キミは薔薇よりトゲだらけ
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■ショートシナリオ
担当:STANZA
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月23日〜05月28日
リプレイ公開日:2007年05月31日
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●オープニング
ここはキャメロット郊外の、とある貴族の邸宅。
その一角に広がるローズガーデンでは、今年も色とりどりの薔薇が、今まさにその花を開こうとしていた。
邸宅の小さな主人ユリアナは、丁寧に薔薇達の様子を見て回り、満足そうに笑みを浮かべた。
去年の今頃は庭師達も油断していたのか、害虫の発生を未然に防ぐ事が出来ず、多くの薔薇が見るも無残な姿となってしまった。
「あの時は皆にも可哀想な事をしたわね」
と、ユリアナは薔薇達に声をかける。
「でも、今年は大丈夫よ。あなな達を毛虫なんかに食べさせたりしないわ。だから安心して、綺麗なお花を咲かせてちょうだいね?」
ところが――
「‥‥あら?」
薔薇の蕾が、落ちていた。
よく見ればあちこちに、今日明日にも花を開こうかという蕾が踏みつけられ、泥にまみれて無残な姿を晒している。
自然に落ちたものではない。
手で無造作に引きちぎられた跡があった。
「なんてひどい事を‥‥一体、誰が?」
ユリアナは庭師達に心当たりがないか訊ねてみたが、誰も犯人の姿を見た者はいなかった。
ただ‥‥
「ここんとこ、小さな女の子がよく庭に出入りしてるんですがね‥‥」
と、ひとりの庭師が言った。
「あれはお嬢さんの親戚か何かじゃないんですかい?」
「女の子?」
ユリアナは心当たりがない、と言うように首を振った。
「‥‥近所の子が入り込んでるのかしら‥‥?」
屋敷の庭は広い。
大人の目が届かないような場所に、子供だけの秘密の出入り口があってもおかしくはない‥‥と言うか、ユリアナ自身、もっと小さかった頃はそうした抜け穴からこっそり外へ遊びに行ったりしたものだ。
勿論、勝手に入り込んだからといって怒るような事はしない。
薔薇を眺めて楽しむだけなら、いくらでも入ってきて構わないし、欲しいと言われれば何本か分けてあげても良い。
「でも‥‥」
せっかく綺麗に咲こうとしている薔薇達に、こんな事をするなんて。
その後の数日、ユリアナと執事、それに庭師達は仕事の合間に庭の様子を見て回っていたが、犯人の姿はおろか、どこから出入りしているのか、その場所さえ見付からなかった。
そしてただ、ちぎられ、踏みつけられた蕾だけが後に残され、その数を増やして行く。
「困ったわね。あたしもずっと見張ってる訳にはいかないし‥‥」
庭師達も殆どの時間、庭に出て薔薇の手入れにいそしんでいるのだが、犯人はそんな彼等の死角を突いて犯行に及んでいるらしい。
かといって庭師達に見張りをさせれば、今度は薔薇の手入れが疎かになり、去年の二の舞になりかねない。
「今年はお姉さん達のお世話にならずに済むと思ったんだけどな」
ユリアナは軽く溜め息をついた。
「でも、お茶の時間のおしゃべりは楽しかったし‥‥うん、呼んじゃお♪」
ついでに、薔薇の収穫も手伝って貰おうか‥‥。
そんな事を考えながら、ユリアナはギルドに依頼を出すべく、執事を呼びに行った。
‥‥一方、ユリアナの屋敷を近くに望む住宅街では‥‥
「ミリー? ちょっと、その手どうしたの? 傷だらけじゃない!」
ミリーと呼ばれた少女は、歳の離れた姉に見咎められ、咄嗟に血の滲んだ両手を後ろに隠した。
「なんでもないもん。だいじょーぶだもん」
「大丈夫なわけないでしょ? ほら、見せなさい。お姉ちゃんがお薬つけてあげるから、ね?」
だが、ミリーは頑なに姉の気遣いを拒み、どこかへ走り去ってしまった。
「おねーちゃんのバカ!」
と、理不尽な捨て台詞を残して‥‥。
