踊る影

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:13〜19lv

難易度:やや難

成功報酬:6 G 49 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月06日〜11月12日

リプレイ公開日:2006年11月13日

●オープニング

●蔓延る闇は、全てを包まん
 京都から僅か、離れた所にある村にてその惨劇は今、起きていた。
「‥‥つぅ!」
「姉さん!」
 冒険者なのだろう、男女は同胞である筈の三人の冒険者達から攻撃を受けていた。
 理由は不明、唐突に彼らが仲間へ剣を向けて来たのだから詮索する暇すらなく対峙せざるを得なかったのだが‥‥まだ冒険者になったばかりの青年が足を引っ張った為、今ではその彼と女性の戦士が一人ずつとなっている。
 元は五人と、数としては多勢であったのにも関わらず‥‥だ。
「皆‥‥どうしたんだよ! 俺の事、忘れたのか!」
「‥‥‥」
 その、今回パーティを組んだ一行の中で非常に経験豊富な三人を前、青年は得物を携えながら間合いを僅かずつ詰めて来る彼らへ及び腰ながらも叫ぶが‥‥三人から答えが返ってくる事はなかった。
「無駄だな‥‥どう言う事か分からないが、私達の声は彼らに届いてはいない」
「何で、どうして‥‥?」
「知らないよ、それより‥‥」
 それでもまだ、青年が叫ぼうとするが‥‥彼の側面にいた女戦士は血が滴る己の右腕を庇いつつも彼へ宥め聞かせれば、唖然とする彼へ自身もまた肩を竦めては苦笑を湛える。
 だがその瞬間、その隙を見逃さずに三人の反逆者が一人の剣士が一足にて青年と間合いを詰め、剣を振り下ろせば‥‥しかしそれは女性が携えていた長剣に受け流されると彼女は次の瞬間、青年へ疾く叫ぶ。
「とにかくあんたは逃げな、邪魔だよっ!」
「‥‥そんな」
「なら、そんな調子のあんた一人で彼らを押さえられるのかい?」
 その叱咤に対し彼は皆との実力の差こそわきまえてはいるも、しかしこのまま何もせずに逃げる事だけは出来ず、彼女の問いへ答えを返せず呻きながらも腰に下げる剣の柄へ手を掛けるが‥‥次に響いた彼女の静かな問い掛けを聞けば、彼は此処で漸く自身の手が震えている事に気付く。
「出来ないだろ? けど私なら何とかなる、だからあんたはその内に冒険者ギルドへ‥‥体面を気にしている場合じゃない、こいつは厄介な問題だ。いいね、必ず知らせるんだよ!」
「わ、分かったよ‥‥」
「じゃあお行き、私が頑張っている間にね」
 その沈黙を自身の問いに対する肯定と認めた女戦士は彼を見つめ顔を綻ばせながら言えば、三人の前に改めて剣を抱え立ちはだかる‥‥利き腕である右腕を負傷しているにも拘らず。
「姉さん‥‥」
「ん?」
「‥‥また、後で!」
「あぁ」
 そんな、慕って止まない彼女の申し出に青年は止むを得ず頷き返せば踵を返すも‥‥駆け出そうとする直前、果たされるか分からない約束を彼女と交わした後に彼はやっとその場を後にして駆け出した。
「さぁ来な‥‥私は此処にいるよっ!」
 すれば駆け出した彼の、その背の向こうから彼女の雷鳴にも似た決意の叫びが轟くと‥‥次に響く剣戟の音を振り払うかの様に、彼は涙を零しながら全速力で京都を目指し駆けるのだった。

●流れる血涙は、誰が為に
 それより彼は走り詰めで一日と少しの時間を経て、京都の冒険者ギルドへ辿り着く。
 朝早くであるにも拘らず、ギルドの戸は開いており彼が転がり込む様に駆け込めばその姿を見てギルド員は一切慌てず、瞳だけ細めては見覚えのある彼へ静かに声を掛ける。
「お前は‥‥確か」
「えぇ‥‥数日前、ある村で起きた異変を解決する為に此処を経った冒険者の一人です」
「それが何故今、此処に? 確か依頼の期間はまだ‥‥」
 すれば次、唐突に駆け込んできた冒険者の答えを聞けばすぐに合致する依頼を思い出してギルド員の彼は再度尋ねるも
「まさかの事態が起きた、助けて欲しい‥‥仲間達を、村人達を!」
「手に負えなかった、と言う事か。参ったな」
 その句を途中で遮り冒険者、充血する瞳をそのままに彼へ向けて血反吐を吐かん様に叫ぶと‥‥その答えを受けてギルド員は渋面湛えつつも、彼の気を落ち着かせるべく肩を一先ず叩いては口を開くのだった。
「とにかく分かった、詳しい経緯は後で聞かせて貰うとして‥‥至急、人員を集める必要があるな」

