【五条の乱】斎宮防衛 〜陽動〜

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:9〜15lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 85 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月24日〜06月01日

リプレイ公開日:2006年06月02日

●オープニング

 新しい京都守護職の働きは宮中でも評判だった。
 京都の人々の目にも、彗星の如く現れた神皇家の若き皇子が幼い神皇を助けて京都を守ろうとする姿は希望と映っていた。事実、悪化の一途を辿っていた京都の治安に回復の兆しがあった。
 五月も半ばを過ぎたある日、事態は急変する。
「五条の宮様が謀叛を!? まさか‥‥嘘であろう?」
 新守護職に触発されて職務に励んでいた検非違使庁が、五条の名で書かれた現政権打倒の檄文を発見したのだった。下役人では判断が付かず、判官の所に持っていき天下の大事と知れた。
「よもやと思うが、事情をお聞きせねばなるまい」
 半信半疑の大貴族達は神皇には伏せたままで五条邸に使者を送ったが、事態を察した五条の宮は一足違いで逃走していた。屋敷に残っていた書物から反乱の企てが露見する。
 押収した書物には、五条が守護職の権限を利用して手勢を宮中に引き入れ、御所を無血占領する事で安祥神皇に退位を迫る計画が記されていた。他にも源徳や一部の武家に壟断された政治を糾し、五条が神皇家による中央集権国家を考えていた様子が窺えた。
「京都を護る守護職が反乱を起すとは‥‥正気とは思えませぬ」
「そうだ、御所を占領したとしても大名諸侯が従う筈があるまい」
「現実を知らぬ若輩者の戯言だ」
 騒然とする宮中に、都の外へ逃れた五条の宮と供の一行を追いかけた検非違使の武士達が舞い戻ってきた。
「申し上げます!」
「どうしたのだ!?」
「都の北方から突如軍勢が現れ、我ら追いかけましたが妨害に遭い、五条の宮様達はその軍勢と合流した由にござります!!」
 ここに至り、半信半疑だった貴族達も五条の反乱が本気と悟った。五条と合流した彼の反乱軍は都に奇襲が適わないと知って京都の北方に陣を敷いた模様だ。
「寄りによってこのような時に源徳殿も藤豊殿も不在とは‥‥急ぎ、諸侯に救援を要請せよ!」
 家康は上州征伐の為に遠く江戸に在り、秀吉も長崎に発ったばかりだ。敵の規模は不明ながら、京都を守る兵多くは無い。
「冒険者ギルドにも知らせるのだ! 諸侯の兵が整うまで、時間を稼がねばならん」
 昨年の黄泉人の乱でも都が戦火に曝される事は無かった。
 まさかこのような形で京都が戦場になるとは‥‥。

●失念していたもの
「少々、気付くのが遅かったかの」
「それでも事前に策を講じる時間があっただけ、今後の被害は抑えられる筈です。あの時、伊勢を探っていた間者を冒険者達が捕らえていなければそれこそ」
「とは言え、のぅ‥‥五条の宮に呼応して近隣の豪族が此処まで動くとは。そしてその狙いは斎宮じゃろうな、少なからず神皇の血も絡んでいるが故に」
 伊勢某所、屋敷の中で続々に来る部下達の報告を受け終わっては伊勢国司、北畠泰衡と伊勢藩主、藤堂守也が互いに嘆息を漏らしていたが
「で暫くはその斎宮を前に睨み合いか」
「数は同等、小競り合いこそあるでしょうが敵の動きから察するに暫くは正面切っての戦は挑んで来ないかと。尤も増援こそ来れば話は別ですし、この膠着状態は持って一週間程度かと」
「そうじゃろうな、で伊勢神宮の辺りはどうじゃ?」
 戦に乗り気ではない国司が改めて事態の程を尋ねれば藩主からの適切な回答に次いで、伊勢が抱える神宮に付いて問えば
「今の所は静かですが、尤もあそここそ下手に手を出せないかと。迂闊に仕掛ければ多数の信徒が相手になります故」
「此方とて余程の事がない限りは動かす気はないも、数だけなら確かに圧倒出来る‥‥しかしその様な事態にまでは至らせたくないの。尤も敵の狙いは此処の信徒を動かさない事なのかも知れぬが、わしらが動かす気なくともこの状況は変わるまい。ならば敵を挫く必要がある、か」
 平穏な状況にこそ胸を撫で下ろすも、暫くは続くだろう戦を鑑みて国司は再び嘆息を漏らすが‥‥漸くここで顔を上げると一つ、自身の内にて決断を下す。
「お主は急ぎ斎宮前に集結している本陣に合流しておくれ。指揮は任せるが今は不用意に動かぬ様」
「はっ」
 そして藩主へそれだけ命令を下せば、急ぎ立ち上がる彼の背を見送ると自身もやはり立ち上がり出立の準備を始めるのだった。
「さて、とは言え現状の敵勢とその布陣から察するに余り凝る必要はないじゃろう。となると‥‥」

