伊勢の街並み

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:7人

冒険期間:03月19日〜03月27日

リプレイ公開日:2006年03月27日

●オープニング

●死道
「‥‥誰、だ?」
 先の依頼にて、一行が二人の『アシュド』と戦闘を繰り広げていた頃‥‥アシュド・フォレクシーが監禁されている牢獄で何者かの気配を察した彼は闇の中へ声を投げ掛けていた。
 だが返って来たのは沈黙だけ‥‥の筈だったが、アシュドの問い掛けより遅れて言霊は返って来る。
「‥‥死道を目指すなら、我らに従え。すれば主が望む死を、与える」
「誰だっ!」
「だが残念な事に今はまだ、その時ではない‥‥時が至ればまたへ来る、話だけ‥‥覚えておいてくれ」
 その声の主へ即座に反応し立ち上がれば、アシュドは詠唱を紡ごうとするも今いる場所を思い出し、舌打ちだけすると闇の中にいた気配は途端に掻き消える。
「‥‥‥」
 そして再び舞い降りる沈黙の中‥‥次に彼は自身が取った行動に対し、戸惑い隠せず髪を掻き毟れば再びその場へ腰を下ろす。
「‥‥結局、命は惜しい‥‥? いや‥‥死ぬにはまだ、早いと言う事か」
 どんな想いを抱いてか、そう呟くアシュドだったがまだ彼の目の前には闇だけが広がっていた。

●後日
「‥‥あれだけ心配掛けさせて、今度はあんたが篭り切りかい。何だか知らないけど、いい加減にしな」
「‥‥いいだろう、放って‥‥っ」
 神野宅、濡れ衣も晴れて帰って来たアシュドだったが今度は宛がわれた部屋に篭り切りとなり‥‥家主である珠へ対し、ぶっきらぼうに返すが次に返って来る彼女からの蹴りに呻く。
「よかないね、エドみたいな子供ならまだしもいい大人がこんな真っ昼間に」
 その様子に構わず、今日は珍しく家にいないエドを話に出し鼻息荒く彼へ告げれば‥‥アシュドが浮かべる、虚ろな表情に溜息をつくと
「全く‥‥気分転換でも、したら? ってそれ、我ながら名案」
 一つ、提案すれば彼女‥‥何を閃いたのか途端、笑顔を浮かべれば彼を改めて見つめると有無を言わさない口調でアシュドへ最後に一言だけ告げるのだった。
「案内役、付けるから伊勢を回ってみなさい!」

「て事でさ、伊勢の観光に付き合う奴いない?」
「‥‥は?」
 と言う事で京都の冒険者ギルド、最近多い彼女からの依頼と言うには微妙な依頼に今日もギルド員の青年は閉口していた。
「私の部下の矛村、って言うんだけどこいつにちょっとしら試験がてら伊勢の案内をさせるから誰か付き合わないかって事。アシュド付きだけどね」
 だが珠はやはり、彼の様子などお構いなく一方的に話を続け自身の隣にいるまだ若い、神官風の装いに身を包む青年を見れば
「けどあいつだけじゃあ色々とやり辛いし、それに人の多い方が矛村もやり甲斐があるだろうからね」
「また‥‥急なんだから」
 その年若い神官がやはり唐突な話だったらしく、彼女の話に呻くも
「出来ない訳、ないよねぇ? 私がみっちり仕込んだし‥‥出来なければまぁ、帰るのがまた遅くなるだけだから」
(「‥‥鬼」)
 嘲る様な笑顔を浮かべ、フフンと鼻を鳴らせば肩を縮め彼は恨めしげに珠を見上げて内心で、彼は毒付くが
「あんたの為に言っているんだからね、伊勢に付いてもっと色々と知っておかなきゃならないんだから。とは言え、急な事もまぁ認める。だから初日だけでいいや、あんたが皆を案内するのは」
 それを見透かし、彼女は湛える笑顔の質を変えず‥‥だが自身の非も認めて折衷案を矛村へ告げると再びギルド員の青年へ向き直り
「ま、そう言う事でさ。矛村は此処に置いていくから、取りあえず‥‥これだけ人を集めて伊勢に来ておくれ。神宮に来たら、この前の巫女装束護送の件も助かった事だし歓迎してあげるから」
「‥‥まぁ、分かった」
 何事かびっちりと書かれている半紙を差し出せば、呻きながらも捻り出した彼の返事に笑顔を浮かべて一人踵を返すのだった。
「じゃま、よろしく!」

