黒猫遊戯
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■ショートシナリオ
担当:水瀬すばる
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 80 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月14日〜02月18日
リプレイ公開日:2007年02月21日
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●オープニング
●看板娘の悩み
「美味かった。久々に来たら、つい長居しちまったな」
「ふふ。ありがとう。またどうぞ〜」
お花は最後の客を送り出しほっと一息ついた。ここは甘味処。だんごや茶で一時の潤いを楽しむ茶屋である。
決して大きな店ではないが、父親と二人今日までやってきた。
「やっぱり帰っていないのね。‥‥くろ」
白いうなじに手をやり、指先で肌を触る。癖というものは本人が気付かない場合が多く、無意識での行動である。お花のそれは、何か心配事がある時決まってする仕草であった。
「心配だわ。あの子はもう家族みたいなもの。やっぱり‥‥!」
何かあったに違いない、と彼女は大きな溜息をつく。一日の終わりには必ず現れて餌をねだるのに、ここ数日姿を現さない。猫は気紛れだからと言われればそれまでかもしれないが、何故か彼女は嫌な予感を拭えずにいた。女の勘は疑うな。亡き母の言葉を思い出し、ぐっと拳を握り締める。だが探しに行こうにも、昼間はお店から離れられない。かといって夜、女一人で出歩くのは物騒だ。
自分でできなければ、力を借りるしかない。僅かな金をかき集め、彼女は冒険者ギルドに向かうのだった。
●黒猫の行方
一方その頃。もう太陽が地平線の向こうへ沈む刻であった。
昼という光の時間が終わり、これからやって来るのは闇と静寂が支配する夜。昼間はいくらか人の通りがあるこの場所も、今は静まり返っている。最後に鰹節を食べたのはいつだっただろうか。空腹が身に染みる。
「‥‥ミー‥」
冷たく光る月を見上げ、黒猫はか細く鳴いた。
●リプレイ本文
●ある日の昼下がり
「お待たせしてしまってすみません、皆さん」
ある日の昼下がり、茶屋の仕事も一段落したところでお花が姿を現した。探索に先立ち、打ち合わせも兼ねて依頼人と冒険者が顔を合わせる機会を一日設けることにしたのだ。
「ええ。さっそくですが‥‥」
一通り挨拶を済ませた後、傍に賢そうな犬を連れた横山恵(ec0668)がまず切り出した。猫を匂いで追いたいという提案にお花は少し考え、店の奥から古い着物を持ち出し彼女に手渡す。くろの寝床に使っていた物だという。
「まァ、あなたの心配も分かるけど。最悪もしかしたら‥‥」
頴娃文乃(eb6553)が何か言おうとした時だった。場を静かに見守っていた東天旋風(eb5581)が、文乃の服をくいと軽く引っ張る。
「猫の事です、ただの気まぐれでしょう。直に見つかります」
大丈夫と添えられた言葉は自信に満ちており、それを見た文乃もまた頷きそれ以上は言わなかった。
「お花さん、黒猫さんの大好きだったものを用意して待っていてくださいね。わたくし達も手をつくしてみますからね」
マーヤ・ウィズ(eb7343)が言うとその暖かい言葉にお花は薄らと涙さえ浮かべ、宜しくお願いしますと深く頭を下げるのだった。
●探索開始
「くろの行動範囲はだいたいわかりました。‥ここは四方に分かれて情報収集してみませんか」
マーヤの提案を元に、一行は三手に分かれて街に散ることにした。まだ太陽は高い位置にあり街も活気がある。子供は楽しそうに駆け回り、女たちは井戸端会議に忙しい。情報源には困らないだろう。
「私は犬を使ってみます。違った方向から調べれば、手がかりが見付かるかもしれませんし」
恵は当初の計画通り、お花に借りた着物を元に犬を使った探索に出ることにした。もしもの時を考え、暗くなる頃には全員茶屋に集まると決めて町に散る。
「毛並みは黒で子猫と成猫の中間」
「誰が呼んでも返事はする‥‥と」
二人組みで動き始めたのはイアンナ・ラジエル(eb7445)と、文乃だ。お花からの情報を確認しながら、鬼ごっこをして走りまわっていた子供に声を掛け、迷い猫について聞いてみることにした。
「お姉ちゃんが探してるのって、あんな猫? この辺で良く見るけど」
小さな指が指し示すのは、道端を歩く三毛猫。もう大分年をとっていて動きも鈍いが、若猫とは違った貫禄がある。だが体躯の色といい、探している対象とは違うようだ。
「お茶をひとつお願いいたしますわ」
一方その頃。マーヤ、マイア・イヴレフ(eb5808)、旋風の三人はある茶屋を訪れていた。お花の店からは少し遠く、店主はといえば物静かな感じの男だった。
「此方に黒猫は遊びに来ていなかったでしょうか? 最近遊びにこないので少し心配で探してますの。情報があれば教えてくださいな」
「ええ? そうですね。そんな猫なら時々来ていましたよ。ここ最近は‥見てないですねぇ」
「こちらで黒猫を飼っていませんか。最近具合が悪いとか‥‥」
