辻斬りは風の如く

■ショートシナリオ


担当:水瀬すばる

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月18日〜04月23日

リプレイ公開日:2007年04月28日

●オープニング

●夜半の惨劇
「すっかり遅くなってしまったわ……」
 夜の暗い山道を一人の娘が行く。胸には大切そうに山の草を抱え、時折転びそうになりながらも帰路を急いでいる。素人目にはただの草にしか見えぬ物だが、解熱や切り傷に良いとされる薬草ばかりだ。
 娘の名は小夜。早くに両親を亡くし、遠縁の年老いた医者の手伝いをして日々を暮らしている。
「でもこれだけあれば、きっと先生も喜ばれる。あの足で山奥に入ったら、それこそ下りて来られなくなってしまうもの」
 年寄りの身体では、厳しい山道を登り奥深くまで行くことは難しい。代わりにと申し出たのはその身体を気遣ってこそ。薬草を取りに行くのは初めてではなかったし、久しぶりに山の清々しい空気を吸いたいとも思っていたから、医者から許しが出た時は本当に嬉しかった。
 春。それは草木が芽吹く季節。もう少しあと少しだけと採っているうちに、辺りはすっかり暗くなってしまった。これでは心配されるに違いないと、お説教の覚悟をしながら苦笑いをする。 
「‥‥?」
 不意にがさり、と茂みが動いた音が聞こえた。心臓が跳ね上がる。
 動物だろうか。
 熊だったら厄介だと思わず立ち止まり、耳を澄ませる。ぎゅっと薬草の束を抱き、辺りの様子を窺うこと数秒。いや、数分も過ぎただろうか。小夜が安堵の息を吐き、胸を撫で下ろしたその時だ。
「‥‥御免」
 最後に耳へ届いたのは、低く暗い人間の声。
 月の光に鈍く輝く刃、肌を切られる鋭い痛み。短い悲鳴が夜の静寂を破り、鳥たちが一斉に飛び立って行く。
 小夜が次に目を覚ましたのは、医者の家。真っ白い布団の中だった。

●捕縛依頼
「‥‥幸い命は取り留めたが、身体に傷が残ってしまっての。本当に可哀想なことをした。あの時、儂がもっと強く止めておれば‥‥」
 次の日のこと。山菜を取りに入った村人が小夜を見つけなければ、今頃どうなっていただろう。
 怒りと悲しみに拳を震わせた老医者だったが、生きていただけでも良かったと涙した。けれど、事件はこれだけで終わらなかった。
「小夜が襲われたあの辺りだ。あれから数件辻斬りがあった。夜中だから姿も見えぬし、素早い動きは妖怪カマイタチのようだとも。しかし小夜も言っていたが、相手は人間だ。妖怪ではない」
 女子供ばかりを狙い、夜や夕刻通りかかったものを狙っては斬る。命を奪うことはしないが、それだけに残った者は皆怯えて外に出ようとしなくなる。心についた恐怖という傷跡。
 どういう理由があれ、性質の悪い輩である事に違いない。
「この身一つで何とかなるならそうするが、この老体が役に立つとは思えない。……実は小夜も、役に立てるならと囮役を申し出ている。勝気で優しい子だ。これ以上被害が増えるのを放っておけぬのだろう」
 そう言って老医者は、古ぼけた布袋から報酬用の金を取り出した。

●今回の参加者

 eb8226 レア・クラウス(19歳・♀・ジプシー・エルフ・ノルマン王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec0586 山本 剣一朗(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec0972 雲隠れ 蛍(23歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

陰守 森写歩朗(eb7208)/ リスティア・レノン(eb9226)/ 篁 光夜(eb9547

●リプレイ本文

●囮作戦
「皆さん、今日は集まってくれてありがとうございます」
 事件があったあの日から数日後、冒険者たちは依頼人の家に集まっていた。辻斬り退治に向け、作戦を立てるためだ。
「ジプシーのレア・クラウスよ。よろしくね」
 小夜はまだ体調が万全ではない。起き出そうとする彼女をレア・クラウス(eb8226)がやんわりと留め、挨拶を続ける。 異国の言葉に小夜は首を傾げるが、青い目をしたエルディン・アトワイト(ec0290)が間に入りジャパン語に直していく。これならば言葉の壁は大した問題ではない。エルディンの通訳のおかげで、作戦会議を無事始めることができた。世界を舞台として活躍する冒険者と違い、生まれた場所から出たことがない小夜は漂う異国の色に最初こそ戸惑った様子であったが、
「おとりを使う場合のリスクか‥‥」
 腕組みをした山本剣一朗(ec0586)が呟く。対象を誘き出すという意味で囮は有効な手段といえるが、それに伴う危険は当然理解しておかなければならない。特に今回は女子供を狙った非道な人間の所業だ、手加減する必要もないだろう。誰が言わずとも、そんな雰囲気が場に流れている。 
「安心して。辻斬りは私達が必ず捕まえるから。貴女はゆっくり待っててね」

