鋭刃鉄心

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:10〜16lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 82 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月14日〜02月21日

リプレイ公開日:2006年02月22日

●オープニング

●伊勢近郊、とある墓地
「大分腕が鈍っているな、まぁいい鍛錬にはなるけれど」
 一つの風切音を立て、刀を振るえば次いで澄んだ音を響かせそれを鞘に納める男、柄から手を離すと次いで頭を掻いてぼやく。
「しかしこれで全部‥‥じゃないよなぁ、話を聞く限りではまだいる筈」
 その足元に転がる、先まで蠢いていた死霊侍を見て珍しく難しい表情を浮かべるも彼の言葉に反応してか再度、別な場所から新たに死霊侍が現れる。
「けれど話と違って多いな‥‥、っ!」
 それを見て、再び刀の柄を握っては半眼湛えぼやく志士だったが妙な違和感を覚え踏み出そうとした足を止めては後ろへ飛び退ると先まで彼がいた空間を薙ぐ、一つの嵐。
「クスクスクス‥‥」
 そしてその彼、着地するも背に衝撃を感じ慌てて振り返れば美しい着物を身に纏う、美しき女性が視界へ飛び込んで来、場に響く嗤い声からそれを敵と認識すると舌打ち一つと共に空いているスペースへ向けて、再度地を蹴る。
「こいつら‥‥前に親父から聞いた話の通りなら、火車と愛し姫だったか?! 話と状況が全然違うっ、これじゃあ勘を取り戻す前に俺の方が先に死ぬわ!」
 それらから距離を置いて周囲を見回せば、また新たに蠢き現れる死霊侍をも確認するとその数から彼は叫び、判断早く踵を返す。
「しかし伊勢って土地柄とは言え、昔からこんなにも魑魅魍魎共が沸いて出ていたか?」
 駆ける足は止めず、十河小次郎がぼやくもその問いに対する答えは今、答える者はおらず一人で溜息を付けば、止むを得ず次の手を打つ事に決めた。
「ま、とにかくこのまま放置しておくのもまずいよな‥‥しょうがない、依頼にすっか」

●京都、冒険者ギルド
「死霊の群れ、か。確かに厄介だな」
「手頃に鍛錬が出来そうな場所を聞き回って見付けた場所で、話の通りなら死霊侍だけがうろつく墓場と絶好の場所だったんだけどなぁ〜‥‥と、そんな話はいいか」
 と言う事で京都の冒険者ギルド、先日の一件を依頼として願い出る小次郎のその話の途中で腰が折れた事に気付くと、元の方向へ話を戻す。
「まぁとにかく、それだけの奴がいきなり沸いて出るのもおかしな話で少し調べてみたんだが‥‥結局死霊の群れが突然発生した原因は分からず仕舞い。そう言った事で根本の対処は出来そうにないんだが、あのままにもして置けないから人を集めて欲しい」
「分かった、少し待ってくれ」
 やがて小次郎の話が終わると青年は端的にそれだけ彼に告げ、筆を取るが何事か思い出し再度顔を上げて、己が口を開く。
「そう言えば‥‥アリア、だったか。お前の妹がさっき実家の掃除を依頼として出して欲しいと来たぞ」
「‥‥厄介な方を頼んだかなぁ」
「まぁ、どっちもどっちだな。しかしまだこちらへ来て間もないのだろう、勝手も利かないだろうし、もう暫く一緒にいてやってもいいものを‥‥」
 ついさっき、アリアが来た旨を告げると渋面を浮かべる小次郎へ今度は最初こそ口調はぶっきらぼうながらも慰めるが、その次には意見する彼。
「そうしたいのは山々なんだけどな、親父とも早い所会わせてやりたいんだよ。アリアはどう思っているか分からないが親父は妹の事、結構気にしていたし‥‥」
「だから、父親を探す為にまず自身を鍛えるか」
 その意見を小次郎は半ば認めつつ、だが自身が今やるべき事を青年へ告げれば
「親父を探す道程で何があるか分からないからな、もしもの時にアリア位は守れる様になっておきたいんだよ」
「‥‥余り焦り過ぎるな、事を急くと自壊するのが落ちだ」
 拳を固める志士の様子を黙って見つめながらそれだけ言えば、小次郎は何も言わず‥‥だがその言葉を受けて一つだけ頷いたが
「ま、柄じゃないな。とりあえずそう言う事で宜しくな!」
 次にはその表情へ笑顔を宿し、青年へそれだけ告げれば踵を返し冒険者ギルドを後にするのだった。

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 ミッション:墓地に現れた死霊の群れを駆逐せよ!