●時間表
 初日(午前):伊勢神宮、外宮(げくう)見学
 同日(午後):同所、内宮(ないくう)見学
 二日目(全日):各自、自由散策

 大雑把な予定ですが伊勢神宮近郊の観光となります、一泊二日と言う事から遠出は出来ませんので悪しからず。

――――――――――――――――――――
 依頼目的:伊勢の観光!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 傾向等:矛村案内の元、アシュドと共に伊勢の観光。のんびりまったり。
 NPC:アシュド、矛村
 日数内訳:伊勢まで往復日数は六日、実働日数一泊二日の小旅行。
 その他:メインは二日目。
――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea1169 朝霧 桔梗(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea5603 ユーウィン・アグライア(36歳・♀・ナイト・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea5635 アデリーナ・ホワイト(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6282 クレー・ブラト(33歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6601 緋月 柚那(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea8088 ガイエル・サンドゥーラ(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea8214 潤 美夏(23歳・♀・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)
 eb0990 イシュメイル・レクベル(22歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

天城 烈閃(ea0629)/ 鷹波 穂狼(ea4141)/ セラフィン・ブリュンヒルデ(ea4152)/ 源真 弥澄(ea7905)/ 藍 月花(ea8904)/ 滋藤 御門(eb0050)/ 花井戸 彩香(eb0218

●リプレイ本文

●歴史ある、神宮へ
 伊勢神宮へと向けて京都から移動を開始した一行‥‥依頼人としては色々な含みこそあったかも知れないが、一行からすればその目的は観光と非常に気楽な依頼である事からそれを楽しむべくして参加した皆の足取りは軽かった。
「お伊勢参り〜。話に聞いていて、一度してみたかったんや〜」
「伊勢って確か、叔母さんがこの間行った場所だったよね‥‥どんな所なのかな?」
「ジャパンの信仰の本山でお参りすると寿命が延びるのよね?」
 その一行、近頃暇を持て余していたクレー・ブラト(ea6282)が今までの鬱屈を発散させるべく、明るい声音で初めてのお伊勢参りへ期待に胸弾ませると軽い足音を立てては今回の道先案内人である矛村勇の後ろを歩くイシュメイル・レクベル(eb0990)が彼の言葉を聞いて紡いだ疑問へ、友人から聞いた話の一端を思い出したヴァージニア・レヴィン(ea2765)も何処か楽しげに、皆を見回し疼く好奇心を抑え切れず笑顔で誰にともなく問えば
「私も初めてなので良くは分かりませんが、前々からゆっくりとジャパン古来の文化に触れる機会が欲しいと思っていたので、今回は凄く楽しみです」
「まぁお世辞にも平和だとは、言い切れませんですけどね」
「‥‥何もこのタイミングで言わなくても」
「そうなのじゃ、折角の伊勢観光だと言うに相変わらず棘のある言い回しじゃのぅ」
 凛々しい表情湛えるエルフの魔術師であるゼルス・ウィンディ(ea1661)が彼らの疑問へ首を傾げつつも、純粋な知的好奇心からまだ見ぬ伊勢へ想いを馳せるが‥‥そこへ水を差す、僅かだが伊勢の状況を知る毒舌家の潤美夏(ea8214)に勇は否定せず苦笑いを浮かべるが、そこへ柴犬二匹を従えた緋月柚那(ea6601)が助け舟を出し美夏を見据えれば因縁浅からぬ二人は途端、火花を散らし出す。
(「暗いおじさんだな〜」)
 その結果、勇を中心にして前方は騒がしくなるが、その中でイシュメイルが視線を巡らせると何処でもかしこでも話に花が咲いている皆の最後部に位置する、出立してから黙したままで挨拶するきっかけを掴み兼ねていた『おじさん』ことアシュド・フォレクシーを見れば、背負う雰囲気に気圧されてどうした物かと悩むが‥‥逡巡は僅かに一瞬。
「初めまして、イシュメイルです!」
 思い立ったが吉日、と言う事かイシュメイルはすぐに屈託のない笑顔を浮かべ初対面のアシュドへ挨拶すれば、視線だけ巡らせる彼だったが
「やっと、会えたな」
 イシュメイルの後ろからガイエル・サンドゥーラ(ea8088)の厳しい声音が響くと、アシュドは反射的に後ずさる。
「‥‥そう警戒するな、それに今回は神野殿の依頼だ。嫌でも暫し付き合って頂くぞ、アシュド殿?」
「‥‥あぁ」
「ほー、アシュドーと申すのかの。よろしくなのじゃ。お主もえげれすから来たのかの?」
 しかしその様子にもガイエルは気にせず笑えば、彼は嘆息を漏らしつつも腹を括って頷くと次いで、この場では美夏との決着が付かなかった柚那が彼の初めて発した声に気付くなり捲くし立てれば、彼女の対応に困るアシュドだったがガイエル同様に見慣れているルーティ・フィルファニア(ea0340)が足早に迫ってくるのを視界の片隅に納めたその時、辺りへ鈍い音が響き渡る。
「‥‥終わり!!」
「‥‥‥」
 そしてたった一言だけ彼女が言えば頭部へ鈍痛を覚え、遅れて殴られた事に気付いたアシュドは身を縮め、足早に前へと駆けて行く彼女の背を見送り今度は溜息を付くも
「アシュドーはエドの事、知っておるか?」
 その中でも変わらずに柚那が彼の服の裾を引っ張っては再びの問いへは戸惑い複雑な表情を浮かべれば、彼女が首を傾げたその光景を今は静かにユーウィン・アグライア(ea5603)が距離を置きながら見守っていた。
「しかし何ですの、この巫女体験旅行集団の皆様は」
「‥‥余り形に囚われずとも、いいのですけどね」
 さて、ルーティとアシュドのやり取りは気にせずに一行を改めて見回す美夏、女性が殆どの一行を改めて見回せば自身以外の全員が巫女装束を身に纏う、艶やかだが少し異様な一団へ肩を竦めると、確かにドワーフの彼女が言う通りの光景に勇も思わず苦笑を浮かべて頷いた時。
「すいません、矛村さん。二日目も伊勢神宮を見て回りたいのですが構わないでしょうか?」
「えぇ、構いませんが‥‥どうかしましたか?」
「ただ眺めて帰るだけでは勿体ないと思いまして。私はもっと、この伊勢神宮について知りたいです」
「そうですか、それは私達にとっても嬉しい事ですので神野さんに話をしておきますよ」
 ゼルスが紡ぐ唐突な問いに勇は首を傾げるが続く理由を聞けば顔を綻ばせると再び頷いた後、魔術師と約束を交わせば
「そう言えば矛村さん、最近の伊勢‥‥神宮もそうですが、何か変わった事などはなかったですかね」
「‥‥そうですね、これと言っては。ご存知な方もいると思いますが、妖怪達が大量に現れている事位ですよ、私が知っている事は。でも、それ故に神宮側が何らかの調査を始めた様です、が‥‥そちらの詳細に付いて私からは何とも」
「ふ‥‥ん」
 美香がこのタイミングで彼へ伊勢の近況を尋ねると、重い口調から返って来た神官よりの答えに何を思ってか、観光と言う名目でも気を抜かず厳しい面立ちを浮かべれば彼女は進むべき道を再び見据えるのだった。
 昇っている日こそ明るかったが、未だ‥‥いや、これから暗雲立ち込めるだろう伊勢の方を。

