天岩戸

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:10〜16lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 27 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月30日〜06月09日

リプレイ公開日:2006年06月08日

●オープニング

●御魂眠る場所
 伊勢神宮の内宮より南、志摩の近くにある伊雑宮(いぞうぐう)。
 天照大神の御魂奉り、またそれが眠ると言われている天岩戸を抱えるこの伊勢神宮の別宮が一つに今、巨大な蟲の群れが跋扈していた。
「物見遊山のつもりで来ただけだったが、まさかこんな事になっているとはな」
「私も驚いています‥‥よっ!」
 今はまだ質が低いそれらが周囲を覆う木立より這い出て来る度、駆逐に追われるのは伊雑宮の宮司が息子の矛村勇と、何を思ってか伊雑宮へ帰省する彼に同道したアシュド・フォレクシー。
 嘆息を漏らし、水の礫を次々に放つアシュドへ武術の心得なく拙い腕ながら懸命に刀を振るう勇も当初は父より話を聞かされておらず、掛け声の代わりにそれだけ彼へ言葉を返せば
「一体、何が目的か」
「‥‥規模こそ小さいですが、伊雑宮は伊勢神宮の中でも歴史古く由緒正しいですからね。きっと何かあるんでしょう、私も知らない何かが此処に‥‥いえ、もしかすれば」
「天岩戸、そのものか。しかし単なる巨大な岩塊にしか見えないそれが一体‥‥」
 最近は沈静化したと思われていた伊勢の妖怪が大量発生に、アシュドは未だその意図を汲みかねていたが息が上がりつつも勇、自身もやはり事態の真意は見えず推論だけ紡げば彼らが戦う場より後ろに聳える岩塊を魔術師は振り返り、僅かにしか知らないそれの歴史や言い伝えを思い出す。
「‥‥だがこれだけの規模、早々長くは続くまい」
「でも、此方はそれより長く持ちそうにないです!」
「なら冒険者ギルドへ文を早急に! どの程度の期間、間隔で妖怪達が攻めて来るか分からないが、まだ続く様でも今から出せばまだ間に合う筈だ」
 が、それでも間断なく湧いて来る蟻の群れが伊雑宮を素通りして天岩戸へと向かおうとする動きにアシュドは魔法放ち呆れつつも冷静にその流れを断ち切るが、伊雑宮の守り手は然程多くなく、また戦い慣れていない事から僧兵達が僅かずつ後退する光景を目にして勇が叫べば、即座に指示を叫び返すアシュドへ頷き僧兵の一人が後退する。
『天岩戸へ来い、お前が望むものを与える代わりにその力を貸せ』
「相変わらず誰だか知らないが、そう易々と踊らされる気はない‥‥」
「アシュドさん?」
 そしてその中、何時だったか闇の中から響いて来た『呼び掛け』を思い出して魔術師は呻くも、他人の心配をする余裕ないだろう勇が呼び掛けに我へ帰れば
「何でもない‥‥とりあえず、此処にいる奴らを退けるぞ」
「はい!」
 顔を顰めつつも言葉を返し、夜風にマントを靡かせては再び詠唱を織り紡ぐのだった。
「‥‥何をしているんだろうな、私は」

●闇
「しかしお前も物好きだな。そんな面倒で回りくどい事、俺ならお断りだ」
「此方に取り込めば色々と有意義に使えそうな駒だからな、が以前と僅かだが変わったあの瞳‥‥気に食わん」
 同じ頃、彼らの戦いを見守る者あり。
 一つは闇に溶け、その姿は見えないがもう一つはその姿を隠さず紅蓮宿る爪をこれ見よがしに闇の中に浮かび上がらせていた‥‥尤も戦場からは離れている為、誇示しているつもりでも人の目には捉えられないだろうが。
「ふん‥‥まぁいいや、そっちは任せた。俺は暫くしたら暴れてくるぜ、墓も死体もなければもう待っているのも飽きたわ!」
「もう少し、堪えろ。あの程度では物足りないだろう、お前なら」
「‥‥ちっ」
 その紅蓮の爪、鼻を鳴らしその身を立ち上がらせては血気盛んに言葉を吐くも、闇に静止されれば内心を見透かされた爪は舌打ちだけ返すと
「それに此方もまだ小手調べだ、本腰を入れて動くのはもう暫く先でいいだろう。これから来るだろう奴らもいる筈だからな」
「‥‥しかし一体、何が狙いだ?」
「様子見だけだ。今はそれ以上、深い意味はない」
 不満そうなそれへ、宥める様に言葉を掛ければ紅蓮は未だ知らされていない今回の目的を改めて問うも、闇が返す答えはやはり真意が見えない一言だけだった。