 成功条件:死霊の群れを全数撃破した時。(完全成功)
 失敗条件:火車と愛し姫の二体を打ち漏らし、逃げられた時。(完全失敗)
 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 傾向等:純戦闘系(場:墓場)、リプレイのノリは内容の割に軽め。
 NPC:小次郎(同行)
 日数内訳:伊勢近郊の墓場までの往復日数は五日、実働日数二日。
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●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0664 ゼファー・ハノーヴァー(35歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5603 ユーウィン・アグライア(36歳・♀・ナイト・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea6237 夜枝月 藍那(29歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8214 潤 美夏(23歳・♀・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)
 ea8428 雪守 明(29歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb0334 太 丹(30歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)

●サポート参加者

志乃守 乱雪(ea5557)/ 小 丹(eb2235

●リプレイ本文

●沈む太陽
「押忍! 自分は『フトシたん』こと太丹っす、宜しくっす!」
「おう、俺は十河小次郎だ! こっちこそ宜しく頼むな!」
「さてさて、京都にやって来て初の依頼が化け物退治とは、大変ですわね」
「‥‥他人事かよ」
 伊勢に向け進む一団ありき‥‥それは十河小次郎と、その彼が携えて来た依頼を引き受けた十人。
 その伊勢へと至る道を進む一行の中、太丹(eb0334)が皆の最後に小次郎と挨拶を交わせば全員の挨拶へ依頼人、熱い口調で皆へ笑顔を向け簡単に自己紹介を済ませるとその彼へ早速水を差す、毒舌家の潤美夏(ea8214)の漏らした呟きに彼は早くも渋面を浮かべては呻く。
「そんな事ありませんわ。して小次郎、遭遇した化け物に付いてもう少し詳しく教えて貰いたいのですが。折角の木剣を燃やされたらたまらないですし」
 だが彼の様子は気にせず、あっさり先の発言を翻すと今度は抱えていた疑問を切り出すドワーフの彼女だったが
「轟き、荒れる一陣の風に顔色は悪かったが、何か普通の女性だった」
「‥‥もう少し、まともな情報はないのか」
「ない」
『‥‥‥』
 返って来た答えは非常にあっさりしたもので皆はそれに沈黙‥‥僅かな間を置き、それでも静かな表情を湛えるゼファー・ハノーヴァー(ea0664)が真面目な口調で再度問うも先より更にあっさりと、ある意味分かり易い答えに皆は絶句。
 取り付く島もないとは正にこの事で、ゼファーも遂には呆れるが
「そんなもん、修行に使うから罰が当たったんじゃないのか?」
「俺のせいかよ‥‥」
 そのままやり込められる一行でもなくガイン・ハイリロード(ea7487)がサラリと言い返せば次にうな垂れたのは小次郎、コロコロと変わる彼の調子に今度は皆が笑う番。
「しかし小次郎さん、でしたか」
「あぁ、そうだが」
 その中で彼の次げた名から何事か思い出しアクテ・シュラウヴェル(ea4137)が小次郎を見つめればその本人は何かと首を傾げれば
「妙な噂を聞いたのですが?」
「妙な、噂‥‥」
 彼女の発言からやはり何か思い出した美夏、彼女が漏らす呟きへ小次郎は僅かに思い当たる節から戦慄を覚える。
「私もです、イギリスではお噂は色々聞いておりましたので。しかしジャパンへいらしていたとは‥‥噂と違って真面目そうな方、人は見掛けに寄らず‥‥いえ、何も」
「何だよ、話の途中で目を逸らすなよ!」
 すると次いで小次郎を見つめていたアクテの口から、だが最後まで紡がれる事がなかったその噂と彼女の反応から思わず叫ぶのだった‥‥伊勢まではまだ、遠い。