「‥‥もう、どうしたのかしら、あの子ったら‥‥」
妹に嫌われるような事をした覚えはないのだが。
「一緒に居られる時間も、あと少ししかないのに‥‥困った子ね」
姉は、壁にかけられた花嫁衣装を見上げると小さく溜め息をつく。
ミリーが居た空間にはまだ、ほんの僅かに薔薇の香りが残っていた。
●リプレイ本文
「ようこそ、おいで下さいました。お待ちしていましたのよ?」
小さな当主ユリアナは集まった冒険者達を前に、一人前の貴婦人のように優雅に一礼した。
だが、気取った挨拶はそこまで。
ユリアナは見覚えのある顔を見付けると嬉しそうに駆け寄った。
「お姉さん、また来てくれたのね!」
「ええ、お久しぶりです」
シルヴィア・クロスロード(eb3671)も微笑みを返す。
「今年も綺麗な薔薇が咲きましたね」
その表情を見てユリアナはちょっと小首を傾げ、悪戯っぽく笑った。
「お姉さん、綺麗になったね。好きな人ができたのかな?」
「お‥‥大人をからかうものではありませんっ!」
あはは、と笑いながら逃げるように走り去るユリアナの背に、そんな言葉を投げたシルヴィアだったが‥‥その顔はしっかり真っ赤に染まっていた。
後刻、ユリアナや庭師から詳しく話を聞いた冒険者達は、例の小さな女の子が出入りしているらしい抜け穴を探す事となった。
薔薇園の中央ではフィーナ・ウィンスレット(ea5556)がブレスセンサーを使い、不自然な場所から出入りする者がいないかを見張っている。
残りのメンバーは園の外周に沿って内側から抜け穴を探し歩いていた。
「薔薇という花の名はよく聞く‥‥実際に見るのは初めてかもしれない」
連れてきた猫のトァと隼のヒナを自由に遊ばせながら、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)はその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
ひとくちに薔薇と言っても、色や大きさも様々、形も一重のものから数えきれない程の花びらを重ねたものまで実に多種多様だ。
そして、そんな綺麗に花開いた薔薇達の中にあっては、千切られ、捨てられた蕾は嫌でも目に付く‥‥。
「これは、千切られたばかりであるかな?」
リデト・ユリースト(ea5913)は愛犬のおにぎりにその匂いを嗅がせる。
千切られたばかりなら、犯人の手の匂いが残っているかもしれない。
この庭に出入りしているという子供が何か知っていそうだし、もしもその子がやっているなら何か訳がありそうだ。
「こんなに棘があるものを千切るんであるからして‥‥捕まえたら相談に乗ってやりたいであるな」
綺麗に手入れされた薔薇達とは違い、周囲の生け垣や柵までは人手も目もなかなか届かないようだ。
あちこちに破れ目があり、おまけに周囲には雑草が生い茂って目隠しの役割を果たしている。
「これでは見付かるものも見付からんだろう‥‥」
クロック・ランベリー(eb3776)は見回りついでに伸び放題の雑草を刈りながら歩いていた。
後で破れ目を補修しておいてやるのも良いかもしれない。
「入って来るのが小さな子供だけならまだしも、な」
だが、今回の犯人はどうやら子供らしい。
手荒な事はしたくない‥‥悪戯をする理由はわからないが、何となくそんな気がしていた。
「小さいお嬢様が疑わしいのでしたら、小さい動物さん達の方が効果的ですわよね」
咲き誇る薔薇達に見とれながら、大鳥春妃(eb3021)は犬の仔瑚と猫の風華にテレパシーで協力を仰ぐ。
他の犬達も春妃が話をしたお陰で自分のやるべき事をきちんと理解してくれたようだ。
陰守森写歩朗(eb7208)はぶる丸を連れて、シルヴィアはルヴィリアとジェドと共に屋敷の周囲を回り、薔薇の香りが強く残る場所を探して歩いた。
やがて‥‥
「ワン、ワンッ!」
「何か見付けたのか?」
ぶる丸が突っ込んで行ったのは、屋敷の裏手にある小さな林‥‥その木の陰に、一見通れる場所などなさそうな藪があった。
