【何でもござれ】歌え、響け、彼方まで

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月29日〜01月03日

リプレイ公開日:2006年01月08日

●オープニング

●セルアンさんは叫んだ
「‥‥これで、お終いよっ!」
 外に雪舞い積もり、その中を人々が群れては流れる道を見下ろしながらセルアン・シェザースは山の様にあった羊皮紙が最後の一枚に自らの名前を示し終われば叫び、それを執事のロディへと放った。
「もう今年は仕事、やらないからね。関係する皆へその旨、しっかり伝えておいて」
「はい、少々早いですが今年もお疲れ様でした」
 そして肩を回し言えば次いで机に突っ伏すと、その主人を労い執事が言葉を掛ければ
「それでこれから、どうするんですか」
 此処最近、多忙を極めていた彼女へこれから暫く出来た暇の間に何をするのか尋ねる‥‥余り変にはっちゃけられると色々後で困るから。
(「今年もまた、女装の男性をはべらかして夜な夜な‥‥」)
 と思っていた彼の予想が裏切られ、だが主が再び口を開くのを見れば彼は去年の出来事をとりあえず、忘却の彼方へと追いやると
「そうね‥‥久々に歌が聞きたいわ」
「歌、ですか」
 彼の考えは知らずセルアン、顔だけ上げて彼を見つめると率直に真面目な表情で言えば執事は首を傾げる‥‥彼女らしくないと言えば彼女らしくない言葉だったから。
「えぇ、文化の極みよ。音楽と言うものは」
「はぁ」
 そして紡がれる、セルアンの歌に対する想いに執事は生返事‥‥だって余りにも普段と懸け離れているから、それは止むを得ないだろう。
「それに想いを乗せ、紡がれる歌程大事にすべきものはないわ。尤も、大事にすべきなのはその内容と歌い手の意思ね」
 そのロディが口をポカンと開け、間抜け面を浮かべている間にも彼女はつらつらと真剣な面持ちで自身が抱く、理想の歌に付いて語れば
「そのどちらかが欠けていても歌は歌として成り立たない‥‥けれど近頃は技術云々を重視している人もいるのよね、私にとってそれは二の次なのだけど」
「‥‥あい」
 まだ続く彼女の歌への想いはその途中、先まで輝いていた表情に陰りが差すと
「それで最近、その傾向が強い様な気がして‥‥最近歌なんか聞く機会もなかったから、私がいい歌を聞く為にちょっとした事を思い立った訳よ」
「‥‥何、ですか?」
 次いで声のトーンも落として詰まらなげに言うがそれも束の間、いつの間にか上体を机から起こし椅子の背もたれへ体を預ければ悪戯めいた笑みを浮かべ、その表情に思わず執事が問い質すとセルアン。
「歌唱大会♪」
 ただの一言でロディへ回答を提示しては次いで、引き出しから一枚の羊皮紙を取り出し彼へ渡す。
「だからこれに書いてある通り、準備宜しくね〜」
「こう言う事は早いですね‥‥」
 そしてそれを受け取りロディ、ざっとその内容に目を通して感心し‥‥直後に呆れ呟くと彼女は笑い、微笑みながら執事へ言うのだった。
「好きな事をやる為なら、寝る時間も平気で削れるわよ」

●そう言う訳で、冒険者ギルド
「‥‥と言う事でね、最近は仕事が多忙を極めていてご無沙汰だったけど良くお世話になっていたから此処にもお誘いに来たの」
「なるほど、面白そうですね」
 その翌日、早々に冒険者ギルドへ歌唱大会ご案内の旨を届けにセルアンがやって来れば受付嬢も顔を綻ばせると
「でしょ♪ 折角の年の瀬、楽しく過ごしたいからね〜。それに賞品も出るから奮って参加してね、でも‥‥」
「でも?」
 受付嬢の様子に釣られ、セルアンも笑えば‥‥だが次には表情を厳しくし、何事かと尋ねる受付嬢へ凄惨な笑みを浮かべれば一つだけ、忠告を告げる。
「音痴でもその歌が『響く』ものなら私は文句を言わないけれど、魂の篭っていない歌を歌ったりしたら‥‥文化の極みを虐げたとみなして相応の報いは受けて貰うかも」
「‥‥‥」
 すると途端、静まる冒険者ギルド‥‥彼女の悪名がそれなりに知れているからか。
「それだけ参加する人に伝えておいてね。それじゃ、宜しくー!」
「‥‥どんな事になるのかなぁ」
 だがしかしそれを振り払う様、再びセルアンは笑い明るい声音でそれだけ言うと踵を返して冒険者ギルドから去り、受付嬢はその背中を見送りながら今までの依頼を振り返り‥‥今回は果たしてどんな事が待つだろう、その終幕を想像しながら。

