月を望んで‥‥

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:10月02日〜10月07日

リプレイ公開日:2006年10月10日

●オープニング

●満ちたるは月
「お兄様は一体、何処へ行ったんでしょうね」
 一人、日が落ちた京都の街並みを歩くアリア・レスクード。
 どうやらはぐれてしまった兄の事を探している様だが‥‥実の所、彼女が先にはぐれてしまったのは此処だけの話。
 まぁそれはさて置き‥‥やがて、店が多く並ぶ通りを抜ければアリアは住宅佇む通りへと出れば、とある一軒の民家が軒先に視線を留めて空を見上げる少年へ声を掛けた。
「何をしているの?」
「お月見!」
「オツキミ‥‥?」
 すれば返ってきた明朗な答えを紡ぐ、月を見上げる少年とその隣に置かれている団子の山と交互に見比べ、聞いた事のない単語を聞いたアリアは戸惑い浮かべ首を傾げると
「ジャパンじゃ十五夜とも言っているかね。まぁ満月を眺めて楽しむ事だよ、この時期はお月様が綺麗に見えるからね‥‥尤も、満月は当の前だったけど」
「そのお月見、って一体何をするんですか?」
「うーん、特には何も。昔からの風習みたいなものだね、お月様に食べ物を供えて後はのんびり鑑賞、とかかな。とりあえず我が家はだけど」
「なるほど‥‥お話、ありがとうございました」
 いきなり現れた彼の母親、話の経緯を聞いていたのだろう彼女の疑問に苦笑を湛えつつ、アリアが満足する答えを確かに提示すれば頷き、礼を述べて彼女は感心しながらその場を辞する。
「お月見、ですか‥‥」
 そして呟き、少年が紡いだ言葉を反芻すれば直後。
「そうだ、折角だからやってみましょう‥‥良く分かりませんから冒険者の方を誘って、お月見のお話でも聞きながら。ジャパンの風情を感じるには丁度いいですし、兄様を労うのにも打ってつけかも知れません」
 神の啓示‥‥と言う程に大仰ではないがその事に思い至ってアリア、言えば決意を固めると歩きながら暗闇の中に浮かぶ月を見て、呟いた。
「‥‥でもどうせなら、お父様もいればいいのに」

●満ちたるは刻
 その頃、アリアが見上げている月の元、別な場所‥‥。
「親父‥‥」
「小次郎、か。久し振りだな」
 十河小次郎は一人の侍と対峙していた‥‥その話から察するに対峙する男は彼とアリアの父、十河士郎だと窺い知れる。
 場所は黒門絶衣が住まいとして使っている筈の、屋敷前‥‥尤も仕入れた情報が確かであるなら、と言う前提こそあるが。
「何でこんな所にいるんだ」
「それは‥‥言えぬ」
「行方不明になったって聞いたからわざわざケンブリッジから帰って来たって言うのに、それだけかよっ!」
「‥‥‥」
 しかしそれでも‥‥いや、だからこそか。
 久々の邂逅とは言え語調を強めて父へ問い質すも、何も言わない彼へ小次郎は更に声のトーンを上げて迫るが、完全に彼が黙すれば小次郎はとある事を士郎へ告げた。
「アリアを、連れて来た」
「そうか‥‥」
「親父だって会いたがっていたじゃないか! なのに‥‥」
 だが尚、彼の態度が変わらない事に業を煮やした小次郎は父の胸倉を掴んではその眼前にて雄叫びを放つ‥‥もそれは途中、首筋に当てられた冷たき光を放つ刃に押し留められる。
「‥‥それ以上言わば、飛ぶぞ?」
「この‥‥っ」
 そして士郎、冷たき口調で彼へ告げれば呻くだけしか出来ない小次郎を見据えれば、その首元より刃を剥がして鞘へ納めれば踵を返し‥‥冴え渡る月の元で、背後にてうな垂れているだろう息子へ冷たく告げるのだった。
「そう言う事だ、これ以上私に関わるな」

――――――――――――――――――――
 依頼目的:月見!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:アリア・レスクード、十河小次郎
 日数内訳:皆さんにお任せします。
 その他:必要な経費は十河兄妹と折半になります。
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●今回の参加者

 ea0127 ルカ・レッドロウ(36歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea7905 源真 弥澄(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0990 イシュメイル・レクベル(22歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb1793 和久寺 圭介(31歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3226 茉莉花 緋雨(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