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 依頼目的:伊雑宮(及び天岩戸)を襲撃する、蟲の群れを退治せよ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 関連NPC:アシュド・フォレクシー、矛村勇(同道)
 日数内訳:京都から伊雑宮まで往復日数七日、実働日数三日。
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●今回の参加者

 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea5603 ユーウィン・アグライア(36歳・♀・ナイト・ジャイアント・モンゴル王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6321 竜 太猛(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea8214 潤 美夏(23歳・♀・ファイター・ドワーフ・華仙教大国)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

天城 月夜(ea0321)/ セラフィン・ブリュンヒルデ(ea4152)/ リュヴィア・グラナート(ea9960)/ 神哭月 凛(eb1987

●リプレイ本文

●明暗
「天岩戸か。いわれは知らないが、伊勢神宮が一端であるのなら神聖な場所なのだろうな。それが狙われているなら、その原因は解明しておいた方が後々のためだろう‥‥だが、とりあえず当面の仕事は蟲の大群を始末する事だな」
「そうですね。しかし岩戸隠れの伝説、妖怪がその様な場所に一体何の用があると言うのでしょう。死と再生の伝説の場所であるこの地に‥‥」
 一行が辿り着いた先、伊勢は別宮の伊雑宮‥‥今は静寂に包まれる小さなその社を前に、遠目に映る『天岩戸』を見やりデュランダル・アウローラ(ea8820)が感慨深げな面持ちで周囲を見回せば続き、彼が気になっている話を知っているらしいユリアル・カートライト(ea1249)はそれ故に今回の発端が気になり、眉を僅かに顰めるも彼の問いへ答える者が一人いた。
「誰かが食べ物でもこの辺りに不法投棄して、それにたかっているのではなくて?」
『ないない』
 その者は潤美夏(ea8214)、どう言った根拠からか分からなかったが自信に溢れた声音を響かせる彼女へ一行のほぼ半数は真剣に突っ込む。
「よろしくお願いします」
「えぇと‥‥はい、宜しくお願いしますね。チョコさんと‥‥」
「太猛じゃ、初めましてじゃが宜しく頼む」
 その傍らでチョコ・フォンス(ea5866)は伊雑宮の宮司が息子、矛村勇と挨拶を交わせば美夏の回答に唖然とする彼はチョコの挨拶に気を取り直すと竜太猛(ea6321)を見やり、続いて彼とも挨拶をすると再び傍らの一団を見やる。
「やはりこの件、裏で手引きをしている者がいるのでしょうか?」
「そうですわね。もし仮に、この蟲が誰かの差し金だとすると‥‥その方も中々に陰険ですわね」
「付け加えて良いなら、根暗とかも足しておくべきじゃない? 後は‥‥」
 美夏の話から始まった原因の追究を始める面子のその中、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)が先ず思い浮かんだ疑問を紡ぎ、真面目な方へと話を導こうとするも答える美夏に対してステラ・デュナミス(eb2099)が尚も辛辣な単語を付け加えると、うろたえるアクテを置いて二人‥‥静かに笑えばその光景を見た勇達の一陣にいるアンドリュー・カールセン(ea5936)は思わず背中に寒気を覚えたとか。
「君子危うきに近寄らず‥‥だったか」

「約束守れなくてごめんね‥‥あたし」
「それは言わなくていい、誰かが悪いと言う訳ではない。悪いとするならばそれは‥‥」
「それも、言わなくていいよ」
 その傍ら、チョコと互いに言葉を遮っていたアシュドはと言えば右腕こそまだ包帯を巻いていたが、以前に比べ多少なりともその表情は和らいでいた。
「所でジャパンへ来てから、誰かに命狙われていないよね?」
「さぁな、正直私も良く分からない」
 そんな彼の表情にこそ安堵した彼女だったが、何処からか仕入れた話が一端を思い出して問い掛けると彼は空を仰ぎ見ては嘆息交じりな答えだけ返す。
「分からない、ってねぇ‥‥でも、少し安心したよ。ほんの一寸だけ、昔のアシュド君に戻って来たね」
 とその時、彼の背後から声を掛けて来たユーウィン・アグライア(ea5603)に気付き、振り返れば目に留まる笑顔と自身の髪を撫でる彼女の手を静かに払い除けてアシュド。
「そうでもないさ。いや‥‥あの時から、私は全く変わっていないかも知れない」
 皮肉めいた笑みを浮かべると身を翻しては次いで、再びざわめき出した森をねめつけた。

