さよならの向こう側

■ショートシナリオ


担当:水瀬すばる

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月24日〜07月29日

リプレイ公開日:2008年08月01日

●オープニング

 草木も眠る丑三つ時。
 雨上がりの重い夜気が女の白い衣に纏わり付く。時折通り過ぎる風も、湿気を含んで生暖かく、良い夜とはいえない。
 ここはある小さな神社、その裏手だ。しかも、恐ろしい生首や骸骨が動き回るなどの噂があり、地元の人間でも夜は近付かない。二十を超える石段をのぼっていくと、境内にたどりつく。
「何故、‥‥私よりあの女を選んだのです、‥‥」
 低く押し潰したような声が女の喉奥から絞り出される。流れる涙は枯れ果てて、真っ赤に充血した眼は小さな狂気さえ宿している。元は美しい女性だったのが、恨み悲しみという情ですっかりやつれ、今は見目にも恐ろしい。ばさり、と大きな黒い鳥の羽ばたく不気味な音がした。
「夜毎囁いてくれた睦言は嘘偽りだったのですか‥‥。ああ、恨めしい」
 女の頭には鉄輪、手には槌、そして体躯を包むのは白い着物。神木に突き刺さっているのは五寸釘だ。一度、二度と打ち込まれる度に、木の幹を深く貫いていく。
「あなたをお恨みします。‥‥愛しく思っていた日々が夢のよう。できるならあの日々に戻りたい。できないのならせめて、あなたを黄泉の世界へお連れしたい‥‥」
 
「‥‥こ、殺される!」
 こう叫んでギルドに駆け込んできたのは、身なりの良い一人の男だった。
 物騒な言葉に受付員も驚いた顔をするが、そこは慣れたもの。
「まあまあ、どうか落ち着いてください。どうなさいましたか」
 席と茶を勧め、柔らかな物腰で未来の依頼人に話しかける。
 こんな様子でギルドにやってくる人間は誰もが困り事を抱えている。依頼人とはつまりそういった人々のことだ。
「最近、心の臓が‥‥と思ったら、実は昔の女が。ああ、名を小菊というんだが、‥‥」
「真夜中の神社に一人で来いと手紙が来た。化け物が出るというあの神社に! 町の中を探しても見つからないし、私も話をしたいから会いに行く気ではあるんだが。私一人では嫌だ。誰か一緒に‥‥!」
 ああ‥‥と受付員は接客用の笑顔に隠し、心中盛大に舌打ちする。今日も長い一日になりそうだ。

●今回の参加者

 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec5122 綾織 初音(26歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec5147 九条 芽衣(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec5155 北条 萌(22歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

イリアス・ラミュウズ(eb4890)/ アリス・シェフィールド(ec3741

●リプレイ本文

「良い夜ですね。依頼がなければお茶片手に月見をするのも悪くありませんが‥‥」
 藍色の空には千切れた雲が夜風にのってゆっくりと流れていく。太陽の支配する時間が終わり、今は夜の女王が優しく大地を照らしている。丸みを帯びた月のおかげで今宵は普段より明るいようだ。依頼主や他の冒険者を待ち、齋部玲瓏(ec4507)は石段の下までやって来ると足を止める。薄闇の向こうに男物の着物を来た人影が見える。どうやら先に到着した者がいるらしい。
「――頃合だな」
 低く抑えた声が響いた。九条芽衣(ec5147)だ。隣には綾織初音(ec5122)がいる。しばらくすると、小さな灯りが揺れながら近付いてきた。依頼人だ。
「遅れて申し訳ない。皆さんお集まりのようですな」
「北条様がいらっしゃらないようですが‥‥」
 玲瓏は辺りを見回し、打ち合わせの時にいたはずの人物が見当たらないのに気付く。首を傾いで言うと、そう遠くない暗がりから声が返ってきた。
「わたしくなら此方に。一応後方警戒しながらついて行くので、どうぞお気になさらず」
 何かあった時にと北条萌(ec5155)は一行と距離を置いて、一人隠密行動をとることにした。幸い今は夜、暗闇が味方になってくれるだろう。萌はちらりと依頼人の顔を見た。元々丈夫な方ではないようだが、今回の心労でますます頼りない風貌になってしまっている。哀れなものだとは思うが、男など所詮その程度かと心の内で呟く。
(人の心は美しいがこれ程恐ろしいものもない。‥‥気をつけろよ)
 出発前にイリアス・ラミュウズがかけてくれた言葉を思い出し、萌は一行の後からそっと歩き始めた。