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 依頼目的:冒険者をも撃退した、村の怪異を暴き取り除け!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:無し
 日数内訳:移動三日(往復)、依頼実働期間は三日。
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●今回の参加者

 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3210 島津 影虎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8088 ガイエル・サンドゥーラ(31歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0711 長寿院 文淳(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

滋藤 柾鷹(ea0858)/ 源真 霧矢(ea3674)/ 水鳥 八雲(ea8794

●リプレイ本文

●見えない闇
「すいませんが幾つか、お話を聞かせて貰えませんか?」
 足音が九つ、何処まで伸びているのだろう街道に響く紡がれた問いはベアータ・レジーネス(eb1422)のもの。
 異性にも見間違われる、整った面立ち携える彼の視線の先には今回の依頼を持ち込んだベアータより僅かに年下だろう冒険者の青年‥‥まだ何処となく赤い瞳で彼を見据えた後、静かに一度だけ頷けばその様子にベアータは最初こそ戸惑いの表情こそ浮かべるが
「‥‥豹変した冒険者達が何か共通した行動はありませんでしたか?」
「皆、散り散りに村内で情報を集めていたので良くは分かりません」
 間こそ置いて、だが歩みは止めぬままに再び口を開けばその問いに対して青年は静かな表情のままで答える。
「豹変した冒険者達はどう言う状態だったのでしょう?」
「余り普段と変わらなかった様な気がします」
「豹変した冒険者達が、直前に取っていた行動は何か覚えていませんか?」
「最後に皆で集まった時は‥‥そうですね、村の人から振舞われた食事を食べました。でも別に普通の味でしたし、皆もそれから別れるまでの数刻は平然としていましたよ」
「豹変しなかった人達の共通点は?」
「特に思い当たる節はないんですが‥‥でも一体?」
「‥‥現状考えられる理由が無数にあるからだ。そしてその絞り込みにはお前だけが持つ情報が少しでも必要だ」
 すればベアータの質問を皮切りに、穏やかな笑みを湛えている侍の神楽聖歌(ea5062)も混じると一行曰く『豹変した』冒険者を主眼に置いた質問攻めには流石、戸惑いの表情を露わに青年は本当に駆け出しなのだろう、いささか間の抜けた問いを一行へすると彼より前を歩き、寡黙を保っていたミュール・マードリック(ea9285)が外套を翻して初めて口を開いては丁寧に理由を説明すると、頷いた青年へ状況確認の問い掛けが再開される。
「しかし改めて話を聞けば聞く程に尚、不可解で難儀な事件だと感じる」
「そうだなぁ。まぁでも何とかなるさ‥‥いや、何とか解決してやろうぜ」
「そうね」
 そんな、歩きながらも様々な情報が僅かずつとは言え引き出されて行く最中、それらを確実に頭の中に留め纏めながら未だ、謎に包まれている今回の依頼にガイエル・サンドゥーラ(ea8088)が改めて渋面湛えて呻くが、だからこそと言わんばかりにミュールと肩を並べ一行の先頭を歩くクリムゾン・コスタクルス(ea3075)が身を翻して明るき声音放てば、南雲紫(eb2483)もまた彼女の意に短くも同意して頷くが‥‥見えない謎であるからこそ、真剣であるからこそ至る話の先はやはり、未だに見えない件の村で起きた怪異。
「‥‥突然仲間が襲い掛かる、と言う事は‥‥何か魔法的な事なのでしょうか?」
「その可能性もあるし、そうでない可能性も然り。今此処で即断するには早いのですが‥‥」
 自身も青年より話を聞きながら、まず一番に上がった自身の推測を静かに口にした長寿院文淳(eb0711)の疑問へは、陽光の元で頭部を煌かせる眩しき忍びの島津影虎(ea3210)が冷静に判断して答えるも
「人為的なものであれば、これ程に嫌なものはありませんね」
「人であれば、の話であればだがな」
 次には先まで湛えていた穏やかな笑みを消して深き溜息を漏らすが何を考えてだろう、厳しい面立ちを浮かべるガイエルの呟きを耳にした後に彼。
「まぁもう少し、情報を集め‥‥纏めてから確かな結論を出しましょう。今はまだ、急く時ではありませんから」
「そう、だな」
 肩を竦めると、まだ断片だけである青年の情報を先ずは纏めるべく決意だけすれば頷いたガイエルと共に再び、年若き冒険者の元へ歩み寄った。

