【ラーンス説得】手袋を投げに?
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:10 G 95 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月02日〜05月12日
リプレイ公開日:2007年05月10日
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●オープニング
大規模なデビルによる騒動もなく、イギリスには少なからず戦の時よりも平穏な時が刻まれていた。
アーサー王は救出されたグィネヴィアの元へ頻繁に足を運び、日々精神的にも安定して来た王妃に安堵の色を浮かべる余裕も出て来たようだ。
先のマレアガンス城攻略戦の後に姿を晒した凶悪なデビル。冒険者の情報や円卓の騎士による検証が日々王宮で行われたが、推測の域を越えた確証を得るには至っていない。
――そんな中、アーサー王は三人の騎士を呼んだ。
円卓の騎士であるボールス・ド・ガニスとパーシ・ヴァル、そして王宮騎士の一人であるヒューイット・エヴィン。
「おまえ達に私の願いを委ねたいと思う。決意に変わりないか?」
「‥‥はい」
ボールスはいつものように静かに答えた。
「彼を連れ戻し、円卓を回復させる事は、一族である私の責務であると心得ております」
「元より王の決定に異議はありません。俺の望みは王と王国の民全てへの最善です」
そう言ったパーシの言葉には僅かの躊躇いも無かった。
「選ばれた事、光栄であります!」
と、背筋を正した姿勢でヒューイット。
アーサーの願いとは、ラーンス卿を王宮に連れ戻す説得であった。
本来は自分が説得に赴きたかったのだが、三人の騎士は是非にと進言して来たのである。
デビルの去り際に放った言葉の意味が判明しない以上、王自ら王国を離れる事を危惧する理由もあった。そして何より、それぞれのラーンスへ対する想いも強い。
「必ずやラーンス卿を説得したく存じます」
アーサーは三人の決意に力強く頷き、口を開く。
「よいか、私がラーンスに王国へ戻って欲しいと願っている事を伝えてくれ。今回の件はデビルの策謀と、グィネヴィアが無事に戻って来た事から、罪には問わない。‥‥私も怒りで冷静な判断を欠いてしまったかもしれぬからな。ヒューイットには経験を積んで貰う為にも、今回の遠征を許そう」
「王の期待に応えられるよう、精一杯努力する所存です」
「‥‥陛下、ひとつよろしいでしょうか」
ボールスは訊ねた。
「アグラヴェイン卿を傷付けた事に関しては、どのようにされるおつもりでしょうか?」
理由はどうあれ、円卓の騎士が同胞に剣を向け、重症を負わせたのだ‥‥恐らく、ただでは済むまい。
アーサーは顎に手を運び、暫し沈黙した。
「‥‥うむ、騎士道に反した件は不問とはいかぬな。アグラヴェインが決闘を求めるなら、ラーンスに拒否する資格はないだろう」
「王よ。一つ、確認させて頂きたい。ラーンス卿自身の復帰はともかく、暴走して悪事を為したラーンス派の騎士の件は? 彼らを不問にすることは大きな遺恨を残しましょう」
続いてパーシが口を開いた。
物資確保の件および森の捜索時に命令を無視し、悪事を働いた騎士が幾人か確認されたのである。
そう、ラーンスに処分を任せたあの者達も。
ボールスは、もし彼が何もしていないのであれば、自分が代わりに処分するつもりだった。
任せる事を決めた自分の判断に誤りがあったなら、その責任は取らなければならない。
「騎士達の件はラーンスに一任する。あの男とて無闇に騎士道を破る者ではない。然るべき処置を執るだろう」
――ラーンスに一任する。
その答えはアーサーが彼を信頼している顕われだったに違いない。それぞれが思案する。円卓の騎士とて、共に戦場を駆けた彼が間違った選択を下す訳がない確信があった。
ならば、その場で処分するか? 王国に帰還した後、罪人として処刑するだろうか?
その時、裁きを受ける騎士は如何なる行動を取る? 剣を向けるか、逃げるか?