●一日目 〜伊勢神宮、内宮(ないくう)から外宮(げくう)へ〜
「何だか‥‥凄い、ね。この雰囲気」
「人は多いのですが、場の空気は乱れず常に厳かと言いますか‥‥此処が伊勢、なのですね」
 伊勢へ辿り着いてから一行、僅かな休憩を挟んだ後に勇の案内を受け伊勢神宮の内宮‥‥その中心である社殿へと招かれれば人が多いながらも凛とする場の空気に呑まれ、ユーウィンが息をも飲めばアデリーナ・ホワイト(ea5635)も丁寧な口調で彼女と同じ気持ちを抱き、感想を漏らしては毅然と立ち尽くし頷くと
「さてと、どうしましょうかね」
 その傍らで何処か他人事の様に朝霧桔梗(ea1169)が呟けば同時、人遁の術が解けるなり巫女装束だった姿から淡い単色の着物姿へ戻る彼女を見ては勇、一歩後ろへ引く。
「‥‥いい加減、慣れたらどうだ」
「とは言え」
「まぁ、偽巫女ですので‥‥お気になさらず」
「‥‥偽巫女、ですか」
「えぇ、きっと」
 そんな彼の様子に、柚那に何故か気に入られたアシュドが彼女に服を引っ張られる中、彼へ嘆息交じりに自身へも言える言葉を呟くが‥‥どうにも落ち着かないらしい勇が言い澱むとその彼女、やはり他人事の様に言えば困る彼に次いで場に静かな笑いが起こるが
「折角来たのですから楽しまないと勿体ないですよ?」
 アシュドが表情に相変わらず差したままの影を見て、リースフィア・エルスリード(eb2745)が内心で昔の兄を重ねると努めて優しく声を掛け‥‥相変わらず反応のない彼の、先から右手を掴み引っ張る柚那に協力すべく彼女が取っていないアシュドの左手を掴もうとする。
「あぁ、全くだねぇ」
「神野さん‥‥」
「何だい、その顔は? 言っただろう、試験をやるって。それに私が立ち会わないでどうするの」
 が突如、聞き慣れぬ女性の声が響けば振り返る巫女集団と化している一行、勇が向いた方を見れば映る、今日は一行同様に巫女装束で佇む神野珠は一行の視線を受けても揺るがず、見知った者を見止めて手を振れば目の前にいる神官へ怪しげに微笑むとざっくばらんな巫女の振る舞いに戸惑う一行。
「なぁお姉さん、気になっとったんだけど試験って何の事やね?」
「伊勢の歴史、その何処までを人に教え伝える事が出来るかって言う試験ね。良い所の宮司候補だから鍛えないと‥‥って言う事で皆、何でも聞いてね♪」
 しかし彼女が紡いだ一言からクレーは気になっていた事を尋ねると、珠は笑顔で答えるが勇は一人で頭を抱えるのだった。
「実は、余りお得意ではない?」
「そんな事はない、つもりですけどね‥‥」
 微笑を湛えながらヴァージニアに問われると、暗に肯定する答えを呟きながら。

