彩欠氷人
|
■ショートシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:9〜15lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 75 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月25日〜03月07日
リプレイ公開日:2006年03月04日
|
●オープニング
●鼓動
夜、氷雪が吹き荒ぶ。
その中心、揺れる人影が一つ。
蠢く死霊侍が一体をねめつけると大気中の水分を凝縮し、大きな礫を生成してはそれを死した侍目掛け投げ付け命中させ、完全にその動きを止める。
「‥‥‥」
ユラリ、それを確認して人影はまた揺れマントを靡かせると次の標的を探す。
その時、背後の草が僅かに鳴れば飛び出して来たのはもう一体の死霊侍。
錆付き欠けた刀をその人影目掛け振り下ろすも、彼は動じず‥‥甘んじてその一撃を右の肩口で受け止める。
「‥‥っ」
呻きは一瞬、次に死霊侍は刀を引き抜こうとするも彼はそれを許さず、以前より動きが鈍くなった右腕を何とか動かし掌で刃を掴めば、死霊侍の動きを僅かに止める。
裂ける掌に滲む血、痛みを厭わず彼は肩口に食い込む刀を離すまいとするも‥‥しかし彼にとってそれは一瞬だけの抵抗。
すぐ後に刀は彼の肩より引き抜かれ、死霊侍は体勢をよろめかせながらも次いで振り被れば彼の脳天目掛け、刀を振り下ろす。
「氷の棺、時をも止めよ」
だがそれが彼の脳天を打ち割るより早く、密かに紡がれた詠唱が完成すれば最後の死霊侍は氷の檻の中、刀を振り翳したままの姿で閉じ込められた。
「‥‥‥」
ユラリ、それを見据え人影はまた揺れる。
「まだだ、まだこんなものじゃない。守れなかった、応えられなかった‥‥大事な時に、何も出来なかった自身への贖罪はこの程度では‥‥ない」
そして動きが止まれば彼、アシュド・フォレクシーが紡ぐのはただ後悔だけ。
変わらず無表情のまま、肩口より滴る血を気にする事無く再び動き出すも
「‥‥だが此処まで逃げて来た者に、償う事は出来るのか?」
何処かへ投げ掛けられた彼の問いには、沈黙のみが返って来れば
「しかしもう、あそこに居る事は‥‥私はこれから、何を成せば‥‥いい」
戦い終わった事から舞い降りる沈黙より新たな焦燥に駆られる彼は胸を掴み、喘ぐ様に呟くも血に濡れる掌の中では自身の心臓は確かに動いていたが‥‥それは何処か借り物の様に頼りなく感じて、更に強く掌へ力を込めると叫んだ。
「‥‥っそぉぉー!」
●伊勢の闇
「‥‥あれかよ、最近仲間らをひたすら葬っているって奴は」
アシュドが絶叫を上げるその場より僅かに離れた暗がり、『それ』は彼の動向を見つめていたが今すぐに『それ』が動く気配はない様子。
「折角この辺りも過ごし易くなって来た、ってのに」
やがて踵を返し、その場より去ろうとする彼の背を見ながら嘆息を漏らすも
「あいつの姿を良く見ておけよ」
次に『それ』は顔こそ動かさなかったが、自身の後ろの闇へ声を掛けると少しずつ遠退いていく彼の背を暫くの間見つめ、一つ嗤う。
「俺としちゃ面白そうな奴で興味はあるんだが、このまま野放しにもしておけねぇだろうし、独断で動くぜ?」
その問い掛けは誰に対して紡がれたものか分からないが、その残響が消えない内に『それ』も踵を返せばやがて闇夜に紛れた。
伊勢の闇は近頃、濃い。
●疑惑
「またかい、あんた」