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 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 概要:暇なセルアンさんのアイデアから突如、年を越す前のイベントとして彼女主催の歌唱大会を催す事に決まった昨今、冒険者の皆さんにも参加して貰いたいとの事から今回の依頼‥‥と言うかお誘いです。
 お暇な方、興味を覚えた方は是非どうぞ。
 但し当日に皆さんが歌う歌詞に付いては自作(内容に付いては不問)となりますので、予め歌詞を考え練習に励み、本番に臨んで下さい。

 傾向等:年の瀬歌唱大会、ノリは皆さん次第
 NPC:セルアン、ロディ
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●今回の参加者

 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5195 エモジェン・エアハート(27歳・♀・バード・ジャイアント・イギリス王国)
 ea6089 ミルフィー・アクエリ(28歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9412 リーラル・ラーン(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0981 空流馬 ひのき(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2473 ユーニ・ユーニ(17歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 eb3878 紅谷 浅葱(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「人数は何とか確保できたみたいね」
「聖杯探索のお触れも出ていた為にギリギリでしたけれど」
 第一回、セルアン・シェザース主催による歌唱大会『歌え、響け、彼方まで』会場。
 いつの間にそんな名前が付いたのかって‥‥余り細かい事は余り気にしない様に。
 その中、参加者のリストを見ながらその主催者は見込みに対してギリギリな参加者数に少し残念そうな表情を浮かべるも、執事ロディが言うその理由に一応納得すれば
「滅多にない機会、重々拝聴させて頂く事にしましょう♪」
 次には笑顔を浮かべ、まずは一人目が堂々と胸を張り‥‥だが、自身のドレスの裾を踏んでは盛大に皆の前で転ぶ姿を見ても尚、セルアンは期待に胸を膨らませた。

 そのドレスの裾を踏んで思い切り転倒したその一番手はリーラル・ラーン(ea9412)は真赤になった鼻を摩りつつ、一先ず会場を見回してビックリする。
「意外に人が多いですねぇ」
 だがそれで済んでしまう辺り、天然ボケ度が強いのだろう‥‥場の雰囲気に動じる事無く微笑めば歌がその口より紡がれた。

『闇夜はその身を持て 人々の心を優しく包むだろう
 光は全てを持って 私達を何時までも見つめるだろう
 孤独を感じた時 自然を見上げよう
 空も大地も何もかも見守っていてくれる

 時は流るる 気が付けば激流の様に
 でもいつも変わらず 自然は私達を待っている
 見守っている 皆に幸あれと』

 そして歌が終わるとセルアンさん。
「‥‥ん、お疲れさんー。で、この歌を作ろうとしたきっかけは?」
「一年間ご苦労様でしたと、新しい年が良いものである様‥‥また皆さんが幸せな気持ちになる様にと思い、友人から話を聞きながら作りました」
「ありがとね、それじゃ拍手!」
 皆に予め言い渡していた事について尋ねれば、最初の天然ボケドジはどこへやら‥‥澱みなく答える彼女に頷き笑ってセルアン、彼女を労うと場に拍手を促したがやはり退場時はお約束かの様に再度、しかし今度は唐突に何もない所でリーラルは転ぶのだった。


「一生懸命歌いますので宜しくお願いします!」
 その天然エルフの後を務める二番手、ミルフィー・アクエリ(ea6089)は彼女とは逆、どこか慌しく舞台に上がれば観客へ挨拶を交わす。
 質素ながらも真紅のドレスに皺が寄っていたり、水晶のティアラが微妙に曲がっている所を見れば着付けに手間取った様だが、彼女はそれに気付く事無くやがて口を開いた。