愛犬が姿を消した場所を覗き込んだ陰守森写歩朗はしかし、物凄い勢いで迫ってくる犬の尻に慌てて顔を引っ込める。
「キャンっ!」
尻尾を丸めて転がり出てきたぶる丸の後から現れたのは、クリステル・シャルダン(eb3862)の愛犬、瑠璃だった。
勇敢な熊犬も、逃げ場のないトンネルでクナイを口に銜えた忍犬に正面から迫られては流石にビビるらしい‥‥例え相手に攻撃の意思がなくても。
「あの‥‥ごめんなさい、大丈夫でしたでしょうか‥‥?」
生け垣の向こうから、心配そうな声が聞こえた。
二人が見付けた抜け穴は、今では使われていない壊れかけた古い物置の裏手に通じていた。
「どうやら、ここが秘密の出入り口のようですわね」
春妃が犬達に訊ねたところによれば、薔薇の香りはこの場所が一番強く、しかも人間の匂いもするらしい。
「こんな物も見付けましたよ」
先程、藪の中を覗いた森写歩朗が小さな布きれを見せた。
恐らく犯人の服の切れ端だろう。
「それを辿れば、どこの子かわかるかもしれないであるな」
捕まえる前に探して説得出来るなら、それが一番だ。
穴の周囲を見張る仲間達を残して、リデトと森写歩朗、クロック、そしてクリステルの4人は犬達に導かれ、屋敷の周囲を囲む住宅街へと向かった。
犬達が向かった先‥‥一件の家の窓から見える純白のドレスを眩しそうに見つめながら、クリステルは傍らのリデトに声をかけた。
「このお家のようですけれど‥‥」
誰もいないようだ。
念の為に裏に回ってみようとしたその時‥‥
「だれっ!?」
子供の声がした。
振り返ると、そこには5〜6歳くらいだろうか、小さな女の子が立っている。
見知らぬ侵入者を警戒し握り締めた拳には、あちこちに赤い擦り傷が付いていた。
「大丈夫であるよ、怪しい者ではないであるからして‥‥」
リデトが言い、クリステルが話を聞こうと膝を曲げた瞬間、少女は脱兎のごとく逃げ出した‥‥何か後ろめたい事がありそうな、そんな表情で。
少女は二人の間をすり抜け、狭い路地に入るとあっという間に姿を消す。
だが、その姿を上空から見張っている者がいた‥‥
「‥‥なるほど、あの古い物置はあの子の隠れ家にもなっているようですね」
あちこち遠回りをしながら例の秘密の出入り口に近付く影を追いつつ、フィーナは待ち伏せる仲間達に合図を送った。
――ガサガサ、ゴソゴソ。
生け垣の破れ目から顔を出した少女は息を切らしながら周囲を見渡し、誰もいない事を確かめると、膝に付いた泥を払いながら立ち上がった。
ところが‥‥
「こんにちは、小さなお嬢様。あなたに少しお話がありますの」
物置の影から姿を現した春妃とシルヴィアが優しく声をかける。
「でも、まずは手当が先ですね。ほら、手が傷だらけですよ?」
しかし少女は差し出された手を振り払い、くるりと踵を返す。
「キャアァッ!」
だがそこには、出口を塞ぐようにアザートが立っていた。
「‥‥俺が怖いか?」
無理もない。
小さな女の子にとっては大人の男性というだけでも恐怖の対象となり得るのに、突っ立ったまま無表情に自分を見下ろすその顔には奇妙な刺青があり、おまけに体は包帯だらけなのだから。
「‥‥大丈夫だ‥‥何もしなければ噛みついたりはしない‥‥」
足元の猫も、肩に乗せた鳥も‥‥そして自分も。
その物言いに、少女は少し気を許したようだが、目では必死に逃げ場を探していた。
「これをやったのは、あなたではありませんか?」
フライングブルームから降り立ったフィーナが千切れた蕾を差し出した。
「どうしてこんな事をしたのか‥‥理由を話してくれませんか?」
だが少女は握った拳を背中に隠したまま、じっと押し黙っている。
外に出ていた者達も戻り、少女は完全に逃げ場を失っていた。
「‥‥どうやら、姉が近く結婚するのが原因のようだな」
周囲の家で聞き込みをしてきたクロックと森写歩朗が、何も言わない少女の代わりに事情を説明した。
「ブーケがなければ、結婚式が挙げられないと思ったのかな?」
森写歩朗が膝を折って話しかける。