マーヤが問い掛けると、くろらしい猫を思い出す店主。だが此処で飼っているわけではないと言う。この辺りでこれ以上情報を手に入れられないと判断したマイアは、礼を言って店を出ることにした。
「すみません、猫を探しているのですがお話よろしいですか? 猫好きの方が最近猫を飼ったとか、猫嫌いな方が付近にいるとかは無いでしょうか?」
旋風が話し掛けたのは井戸端の主婦だ。くろの外見を伝えると、気になることを話し始めた。
「なんだい。お前さんたち、くろを探してるのかい。最近は見てないねぇ。でもそういえばこの先に‥‥」
●黒猫救出大作戦
「やっぱり最後に辿り付くのは、同じ場所のようですね」
老婆が言った枯れ井戸に五人が到着するのとほぼ同時、犬を連れた恵が姿を現す。着物についたくろの匂いで追跡、という作戦は上手くいったようだ。ぐるりとまわりを見回す六人。すると突然、恵の連れた犬がある一点を目指して走り出した。その先は大樹の陰、飼い主に何かを知らせようと一鳴きして尻尾を振る。
「参りましょう。お花さんの悪い予感とは逆に、良い予感がしますわ」
様子を見ていたマーヤだったが、そう言って悪戯っぽく微笑み歩き出す。不思議な説得力のあるそれに異を唱える者はなく、彼女に続いて足早に木の方へ向かった。
木の陰にあったのは古びた枯れ井戸だ。水は無く、井戸としての機能を全く果たしていないが‥‥深い。落ちないよう注意を払いつつ底を覗き込んだ旋風は、溜息をついた。
「もし落ちてしまったら、人間でも危ないでしょう。‥‥ん? ちょっと待ってください。今何か‥‥」
暗闇の中に小さく動いた影を旋風は見逃さなかった。そっと目を閉じて自ら視覚を遮断させ、聴覚を研ぎ澄ます。微かではあったが、猫の鳴き声が耳に届いた。
「私が見てきます。皆さんはここで少し待っていてください」
「イアンナさん、くろが弱っている時はこれを。くろの好物だそうです」
恵から鰹節を受け取り、イアンナは深い井戸の中へ飛んで行く。ふわりと舞い降りてきたイアンナにくろは最初怯えていたが、大好きな鰹節を差し出されると恐る恐るといった様子で近付いて来る。黒い毛並み、体躯の大きさもお花から聞いた通り。くろに間違いないと思った彼女は一度地上へと舞い戻り、救出方法を相談することにした。
「‥‥どうでしょう。ロープを使って引き上げるというのは」
底が深いと聞いたマイアは、人間が降りて引き上げるよりもロープで結び付けて猫を引き上げる作戦を提案した。問題は、誰が猫にロープを結びつけるか。
「それなら私がくろの身体に結び付けてきます。それだけでは解けるかもしれませんから、しっかり抱いて。私ごとロープを引き上げてもらえませんか」
一行が見守る中、イアンナはマイアからロープを受け取り再び井戸の底へ降りて行く。安心させるようにくろの頭を撫で、しなやかな黒い体躯にロープを結び付けても猫は暴れる様子を見せなかった。多少衰弱している為か、それ以上に自分を助けてくれるのだと理解したからかもしれない。
地上で彼女の合図を聞くと旋風がゆっくりとロープを引き上げる。しばらくすると、迷子の黒猫がその姿を現した。鰹節を食べて少しは元気を取り戻したようだったが、弱っていることに違いはない。くろは遠くに犬を見つけたが、一瞥するだけで逃げ出そうとはしなかった。猫と犬は決して仲が良いわけではない。離れたところに飼い犬を待機させた恵の判断は正しかったといえる。
「ちょっと診せてくれる?」
文乃は猫を胸に抱き、簡単に身体を調べ始めた。こういう時こそ文字通り獣医の出番だ。柔らかな肉球が少し汚れ、毛並みも少し泥が付いているが大きな外傷は見当たらない。前足に小さな傷があるだけだ。井戸に落ちる時にでも怪我をしたのかもしれない。一応念の為。そう判断し、口の中で何事か呟きリカバーの魔法をかけると、黒猫の瞳に強い光が戻る。猫は猫なりに治療の礼を示したいのだろう。短く鳴いて、文乃の手に頭を擦り寄せるのだった。
●甘味茶屋にて
毛布に包まれたくろを抱え、一行は甘味茶屋へと戻った。
「え、井戸に?‥‥元から悪戯好きでしたけど、まさかそんなところにいるなんて」
お花は六人と一匹の無事な帰還をとても喜び、店の甘味や茶を振る舞いちょっとした祝いの席を設けた。彼女は探索から救出までの武勇伝を聞きながら微笑み、黒猫は興味津々といった様子で飼い主よりも冒険者の間を小さな足で歩きまわる。元々人懐っこい性格のようで、呼ばれると鳴いてすぐに寄って来る。
「お花さんが面倒みてあげたらどうかなァ。ねぇ?」
「看板娘に看板猫というわけですね」
文乃とマーヤのやり取りを聞き、お花は笑って首を横に振った。
「猫は風来坊、くろには野良が似合ってます。それに、部屋で飼ってもすぐ逃げ出しそうで」
もちろんこれからも変わらず、鰹節は用意しておくつもりだとお花は語った。
「本当にありがとうございました。私の大事な家族を助けてくれて。‥皆さんの進む道にこの先、可愛い猫の幸運がありますように」
動物やら甘味の話で盛り上がり、お開きになったのはもう鴉が鳴いて巣に帰る頃だった。赤い夕焼けが美しい。黒猫を横に連れ、お花はそう言って六人を見送るのだった。