『少女は独り馬小屋に座り泣いていた
 紅い髪蒼い瞳 皆と違う 何故私だけなの
 紅い髪蒼い瞳 皆と違う 皆キライ虐めないで‥‥

 少女は独り酒場の椅子に座り笑っていた
 赤い髪青い瞳 皆同じ 少女は戦いに身を投じ
 赤い髪青い瞳 皆同じ 少女は恋をし、永遠の愛を誓い会い

 少女は月夜に向かい叫ぶ
 髪も瞳も 違って良かった 今が一杯幸せだと
 髪も瞳も 綺麗だと言ってくれた こんなに嬉しい事はないと

 そして少女は彼女に変わる
 同じ景色が巡り彼女は母親に変わる

 いつかきっと私は伝えたい
 赤い髪と青い瞳を持った少女がいた事を』

 そして歌が終わればやがて場に響く拍手、歌声もさる事ながらその物語調な内容も好感を持った様子‥‥とは言えそれを採点するのはセルアンで
「はい、ミルフィーちゃんお疲れー。それでこの歌は何を想って歌ったのかな?」
「私は幼い頃虐められていて‥‥でも、このままじゃいけないって思って憧れの冒険者になる事にしたんです。世界はとっても広くて、ここの人達はとっても優しい人ばかり。そして大事な人も出来ました‥‥そんな掛け替えのない居場所だから、ありがとうの気持ちを込めて歌いました。みんなみんな大好きです!」
 やはり同様の質問を投げ掛ける彼女に対してミルフィーは笑顔で自身の過去を簡潔に述べ、セルアンの問いに対しての解を提示すると最後に彼女は観客の声援に両手を振って応えれば、一礼した後に退場した。


「はぅぅ‥‥あの‥‥その‥‥エ、エスナ・ウォルターです‥‥よ、よろしくお願いします‥‥」
 テンポ良く進む歌唱大会、その三番手であるエスナ・ウォルター(eb0752)が恥ずかしげにステージに上がると直後、観客の多さから更に顔を赤くし顔を俯けては沈黙すると彼女の様子から場はざわめくが意を決するとエスナ、胸元を飾る蒼く小さな宝石の輝くペンダントを握り締め顔を上げては銀髪を舞わせると勢い良く、歌声を連ね始めた。

『そっと瞳閉じて 思い出してみる
 幼い思い出 君と過ごした日々

 優しい声 笑顔に甘えていたね
 永遠に続く そう思っていたけど

 君の夢を 邪魔出来なくて
 寂しさ隠し 笑顔で見送った
 君がくれたペンダント 約束の証
 『ずっと待ってる』 そう誓った‥‥

 あの日 崩れそうな私に
 優しい眼差しで 手を引いて
 二人の『始まり』 君がくれたね

 今はまだ 小さな私だけれど
 君と歩ける その時が訪れたなら
 両手広げて 胸一杯の想いを
 伝えたい 君の元へ‥‥』

 やがて場は沈黙し歌い終えた事を悟れば、自身が歌った歌を改めて思い出し恥ずかしさから顔を爆発させん勢いで急激に赤く染めるも
「引っ込み思案な性格だと自身、分かっているだろうにどうしてこの歌を‥‥この歌詞にしようとしたのかしら?」
「大切な人へ‥‥伝えたい気持ちを、歌にして伝えたかったから‥‥」
 その中、先までと少し切口を変えたセルアンの問いに頬は真赤に染めたまま‥‥それでもその気持ちだけは絶対に伝えようとエスナは彼女から視線は逸らさず、言い切ればセルアンは何も言わず微笑み、彼女へ退場を促した。


『過ぎ去りし時間 移ろう季節
 夜空を見上げて想いを馳せる

 瞳に映るは幾千の星 星を数え明日を待つ
 美しい夜 月光が照らす泡沫の夢』

 琥龍蒼羅(ea1442)が四番手、これで一先ず折り返し。
 歌声には揺らぎこそあれ、目を閉じ爪弾く竪琴から奏でられる音色は正確で美麗な音を連ね、重ねられる。
 だがその逆に彼の整った表情は変わらず、変化のある歌と変わらない彼の面立ちから幾人かの貴婦人から黄色い声が上がれば
「ふんふんふん‥‥」
「セルアン様‥‥」
 セルアンさんも食い入って見ている事にロディは呆れるが、それでもまだ彼の歌は続く。