ユーディス・レクベル(ea0425)/ 御神村 天舞(ea3763)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ ガイエル・サンドゥーラ(ea8088)/ 黒畑 緑太郎(eb1822)/ 所所楽 銀杏(eb2963

●リプレイ本文

●何故か、十河宅
 京都某所に存在する、比較的大振りな部類に入るその屋敷に人が訪れるのは大分久し振りな事である。
「初見の奴もいるが、まぁ今回も宜しくな」
「こちらこそ。ケンブリッジでのお噂は聞いてます、憧れの小次郎先生にお会い出来て嬉しいですし」
 その屋敷の門構えの前、集った面々を前に相変わらず呑気に元気に十河小次郎は挨拶するが、ある意味では『禁句』だろう単語を織り交ぜ応じたライル・フォレスト(ea9027)は直後、吹き飛ばされる事となれば
「ばっか、もう先生じゃないっつーのー! って、何の噂だ?」
 次いで、『噂』の話に至ると路上の向こうに吹き飛ばされた彼は痛みに顔を顰めつつ、何処かで聞いた話をうろ覚えながらも口にする。
「あいつつつ‥‥確か聞いた話だと、女装の先生だとか」
「‥‥覚悟は、いいな」
「アリアさんへの挨拶がまだなので、出来ていません」
「お前もか、お前もなのか!」
「な、何が!」
 すればそれも『禁句』である事には気付かなければ、恐るべき速度で小次郎に詰め寄られる事となると元先生の問い掛けへライル、間を悪いままにアリアの名を出せば更に顔を険しくした小次郎に襟首を掴まれると、その理由が分からないままに激しくされるがまま小次郎に揺すられる。
「何をやっているのだか」
「けど先輩、何か元気が無い様な気がするけど‥‥思い過ごしかしらね?」
「んー、どうなんだろ」
 そんな光景を傍目に捉え、傍観決め込む和久寺圭介(eb1793)は艶やかな微笑を湛え呆れるが、彼らとよくよくも接点のある源真弥澄(ea7905)は何時もと変わらない小次郎の振る舞いの中に何となく違和感を覚えると、紡いだ言葉とは裏腹にイシュメイル・レクベル(eb0990)も心配そうな面持ちを浮かべるが、それを今聞く訳にもいかず二人は悶々とするも
「でも本当に久し振りね、アリア」
「そうですね、でも何か思いつきで皆さんへお願いして‥‥ちょっと迷惑だったかな、なんて」
「大丈夫、気にしないで。親友でしょ?」
 その傍ら、茉莉花緋雨(eb3226)は久々に会った親友のアリア・レスクードと再会の抱擁を交わせば、アリアは今更な事を口にするが当然ながら緋雨は彼女の唇に自身の右の人差し指を当て、遮り微笑むと
「それに私達も楽しみますので、余り気になさらず‥‥こちらこそ宜しくお願いします」
「あ‥‥そうですよね、宜しくお願いします」
 彼女に続き明王院未楡(eb2404)も優しげな声音を響かせてアリアを諭せば、その事に至っていなかった彼女は漸く気付くと苦笑を湛えながら改めて、場にいる皆へ頭を垂れる。
「夏の蛍に続き、秋のお月見も御一緒出来て嬉しいです。少し時期が外れていますけど三日月と言うのもまた、風情がありますから楽しみですよね」
「はい。折角ジャパンへ来たのですし、しっかり堪能したいです」
「そうだな、だから俺達に任せてくれよ。目一杯楽しませるさ」
「はいっ」
 すると次に響く和泉みなも(eb3834)の楽しげな声をアリアが聞けば、頷き彼女が応じるとその期待に応えるべく、ルカ・レッドロウ(ea0127)は間違いなくアリアと約束を交わすのだった。