■ 
 一行は境内に到着するが、小菊らしい女性の姿がない。
「一体何処へきえた? 主、場所と刻限は間違いないのであろう?」
「はい。今日、この刻で間違いございませ‥‥あ、あれは。小菊、小菊の声です!」
 依頼主の男は芽衣に答えるが途中で言葉を切る。女の悲鳴だ。しかし短い悲鳴だった為、正確な場所が特定できない。
「少々お待ちくださいませ。ここは私にお任せを」
 視力に自信がある玲瓏は辺りにじっと目を凝らす。だが暗闇には何の変化もなく、女性の姿も見つけられない。ならばと予め考えていた方法、まずはリヴィールマジックを使う。魔法の効果を受けているものは特にないようだ。ならば次とエックスレイビジョンの魔法を使った。
「見えました。あちらです。女性が‥‥大きな鴉に襲われているようです」
 皆それぞれ緊張した面持ちで頷き合う。
「行こう。話をするにしても、まず化け物を片付けなくちゃならない。出るって噂は聞いてたけど、まさか本当に‥‥とはね」
 初音は肩を竦め、依頼主に此処で待つように言う。邪魔者を倒し安全を確保してから話し合いを始めた方がいい。そう判断してのことだ。
 
 案の定、竹やぶでは小菊らしい女性が化け物に襲われていた。
 小菊は感情表現こそ激しいが、戦う術をもたない普通の女性だ。大きく翼を広げた二匹の鴉に襲われ腰を抜かしている。両手を振り回して追い払おうとしているが、化け物は退く気配がない。
「この‥‥ッ、やられてばかりと思うな!」
 鴉の鋭い嘴に傷を負いながらも、初音は気合と共に刃を振るう。
 続いて芽衣の忍者刀が鴉の黒い体躯を切り裂いた。スタンアタックを使おうと構えるが、急所は‥‥と眉を寄せる。人型ならば此処だと見極めることができるが、鳥のどこを攻撃すれば身体が麻痺するのかわからない。ここは通常攻撃で撃退するしかないようだ。
 一定の距離を置いていた萌も姿を現し戦闘に参加する。目の前の鴉に気をとられていると、後ろから生首に襲い掛かられてしまう。牙が肌に食い込む感覚に息を詰める。
「不意打ちとは卑怯な! 消えろ‥‥!」
 芽衣が叩き落した生首に玲瓏が木刀でとどめをさす。桃は古来より邪を払う力があるとされている。普通の木で作られた物よりも力があるようだ。
(油断大敵ー! 後ろには気をつけて。何か危ない感じがするから。それじゃ、行ってらっしゃーい!)
「‥‥帰ったら礼を言うべきだな」 
 出発を見送ってくれたアリス・シェフィールドを思い出し、芽衣は苦く笑う。小さな青い目のシフールがくれた助言がなければ、敢えて後ろを警戒しようなどとは思わなかった。
「やれやれ、意外と時間がかかってしまったな。立てるか、小菊さん」
 そう言って初音は手を差し伸べる。小菊も自分を守って戦ってくれた四人の様子を見て、男が雇った冒険者たちなのだろうと思っている様子だ。差し出された手を借りて立ち上がると、深々と頭を下げて礼を言った。
「お助けくださりありがとうございます。少しだけ、休ませて頂いても宜しいでしょうか」
 神社の前では依頼人の男が待っているが、待たせてしまっても構わないだろう。此処で説得をしてしまうのも良いかもしれない。ちょうど良い具合の切り株に小菊を座らせると、初音は言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
「別に復讐したいならすればいい。でも、殺すばかりが復讐じゃないだろ。あんな依頼人よりももっといい人見つけて、もっと幸せになって見返してやればいい」
 小菊は一瞬驚いた顔をするが、顔を俯けて目を閉じた。自分を捨てた男への復讐に燃えた過去、だが今はまるで白い灰となってしまったように見える。酷い疲労の色が彼女の顔に浮かんでいた。