『積み重ねて来た日々を 思い出に変えて
 未来は必ず訪れるから 過去へ後戻りは出来ないから

 星が残る夜明けの空に 別れを告げて歩き出そう
 明日がより良き日である様に 希望と共に歩き出そう』

「‥‥この歌には様々な想いを胸に未来へ向かい進み続ける、と言う気持ちを込めて歌った」
 やがて歌い終え蒼羅、セルアンが何事か尋ねるよりも早く場にいる皆へ厳かな声音を持って自身の気持ちをあるがまま、伝えると
「歌詞を作ると言うのは難しい物だな、曲なら簡単に出来るのだが」
 別段、何かを意識していた訳でなくこの歌を作るに当たって感じた事も続けて言えば恭しく一礼して直後に上がる黄色い声援を背に、舞台を後にした。


『傷付いた白うさぎ 心配そうな目の黒うさぎ
 愛する事に何が必要だと言うの
 誰かを優しくする事を
 うさぎだって知っている

 偉いお坊さんも言ってたわ 他の人の為に生きよう
 その中で自分の望みも叶えられる
 他の人の為に生きる事を
 うさぎだって知っている
 神さまは教えてくれたの
 うさぎだって知っている 愛する事を』

 さりとて暫しの小休止を挟んだ後に再開される歌唱大会、『歌え、響け、彼方まで』。
 その五番目、珍しいジャイアントのバードであるエモジェン・エアハート(ea5195)の歌声は前触れもなく、ハープの音色に乗って場へ響く。
 その声は今までの誰よりも美麗にして場に響けば皆を魅了するも、セルアンだけは厳しい眼差しだけ彼女に送り、真剣に歌に聞き入る。

『傷付いた白うさぎ 心配そうな目の黒うさぎ
 黒うさぎは傷を舐めてあげたの

 傷付いたウサギでした
 白い毛は 血で赤くなっていました
 別なウサギが来ました
 黒い毛の 小さなウサギでした

 二匹は見詰め合って
 別なウサギは傷付いたウサギの傷を舐めました』

 何かの情景を歌ったのだろう、彼女の歌に対してセルアンが問えばエモジェンの答えは至って静かに紡がれた。
「こんな小さな動物にも、他のものを思う心があります‥‥それを知って貰いたくて、この歌を作り、歌いました」
 そして物憂げな表情は変わらないまま、彼女が一礼すれば舞台を後にする間際。
「僕のこの心と声は貴方に届いているでしょうか」
 静かに呟かれたその言葉だけは、今はまだ誰にも届く事無く舞う雪の中に儚く消えた。


『太陽一杯浴びた日は
 ほかほか心もあったか みかん色
 大きな希望は陽の向こう
 それなら向かおう 何も恐れず
 この広い世界の向こうへ 夢を求めて』

 次なる歌い手、歌を紡ぐその表情は見ている観客もすっきりしそうな位に晴れ晴れとしたもので、それには何の迷いも躊躇いもなく感じた。
 響く歌声は素人そのものではあるがそれでも、空に立ち込める白く重い雲を取り払いそうなまで大きく、明るく場へ響き渡る。

『ぽっかぽかのお日さまー
 お空の上からー やさしく照らしてくれているのー

 野原ですやすやー お昼寝していたらー
 こころの中までー あったかくなるのー』

「やっぱりあたしには大きな夢があるから、折角誕生日も迎えられる事だし一年無事に健康に生きてこられた感謝と、これからまた一年無事で健康に生きていられる様に、って言う願いを込めたの♪ あ、それと『夢や希望は諦めなければ、あの太陽みたいに必ず光が差す事があるんだよ』って事も伝えたかったです!」
 朗々と自身が歌を全て紡ぎ切った後、十六歳の誕生日を迎えたばかりでその歌を奏でた空流馬ひのき(eb0981)が答えたその表情に自分なりながらも満足感を漂わせると、そんな彼女へセルアンは笑顔で声を掛けた。
「誕生パーティは結果発表と一緒になるけど、折角だからこれも私主催でやらせて貰うからお楽しみにね〜」
 それにも彼女は、満面の笑みで答えるのだった。
「ありがとうございますっ!」


 ‥‥さて、そろそろ歌唱大会も終わりに近い。
 次に舞台へひらりと舞って現れたのはシフールで今まで奏でられた歌から勿論、彼女にも期待の視線が場にいる皆から注がれるが彼女はその視線に臆する事無く、笑顔を浮かべると小さなその口を一杯に開き、歌う。

『わたしはー ちっちゃなー シフールだけどー
 あのー おっきなー お日様みたいにー
 みんなをー ぽかぽかにー 出来たらいいなー
 みんなをー 明るくー 出来たらいいなー』