 と言う事で小次郎とライルのじゃれあいが漸く終われば一行、早速お月見の準備へと取り掛かる。
「あ、そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ」
「お気遣いなく、御月見の為‥‥御屋敷の庭や御勝手をお借りしますしね」
「得意ではないのですが、気持ちだけでも」
「ありがとうございます」
 へばる彼らを傍目に、未楡とみなもの二人が率先して家屋の掃除を始めれば彼女らを止めようとするアリアだったが、そうまで言われると引き下がらずを得ず礼だけ欠かさずに言えばたおやかに微笑んで未楡。
「いいえ、それでは折角の機会ですし‥‥衣装も合わせましょう、ね」
「え?」
「その格好では風情がありませんよね、とそう言う事です」
「‥‥うーん、それを言われると」
 十河宅も気になるが、彼女の衣装も気になれば一つの提案を講じると首を傾げるアリアへ緋雨がその理由を明示すれば彼女は苦笑を湛える。
 それもその筈、ジャパンに来てより今までアリアが着ていたものと言えば未だケンブリッジの制服なのだから。
「私も行くから、一緒に行きましょう!」
 そんな格好の彼女を親友が尚促せば、答えを聞くより早くアリアの手を引き微笑を変わらずに浮かべる未楡を連れて歩き出す。
「いってらっしゃーい! と小次郎さんは労われ役だから、どーんとしててねー」
「ん、あぁ‥‥済まんな」
 その三人を明るい声音響かせ見送るイシュメイルは次いで小次郎を見やり言葉を掛けるも、先まで随分とはしゃいでいた彼は何を考えていたのか、反応遅く手を掲げて答えるとその様子を不審げに思いつつ、だがそれ故に皆で目論んでいた計画を実行に移す。
「‥‥じゃあ、これ」
「あ‥‥ん?」
 そしてイシュメイルが小次郎へ一つの小さな袋を手渡せば、それを受け取り取り出して元先生は満面に渋面を浮かべる。
「どうも皆が小次郎のうさ耳姿を期待している様だからね」
「期待しているのかよ?!」
「そんな事はないけど‥‥少しは」
「折角だから、見てみたい気はするぜ」
「人と話す時は視線を逸らすなっ! と言うか、そう言う行為に及ぶのはもう止めれ!」
「それじゃ買出し班、行ってきまーす!」
「あ、こら、ちょ、ま‥‥」
 それもその筈、袋から取り出された『それ』とは兎の耳を模した髪飾りで、嫌な予感だけがどうしても過ぎる小次郎は、静かに笑う宿敵の圭介へ言葉で噛み付いて辺りを見回すが‥‥弥澄とルカに目線を逸らされながら言われれば、元先生は憤慨して両の腕を掲げるも一先ずその場より撤退すべくイシュメイルが号令出すと、続く皆を引きとめようとする小次郎だったが結局は一人取り残される事となる。
「やれやれ‥‥」
 すれば唯一残された兎の耳の髪飾りへ視線を落とすと彼は何を思ってか、溜息だけ付いた。

●月を望んで‥‥
「一先ず、料理はこれだけだ。あんま一人で独占するなよ?」
「餅米持って来たよ〜‥‥ぷ」
「流石、良く似合っているなぁ」
 翌日、一通りの準備を終えた一行は早々と十河兄妹と共にお月見を開始すれば、未楡とみなもが腕によりを掛けて拵えた、厳選された旬の食材を用いて作った料理の数々をルカが運び、大量に集められたススキが飾り付けられる庭に広がるござの上へ注意を告げてその上へ置いた折、餅米を調達して来たイシュメイルが小さく吹けば不機嫌そうな表情を携える小次郎の姿をルカも見止めて、素で褒めるが
「笑うなぁ、そして感心なんかするなぁーっ!」
「いやいや、実際俺なんかより良く似合っていると思うぜ」
「何だって俺はまたこんな格好を‥‥」
「でも女装‥‥では、ないですよ?」
「それに、折角だから『元』先生にも楽しんで参加して欲しいからね」
「ぐぬぅ‥‥」
「兄様の負けですね」
 未だ納得の行かない小次郎は彼らの反応に憤慨するも、事実を曲げないルカが続き紡いだ句の後には渋面を湛え呟くが、みなもと共に彼らの後を追って現れた未楡が諭し掛ければ頷いてライルもまた笑顔で続くと彼は最早お手上げと言った感で呻くとその最後を藍と朱に染められた、シンプルな色調の浴衣に着替えたアリアに締められれば次には場に笑いが木霊した。
「さぁさぁ、呑んで食べて気分転換ですよ」
「‥‥あぁ」
「折角の機会ですし‥‥うさぎさんになったつもりで、御餅を搗いてみませんか?」
 その中、未だ納得出来ない小次郎は一行の様子に呆れつつも僅かに顔を綻ばせると、それを見止めた弥澄は改めて、彼へ酒を勧めれば嘆息を漏らした彼は後に肩を竦めつつも頷けば、彼女からの酌をありがたく頂戴するも続き響いた、未楡の提案には露骨なまでの渋面を湛え‥‥しかし彼は腹を決めて立ち上がった。