●斎宮を前に 〜騒がしき者〜
「あぁもう、何で私ばっかり‥‥」
「余り細かい事を気にするな珠、そう言う運命の下に生まれたのだ、きっと必ず絶対に!」
「うるさい、あんたにあたしの運命がどうとか言われたくないわっ!」
「ぷげぁっ!」
 斎王なき斎宮を前に、一人ぼやくのは神野珠。
 現状、斎宮の管理を任されている彼女は五条の宮が蜂起した話を聞かされれば直後、その動きに呼応して動き出した勢力が斎宮を目指している話を伊勢藩主から聞き早急に動き出すと、伊勢藩と連絡を取りつつ慌しく駆け回っていたが‥‥今は行き倒れになっていた所を拾った間抜けな英国の騎士がヴィー・クレイセアと一方的など突き漫才を繰り広げていた。
「‥‥こんな奴の力を借りなきゃならないのかい。まぁだからこそ、うってつけなんだけどねぇ」
 そして地に倒れ伏すその馬鹿騎士を生暖かい視線で見守り、珠が嘆息を漏らすと
「何だ、我を馬鹿にした様なその見下した目線は!」
「あ、良く気付いたね。偉い偉い」
「‥‥連日夜通しで珠が死ぬまで丑の刻参りするぞ! 呪いの藁人形を五寸釘で打ち抜く所か、いっそ燃やしてやる! その前に我が睡眠不足で先に朽ちそうな気もしなくはないが!」
「あー、はいはい」
 再び始まる彼の一人舌戦は適当にあしらい、ヴィーをしっかりと見据えれば彼女。
「いい、あんたの役は冒険者と一緒に敵の目を本陣へ惹き付ける事。陽動って奴ね、本命の部隊が目的を達するまで、それを悟られない様に派手にやって頂戴。他にも同じ目的で幾つかの部隊が動くみたいだけど余り当てにしない様に、結構に危険だから何かあったら独自の判断で対応してって藩主様が言っていたわ」
「分かっている、安心しろ!」
 改めて彼に託す作戦の内容を語れば、胸を張って答える彼に『大丈夫かねぇ』と内心でだけ思うも
「五条の宮‥‥いけ好かん奴だ、民の気持ちも考えずに好んで戦争を仕掛ける奴はどうせろくな者でないだろう」
(「ふぅん‥‥」)
「‥‥何だ、その目は」
「いいや、なんでもないさ。まぁそう言う事だから宜しくね」
 ボソリと彼の口から紡がれた意外な言葉に、過去の彼の生い立ちを垣間見た様な気がして珠が感心すれば、その視線に気付いたヴィーは彼女に背中を向け先にした問いを再びすれば彼女は苦笑だけ浮かべるとヴィーの肩を強く叩いた。

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 依頼目的: 斎宮を前に睨み合う幾つかの豪族が寄り集まる敵主力部隊の注意を惹き付けて、別働の捕縛部隊が行動を助けろ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 関連NPC:藤堂守也(本陣指揮)、神野珠(斎宮待機)、ヴィー・クレイセア(同道)
 日数内訳:伊勢二見、斎宮までの往路が三日と少々。作戦決行日二十七日夜、最大で一日、目的を遂行する予定。
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●今回の参加者

 ea0425 ユーディス・レクベル(33歳・♀・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 ea0828 ヘルヴォール・ルディア(31歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1057 氷雨 鳳(37歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea3741 レオーネ・アズリアエル(37歳・♀・侍・人間・エジプト)
 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea8384 井伊 貴政(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