●蟲群殺到
 それより暫く後、一行は二班に分かれ伊雑宮が周囲の巡回を始める。
「お久し振りです、アシュドさん‥‥けほけほ」
「‥‥久し振りだな、一体何をしていたんだ」
「ちょっと調べものを、えぇ。所でアシュドさん」
 その一班に加わる、何事か考え耽っていたアシュドへ声を掛けたのは最初には見かけなかった小さきエルフの魔術師がシェリル・シンクレア(ea7263)。
 埃塗れなその姿にアシュド、溜息を漏らしながらも律儀に尋ねてみればシェリルは笑いながら答えるも暫しの沈黙を挟めば
「今のアシュドさんは、以前のナシュトさんに似てます」
「‥‥そうかもな」
「どうか彼の過ちを、繰り返さないで」
 彼を見上げ、以前とは違った表情で呼び掛けて来た彼女にアシュドは内心驚きながらも静かに肯定するが、頭を左右に振って更に訴える彼女の視線は凝視出来ずに逃れる様、視線を逸らすと響いて来た地響きがする方へ顔を向けて皆へ警告の声を上げるのだった。
「来るぞ、気を付けろ」

 その頃、もう一方の班もまた同じ蟲との遭遇を果たしていた。
「よおぉぉっし! さぁ、掛かって‥‥」
 響く地響きを前、気合を入れるべく自らが両の頬を叩いてチョコはユリアルが上げた警告に次いで眼前に広がる木々を見据えるも‥‥次に現れた巨大な百足を前にすると彼女、紡いでいた言葉は途中で途切れる。
「行くぞ、レイ‥‥」
 言葉出ず、口だけ何度も開け閉めするその彼女を飲み込もうと顎を開く大百足だったが、地を蹴り飛翔したアンドリューが煌く槍穂にてその頭部を貫けば、大百足がのた打ち回る隙にチョコを抱えて後退する彼。
「この数を見るに蟲を操る者が確実に居る筈ですね。ですが、伊勢の山での妖怪の事もありますし、今度は失敗出来ませんね‥‥」
 二人が戻って来るその間にも、大百足の後ろから這い出てくる蟲の群れを捉えながらユリアルは過去の苦渋を思い出し、何時もはにこやかのその表情を引き締めれば厳かな声音を響かせて、重力の波動をその掌から解き放ち、射線にいた数体の蟲を纏めて吹き飛ばしては決意を固めた。
「これ以上、歴史ある伊勢を汚させる訳には行きません!」