 ‥‥と言う事で始まる、伊勢神宮は内宮に付いての説明。
 興味があると言っていたゼルスの質問を受けて一行の中に珠が混じれば、正殿を背にした彼の声が響き出す。
「実際、『伊勢神宮』と皆さんは言われていますが、正式には『神宮』と言うのが正しい名称だったりします。その『神宮』とは、伊勢の宇治の五十鈴川上に鎮座している皇大神宮(こうたいじんぐう)‥‥皆さんが今いる此処、内宮と呼ばれている所と伊勢の山田の原に鎮座している豊受大神宮(とようけだいじんぐう)とも呼ばれる外宮の二つを纏めた総称です。古くは伊勢太神宮(いせのおおみかみのみや)とも呼ばれていた様です」
『へー』
「因みに後で向かう外宮は此処より北西、一里と少しの距離に位置しています」
 その彼、手近にある立札に記されている地図を指し示しながら解説するも巫女装束にジャパンらしい着物を羽織っているとは言え、その殆どは外国からの来訪者である一行は生返事を返すのが精一杯。
「この両大神宮の正宮(しょうぐう)には、別宮(べつぐう)、摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)、所管社(しょかんしゃ)が所属しており、全てで百二十五の宮社を数え‥‥これらの宮社を含めた場合も『神宮』と言います」
『‥‥‥』
「そんなに大きい所なのか、柚那も知らなかったのじゃ!」
 その様子にどうした物かと勇は戸惑うが、珠の視線を感じると次に伊勢神宮の規模を解説すれば、口を開け唖然とする皆の中で柚那だけが素直に感嘆の声を上げると彼は微笑み話を続ける。
「そうですね、それ故にジャパンでは最も名が高くあります。尚、内宮で祭られている神は、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)になります」
「そう、読むんですね‥‥」
 そして立札に記されている、内宮の祭神の名を口にすれば彼の解説より早く立札を食い入る様、見ていたアデリーナが感心して頷くと
「アデリーナさんが仰る通り、非常に読み辛いかと思いますがこのご神名はお祭りに際して神前で畏まって称え申し上げる最高の名なので覚えて頂ければ幸いです。しかし常には皇大御神や天照大御神と申し上げている場合の方が殆どで‥‥皆さんには天照大御神、と覚えて貰った方が良いかも知れません」
「余り、どっちでも変わらない様な気がするのは気のせい?」
「‥‥頭が痛くなって来ました」
 彼女の反応から丁寧に捕捉を付け加えるが‥‥ユーウィンとルーティが浮かべる渋面を見ると、僅かに呻く彼。
「‥‥それでは最後、こちらに祭られている御神体に付いてですが八咫鏡(やたのかがみ)と言われる物になりますが、尤も私も見た時はありません。そして宝具等に付いては『神宮』に限らず、あるとは思いますが‥‥」
「分からない、か」
 ゼルスが尋ねて来た質問を思い出して彼を見やれば冴えない答えを返すと、彼の立場に考え至ってゼルスは先の彼女らとは違った意味で渋面を浮かべるが
「実際にそれらは伊勢神宮で管理、把握こそしているみたいだけど詳細は秘とされている筈だよ。確かね」
「‥‥なるほど」
 彼よりも『神宮』の内情に詳しい珠がフォローすれば、納得せざるを得ない彼。
「因みに、こいつの親父が宮司をしている伊雑宮には『天岩戸』があったりする」
「先生、質問〜。天岩戸って何なん?」
 だがその真剣な表情を見て珠は一つだけ、それに類するだろう物を提示すると手を挙げてのクレーの質問には自身答えず、勇を再び見ては回答を促すと
「日本に伝わる神話の一つで‥‥掻い摘んで説明すれば素盞嗚尊(すさのおのみこと)がこの辺りで暴れた際に天照大御神が閉じ籠もった岩戸、と言われているものです。尤も伊雑宮にある天岩戸が実際に天照大御神の籠もった岩戸かどうか、分かりませんけどね」
「分からない事ばかりですわね」
 少しの間を置き、先の一行の様子から簡単に説明するだけに留めると今度は美夏から手厳しい評価を賜り、神官はうな垂れた。
「そう言えば今日は祭事、やっておらぬのかのぅ?」
「失礼、祭事の事を忘れていました‥‥そうですね、ほぼ毎月やっていますよ。今月は確か大麻暦頒布終了祭、春季皇霊祭遥拝、御園祭がありました」
「ありました、と言う事はもう終わったのですね」
「ふむむ。恒例祭典は終わった後ですか‥‥折角なので見学したかったのですが、仕方ないですね」
「悪いね、けど大きな祭の際にはまた話を持ち掛けるからその時に改めて宜しく頼むよ」
 だがそこへ助け舟を出したのは柚那で美香への対抗心か、純粋に彼を案じてかは分からないがゼルスが尋ねていた祭事の事を勇へ改めて聞けば、それに気を取り直した彼が今度はしっかり断言するも‥‥今度はヴァージニアとリースフィア、楽しみにしていただけ心底残念そうにうな垂れる番。
「まぁ此処は、こんな所かねぇ?」
「‥‥えぇ、直接見て貰った方が早いかと思いますし」
「それなら、霊験あらたかで効き目の高いお守りが手に入らない?」
「ん、向こうで売っているけど買うなら案内するよ」
 あちらを立てればこちらが立たず、そんな状況に勇が複雑な表情をこの場では初めて湛えると彼の様子から珠がそれだけ確認すれば、頷いた彼の傍らにいたユーウィンの問いへ巫女が彼女を案内すると
「矛村さん、歌を奉納したいと思っているのですが‥‥宜しいかしら?」
「そう、ですね。大丈夫ですよ」
 気を取り直して勇の傍らへ歩み寄ったヴァージニアの質問にやっと顔を上げれば、頷けば彼女はその場‥‥内宮の正殿を背に抱える竪琴を爪弾きだす。
「愛しい人、何故貴方に私は会えなくなったのでしょうか‥‥」
 そして竪琴が音を奏で出せば凛とした場の空気に溶ける様、紡がれた英語の歌は何を思ってだろう、神宮内に響き渡るとその次に微か土を蹴る音が聞こえる。
「逃げて、何か変わるのか?」
 それは踵を返したアシュドが立てたものだったが、その眼前にガイエルが立ちはだかって宥める様に優しげな声音で彼を見つめれば
「‥‥それでも私は、貴方を待つわ」
「ルルイエさんが早く、起きます様に‥‥」
 哀切を持って‥‥だが、何処かそれを振り払う様にヴァージニアの歌が響けばその中でルーティの祈りが織られると、それらを耳にしてアシュドはガイエルから視線を逸らした。