リオーレ・アズィーズ(ea0980

●リプレイ本文

●真意
「斎宮を狙うって‥‥斎王様はまだ来てないのよね。何が目的なのかしら」
「さてね。でも少なからず神皇様に連なる血筋の方だし、五条の宮に目を付けられるのもしょうがないんじゃないですかねー?」
「まぁね。あーぁ、責めて美人の斎王様の激励の一言でもあればもっと張り切れるんだけどなぁ」
「ふむ、それは悪かった」
 斎宮の前、敷かれた伊勢藩の陣が本陣にて敵部隊の気を惹くべく集った一行の中、洗礼された立ち姿に似つかわしくない、長大な斬馬刀を担ぐレオーネ・アズリアエル(ea3741)が紡いだ疑問へ、いかつい体の割に細やかな料理を作っては出陣前の腹拵えを皆へ促す井伊貴政(ea8384)は首を傾げながらも無難だろう答えを返せば、彼女は頷きこそするも大仰に肩を落とすと真面目な声音でレオーネへ返したのは、伊勢の兵達を率い纏める藤堂守也。
「そうね‥‥うん、貴方が悪いわ」
「しかし守也、此処で油を売っている暇があるのかい? うちらの行動を敵陣への恫喝に使うも味方への鼓舞に使うも、あんたの器量次第さね。上手く使いこなして貰わないとねぇ」
「始まる前からそう、重圧を掛けるな」
「おや、伊勢を守ろうとしている守也様はその程度で潰れるのかい?」
「‥‥冗談を、やらせて貰うさ」
 だがそれにも彼女、たおやかな笑み浮かべ決然とそれだけ言い放てば憮然とする伊勢藩主だったが、続く御堂鼎(ea2454)が掛けるにその表情を戻し、苦笑を浮かべるが尚も挑発するかの様な彼女の呼び掛けには再び憮然としつつも、鼻を鳴らせば眼前に広がる敵兵を睨み据える。
「久し振り、絶対無敵のアリンコ」
「貴様‥‥良くもおめおめと我の前に顔を出せたものだな! その顔見たら三つ子の寿命は五百歳だ!」
「何処から訂正すればいいだろうか?」
「いいよ、無視して」
 僅かずつだが、一行が来てより尚緊張する雰囲気が高まる本陣‥‥だったが、その中でもヴィー・クレイセアは普段と変わらずに顔見知りであるライル・フォレスト(ea9027)に相変わらず茶化されては、やはり何時もの様に叫び‥‥大分意味不明な彼の言葉へ滋藤柾鷹(ea0858)が生真面目な面立ちでライルへ尋ねるが、サラリとそれだけ言えば尚憤慨する馬鹿騎士。
「またまた一体こんな面白い子、何処で拾ってくるのかしら♪」
「全くだねぇ。と、そう言えば西洋の騎士様ってのは女性の為に戦うんだろう? お珠とか言う巫女さんに剣と身と心を捧げるってか、格好良いねぇ」
「そんなものではない‥‥もっと視野を広くして回りを見ろ、この戦に民の意思はあるのか?」
 その光景を傍らで見守るレオーネ、子悪魔的な笑顔を浮かべ言うと鼎も同意しながら彼を茶化すが、ヴィーは唐突にその表情を変え真面目な面立ちで場にいる皆へ問うと
「伊勢には確かに、来て間もないが‥‥この様な事はもう二度と見たくなかった」
「‥‥どんなに高潔な理由があろうと‥‥武を以って、その意を押し付けようとすれば、只の大罪人だよ」
「その通りだ」
 次いで厳かな声音で呟けばその後を継ぎ、無表情にヘルヴォール・ルディア(ea0828)が紅蓮の髪を揺らしては騎士と同様に静かな怒りを露わにする。
「‥‥何処か頭でも打ったか? 俺、こんな奴しらねーよ」
「五月蝿いっ、黙れー!」
「まあ、頑張ろうか。気合い入れないと‥‥鳩にうおの目つつかれ倒される災いが降りかかるぞー」
「な、何だってー!」
「冗談だ」
「‥‥死ねー! と言うかお前らは今すぐ殺ーす!」
 も、深く溜息を付いた後にライル、薄ら笑いを貼り付け彼をどつけば顔を真赤にヴィーは叫ぶが、その彼を落ち着かせるべくユーディス・レクベル(ea0425)が冗談こそ言って彼を宥めるも、完全に切れた馬鹿騎士は己が得物の大剣を手に敵と認識した者目掛け、駆け回る。
「‥‥大丈夫かなぁ?」
「準備は良いか? 良いのなら仕事を始めよう、粛々とな」
「私達が失敗すればこれからの行動に、強いては今後の伊勢に支障が出る‥‥背中の誠に賭けてもこの依頼、成功させるぞ」
 その繰り広げられる光景に、携えた弓の弦の張りを再度確認しながらミリート・アーティア(ea6226)が言葉の割、皆を信じていると笑顔を湛えればウィルマ・ハートマン(ea8545)が厳しい声音を響かせると負けられない、引けない戦である事を認識する氷雨鳳(ea1057)が言葉に皆が頷き返すのを確認してから彼女は踵を返した、自身が内にある『誠』を貫くべく。