王国での裁きならば隙を突いて逃げ出す事も考えられる。
「説得を頼んだぞ! 必ずラーンスを余の許へ連れて帰るのだ」
三人の騎士は約束する。王の願いとそれぞれの想いに答える為に――――。
そして後刻、冒険者ギルド。
「ラーンスをぶん殴りに行きます。一緒に行きたい人はいませんか?」
ボールスはニコヤカかつサワヤカに、そう言い放った。
余りにも楽しげに言われた為に、受付係は一瞬「ピクニックにでも行きませんか」と言われたような錯覚に陥る。
しかし、依頼書に書かれた内容はやはり、喜びの砦から出て来ないラーンスの説得‥‥楽しいピクニックではあり得ない。
言葉でも拳でも、剣でも槍でも魔法でも、説得が出来さえすれば手段は不問。
勿論、手袋を投げ付けても構わない。
もし砦から逃げる者がいれば、それを捕らえる事も必要になるだろう。
「皆さんがよほど目に余るような行動をしない限り、私は手を出しませんから、好きなように暴れて貰って構いません」
自分にも言いたい事は色々、山のようにあるが、恐らくそれは冒険者達が全て代弁してくれるだろう。
今回の役目は彼等をラーンスの許へ連れて行く事‥‥そして、万一の時には守護し、無事に連れ帰る事。
勿論、ラーンスを連れ帰るのが一番の目的だが、それは状況と、相手の出方次第だ。
帰り際、ボールスは自分が書いた依頼書の日程を見て呟いた。
「10日間、か。どう急いでも、9日に戻るのは無理ですね‥‥」
その頃には丁度、庭の薔薇も咲き始める。
予定を空けておきたかったのだが、仕方がない。
「私は一度、準備の為に自宅に戻りますので‥‥また後で」
受付係にそう声をかけて、ボールスはギルドを後にした。
そこで待ち受けている知らせを、彼はまだ知らない‥‥。
●リプレイ本文
「ラーンス卿の件もこれでとりあえずの幕引きでしょうか?」
喜びの砦へと急ぐ馬車に揺られ、見送りに来た少女の「無理しちゃ駄目なんだよ」という言葉を思い出しながら、柊静夜(eb8942)はひとり呟く。
「まだまだ問題は山済みの様ですが、今はそれぞれの人が最善を尽くす事が必要でしょうね」
無理はしないつもりだが、今はここにいない者達の為にも事の顛末をきちんと見届けたい。
「‥‥ラーンス卿を殴りにか。まー、それだけ言えばシンプルな依頼だな」
ラーンスや、その部下達がこの期に及んで何を言い出すかは楽しみといえば楽しみか‥‥と、別の馬車では閃我絶狼(ea3991)がほくそ笑む。
だが、彼には気掛かりな事がいくつかあった。
ひとつは固い表情で目の前に座った娘‥‥リースフィア・エルスリード(eb2745)に、果たして冷静な話し合いが出来るのかという事。
そしてもうひとつは、ボールスの様子が普段とは微妙に異なるように感じる事、だった。
「そうでしょうか? 私には、いつもと変わらないように見えますが‥‥」
リースフィアは自分の馬に乗って馬車と併走するボールスの姿を窓から見て首を傾げ、絶狼に向き直る。
「彼が王妃のために徹頭徹尾動いていたのはわかりましたし、デビルやその他の者の思惑も絡んでいたのですから、彼だけが悪いわけではないのはわかります」
今の彼女の頭にはラーンスの事しか入る余地がないようだ。
「ただ、だからといって彼の行動にはまずい部分が多すぎます。王が彼を咎めないからこそ、そこをはっきりさせなければならないでしょう」
「まあ、気のせいだとは思うんだけどね‥‥」
絶狼はそれを適当に聞き流し、相手に聞こえないように呟く。
とにかく、どちらも暴走せずに済んでくれれば良いのだが。
そしてここにも、ボールスの様子を案じている者がひとり。