「此処、豊受大神宮とも言う外宮に祭られている神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)です。その豊受大御神は御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ御饌、つまり神々に奉る食物を司られています。この事より衣食住から、ひろく産業の守護神として此処で崇められています」
「へぇ〜、そうなんだぁ‥‥」
 それから一行、ガイエルが立てた予定より僅か遅れて外宮へと辿り着けば内宮と同じく張り詰めた空気が漂う中、再び始まる勇の解説には此処の祭神に関わる生業に就いているイシュメイルが感嘆の声を上げ、正殿を見上げていた。
「内宮と同じく、こちらもまた正宮と呼ばれます様に建物や祭はその殆どが内宮と同様ですが、両宮は決して並列されるものではなく、あくまで内宮が神宮の中心となります。その為でしょうか、参拝客もこちらの外宮に比べて内宮の方が多かったりしますが‥‥これは蛇足のお話ですね」
「もう一つ、蛇足の話がある。実の所、神宮参拝の順路は大抵外宮からだと言うのが慣わしだったりするけどねぇ。何で、って言われると私もそこまでは知らないから困るけどね」
 その彼の素直な感嘆に喜び、声のトーンを上げ張り切って解説する彼だったが‥‥今度は珠より突っ込みを貰うと、次いで言うだけ言っては肩を竦めるだけの彼女を見つめ恨めしげな視線を送る勇へ皆は同情の視線を送るが
「あ、じゃあ参拝の仕方教えて!」
「頭を深く下げて二拝、手を二つ打って二拍手、最後に一拝と言うのが一般的な作法です‥‥一緒にやってみましょうか? それと皆さんも良ければ是非」
「うんっ」
 そこまで気付かなかったイシュメイルが瞳を輝かせ勇へ尋ねれば、神官が言うままに一行の中でまず一番に彼が感謝の祈りを捧げ、皆もまたイシュメイルに倣って頭を垂れた。
 これから素晴らしい食を頂けます様に、と。

