【可愛い用心棒】秘剣一刃

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:10〜16lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 84 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月12日〜11月17日

リプレイ公開日:2006年11月20日

●オープニング

●黒き箱
 京都は伊勢の、伊勢神宮。
「報告、ご苦労様です」
「はい‥‥」
 神宮‥‥と言うよりは斎王が抱える部隊が一つの『闇槍』首領が報告を受け、先日江戸より届いた情報の裏付けを確認していた斎王こと、祥子内親王ではあったが
「『黒い箱』‥‥一体なんでしょうか?」
「それは何とも、しかし先にも報告した通りに黒門が絡んでいる可能性は非常に高いです」
「確定、ではありませんか」
「残念ながら、与えられた時間ではそこまでは洗い切れず‥‥」
 受けた報告を改めて振り返り‥‥入手した情報だけでは完全には見えぬ全貌に、秀麗な面立ちに浮かぶ眉根を顰めると考え込む事暫し。
「まぁいいでしょう、それでは『黒い箱』の輸送を江戸の冒険者ギルドへ依頼として打診して下さい」
「依頼‥‥ですか」
「えぇ、今は貴方方も『五節御神楽』も動く時ではありませんから」
 だが考え込んでも分かる訳ではない事に気付けばすぐに割り切り、改めて目の前にかしま付く彼へ次なる指示を下せば、首領が問い掛けに理由を提示すると僅かな間も置かずに彼は恭しく頭を下げてはすぐに視界から掻き消えた。
「‥‥頭の痛い種ばかりが増えますね」
 そして一人取り残される形となった斎王は何を思ってか、嘆息を一度だけ漏らせば‥‥次は『これからの相談』をすべく、近くにいるだろう側近を呼ぶべく掌を叩いた。

●小さき子
 江戸、冒険者ギルド。
「エドか、丁度良かった‥‥伊勢の斎王から『黒い箱』を伊勢神宮まで輸送する様にとの旨が記された文が昨日来た。そして今しがた雉屋の婆様からも了承を得られたが‥‥参加するか?」
「‥‥でも」
 小さな足音を立てて入って来たエドを見付けるなりギルド員の青年、静かな口調で彼を呼び止め尋ねるが‥‥返って来た答えは答えならざる、惑いの声のみ。
「帰る踏ん切りがつかない、か」
「‥‥‥」
「まぁ無理にとは言わない、お前だけに任せる訳でもないしな」
 その気持ちをすぐに察し尚尋ねるが、答えは返って来ずに顔を俯けては沈黙だけ生む彼へ珍しく優しい声音を響かせるギルド員の青年は顔を下げると依頼書の作成に取り掛かる‥‥が。
「‥‥行く」
「ん?」
「行く‥‥一人で悩んでいても、多分答えが出ないし‥‥それに一人じゃないから‥‥」
 それよりまた、暫しの間を置いた後にエドの口から紡がれ響いた小さな言葉を聞き損ねると、再び視線だけエドへ巡らして首を傾げる青年に小さき魔術師は再び顔を上げて、彼の瞳を見据えてさっきよりもはっきりとした口調で告げる。
 今までに少なからず学んだ事を思い出して、それを実践すべく。
「そうか‥‥なら、雉屋の婆様へ挨拶だけは済ませて置けよ」
「うん、分かってる‥‥」
 すると何を思ってだろう、目を細める彼の言葉の裏に潜む真意は分からず‥‥だが紡いだ言葉だけは理解してエドは素直に頷くのだった。

●黒き刃
 江戸、某所。
「ま、普通はそうするよねぇ‥‥参ったなぁ、このままじゃあ黒門さんに大目玉だ」
 暗がりの中に身を潜め、だがその状況とは裏腹に明るい声音を響かせては独り言を呟く『彼』。
 頭を掻きながらもその表情には笑顔を宿し、余裕こそ伺わせてはいるが
「とは言え、最後の機会は残っている‥‥と。これを逃せば暫くは動けないだろうから、是が非でも抑えたいよねぇ」
 手に持つ文を次に掲げれば、暗がりの中でうっすらとしか見えない和紙の上に躍る何処か堅苦しい文字に視線を走らせ、溜息一つ。
『此度の件、今の機を失うと次なる機は遠くなる。故に私も協力をしよう‥‥』
「しょうがない、っか‥‥今回は協力を仰ぐ事にしましょ。けれど、簡単には終わって欲しくないなぁ」
 団体行動が苦手だからこそ、そんな反応を見せる『彼』だったが選択肢が他にないからこそ次に肩を竦めると退屈だからこそ、欠伸をしては半眼を湛えるも
「ま、とりあえずやる事やりますかな! でも何だって、わざわざ十河さんが出張って来るんだろう‥‥ねぇ?」
 とりあえず奮起こそすれば縮こまらせていた身を伸ばすが、まだ他にも動ける人員がいる中で何故上位にいる人物がわざわざ動くのか、確実を期すにしても分からず‥‥近くを通り掛かった猫へ思わず問い掛ければその猫は何の事か分からず、首を傾げては鳴いた。

