【何でもござれ】越えろ、心傷!

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 29 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:03月09日〜03月16日

リプレイ公開日:2006年03月18日

●オープニング

●幼き日
 子供、と言うのは純粋であるが故に残酷でもある。
「やーいやーい、お前の母ちゃんエゲレス人ー!」
 その二面性を気にする事無く表に出来る存在であり、自身と異なる存在を臆せず拒絶出来る存在。
「お前は一体、何人だー!」
 アリア・レスクードが幼少の頃、やはり彼女の周りにもそう言った存在はおり‥‥見た目こそ母に似た英国人だった彼女ではあったが、ジャパン人の血も引く事や母親しかいなかった事から一部の者より苛めを受けていた。
 尤も、苛めっ子の殆どはジャパン人であり同じ血を引く者達からの苛めとは皮肉だったが‥‥彼女がジャパン人の血を引く割に、彼らの目から見て煌びやかな容姿を持っていたからこそ、なのかも知れない。
「お前の父ちゃん、何処行ったー?」
「‥‥‥」
 彼女自身の人柄から皆が皆、敵ではなかったが‥‥だからと言って彼女を庇ってくれる者もおらず日々、精神的には意外に孤独な生活を強いられていた。

「強くならなくては駄目ね。誰にも負けない位に身体も、精神も」
「‥‥でも」
 自身の家にて、母に相談した所‥‥優しい声音でこそ返すその答えに対し彼女は顔を俯け、言葉を濁らせる。
 冷たくはないのだがアリアの母親、押し付けこそしていなかったが自身が気丈であるが故に娘へ対しても、強くあれと日々言う女性だった。
「大丈夫、アリアなら出来るわ。なんて言っても私の娘だもの、ね?」
「‥‥はい」
 重圧ではなかった、だが拠り所なく彼女は顔を俯けたまま‥‥だが漸く我が娘の想いを察すると、母は娘を抱きしめる。
 その抱擁が何よりも暖かく、だからアリアは自身の為にも‥‥母親の為にも頑張ろうと誓った。


 それから半年の時間を経て、元よりあった才能を開花させたアリアは苛めっ子だった男の子達を単独で撃退するまでに剣の腕を磨いていた。
「うわーん、覚えてろー! お前の母ちゃんでべそー!」
 ジャパン語で紡がれた捨て台詞の後、走り去っていく彼らを見送りアリアは震える己が腕を抱える。
 だがそれより後、養われた条件反射は抜ける事無く彼女の内部に留まり続けるのだった。

 ‥‥実の所、この件に関しては彼女のあり方が問題だったのではなく、アリアに剣を教えた先生の『ジャパン語を聞いたのなら、それを発する者は全て敵だと思え』的な、彼女を思っての独特(?)な教え方がまずかった事こそが誰も知らない、隠された事実だったりする。

●そして現在
「‥‥辛い」
 京都、今日も夕食の買出しに町へ出たアリアはボソリと呟く。
 その表情には疲労の色が濃い‥‥既に木刀を振るう条件として染み付いているジャパン語を日永一日に渡り、あちこちで耳にしているから。
「やっぱり、早めに克服しないと‥‥」
 流石に外へ出歩く際、木刀こそ持ち歩かない様にしているが‥‥ないなりにも駆られるその衝動を無理矢理に押さえ付けている事からそれは当然と言えば当然で、足元をよろめかせては帰路に付く中で遂に彼女は一つ、決断する。

「‥‥つまり、何だ?」
「近くにある寺の一角を数日借りました、そこで‥‥修行をして貰いたいのです」
 翌日、冒険者ギルド‥‥ギルド員の青年はアリアの申し出に対し、確認の為にもう一度彼女の口から紡がれた依頼を聞いていた。
「ジャパン語を聞いても動じない精神を養う為に‥‥か」
「‥‥それだけでは私もそうですが、皆さんも退屈でしょうから近くの山林への立ち入りの許可も頂きましたので、そこで何か気晴らしを出来る様にもしてはおきました」
「しかし、この様な依頼‥‥」
「ないでしょう、ね」
 その問う彼へ、改めて簡潔に告げると彼女の事情を知る青年はやっと合点が行き、納得するも例のない依頼に戸惑えば、彼女も同意して頷く。
「お願いします、このままじゃ父を探す事も‥‥」
「そう言えば、小次郎は?」
「またフラリと何処かに、今度は二週間後に戻って来るとか」
 だがそれでも、自身の決意を曲げず真剣な表情を湛えて申し出る彼女へ渋面を浮かべ青年はふと彼女の兄の存在を思い出し、尋ねるもアリアから返って来た答えに今度は嘆息を漏らす。
「‥‥何を考えているのか」
「でもこれは私の問題です、小次郎は関係ありませんし‥‥話をして分かって貰いましたのでとにかく、宜しくお願いします」
 次いで呆れ、青年は呻くも彼女のフォローに渋面だけそのまま湛え、どうした物かと逡巡するが強気な彼女の申し出と真剣な眼差しに‥‥やがて彼は首を縦に振るのだった。