「幸いあんたは綺麗で女らしい。言い寄る男も多いんじゃないのか? 俺だったら言い寄ってるな」
「何という勿体無いお言葉。私は二度礼を言わなければならないようですね。‥‥あの方の離れてしまった心を再び取り戻すのは、針の穴を月が通るほどに難しい。私はそうと知っていながら、心を焼かれる苦しみと嫉妬に耐え切れず、あんな愚かなことを‥‥」
 もしかしたら依頼主とよりを戻せるかもしれないと考えていた玲瓏は、密やかに溜息をつく。話し合いには双方の言い分を良く聞くことが大切だ。依頼主である男が言う言葉と、今聞いた言葉を照らし合わせてみると、どうにもそれは簡単ではないらしい。鴉に襲われていたのも呪いたいというの強い力が化け物を引き寄せたのかとも思ったが、さて実際はどうだろうか。
「私は‥‥」
「なら、悪い噂で表通り歩けないようにしてやればいい。生きてる間中ずっと指さされるんだ。一瞬の死の苦しみよりよっぽどきついだろ?」
 初音が続けるが、小菊は手で顔を覆って首を振るばかり。
 ずっとその場を見守っていた萌が、すっと音もなく前に出る。深い青の瞳を細め、小菊の肩に手を置いた。
「恋の始まりには理由があるけど、恋の終わりは突然やってくる。‥‥此処は人と人を繋ぐ縁結びにご利益があるそうや。誰かを呪うより、誰かと繋がるようにお参りしたらどうやろか」
「人を呪わば穴二つと申します。強い心がおありなら、もう呪いはお止めください。此方は今は寂しくやって来る人もいないようです。綺麗に掃除をしてて祈りを捧げれば、きっと神仏が願いを聞き届けてくれることでしょう」
 木々が夜風に吹かれ、微かに触れ合う音がする。静かな場所だけに、沈黙は重かった。
 しばらく向いてじっと何かを考え込んでいたが、小菊はようやく顔を上げた。目元が少し赤くなっているが、洗い流されたようにすっきりとした顔をしている。 
「はい。そう致します。鳥も雲も、人も、いつまでも同じところに留まってはいられない。私も少し休んだら‥‥歩き出さねばならないのですね。あの方にお伝えください。‥‥今まで、ありがとうございました、と」
「お会いにはならないのですか。あちらにいらっしゃいますよ」
 玲瓏は神社の前を指し示すが、当の相手にその気はないようだ。
「それじゃ、俺が送っていくよ。随分と遅い時間だ。夜道は一人じゃ危ない。‥‥んー‥‥。ホント、どうして男に生まれなかったんだろうな」
「え?」
「いや、‥‥何でもない。行こうか」
「ではわたくしも同行しますさかい」
 初音と萌が小菊を送っていくことになり、残る二人は依頼主を迎えに歩き始める。

「‥‥というわけだ」
 これまでの顛末を説明し、それと、と前置きして芽衣は続けた。
「彼女が立ち直るまで面倒をみてやったらどうだ。見たところ金には困っていないのだろう」
「そ、それは‥‥冒険者の貴方にそんなことを言われる筋合いは‥‥」
「確かに、俺は一介の冒険者であってお前の友人でも親でもない。だが、こんな事態を招いたのは誰であるか‥‥」
「聡明な依頼人殿でしたらお解かりになるはずですわ。でしたら事態の平和的な解決に向けて最善の努力を、」
「わ、わかりました! しばらくの間、何不自由なく暮らせるよう面倒をみます。お願いですから、そう強く仰らないでください。‥‥あぁ、胃が‥‥」
 そう言って腹の辺りを押さえる依頼人をやや冷たい目で一瞥し、二人は顔を見合わせて肩を竦める。すっかり遅くなってしまった。ちょうど丑三つ時だろうか。
 依頼は無事に解決した。この小さな神社ではもう呪いの儀式が行われることはないだろう。そう、少なくともまたしばらくは――。