●歪む墓場
 それから一行、適度に小次郎を弄りつつ旅路を急ぐ。
 夜を迎える前に一度、墓地の状況を確認しておきたかったからなのだが‥‥。
「夜を迎えそうですね‥‥」
「しかし、ジャパンには一度は訪れてみたいと思っていたが‥‥イギリスと比べるとまるで別世界の様だな」
「そう、かも知れませんね。でも過ごし易い所ですよ」
「それに土地が変わっても、空が変わる事はありませんから不安なら夜空でも見上げてみてはどうでしょう?」
 その墓地に一行が辿り着いた頃、既に日は沈み夜枝月藍那(ea6237)が厳しい表情を浮かべて墓地の様子を見回すとその彼女に釣られ、英国の墓地とは違う趣から遠くに来たのだと改めて思い考え耽ってゼファーが呟くとその彼女へ藍那が微笑み言えば、続きアウル・ファングオル(ea4465)が夜空を見上げ、落ち着き払う射手へ提案する。
「どうでしょうー? ありがたいお経が書いてある、って事ですので〜♪」
「葵君、それなら私も負けないよっ」
 そのゼファーが二人の言葉へ頷いていた時、もう一人の射手である巨人のユーウィン・アグライア(ea5603)と言えば‥‥自身より年が一回り以上、下になる幼き浪人の月詠葵(ea0020)と共に防寒着を脱ぎ放ってはその下に纏うジャパン特有の衣装を互いに見せ合い、戦いを前にしながら余裕を見せていたりする。
「しかし仕事とは言え、折角の伊勢ですのにこんな陰気臭い場所にいるのは何故でしょうかね?」
「‥‥依頼を引き受けたからだろう?」
「今になってそんな事、言うなよ」
 そんな二人のじゃれ合いを見つつ辺りを見回す美夏、墓場独特の雰囲気に此処まで来ながら疑問系で毒づくと彼女に対し雪守明(ea8428)と小次郎は、その彼女に対し戸惑い隠せず微苦笑を浮かべたその時。
「‥‥と、早速お出ましの様だ」
「それでは、手筈通りに」
「任せて、ちゃんとお姉ちゃん方の護衛もするのです♪」
 僅かに変貌した空気から明が静かに呟けば、次に鳴り響く金属音より携えていた薙刀を構えると皆もそれぞれ、得物を手にすれば藍那の指示にそれぞれが頷く中で葵が自身の役目の一つを改めて認識すると同時、一行は地を蹴りまず眼前に現れた死霊侍へ疾駆した。

「‥‥別にサボっている訳じゃないぞ」
「分かっていますよ」
 ボソリ、ガインの言葉が剣戟響く墓場の中で静かに響くと藍那は苦笑を浮かべ、返事と共に頷く。
 騎士の割、前線で剣を振るうでもなく僧侶の藍那の傍らで二人の射手に魔術師と共に闘気の魔法振るい、刀剣振るう者達の援護に周囲の状況把握を請け負っている自身に引け目を感じているからだろうか。
「しかし、鬱陶しいな」
「パンチパンチにキックっす!」
 ガインがそう思いたくなる位に次から次へと現れる死霊侍の数は多く、闘気を掌に集めては立て続けに放つも中々その数が減らず呻くが、彼が見守る前線にて十手で死せる侍の攻撃を受けては闘気纏った拳に足を叩き込む太の姿を見る限り、まだ余裕は感じられる。
「‥‥こっちの方が早いや」
 その激しい剣舞舞う中、後方よりユーウィンが放つ矢は易々と死霊侍の鎧を打ち貫くも、その動きが変わらない事から鎧の内部が骨だけである事を察すれば、手近に迫る一体を鉄弓で殴り飛ばし‥‥あっさり腕がもげた事から、複雑な表情を浮かべては嘆息を漏らす。
「出て来ないな‥‥」
「見間違えか? それならそれでもいいんだが」
 しかし結構な時間が経ちながらも未だに小次郎が見たと言う火車に愛し姫は現れず、死せる侍を相手にしつつ隙なく辺りを見回す小次郎へガインが苦笑を投げ掛けた時。
「‥‥来るぞ、気を付けろ!」
「本命がおいでなすった、か」
 微かに空気を掻き乱す音を己の耳に捉えたゼファーが叫べば同時、矢をその方へ射ると次いで皆が見つめたその先には一つの小さな嵐があり、それと共に嵐とは真反対より生気の欠片すら感じられない端正な面立ちの女性が現れる。
「‥‥此処からが正念場、ですね」
 二匹のアンデッドに挟まれた形になる一行のその中間にて、アクテが厳しい表情で厳かに呟くと怖気のする風が一陣、場に舞った。