――――――――――――――――――――
 依頼目的:『黒い箱』を無事に伊勢神宮まで送り届けろ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:エドワード・ジルス
 日数内訳:移動五日(京都への片道)、依頼実働期間はその道中丸々。
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●今回の参加者

 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea5557 志乃守 乱雪(39歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6601 緋月 柚那(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7435 システィーナ・ヴィント(22歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●リプレイ本文

●往く道は何処か 〜東海道にて〜
 黒き箱を伊勢神宮へ護送する、今回の依頼‥‥その道中は海路と陸路を織り交ぜての移動である事が万屋『雉屋』を前に集った一行に告げられれば今は一行、無事に全行程の半分である海路の道程を終えて東海道へと至っていた。
「良く似合っているよ、エド君」
「うむ、最初はどうなる事かと思ったが案外中々に」
「‥‥‥」
 関連する依頼が長期に渡った事もあり初期から一連の騒動に携わる者が変装を施す中、その案を勧めた神聖騎士のシスティーナ・ヴィント(ea7435)によってやはり変装施されたエドの姿を見て彼女、自身が昔に着ていた服を見ては懐かしみつつも自らであしらえたその出来栄えに満足すれば緋月柚那(ea6601)も顔を綻ばせるが‥‥エドは未だどう反応すればいいか分からず、沈黙だけ重ねる。
「でも思ったより、のんびりだよね〜。海路は特に何もなかったし」
「そうだな」
 そんな彼を解す様にシスティーナが頬を引っ張るその光景を視界に捉えた、今回は何時も後ろ一つで結わえている髪をお下げにアレンジして臨むミリート・アーティア(ea6226)が笑顔を浮かべると改めてグルリと辺りを見回し呟けば、先導する滋藤柾鷹(ea0858)も同意して紅葉映える木々を見ては目を細める。
「そう言えばまだ、悩んでおるのか?」
「‥‥うん」
「むぅ、それは困ったなぁ」
 そんな、柔らかな陽光降り注ぐ中でふと思い出したて声を響かせた柚那が問いはシスティーナに頬を引っ張られ、漸く固い笑顔を浮かべたばかりの彼の首を縦に振らせると口をへの字に曲げてミリートは呻くが
「良かったら聞かせて、力になれるかも」
「‥‥それならば、今の手隙な刻を使ってまた皆から話を聞けばいいと思うのじゃが、どうだろうかっ!」
「ま、常に警戒は欠かせないけど‥‥エドにとってはそれも大事だし、そうしますか」
 初めてエドと対するとは言え、何処か放って置けずにシスティーナが笑顔にて彼の顔を覗き込み尋ねると柚那が皆の注意を引くべく飛び跳ねては呼び掛ければ‥‥ランティス・ニュートン(eb3272)がまず彼女の呼び掛けに応じ、次いで残る六人も頷くとエドは頬を摩りながらその表情を緩めた。