●沈黙の村 〜潜入と調査と〜
 やがて一行と青年が辿り着くのは件の村‥‥だったが流石に一気には踏み込まず、踏み込めずに皆は村より程好く離れた林の中に一先ず身を潜める。
「静かだな」
 その、遠目にだけ見える村を見て一行の誰よりも早く呟いたミュールの感想は正しくその通りで‥‥それなりに離れているとは言え、昼下がりも間もないのに物音一つしない村の存在に一行の皆は様々な憶測を交わすが
「村人は‥‥いる様ですが、所々に固まって点在しています、家の中なのでしょうか? 動いている存在は今の所、効果範囲の中にはありません」
「此処から見える限りだと、屋外に人の姿は見えないわね。となるとベアータの言う通りなのかも知れないわ」
 その間、詠唱を折り紡いでは風を手繰って範囲内にある呼吸する者を探査し終えたベアータが得た情報を皆へ伝えれば、瞳を凝らして村を見据えていた紫が彼の疑問に答えを出すと少なからず村の現状を捉えた一行は戸惑うも
「それでは予定通り、私が斥候として村の様子を密かに見て参ります」
「そうですね。それなら私も、村の辺りの様子を少し見てきます。気になる事がありますので」
「なら、俺も行こう」
「では‥‥私達は此処で、彼から話を‥‥もう少し、聞いて纏めておきます」
 尽きない謎が一行に深く浸透するよりも先に声を発して影虎が提案すれば、ベアータも様々に考えられる可能性の一つを確認すべく村の周囲へ視線を走らせるとミュールの同道を素直に受けて首を縦に振れば、文淳が残された一行の代表として一先ずの指針を打ち出した後に皆はそれぞれ動き出すが
「あぁ、そうだ。もしもの時を考えて合言葉を決めておきましょう。私達が戻って来た時に皆さんは合言葉に付いて尋ねて下さい」
「その、肝心の合言葉は何にしますか?」
「そうですね‥‥」
 今も眩しき忍びが歩き出してからすぐに振り返り響かせた提案には聖歌、確かな意見だと思ったからこそ彼へ尋ね返せば暫しの逡巡の後に影虎は皆へだけ聞こえる様、密かに声を発した。

