アクティオ(eb3653)が、半分透けたような頼りなげな青年の姿を物珍しげに眺めながら言う。
 ―――わかっています‥‥でも、どうしてもこれだけは、この曲だけは‥‥彼女に聞かせたい‥‥。だけど‥‥―――
「うん、辛いだろうね。ボクも吟遊詩人だから、その辛さはよくわかるよ。だからせめて、最後まで弾かせてあげられればって思ったんだ」
 ラフィー・ミティック(ea4439)が、青年の欠けた指先を痛々しそうに見つめる。
「僕たちが楽譜を起こして、それを代わりに演奏する事も考えましたが‥‥やはり自分の手で演奏したいでしょう? だから、僕の体を使って下さい」
 シノの申し出に、青年は嬉しいような、困ったような顔で答えた。
 ―――ありがとう‥‥でも、僕には無理です―――
「なんで無理やのん?」
 腕組みをしながらアルンチムグ・トゥムルバータル(ea6999)が不思議そうに問う。
「ゴーストなんてもんは、相手に取り憑いて思い通りに動かせるんちゃうん?」
「わたくしも、そういうものだと思っていましたが‥‥?」
 以前遭遇した例を思い出したのか、少し怯えたようにオフィーリア・ベアトリクス(ea1350)が呟いた。
 ―――確かに、力の強いゴーストならそんな事も出来るかもしれません‥‥でも、僕はただの幽霊ですから‥‥せいぜい、耳元で囁く程度の事しか‥‥―――
「じゃあ、シノさんに取り憑いても自分で演奏した気分にはなれないって事?」
 ラフィーが残念そうに言う。
「どうにかして譜面に起こして、僕達で演奏するしかなさそうですね。あなたがそれで満足なら、ですけど‥‥」
 ―――ありがとう、それで充分です。僕はただ、彼女にこの曲を捧げる事が出来たら‥‥それさえ出来れば満足です。ただ‥‥―――
 青年は少し言い淀んだ。
 ―――演奏には僕のリュートを使ってほしいんです。彼女と2人で作った、あの手作りのリュートを。でも、父さんが‥‥返してくれなくて‥‥―――
「それって、コレの事かな〜?」
 ケミカが少し悪戯っぽく笑いながら言う。彼女が指さした先、アルンチムグの腕には、少しいびつな使い古したリュートが大事そうに抱えられていた。

 数時間前。その日の午後、アルンチムグはケミカと連れだって、依頼人の少女の元を訪ねていた。
「はじめまして、あたしはシフールの魔術師、ケミカ・アクティオ。お嬢さん、お名前を伺ってよろしいかしら? 彼のお名前もね」
「リリーナです。彼はサイラス。それで‥‥どうでしょうか、何か良い方法は見つかりましたか?」
「それをこれから探しに行くところやねんけどな」
 アルンチムグがリリーナの可愛らしい顔をまじまじと見つめながら言った。彼女がモンスターの腹をかっさばいて引っかき回す様子など想像も出来ないが‥‥これが愛の力というやつか。
「彼氏はんの家を教えてくれはる? 思いつく手掛かりを片っ端から当たってみるで。遺品とか何とか、色々あるやろ?」
「彼の使っていたリュートが‥‥私、お墓に入れてあげたかったんです。でも彼のお父さんが‥‥」

「リュートだと? あのクソいまいましいボロ楽器か!」
 リリーナに教えられた家から出てきたのは、いかにも山男といった風貌の、美や芸術とは全く縁がなさそうな初老の男だった。
「あいつはあの日、狩りに行くってのに‥‥そんな時にまであのボロ楽器を背中に‥‥大事そうに背負い込みやがって‥‥」
 男は部屋の奥から古びたリュートを取り出して見せた。
「見ろ、あいつはあんな事になったってのに、背中のこれは傷ひとつ付いてねえ。あのバカヤロウは、こんなもんの身代わりになったんだ。‥‥何度、叩き壊そうと思ったか‥‥!」
 声をつまらせ、肩を震わせる男を、2人は黙って見守る。やがて男がつぶやくように、力なく言った。
「わかってるよ。俺のせいだ。俺は‥‥息子の事を何もわかってなかった。どう見たって、あいつには槍や弓よりコイツの方が似合ってた‥‥。でもな、それでも俺はあいつに後を継がせたかったんだ。一人息子のあいつに‥‥」
 男は2人の顔を見ずにリュートを差し出した。
「持ってけ」