「本当に、ラーンス卿を殴るつもりであるか?」
何度目かの休憩の時、リデト・ユリースト(ea5913)は一行から離れて休んでいるボールスに声をかけた。
「そうですね、もし誰もやらないなら‥‥でも、私の出る幕はなさそうですよ」
ボールスはいつもと変わらない笑顔をリデトに向けた。
「手袋よりも中身をぶつけたい方がいらっしゃるようですしね」
「そうであるか‥‥とにかく、怪我をしたら私が治すであるからして」
「ありがとうございます」
本人としては冷静さを欠いているつもりも、無茶をする気もなかったが、それでもリデトの気遣いは嬉しい。
その様子を見てシエラ・クライン(ea0071)が声をかけてきた。
人と接する事を拒むような気配を感じていたのだが、どうやら今なら話を聞いて貰えそうだ。
「ひとつ伺いたいのですが‥‥王宮内では、ラーンス卿の復帰について、どのような反応があるのでしょうか? 特にアグラヴェイン卿などは、どのような‥‥?」
「概ね好意的だと思いますよ。全てはデビルの仕業だったと判明した事ですし、何より陛下ご自身が帰還を望んでおられるのですから。‥‥アグラヴェイン卿は‥‥」
ボールスは一呼吸置いてから僅かに苦笑混じりに言った。
「静かですね、不気味な程に」
「静か‥‥ですか。なるほど、参考になりました」
そう言って、シエラは仲間の許へ戻っていく。
入れ替わるように、今度はディアナ・シャンティーネ(eb3412)が現れた。
「あの‥‥ボールス卿、少し良いでしょうか?」
「仕事の話なら、構いませんよ」
「あ、いえ、仕事の話では‥‥あの、ルルさんから何か聞いていないでしょうか?」
その問いに、ボールスは首を振った。
「申し訳ありませんが、今は仕事中ですので‥‥後にして頂けませんか?」
機嫌が悪い訳ではない。
ただ仕事とプライベートを厳密に区別しているだけなのだが‥‥果たして女性相手にその理屈が通用するかどうか。
尤も、本人は通用しないかもしれないとは、想像もしていない。
‥‥ともあれ、仕事を終えて帰還するまでの間、ディアナが再びその話題を口にする機会は訪れなかった。
やがて目的地である喜びの砦まであと僅かという所で最後の休憩に入った時、リ・ル(ea3888)が数人の仲間を連れてボールスの許を訪れた。
「俺達は、こっそり砦の裏方面に迂回しておこうと思うんだが‥‥」
説得班が砦に到着しラーンスが話を聞く姿勢になったら、こそこそ逃げ出す輩が出るかもしれない。
「例えば反王派とかは、今さら恭順命令を素直に聞くとも思えんしな」
「私も、そちらに回りたいと思います」
ケイン・クロード(eb0062)は馬車の中でロープを捕縛に適した長さに切り分け、準備万端整えていた。
「あちらは説得組の皆さんが私の分まで思いを伝えてくれるでしょうし‥‥」
と、静夜が静かに微笑む。
「こちらに来る方々が居られた場合、その方達にも王の思いを伝える人が必要でしょうから」
それぞれが、自分のやるべき事、そして出来る事を心得ていた。
そして、馬を連れているルーウィン・ルクレール(ea1364)とメグレズ・ファウンテン(eb5451)が、少し遠回りをして砦に近付くべく先行する。
残りの者は、見張りに気付かれないように慎重に歩き出した。
恐らく説得組が砦の中に入る頃には、逃げ道の封鎖は完了している事だろう。
何もない平原に静かに佇む、これといった特徴もない石造りの砦には、見たところ人の存在を感じさせるものは何もなかった。
普通なら生きた砦には王国や主の旗が掲げられているものだが、それさえ見当たらない。