●撹乱
「私は側面に回る、お前達は段取り通りにしっかり伏せていろよ。食い付く前に向こうに気付かれては予定が狂う」
「分かっている」
 やがて戦場へ出る、伊勢の兵達に似せた格好をした一行。
 しつこいまでに繰り返すウィルマの確認へ、ヘルヴォールは声音だけ憮然としながらも律儀に返せば、薄汚れた毛布を纏いミリートと共に動き出すと僅かに離れた場へ移動する二人の背を、息を潜めたまま見送るヴィー。
「そう言えば赤毛の憎いあんちくしょうは何処に消えた、我に恐れをなして消滅したか?」
「‥‥言う義理はない、けどまぁ色々事情があってさ」
「来たぞ」
 隣に張り付くライルへ、その片割れがいない事を静かに問うが‥‥先とは違い彼、簡潔にだけ答えを返すも二人を窘める様に柾鷹が警告にライル、視界にも闇の中で蠢いては森の最奥へ向かう、僅かな兵達の姿が目に映る。
「うーん‥‥良く見えないや」
「灯りを持つ程に迂闊ではないか‥‥だがこの程度なら」
 しかし射手達にとってそれは辛うじて認識出来る程度、瞳を細め遠くを見つめては呟くミリートにウィルマも同意しつつ、澄み渡った夜空に浮かぶ月があったからこそ見える敵兵を睨み据えれば直後。
「目障りだ、地を這い蹲っていろ‥‥!」
 強弓の弦を勢い良く張れば早く矢を放ち、それにミリートも続いて一行は敵斥候だと思われる部隊の殲滅を開始した。

「‥‥気が滅入るな」
「闇夜に紛れているけど、これだけ広い戦場を隠れながら駆け回っているからね〜。私も疲れたよー」
 それから暫く、短時間の間に少なからず敵の情報網を切り裂いている一行の中で囁く様に呟く鳳へ、彼女に同意してミリートが地に倒れ伏していた。
「じゃあ一先ず引こうか、偽情報の流布をしながらさ。これなら敵の現状が測れるだろうし」
 戦場独特の緊張感から多少こそあれ、疲弊を隠せない一行だったがユーディスはそれでも明るい声音にて提案を掲げれば、皆は静かに彼女へ頷き返し再び動き出すのだった。

「あと少しで源徳軍が‥‥」
「来るのか? と言うか、むしろ来い!」
 不意に飛んで来た声を拾ったのは必然、慌しく駆ける十人ばかりの一団を捉えていたから。
「止まれ、貴様ら‥‥」
 その一団が私達の存在を気にする事無く眼前にまで迫ってくれば、それとほぼ同数の兵を率いる私が取る行動はただ一つだったが直後、視界が回り天地が入れ替わる。
「悪いが急ぐ! 邪魔立てはご遠慮願おう!」
「到着する夜明けまでもう、時間がないよ」
「わっ、しっ、それは」
「置いて行くぞ?」
 自身、足を払われ倒された事に漸く気付けば剣戟響く中で聞こえた一団が交わす言葉と次いで慌てて駆け出し遠ざかる足音に私は呆然として立ち上がり見送るが、彼らが非常に慌てていた事を察し、先の話は疑えずに急ぎ謎の一団とは逆‥‥近くに陣を張る部隊の元へ駆け出した。