「いっただっきまーす‥‥もふぅ〜」
「どうだい、美味しいだろう?」
「うんっ!」
 そして一行、外宮を出れば休憩がてら近くの茶屋へ寄っては珠の勧めで伊勢の名物、赤福を食すなり頬に手を当て悦に入るのは先まで一番に外宮内を駆け回り、勇を質問攻めしていたイシュメイル。
「時間が経っているにも拘らず、餅が意外に柔らかいですわね。良い材料と良い腕してますわね」
 珠の問い掛けに何度も頷くその彼の隣‥‥まだ一口も付けず赤福をつつき回している美夏が料理人として、珍しく毒のない感想に他の面子が苦笑を浮かべるその中で一日目は暮れて行くのだった。

●二日目 〜自由散策〜
 さて、二日目‥‥寝起きが悪いアデリーナらを起こすのに苦労した一行は予定よりやや遅れて外宮前で勇と合流すれば
「所で矛村さん、この辺りで良い温泉はありませんか?」
「この辺りだと、二見の方でしょうか。此処からでも比較的近く海岸沿いに良い景色が眺められる温泉が幾つかありますよ、それと‥‥」
「それと?」
「そちらへ行くならいずれ『面白いもの』が見られるかと思いますので、もし見掛けたら立ち寄ってみる事をお勧めします」
「‥‥? 何でしょう?」
 挨拶のその次に早速ヴァージニア、まだ寝惚け眼を擦る柚那の髪を梳かしつつ彼へ問えば返って来た答えと、その後に続こうとして言い噤んだ勇へ首を傾げるも‥‥はっきりしない彼の更なる答えと微笑に釣られると、苦笑を浮かべて首を傾げる彼女だったが
「‥‥と、二見へ行くのでしたら少し離れていますのでそろそろ発った方が良いですよ」
「うにゅ‥‥もう、そんな時間か‥‥っ、とそれならば早く行こうぞ!」
「私は最初にも言った通り、少し伊勢に付いて学んでみたいから此処で一時お別れです」
「それでは、夕刻に此処で落ち合いましょう」
 彼が頭上を仰ぎ見れば一行、今になって予定より過ぎ去っている時間に気付くと漸く覚醒した柚那が叫び、今日も静かに佇むだけのアシュドの手を掴んで駆け出せば慌てふためく二見行きの一行へ、ゼレスがその背へ告げて勇と共に手を振り見送ると返って来たヴァージニアの返事へ頷いた。

「‥‥何だ、これは」
 さりとて、時間は一気に過ぎて二見へ無事に到着した一行。
 木製の戸を開けて湯気に煙る露天風呂に敷き詰められている石を踏んでアシュド、暫くして視界が開けた直後‥‥目に映る光景に呻くと
「温泉じゃないですか」
「そう言う、意味じゃない‥‥何で皆、此処にいるんだ」
「混浴ですからね」
「‥‥‥」
 温泉に身を沈めているルーティの言葉に首を振って言い直せば、次にアデリーナの声が辺りに反響すると無言で踵を返す彼。
「そう言えば、あれは何でしょうね?」
「大きい、ですね‥‥あれが勇様の言っていた『面白いもの』なのでしょうか」
 その様子にしょうがないじゃないか、と肩を竦めつつも何を思ってか苦笑を浮かべるが無理に引き止める訳にも行かず、アデリーナが続き湯気に煙る中で海岸沿いにある建築途中の建物を捉えれば、桔梗も首を傾げ淡々と呟くと
「恐らくは、でもあれだけ大きなものを一体何に‥‥?」
 湯船に深くまで身を沈めているヴァージニアが建造物に魅入る桔梗同様に頷くが、勇が言っていただけに伊勢神宮に関するものだろうと思い至れば、今は深く考えずに余りの気持ち良さから温泉へ頭まで沈めた、が。
「‥‥誰かいない様な気がするけど」
 その時になって今になって誰かがいないと彼女が静かに言えば、まだ年若い騎士の姿がない事に温泉へ浸っていた皆は漸く気付いた。