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 依頼目的:ジャパン語を聞いても平然としていられる程、強い心をアリアの中に養え!

 成功条件:ジャパン語を聞いてもアリアが暴力行為に走らなくなった時。
 失敗条件:以前と変わらないままだった時。
 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 傾向等:修練(本人は至って真剣)、言葉攻めは無論許可。
 日数内訳:目的地のお寺まで往復日数二日、実働日数五日。
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●今回の参加者

 ea7905 源真 弥澄(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1182 フルーレ・フルフラット(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb1793 和久寺 圭介(31歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3226 茉莉花 緋雨(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb4605 皆本 清音(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb4608 古関 斎(30歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゼファー・ハノーヴァー(ea0664)/ 滋藤 柾鷹(ea0858)/ 橘 一刀(eb1065)/ パラーリア・ゲラー(eb2257)/ レオーネ・オレアリス(eb4668

●リプレイ本文

●壁を越えるべく
「初めまして。私は古関斎です、宜しくお願いします」
「初め‥‥まして、アリア・レスクードです。暫くの間、宜しくお願いします」
「こちらこそ。でも、修行だなんてあんまり気負わないで」
 京都の冒険者ギルドにて、今回の依頼を請け負ってくれた一行と初めて顔を合わせるアリア・レスクードに女性の様な艶やかな笑顔浮かべ『ジャパン語で』挨拶を交わす古関斎(eb4608)にその彼とは逆、強張った笑顔で彼女が挨拶を返せばその様子から皆本清音(eb4605)が優しく肩を叩き
「自然体の方がいいと思うわよ。耐えたり堪えたりするんじゃなくて、ジャパン語を当たり前の物として受け入れられる様にならないと。始終緊張して生活していたんじゃ疲れちゃうわ」
「‥‥そ、そうですね」
 やはり『ジャパン語で』彼女へ笑い掛けるも、アリアの変わらない表情に一先ず一行は彼女の心傷を垣間見るが
「再び君に逢えるとは‥‥これもまた運命かな」
「いいえ、必然ですよ」
「‥‥あぁ、そうかもね」
 その反応に慣れている和久寺圭介(eb1793)が彼女との再会に微笑を湛え、喜ぶがその彼へ茉莉花緋雨(eb3226)はそれを柔らかく否定すれば、圭介が頷く中で彼女は久々に見えた親友を抱き締める。
「お久し振りです、お二人とも元気そうで」
「アリアこそ、相変わらずの様で安心したよ」
 そして久々に会う友人らから『ジャパン語で』語り掛けらると、僅かに緊張感が解けたのか、少しだけ顔を綻ばせるが返って来た圭介の言葉には影を落とす。
「変わりたいと思うんですけどね、中々に‥‥」
「‥‥ゆっくり行こう、今回は邪魔者もいない様だし」
「え?」
 僅かに落ちた声音からアリアが大分悩んでいる事を改めて窺い知るが、それでも彼が努めて優しく宥めれば、圭介が紡いだ最後の言葉の意味を図りかねて小首を傾げると
「そう言えば、ケンブリッジで卒業試験があると言う話ですが‥‥アリアさんも戻りますよね?」
 圭介に同感だと言う代わり、緋雨が小さく笑えば次いで話題を反らすのだった。
「わたくしも同じ様なケースだったけど、アリアちゃんはそうも行かなかったのかな?」
「話を聞く限り、少し特殊みたいッスよねー」
 その、海を越えて再会した学友三人の様子を見守る清音が抱いた疑問に、特徴的な口調を持ってフルーレ・フルフラット(eb1182)が依頼書の内容を思い出し言えば、年若き浪人もそれに思い至り頷くと
「トラウマになったのは‥‥『冷たい』ジャパンの言葉が深く心を傷付けてしまったからだと思うのです、だから‥‥今度は、『暖かい』『優しい』ジャパンの言葉を、想いと共に伝えてあげたいのです」
「でもきっと、その子達にとっては好意の裏返しだったんだよ‥‥あたしにも経験あるし、そゆの」
「それでも何気ない一言が、如何程に心を傷付け‥‥悲しい想いをさせてしまったのか‥‥今では事実」
 そしてアリアが今に至る事の発端からチサト・ミョウオウイン(eb3601)が今回の依頼に対し、本当の『ジャパン語』を彼女へ教えるべく決意すると源真弥澄(ea7905)が自身の過去を思い出して呟くが‥‥それでも幼き魔術師が続き紡いだ言葉には優しい響きが含まれていながらも言う通りであり、弥澄は頷かざるを得ず責任感の強いからこそ自身の発言に対してもうな垂れるが
「この国の言葉は‥‥本来、言霊が息づく暖かくも優しい想いの籠もった言葉。アリアさんには何時か悲しみを癒して‥‥本当の姿を知って欲しいです」
「うん、そうだね!」
「それに自分は他人事とはどうしても思えませんし、アリア殿の為に頑張りましょう」
『おー!』
 チサトはおっとりと、真直ぐに言の葉を紡げば前向きな彼女はすぐ立ち直り改めて頷くと、チサトと同じ年頃に見える童顔なパラの和泉みなも(eb3834)も微笑み湛え皆へ呼び掛ければ、雄叫びを響かせるのだった‥‥アリアが盛大に肩を震わせ飛び上がる、その中で。