そんな廃墟のように静まり返った砦の前で、何台もの馬車が開門を待っていた。
詰所の中では、ひとりの門衛が小さな窓から目の前に居並ぶ相手――ボールスに率いられた者達と、王宮騎士ヒューイット達の一行――と、閉ざされた扉を交互に見ては、居心地が悪そうに視線を宙に漂わせる。
先程、王の正式な使いである事を示す証だと言われた書状を受け取り、主を呼びに行った同僚はまだ戻らない。
「そうビクビクしなさんな。俺達はただ、あんたのご主人と話がしたいだけさ」
まあ、話す手段は言葉だけとは限らないがね‥‥と、絶狼は僅かに肩をすくめる。
「私達は、あなた方の討伐に来た訳ではありません」
と、ディアナが言ったその時。
重く軋む音と共に、扉がゆっくりと開かれた。
「これほど多くの冒険者を引き連れて討伐ではないと聞こえたが‥‥討伐でないとすれば、一体何の用だ、ボールス?」
背後に数人の供を連れて現れたラーンスは、十数名の冒険者と思しき集団の前に立つ従弟に問いかける。
その表情は厳しくもあり、哀しげな色を浮かべているようでもあった。
「討たれるような事をした覚えが、何かあるのですか?」
ボールスはいつもと変わらぬ微笑みを湛えながら穏やかに答えるが、その言葉の中身は結構辛辣かもしれない。
だが、今の所いきなりブン殴るつもりはない‥‥ように見えた。
「その書状にある通り、私達はあなたを連れ戻しに来ただけですよ‥‥願わくば、穏便に。これほどの人数になったのは、それだけあなたの帰還を願う者が多い、そして、その思いが強いという証だとは思いませんか?」
「‥‥しかし、私は‥‥戻らぬと伝えた筈だ」
「それはもう、聞き飽きました」
ボールスは相変わらず微笑を浮かべながら、だが、きっぱりと言い放った。
「あなたの帰還は、陛下のご希望でもあります。もし、それでも戻れないと言うなら、納得の出来る理由の提示をお願いします」
「王自らが、私に戻れと?」
一瞬浮かべた驚愕の色を隠し、ラーンスは視線を逸らす。
簡単に同行するつもりはないようだが、その表情は困惑しているようにも見て取れた。
「‥‥ひとまず、中に入ってくれ。話はそれから聞こう」
聞いたところで従うつもりがあるのかどうか、それはまだわからない。
が、とにかく、話を聞く気にはなったようだ。
砦の主に導かれ、冒険者達はゆっくりと、大きく開かれた扉の中へと足を踏み入れた。
一方その頃。
砦の裏に回った冒険者達は予想通りの展開に遭遇していた。
「おいおい、投降するなら出口は向うだぜ?」
リルは半ば呆れたように、逃亡を企てた騎士達に声をかける。
「――!?」
まさか待ち伏せがあるとは考えてもみなかったのだろう、騎士達はあからさまにその顔色を変える。
「向かって来るつもりなら、容赦は出来ないかもしれんな‥‥おぬしらも騎士なら、それなりの使い手なんだろう?」
騎士達の焦りと恐怖、そしてほんの僅か、罪悪感の混じったようなその表情を見て、リルはニヤリと笑った。
「逃げるんですか? ‥‥貴方達の主が戦っている時に」
ケインが言う。確かに、今頃は砦の中で戦いが繰り広げられている事だろう‥‥言葉と思いを武器にしての。
だが、この期に及んで逃亡を企てるような者達に、剣以外を武器とした戦いなど出来る筈もない。
5人の騎士崩れは一斉に剣を抜くと、冒険者達に襲いかかってきた。
「‥‥仕方がありませんね。領民を護るべき立場にある身で、領民を傷つけた罪‥‥しっかり償って貰いますよ」
こいつらは剣を持つ事、そしてその身分にある事の意味と責任を自らに問うた事はあるのか‥‥そう思いながら、ケインは刀を抜き放つ。