 そして皆が月を見上げては騒ぎ立ててお月見をアリアへとそれぞれが説く中、イシュメイルは小次郎の表情を伺っては声を掛けた。
「小次郎さん、顔色が冴えないよ。どうかしたの?」
「ん、あぁ‥‥話しておく必要が、あるか。何か変に気を使われるのもあれだしな」
 その問い掛けを聞くや、一行とは裏腹に浮かない表情を浮かべていた彼はしばし逡巡するが次いで顔を上げると頬を掻いてポツポツと語り出す‥‥先日、出会った父との間で起こった出来事を。
「初めて、聞きました‥‥」
「そりゃあ今、初めて話したからな」
「それなら何でっ!」
「内容が内容だからこそ、話すに話せなかったのよ。きっと‥‥ね」
「まぁその通りだが‥‥参ったな」
「長い付き合いだからねっ」
 その話を聞いてそれぞれが神妙な面持ちを湛え聞き入る中でアリア、唖然とすれば小次郎は当然の事を言うと彼女は益々いきり立ち兄へ詰め寄るが宥める弥澄の言葉を聞くと途端、理解していたからこそうな垂れるアリアと宥めた火の志士を交互に見比べて小次郎が肩を竦めると、イシュメイルが笑顔を浮かべ言うが
「‥‥でも納得ずくで自分から失踪したんだったら、ここに脇差を置いていかない気がする‥‥うん。本当の事は本人にしか分からないんだけど、そう思いたいな」
「まぁ、な‥‥」
「でも今は考えてもやんごとなき事。それなら‥‥月見を楽しみましょう、ね」
 小次郎が腰に挿す以前の依頼にて掘り出された脇差を見て、微かに表情に影を落としつつ願えば彼も小さな声で同意すると未楡、何だかんだと言いながらも兎の耳の髪飾りを律儀につけたままの小次郎へ言葉を掛けると同時、徳利を差し出しては彼からの答えが返ってくるより早く空の杯へ並々と酒を注いだ。

「寝てしまいましたね」
「ま、無理もないです。どんな経緯で黒門とか言う人物に加担しているのか分からないけど、それを抜いても実の父親に刃を向けられたのだから」
「聞いていた話と違って、意外に大変なんだな」
 それより暫く、緋雨の膝枕にて寝入る兎耳小次郎を見つめながら彼女は憂いた面立ちにて呟けば、弥澄は事の経緯を改めて振り返り呟くと初めて目の当たりにした元先生の、噂とは違う一面を垣間見たライルは呻くが
「冷えてきましたし‥‥暖かい物でも、如何ですか?」
「あれ、そう言えばアリアさんは何処に行ったのかな?」
 静かになった場を察し、それを拭う様に鈴の音が如き声を響かせる未楡の提案に皆が頷いた時だった、アリアがいない事にイシュメイルが気付いたのは。
「想いは複雑だけれど、アリアさんが真剣に恋を考えているならば応援したいかな‥‥親友だもの、ね」
「羨ましい、です」
「ん‥‥?」
「待ち人来たらず、って所か?」
「はい、でも忙しいのでしょうがありません」
「それなら流れ星‥‥じゃあないが、浮かんでいる月にでも毎日願いを掛けてみればいいさ。効果があるか分からないけど、夜になれば何時でも‥‥俺達を見ていてくれているんだからな」
「そうそう、それならこれで月を覗き込んで願い事をするといいよ。そう言った風習があるらしいからね」
 そして辺りを改めて見回す彼を傍目に微笑む緋雨が静かに呟くと、先まで月だけを見上げ佇んでいたみなもが久し振りに声を発すればライルが彼女の想いを言い当てると、頷きつつも何処か哀しげな面持ちで睫毛を伏せる彼女へルカ、月夜を見上げて励まし笑顔を湛えれば続くライルが今になって思い出した提案を受けると彼女は穴の開いた里芋を天空へ掲げ、それを覗き込んでは月を見つめて己が願いを内心でだけ密かに祈った。
「何時までも、一緒に‥‥」