●いざ、修行‥‥?
 と言う事で、アリアが暫く間借りする事となっている寺に着いた一行。
「ジャパン語のどこが嫌って訳じゃなくて、もう体に染み付いた条件反射ってとこ?」
「そう、ですね。その様に先生から教えられたもので‥‥今では昔程酷くありませんが、気を抜くと‥‥こんな感じです」
 辿り着くなり、寺内部の一角でまずはアリアと親しくなるついでに何気ない質問を『ジャパン語』でしては反応の程を伺おうとする一行の中、弥澄が問うた今‥‥彼女はアリアと鍔迫り合いを早速演じる事になる。
(「どんな教え方だったんだろう‥‥」)
 押し込むアリアに踏ん張る弥澄‥‥その光景に一行はアリアに剣を教えた者の指導が気になるが
「あれ、今はジャパン語を使っているけど普段はイギリス語で話してるの?」
「ジャパンに来てからはジャパン語こそ使っていますが‥‥聞くのは、どうしても」
「自分で話すジャパン語は大丈夫なんだね」
 弥澄が今のやり取りから疑問を覚えアリアへ問えば、皆の視線は再び二人へ注がれるとすぐに返って来た彼女の答えに弥澄は内心で溜息だけ付くと、最後の疑問を問う中でも未だ木刀に籠める力を緩めない彼女は頷いた。
「ジャパン語は怖くないッス、怖くないッスよ〜」
「‥‥そう、思える様になりたい‥‥です。ふぅ‥‥」
 その、埒の明かない光景へアリアを宥めるべく英国語を紡ぎ響かせたフルーレの言葉を受けて、漸くアリアは肩で息を付くと木刀を納めてはその場にへたり込めむ彼女を見つめ一行、先に待つだろう苦難を思うのだった。