「でも、ブーケが無くなってしまったらお姉さんが悲しむよ?」
「‥‥そう、大好きなお姉さんと会えなくなって寂しいのですね。でも、結婚しても会えなくなるわけではありません。会いに行けばいいのですよ」
「今よりは少し寂しくなってしまうけれど、手紙を書く事も出来るわ」
だが少女は頑固に言い張った。
「やだっ! おねえちゃんはあたしのおねえちゃんだもん! あんなへんなひとに、あげないんだもん!」
変な人とは相手の男性の事だろうか。
「お姉さんが好きな人なら相手の人もきっと良い人である。お兄さんが増えると思うのであるよ」
「おにーちゃんなんかいらないっ!」
そう言って溢れ出る涙を拭う傷だらけの手を優しくとり、クリステルはリカバーをかけた。
「でも、お姉さんには言わずにずっと我慢していたのでしょう? 強い子ね 」
「結婚しても遠く離れても、お姉さんはずっとあなたのお姉さんのままですよ。お姉さんが大好きなら、祝福してあげて下さい。あなたのおめでとうをお姉さんは何よりも嬉しいと思われますよ」
少女は相変わらず泣きじゃくっている。
だが、その涙の意味は先程までとは違うようだ。
少し落ち着いてきたと見て、フィーナが声をかけた。
「ここの薔薇達はとても大事にされているようですね。そんな大事なものが傷つけられたり、壊されたら‥‥悲しいですよね?」
「‥‥ここのお姉さんに、ごめんなさい、しに行きませんか? きちんと謝ればきっと許して下さいますわ」
ユリアナも、そして傷付けられた薔薇達も。
春妃の問いかけに、少女は微かに頷いた。
「あの‥‥さっきは、ごめんなさい‥‥」
お茶のテーブルについたアザートの服の裾を遠慮がちに引っ張り、少女‥‥ミリーは相手の顔を見上げた。
「‥‥?」
驚いて悲鳴を上げてしまった事を謝っているようだが、当のアザートには何故それを謝る必要があるのか、今ひとつ理解出来ていない様子だ。
だがそれでも、とりあえず相手の頭を撫でておく。
ミリーは安心したように微笑むと、その隣の椅子によじ登った。
ユリアナや庭師達にもきちんと謝り、今の彼女はとても晴れやかな顔をしていた‥‥まだ少々、目の回りが赤く腫れてはいたが。
「沢山の薔薇に囲まれたお茶会は、お菓子も美味しいであるな!」
それぞれが持ち寄り、厨房を借りて作ったお菓子の山に埋もれて、リデトが幸せそうに微笑む。
薔薇のジャムを使い花びらを散らした洋菓子に、厨房にあった材料で工夫した和菓子の数々。
ローズティーも良いが、和菓子にはやはり緑茶が合うようだ。
「にがーいっ!」
‥‥子供には少し、苦みがきつすぎたようだが。
「余興に占いはいかがでしょうか?」
水晶球とタロットを用意し準備を整えた春妃の誘いに、シルヴィアがおずおずと、小声で囁いた。
「あの‥‥お願い出来るでしょうか、その‥‥恋占いを」
結果は‥‥前途多難。
ほぼ予想通りではあったが、それでもがっくりと肩を落とすシルヴィアに、春妃は言った。
「でも‥‥光は見えます。闇を照らす、銀の月の光が‥‥」
「気に入った物が出来たら、持って帰って下さいね。薔薇の花も好きなだけ持って行って構わないわ」
皆でお茶を楽しんだ後、男性陣が切り取り棘を抜いてくれた薔薇達を手に、ブーケ作りを手伝う女性達にユリアナが言う。
永遠の愛と幸福に包まれるようにと祈りを込めて丁寧に作られたブーケ達の出来映えはなかなかのものだ。
そんな先輩達に混じって、あちこちから救いの手を差しのべられながら、なかなか綺麗にまとまらない薔薇達を相手にミリーが悪戦苦闘していた。
しかし形は少々不細工でも、想いが伝われば良い。
そして、傍らに置かれた形の良い葉の付いた一輪の赤い薔薇。
赤い薔薇の葉の花言葉は『あなたの幸福を祈る』 ‥‥姉に渡すようにと、クリステルに勧められたものだ。
「お姉さん達が花嫁さんになる時は、私がとびきり豪華で素敵なブーケを作ってあげるわね」
きっと綺麗だろうなあ、とユリアナが嬉しそうに微笑む。
さて、その日が来るのはいつの事か‥‥?