そんなある日、真夜中になってアシュドは伊勢神宮内にある一軒家に戻ってくれば、その扉を開けるなり辛辣な言葉で出迎える女性へ彼は一瞥だけして沈黙を返すと
「そりゃ何をするのも勝手だけどさ、あたしらが養っている事を忘れて貰っちゃ困るよ? 特に此処での揉め事はご法度だ、伊勢神宮に迷惑を掛け兼ねないからね」
「‥‥分かっている」
(「‥‥分かっている様に見えないから、毎日言っているんだけどね」)
気にする事無く靴を脱いでは中へと上がるが、その背へ釘を刺す様に忠告されれば彼女の内心は知らず、あっさり頷くとその彼の様子へ溜息を漏らす彼女。
「ま、とにかくそろそろやめときな‥‥その調子だと時期、右腕が使えなくなるよ」
左腕に比べ明らかに動きが鈍い彼の右腕を目に留めて再度忠告するも、やはり沈黙だけ返すその態度に彼女は肩を竦めるが、夜も遅い事から眠気を堪え切れず欠伸をすれば彼の背を見送りつつ、自身も部屋へ戻る事とした。
「此処に英国より最近渡って来た者がいるな? その身柄、拘束させて貰う」
だがその時、先程閉めた筈の戸が開かれ一人の役人が駆け込んでくれば厳かにアシュドを捕縛する旨を告げる。
「彼が何をしたんだい?」
「殺しだ、現場を目撃した者もおりその証言から此処に最近住み着いた者だと判別された」
その役人に対し臆せず同居人、欠伸を噛み殺しつつも余裕を持って尋ねるが返って来た役人の答えを聞けば流石に驚かずを得ず、目を見開く。
「何かの間違いじゃ?」
「夜な夜な辺りを徘徊しているとの話も聞いてな」
「‥‥そりゃ言い返せないわ」
確かに未だ、彼女はアシュドの詳しい素性に付いて良く知らない。
しかし久々にジャパンを訪れた親友と共に来た事から、悪い者ではないだろうと判断すれば食い下がるも、役人の更なる答えにそこで彼女は折れざるを得ず相変わらず背を向けたままの魔術師へ笑い、呼び掛ける。
「うーん、レリアが知っているだけの話を聞く限りはそこまで落ちていやしないと思うけど‥‥と、そうだ」
無論、反応が返って来る事はなく彼女はどうすべきか悩むがこのままにもしておけず‥‥一つの折衷案を思い浮かべば、それを申し出る為にまず役人から更に詳しい話を聞き出す努力を始めた。
「伊勢の町を近頃騒がしている殺しの犯人探し、か。しかし下手人は捕まっているのだろう?」
更にその翌日、京都の冒険者ギルドにてある依頼を伊勢神宮の巫女で、レリアにアシュドを自身の一軒家に住まわせている神野珠(こうの・たま)が持ち掛けていた。
その依頼に対し無愛想なギルド員はそれに関する話の一部始終を知っており、表情を変えず厳しい面持ちを浮かべ対応していたが
「夜だったからはっきりと顔を見た訳じゃあないって事だから、まだ決まった訳じゃないよ。それにアシュドも殺しがあった頃、伊勢の町にはいなかったって言うし‥‥尤も彼の話に対する証人はいないから、もしかすれば嘘をついているかもだけど」
「確たる証拠を掴む必要がある、か」
「若しくは別にいるかも知れない真犯人を見付ける、かな。そっちの方が私達としては嬉しいんだけど‥‥まぁとにかく、この事件に関する犯人を見付け出して欲しいって事だね」
「分かった。伊勢神宮からの依頼でもあるし近頃、伊勢の空気は不穏だ‥‥それを少しでも払拭すべく、依頼とさせて貰う」
その彼より詳しい話を知る彼女の説明に彼は自身が知っていたより思いの他、深い話だと悟ると、引き受ける旨を告げれば彼女は顔を綻ばせて彼の肩を数度叩いた。
――――――――――――――――――――
依頼内容:真なる殺しの下手人を見付けろ!