●疾風と抱擁
「あんたはどうするんだ?」
「皆やる気の様だし、まだどうにもしっくり来ない所があるんで俺は死霊侍の相手でもするさ。この調子で皆の足を引っ張っちゃ洒落にならん‥‥ま、そう言う事でそっちは任せたっ!」
 一行を挟む形で現れた火車と、愛し姫が現れた事により沈黙する場。
 その中、隙見せず静かな足取りでアウルが僅かにだけ背を合わせる形となった小次郎へ問えば駆け出す彼の背後。
「さて、容赦はしないからね。成仏しよう、この一撃で!」
「絆、お願い‥‥皆を助けて」
「貴女に炎の精霊の加護を」
 再度の布陣が整った事から後衛の面子がそれぞれ、動き出せば戦いは再びその幕を開く。
「‥‥そろそろオーラパワーとか覚えた方が良いかねぇ?」
 その光景を眺め、掌に再び闘気を集めつつ密かにガインが呟く中で。

「愛し、とは言いますが‥‥彷徨っている場所が場所故に、私には『イカレ』姫としか思えませんわね」
「ふふふ、面白い事を仰います事」
 愛し姫と対する面々、毒ばかり吐く美夏が美しき魂無き者へも十分な皮肉を込め煽るが‥‥その彼女は全く動じず、この場に似つかわしくない華のある笑顔を浮かべれば逆に美夏を煽るも
「何をする為、この地へ出て来たんですか?」
「‥‥貴方には関係なき事、答える理由もありませんし」
 現れてから全く動きを見せない愛し姫に対し、火車を見据えつつアウルはその合間に浮かんでいた疑問を捻じ込むが華のある笑顔こそ崩れなかったものの、帰って来た答えに含まれる響きは冷淡だけ。
「とは言えこれから、どうしたものでしょう?」
(『聞くなよ‥‥』)
「あーっ、面倒だね! 叩っ斬っちまえッ!」
 しかし続く言葉に此処へ現れた真の理由があるのか、甚だ疑問を覚えた彼女に対する美夏と明だったがどうにも煮え切らない敵に対し、既に薙刀を振るう覚悟を済ませているが故に叫ぶと自身が持てる速度を全開に、風を纏ってはアクテの援護を受け駆け出した。
「‥‥不躾なお方、余り好みではないのだけれど」
「利かねぇ、よっ!」
「その武器へ、炎の力を」
 そして奔る怪しき愛し姫の眼光に、しかし明は纏った闘気からそれに揺るがず宙を舞えば、月下に煌く刃に炎が宿ると即座にそれを振り下ろした。