「これ以上、揉め事を起こしたいのですかね」
万が一突破された時に追えるよう、背後にケルピーを控えさせたルーウィンが剣を抜く。
「ならず者にはならず者に相応しい末路‥‥ですか」
抵抗の結果、受ける裁きが重くなったとしても、そしてそれが騎士に与えられる罰としては余りに不名誉なものになったとしても文句は言えまい‥‥自ら騎士もどきに成り下がったのだから。
「ごきげんよう、ラーンス派の皆様。本日はお日柄もよろしく、皆様もご健勝のほど、お喜び申し上げます」
どうやら、ここにデビルはいないようだ‥‥デティクトアンデッドで騎士達を調べたメグレズは、そう結論付ける。
ならば、ちゃっちゃとひっ捕らえて然るべき場所に連れ帰るだけだ。
「破刃、天昇!」
メグレズは、にっこり笑ってソードボンバーをぶちかました。
その攻撃が当たったのを見て、静夜が追撃をかける。
「あなた方の為にラーンス卿がここに留まっているのが解りませんか?」
両手の武器で攻撃を防ぎつつ、言葉を交えて渡り合う。
「主君の思いを汲めず、さらに今ここでラーンス卿の思いまでも無にするおつもりですか!? 王はあなた方の処遇をラーンス卿に委ねられました。その思いを理解出来ないのでは、もう騎士とは呼べません!」
騎士達の個々の実力は、或いは冒険者達よりも高かったのかもしれない。
だが、それを支える思いには彼我の差があった。
騎士達は次々と戦闘意欲を失い、武器を取り落とす。
それでも逃げようとする者の足元からは突如として石の壁が現れた。
それは、いつの間にかフライングブルームに乗って上空から様子を見ていたシエラが唱えたストーンウォールの魔法。
行く手を塞がれたその背に向けて、ケインがソニックブームを放つ。
「騎士ならば‥‥王都で処刑され儚く散ろうとも、潔くあってください」
「‥‥では、話を聞こうか?」
馬車が全て砦の中に引き入れられ、門が再び閉じられた事を確認すると、ラーンスは冒険者達に向き直った。
館の中に招き入れ、ゆっくりとお茶でも飲みながら‥‥という程には歓迎されていないようだ。
もっとも、こちらもそれを期待していた訳ではない。立ち話で充分だ。
「おっと、その前に‥‥こいつらを返しておくよ。どうも出口を間違えたようでね」
背後からの声にラーンスが振り向くと、そこにはロープで厳重に縛られた、見覚えのある騎士が5人。
「もうこれ以上は、迷子を出さないで貰えると有り難いんだが?」
騎士達を引き立てつつ、リルがニヤリと笑った。
「‥‥ああ、これ以上は出ない筈だ‥‥いや、出さない」
捕らえられた騎士達を悲しげに見やるラーンスの言葉に頷くと、逃亡騎士の捕縛に赴いた者達は後ろに下がる。
後は、説得班の出番だ。思うところのある者達が、次々に口を開く。
「‥‥王妃様はご無事です」
まずはラーンスに安心して貰おうと、ディアナが言った。
マレアガンス城陥落の際、彼女が王妃を介抱していた姿はラーンスも目にした筈だ。
「あの後、王妃様は陛下の許にお戻りになり、今は心身の回復の為にゆっくりと休んでおられます」
それを聞いて、ラーンスの表情が僅かに動く。
「まだ、お戻りになれない理由でもあるのでしょうか‥‥? 宜しければお話し下さい。ご協力できるかもしれません」
だが、心までは動かない‥‥まだ。
「私には戻る資格がないのだ。デビルの企てとはいえ、私は王を裏切ってしまった‥‥」
「資格云々の問題ではございません」
メグレズがにっこりと微笑む。