必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
傾向等:捜索&戦闘系、リプレイのノリは重めシリアス、NPCテンション↓↓
NPC:アシュド(投獄中に付き、同行不能。面会は可)
日数内訳:伊勢までの往復日数は六日、実働日数四日。
――――――――――――――――――――
●リプレイ本文
「俺がここを離れても迂闊に動くなよ、あくまで奴らが全員揃った時‥‥その時しかお前らに好機はないからな。それだけ肝に銘じて置け」
闇の中で響く声、何かへ『それ』が告げれば早く踵を返し、宙へ舞う。
「でも結局、紛い物は紛い物だよな‥‥ならその目を引いている間、揺さぶってみるか」
やがて『それ』は宙より命じたものらを見下し呟けば、次にすべき事を見出して彼方へと消えた。
●再会
「聖杯戦争の時以来だな‥‥あの頃より大分変わったか」
京は伊勢、小さいながらも役人達が捕縛した罪人達で埋め尽くされる牢獄の中。
その隅で蹲るアシュド・フォレクシーを確認して英国語を用い、彼へ呼び掛ける風霧健武(ea0403)。
面頬に覆われたその忍の表情は良く分からなかったが、久々に再会したアシュドへ静かに言葉を掛けるも顔こそ上げた彼から帰って来たのは沈黙だけ。
「‥‥手紙、見てくれましたか?」
「‥‥‥あぁ」
「ここからは何とか私達が出してあげますから、アシュドさんは皆さんに何を言われてもいい様に、心の準備でもしていて下さいね。それと、信じていますから」
「別段、放って置いてくれても‥‥」
英国にいた頃より変わった、アシュドが纏う雰囲気から場に居合わる皆は沈黙を重ねるも‥‥やがてそれに耐え兼ね、ルーティ・フィルファニア(ea0340)が恐る恐る口を開けば僅かな間の後、簡潔だが初めて返って来た反応に安堵し微笑むも次に彼が紡いだ言葉から彼女は途端、目を細める。
「アシュドさんは、自分が自分の為だけのアシュドさんだと思っています? それは‥‥とんでもない勘違いです」
格子に阻まれ、短い自身の腕が届かない所にいる彼を引っ叩けない事から冷淡な表情だけ浮かべ、ルーティは冷たく言い放つがその彼女を手で制してユーウィン・アグライア(ea5603)が前へ出ると牢の向こう、四人を見上げるだけのアシュドへ優しく呼び掛ける。
「ごめんね。あたしは、一番大切な時に力になれなくて。でも‥‥ねえ、アシュド君。あたし達の手は小さくて、どれだけ水を掬おうとしてもどんどん零れてしまう‥‥でもね、固く拳を握って叩き付けるだけじゃ拳を傷付けるだけで一滴だって掬えない。人を救う事だって一緒だと思うよ」
そして哀しげに笑みを浮かべ、慰める彼女に対しアシュドは黙ったままユーウィンを見るだけだったがそれだけの反応にも構わず、彼女は卵程の壷をアシュドへ差し出せば言葉を続ける。
「『何かを、誰かを、守れる力が欲しかった』、そう言ったのは君だった。傷付く事は償いにはならない。零した事を後悔するならそれ以上のものを救い上げようよ、一緒に。何時か目覚めるルルイエさんと英国で待つ皆と、後悔じゃなく笑顔で逢う為に。あたし‥‥アシュド君のゴーレム、もう一度見てみたいな。その為にも腕、治してね」
「でも取りあえず‥‥そこから出て来たら、一発殴らせてね。今回はそれで許してあげる」
「そう、ですね」
すると次いで笑顔を湛えアシュドへ再起を促すが、彼の返事を待たずハンナ・プラトー(ea0606)が微笑みながらもそれだけ言えば、ルーティもアシュドを睨み据えたまま赤毛の騎士に頷く。