「‥‥‥」
「何か偉い不機嫌そうやけど‥‥やり過ぎたかなぁ。にしても全く、困った人や」
 丁度その頃、暖簾を退けてアシュドが脱衣所から出てくれば普段と変わらぬ彼の身形に彼の着替えの上へ置いていた巫女装束を着て貰えなかったとクレーは残念そうな表情を浮かべつつ、道中常に変わらない表情より僅かに険しい彼の顔を通り過ぎた際、見ればどうした物かと嘆息を漏らすが
「はて、皆さんの姿がありません。何処へ行ってしまったのでしょうか?」
「あら、リースフィアさんやないけ。温泉まだやったんかい? 女性の入口なら向こうやで」
「ありがとうございます」
 アシュドと入れ違いでキョロキョロと辺りを伺いながらやって来たリースフィアを見止めると、もう温泉に入っているものだと思っていたクレーは向こうの方を指しては彼女へ脱衣所を教えると丁寧に頭を下げ、礼を言う女騎士。
「しかし今まで一体、何をしてたんやろか?」
「えぇと‥‥ソフトボイルドが海の方へ行ってしまったので、追い駆けていたら何時の間にか遊んでしまって」
 にしても一人だけ遅れて来た事が彼は気になり、無粋だとは思いながらも尋ねてみれば‥‥コウテイペンギンを抱えるリースフィアが彼を指して返す答えに納得し、苦笑を浮かべた。

 そして二見から伊勢へと引き返す一行、咲き始めた桜をとその近くを流れる清らかな流れの川を視界の片隅に捉えつつ、皆はもう何度目になるのか‥‥そのほとりにある茶屋にて甘味を食していた。
「赤福食べたら福音もこんなんなるかなぁ‥‥このお餅みたくなれよ〜、福音〜」
 安らぎを覚えるその空間の中で呑気に動く自身のペットと手に持つ赤福善哉を見比べ呟けばクレー、ちょっと無茶な事を言うも飼主の気持など知らず福音は変わらず呑気に体を揺するだけ。
「‥‥‥」
 そんな彼ら(?)のやり取りを見つつ微笑む一行、やはり彼同様に赤福善哉を食すもしかし‥‥今日だけで温泉宿にて様々な海産物に舌鼓を打ってはその後も散々にヴァージニアの友人が教えてくれた甘味所に立ち寄って食べていた訳で、よく食べるものだとアシュドが抹茶を啜りつつ、それを濁す思いを抱いては呆れていたが
「ルルイエ殿の事、約束を果たせず‥‥済まない。肝心の時にその場におれず、何も出来なかったのは私とて同じだが、立ち止まらず成すべき事を為さねばと思う。彼女が又目覚めるその時まで、自分の出来る事を少しでも‥‥な。尤も、アシュド殿の場合はそれを探さねばならぬ所から始めなければならないが故に大変だろうが」
「出来る、事‥‥」
 その時、彼へ掛けられた言葉は労いでも慰めでもない言葉でその声の主であるガイエルが紡ぐ後悔には今のアシュド同様、自責の念こそ含まれていたが次に自嘲めいた笑みを浮かべ彼と目を合わせれば、次に呟くアシュドへ頷く黒き僧侶。
「伊勢のうどんは腰が足りないですわね、今の貴方の様に。まぁ伊勢のうどんは旧来から、こう言ったものだと言う話でしたが‥‥貴方はどうでしたかしら?」
「‥‥‥」
 そして遠目にその光景を眺めていた美夏が何の前触れもなく、うどんが入っていた器に視線を落としたまま彼へ次に問うと‥‥しかし今度は押し黙れば
「もう‥‥何時まで暗いままでいるつもりですかっ」
 アシュドの表情に過ぎった影を見てルーティが駆け寄ると、僅かに開いている彼の口の隙間へ赤福善哉に入っていた餅を笑顔で捻じ込み入れれば
「何だかよう分からぬが、柚那もやるのじゃ!」
 面白げなその光景を見て柚那も彼女に倣って子供故に容赦なく、二つ目の餅を突き入れる。
「まぁまぁ」
「あぁ、勿体無いなぁ‥‥」
 そのやり取りを止める事無く一行、アデリーナが掌で口元を覆い表情を綻ばせれば返馬餅を咥えるイシュメイルが苦悶に歪むアシュドを違う意味で羨ましげに眺めるのだった‥‥風が優しく舞っては桜の花弁も僅かに舞う、その中で。

 そして直後にアシュドが伸びた頃、一人で伊勢神宮に残ったゼルスへ少し視点を移して見る事に。
「神剣騒動や妖狐の件でも触れる機会があったのですが、後学の為にもこの機に色々と調べさせて頂ければと思って」
「えぇ、構わないわよ」
 今日は珠の案内で正殿内を歩く彼、二度目の来訪にも拘らずその趣に感心すれば
「大きな社が建てられる場所には、何かしら特別なものが関わっているのが常ですからね。それらを調べてみると色々と面白い発見があったりするものです」
「まぁ分かる気もするわね、ちょっとした探検みたいで」
 先より少し熱を込めた口調でゼルスが言えば、珠が笑って頷くとその次。
「実際、『神宮』も調べ切っていないからもしかすればまだ何か謎があるかもねぇ‥‥」
「調べ切っていない、とは何に付いてですか?」
「さぁ、そこまでは私の与り知る所じゃないから何とも」
 何を思ってか、意味深に呟かれた彼女の言葉を聞き逃さずにゼルスが巫女へ一歩詰め寄り問うも‥‥珠は彼の振る舞いに動じず、肩を竦めて微笑めば
「古くからの資料は‥‥そうね、大した物じゃないけど私が閲覧を許されている所だけなら」
「‥‥えぇ、それだけでも構いませんのでお願いします」
 話を戻し、魔術師が求める知識の一端が眠る蔵書庫へと案内すべく彼の先へ立ち歩き出すと彼は顎に手を当て、先の彼女が呟いた言葉に考え込みながらも一先ずは巫女の後へ続くのだった。