「どの程度まで敵軍に浸透しているか分からないけど、とりあえずはOKか?」
「上手く行っていればいいけどねー」
「きっと大丈夫だよ、うんうん」
 さりとて、その謎の一団こと一行は暫しの小休止。
 結果はまだ暫く先にならないと分からないだろうが、一先ずやり遂げた事にライルが安堵すると貴政ものんびりとした声音ながら成功している様にと頭上を見上げ祈れば根拠こそなかったが、ミリートが無邪気に笑顔を湛えて頷き場の雰囲気を和ませた、次の瞬間。
「此処で別働隊を動かす‥‥ねぇ。全く、守也もせっかちな人だよ」
 鼎がその目に捉えていた光景の中、今までより規模大きく動く同じ目的携えた兵達を目にすれば嘆息を漏らしながらも腰を上げては己が得物を手にし、不敵に微笑むのだった。

●血風
 一方の豪族連合。
「一先ずの任は達しているが‥‥敵部隊の動きはどうなっておる!」
 その本陣では大将だろう、重厚な甲冑を身に纏う侍が各所から来る報告を纏め上げては伊勢神宮、その信徒の押さえ込みが成功に一先ず安堵こそしていたが徐々に鈍る斥候達の足に今は激昂していた。
「は、それが斥候の動き芳しくなく‥‥」
「先手を打たれたか、一先ず分かるだけの情報を各隊へ集めよ!」
 それに対し、久方振りに本陣へ来た斥候の一人が報告に鼻を鳴らして彼は指示を下せば自身が持つ、伊勢の情報を思い出す。
「情報網の断絶、な。まぁ伊勢の国司なら考えそうな手か‥‥そうなると」
「失礼します! 敵に顕著な動きが見受けられました!」
「陽動だ、捨て置け。伊勢の国司は戦いを嫌うと言う、積極的に向こうから仕掛けてこんさ」
「ですが、その数‥‥」
 その意図を読み切った時、珍しく立て続けに別部隊の斥候が参じ持ち込んだ新たな情報へ冷静な声音で告げるも続く報告に上げられた、小競り合いにしては多過ぎる数を耳にすると流石にその眉根を顰め、叫ぶのだった。
「ならば同数を当てろ、消耗戦と言う趣味はないがこの戦‥‥斎宮まで潰す必要がある。いずれその道、こじ開ける為にも挑まれたのなら応じよ!」