「‥‥何を死に急ぐかは、あえて問うまい。が、この様な状況で誰かに嵌められたまま処刑されるのは本意ではなかろう? もう少しマシな生き方‥‥いや、死に方か? それを望むのなら、仲間の問いに答えて欲しい」
そんな二人の剣幕に風霧は肩を竦めるも本題を切り出すも、その言い方に抵抗を覚えた三人の鋭い視線を浴びる彼の視界の中でアシュドは僅かに頷いた。
「無実の罪で処罰されるのは見過ごせません」
「そうですね‥‥それに皆さんの顔を見ていると、アシュドさんの事を信じているのが伝わってきます。同じイギリスの方と言う事ですが、どの様な方なのでしょう‥‥是非お会いしたいものです。だからその為にも必ず、証拠や真犯人を見付けなければ」
その頃、外で僅かにその様子を見守っていたバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)が壁に背を押し付け、冷静に言えばユリアル・カートライト(ea1249)はのんびりと、だが確かな決意を持って言葉を紡ぐ。
「行きましょうか、自分達もやらなければならない事がありますから」
そのエルフの決意に同意してバーゼリオも頷けば、背後より響く穏やかな音色を耳にしながら踵を返すと一先ずその場を後にした。
●拭えぬ疑惑
「此方に来て日が浅いものでね‥‥調べられる事はやっておきたかったんですよ」
アシュドに接触した四人が彼の口より話を聞き始めた頃、僅かに遅れやって来たカイ・ミスト(ea1911)がその事を皆へ詫びると次いで、時間が許す範囲で分かった伊勢の近況を皆へ告げつつ、僅かに見知るアシュドを思い嘆息を漏らす。
「しかし随分とらしくない事をしていますね、彼も‥‥」
「まぁね、でも今はアシュドの心配より情報を集めましょう。カイが言う様にジャパンへ来てまだ日の浅い人もいるしね」
「色々と難儀ですが、頑張りましょう。アシュドさんの冤罪を晴らす為に」
「そうだな‥‥ではまた、後で」
するとその彼を宥める様、自身の焦りをも打ち消さんとロア・パープルストーム(ea4460)が努めて冷静に声を掛けると、空を見上げていた神薙理雄(ea0263)が頷けば端的に、やるべき事を蘇芳正孝(eb1963)が皆へ告げるとそれぞれに思う場所へと散った。
「無論、その様に扱うつもりだ」
「‥‥助かる」
その牢獄‥‥カイが訪ねた時にはアシュドより話を聞く女性陣を傍目に、安堵に肩を落とし役人へ礼を言う風霧の姿が目に留まる。
どうやら彼の交渉は何事もなく、牢獄を守る役人に受け取って貰えた様子。
「我々は伊勢神宮よりの依頼を受け、京の冒険者ギルドより派遣された者です。問題の異国人による殺人事件について、詳細を詳しく教えて頂きたい」
その事に察しが付きカイも内心、安堵すればその二人へ近寄り騎士らしい振る舞いにて、風霧と話していた役人へ話し掛けると頷く彼の様子から早速騎士は一つ、尋ねた。
「彼の右腕は負傷しており、まともに剣を振るう事は出来ない筈です、元より彼は水の魔術師ですからね。故に外傷に付いて聞きたいのだが」
「それに付いてですが‥‥武器に因る傷は一切なく、吹雪の魔法だろうものによって全身に刻まれた傷が致命的でした。確かに僅かな目撃者が語る犯人についての容貌等は曖昧でしたが、それだけは間違いないと言っていました」
カイが役人とそんな話を交わしては次いで遺体の検分へ向かう一方、ケンブリッジの学生である証の学生服を纏うバーゼリオは日中から適度に休みを挟みつつ、今も継続して町民達からの聞き込みに励む。
「亡くなったのは一人だけだろう、にしては騒ぎが大きい様な」