 それから『神宮』にある資料や神話の数々へ目を通していたゼルスだったが‥‥目立った収穫もないまま、今は気分転換の為に外を散策するがそれから暫く。
「‥‥これは何でしょうか?」
 一つの岩を見付ければ、妙な感覚に囚われた彼はそれに魅入り首を傾げていた。
「見たまま、岩じゃない?」
「‥‥‥」
 だがその問い掛けにゼルスとは違う意味で首を傾げ、見た目は何の変哲もない岩を睨む珠だったが、彼女が響かせた声にも全く動じず魔術師はその岩に何を覚えてか、ただ静かに見据えるだけ。

 結局の所、ゼルスが閲覧出来た資料の中には余り古いものがなかった為に引っ掛かりを覚える事こそなかったが‥‥その岩だけ、何故か気になってしょうがなかった。

●『神宮』を背に
 やがて夕刻を向かえて一行は伊勢神宮の外宮前にてゼルスと再び合流すれば、珠らの見送りを背に受けて神域を後にしようとするが
「余りにも無茶をするのでな、代わりに見張り役を置いておく。己を痛めつけるのはいかがかと思うぞ? 周りに要らぬ心配を掛ける‥‥焦った所で上手く行く事も行かぬ、違うか? 貴殿は独りではなかろう?」
「そうですよ、全く」
「あぁ、これもあげるから。邪魔にならないから持ってなさい、ね」
「‥‥私は」
 出立の準備を進める一行をただ見つめ、勇らからも離れて一人佇むアシュドだったが程無くしてガイエルに見付かり、やんわりと宥められればその言葉の後に一つのペンダントを渡されるとうな垂れる彼だったが、次にその顔を覗き込んで追撃するルーティに内宮で買ったお守りを押し付ける形で託すユーウィンへ彼は顔を上げ、口を開くが
「今は、いいよ。けれど覚えていて‥‥目的があれば、人は努力出来る。でも方向を間違った努力は、目的には届かない。君は間違えないで、アシュド君」
「元気を出すのじゃぞ、アシュドー!」
 今はそれを遮ってユーウィンが囁くと、三人のやり取りに首を傾げながらも柚那がアシュドへ話している内容こそ分からないものの檄を飛ばせば、彼は僅かに顔を泣き笑いに歪めた。
「そう言えば、矛村さんの試験の結果はどうなったんや?」
「ま‥‥あんなもんだろうねぇ、一応合格って事で」
「良かったですわね、それでは今度は伊雑宮‥‥でしたか? そちらの案内も機会があればお願いしますね」
「えぇ、そうですね。その時はもう少し上手く皆さんに説明出来る様、学んでおきます」
 そんなアシュドから僅かに離れた傍らでは、気にしていたのか珠を見つめクレーが当人より先に勇の試験に付いて尋ねており、はっきりしない回答ながらも『合格』と言う言葉を純粋に受け止めると、アデリーナが顔を綻ばせて労えばその穏やかな笑みに釣られて彼も一行へ感謝し、笑顔で約束を交わす。
「それでは矛村さんにアシュドさん、神野さん‥‥色々とありがとうございました」
「いや、こちらこそ。随分堅苦しかったかも知れないけど‥‥それじゃあ気を付けて帰りなよ。あぁ、あとこれ‥‥こっちにいるなら少なからず、役に立つと思うよ」
 そして恭しく一礼し、三人へ別れを告げるヴァージニアに次いで皆も彼女に倣うと苦笑いを浮かべて珠は一行へ纏められた紙片の束を適宜に与えれば、踵を返した一行の背に暫く手を振ると
「何だ、思っていたより好かれているじゃない」
「‥‥そんな事は、ない」
「そうかねぇ‥‥でもこれからどうするにせよ何れ、あんたもはっきり応えてやらないと」
 去って行く彼らの背を眺めながら、意外そうな面持ちでアシュドへ珠は話し掛けるが否定する彼を見つめると次に真剣な表情を湛えてそれだけ言えば、迷いを宿す魔術師は今度こそ無言だったが‥‥夕日の下で一行が見えなくなるまで見送るのだった。

 〜一時、終幕〜