●闇に紛れて
「さあ、これでどうですか」
 昼という太陽の時間が過ぎ、やがて時は月の夜に移り変わる。闇夜に紛れているとはいえ、異国の住人の姿は少々目立つ。種族が違うとなれば尚更だ。エルディンはジャパンの衣装を身に着け、金糸の髪と耳をフードで隠す。問う先、物陰に身を潜めていた雲隠れ蛍(ec0972)が振り向く。仲間の顔と衣装を見比べ、小さく頷いて返した。  
「女の子の身体に傷をつけるなんて‥許せないわね‥‥」
 怒りを口に乗せ呟いたのは、レアだ。銀色の髪に月の光を受けつつ、剣一郎と一緒に夜道をゆっくりと歩く。敵の油断を誘い酔った風を装っているが、五感を研ぎ澄ませ周囲には注意を怠らない。蛍たちはその様子をじっと見守りながら、少し離れたところで待機をしている。
 蛍とレア。どちらが囮役をやるか話し合ったところ、蛍は罠や作りや情報収集といった後方支援の能力を生かすことになった。
 依頼人が話していたのは、夜に良く現れるということ、女子供を狙うということ。それに加えて、蛍が酒場で集めてきた情報によれば、最近ある浪人がこの辺りをうろついているらしいとの話だ。何でも、元は主の下で働いていたのが小さな失敗が元で暇を出されてしまったらしい。
「‥‥今、何か動かなかったか」
 剣一朗とレア、そして待機中のエルディンがほぼ同時に何かを視界に捉えたようだ。近くに潜む蛍も闇に目を凝らしてみるが、黒一色の視界は闇に塗り潰されてしまっている。肉眼で確認するのは難しいようだ。代わりに、それまでじっと蛍の傍に控えていた柴犬がぴくりと耳を揺らした。闇の中、一点を見つめ飼い主に何かを知らせるように尻尾を振る。レアに近付く怪しい影に気付いたようだ。
「‥‥ッ!」
 がさり、と茂みを割って現れる影。鞘から突如抜き放たれた刃が月光に鈍く煌き、赤黒い染みのようなものが柄にこびり付いている。人間の血だろうか。そんな血に汚れた刃を手に持つのは、蛍が酒場で聞いた通りの浪人であった。人相とも一致する。
 ぎらぎらと欲望に濁った瞳がレアを捉える。素早い斬撃が繰り出されるが、ひらりと軽い身のこなしでレアはとん、と回避。銀の前髪がほんの数本斬られて宙に散る。
 解放する男の役を脱ぎ捨て、日本刀を手に斬りかかったのは剣一郎だ。愛刀の重みを確かに感じつつ勢いを攻撃に乗せる。手ごたえありだ。確かに浪人の動きは慣れたものだが、見て見えぬ程でもない。今まで怪我人が多かったのは、被害者が戦い慣れぬ女や子供だったせいだろう。横凪にもう一撃、剣を振るう。
 蛍も負けてはいない。韋駄天の草履を使い、仲間より早く到着した彼女はいくつか罠を仕掛けておいたのだ。浪人がレアを狙って一歩踏み出すと、葉や石で巧妙に隠された落とし穴に足を突っ込んでしまった。剣一郎の攻撃で体勢を崩してしまった浪人は何とか持ち堪えようとするも、そこをエルディンのコアギュレイトに襲われる。突如身体の自由を奪われた浪人、落とし穴に落ちるのは、レアの軽い蹴りの一撃だけで十分だった。

●罪の果て
「‥‥小さな失敗で俺は職を失ってしまった。恨みや憎しみからこのようなことを繰り返してしまった。我ながら、何と情けないことだ‥」
 動く体力も尽きた浪人は、がっくりと肩を落として地面を見つめる。
「弱き者ばかりを狙ったのは、憂さ晴らしに過ぎない。‥‥く‥っ」
 犯した罪は罪として心に刻まれる。誰が裁こうと、誰が許そうと結局は同じこと。過去は変えられない。だが、これからの未来は自分次第でどうにでも変えられる。未来などと大きな言葉でなくても、明日を切り開いていくのは他ならぬ自分自身しかいないのだ。
「‥‥朝一番で町に行ってみようと思う。何やら目が覚めた気分だ。すまなかった」
 刃についた赤い血を拭い、ぼそりと浪人は言う。偶然蛍が持っていたロープで引き上げてもらい、血と土で汚れた顔を布で拭うと、さっぱりとした顔で言う。犯した罪の分これから生きて、傷つけてしまった人々に償いをすると、四人の前で浪人は確かに誓うのだった。