「確かにそうだけど‥‥近頃伊勢はこう言った殺しだけじゃなく、妖怪達や死霊の群れが多く見られて、敏感になっているのさ。ここ数年から今まで何事もなく過ごしていたから、尚更に」
「そう言えばこの間も小次郎センセと一緒に死霊退治したっけ。伊勢って、死霊の大量発生中?」
違う言い回しで、同じ事を様々な人々から尋ねるも帰って来る答えは皆一様。
カイの話に、その場を通り掛かったユーウィンが漏らした呟きから改めて伊勢の実情こそ知るも真理に近付ける答えは未だ見付からず。
「因みにその話、何時、何処で知った?」
「その殺しがあった日の内、かなぁ。さっきも言った通りにこう言う手の話は敏感で落ち着かないんだよ」
目立つ異国の服から、通り過ぎる人々の視線こそ突き刺さるが彼は気にせず内心で密かに呻けば一面から見る限り、アシュドが犯人だと確定しかねない情報ばかりが集まる事へバーゼリオは渋面を浮かべた。
「参ったわね、これじゃ地道に聞き込みと此処の調査しかないわね」
その殺しがあった現場にて、既に沈んだ日を背にロアは一人で溜息を付いていた。
過去見の巻物を開くも既にそれで捉えられる期間は過ぎており、今は虚しく残された痕跡だけぼんやりと眺める。
「‥‥自棄になるのはまだ、早過ぎるんじゃない? 将来もしルルイエが貴方を必要として貴方がこんな風で力になる事が出来なかったら‥‥それともこの世にいなかったら今よりももっと後悔するわよ、きっと」
漆喰の壁を穿つ跡にまだ残る血痕を凝視しつつ、変わり果ててしまったアシュドへ未だ伝えていないが、これから伝えようと思う言の葉を静かに紡げばロアはやがて背筋を伸ばし、踵を返す。
英国で彼の帰りを待つだろう人達の為に‥‥そして何より自身の為、諦める訳には行かずなかった。
●双鏡
「‥‥と言う事で、こっちはお手上げ。現場も今じゃ跡こそ残っていたけどね」
「伊勢の内情含め、それなりに有意義な話こそ聞けましたけど私が聞いた話だけでは」
「そうなると、犯人はやはり」
「答えを出すのはまだ、早いですよ」
夜の帳が落ち切った中でやがて集う一行、場所は真なる犯人を誘き出す為にアシュドが何処からか沸く死霊侍を屠っていた墓地。
今の囮、風霧を除いて一行はロアにバーゼリオが話を最後に情報が出揃えば、それらから誰かが暗に『アシュドが犯人ではないか』と呟くが、次にそれを否定する言葉が静かに辺りへ響く。
「何か、見付けたんですか?」
「見付けた、ではなく聞いたのですが私が尋ねた数少ない目撃者の一人から聞いた話に寄れば、アシュドさんと思しき犯人は『右腕』を振るって魔法を行使した様です」
「そうなると、皆さんの話に私が調べた限りで犠牲者の方とアシュドさんに接点がない事からアシュドさんを陥れようとしている誰かの仕業に」
「えぇ、恐らくは」
「ならやる事は一つですね。真の犯人が特定出来ない以上はこのまま、待ちましょう」
それは地の魔法を操るユリアルののんびりした声で、魔法から得られた情報こそ皆と同じではあるも‥‥彼が着眼して集めた情報は真実である裏打ちこそないが、間違いなく重要なものであり尋ねた理雄がその話から自身の聞いた、改変された形跡のない話を纏めると、頷くユリアルの笑顔から一つの判断を下せば皆は静かに散った。
「死して尚戦いを望む者、これぞ武士か‥‥忍びの俺には解らぬ理だな」
美しき刺繍の施されたローブを纏い、アシュドを模する風霧は最後に残る死霊侍へ手裏剣を放り刺せばその暇に駆け寄り正面から魔法の短刀で立て続けに刃を振るい、それが崩れ落ちる中で嘆息を漏らす。
「そろそろ、交代‥‥」
その最後の一体が崩れ落ち、完全に動かなくなったのを見越してからバーゼリオが彼へ静かに声を掛けるが、風霧は不意に飛び今も笑顔を湛える彼を地に叩き伏せる。