「ありていに申し上げますと、問答無用でございます。貴方にはご自分とラーンス派と呼ばれる方々のしでかした数々の所業並びに被害に対する明確な回答を示す責務がございます。納得のいく回答を、陛下の前でお願いします」
「そうだな、それは俺も気になる。悪さを働いた騎士達をどうするのか‥‥」
絶狼が口を挟んだ。
「指示を出した以上、あんたの管理下で行われた事、きっちり裁いて欲しい所だ」
「所業と被害だと? 確かに私の目の届かぬ所で悪事を働いた者はいたが‥‥食料の事を言っているのか?」
そのどこかとぼけたような言い分に、リースフィアが肩をいからせる。
だが、彼女の怒りはまだ沸点には達していないようだ。
「ここにいるよりも王の許に戻り、以前のように職務を遂行することこそが卿のやるべきことであり、揺らいだ王国を鎮める方法です。このまま戻らなければ王の声望は下がる一方、また貴方を陰謀に使おうとする輩が出るでしょう。それでもまだ、戻らないと言うつもりですか?」
「王の声望が下がる‥‥私の為に、アーサー王の‥‥?」
「デビルの陰謀が確認された以上、あの小屋での出来事に関しては、ラーンス卿に非は無いと王が判断されたのでしょうね」
と、シエラ。
「王がそう判断され、お許しになった以上、それに従わないとすれば声望は下がって当然と思われますが」
「それとも、戻れなくなるような何かが、あの時にあったであるか?」
リデトが聞いた限りでは、何もなかった事はパーストで証明されているという事だった。
「私は以前に卿に会った時に聞いたであるな。王の信頼を裏切ってないと。なら、戻ってはどうであるか。潔癖なのはある程度は必要であるが、何事も度を過ぎてもダメある。腕っぷしが強いだけでは真の騎士とは言えないであるからして」
だが、ラーンスは答えない。
「前にも言ったであるが‥‥それに、今更言っても遅いかもしれないであるが、信頼してる同輩に、訳を話し協力をお願いする事は出来なかったであるか?」
「どんなに親しくとも聞けない事はある。寧ろ、親しいからこそ言えない事もあるだろう」
それは、そうかもしれないが。
「卿の下に大勢人が集まるのは今回で自分でも分かったであるよな。人が集まると王国にどんな不安と混乱を与えるかも。未だ分からないなら卿は相当未熟であるよ」
他の者にも同じような事を言われ、ラーンスは言った。
「この一件で大勢の騎士に過ちを起こさせてしまったのは認める。あぁ、私は未熟だ」
「未熟なのは誰も同じ、自覚したんなら学べば良いである。ここに居ても学べないのは明白である。とにかくとっとと戻るである!」
「現実問題として、円卓の騎士の方々の仕事とか、あなたがする仕事を肩代わりしている人物とか、あなたが戻らない事で起きている問題は想像以上に大きいのですよ」
理想を追い求める騎士に、ルーウィンが現実を突き付ける。
「王宮の人員も、手が足りているとは言い難い状況だと思われますが、あなたが戻ればそれも少しは改善されるのでは?」
暫し、沈黙が辺りを支配した。
それぞれ、とりあえず言いたい事は吐き出したようだ。
「あんたがこれからどうするにしても、先ずは一度キチンと王様の前に顔を出すべきだろう、それが筋ってもんだ」
一段落付いたと見て、絶狼が言った。
「ここでいなくなるってのは自分を許す免罪符が欲しいってだけな弱虫の逃げ口上なんだよ、自分が自分を許せないなら苦しめば良い、それだけの事だろ?」
「苦しめば良い‥‥か‥‥」
――この苦しみが彼等をも苦しませる事になるかもしれないのだぞ‥‥。
ラーンスは心の中で呟く。
彼等とは誰の事なのか‥‥結局はそれが、一番の枷になっているのか?