 さて、そのアリアと言えば戸川宅より僅かに離れた場所にある小川の川原に圭介と二人、佇んでいた。
「先の話の事を考えると、いささか急だったかな」
「いいえ‥‥久し振りですからそんな事、ないです」
 風にそよぎ、さざめく草葉が夜想曲を微かに奏でるだけの静かな空間にて小次郎が寝入った直後、アリアへ囁き掛け此処に連れ出した圭介は間の悪さに多少引け目を感じて詫びるが、彼女は静かな微笑を湛えて頭を左右へ振るも次いで夜想曲が止めば、舞い降りた沈黙にアリアは気恥ずかしくなり夜空へ浮かぶ月へと視線を送る。
「‥‥君のその瞳が映す未来に、私はいるのだろうか」
「え?」
「私は期待してもいいのかな、アリア?」
「あ‥‥」
「‥‥良かった。この前の、お返しだよ」
「ありがとうございま‥‥」
 その彼女の横顔の、瞳に映る月を見据えて圭介は何処か不安げな声音でアリアへ尋ねれば、その言葉の意を改めて聞こうと視線を彼へ移すと‥‥言い直した圭介の真なる想いを漸く察して頷き、彼女は彼が普段余り変えない表情を綻ばせた事に夜闇の中で頬を朱に染めると差し出された指輪を見つめアリア、左の手を差し伸べては彼にそれを嵌めて貰えば礼を紡ごうとするがしかし、その句を彼女は最後まで言う事が出来なかった。
 唐突に、彼の唇によって己の唇が塞がれたのだから。
「‥‥身を焦がす様な恋など一生出来ないと思っていたのだけど、私を変えてしまった事には責任を取って貰うよ、アリア」
「それは私の台詞です」
 そして暫し間を置けば、やがて離された圭介の唇から紡がれた句に呆然と聞き入りながらアリアは彼が求める要求に対して、苦笑を湛えつつも言葉を返せば再び彼の唇を唇で塞ぐのだった。

●想いは何処へ
 二日目こそ様々な話こそあったが‥‥最終日を終えて一行が帰る頃に浮かべていた、アリアの笑顔を見る限りでは依頼は成功したと見て問題ないだろう。
「‥‥今回の戦果はどうだったんですか、アリア?」
「そんな‥‥こんな所で聞かないで下さい」
 そしてそれぞれが小次郎やアリアへ別れを告げる中、緋雨は親友へ迫れば遠回しに尋ねると頬を染めるアリアの反応を見て微笑を湛えるも
「俺は許さん‥‥どうしても、と言うのなら俺の屍を越えてから行‥‥ぐべぇっ!」
 それなりに距離を置いていた筈の小次郎はその話に反応して辺りを見回せば、一瞬だけ視線を逸らした圭介を見やるなり、声高らかに叫ぶが直後‥‥唐突に体をありえない方向へ捻じ曲げながら吹き飛ばされる。
「人の恋路を邪魔する奴はぁ、馬に蹴られて死んじまうんだぜぇ?」
 その元先生を吹き飛ばしたルカは、何処から調達してきたのか馬を操り彼を蹴飛ばしては口元を綻ばせて歯を煌かせるも‥‥だからと言って文字通りに馬で小次郎を蹴り飛ばす事はないだろうに。
「今回も色々とありがとうございました」
「お役に立てたなら、幸いです。もしまたこの様な機会があれば‥‥その時もまた宜しくお願いしますね?」
「はいっ、是非」
 だが、兄を見舞った不幸を見なかったアリアは今になって漸く辺りに視線を巡らし、一行を見据えれば頭を下げて礼を告げれば未楡が彼女へ向き直ると、次なる再会を誓い約束を交わせば微笑むのだった。

 何はともあれ、めでたしめでたし‥‥。
「‥‥んな訳あるか」
 ではなく結構な距離、宙を舞った小次郎だけは除いておく事を付け加えておこう。

 〜終幕〜