「喰らいなっ!」
「風だと‥‥っ!」
 その一方、火車と退治する面々は既に風と舞い踊っていた。
 突如吹き荒れる魔法の風により巻き起こる土埃に視界を奪われ、アウルが魔法により伸張させた腕の振るい所を見誤ると、その中より現れた火車の炎で包まれた爪が一閃を貰う。
 そして彼へ与えた傷の程度を見る事なく勢いに乗った火車はその間隙を縫う様、地を蹴ると立ちはだかる者には目もくれず一行の最奥目掛け飛翔する。
「俺はあいつみたいに気が長くないんでな!」
「っ?!」
「疾いっす! 危ないっす!!」
 執拗に迫る死霊侍から自衛手段を持たない藍那を守るべく、今は借りた聖剣振るうゼファーに太が振り返った時、火車はガインが放つ闘気とアクテが地より立ち昇らせる炎柱にも怯まず速度を上げれば辿り着くのは一行の智を司る藍那の眼前。
 次いで足元にいる猫の歪んだ笑みを浮かべた表情を見止め、相対する距離と先に見せた火車の速度から回避は困難と悟り、藍那は静かに覚悟を決めたが
「ま、間に合った〜」
 間延びした声が響けば彼女の目の前、小次郎と共に後衛へ迫ろうとする死霊侍を切り伏せていた葵が間一髪、鞘で火車の爪を弾けば宙を翻るそれ目掛け再び腰に刀を差し直しつつ跳ねると、火車の目前で速度に乗ったその身を回転させては経帷子を舞わせ無防備な背を見せつける。
「な、め、る、なぁーっ!」
 その彼の行動に気が短いだろう火車は烈火の如く激怒し、距離を一気に詰めるが‥‥それこそが葵の狙い。
 荒れ狂う嵐が目前に迫るだろう頃、やっとその身を再び翻しては己目掛け奔る爪が頬を掠めると同時、葵は初めて火車へ抜刀する。
「天劔、絶刀」
「ぐっ‥‥‥ぎゃあぁぁっ!」
 目を細め、静かに彼の声が紡がれれば突如現れた白銀の剣閃が火車の喉元をなぞる様、軌跡を描くと次には絶叫が辺りへ轟くも
「浅い、ね」
 刃を通じ返って来た手応えから僅かに火車の命を断つには甘い一撃だったと判断し、微かに舌打ちすれば葵は疾く納刀して、再び渦巻き出す嵐の出方を伺う為に地を蹴り後ずさる。
「貰ったっすよー!」
 だが葵と入れ替わり、得物を捨てては擦れ違い闘気を宿した拳を固く握って弱ってか、足を止めた火車の懐へ飛び込んだのは太。
 攻撃を畳み掛ける好機と判断して、即座に取ったその行動は果たして正解だったが‥‥風に掻き消される程、小さく紡がれた詠唱に気付かなかったのだけ悔やまれる。
「ななな、なんっすかー、これはー!」
 一歩、踏み出し己が身を貫く雷撃に僅かだけ太が速度を緩めば、逆に訪れたその好機を見逃さず火車は彼目掛け飛び、肩を抉るとその勢いで虚空へ飛翔する。
「逃がさないってば!」
 しかしそれにユーウィンも反応し、矢を放つがそれはギリギリのタイミングで巻き起こる風に軌道を逸らされ、彼方へ消えた。
「折角出て来たんだ‥‥このまま死んで、たまるかよ‥‥お前ら、覚えてろ」
 そしてその次、弱々しく呟きつつも持てる速度を全開に火車は一行の攻撃が届かない空の高みまで昇れば自身へ殺めようとした面々を睨み据え、それだけ吐き捨てると火車は黒く沈む空の中へ風を纏い、その姿を眩ませた。

「なぁあんた‥‥やる気あるのか?」
「余り」
『‥‥‥』
 残るは愛し姫、そちらを再び見てみると‥‥攻撃する事なく回避だけに専念する、気だるげな様子の死せし女性に戸惑い隠せず尋ねる明だったが、返って来た気だるげな答えに近くへいた面子は皆揃って押し黙る。
「それでも‥‥やると決めたからには、貫き通すっ!」
「その通りですわ」
 だが今はこの調子でも、何時か危害を加える可能性がある事は十分に懸念され‥‥しかしそれよりも先、既に腹を決めている明が叫び薙刀を突き出しその腹部を貫けば、美夏もそれと同時に上段より木剣を振り下ろすと
「悪いが、貰った」
 先の混乱を収め藍那の傍ら、弓に番えた矢を無駄に撃つ事なく狙いだけつけていたゼファーは美香の攻撃によって愛し姫の首があらぬ方へ曲がった事により狙いの中へ納まれば、その暇逃さず矢を放ち‥‥断末魔も上げなかった彼女を『再び』葬るのだった。

●昇る太陽
「迷いし魂達よ、再び迷う事無く今こそ天上へ」
「安らかに‥‥眠って下さい」
 やがて翌日‥‥あれから結局火車が出てこない中で遂に京都へ帰る日を迎え、夜明けより再び朽ちた死体を埋葬しては漸く荼毘に付し終えたアウルに藍那が祈りを捧げた頃、太陽は中天に昇っていた。
「まぁ痛手を被っているだろうから、暫くは大丈夫だろう。それに勘も戻った様な気がするし、帰るか!」
「いいのかよ。けど愛し姫のあの態度、何か気になるんだが‥‥」
 その墓地を前に完全ではないながらも明るい声音で依頼の終了を小次郎は告げたが、その彼へ呆れつつ明が一つの疑問を誰とは言わず投げ掛ける。
「帰る道すがらでも鍛錬するなら、付き合うよー」
「そう言うのなら‥‥付き合って貰うかな」
 だがそれに対する答えは誰も持ち合わせておらず、残響だけが墓地へ響き渡るも一先ず皆揃って無事に依頼を終えた事からユーウィンが明るく小次郎へ一つの提案をすれば、彼はその申し出に乗るが
「鉄弓で、だけどね」
 携えている魔力宿った鉄弓を彼女が掲げれば、笑顔を一つ浮かべるのだった。

 〜終幕〜