「力あるものはより多くを守るために責任ある地位にあるべきだ。自分の過ちを認めるならば、それを償うために旧に復して民衆のために生涯を捧げるべきじゃないのか?」
「父さんが言ってた‥‥剣を持つ者はその重みと責任を自覚せねばならない、てね。だからこそ、王と向き合って下さい、ラーンス卿」
説得は他の者に任せようと成り行きを見守っていた、リルとケインが口を開く。
「あなた方にはもう、ここに残り続ける理由が無くなっていると思います。それとも、円卓の回復より‥‥けじめを付ける事よりも優先すべき何かが、まだここにありますか?」
シエラの最後通牒にも似た問いかけに対する答えは明白だった。
そんなもの、ある筈がない。
だが、その答えは沈黙に呑み込まれたまま、ラーンスの口から出て来ようとはしなかった。
「‥‥私もひとつ、伺いたい事があります」
それまで全てを冒険者達に任せ、黙って話を聞いていたボールスが口を開いた。
「先日、ある女性に乱暴を働いた者達がいた事は覚えていますね?」
その言葉にピクリと反応したリースフィアの体に緊張が走る。
「彼等の処分は?」
「‥‥ああ‥‥彼等、か」
ラーンスは騎士道‥‥いや、人の道に反した者達をどう処分したのか。
注目が集まる。
「‥‥全員、斬り捨てた。逃げようとしたので、な」
ボールスが振り返ると、リースフィアはまだ緊張を解かずに、張りつめた様子でラーンスを睨み付けていた。
処分に納得はしたようだが、それでもまだ足りないと思っているようだ。
「そうですか‥‥では、これはあなたに預けておきます。あなたの責任で善処して下さい」
そう言ってボールスが懐から取り出した羊皮紙を見て、ラーンスは訝しげに眉を上げる。
「‥‥これは?」
それを聞いて、リースフィアが爆発した。
「まさか、何の事かわからない、などと言うつもりか!?」
――バシッ!!
何か白い物が、ラーンスの胸元に投げ付けられた。
「本件に繋る被害者に対する謝罪と賠償を賭けて、決闘を申し込みます!」
始まる前から肩で息をし、顔を真っ赤にしているリースフィアに対し、ラーンスはしかし、困ったような表情を見せた。
「‥‥これが何か‥‥お前にはわかるのか?」
と、目の前に突き出された羊皮紙に書かれていたもの‥‥それは、何やらぐちゃぐちゃにのたくった線が縦横無尽に走る前衛芸術‥‥。
「‥‥ああ、間違えました」
ボールスは慌てた様子もなく、平然とそれ――常に持ち歩いているらしい、息子が描いた絵、らしきもの――を取り上げると、正解の物、被害者に対する賠償金の請求書を手渡した。
その行為がわざとなのか、それとも素でボケたのか、ボールスの表情からは全く読み取れないが、ともかくその一件で最大値まで上がったリースフィアの温度が急激に冷めた‥‥もしくは怒りの矛先が変わった事は確かだった。
頭に血が上った状態では万に一つの勝ち目すら無い‥‥そう言いたかったのかもしれないが、真相は本人にしかわからない。
「わかった、この件については私が責任を持とう」
今度こそ正解の書類を受け取ったラーンスは、それを懐に仕舞うとリースフィアを見た。
「それで、この手袋はどうする。取りやめるなら、それで構わんが‥‥」
「いいえ、受け取って頂いて結構です」
リースフィアは腰の剣を抜き払い、ラーンスに迫った。
一旦下がった温度が、再び上昇に転じたようだ。
「あのとき被害者も居たというのに謝罪の一つもなかった。発端からしてきちんと釈明していれば騎士が出奔することはなかった‥‥!」
相手に剣の切っ先を突き付けたまま、リースフィアは湧き出るままにその思いをぶちまける。
「どうどう、熱くなるな、落ち着け、な?」
絶狼が何とかそれを鎮めようとするが、熱血娘の熱暴走は止まらない。
「だいたい園遊会で人が多いからって酒場で待ち合わせとはいい度胸だ、人の目が節穴だとでも? 古城の時も作戦と指揮を放り出すとは何事か、何人死んだと思ってる!?」
「‥‥わかった、もし私が負けたら、その非難は甘んじて受けよう。ボールス、立ち会いを頼む」
だが、その勝負は‥‥勝負とも言えない程に、あっけなく決した。
「‥‥では、最期に何か、言いたい事があるなら‥‥聞こうか」
リースフィアの喉元から、凍るような冷たい感触が全身に広がる。
だが、首と胴が泣き別れになる前に、これだけは言っておかなければ‥‥
「結局‥‥国よりも、王よりも、民よりも、王妃が一番大事なのか――!?」
その叫びに、剣に込めた力が弛む。
「‥‥そうではない‥‥」
「ならば責務を果たせ。御身は何者か!?」
自分が何者か、そんな事はわかっている‥‥わかっている、つもりだった。
円卓の騎士として、国のため、王のため、そして民のために働いてきた筈だ。
だが、今の自分は果たしてその責務を果たしていると言えるのだろうか?