「ユーニはジプシーだから、お日さまの歌なのー♪」
 歌い終わればそう言って笑う、ユーニ・ユーニ(eb2473)の歌は簡潔ながらも楽しく、心弾ませるものでセルアンの問いに対しても笑い応える彼女に思わず場にいる皆は表情を緩ませる中、セルアンは微笑を湛えながら率直に感想を述べた。
「寒空を忘れそうになる程の暖かい歌、ありがとうね」
 その感想に、彼女は正しく太陽の様な笑顔を浮かべた。


 そしてとりを務める事となったのは浪人の紅谷浅葱(eb3878)、尤も今は礼服に身を包みアクセントにオリーブの実を胸元にあしらい、普段とは違う装いで臨んでいた。この装いには意味があり、浅葱はその為にセルアンに無理を言い、彼女のツテでイギリスでは高価な輸入品であるオリーブの実をわざわざ手に入れてもらっていた。
「初めまして、紅谷浅葱です」
 礼儀正しい一礼の後に顔を上げ、視線をリーラルへと注ぐが以前贈った筈の髪飾りがない事に内心でうな垂れるも今は一時それを忘れ、顔を上げれば静かに彼は歌を奏で出す。

『眠れや眠れ 愛しき我が子
 夜の帳は 夢への旅路
 抱く腕は 闇夜の標
 そなたに贈るは我が心
 春には花の香
 夏には涼風
 秋には虫の音
 冬には炉の火

 眠れ幼子 穏やかに
 夜の静寂に 誘われ

 眠れ愛し子 安らかに
 森の木霊に 導かれ

 そなたを包むは星灯り
 そなたが眠るは 母の揺籠』

「幼い頃に母が歌ってくれた子守唄です。その情景は僕にとって大切な思い出であり、平和の象徴です‥‥来年は平和な年である様に、そしてこの歌を聴いた人が少しでも安らかな気持ちになれる様にと思って歌いました」
「母の子守唄ねぇ‥‥うん、いい歌だった。ありがとう、浅葱ちゃん」
 その終わり、静かなまま終わっては余韻響く会場の中でリーラルも拍手する中、少し照れながらそう答える浅葱に笑顔でセルアンが言うと
「あの‥‥僕は一応、男なんですが」
「あらごめん、でもわざと」
『‥‥‥』
 一応訂正を試みる異性と間違われやすい面立ちの浪人だったが、彼女の最後の一言には場にいる皆が絶句で終わる歌唱大会『歌え、響け、彼方まで』会場だった。


「それじゃ冒険者の部、最優秀賞の発表と行きましょうか」
 後日、キャメロットのどこかの酒場で先日の歌唱大会『歌え、響け、彼方まで』の結果を発表するセルアンさん‥‥冒険者の部なんてあったのか、と言う突っ込みはなしで。
「エモジェン、貴方よ。確かに皆の中で歌唱技術には一番長けていたけど先にも言った通り、歌のその内容‥‥つまりは歌詞ね、それを最優先に置いた上でちゃんと決めたわ」
 唐突に自身の名を呼ばれ、エモジェンは戸惑うがセルアンは笑うと
「皆の歌にはそれぞれしっかり心が篭っていて、久々に『良い歌』を聞かせて貰った‥‥けれど形式がどうしても似通っちゃうのよねぇ。そう言った意味で一番に独特で惹き付けられた彼女に最優秀賞を。それで、エモジェンにはこれを‥‥他の皆へはこれを進呈します」
「これは‥‥」
 次いでしっかりした理由を明示すればロディがその彼女へ差し出す、リュートベイル。
「いい楽器が中々手に入らなくてね、こんなもので恐縮だけど。それと他の皆には良き運があります様に、って事で水晶のダイスを贈りました。男性陣にはおまけもつけているけどね」
『‥‥‥』
 頬を掻きながら申し訳なさそうに言うも、彼女の言葉の最後に男性陣。
 ひらひらと蒼羅と浅葱が摘む指で舞う、虹色のリボン‥‥沈黙する彼らはこれで一体何をしろと首を傾げるが
「それじゃ、誕生日を迎えた人もいる事だし‥‥それと合わせてお疲れ様って事で、乾杯!」
 それには触れずセルアン、ひのきの誕生日も祝いつつワインが並々と満たされた器を掲げるとそれから暫く、その酒場では歌声が止む事がなかったと言う。