 ‥‥とは言え、依頼を引き受けた以上はやる他にない一行は初日と言う事もあり、まずは彼女の剣術鍛錬に付き合う事と決める。
「アリアさーん、何処ッスかー?」
「‥‥‥」
 尤もそれはイギリス語とジャパン語を併用してのもので、一番手に名乗りを上げたフルーレの『ジャパン語での』呼び掛けに対してアリアは静かに応じ、駆けて来る。
「水霊よ、我が手に集い氷の刃と成れ‥‥氷輪!」
 その彼女を視界の片隅に捉え‥‥だが狙いは自身の練習の為に逆へ付け立ち並ぶ木立を縫う様、魔法で生み出した氷の輪を放れば、その軌道は大よそ狙い通りに奔るがアリアはそれに反応し、木立の深い方へと身を投げる。
「コレでも自分は騎士ッス。幾らでも打ち込んでくるッスよ〜」
「それ、では‥‥」
 しかしその行動に動じず彼女は流れる風に任せ、金髪を靡かせては胸を張り告げればその暇‥‥フルーレの傍らにある梢が揺れれば僅かに苦しげなアリアの声音が響くと同時、一足で袂へ飛び込む。
「流石‥‥ッスねー!」
 だがフルーレも負けず、辛うじて彼女の行動に反応し木刀を刃の付いた盾で受けると即座にそれを振り払い、彼女の体が泳げば次に剣の腹で彼女を打とうとするが‥‥しなやかに身を反らせてアリアもその一撃をギリギリで回避する。
「フルーレさん、こそ‥‥」
「とんでもないッス」
 そして二人は飛び退ると宥める様に、落ち着かせる様にお互いイギリス語で言葉を交わせば次にはまた剣舞を始めた。
『‥‥心を乱して振るう剣には限界が有る、心も剣も精進されよ』
 出立する前、脇で再び魔法の詠唱を紡ぐみなもの友人が囁いた言の葉をアリアは心に留めながら。

●澄んだ緑
「はぁ、はぁ‥‥」
 さて翌日、アリアと慣れ親しんだ一行は今日も言葉攻め(と言うには少し大袈裟だが)。
 昨日よりもジャパン語の比率が多い中で初めて禅を組んでの修練に、今日は肩で荒く息をしている様子から当然ながら、先日よりも精神的な疲労を見て取れば
「‥‥余り無茶はしない様に、ね?」
「諦めずに根気良くやりましょ。後、我慢は良くないわよ? 無理に堪えると余計に酷くなるから」
「‥‥は、はい‥‥」
 始まったばかりとは言え、彼女の様子を察して圭介と弥澄が優しく柔らかく『ジャパン語で』声を掛けると、アリアは戸惑いながらも額を伝う汗を拭って返事だけするが
「一度、休憩にしよう? それで辺りの散策に付き合って貰えないかな、アリアちゃん。ちょっとした気分転換に丁度いいと思うわ」
「それなら、山林の中にある茶屋で話す事にしないかな。甘味を食すのも息抜きに丁度いいだろうからね」
 彼女の表情から弥澄が言ったばかりにも拘らず無理をしている様に映った清音が休憩の代わり、近くの散策にと彼女を誘えば圭介が明確な場所を提示するなり、その答えを待たずに自身の手を彼女へ差し出した。

 それより一行は寺の住職から聞いたと圭介が言う、茶屋へ至る道を歩いていた。
「森の中を歩いていると自然に落ち着くのよね、不思議じゃない?」
「‥‥そうですね」
「きっと、自然の緑は人の心を落ち着ける作用があるんじゃないかな」
 先を進む彼の背中を追いながら、誰にともなく清音が木々の群れを見上げ呟けば先までと違い、随分と晴れやかな表情に戻ったアリアが微笑むと続く斎の解釈に二人、納得して頷けばやがて辿り着く峠の茶屋。
「この辺りがいいかな?」
 布が敷かれた多人数用の平らな椅子が幾つかある中より弥澄が一つを選べば、それに皆が腰を落とすとそれぞれ、店主へ注文をする中で手早く済ませたみなもがアリアの隣に腰を掛けるなり、ポツリと語り出す。
「自分も幼き頃は瞳の事で、避けられたり苛められたりしましたね」
「みなもさんも、ですか」
 その彼女の話にアリアはみなもの顔を見れば金と銀に輝く両の瞳が改めて映れば、納得すると
「此処にいる方は殆ど、似た様な道を歩いている方ばかりで私は余り大した事を言えないかも知れませんが」
「そんな事はないだろう、それでどうやって克服したのかな」
 道中で聞いた皆の話を思い出し、はみなも恥じる様に顔を背けるがいつの間にか彼女の隣に座る圭介が微笑み声を掛けると、暫くした後に顔を上げて口を開く。
「‥‥目標や信じられる事を心の芯に据え、それを目標に恥じない様な振る舞いを心掛けた事が良かったのかも知れません」
 色の違う瞳には今、真直ぐな光を宿して自身が目指した目標を紡げばついで。
「アリア殿の場合はお師匠様の示した『負けない様に強くなれ』と言うのは間違っていないと思いますから、その強さを必要な時にだけ振るえる様になる事が出来れば大丈夫だと思います」
「言いえて妙ですが‥‥確かに先生の考え、そうとも受け取る事が出来ますね」
 アリアの過去の話から自身を目の前にいる騎士へ置き換えてアドバイスすれば、圭介が介す中で次にみなもが捉えた考え方を聞くなり苦笑を浮かべ、小さな彼女へ頷くが
「それでは、みなもさんが目標にしたきっかけって何だったんですか?」
「自分の場合は一刀殿が‥‥その、内緒ですよ‥‥『僕、皆をも守れる位強くなるから、もう泣くな』って‥‥それで自分も一刀殿を支えられる様に頑張ろうと‥‥」
「なるほど、いい話だね」
「‥‥圭介さん、秘密ですよ」
 切り返す様、アリアが逆にみなもへ問えば顔を俯けて彼女は小さく呟くと微笑むアリアに釣られ、圭介も顔を綻ばせるが次にはアリアから釘を刺されれば彼は肩を竦めつつも手元に届いた抹茶を覗き込めば、艶っぽく笑うのだった。