●業火爪駆
 二日目‥‥天岩戸へ向かう蟲の数は先日より多く、それへ至る道を塞ぐ形で二班に分かれていた一行は合流すれば今はその奔流を伊雑宮の僧兵達と共に堰き止めていた。
 因みに今の所はまだ、いると踏んでいる黒幕は皆の努力も虚しく見付かっていない。
「天岩戸と言えば日本神話として有名な‥‥?」
「そうです、岩戸隠れのお話‥‥ですねっ! その話の通りであるなら素盞嗚の武を恐れた天照が隠れ篭ったのがこの岩戸だと‥‥!」
「へぇ、面白そうなお話ね。もう少し、詳しい話を聞かせて‥‥」
「すいませんっ! 今は余裕が‥‥っ」
 だがそれは一先ず置いて、天岩戸の由来が気になるアクテの問いに一杯一杯である勇はそれでも刀を振るいつつ律儀に答えるも、掻い摘んだ解説に興味を覚えたステラが巫女装束を靡かせて舞う様に氷の嵐を放つ中、事の詳細を聞こうとするが‥‥流石にそこまでの余裕はなく彼は申し訳なさそうな視線だけ彼女へ向け、遮ればすぐに対する大蜘蛛へと刀を精一杯叩きつける。
「しかし‥‥何処からとも無く湧き出て何かを執拗に狙う昆虫、友人から聞いたレギオンとか言うのに良く似てるよね」
「だが、空を飛んだり火を噴いたりしないだけマシだな。fetch a knife,ハーティ!」
 そんな、蟲の群れが多く湧く光景から友人の話をふと思い出したユーウィンが苦笑を湛え、鉄弓にて地を打ち据え殺到する蟲へ広く衝撃波を放てば、懐かしい名を聞いてアンドリューは鋭く槍を繰りながらも英国での出来事を思い出しては呟いて‥‥だが今はそれを振り払い愛犬へ指示を出したその時、予兆は現れた。
「乱こそあれど、最近までは平和だった様で‥‥急過ぎるこの動きの意図は何かしら?」
「どうかされました?」
「いえ、私に好き好んで潰されたい蟲がどう言った姿をしているのか、少々興味深いので」
「そ、そうですか‥‥」
「しかしながら蟲ではない輩も来た様ですわね」
「下がってくれ」
 まだ幾分の余裕がある美夏は周りを気にしつつも勇から聞いた、伊勢の近況を思い出しては密かに嘆息を漏らすが、辺りを忙しなく伺っているその様子に要所で彼女を紅蓮なる溶岩を立ち昇らせ、支援しているアクテがその様子に気付き問えば返す答えに呻く彼女へ美夏は笑顔を湛えると異変が異変である事を確かに認識して空を見上げたその先‥‥歪んだ旋風をその目に留めて、僧兵達へ指示を下すアンドリューが彼らを下がらせる。
「さぁ、ミストラル。狩りの時間だ‥‥!」
「うぉぉらっ!」
 そしてそれと同時、空を駆るデュランダルはいち早く旋風に迫れば、その一撃にてそれを貫くも次に高らかな金属音が鳴り響けばその内部より現れた巨大な猫が自らの内懐に踏み込んで来ると、伸び切った右腕を縮めては槍を引き戻しつつ距離を置こうとするが、その暇に空飛ぶ猫は騎士の腹を蹴り目標を地上にいる魔術師達がいる辺りへ方向を変え、舞い降りる。
「甘いですわね。私が最近買った蜂蜜よりも甘いですわ」
「こんのチビ助‥‥無性に腹が立ったぞ」
 だがその前に立ちはだかる、緊迫した場に似つかわしくないひょっとこ面を頭に引っ掛けた美夏が振るわれた爪を受け流せば見た記憶がある猫へほくそえむと、彼女の言葉に本気で怒っているらしい空飛ぶ猫も彼女を睨み据えれば暫し、防御もせずに激しく打ち合う一人と一匹。
「‥‥皆、どいて!」
 しかしその間、まだ湧く蟲と現れた巨大な猫を捉えながら炎の力で意志を固めたステラが叫べば僅かに淀ませながらも詠唱を織り紡げば、冷たく澄んだ音が次々に辺りに響き木霊し大気中に数多なる氷の刃を生み出しては今までにはなったそれの比ではない、全力の氷嵐を火車目掛け放った。
「馬鹿が、みえみえだぜっ!」
「ストーム?! でもっ!」
「‥‥んなぁっ!」
 しかし彼女が放った氷嵐は嘲りと共に吹き荒ぶ風に撒き散らされれば、僅かに動揺こそ表情に過ぎらせるも尚、ステラは空駆る猫を睨み据えればそれが放った風ごと氷嵐で圧殺する。
「まだ夏には早過ぎますわ」
 その光景をギリギリの所で見て美夏、何時も通りに毒こそ吐くがステラの魔法が遺した爪痕に唖然としつつも辺りを見回せば、流石に辺りの気配が殆ど消えた事へ肩だけ竦めるが
「粋がっていた割に無様だな」
「随分と暇な方がいらっしゃいますわね」
「お主、何者じゃ」
 次に響いたのは嘲笑、それに次いで一行の前に巨躯の男が平然と現れると美夏と太猛はそれぞれに得物を構え厳しい声音で尋ねるが‥‥それは答えを返す事は無く、アシュドを見つめる。
「だが、お陰で枠が一つ空いたな。どうだ、来ないか?」
「その様な手合いと取引はしない方がいい。何かを欲する余りに、自らの身体を、想いを失いかけた男を‥‥自分は知っている」
「分かってはいる‥‥だが」
「人生とは常に足掻き続ける事、我武者羅に生きていれば結果はその後についてくるものじゃ」
「奇麗事を‥‥思い出に価値はなく、時には人によってそれが踏み躙られる。だからこそ、過去を取り返すべくそれが踏み躙られる前に、やり直す気はないか? それだけの力、貸してやるよ」
 その率直な言い回しに一行は呆れるも『男』が問いへ対し、先に口を開いたのはアンドリュー。
 惑っているかもしれない彼へ警告だけ告げるとアシュドは理解しつつもやはり、逡巡している様を皆が前で見せるがその彼を諌めるべく先とは違った優しき声音で呼び掛ける太猛に、しかし『影』は鼻を鳴らして嗤えば尚もアシュドへ迫り、答えを要求すると場に落ちるのは沈黙‥‥誰もが動けず、また未だ僅かにいるだろう蟲も息を潜めているのか、そのやり取りを静観する中。
「やはり、断る。全ては必ず、私の手で取り返してみせる‥‥それが私の負うべき責任だ」
「詰まらん、ならば手の施しようなく目覚める兆しも見せない女の尻でも追い駆けているのだな! 今のお前にはお似合いだろう」
「貴様‥‥ぁっ?!」
 遂に響いた、彼が捻り出す答えへ『男』は嘲れば激昂するアシュドが鋭く詠唱を紡ぎ出すも‥‥途端に詠唱は止み、地へと倒れ伏す。
「‥‥全く」
「引くのならこのまま大人しく引いて下さい、私達はアシュドさんの世話だけでも手一杯ですから」
「だが、此処でやると言うなら‥‥全力で相手をする。『彼女』の件に関して腹を立てているのはアシュドだけではないのだからな」
 その背後、彼が取るだろう行動を察して全力で小突き止めた一人のチョコが呆れれば、内心でアシュドへ詫びつつもシェリルが『男』を睨み据えると槍を構えるアンドリューが珍しく怒気を孕ませ告げる、その振る舞いに『男』は嘆息だけ漏らすも
「‥‥だが、このままにもしては置けまい」
 次いで踵を返そうとした彼が不意に動きを止めた次の瞬間、誰よりも早くデュランダルは『男』の胸部へと槍穂を埋めるのだった。