「さて、これで動くと良いが」
「簡単に放置出来ぬ数でござる、分かっていても動かざるを得まい」
 場面は戻り、夜が更けに更けて僅かに暗がりが薄まる今‥‥平地にて睨み合う両軍を静かに見守る一行。
 先の衝突は未だ小競り合いの延長だったが、それこそが本格的な陽動開始の合図。
 その最中に一行は踵を返し、僅かな休憩を挟んでいたが傍観者宜しくウィルマが漏らした僅かな不安へ緊迫するだけの場の中で柾鷹が厳かに判断したその時、戦場に鬨の声が上がる。
「さぁ、行くよっ!」
 未だ本格的な衝突ではないと言え、平地にも拘らず木霊する人々の雄叫びからそれまでとは比にならない数の兵達が一斉に動き出した事を悟ればユーディスが雄叫びと同時、一行も地を蹴って戦場へ疾駆する。
「遠からん者は音に聞け、近からん者は目にも見よ。我、義によりて伊勢に協力せし者‥‥我が告死天使の剣先を恐れぬならば掛かって来い!」
 そして敵陣が一端へ一行が突撃と共に轟く、レオーネの名乗りが凛と響き渡れば巨大な楔が如く振るわれる斬馬刀が縦横無尽に奔らせ、敵兵を怯ませるも
(「‥‥で、良かったのかしら、ジャパン風の名乗りって?」)
(「そうそう、そんな感じー」)
 その当の本人はと言えば、調理の際に覗かせていた飄々とした面持ちながら鋭き一閃を続け様に放ち、次々に敵兵を退かせる貴政にそんな事を問うていたり。
 だがそれでも敵兵の注意は自然とレオーネへ向けば、数に物を言わせ二人へ群がろうとするも
「貴様らの血で戦場を彩れ! はらわたをぶちまけろぉ!」
 一足にてその場へ飛び込み、鳳が閃かせる斬撃が幾多の兵より血飛沫舞わせると次に彼らより苦痛や憎悪に塗れた呪いの音叉を放たせる。
「戦うのは好きじゃないけど‥‥けどっ! これは自分で決めた事だから!」
「冒険者風情がこの戦いに割って入るなぁっ! この戦は我らがものぞっ!」
 場に響くそれを耳にミリートは思わず顔を顰めるが‥‥それでも水から叫んでは音叉を押し潰し弓に矢を番え放つも‥‥僅かな迷いを宿したその矢は後方より勢い良く駆けて来る侍が一人に切り落とされればその刹那、巨躯の侍は一気に一行の隙間を駆け抜けミリートの内懐へ飛び込み叫べば、振り翳す刀の血に濡れた輝きに身動ぎ出来ず息だけを飲む。
「だがその『戦』に泣くは民人なり‥‥お主等こそ、彼らを護らずして何の侍か!」
「その通りだぁっ!」
「下らぬ権力争いに巻き込まれる者の身になれないのか?」
 しかし裂帛の間に柾鷹、二人の間へ飛び込みその一刃を受け止めれば敵が侍をねめつけ相反する彼の答えに逆らわんとばかり、激しく互いが鍔を打ち鳴らすとその場へ更にヴィーと貴政が同時、持つ得物を掲げ斬り付ければその一刃を右の肩に、もう一刃を腹部に受けながら侍はその口元より血を流しつつも、答えた。
「戦終わりし後になら、考えられるだろう!」
「そうか‥‥それが答えならば、負ける理由は無いな」
 そして彼の答えが響けば僅か、柾鷹が振るった剛き一閃は敵の意思を折らんと刀を打ち砕き‥‥その頭部にまで白刃を食い込ませれば舞う風に血が散る中、苦々しい表情だけ湛えた。

「流石にもう、疲れたー!」
「落ち着いてくれ、そろそろ終わりの手筈だ。予定通り、ミリートがあの場に辿り着いていればだが」
 戦端が開けてより暫く、空が白み始めてきた頃になると迫る敵をもう何十度かいなしては敵の背へ回り、銘無き刀で切り付けるユーディスだったが流石に疲労を隠せず叫ぶが未だ冷静な鳳に宥められれば吐息を吐いた時だった。
「源徳軍だ、源徳軍が来たぞぉー!」
 最初は小さな声が一つ、戦場の片隅で上がっただけだったが‥‥それはやがて戦場を揺さぶる様に伊勢の兵達が木霊させると、辺りを見回すは敵兵が一団。
 やがてその視界に幾艘もの巨大な船が映れば彼ら、動揺を隠し切れずに騒ぎ立てると一斉にその身を翻し、本陣が敷かれている背後の森へと駆け出すのだった‥‥それがミリートの巻物によって生み出された幻とも知らず。

●行末
 そして静まり返る戦場、平野には幾許の兵だけ置いて身を潜めた豪族連合に対し伊勢の兵は気を緩めず陣を敷いたまま、警戒だけ続ける。
「上手く行くといいんだが‥‥ここまでやったら神のみぞ知る、だな」
「応分の働きはした、それ以外は我々の気にすべき領分ではない」
「‥‥取り敢えず時間は稼いだからね。成功か、失敗かは‥‥まだもう少し、先だけど」
 斎宮前に築かれている伊勢の本陣にて一仕事終えた一行、まだ見えぬ行末に僅かな不安だけ言の葉に乗せる鳳だったが、ウィルマが現実的な思考を持って彼女へ返せばヘルヴォールも頷き、依頼は達しただろう事を告げると
「大事なのは、『今』を生きる事‥‥全力で、ね‥‥。だから、生きて帰って来て‥‥貰わないと」
 続き背後を振り返って戦場を見やれば、未だ帰って来ない敵本陣に潜入している冒険者達へ聞こえぬだろう祈りを織るのだった。

 〜終幕〜