「簡単に言えば、他の僧侶と変わりません。困っている人を助けるには、お寺に問題が持ち込まれるのを待っているより手っ取り早いですから、冒険者は」
 そして最初に開かれた口は礼儀正しくエドと挨拶を交わした僧侶の志乃守乱雪(ea5557)、長身だからこそ背筋を正して歩く彼女の口から紡がれた理由は至極簡単なもので、故にエドは首を傾げるが
「余り難しく考える必要はないと思いますよ。根底にあるだろう理由は皆が皆、エドさんが思っている程に複雑ではありませんから。因みにどうして僧侶になったのかと言えば詳しい話になるので‥‥まぁ端折って言いますが、生い立ちですね。とある山伏に育てられたもので」
 そんな彼の様子を察し乱雪は微笑むが、それでも尚エドが頭を巡らせるとその光景に彼女は苦笑する。
「とは言え、拙者が侍となったのは家督を継ぐ自然な成り行きでござる」
 しかし次いで、固い表情湛える柾鷹の口から紡がれた理由に少なからずエドは静かに驚くも
「が‥‥力試しの修行は無論、実際は護るべきものの為に力を使おうと思い、今も旅を続けている様なものでござるな」
 次に彼は今も冒険者を続ける本当の理由を語り表情を緩ませると、次に言葉を紡ぎ出しすシスティーナ。
「私はケンブリッジの学生なんだよ、留学生なの。先生に勧められてジャパンで騎士の修行中」
 年が同じ頃の騎士が笑顔で語る、今に至る道程は彼にとって憧れで非常に羨ましくはあったが‥‥次には彼にも分かる程、彼女は表情を曇らせると
「私の国は内戦が多くて父が早くに亡くなって、母と祖父母が留学させてくれたの。だから早く一人前の騎士になって母と祖父母の力になりたくて‥‥勉強の為に冒険者になったんだ」
 冒険者になった本当の理由を話す彼女にエドは共感して見つめると、システィーナは照れて彼から視線を逸らせば彼らの前を柾鷹と共に歩いていたランティスは振り返らずに、空を見上げたまま口を開く。
「俺はもっと単純で、目の前に冒険が広がっていたから‥‥かな? それにこの世の中には巨大な悪の力にどうにもならず、泣いている人達も沢山いると思ったからね」
「動機は人、それぞれじゃな。尤も、その根にあるのは」
「‥‥同じ」
 彼が語った話に頷く、エドの傍らにいる柚那が紡いだ句は途中でエドに言われると彼女は途端、不機嫌な表情を湛えれば丁度そのタイミングで振り返った騎士は声高らかに笑うと、皆も釣られて微笑を浮かべる。
「だからこれからも力の続く限り、精一杯人々の幸せを護って行きたいと想うよ。それが今も俺が冒険を続けている力の源でもあるからね」
 そして和んだ空間の中、ランティスが笑顔のままでエドの瞳を真直ぐに見据え揺るがない決意を紡いだ、その時だった。
「‥‥ふむ、来た様じゃな。招かれざる客が」
「悪いね、招かれざるお客さんで」
 つい先程、伊勢方面を探っては静かに一行の元へ戻って来た河童の忍びである磯城弥魁厳(eb5249)が頭頂部の皿を掻いては何事かに勘付きボソリ呟くと、次に背後より響いた聞き覚えのある声に柾鷹は抜刀すれば
「エドにとって『護りたいもの』とは何でござろう?」
「護りたいもの‥‥」
「その為に力を振るう事は決して間違っておらぬと思うが‥‥どうか」
 一連の話が一時の最後、戦いを前に身を固くさせるエドへあえて問い質すと反芻して呟く彼へ頷いた後、視線を外すと遂に駆け出した。

●秘剣一刃 〜伊勢を前に〜
「全く、今回もまたですか」
 そして始まる戦いの中、響く襲撃者の頭が呆れ声にランティス。
「伊勢神宮へ無事に届ける、って依頼なんでな!」
「それはちょっとご勘弁を‥‥っと」
 身動ぎせずに佇むだけのエドを案じつつも、今は彼だけを睨み据えて叫び続け様に二本の刀を振るうも身軽にその連撃を避けて青年は後ろへ飛び退ると、彼の懐から僅かに覗く桃色の箱を視界の片隅に捉えれば辺りで部下達と戦う一行を一瞥した後、嗤い言う。
「でもそれ、バレバレじゃないか?」
「あ?」
「皆黒い箱を持っているけど違う色のが一個しかない、前回の事を踏まえれば逆にこれだよって言っているもんじゃないか」
「全くもう‥‥何時までもそう言う事すると、今度こそ火遊びじゃ済まないんだから!」
「‥‥とは言え、そう簡単に事は済みそうにないか」
 その指摘にランティスは眼光鋭きまま‥‥しかし間抜けな声を発するが、僅かに空いたその間隙を縫わんとミリートの、珍しくも怒りを孕んだ声が響き渡れば次いで飛来する縄ひょうを皮一枚で避けて彼は肩を竦めると、今度こそランティスが携える『黒き箱』を得るべく駆け出した。