●天岩戸
 依頼を無事にこなした一行が伊勢を発つ前‥‥デュランダルが貫き、程無くして何事も語る事無く朽ちた『男』は勇曰く『羅刹』と呼ばれるジャパン固有の魔なる者で、甘言を弄しては人を魔の道に引き擦り込もうとする存在ではあったが、一行の力量から見れば実の所は差して強くないと彼が語ったその後。
『馬鹿(が、だ、な、ね)』
「くっ」
 まだ居残ると言うアシュドをなじる皆へ彼は呻き声だけ上げていた。
「望みは自分の手で叶えるもの、他者から与えられたって何の解決にもならない。それさえ忘れなければ、あたしは君が望みを叶える為の盾となり剣となる‥‥自らの誇りとこの弓に掛けて」
「やめろ、そんな恥ずかしい誓いはいらない‥‥」
「だが一つだけ言っておくぞ。自分は何時でも、アシュドの味方だ」
 しかしその彼の様子に安堵してか、満面の笑みを持ってユーウィンが彼へ一つ、誓いを立てるとアシュドは気後れして背を向けるも、続きアンドリューがその背へ言葉を掛ければ
「悩む事を恐れずに、悩まず安易に結論を出す事を恐れるべきとの昔から言いますわ。貴方には仲間がいるのですもの。天岩戸の外で灯りを灯し待つ仲間が‥‥それが分かっているなら、貴方は大丈夫ですわ」
 未だ背を向けている彼の耳元へアクテが囁くと、彼女から離れる様に天岩戸へ歩を進めては皆へ振り返り‥‥僅かな間を置いてから一言だけ詫びた。
「‥‥済まない」
 今はこれが彼の精一杯の答え。
「うんうん。所で勇さん、天岩戸って触っていいのかな?」
「えぇ、構いませんよ。お越しになる方も触れていきますし」
 その彼の様子に一先ず安堵した皆が頷く中でチョコ、勇へ向き直れば眼前に聳える天岩戸を見上げて問うと帰って来た彼からの答えに会釈だけ返せば、手を伸ばす。
「それじゃ、遠慮なく‥‥っ!」
「どうした!」
「‥‥ん、何でもないよ。ちょっと切っちゃったみたい」
 と途端、掌に痛みが走れば手を引っ込めると彼女の異変にいち早く反応したアンドリューに問われると、掌を見て彼女は流れる血にそれだけアンドリューへ返せば安堵して肩を落とす彼だったが
(「でも何だったんだろ、あの感じ」)
 触れた途端、形容し難い感覚に僅かだけ捕らわれたチョコは再び己が掌を見やれば改めて天岩戸を見上げるのだった。

 〜終幕〜