月下美人

■ショートシナリオ


担当:水瀬すばる

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月18日〜02月22日

リプレイ公開日:2007年02月24日

●オープニング

●娘の声
「‥千代?」
 遅い夕餉が終わり使用人たちもそれぞれの部屋に引き取った後、父は裏庭で娘の姿を見つけた。食事が終わったら久しぶりに話でもしようとしたが見付からない。他の者にも聞いてやっと、この場所を見つけたのだ。
 呉服屋を営むこと数十年、商売は軌道に乗り安定した忙しい生活を送っていたが、気付けば娘と過ごす時間が少なくなっていた。何よりも娘の事を想っていたはずなのに、その子に今寂しい思いをさせている。最近、父親の胸を刺すのはそんな罪悪感だ。
「星を、見ていたの」
 手頃な石に腰掛けた娘が小さな声で答える。どれほどの時間、夜空を見ていたのだろう。父は横に立って夜空を見上げた。
「‥お前が生まれた日も、こんな綺麗な星空だった。冬の空にお星様がこう、きらきら輝いていてな」
 随分高いところに三日月が見える。それはまるで猫の爪にも似て、頼りなくけれど確実に空の一角で輝いていた。
「‥‥」
 娘は答えない。濡れたように黒い目が映すのは、瞬く星々だけ。父は密やかに溜息をついて口を開く。
「長く健やかに生きられますように」
「‥‥え?」
「母さんが付けたんだ、その名前。大事なお前の幸せを祈って。そんな暗い顔をしていたら、死んだ母さんもあの世で心配する」
「‥‥ん」
 肯定とも否定ともつかぬ曖昧な返事は、不安となって霧のように心へ広がっていく。元々あまり活発な性格ではなかったが、年を越える毎に口数が少なくなり生気が薄れていくように思われた。それは気のせいだと言い聞かせながら、忙殺される日々を言い訳に何もできずにいた。否、しなかったのかもしれない。大丈夫だ、それは何の根拠もない自分だけに都合のいい言い訳。逃げていたと言われても仕方ない。
 二度目の溜息が洩れる。そういえば最近娘の笑った顔を見ていない。もう寝なさいと部屋に連れて行く途中、父はそのことばかりを考えていた。

●父の願い
「‥‥というわけだ。娘がもうすぐ七つになる。祝宴を面白おかしく祝ってやりたいのだが、まわりの連中は大人しい者が多くてな」
 困ったように父親は頬を掻き、そんな様子にギルド受付員は心中密かな笑みを零す。大人しい、というのは恐らくまわりの人間だけでなく、依頼人自身を含めてだろう。
「あの子は生まれつき身体が弱く、そう長くは生きられないと医者に言われている。本人も知っている事だ。せめて一つでも多く良い思い出を作ってやりたい。‥‥宜しく頼む」
 そう言って頭を下げた姿は、紛れも無い一人の「父親」であった。

●今回の参加者

 eb0762 綾辻 糸桜里(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3283 室川 風太(43歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3463 一式 猛(21歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3690 室川 雅水(40歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec1273 紅 雀(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec1285 字倉 水煙(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

任谷 煉凱(eb3473)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751

●リプレイ本文

●正午の太陽
「‥‥というわけで、祝宴は夜より昼間でどうだろう」
 祝いの席ともなれば賑やかな曲や人の声で騒がしい。室川風太(eb3283)の提案を聞き、依頼人である千代の父親は頷いて承諾した。娘の事で頭がいっぱいで、細かなところにまで考えが至らなかったらしい。若く見えるがしっかりしているものだと父親が感心したのは、ここだけの話。
「おーい、こっちも頼む。年寄りは力がなくてな」
「ああ。今行く。これは此方に置いておくぞ」
 宴の当日、颯爽と現れたのは任谷煉凱だ。料理を運んだり席を準備したりと、逞しい身体を惜しみなく使い宴の準備を手際よくこなす姿に、老人たちは眩しそうに目を細めるのだった。
「初めまして、綾辻糸桜里と申します。よろしくお願いいたしますわ、千代様」
「こんにちは。‥あの、初めまして」
 綾辻糸桜里(eb0762)が声をかけると、千代は恥ずかしそうにしながらもぺこりと頭を下げた。元々人見知りな子供であったが、糸桜里が膝を折って微笑むとようやく小さな声で挨拶を返した。
「糸桜里嬢ちゃん? わしじゃ。お汁粉の材料を持って来たでの」
 アルスダルト・リーゼンベルツが糸桜里を追って台所にやって来た。手には汁粉の材料を持っており、やる気十分の彼女にしっかりとそれを手渡す。手伝いにやって来た二人が帰る頃には、甘い汁粉の匂いが風に乗って千代にも届いた。
 青い空に、白い雲。柔らかな風が運ぶのは鳥達の歌声。
 今日は本当に、宴日和だ。