戸惑いの色を見せたラーンスの耳に、少年の声が突き刺さる。
「あんた、一体なにやってんだよ!」
正式に申し込まれた決闘とは言え、今彼は少女の喉元に剣を突き付けていた。
無論、それを彼女の首に吸い込ませるつもりは毛頭ない。
だが‥‥
「どんなに強くたって、主君の為に戦ったって‥‥自分より弱い者の為に戦えなくなったらもう騎士じゃねえだろッ!!」
少年の真っ直ぐな瞳に見据えられ、ラーンスは思わずひるんだ。
剣の切っ先がリースフィアの喉元を離れ、力なく下を向く。
「決着は付いたと思いますが‥‥如何ですか、お二人とも?」
二人の間に割って入ったボールスの言葉に、リースフィアは僅かに頷いた。
言いたい事は全て言った‥‥相手がどう受け取るか、きちんと受け止めたのかは置くとしても。
それに、負ける事は最初から覚悟の上だった。
いや、負けてはいないのかもしれない。
剣を収めたラーンスの表情に、勝利の色はない。
そんな彼に対する年若い者達の説得が続き、やがて‥‥
「‥‥戻ろう」
ぽつりと呟く声が、冒険者達の耳に届いた。
王都への帰還の為それぞれが準備を進める中、リルは部下達の様子を見守っていたラーンスに声をかけた。
「俺の分はこれで許してやる‥‥手袋なんて上品なものは持っていないんでね、中身で勘弁してくれよ」
と、双竜の指輪のはまった拳を見せる。
「私を、殴るつもりか?」
「あんたの命令で苦しんだ人々に対する俺の後悔の気持ちだ。それほど立派なもんじゃない、ただの私怨さ。別に避けたきゃ避けてもいいぜ」
だが、その拳はラーンスの横っ面を直撃した。
「‥‥効くな」
口の端から流れる血を拭いつつ、ラーンスが言う。
「‥‥まあよ」
リルはそう言うと、今度はその拳で自分の顔を思い切り殴り‥‥そして、開いたそれを相手に差し出した。
「本物の騎士道ってのを見せてくれよ、頼むぜ?」
「アグラヴェイン卿からは、決闘を申し込まれるくらいの覚悟をされた方がいいと思いますけどね」
通りすがりにそう声をかけていったシエラに、覚悟しておこうと答えると、ラーンスは差し出された戦士のごつい手を握り返した。
そして、帰りの道中。
捕縛した者達は手足をロープで縛った上、更にそれを馬車の手摺りなどに結び付けるという厳重な処置をもって護送された。
他の者達も拘束こそされてはいないが、冒険者達の交代での監視と、そして何よりラーンス本人が目を光らせていた為に、脱走しようとする気さえ起きなかったようだ。
そんな彼等にディアナは心を込めた温かい食事を用意し、破れた服を繕い、少しでも心が癒されるようにと騎士達へ笑顔を向ける。
恐らく女っ気のない、そして殺伐とした日々を過ごしていたであろう彼等に人の温かみを思い出させ、砦での生活を二度としたくないと思わせる‥‥厳重な監視と彼等を待ち受けているであろう処罰が鞭なら、彼女のそれは甘い飴玉‥‥。
その甲斐あってか、ひとりの脱走者も出す事なく、一行は無事に王都に帰り着いた。
「これであの方の心労が少しでも軽くなると良いのですが‥‥」
裁きの場に連行される騎士達の背を見送りながら、静夜は髪飾りにそっと手を触れる。
「‥‥ボールス卿もね」
ケインは、仕事を終えたと見るや姿を消した円卓の騎士を気遣う。
王国の揺れは、これでひとまず落ち着いたと見て良いのだろう。
だが、この国を覆う暗い影は、未だにその濃さを変えてはいないように見えた。