「なっ」
バーゼリオが突然の衝撃から上げた呻きは一瞬、覆われる視界の片隅を過ぎる氷雪の刃を捉えれば漸く、真の犯人が現れた事を悟り急いで立ち上がると次に彼の瞳へ映る者は、短く切り揃えられた茶色の髪を靡かせ赤い外套を羽織る一人の男性‥‥間違いなく『彼』が、先の呪文を唱えた本人である。
「アシュドさん‥‥ではありませんねっ!」
「でも、それじゃあ一体彼は」
「参ったね」
見覚えのある彼へ激情を持って叫ぶルーティ、僅かな星光の下に浮かぶアシュドらしからぬ邪悪な笑顔を見止めたからこそだったが続き呻くロアとハンナに揃い、彼女も動けなくなる。
アシュドが牢の中にいる、分かってはいるのだが目の前にいる『彼』が余りにもアシュドと酷似し過ぎているからこそ付き合いの長い者達は揺らぐ。
「皆がやり辛いのであれば、拙者がやる」
だがその『アシュド』、表情変えず『右腕』を掲げれば佇むだけの彼女らへ完成した詠唱から水礫を放とうとするがそれより僅か先、彼の風下である背面より正孝が魔力宿る木刀に風を巻き付け放ち、『彼』を打ち据えたがしかし、鎌鼬に裂かれた彼の体から血飛沫は舞わない。
それを目にして漸く皆は弾ける様に動き出せば、『アシュド』を十重二十重に取り囲む。
この人数差ではどれだけ手練だろうと、これでは正に多勢に無勢。
「‥‥何者か知らぬがアシュド殿が背負う罪、その身を持って贖って貰う」
その状況から生まれる僅かな余裕、一行の中で一番に若くまだ僅かに経験の浅い正孝がそれに身を委ね木刀を納め告げるも、囲まれる『彼』は歪んだ笑みだけ変えず湛えたまま。
「まだ、いますっ!」
その時、何処からか微かに聞こえた詠唱を捉え皆へ警鐘を鳴らす理雄は次にそれが聞こえた方へと振り返るが直後、全ての者を巻き込む様に降り注ぐ氷の嵐。
「‥‥申し訳ないが、これ以上はやらせませんよ」
だが直後、濛々と上がる湯気と土煙の中からカイの声が響けば後手に庇った伊勢神宮より証人として付き添う矛村勇(ほこむらゆう)が見守る中、二人の『アシュド』と氷雪に刻まれながらも耐えた一行の戦いが始まった。
●道程
それから暫く、一行は皆凍える空の下で荒く白い息を吐き地へ座り込んでいた。
「でも一体、何だったのかな?」
戦闘は程無くして終わり、捕らえようともしたが余りにも不自然な存在の激しい抵抗から打ち倒し、今は跡形も残らない二人の『アシュド』を思い出し呟くハンナ。
「恐らく、変魔です。見た者を持つ力まで模する生物だったと」
「だが何故、アシュドを‥‥」
「単純に考えれば、彼がいる事で何らかの不利益を被る人がいたから排除しようと‥‥でもそれが真意かまでは」
その問いへ戦いの際、何も出来なかった代わりに簡単な治療を施す矛村から吐いて出た答えに霧風は続き、疑問を紡ぐと難しい表情を浮かべる理雄は推論を述べると場に立ち込める重き雰囲気。
「まぁとにかく、無事に終わった訳ですし一休みしたら帰りましょう。夜も遅いですからね」
「矛村さん、最後に確かな証言だけお願いしますね」
「はい」
だがその中でも変わらず、マイペースなユリアルが微笑み言葉を紡げば場の雰囲気を意識せず和らげると、釣られて漸く表情を緩めた理雄が皆の治療を終えた矛村へ肝心な事を改めて願い出れば頷く彼を見て、やっと他の皆も安堵するが
「この寒さを越せば、春が来る。願わくばあの人にも一日も早い春の訪れがあらん事を」
久し振りに再会したアシュドが宿していた瞳の澱んだ光を思い出し、ハンナはまだ暫く晴れないだろう彼の心の内を察するしながらも、それだけは願わずにいられなかった。