●技の匠たち
 準備は整った。商家の広い庭に、木で作られた舞台。色鮮やかな料理、そして千代の祖父から近所の子供まで、千代の誕生を祝う為に集まって来た人々。父親が挨拶を述べると、人々の視線は舞台に集中した。一番手は紅雀(ec1273)だ。深呼吸を一つ、心と身体の調子を整えると舞台に上がる。
「拙者の忍法とくとご覧あれ!」
 忍法と聞いてざわめく人々を前に、雀は掌から長く大きな焔を吹き出させる。大きな歓声。それに混じって、一人の子供が白っぽい布切れを投げてきた。悪戯だろう。一瞬驚いた雀だが、慌てず焦らず布切れを黒い瞳で一瞥。掌を向け、一瞬で燃やしてしまった。千代も驚いた様子、目を丸くして術に見入っている。
 二番手は字倉水煙(ec1285)、舞台に上がらずにその場で懐からお手玉を取り出した。
「水煙さんは、ここでやるの?」
「千代殿、お手玉は派手な遊びではないのじゃ」
 と言いつつ、一つまた一つと投げるお手玉を増やしていく。誰にでも出来る芸ではない。千代もお手玉で遊んだことがあったが、目の前で繰り広げられる技に目が離せない。くるくるとまわる玉を追って黒い目が動く。
「お汁粉はお好きかしら?まだまだ未熟ですが精一杯作らせていただきましたの。よろしかったら召上って下さいませ」
 出し物が一段落したところで、人々には甘い汁粉が振舞われた。糸桜里の手作りだ。千代も汁粉の入った椀を受け取り、ふうっと息を吹きかけて冷ましながら食べ始める。糸桜里が感想を聞くより早く千代の椀が空になり、それが何より「美味しい」を物語っていた。
 糸桜里の番になり、彼女は舞台に上がる。生業が軽業師というだけあって身のこなしは軽く、舞台の広さを十分に生かした芸で見る者を楽しませてくれる。特に後方宙返りは、拍手と共に再演要求が掛かった程だ。
 次から次へと繰り広げられる出し物に、千代は笑ったり驚いたりと表情を変える。室川風太(eb3283)は、そんな千代の横顔を絵に描くことにした。墨と半紙は、既に父親から受け取り準備万端。難しいかとも思われたが、気がつけば千代の笑顔が半紙に描かれていた。
「これは、わたし?‥‥ありがとう」
 風太から絵を受け取ると、じっとその絵に目を落とす。紙が破れないようにそっと胸に抱くと、頬をほんのりと赤く染めて礼を言った。記憶を彩る大切な思い出の品になったに違いない。

●旋律、空に響いて
「千代ちゃん、お誕生日おめでとう!」
 チャンカチャンカ、チャンカチャンカ、チャンカチャンカ、チャンカチャンカ♪
 室川雅水(eb3690)が三味線を鳴らし、その音を背景に一式猛(eb3463)が踊る。明るく軽やかな旋律に乗せて、千代の手を引いて舞台へと。最初は戸惑いがちの千代であったが、クマの遊戯が気に入ったようで一緒に踊り始める。能楽のように洗練された動きではないがそれだけに親しみやすく、運動が得意ではない千代でもついていける。猛が追いかけ、千代が笑いながら逃げていく。
「クマが踊ってます〜。クマクマ音頭です〜。クマクマー。クマとクワ(鍬)は全く違いますからって、当たり前やん」
 雅水の軽快な冗談に大きな笑い声が響く。千代は一瞬きょとんとするが、文字通り腹を抱えて笑いを押し殺す。薄らと滲んだ涙を細い指で拭い、それでもまだ笑いがおさまらないようだ。

●夕焼け
 始まりがあれば終わりがある。
 楽しかった宴もお開きとなり、招かれた客は一人また一人と帰って行く。始まった頃にはあんなに高かった太陽も、今は地平線の向こうへ沈もうとしている。
「皆さん。今日は本当にありがとうございました。この子の笑った顔なんて‥久しぶりです」
 傍らに千代を連れ、父親が六人の元へやって来る。彼に続いて千代もぺこりと頭を下げた。
「わたし、本当は早くお空に行きたかった。星になれたら母様の傍にずっといられるし、身体だって苦しくない。生きていても‥‥なんて思ってた」
 ずっと父親の後ろに隠れるようにしていた少女が、初めて自分の足で前に進み出る。
「でも。今日が凄く楽しかったから、また明日も楽しいことがあるかもしれない、ってそう思えたの。母様は逝ってしまったけれど、貰ったこの命はまだ‥‥此処にあるから」
 そう言って胸に手を当てる。
「わたし、死ぬまで生きてみる。今日のこと、絶対に忘れない‥‥ありがとう」
 水煙は優しい笑みを浮かべ、身体を屈めて目線の高さを合わせた。
「人生は誰しも等しく一度きりじゃ。ならば楽しむだけ楽しんだほうが得というもんじゃろ?」
「‥‥はい」
 黒い瞳にあるのは強く揺らぎない希望。千代の心から、この日の思い出が消えることはないだろう。
 微笑んだ少女の隣で、父親が泣くのを必死に堪えていた。