 戦いはそれより暫く続いたが、エドが戦いに身を投じる理由見付けられずに身を固まらせている中でも襲撃者達の殆どを何とか打ち倒した一行はその最後に残された手傷負う、頭の青年を囲めば小太刀をその喉元へ突き付ける魁厳が伊勢より来るだろう、敵の増援より早く襲撃者を打ち倒した事に内心、安堵しつつも声音は厳しいままに彼へ告げる。
「さて、終わりぢゃな。大人しく縛に‥‥」
「遅いよ‥‥十河さん」
 がそれは途中、青年に遮られると直後に響いた土を踏み鳴らす音に一行は振り返れば佇んでいたのは、一人の侍。
「十河‥‥?」
 青年が紡いだ侍の姓だろうそれに、聞き覚えのある柾鷹はそれでも今は気にせずに再び刀を構え向き直るが‥‥その侍は一行へ視線を向ける事無く、まずは青年へ声を掛ける。
「どうやら遅れてしまったか、だが‥‥結局はあの判断が正しかったか。引くぞ」
「引くって何でさ」
「その体たらくに、元よりそう言うお達しだ。此処まで来られてしまった以上は今後の事もあり、むやみに事を荒立てたくはないと」
「あれ? 少しのんびりし過ぎた?」
「そうだな」
「‥‥何者」
 侍が漂わせる気配から、それぞれに冒険者として熟練しているからこそ一行は皆、動けずにいたが、その会話が終わる頃になって漸く一行の沈黙を破り柾鷹が声を捻り出せば、侍は此処で一行へ視線を向けると
「君達から見れば、曲者なのだろうな」
(「少なくとも、さっきの連中よりは出来そうですね」)
「とは言え、此処まで来た以上‥‥江戸へ戻る訳にも行くまい」
 漂わせる雰囲気を一切揺るがせず答える様に乱雪が密かに皆へ警告するも、しかしこの状況では血路を開かない事には先へ進めないだろうと判断し、柾鷹が鎧を鳴らし言えば‥‥紡がれた句に応じる様、対する侍が刀に手を伸ばしたその刹那に地を蹴る彼。
「その考え、嫌いではない‥‥がっ!」
「っ!」
「命は大事にするものだ。さもなくば‥‥次は死地へと誘おう」
 だが十河と呼ばれた侍もまた同時に地を蹴れば、距離をすぐに零まで詰めると何時の間に抜いたのか白刃を一度だけ煌かせ地に下り立てば、崩れ落ちる柾鷹へ冷ややかな声で告げつつ駆ける速度は殺さずに青年の元へと参じ直後、彼を荒々しく一行の輪の中より腕力だけで外へ放り出しては次いで、自身もその囲いの中から早く脱した後に改めて一行へ振り返る。
「『死』‥‥それを与えられるのは『神』や『仏』だけじゃ。誰かが死したならそれは神や仏が与えた『天命』なのじゃ。人は人に死を与えられぬ」
「‥‥それでも人は誰かを死なせる事があると思う、それは勿論私も‥‥守ると決めたものを守る為に。全てを守れれば良いけど私はまだ強くないから‥‥」
 その侍の言葉と、圧倒的な力の差より場に冷たい空気が流れるが‥‥それにも厭わず柚那が柾鷹の元へ駆け寄り彼の傷を癒しつつ、十河と呼ばれた侍をまなじり上げて言うが‥‥何を思ってかシスティーナはそれを否定し、頭を左右に振る。
「だけどそうならない様にもっと強くならなきゃって思うよ、皆でね」
 だが次には抱えるその惑いを今だけでも振り払い、高らかに自らが意思を掲げ力量の差が歴然としていながらも侍を前にしても臆さず瞳に強い光を宿し、剣を突きつけると彼らを庇う様に赤毛を舞わせ立ちはだかるランティスも彼女の言葉に頷いては哀しげな表情を湛え、口を開く。
「昔の事だ、怪物に殺された家族がいてね‥‥だから俺はこの力で護れるものを、護っていきたい。自らの力を使わずに後悔する位なら、その力を振るって後悔した方がいい。己の手で切り開いた先には、必ず何かがあると思うからね。だから俺は自ら選んだ道で、それを掴み取りたいと思うよ」
 その想いに対し、侍は黙したまま‥‥一行はその態度に訝るが、ランティスはそれを気にせず背後にいた魁厳へふと話を振るが
「そう言えば‥‥魁厳って何も話していないけど、エドへ向けて何かないのか?」
「答えは自ら見出すものぢゃ。故にわしが今、エド殿へ語る事は特にはない」
「厳しいねぇ」
 河童の彼より返って来る、優しさ故の厳しい答えを聞けば肩を竦める赤毛の騎士が振る舞いから場の空気は緩むが‥‥その中で柾鷹は顔を顰めつつ再度、何を考えてか微動だにしない侍へ視線を向けて同じ問いを繰り返す。
「もう一度問う‥‥何者だ」
「‥‥生憎と君達に語る名は、持ち合わせていない」
(「この人‥‥?」)
「十河さーん、いい加減傷が疼いてしょうがないんだけど‥‥」
 再びの問いに対し今度は僅かな間を置いて答える侍の、一瞬だけ瞳に宿す優しげな光を何時でもエドを庇える様に身構えていた乱雪が見逃さずに内心でだけ訝るが、その場を裂く様に襲撃者の青年が声を久し振りに響かせれば、彼以外の全員が呆れる中‥‥僅かにだけ肩を竦めて十河は彼を担ぐと惑う事無く一行へ背を向けて駆け出すのだった。
「覚えてろよー!」
 負け犬の遠吠えが如く、遠ざかって行く青年の虚しき叫びだけが響き渡れば一行は呆れるが‥‥魁厳は、決して逃がすまいと彼らの背を見送りながらも冷静に忍犬を放つ中で。