 翌日、宿屋の一室では例の曲の譜面起こしが行われていた。シノに取り憑いた幽霊‥‥サイラスが指示を出し、シノが自分の竪琴で弾く。それをオフィーリアが羊皮紙に引かれた五線譜の上に写し取っていく。
 ―――この紙は、いつかちゃんと音楽を勉強して楽譜が書けるようになったら使おうと思って、少しずつ買いためていたものです。父さん、これも捨てないでおいてくれたんだ‥‥―――
 傍らではラフィーが皆で演奏する時の為に、アレンジを考えていた。アルンチムグがリュートの手入れをし、そんな彼等を手持ち無沙汰なケミカが見守る。
「ねえねえ、お姉さんのおうちで演奏会出来ないかな?」
「あたしとしては、星明りの下でゴーストを交えての音楽会ね。こんな題材めったに無いわ」
「この寒空に外で? うちらはいいけど、お嬢はんには辛いんちゃう?」
「おうちがだめなら小さい酒場とかさ。演奏会だから、黒い服じゃない服に着替えて、おめかししてもらって♪ ボクの水晶のペンダントあげるからさ、きっと似合うよ〜、ね、詩人さん?」
 サイラスがシノの顔で微笑む。
 ―――ありがとう、僕も彼女がいつまでも悲しんでいるのが辛くて‥‥―――
「誰のせいよ?」
 ケミカが軽い調子でツッコミを入れる。小さな部屋に笑い声が溢れた。

 譜面起こしは着々と進み、とうとう演奏会の夜が来た。サイラスにとっては、これが多分最後の夜。
 演奏会はサイラスが生前に計画していたように、彼女の家の庭で行われる事になった。セレナーデは本来、女性の部屋の窓の下で奏でられるものだ。
 灯りのついた窓辺に、若草色のドレスに身を包んだリリーナが姿を現した。胸元にラフィーから贈られた水晶のペンダントが光る。
 そして、リュートの音が静かに響き始めた。いつも墓場で流れていた、あの曲‥‥ただし、今夜は豪華に伴奏付きだった。心得のある3人が、思い思いの楽器を手に演奏に加わる。
 リリーナは目を閉じて、その演奏に聴き入った。もう少し、もう少しで、いつものあの箇所‥‥。
 曲は、途切れる事なく続いた。
 吟遊詩人の服装に身を包んだシノの指が、流れるように弦の上を走る。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。
 そして、月の光に照らされたその姿が少し薄れたかと思うと、ぼやけた輪郭から淡い光が溢れ‥‥。
「サイラス‥‥?」
 今、月の光を浴びてリュートを奏でているのはサイラスだった。演奏会の様子をスケッチしていたケミカの手が止まり、他の3人も、伴奏を忘れてその姿に見入る。
 サイラスは楽しそうに、そして、ほんの少し悲しそうにリュートを奏でる。そして、最後の弦の響きが夜の星々に吸い込まれていった時‥‥。
「リリーナ」
 声も、サイラスのものになっていた。
「‥‥サイラス‥‥!」
 思わず窓から飛び降りた彼女の体を、お世辞にも頑丈とは言い難い腕がしっかりと抱きとめる。
「リリーナ、ごめんね。君を悲しませて‥‥君を悲しみの中に置き去りにして‥‥。でも、もう大丈夫だね。僕も、これで旅立てるから‥‥」
 サイラスは少し体を離すと、恋人の姿を目に焼き付けるように見つめた。
「よく似合うよ。言っただろ、君には若草色が似合うって‥‥」
 そう良いながら、サイラスの姿は次第に色を失い、輪郭が月の光に解け始める。
「待って、サイラス! 行かないで!」
 薄れゆく彼の姿は、必死で抱き止めようとするリリーナの腕をすり抜け、輝きながら天に昇って行く。
 ―――もう、大丈夫だから‥‥ありがとう、リリーナ‥‥―――

 数日後、シノは自室であの夜の事を思い返していた。傍らに座るオフィーリアの手には、あの時の楽譜があった。
 彼等はそれを、自分たちの曲としては使わないつもりだったが。しかし。
「私は演奏が聴けただけでもう充分です。あの夜の演奏は私だけのもの‥‥。でも、彼が生きた証のこの曲は、もっと多くの人に聴いてもらいたい。多くの人に彼の事を覚えていてもらいたいんです」
 そう言って、リリーナは彼等に楽譜を託したのだ。曲のタイトルはもちろん『リリーナ』だった。
「オフィー‥‥これからは彼の分も僕達二人で詠いながら歩いていかないとね‥‥二人一緒に手を取りあって‥‥」

 墓場の奥、真新しい墓からは、もう悲しい声は聞こえない。だが、花束が絶える事のないその墓からは、時折、楽しげな楽の音が聞こえると言う。愛用のリュートと、溢れる笑顔で見つめる恋人の小さな絵と共に眠る、彼が弾いているのだろうか‥‥。