 そしてそれより暫しの刻を経れば日は沈み暗がりだけが広がる林に居残る一同は揃い、草葉の擦れる音を耳にする。
「‥‥山」
 すれば次に響く、文淳の呼び掛けは暫く辺りへ留まり響くと
「風」
「嵐」
「お疲れ様でした」
 僅かな間を置いて返って来た、男女一人ずつの答えを聞いて居残る一同はそれぞれ得物に伸ばしていた手を下ろし、警戒を緩めると次に梢の向こうから現れた影虎にベアータらを出迎えるも
「なぁ、仲間に倒された冒険者達は放置されていたか?」
 出立した頃より変わらず、何時もの露出が強い鎧の上からマントに外套を羽織るクリムゾンは影虎へ早速、仕入れて来ただろう新たな情報を尋ねると‥‥その彼。
「村内には少なからず、その様な痕跡は見当たりませんでした」
「そうなると‥‥誰かが隠したと判断するのが適当かしらね」
「‥‥弔ってやらねばな」
 穏やかな面持ちはそのままに、彼女の問いへ淡々と自身が見てきた村の光景そのままを正確に伝えれば、目を細める紫が呟きに頷きながらも沈痛な面持ち湛えるガイエルが紡いだ言の葉には皆、表情を曇らせる。
「所で、肝心の村の様子はどうだったのでしょう?」
 だがそれでも今更止まる訳には行かず、影虎へ次なる問いを投げたのは聖歌。
「先に遠くから伺った通り、静かなものでした‥‥やはり皆、家の中にいる様で。色々とあったでしょうから怯えているのかと」
「冒険者同士の戦闘があった時はどうだったのだ?」
「‥‥そこまでは話が聞けませんでした。家の戸は何処も固く、閉ざしたままで」
 すれば影虎は明朗な声音を淀ませる事なく解を紡ぐと、久々に口を開いたミュールの問いへも事細かに報告すれば、新たな情報故に益々持って分からなくなる話から一行は揃い呻く。
「そう言えば‥‥ベアータさんの方は、どうだったんですか‥‥?」
「えぇ、新種の茸や植物を探してはみたのですが特に目立った収穫は何も」
「その手の知識は深くない故、絶対にとは言い切れないが」
 だがそれでも皆はそれぞれ、様々に思考を巡らせてはたった一つだろう結論を導こうとすればその中、文淳はベアータが探っていた別件に付いて尋ねると‥‥戻って来てより浮かない表情を湛えていた彼は答えたその次にすぐ肩を落とすが、同道したミュールの補足から今度は皆一様に頭を抱えるも
「とりあえず、だ。今までの情報を纏める限りでは人為的な線の方が強そうだな」
「そうですね。村人達が口裏を揃えていない限りは私もそう思います」
 すると一通りの話が落ち着いた後、情報を纏めたガイエルの現状で最も近いだろう件の謎の解を場に響かせると影虎も依頼書を見てより考えていた事を口にしながら、しかし彼女の解へ同意すれば
「となると後は村へ赴く他、手はないか」
「そうね、虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うし」
「後は出たとこ勝負、って所か」
 次には難しい表情を浮かべてガイエル、今度は皆を見回し尋ねると僅かな間を持って頷く紫の、今に相応しい諺を聞けば不敵な笑みを湛えるクリムゾンを筆頭に、皆は応じるのだった。