●赤福を頬張って 〜伊勢神宮〜
 伊勢神宮、内宮を前に店を構える有名な茶屋にて‥‥一行は襲撃者こそ捕まえられなかったが無事に伊勢神宮は斎王へ直々に『黒き箱』を渡し終えた事から今、一時の休息に寛いでいた。
「へへ〜、久し振りでしょ? こう言うのって♪」
「うん‥‥」
 その茶屋にてお湯を借りては自前で準備したハーブティを振舞うミリートが皆の中心にて相変わらず静かに佇むエドへ問えば、彼は顔を上げ彼女と視線を合わせ頷くも
「私はそう言う力は持たないので例え話になるのですが‥‥」
 何処か晴れない表情を浮かべるエドに、乱雪は何を話すべきかと逡巡して蒼く晴れ渡る空を見上げては暫く‥‥相応しい話を纏め上げると初めて女性らしい、柔らかな笑みを湛えると彼女。
「『抜かば斬る』と言いまして、抜刀する事は相手を倒すと言う決意の現れなのです。逆に、殺めるつもりがないのに脅しで刀を見せたりはしません。これなら間違って斬ってしまうと言うことはないですね。ちゃんとした武士ならば、ですが‥‥それでも何時か『抜く』時が来たらその時こそ、力の意味が分かるかも知れません」
「‥‥?」
 柾鷹が帯びる刀を見つめ、持ち主の扱い方次第で如何様にも使える刀を例えにエドへ語り掛ける乱雪だったが、未だジャパンの事は分からない事が多い彼が首を傾げるのは当然でその様子に彼女は苦笑を浮かべハーブティを一口啜ると
「まだエドさんには難しい話でしたかね。でもまだ若いのですし落ち着いたら、一時力を忘れて暮らしてみるのも一つの方法ですよ」
「そうだね。エド君はまだ子供なんだし、それに怖い事とか素直に表に出していいんだよ? 子供の私が言うのも変だけど」
「ううん、そんな事‥‥ない」
 とりあえず新たな意見を切り出しては己の話を纏めると、彼女に同意して今は茶汲番のミリートにエドは首を左右へ振り、二人を真直ぐに見つめれば
「‥‥でも、大事な友達に無理して欲しくないんだ。溜め込んでばかりだと、絶対疲れちゃうから、ね」
 不意に友を抱き締めてミリートがエドの耳元へ囁いて‥‥暫く後にその身を離せば、彼の頭の上に手を置いて皆が今までにした話を総括する様に笑顔で言葉を紡いだ。
「乱雪さんがさっき言った様に要はやり方、使い方次第じゃないかな? どうするにもね」
 その問い掛けに際しエドは相変わらず無表情なまま、明確な答えは出せないままに‥‥しかし確かに皆の話を心に刻んだからこそ、顔を上げて今はこう答えるのだった。
「『僕』は‥‥『僕』である事から、逃げない‥‥」

 〜一時、終幕〜