●響く、言の葉
 ぷつん。
 さりとて最終日‥‥寺の境内にある庭の一角にて皆が皆、初めてだろう『堪忍袋の尾が切れた』音をその日、耳にした‥‥いや、堪忍袋と言うにはいささか違うかも知れないが、とにかくアリアは初めて切れた。
「‥‥‥」
 縁側で休憩が近い事から皆の分、お茶を淹れるチサトの瞳に映った彼女が静かに立ち上がると、最初こそ何事かと思った一行だったが音も立てずに飛んでは抜刀する様からその事態に気付くなり皆、一様に動き出せば一番に早く緋雨が彼女を止めるべく眼前に立ちはだかり、アリアの振るう一撃を甘んじて自らの肩口で受け止める。
「‥‥もう貴女は独りじゃないよ、だから安心して‥‥。それに『言葉』は人を傷付けもするけれど、人を癒しもするの」
 その見舞われた衝撃に長い赤毛を舞わせ学友は唇の端を僅かに歪めて呻くも、アリアが飛び退るより早く抱き締めれば耳元へ、静かに暖かな『ジャパン語』で語り掛けた。
「今日まで、皆さんの紡いだ『ジャパン語』が‥‥アリアさんを、傷付けましたか‥‥?」
「それ、は‥‥」
「大丈夫、大丈夫です‥‥」
 するとアリア、強張る体から力を抜け大人しくなれば軽い足音立てて近付いて来たチサトに尋ねられれば目を見開いた後、頭を垂れては思考を巡らせるが‥‥今は落ち着く様、優しく声を掛けられ垂れたままな自身の頭をチサトに撫でられ宥められては最後、一つの提案を彼女へ言って微笑んだ。
「今日が最後ですから、ゆっくり‥‥休みましょう?」
 そしてその夜は、月が一番高く昇る頃までチサトが紡ぐ子守唄が静かな夜の帳の中で響き渡るのだった。

「本当にお疲れ様でした、もし良かったらこれ‥‥受け取って貰えませんか?」
「いいんですか?」
「えぇ、アリアさんにとってはとても大変だったと思ったからね」
「それとこれ、自分の取っておきッス。一緒に食べましょう!」
「あ、ありがとう‥‥ございます」
「い、いやっ! 気にしなくてもいいわよっ」
 翌日、京へと至る帰路にて斎とフルーレの贈り物に戸惑いながらも『ジャパン語での』やり取りの中、微笑み浮かべて皆へ礼を言って頭を下げるアリアへ頬を赤らめ、両手に首を大仰に左右へ振っては彼女の感謝を受け取ろうとしない清音に一行は苦笑を浮かべる。
「後はアリア次第だからね、けれど大丈夫。アリアならきっと乗り越えられる」
「頑張りますね」
 そんなやり取りから圭介は、今回の依頼を無事に果たしただろう事に安堵するも念の為、彼女へやんわりと『ジャパン語で』釘を刺してみれば、今の彼女は笑顔ではっきりと断言するが、僅かにアリアの細い肩が微かに震えている事に気付くと
(「まだもう少し、時間は掛かりそうかな‥‥」)
 彼は、内心でだけ呟けば次に浮かべる笑顔へ少しだけ苦笑を織り交ぜた。

 〜一時、終幕〜