●踊る影
「お話、宜しいでしょうか‥‥?」
「‥‥あんたら、もしかして」
「一連の事件に解決する為に此処へ来た、冒険者です。お話を聞きたく思い‥‥伺ったのですが」
「この村に来た冒険者の事、何か知らないか?」
 そしてそれより一行は周囲を警戒しつつも村の中にある一軒の家へ辿り着けば、静かにその戸を叩けば僅かにだけ開かれた戸の隙間より視線だけ覗かせる村人を確認すると一行は代わる代わる、口を開き中年位の男性へ問えば
「一度、戦いがあってからは何も。気のいい人達だったのに‥‥この村は祟られてしまったのか」
「それ以外に何か、知っている事はないか?」
「‥‥あれより後は必要以上に外へ出る事を皆恐れてしまって、私も同様に一日の殆どを家の中で過ごしていたので」
(「嘘はついていないみたいですね。昨日ここに来た時もそうでしたが家の近隣以外、誰かしらが歩いた痕跡が少な過ぎます」)
「そうなると」
 戸の隙間は変わらないまま、だが文淳にミュールの問いへ彼が答えると辺りを見回した後に影虎が静かに皆へ告げれば、大まかな解を得た一行の中で呟いたクリムゾンはベアータより借りた鳴弦の弓が弦を爪弾いた、その時。
「三つ、大人程の体格が此方へ駆けて来ます」
「鬱陶しい音だ」
「っ!」
 ベアータが維持していたブレスセンサーの効果範囲内に新たな存在を察知すれば皆へ警告すると同時に響く、何者とも知れぬ第三者の声。
 その存在に気付かなかったからこそ、舌打ちをしてガイエルが辺りを見回せば不意に視界の片隅が歪んだのを捉えると直後。
「‥‥もう少し上手くやれるかと思ったが、今はこの程度か」
 何もなかった筈の空間に突如現れた巨躯の男を前に一行は当然、確信すると
「今回の騒動、貴方によるものね」
「ならば、どうすると?」
「何故、この様な事をしたのか気になるのよ」
「ちょっとした力試しだ‥‥この地に降り立ってからまだ、日が深くないのでな」
 紫が厳しい面立ち湛えて紡いだ問いへは問いにて巨躯の男が返すも、しかしそれは一切気に留めず彼女は瞳をすがめて尋ねれば‥‥今度こそ返って来た答えに一行は身構えるも
「‥‥それならばやるしかないでしょう。これ以上、貴方を放置しておく訳には行きません」
「そうだろうな。とは言え、興醒めも甚だしいからこそ私が姿を見せたが故‥‥この場は預ける、彼らにな」
 杖を水平に翳すベアータが結論に彼は最初こそ頷くが‥‥次には唐突に表情を緩めると、漸く駆け付けた己が手駒の冒険者達と立ち位置を入れ替われば背に翼を生やし、本性が一端を皆へ見せ付けつつ、上空へと羽ばたいて彼。
「何、まだこれからやらねばならぬ事がある。だからこそ愚なる手は踏まんさ。それではな」
「それではな‥‥じゃねぇーっ!」
「そう熱くなるな、殺そうと思えば私が彼らを殺す事だって‥‥」
「その見下した態度が許せないんだよっ! 一体何様だ‥‥って話はまだ途中だ、待ちやがれぇっ!」
「悪いが君らに付き合うのはまた今度にしよう、それでは存分に戦うがいい」
 変わらぬ口調のままに一行へ意味深な言葉だけ告げれば、黒き翼にて空を叩くも‥‥その悪魔がふてぶてしい態度を前にすれば見送るだけは我慢出来ず、血気に逸ったクリムゾンは鳴弦の弓より白銀の矢を放てば荒々しく叫ぶも、漆黒の炎が燃え盛る結界を瞬時に展開しては彼女の一矢を防いだ悪魔はそれでもクリムゾンを宥めるが、彼女は一切耳を貸さずに尚も裂帛を放つがベアータの放った魔法の暴風共々、それだけでは止められずに悪魔はやがて姿を消すと
「落ち着きなさい、抑えたかったけど根源は去ったのだから今はまず‥‥彼らを静めるのが先決だ」
「そうですね、気の抜けない相手です」
 クリムゾンとは逆に冷静さを保ったまま、目の前にて得物を抜いた三人の冒険者らを見据えて紫が彼女を宥めつつ愛刀の柄を握れば口調をガラリと変えると、頷いて聖歌もまた彼らの力量を見抜いたからこそ瞳を細め闘気を宿せば‥‥暫し場に降りた沈黙の中、先まで辛うじて開かれていた家の戸が閉まり鳴れば同時、戦いが始まった。
「しかし奴は一体、何を成そうと‥‥」
 そして舞う風と刃の中、聖なる結界を張り巡らせては近隣の家を守らんとするガイエルは去った悪魔の、今後の動向に嫌な予感を覚えるのだった。

●分かたれた今 〜生と死と〜
「よくよく考えると、危なかったのかも知れなかったな」
「何が‥‥ですか?」
 戦い終わり、無事に天魔に操られていた冒険者達を解放すれば村長へ今回の事の詳細を報告し終わった後‥‥今は晴れ渡る空の元、久々に外へ出たからこそ顔を綻ばせる村人達を見つめながら呟いたクリムゾンへ、今は辺りに広がる穏やかな光景故に笑みを湛えつつも首を傾げる文淳に、何時もの格好に戻っているからこそ村人達の目がやり場を困らせる彼女。
「天魔だよ‥‥それなりに位の高い悪魔だった筈、八人もいれば鎮圧出来たろうけど‥‥」
「彼らの様にならない、とは言い切れぬな。あの振る舞い、少なからず言霊は使えるだろう」
 その視線には気付かないまま歩きながらその理由を言い終わるより早く、村より外れた小高い丘に辿り着けば亡くなった冒険者の弔いを終えたばかりのガイエルにその後を継がれると、苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべ頷くも
「泣く事は何時でも出来るけれど、今はそれよりもやる事があるでしょう」
 次に響く紫の厳しい言葉が場に響けば一行、村を見下ろす形で拵えられた墓を前‥‥初めて目の当たりにしたのだろう、死の後の形を見据えられずうな垂れる若き冒険者に掛けられたものと気付き振り返ると
「これが今生の分かれ道としても‥‥」
「強くなれよ、あいつの為にもな。それがきっと手向けになる筈さ」
「‥‥そう言う事よ」
 彼女のフォローにミュールとクリムゾンが後に続けば彼は紫を見つめると、彼女はばつ悪そうにそっぽを向きながら一言だけ付け加えれば、紫の真意を漸く悟った彼は確かに頷いた。
「‥‥はいっ」

 〜終幕〜